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ロアルド・ダール:あなたに似た人❲新訳版❳

01あなたに似た人表1
02新訳版収録作品

ロアルド・ダールで懐かしい虫とり気分!?
ふと、ロアルド・ダールを読んでみたくなった。「短編の名手」というウワサはだいぶ昔から知っていて、いくつかは読んだことがあったような……読んでないかもしれないような……記憶が定かではない。とりあえず覚えていた短編集のタイトル『あなたに似た人』を検索してみた。現在は新訳版のⅠとⅡがハヤカワ文庫(早川書房)で出ているようだ。市内の図書館で蔵書検索してみると1カ所にあったが、あいにく2日続けての休館日。「短編の名手」のよく知られた短編集の文庫版なら好きな時に読めるように手元に置いておいてもいいのではないかと考え、近くの本屋にあれば買いに行くことにした。蔵書検索してみると3駅はなれた書店に在庫があることが判明。Ⅰ&Ⅱともに「在庫僅少」となっていた。残りわずかということになれば、買える時に買っておかないと、あとで悔やむことがある。「在庫僅少」と知ってあわてて買いに行った本が、僕が買った後に「在庫なし」になったことを知ってホッとした経験もある。検索したのが夜(書店の営業時間外)だったので、翌日買いに行くことにした。
インターネット上で購入すれば買いに行かなくても届くわけだが、絶滅危惧職(?)の書店保全活動の一環として、なるべく書店へ足を運んで本を買いたいという思いもある(*)。在庫を確認した書店で、置いてある書棚の位置も確認して翌日買いに出かけた。
さて、お目当ての本を買うために書店へ向かう途中──電車の中で妙な期待と緊張を感じた。前日にネット上で在庫があることを確認してはいるが、予約したわけでもないし、ひょっとして僕が行く前に売れてしまうことだってあり得ないことではない。在庫上は本棚にあることになっているが、万引きにあっていたり何らかの理由で帳簿上の数字と在庫が一致しないなんてことだってあるだろう。とにかく現場に行ってみるまでわからない……そんな不安も去来してひとりドキドキし──この感覚に、ものすごく懐かしいものを感じた。
小学生の頃、早起きをしてカブトムシをとりに雑木林に向かうときのワクワク・ドキドキ感と同じ──。目指す雑木林には樹液を出す木があって、ここにカブトムシが来ることはわかっている。きっと夜の間に来ているだろう。僕がついた時にも、きっと樹液ポイントにかじりついているはず……。しかし、僕がつく前に他の子が来てとってしまう可能性もある。到着したとき、いないことも考えられないではない……そんな期待と不安が交錯する心理。
書店に到着して、該当の書棚の前に立ち、あるはずの位置にお目当ての本が並んでいるのを確認した時は、子供の頃に目指す木でカブトムシが樹液ポイントにかじりついている姿をみつけたときのような高揚感があった。
ものすごく久しぶりにカブトムシをとりに行った時の感覚がよみがえった。
『あなたに似た人〔新訳版〕Ⅰ』『あなたに似た人〔新訳版〕Ⅱ』を買って帰ったあと、思い立ってその店の蔵書検索をしてみると、『あなたに似た人〔新訳版〕Ⅰ』は「在庫僅少」、『あなたに似た人〔新訳版〕Ⅱ』は「在庫なし」になっていた。

あなたに似た人〔新訳版〕の収録作品
1957年10月にハヤカワ・ミステリで、1976年4月にハヤカワ・ミステリ文庫で刊行した『あなたに似た人』(ロアルド・ダール)に「ああ生命の妙なる神秘よ」「廃墟にて」を加え、田口俊樹氏による新たな訳で2分冊としたもの。ハヤカワ文庫(早川書房)・2013年5月15日発行。僕が買ったⅠの方は3刷(2017年7月)だった。新訳版の全収録作品⬇。

『あなたに似た人〔新訳版〕Ⅰ』〈収録作品〉
味/おとなしい凶器/南から来た男/兵士/わが愛しき妻、可愛い人よ/プールでひと泳ぎ/ギャロッピング・フォックスリー/皮膚/毒/願い/首

