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トイレの花子さんと座敷童子〜便所のモアイ像

トイレの花子さんと座敷童子!?
01遠野の座敷童子表紙
先日の記事(ちょっと怖い話!?かごめかごめ〜座敷童子)で触れた『遠野のザシキワラシとオシラサマ』(佐々木喜善/中公文庫)に収録されている「ザシキワラシ」>「ザシキワラシの話 2」に次のような話があった。

(六)同国(陸中)釜石の小学校に、四、五年前に高等科の女教室に十歳程に思われる娘が出現した。髪を桃割に結い、新聞紙で作った手柄をかけていた。ある生徒が便所に行ったらおったと言う。当時子供等が便所に往けなかった云々。(山本鹿州氏書状、大正十一年二月頃)※P.79
※《新聞紙で作った手柄》というのがわからなかったが、調べてみると「手柄」は「手絡(てがら)」のことで、マゲに巻き付ける髪飾りのことらしい。

小学校の便所に現れる娘の座敷童子──この話を読んで、学校の怪談「トイレの花子さん」を連想した。「トイレの花子さん」は都市伝説として有名だが、もしかすると、こんな座敷童子の伝承が源流だった可能性もなきにしもあらず?
もっとも、トイレに関する怖い話・怪奇譚はもっと昔からあったろうし、トイレに「出る」という発想はどの時代にもあっただろうという気はするが。

僕が子どもの頃に行った親戚の家では、便所は母屋から離れていた(外便所)。僕は平気だったが、怖がりの子などは夜ひとりで用を足しに行くのが不安だったろう。心細さから「怪しげなモノがでるんじゃないか……」と想像が展開するのは自然なことで、トイレとお化けのたぐいが結びつくのは納得できる。
また、女子トイレは個室だから「独りっきりになる空間」における形のない不安・恐怖が「花子さん」という具体的なイメージを生み出し、多くの子が同様の不安を投影する受け皿になったのだろうという気もする。

トイレの恐怖体験…
わが家は「外便所」ではなかったが、子どもの頃は水洗式ではなく汲取式だった。僕は幼少の頃からオバケ・幽霊のたぐいを怖いと思ったことがないのでトイレに行くこと自体には全く抵抗はなかったのだが、トイレではとても恐ろしい体験をしたことがある。おまるを卒業した頃──便所で大人用(?)の便器をまたいで用を足していたときのこと、バランスを崩して便器の中に落ちかけたのだ。
いや〜、怖かったのなんの。ふだん生活をしている空間が、とつじょ裂けて、地獄のクレパスが口を広げたのだ!
僕は反射的に金隠しのふちをつかんでぶらさがった。手を離せばそのまま地獄の釜の中に落ちて行く──そんな恐怖に絶叫し、ピンチを知った家人に引き上げられ命拾いをしたのであった。
あの時ばかりは、便所の穴は「あの世」に続いているという感覚があった。
当時の便器はスリッパ型(?)の和式だった。金隠しなど、何の役にもたっていそうもない構造物だが、必死でぶら下がったあのときばかりは、僕の命綱であった。もし金隠しがなかったら、どうなっていたことか……想像するだけでおぞましい。金隠しに命を救われた子が、いったいどれだけいたただろうか? 金隠しの発案者がこの事態を想定していたかどうかサダカではないが、このデザインは称賛に値する。

トイレのモアイ像!?
ところで、僕が恐怖のどん底に突き落とされかけた汲取式時代のスリッパ型便器には、ニオイやハエなどをブロックするためのフタが使われていた。このフタが僕にはイースター島のモアイ像の顔に見えてしかたなかった。
02便所のモアイ
空目は一度そう見えると見るたびにその認識回路が強化されて行く。これまで誰にも打ち明けたことはなかったが、僕はトイレに入るたびにモアイを連想していた。当時トイレに入るたびにモアイをイメージしていた者は少なからずいたのではあるまいか? 今なら「トイレの花子さん」ならぬ「トイレのモアイくん」といったところだろうか?
うちのトイレには「花子さん」はいないが「モアイくん」がいた。「モアイくん」がいる汲取式便所には、「花子さん」ではなく「運子さん」がたくさんいらっしゃったものである。


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