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アマビエの「疫病退散」はウソ!?

アマビエの「除災」効能は嘘だったのか!?
新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、脚光を浴びることとなった妖怪アマビエ。江戸時代後期に目撃記録が1例しかなかったマイナーな妖怪の話題が急速に広まり、今や大メジャーである。その伝播力は、それまで知られていなかった感染症が世界中に拡散したのに似ている──アマビエは《情報のパンデミック》と言えなくもない!?
このアマビエが急速に広まったきっかけは《疫病退散にご利益があるアマビエにあやかろう》という発想にあったようだ。同調する多くの人がアマビエ情報にアクセスし、連鎖的に拡散した。あっという間にアマビエ・グッズが出回るほどの昨今の大人気である。

そんな中、【アマビエブームで見逃されたこと 民俗学者がつづる「物言う魚」の本質 ネット時代の「予言獣」の役割】というニュース記事が目にとまった。
アマビエブームで見逃されたこととして《アマビエは疫病の流行を予言してはいるが「除災」には言及していない》ことを指摘し、《アマビエは「災難の象徴」として流布した》と結論づけている。
いささかピントがずれた記事と言う印象を受けたが、あらためて唯一の目撃記録(@京都大学附属図書館所蔵)を確かめてみると、アマビエは「私は海中に住むアマビエと申すものである。今年から6ヶ年のあいだ諸国は豊作になる。しかし病が流行するから、早々に私を写して人々に見せよ」と語ったとされている。
01アマビエ予言
たしかに「私を写して人々に見せれば、災いを防げる」と言明しているわけではないので、厳密にいえばアマビエは《「除災」に言及していない》ということになるのかもしれないが……それでは「病が流行するから、早々に私を写して人々に見せよ」と語ったことはどう解釈すればよいのだろう? これが「除災」についての言及ではないとするのなら「早々に私を写して人々に見せよ」の意味が宙に浮いてしまい、文脈がつながらなる。その不都合を無視して、《「除災」に言及していない》➡《「災難の象徴」として流布した》と結論づけることには、無理を感じる。
もっとも、僕もアマビエは深海魚リュウグウノツカイ由来の伝説だろうと想像しており(※新型コロナ禍のアマビエ・ブーム)、リュウグウノツカイを地震などの「凶事の前兆」と結びつけた伝承はありうることだと考えている──伝承ケースのひとつとして「災難の象徴」があったろうことに異論はない。
ただ、アマビエについては《「除災」の象徴》という解釈が妥当なのだろうと思っている。アマビエは(リュウグウノツカイという具体的な起源があったにせよ)人の想像の産物だろう。想像上の存在が語ったとされる記録を厳格に解釈することより、その記録に接した人が(その情報を拡散する人が)、どう解釈したかが重要だったのだろうと僕は考える。瓦版に残された記録では──厳密に言えば《「除災」に言及していない》が、文脈としては《「除災」を説いている》ように解釈できる(そうでなければ文脈が繋がらない)──そこが肝心なところだと思うのである。

アマビエはなぜ「除災」を明言しなかったのか?
さてそれでは、文脈上は「除災」を説いていると思われるアマビエの言葉が──肝心の部分が、なぜ《「除災」に言及していない》という指摘をうけるような不明瞭な表現で記されていたのか──ここに、予言妖怪伝説形成の一端が垣間見える気がする。

今のアマビエ・ブームは「疫病退散」の効果があるという解釈の上に成立したものであろう。江戸後期(瓦版が発行された当時)も、やはり「除災」の御利益があると解釈されたことで注目され瓦版も売り上げを伸ばしたのだろうことは想像できる。最初からそれを期待して(狙って)、瓦版の発行部数を伸ばすための方便・演出として《やがて流行る疫病(予言)の「除災」対策》の効果を臭わせていた可能性は否定できない。
しかし、予言された疫病の流行が実際には起こらなければ、「あれは瓦版を売るための詐欺だった」という批判が出てくることが予想される。あたらめて考えてみると、疫病流行の時期がハッキリ示されておらず、「6年」もの猶予をもうけているのが何だか怪しい。これはバレる時期を先延ばしして批判から逃れる時間稼ぎをしたのではないか……ととれなくもない。また、もし、この間に疫病の流行が起こり、瓦版を買った効果がなかったと批判が起きたときに「記事をよく読んでください。「除災」には言及していません」という弁解(言い逃れ)の余地を残すために、意図的にあいまいな表現にした──という見方もできなくはない。
そう考えれば、〝厳密に言えば《「除災」に言及していない》が、文脈としては《「除災」を説いている》と読める〟記述になっていることにも合点がいく。そういった意味ではアマビエは「疫病退散」に誘導するフェイクニュースだったのかもしれない。
凶事の予言と除災にまつわる伝説というものは、こうして誕生し流布されることで形成されていったのではないか──僕には、そんなふうに思われるのである。


新型コロナ禍のアマビエ・ブーム

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コメント

No title
そのネット記事読みました。
私はそれほどうがった考えはしないですけどね。
Re: No title
今のアマビエ・ブームは「疫病退散」祈願──《アマビエには「除災」効果がある》という認識(そういう伝説という認識)で広まっています。瓦版が出た江戸時代後期もやはり同じ認識でうけとられていたのだろうと思います。
それが、問題の記事では《アマビエは「除災」を語っていない》から《アマビエは「災難の象徴」である》としており、この点に違和感を覚えました。
僕はアマビエが「災難の象徴」として広まったのではなく、あくまでも《「除災」を説いた妖怪》として伝播したのだろうと考えています。
その上で、肝心の「除災」があやふやな表現になっているのはなぜかと考え、発信側の事情が絡んでのことではないかと想像した次第です。

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