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糞の手紙!?〜イタチの粗相考

『いたちの手紙』と『いたちのてがみ』
01鼬の手紙&てがみ
前回《いたちの魔かけ》で、童話『いたちの手紙』に触れたが、良く似たタイトルで『いたちのてがみ』という別の児童書があることを最近知った。題名の読みは同じだが、「てがみ」の表記に漢字とひらがなの違いがある。両方の作品をあらためてまとめてみると──、

『いたちの手紙』は佐藤さとる・作/村上勉・絵の児童文学。1973年に講談社から単行本として出版され、『佐藤さとるファンタジー童話集③おばあさんの飛行機』(講談社文庫/1976年)、『佐藤さとるファンタジー全集⑫いたちの手紙』(講談社/1982年*2011年復刻)に収録されている(※1972〜1974年に刊行された『佐藤さとる全集』(全12巻/講談社)には収録されていない)。
子どものリアルな日常を舞台とする実在感のあるファンタジー作品で、内容を簡単に記すと……小学生のアキラがちょっと変わった封書(これが《いたちの手紙》)を拾ったことから物語が始まる。封書の裏(差出人欄)には幼い字で「いたちくぼのいたち」と記されていた。投函前の手紙だったことから、アキラはこの手紙をポストに入れるが、そのあと謎の手紙のことが気になってくる。「いたちくぼ」と呼ばれる場所が近くにあることを知ったアキラはそこへでかけ、初めてイタチと出会って《いたちの魔かけ》を体験することになる(これにかかるとイタチと会話することができる──というのがこの作品のファンタジー・ルール)。やはり《いたちの魔かけ》がかかる小1のカオリとの出会いがあり、《魔かけ》の秘密&なぜ、イタチが手紙(カオリが代筆)を出すことになったかなどの《謎》がだんだんと解けていく──。いたちくぼに独りっきりになったイタチがよその地域で同じ状況下にあるイタチを嫁にとる話なのだが、アキラの視点で展開する物語には、謎解き的なあじわいもあって、おもしろい作品だった。

タイトルがオールひらがなの『いたちのてがみ』は、こしだミカ・作の絵本。月刊予約絵本「こどものとも年少版」通巻404号/福音館書店/2010年。版元のサイトには「読んであげるなら:2才から」とあり、文章は少なめで絵のうったえるところが大きい。力強く躍動感あふれる個性的な絵に魅力を感じた。
内容は、おばあちゃんの家(古い木造家屋)にひっこしてきた女の子が、屋根裏に住み着いているイタチに興味を示す。女の子が初めてイタチをみた場所にチーズを置くと、翌日、チーズは消えてかわりにイタチの糞が残されていた。その形が文字(ひらがなの「つ」)にみえ、女の子はそれを「いたちの手紙」ではないだろうかと考えてイタチに手紙を書くというもの。


糞の置き手紙&ため糞のSNS!?
イタチが残していった糞を「てがみ」に例えた『いたちのてがみ』に対するネット上の反響には「イタチの糞を手紙だと思うという発想に意外性があっておもしろい」というような感想もあった。たしかに──しかし、イタチを含む動物の糞や尿には仲間とのコミュニケーション・ツールとしての意味もある(マーキングに使われる)ので、糞を「手紙」とみることは、あながち飛躍した解釈ではない。動物の糞には、何を食べていたのかとか健康状態などを示す情報も含まれているので、その主のことを知る大事な手がかりになったりもする。
人間から見ればただの排泄物だが、糞は動物にとって、その主のことを示す色々な情報が記されている……そういった意味では置き手紙といえなくもない。人間の手紙には「言葉の壁」があって文字が読める相手にしか伝わらないけれど、文字のかわりにニオイを用いた動物の「置き手紙」は、種類の壁を超えてあるていど「読むことができる」汎用性の高いコミュニケーション・ツールといえるかもしれない。
僕がかつて飼っていたフェレットは散歩中にタヌキのため糞に引きよせられたことがある。タヌキには複数の個体が同じ特定の場所に糞をする「ため糞」の習性があって、互いの情報交換の役割りをはたしているという。単発の「糞」が「置き手紙」なら「ため糞」は「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)」といったところだろうか。
フェレットの散歩では、糞にかぎらず、ニオイによる書き込みの「掲示板」があちこちにあることが感じられた。

