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《カブトムシの角は矛盾だった》のか?

01カブトムシ♂角長
02カブトムシ♂角短
僕は虫屋ではないが、子どもの頃にはふつうに虫捕りをして遊んだ。中でもカブトムシは──特にツノがあるオスがお気に入りだった(*)。大きくて・かっこよくて・強い──昆虫の王者。ツノは王冠のようでもあり伝家の宝刀でもある。カブトムシの特徴にして最大の魅力と言えば、このユニークなツノだろう。このツノに関して、以前、【カブトムシの角は矛盾だった】というニュースが話題になったことがあった。

カブトムシの雄の角は、雄同士の闘争では長い方がよく、天敵から食われるのを避けるには短い方がよい、という深刻なジレンマを抱え込んでいることを、東京大学総合文化研究科の小島渉(こじま わたる)学振特別研究員らが見つけた。

──というものだ。カブトムシのオスがツノを使って闘うことは子どもでも知っている。樹液がにじむ幹上で場所とり合戦をくりひろげ、ツノで相手をぶん投げるカブトムシ♂の勇姿は虫とりをした少年なら目にしたことがあるだろう。しかし、この必勝アイテム──ツノの長さが天敵に対して不利に働くといったことがあるのだろうか? 問題の記事は上の文のあとに、こう続く──。

東京大学大学院農学生命科学研究科の石川幸男(いしかわ ゆきお)教授と、神戸大学大学院農学研究科の杉浦真治(すぎうら しんじ)准教授、森林総合研究所の槙原寛(まきはら ひろし)さん、高梨琢磨(たかなし たくま)主任研究員との共同研究で、日本動物学会英文誌3月号に発表した。

複数の専門家がアカデミックなメディアに発表した研究らしい……ならば信憑性は高いはずだ(後に知ったが、この研究は、Zoological Science Award 2015 を受賞している)。記事ではこの研究を次のようにまとめている。

長い角をもつ雄は、雌やえさの獲得などの雄同士の闘争で力の強さをあらわす目印として知られている。その一方で、天敵に対して目立ちすぎるため、食べられやすくなって不利になる。角の長さを追求すれば、天敵に食べられやすいという矛盾があったといえる。

カブトムシの天敵として挙げられていたのはハシブトガラスとタヌキで、これは納得できる。日中、樹液ポイントの近くで腹の無い(食われた)カブトムシやクワガタがもがいている姿はちょくちょく目にするし、そばにはカラスがいて獲物をくわえていることもある。狭山丘陵ではタヌキの姿もみかけるので、きっとタヌキのエサにもなっているのだろうと僕も考えていた。
03カラス&タヌキ
記事によれば、カブトムシの最大の天敵はタヌキで、カブトムシが活発に活動する深夜の時間帯にカブトムシが集まる樹液ポイントをおとずれ、カブトムシを捕食していたという。タヌキが食うのもやはり腹で、食い残された残骸を調べたところ、メスよりもオスが、ツノの短いオスよりも長いオスが選択的に食べられていることがわかったというのだ。どうして選択的なのかといえば──トラップ(バナナの発酵液で誘引)を使って採集したカブトムシの性比やオスのツノの長さ(これが捕食される前の標準比率・標準値だと考えたようだ)に比べて、捕食されたカブトムシではオスの割合が多く、ツノの長いオスが多かったから──という理屈だ。ツノが長い方が目立ち天敵に見つかりやすくなるために結果として選択的に食われやすくなるという【解釈】で解説をしている。トラップで捕獲したグループのオスのツノの長さの平均値と捕食されたオスのツノの長さの平均値を具体的に記したデータもこの記事には載っている。
04甲虫角論図から
どうして、そんな【解釈】になるのか──カブトムシの活動が盛んな深夜にタヌキが食ったカブトムシに「ツノが長い個体が多かった」というのは、あたりまえのことだろうに……この記事を読んだとき僕はそう感じた。
カブトムシは夜行性だ。活発に活動する時間帯には限られた樹液スポットにカブトムシが集中する。強い個体が餌場を占拠し弱い個体を排除する。体が小さい(角が短い)オスやメスも、大きく強いオスが過密になる時間帯ははじきだされがちだ。その結果、樹液ポイントには大きく力が強いオスが残る。体の大きなオスはツノも長くて立派な傾向がある。タヌキが選択的にツノの長い個体を見つけて食ったというより、その時間帯に餌場を占拠している個体を食えば、当然そういう結果(体が大きく角が長い個体の占める割合が多くなる)になるのではないか……。
カブトムシを捕りに雑木林めぐりをした子どもの頃を振り返ると……同じ樹液ポイントでも、昼間はメスの割合が多く、体が小さく角の貧相なオス(夜間の活動時間帯には縄張り争いに破れてエサにありつけなかったケンカの弱い個体)がしばしば見られた。それに対し、夜中はオスの割合が増え、大きくて角も立派なオスが多かった。こうしたことは、カブトムシを捕りに行ったことがある者なら経験的に知っているのではなかろうか?

