FC2ブログ

『カメラを止めるな!』感想(ネタバレあり)


カメラを止めるな!
http://kametome.net/index.html

何かと話題の邦画『カメラを止めるな!』──低予算のインディーズ映画で、ミニシアター2館で上映をスタートさせたところ、口コミやSNSで評判が広がり、大ヒット作となった作品らしい。絶賛する記事が多い中、「評判なっているので観たが、どこが面白いのか全然わからなかった」という感想もあり、いったいどんな映画なのか気になっていた。レンタルDVDを鑑賞してみたので、感じたことを記してみたい。
《最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる。》というキャッチフレーズや、ちまたの評判からして、構成の妙や斬新さが売りの作品かと思っていたが、実際に鑑賞してみると「思い描いていたイメージ」とは違う作品だった。

内容を簡単に説明すると──(※ネタバレあり)、
《山奥の廃墟でゾンビ映画を撮っていた撮影クルーが​本物のゾンビに襲われる──というサバイバル・ドラマをワンカットで生中継する》──という無茶なテレビ企画が、テレビの下請け等で細々と映像制作をしている映像監督・日暮隆之のところに持ち込まれる。腰が低く人の良い日暮監督は断ることができず、引き受けてしまう。

映画本編はいきなりヒロインが元恋人のゾンビに襲われるシーンから始まるが、これが「無茶な企画のゾンビドラマ」の冒頭で、ここから37分、ワンカットで撮影された「生中継ドラマ」が丸々展開される。冒頭のシーンで「カット」の声がかかると、監督(役)がヒロインにつめより恐怖の演技が本物ではないと激高する。「本物の恐怖」を求める監督が選んだ撮影現場は「ガチでヤバイ場所」で、スタッフが次々にゾンビ化してヒロインらを襲うという恐ろしい展開になるのだが、「本物の恐怖」を求めていた監督は嬉々としてカメラを回し続けるというもの。ワンカットシーンのラストでエンドロールが流れた後、画面が変わって、1ヶ月前にさかのぼって、この「無茶な企画のゾンビドラマ」がどういう経緯で作られていったのかが「現実側」で展開する。これがこの映画の「二度目の始まり」ということになる。

無茶な企画を引き受けてしまった、人の良い日暮隆之・映像監督には元女優の妻と映画監督志望の娘がいた。妻は役に入り込みすぎてトラブルを起こす癖があって女優を辞めていたが、他に熱中できるものを模索している状態。夫が請けたゾンビ・ドラマの脚本を何度も読んでいることから、本当はまだ女優に未練があるらしい。映画監督志望の娘は、情熱家で妥協が許せない性格。作品作りには妥協も必要だとする父を軽蔑しているふしがあるが、父が監督することになったゾンビ・ドラマにお気に入りの男優が出演することを知って母と撮影現場を見学に訪れる。

不安要素を抱えながら迎えた生中継本番当日──重要な役回りの監督役とメイク役が事故を起こし来られないとの連絡が入って現場は騒然となる。番組の放送開始時間は迫っており、代役を調達する時間もない。しかし番組の中止は許されない。せっぱつまった状況の中で、日暮隆之監督は、みずから監督役をやることに。メイク役は台本が頭に入っている元女優の妻が演じるというドタバタ決定で、とりあえず(?)生中継ワンカット・ドラマはスタートする。次々に起こるアクシデントにてんやわんやの撮影現場がこの映画の核心で、お気に入りの男優見たさに見学に来ていた監督の娘も加わって、なんとか作品を完成させようと奔走する現場スタッフの奮闘ぶりが見せ場となる。

この作品の特徴は、完成したワンカット・ドラマを最初に見せ、後にその製作過程を見せるという倒叙形式になっていることだ。最初に生中継された映像をそのまま見せ、その後のメイキング・パートで、舞台裏側からもう1度ワンカット・ドラマの製作風景を見せるという形をとっている。

