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【絵本】と【童話】の違い

【絵本】と【童話】は似て非なるもの!?
2019年12月にサービスを終了したfreemlの記事からの再掲載。【絵本】と【童話】は混同されがちだが、本質的には別物。《絵の割合が多い【童話】》は【絵本】に対して【絵童話】と呼ばれたりする。
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【絵本】と【童話】(freemlより/※加筆あり)
 僕は【童話】は書いているが【絵本】を書いたことはない。なのに「絵本を描いている」と思われることがしばしばある。挿絵と文の両方を描いた本があるから、これが【絵本】にあたると判断されるためだろう。
01童話2表紙
 挿絵の割合が多い【童話】は一般の人には【絵本】と同じように見えてしまうのかもしれない。
 しかし、書き手の側からすると──少なくとも僕は、【童話】と【絵本】を一緒くたに扱うことに違和感を覚える。【童話】と【絵本】は、発想において全く別モノ──という意識があるからだ。
 簡単にいえば【童話】は小説の1ジャンルであり、文章によって構成される芸術形態。【絵本】は場面(見開き)ごとに構成される視覚的な芸術──紙芝居に近いのかもしれない。
【童話】を書く場合、基本的には小説を考えるのとかわらない(対象年齢を考慮するが読者を意識するのは小説も同じ)。【絵本】の場合はまずページ数(見開き数)──場面数から逆算して物語の展開・割り振りが考えられることになるのだろうと思う。漫画のネームづくりに近い創作行程かもしれない。
 本質的には「文と絵の(分量的な)割合」は関係ない。
 絵の占める割合がどんなに多く、本文がどれほど少なくても【童話】は童話。挿絵がなくても(文章だけで)小説として成立して読める作品はそう呼べる。また一方、挿絵がまったく無くても、見開きの場面ごとに構成された文章は(創作上では)【絵本】といえるのではないか──と僕は考えている。

【童話】は場面数にしばられないが【絵本】の構成は場面数を基に考えられる。挿絵の部分については判型も関係してくるだろうし、右開き(縦書き)か左開(横書き)きかにも大きく影響を受けることになる。
 縦書きの絵本なら、本文が右頁から左頁へと読み進められる関係から、描かれる絵の展開も右から左へ向かうことになる。登場人物たちが歩いていくシーンは左向きになるのが自然だ。横書きの場合は本文が左頁から右頁へと読まれていく関係で、登場人物たちも右向きに進行していくことになる。

【絵本】が右開きか左開きかに影響されるという実例にこんなエピソードがある。某児童書出版社で欧文の絵本を翻訳・出版することになったそうな。横書きの絵本を、そのまま横書きの日本語訳で出版すれば問題なかったのだが、一冊だけ新しい企画の本を出すより、すでに浸透しているシリーズ(縦書きの絵童話シリーズ)に入れて出した方が良いという営業的な配慮が働いたのだろう──オリジナルは横書きだった絵本を縦書きに組み替えてしまった。しかしそうなると絵だけそのまま場面ごと収めてみても、しっくりこない。本文の進行方向が「左→右(横書き)」から「右→左(縦書き)」に変わってしまったために、絵の流れ(登場人物の向き)と文章の流れが逆向きになってしまったためだ。それならば、挿絵の向きも逆にしたらどうか──ということで、なんと原画の左右を反転させることを検討したというのだ。「そうしたら、絵に描かれていたアルファベットまで反転しちゃったんで困った」なんて話を編集者から聞いたことがある。
 しかし、創作する側から言えば、描かれた絵を反転させて起こる弊害は、たまたま描かれていたアルファベットが読めなくなるという次元の問題ではないだろう。絵としての画面構成──描かれる人や物のレイアウトや文字の配置は見やすさ読みやすさを計算した上で決められたわけで、左右を反転させて対称性が保たれたから良いと言うものではない。
 通常「絵は左、文は右」に配置した方が見た目は安定する──これは右脳と左脳の働きによるものなのだろうが、そんな知識はなくても、絵本・新聞・ポスターなどを見なれた人なら経験的にそれを知っているはずだ。ページ進行の方向性とはまた別に、1枚の絵のバランス・調和には左右があるといえる。だから「右開き」で描かれた挿絵をそのまま左右反転すれば「左開き」の図案としておさまりがいいというわけにはいかない。「右開き・左開き」それぞれにふさわしいレイアウトが(別に)存在するはずである。

 今後電子出版が普及し「電子絵本」のようなものが出てくれば(既にあるのかもしれないが)、ページをめくるという物理的な動作から解放され、「右開きか左開きか」というページ進行の制約はなくなるかもしれない。しかし、そのさいも「縦書きか横書きか」ということでの「方向性」は残るだろう。同じ構図の絵で「ふきだし」を入れてみれば縦書きと横書きの違いで、(右開きか左開きと同様の)方向性が発生することがわかる。
02犬鼬台詞縦書
03犬鼬台詞横書

【絵本】の場合も本文は文章になるわけだが、【童話】とは違って、場面単位での構成を念頭に文章が練られ、それにふさわしいシーンが構築され割り振られていくことになるのだろう。そういった意味で【童話】を考えるのとは基本的に創作思考プロセスが異なるものだ──というのが僕の見解だ。【童話】を考えているときと【絵本の文】を考えているときの脳の活性を調べたら、違いがでるのではないか……なんていう気もする。

 ただ、もちろん、【童話】と【絵本】は相反するものではない。文章のみでも優れた【童話】として成立する作品が【絵本】としても成功している例はままあるし、出来上がった作品が必ずしも【童話】か【絵本】かのどちらかに区分される──というものでもない。
 本質から見て【絵本】であると同時に【童話】としても成立している作品はいくらでもあるだろう。その両方にまたがった作品を図書館や書店ではどの書架に収めるか──そうしたロケーション管理上の判断で【絵本】と【童話】は便宜的に分けられていることが多いような気がする。



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