夜中にエサ探しをするタヌキにしてみても……彼らは視覚よりも嗅覚に頼っているはずだ。もともと眼がさほど良いわけではないタヌキにとって、暗がりの中でのわずか──平均3.1mmのツノの長さの差が、カブトムシの発見率に影響を及ぼすとは考えにくい。

余談だが、僕が以前飼っていたフェレット(イタチ科)は散歩中によく虫や小動物を見つけた。夏にはカブトムシもその対象だった。死角にいるカブトムシに気がついたり土に潜って見えない状態のカブトムシを掘り出すなど、視覚より嗅覚に頼ってカブトムシを見つけていた。タヌキの場合も似たようなものではないかと思う。

05FerretカブトA
06FerretカブトB
尾が短いためか仔狸と間違えられることがあったグランジ(僕が飼っていたフェレット)だが……散歩中に嗅覚でガム(路上に銀紙に包んで捨てられていた)に気づく動画を載せておく。視覚ではなく、嗅覚によって獲物(?/拾い食いは厳禁)を見つけていることがわかる。

イヌ科のタヌキも同じように嗅覚によってカブトムシを見つけていたはずだ。タヌキがカブトムシを食いにくる深夜……暗がりでの視覚情報──ツノのわずかな長さの違いなど、タヌキにとってはほとんど意味をなさないのではなかろうか。
ツノの長さなどに関係なく、タヌキは樹液ポイントに集まっているカブトムシを食べただけ。《ツノのジレンマ》など、なかったのではないか?
報道記事を読んだとき、僕はそう感じたし、そう考えるのが自然だと思ったものだが……この研究に参加した人たちは、誰もそのことに気づかなかったのだろうか?
専門的に研究をしている詳しいはずの人たちが揃いも揃って、どうして《ツノが長いと捕食リスクが増える》という解釈に飛びついたのか僕には不思議だった。

《カブトムシの魅力的なツノにはジレンマがあった》──という着眼は、確かにロジックとしては面白い。面白かったからこそ、一般のニュースにも取り上げられ、話題になったのだろう。NHKのニュースでも《ツノのジレンマ》が断定的に報じられたし、Wikipedia【カブトムシ】にも、この研究記事をもとに《角は長いほどオス同士の闘争の際に有利になる反面、タヌキやハシブトガラスといった天敵に捕食されるのを避けるには短い方が有利であることが研究で明らかになっている》と記載されている。

当時の報道記事を読む限り《ツノのジレンマ》がこの研究の核心である。それに対して僕のような疑問(角が長いから天敵に見つかりやすいわけではない)は当然予想されるものという気もするが……あるいは、一般の報道記事には触れられていない、想定疑問を払拭するデータが、オリジナル論文(?)には記されていたのだろうか?

もし《ツノのジレンマ》というキャッチの良いロジックがなければ、この研究は意味が薄れ、一般ウケするニュースネタにはならなかったろう。
狩りが視覚的に行われる日中のハシブトガラスの捕食圧についていえば、ツノの長い「大きなオス」が見つかりやすいという可能性はあるかもしれない。しかしそうだとしても、「目立ちやすさ」として天敵の指標となっているのは「ツノの長さ」というより「体の大きさ」だろう。「ツノの長さ」に結びつけようとするのは、ウケ狙いのこじつけのように感じてしまう。


《角のジレンマ》はどこへ行った!?
《ツノのジレンマ》の報道記事が出たのは2014年3月で、当時も関係記事を探しながら疑問に感じたことをブログに記しているのだが、今回、あらためてとりあげたのは、先日、同じ研究だと思われる、こんな記事を見つけたからだ。

