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コロナ危機のとらえ方

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を受け、ようやく「緊急事態宣言」が発令された。外出禁止に強制力がないことなどを不十分だとする指摘もあるようだが、いずれにしても国民の危機意識のあり方が問われているように思う。

僕は、しばらく虫見に出ていない。新型コロナウイルス感染症に感染したり感染させたりする機会を減らすためには、皆が不要不急の外出を控えるべきだという考え方に同意しているからだ。
食料や日用品買い出しのため必要な外出はしているが、そのさい、遊び歩いているように見える人も目につき、ちょっと気になっていたりもしていた。

つい遊びに出歩いてしまう人は、「自分が感染したり感染を広めることはおそらくないだろう(自分が「当る」確率は低いから大丈夫だろう)」という感覚なのかもしれない。
仮にその人が感染源になる確率が1000に1つ(0.1%)だったとした場合、その人が「当る」ことは「まずない」だろう。しかし、同じような考えで1000人が不要の外出をすれば、誰か1人が感染源になっておかしくない。一万人いれば10人が感染する。
仮に感染した1人が知らない間に2人に感染させたとする。感染した人が同じように2人ずつに感染を広げれば、10回目(10次)の感染で感染者は1023人になる。
感染症は広まるのが早い。広まるほど封じ込めが難しくなる。感染の機会を減らすことが重要なことに間違いはない。

危機感を持つための考え方として「不要不急の外出は《飲酒運転と同じ》」という認識があってもよさそうな気がする。
「ちょっとくらい飲んでいても、自分が事故を起こすことはない」と考えて運転する人──そんな人が必ず事故を起こすわけではないし、事故を起こさずに済むことの方が多いだろう。しかし、実際には「そういう人が事故を起こしている」わけで、事故を起こさなかった人も、たまたま(?)事故を起こして責任を問われる人も、潜在的には同罪である。

もっと極端な例をあげるなら──、高層ビルの屋上からレンガを投げ落とすことを想像してみる。自分が落としたレンガが、たまたま下を通りかかった人に当ることはまずなかったとしても、たくさんの人が投げ落とせば、そのうちだれかのレンガが人を殺すことになる。自分が投げたレンガが当らなくても、レンガを投げ落とす行為は、人を殺した人と変わりない。「たまたま自分が当るかどうか」という次元でとらえるのではなく、「そういう行為をする人が被害者を作る」という認識を持つことが大事なのではないか……そんな風に思う昨今である。

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