『あなたに似た人〔新訳版〕Ⅱ』〈収録作品〉
サウンドマシン/満たされた人生に最後の別れを/偉大なる自動文章製造機/クロードの犬/ああ生命の妙なる神秘よ/廃墟にて


※『あなたに似た人』というタイトルの作品は、この短編集『あなたに似た人』には含まれておらず、短編集『飛行士たちの話』に収録されている。

短編集『あなたに似た人』との再会
最初の作品『味』を読み始めて、「ああ、この話だったか!」と筋書きを思い出した。いつ読んだかの記憶は定かではないが、確かに過去に読んでいる。3番目の『南から来た男』も同様に読み進めるうちに筋が見えてきた。
〔新訳版〕はⅠに11編、Ⅱに6編が収録されているが、全作品を読んで、以前に読んだ記憶があるのは『味』と『南から来た男』の2編だけだった。2編とも印象は良く、記憶の中でも「おもしろい」と感じていた。ただ……期待していたほどの傑作集ではなかった……という感覚もあったのが正直なところ。
僕が昔、『あなたに似た人』(田村隆一による旧訳版)を手にとっていたのは、ロアルド・ダールが《奇妙な味》の名手で、この作品集に傑作が含まれているといった情報を得てのことだったように思う。それでお目当ての『南から来た男』をまず読んだのではなかったか……そんな気がする。そのとき冒頭の『味』も読んで、「(そこそこ?)おもしろい」と感じたのではなかったか……。
当時、O・ヘンリーの『最後の一葉』のような、あるいはそれ以上の作品が詰まっていることを期待して読んだので、期待値が高かったわりに(高かったために)満足度が追いつかず、「おもしろい」と感じながらも、作品集としては物足りなさを覚えたような気がする。
おそらく図書館で借りるなどして、2編を読み、他の収録作品も読みかけたか、ざっと目を通したかもしれないが、期待したほどのものではないと感じて、図書館に返してしまったのではなかったか……。
今回あらためて全作品を読んでみて、必ずしも完成度が高い作品ばかりではないということは感じたが、ただ、作品のレベルとは別に《奇妙な味》は漂っていたりするので、この感覚を楽しむことができる作品集という意味では、読む価値があるのではないか……ということも感じた。

ロアルド・ダールは《賭け》が好き!?/印象に残った作品
『あなたに似た人』には、やけに《賭け》の話が多い。

『味』では、晩餐会でホストが厳選したクラレット(ボルドー産赤ワイン)の銘柄と収穫年を当てられるかどうかで賭けが始まる。「当てられるはずがない」というホストと「当てられる」というゲストの意地の張り合いがエスカレートして、二軒の家と娘(との結婚)を賭けるという異常な展開となる。賭けが成立するまでの攻防や、ゲストがワインを味わいながらそのウンチクを駆使して産地を推理し絞り込んで行く過程が、リアルかつスリリングで、見せ場となっている。はたして結果はどうなるのか──と読者の興味を高めておいて、意外なラストが用意されている。仕掛け自体はそれほど凝ったものではないが、読者は賭けの展開に意識を集中して(させられて)いるので、意外性の効果は大きい。ダール作品には「なあんだ」という結末に落ち着くものもあるが、「肩透かし」も「意外性」のうち。『味』はトリック(仕掛け)よりもミスディレクション(読者の興味を仕掛けとは別の所へ誘導する技術)の巧みさが光る好短編だった。

『南から来た男』も《賭け》をテーマとした作品だ。ライターが10回続けて点火できるかどうかで賭けが始まる。賭けを持ちかけた南アメリカ出身の小男は金持ちで大きな賭けを望むが、ライターを自慢したアメリカ水兵の若者は賭けるものがない──そこで、「高級車」と「左手の小指」を賭けるという奇妙な展開になる。若者の左手を固定し切断できる準備を整えると、賭けが始まる。カウントダウンかロシアンルーレットのように、ライターの点火が繰り返されて緊張が高まって行く──そのさなか、小男の妻とおぼしき女が現われ、賭けは中断される。ここで読者の緊張も一度途切れて「なぁんだ、そういうことか」となるが、最後の最後に緊張が走る結末が用意されていた。緊張を徐々に高め、ホッと油断させたところに一撃を打ち込むという《作者のたくらみ》に拍手を送りたくなる。《奇妙な味》が漂う好短編。これは傑作と言っていいだろう。