公益社団法人日本動物学会>トピックス
強いオスは狙われる?:カブトムシにおける性およびサイズ依存的な捕食圧

内容からすると同じ研究のようだが、驚いた事に、この記事には肝心の《角のジレンマ》が出てこない!? 
捕食された残骸の比較データで示されているのも、2014年に読んだ報道記事では「角の長さ」だったものが「前胸幅」になっていた。
トラップで採集したカブトムシと捕食されたカブトムシの比較についての解説(解釈)も、以前の報道記事とはだいぶニュアンスが違っていた。《角のジレンマ》はなりをひそめ、捕食された個体にツノの長いオスが多かったのは《大きいオスが餌場を占拠するため》という可能性にも言及していた。


このことから、メスよりもオスのほうが、小さいオスよりも大きいオスのほうが食べられやすいといえます。なぜ体が大きいオスが食べられやすいのかははっきりしませんが、長い角や大きな体が捕食者に目立ちやすい可能性があります。あるいは大きいオスほど樹液に長時間留まるため、捕食を受ける機会が多いのかもしれません。大きく角の長いオスに対する高い捕食圧は性淘汰圧と拮抗的にはたらくことで、オスの性的な形質の進化に影響を及ぼす可能性があります。

以前読んだ報道記事では、捕食されたカブトムシの特徴に偏りがあることについて《長い角ほど目立つので天敵に食われやすくなるから》とされていたが、今回みつけた記事では《なぜ体が大きいオスが食べられやすいのかははっきりしませんが》と、かなりトーンダウン(?)している。《天敵に目立ちやすい》とされた《長い角》は《長い角や大きな体》と微妙な表現に変わり(?)、「サイズの差に起因した目立ちやすさが捕食圧に関係している」という解釈については「可能性」にとどめられている……これでは、いったい何か言いたいのか、研究の趣旨がよくわからない。
「ツノの長さ(もしくは体のサイズ)」が指標となって天敵による捕食圧が変わるのであれば、その天敵によって選択された「生き残るのに有利な特徴」が遺伝的に反映する可能性はあるかもしれないが……タヌキは深夜に訪れた樹液ポイントに集まったカブトムシを食べているだけで、角の長さや体の大きさによる選択をしているとは思えない。
また、カブトムシ♂の角の長さや体の大きさの決定には、遺伝的要因だけでなく栄養状態などの成育環境による影響も大きいはずだ。結果として餌場を占拠しがちな「角が長く体の大きなオス」に、より多くの捕食圧がかかりがちだったとして、だからどうなるのか……そのあたりが示されておらず、尻切れトンボというか……漠然感が否めない。

ちなみにこの研究は、《日本人にとって親しみ深いカブトムシの角の進化機構を理解する上での貴重な基盤情報》として、日本動物学会の2015年度論文賞を受賞している。当初の報道のように《角のジレンマ》を確かめた研究であれば《カブトムシの角の進化機構》云々は理解できるが、現在ネット上に公開されている日本動物学会のトピックス記事を読む限り、《角のジレンマ》は影をひそめ、核心があやふやという気がしてならない。

現在公開されている【強いオスは狙われる?:カブトムシにおける性およびサイズ依存的な捕食圧】は、《角のジレンマ》説として発表した後、このロジック部分をとり下げ、修正を加えたものなのだろうか? それとも、発表当初から内容は変わっていないのだろうか? 発表当初からこの形だったとすると、それでは、サイエンスポータル他で報じられていた《角のジレンマ》のロジックは何だったのだろう? 報道する側がウケを狙って《角のジレンマ》という脚色を加えたのだろうか? しかし、具体的な角の長さを記したデータもあるのだし、それをわざわざ捏造したとも思えない……。久しぶりにこのテーマについての記事を読んで、釈然としないものを感じている。

いずれにしても、今もWikipediaやサイエンスポータルなどで《ツノのジレンマ》は「確かめられた事実」として記されているので、このわかりやすくておもしろいロジックは定着していくのかもしれない……。



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カブトムシ《ツノのジレンマ》!?
『不思議だらけ カブトムシ図鑑』と《角のジレンマ》 ※角矛盾研究者の著書の矛盾
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