本来なら「無茶な企画のドラマが持ち込まれ、これをどう成功させるか」という時間軸に沿った展開の構成を考えるのが自然だろう。「生放送中、次々に起こるアクシデントで現場がてんやわんやする」という邦画では『ラヂオの時間』が思い浮かぶが、『ラヂオの時間』は進行形で展開しており、「放送を無事に終えることができるのか!?」という最大の緊迫感が、おもしろさを成立させていた。しかし『カメラを止めるな!』では倒叙形式をとったために、観客はワンカット・ドラマを観て「番組は無事に終了する」ことを知った上でメイキング・パートを見ることになる。どうなるか結末が判っているのだから、ハラハラドキドキ感はだいぶ薄れてしまうことになる。
そんなデメリットがあるのに、なぜわざわざ倒叙形式をとったのだろう? インパクトのあるシーンを冒頭に持ってくることで一気に観客をひきつけようという狙いがあったのだろうか? ゾンビ映画で緊迫感を盛り上げであとに、「本物のゾンビが襲ってくる」シーンも含めてドラマだったという種明かしをして意外性を演出するつもりだったのだろうか?
しかし、冒頭37分の「本物のゾンビが襲ってくる」という設定のパートで、監督(役)が画面に向かってカメラ目線で叫ぶシーン(添付画像の右上のシーン)があったり、画面(レンズフィルター?)に飛び散った血しぶきが拭き取られるシーン、役者とぶつかってカメラが転倒するシーンなど、意図的に「これも撮影されている映像(作り話)」であることを示すシーンが入っている。これによって「本物」の緊迫感はそこなわれ、観客は「どういうこと?」とプチ混乱に陥って、画面への集中力が落ちる心配がある。冒頭37分のドラマの中には不自然・不可解な「間」や場面がちりばめられていて、これが後のメイキング・パートで「そういうことだったのか」とわかるようになっているのだが、「《本物のゾンビ・シーン》もドラマだった」──という種明かしをするには、きわめて不適切なタイミングでのバレ演出はどうかという気がする。

『カメラを止めるな!』公式サイトではこの作品について《他に類を見ない構造と緻密な脚本、37分に渡るワンカット・ゾンビサバイバルをはじめ、挑戦に満ちた野心作となっている》と記しているが、《他に類を見ない構造と緻密な脚本》というのは、どうなのかな……と首を傾げたくなる。倒叙形式の作品は珍しくないだろうし、作品の中で劇中劇と現実を重ね合わる手法(三谷幸喜の『マトリョーシカ』など)も目新しいものではないはずだ。脚本で色々と工夫が盛り込まれているのはわかるが、不可解な部分や不充分な部分(ゾンビ・ドラマのラストシーンの意味付けが解りにくい等)もあって、《緻密》というには上手く処理できていない課題が残る脚本だった気がする。
《37分に渡るワンカット・ゾンビサバイバル》についても──映画で37分をワンカットで撮影するというのは、確かにすごい(撮る側は大変だ)とは思うが、純粋な観客からすれば、観ているシーンが何カットで構成されているかはどうでもいいことだろう。この「37分ワンカット」も実際は生中継ではないわけだから、失敗すれば撮り直しができる。また「37分ワンカット」といっても、内容はゾンビとの追いかけっこがほとんどとなり、特に難しい撮影だとは思えない。さらに生中継の番組はドラマの設定では実は「30分」ということになっている。しかし実際には「37分」かかっているので、7分もオーバーしているわけで、これが本当の生放送だったらアウトということになる。
ちょっと脱腺するが──海外ドラマの『ER 緊急救命室』では第4シリーズの第1話(45分)が(アメリカでは)生中継で放送されたという。狭い病院の中で大勢の役者が動き回り、カメラも彼らを追いかける。セリフも多く役者の動きも複雑なドラマをどうして生放送で行うことにしたのか不思議だが、あれこそ「挑戦」だったのではないかと思う。しかもその回は、東海岸(EAST)と西海岸(WEST)の時間差で1日に2回行われたという。比較するのは可哀想だが、それに比べれば『カメラを止めるな!』の、実際は生放送ではなく、7分も予定をオーバーしているワンカット・シーンが特に難しい挑戦であったとは思えない。