『わが愛しき妻、可愛い人よ』も賭けブリッジの話で、意外な展開でイカサマが発覚する。

『プールでひと泳ぎ』は、乗っている旅客船の航行距離を当てるオークション・プール(競売形式の賭け)で、大金を賭けてしまった男が、形勢不利と知って突飛な解決策をくわだてる──策謀と破綻の皮肉な話。悪意のない「台無し」感をさらりと演出したラストに味わいを感じる。

『首』の中にも、本筋から離れたところで賭けカードゲームが出てくる箇所があり、『クロードの犬』はドッグレースでイカサマをして大もうけを企てる男たちの話である。

こうしてみると、ロアルド・ダールの作品には「賭け」がよく出てくる。その人の人生の明暗を分ける端的なエピソード・運命の岐路として判りやすく感情移入もしやすいということなのだろうか。
ふり返ってみると、僕も「賭け」をあつかった作品を書いている。小学生を読者対象に想定していたので、掛け金自体は小額だが、カエルの超能力の証明と言う謎めいた要素をからませたショートショートだった。また作品として書いたわけではないが、夢に関する記事の中で、夢にみたエピソードとして、仕掛けのある賭けを書いたこともあった。賭けというのは、勝つか負けるかわからないものだが、「必ず勝てる仕掛け」があれば誰しも関心を示すものではなかろうか……。

話をロアルド・ダールの作品に戻して……『願い』は想像力のたくましい少年が主人公。彼は絨毯を彩る3色の模様を見て思う。赤い模様は真っ赤に燃える石炭で、落ちたら丸焼けになる。黒い模様には毒蛇で、触れれば咬まれて死んでしまう。安全な黄色い模様だけをたどって絨毯を渡りきることができるだろうか?《もし無事に──丸焼けにもならず、咬みつかれもしないで──玄関までたどり着けたら、明日の誕生日にはきっと仔犬をプレゼントしてもらえる》──少年はそう考える。これも「勝ったら願いが叶う」という自分に課した《賭け》のようなものかもしれない。
子供にはありがちな、そして大人には懐かしい、たあいもない空想遊び。退屈な日常の中でスリルのある遊びを発見する──この着想は面白いし共感がもてる。だから少年の気持ちになって読み進むことができた。が、この作品は結末が弱い。空想遊びの着想が面白かっただけに、もうひとひねりしてキレの良いオチが欲しかった……読者としては、そんな気持ちになる。
ロアルド・ダールは「おもしろい着想」を核に作品を構築しているが、この着想が設定であることもあるし、オチ(結末の意外性)であることもある。その両方に工夫が見られる作品は純粋に「おもしろい」と感じるが、そういう高水準の作品ばかりが書けるわけではない。しかし、高水準の作品を読んだ読者は、すべての作品にその水準を求めたくなってしまう……。
『あなたに似た人』では、『顔』や『南から来た男』が面白かっただけに、読者の期待を高め、面白さのハードルを高くしてしまった面もあったのではないか。
そのため「おもしろい着想」が設定だけにあるものは結末が物足りなく感じてしまい、オチだけに工夫があるものは、中盤の面白味が薄く感じられてしまう……。この『願い』も、設定としての着想が面白かっただけに、結末にもう一工夫あったらなぁ……という印象があった。
例えば──この作品を読んで頭に浮かんだ4コマ漫画がある。中川いさみの『クマのプー太郎』の1本なのだが……1コマ目でコンビニ袋を下げた松村くんというキャラクターが路側帯の白線上を歩きながら、こうつぶやく「白線の両わきは海だ!! サメとかうじゃうじゃいて落ちると死ぬ!!」──これは『願い』の絨毯の上を歩く少年と同じ、〝日常の中の空想遊び〟で、やはり着想がおもしろいと感じた。この4コマ作品の傑作なところは、白線の上を慎重に歩いている松村君が、やはり白線上を歩いてきたサラリーマン風のオッサンとかち合うという更なるアイディア──同じ空想遊びをしている人をもうひとり登場させたことにある。松村くんとオッサンが、互いに白線からはみ出ないように絡み合ってすれ違おうとしているこっけいな姿を通りがかったおばさんが冷ややかに眺めている4コマ目には大笑いつつ素晴らしい決着だと感心した。空想遊びという面白い着想をさらに捻って発展させ、おもしろいオチにつなげる──《作者のたくらみ》という点ではこの4コマ作品の方が、工夫を重ねたぶんだけ優れている。
もしかすると、中川いさみはダールの『願い』を読んでいて、やはり「もうひとひねりできなかったか……」と物足りなさを感じていて、この4コマ漫画の着想を得たのかもしれない。