02鼬漫画目線SP再
『ふぇレッツ・ゴー』グランジ目線で散歩:編より⬆
去勢していないノーマル・フェレット♂・グランジによるマーキング⬇

※枝をまたぐようにして尿をつけている。

イタチの糞:フェレットの粗相考
イタチの糞はただの排泄物ではない!?──という実感は、以前フェレット(家畜化されたイタチ科の動物)を飼っていた時に実感していた。

僕が飼っていたフェレットは基本的にはトイレを設置した場所で用を足していた。
ところが室内で遊ばせているとき、何かの拍子に(?)部屋の隅でしてしまうことが、たま〜にあった。人間からみれば「粗相」ということになる。
フェレットフードの効果なのか……フェレットの糞は意外なほど臭くない。猫や犬の糞に比べたら全然余裕(?)なのだが、それでもソレを室内に放置しておくわけにはいかない。トイレ以外の場所でやってしまった時は、もちろんすかさず回収するのだが、きれいに拭き取ったつもりでもニオイがわずかに残っているのだろう、一度粗相をすると、連日続けざまに同じところでする傾向があった。
一度粗相をすると繰り返す可能性があるので、そんな時にはちょっと「困った」ものだ。

ところで、フェレット好きの人であっても、トイレ以外の場所で「粗相」をされると怒る人は少なからずいるらしい。僕は粗相で怒ったことはない。僕が「困る」のは粗相をされたからではなく、その始末をするさい、フェレットに対して、ちょっと後ろめたさを感じてしまうからだ。

「粗相」というのは人間側が言うことであって、実際のところ、フェレットは「うっかり、そこでしてしまった」わけではない。フェレットなりの理由があって、わざわざそこを選んで糞をおいたと考えるのが正しい。
それが証拠に(?)したばかりの糞を撤去するとき、フェレットは申し訳なさそうな顔をしてはいない。
「俺がせっかくここにしたのに……。したそばから、どうしてわざわざ撤去するかなぁ」と、ちょっと非難めいたまなざしで見上げていたりする。フェレットのヒンシュクを感じてしまい、糞の撤去には後ろめたさがつきまとうのである。

『小動物ビギナーズガイド フェレット』(大野瑞絵・著/誠文堂新光社・刊)には、靴の中に糞をされたというエピソードが紹介されており、笑ってしまったが……ありそうなことだ。知人のフェレットでは足拭きマットでニオイつけをするコがいた。また、フェレットには靴下好きなコが多い──これらはニオイに反応してのことだろう。

いわゆる「粗相」──トイレ以外のところでする排せつには「飼い主(仲間?)のニオイのあるところには自分のニオイも仲間入りさせておきたい」というような社交的な(?)自己主張の意味があるのではないかと僕は考えている(排他的な縄張りマーキングの逆)。
飼い主のニオイのあるところに自分もニオイ参加する……これはSNSへの書き込みや、飼い主のニオイに応じたコメントみたいなものではなかろうか? それをいきなり削除したりブロックしたら、好意を持ってニオイ書き込みをしたフェレットに対してかなり失礼なのではないか……糞の撤去やニオイ防止措置は、着信拒否のような行為ではないかという気がしないでもない。
しかし結局そこは人間の都合で撤去してしまう事になるわけなのだが……僕としては、やはり、ちょっと心苦しい。

家畜の歴史の長い犬は飼い主の顔色を読んで「粗相」をするとしゅんとするらしい(腹いせに「粗相」をすることもあるらしい?)。それを卑屈といってはかわいそうだが、僕は粗相をしても撤去する人間に対して、堂々と「なんだかなぁ」と不満げなまなざしで見上げるフェレットの方が好きなのである。

ちなみに、フェレットの本当の意味での「粗相」とは……愛鼬と一緒にお風呂に入ったら、湯船の中にぷっかり……コレであろう。
ちなみに、これは聞いたよくある話。僕の体験談ではないので、誤解なきように。


(※最後の項目「フェレットの粗相考」は、Yahoo!ブログを始める以前にfreemlに書いていた日記に加筆したもの。freemlもYahoo!ブログ同様、今年の12月で終了する)


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