このように『あなたに似た人❲新訳版❳』の収録作は全て完璧な作品だけで構成されているわけではないのだが、「物足りなさ」を感じる作品には、これを補足し充足するものを求める心理がはたらく……不足分が読者の想像力を逆に刺激し高めているともいえる。作品の出来・不出来とはまた別に、読者の「《奇妙な味》に対する感受性を高める」効果──これもダール作品を「読む価値」といえるのではないかという気がしている。

ロアルド・ダールの作品を読む価値
「《奇妙な味》に対する感受性が高まっている」からこそ生まれる「もう少し何とかならなかったものか……」という物足りなさ──そう感じさせること自体にも《読む価値》があったのではないか──と今は考えている。
物足りなさ感じさせる作品が混じっていることで、読者の脳は《奇妙な味》の完成欲求が高まる──いってみれば《奇妙な味》の受容体が活性化(鋭敏化)しているような状態。これは、すでに作品群に魅せられている中毒症状(?)ともいえなくもない。
さらにいえば、この《奇妙な味》に対するの完成欲求が、「それでは、どんな設定だったら/あるいは、どんな結末だったら、満足できたのか」という方向に働き、あらたな着想に引き寄せられる……なんていう作用もありそうな気がする。
というのも、今回僕は「もう少し何とかならなかったものか……」と思いながら収録作品を読んでいる間に、《奇妙な味》の着想を3つ得ている。

小説を書く人なら、作品の着想をどう得るか──というのはもっとも関心のあることの1つだろう。もっともらしいセオリーのようなものもあるようだが、けっきょく「おもしろい着想」を得るための技術というのは「インスピレーションが浮かびやすい心理状態をいかに作るか」だと僕は考えている。ロアルド・ダールの作品を読んでいると、脳味噌が《奇妙な味》を感じやすい状態にシフトする──アイディアが降りて来やすい心理状態を作るという作用──そこにも、ダール作品を《読む価値》があると感じるのである。
『あなたに似た人❲新訳版❳』は、特に創作をしている人には着想刺激剤としての効能(?)もある、ありがたく貴重な作品集ではないだろうか。

ちなみに、僕も《奇妙な味》系の作品──《作者のたくらみ》を核とするアイディア・ストーリーを書いており、一口サイズの読み切り作品をいくつかブログにもあげている。

■星谷 仁の《奇妙な味》系の作品(♣)&着想(♧)
愛しいまぼろし ※死んだ愛猫が見える少女!?
金色の首輪 ※猛獣をも制御できる不思議な首輪
チョウのみた夢〜善意の報酬〜 ※蝶の恩返し!?
人面ガエル ※人面蛙の呪い
カエルの念力 ※カエルの念力をめぐって賭けをすることに
赤いクモ〜夢の前兆〜 ※人にはそれぞれ前兆夢がある!?
地震の予知〜作家の死〜 ※誰も知らない不思議な予兆
不老の理由 ※ある事故以来、若さが保たれている理由とは…
守護霊〜霧に立つ影〜 ※ピンチの時に現れる友の守護霊
暗示効果 ※暗示でダイエット
因果応報 ※愛息子の死は何の因果だったのか…
神への陳情 ※地球の危機を救うのは…
トイレでタバコを吸わないで ※トイレで喫煙すると恐ろしい事が…
フォト怪奇譚『樹に宿る眼』 ※枝痕を見ての着想
巻貝が描く《幻の地図》 ※幻想怪奇的着想
キリギリス幻想 ※キリギリスを見ていて浮かんだ着想
つれづれに夢の話 ※夢の中でできたショートショート
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