それでも、この作品を多くの人が称賛したのは、冒頭(ワンカット・ドラマ)の中で怒鳴りちらしていた「イヤなパワハラ監督」が、後半のメイキング・パートで本当は腰の低い「いい人」だったということがわかり、「殺伐としたB級ホラー」だと思って観ていたら、実は低予算で無茶を強いられている弱小映像制作クルーが力を合わせアクシデントをのりこえるという「いい話」だったことから、(嫌悪からの反動で)印象が好意的な方向に傾いたためではないかと思う。
また、撮影現場のてんやわんやの中で監督の妻が密かに望んでいた女優復帰がかなったり、監督の窮地を娘がサポートし、作品づくりを通して父娘の絆を再構築するといった「いい話」も盛り込まれている。映画の最後は無事に生中継を終えることができたスタッフ・俳優・監督家族らの笑顔が次々に映し出されるが、達成感と安堵が入り交じった表情に力を合わせて1つの作品を作り上げる映画愛のようなものが感じられ、観終わったあとの印象は良い作りになっている。

限られた予算(低予算)等の制約がある中で面白い映画を撮ろうチャレンジは誰もが応援したくなる。『カメラを止めるな!』も無名の人たちがそうしたチャレンジをし、この制約を逆手に取って「制約の中で作品作りをする人たちの奮闘」を描いた──ふつう低予算によるチープなつくりは欠点になりがちだが、この設定によって、チープな部分はドラマ上の必然となり、「制約の中で作品作りをする人たちの奮闘」にむしろリアリティを持たせる利点となっている。『カメラを止めるな!』が多くの人に好感を持たれたのは、奇抜さや構成などのテクニカルな部分ではなく、(弱小映画製作グループが「制約を逆手に取って」)「制約の中で作品作りをする人たちの奮闘」を描いたことを「アッパレ!」と感じた人が多かったからではないかという気がする。

一方、「評判なっているので観たが、どこが面白いのか全然わからなかった」という感想も、なんとなくわかる気がしないでもない。前半のゾンビ・ドラマ部分では、ゾンビ映画としてはありきたりでこれといった「見どころ」はない。メイキング・ドラマ部分でも、中継が無事に終わることはわかっているし、特に奇抜な仕掛けもなかった。「期待していた《何か》が起こらないまま終わってしまった」と感じたのではないか?
評判になっていることで、特別な仕掛け(?)があるのだろうと期待して観た人の中には肩透かしをくったような思いになった人がいてもおかしくないかもしれない。
評判にはなっているが、あまり過度な期待(?)をもって観ない方がいいのかもしれない。普通に観れば好感の持てる映画ではないかという気がする。

余談だが、『カメラを止めるな!』のDVDをレンタルするさいに、ハズレだった時の口直し用に『ジュラシック・ワールド』も借りてきた。『ジュラシック・ワールド』は「金がかかっているんだろうなぁ」と思いながら観たが、心に響くものはなかった。
『カメラを止めるな!』と『ジュラシック・ワールド』のどちらが面白かったかといえば、僕は躊躇無く『カメラを止めるな!』を挙げる。


●邦画の感想
映画『七人の侍』の巧みさ

https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-110.html

映画『生きる』について
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-111.html

映画『ゼブラーマン』感想
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-108.html

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』感想
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-525.html

久しぶりの『文学賞殺人事件 大いなる助走』
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-837.html


■エッセイ・雑記 ~メニュー~
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-130.html

スポンサーサイト



コメント

No title
ジェラシックはファンタジーではなくパニック。パニックは感動するものではなく、あー驚いた。キャーキャー言いながら見るものですね。
No title
> みずきさん

『ジュラシック・パーク』はけっこう好きだったんですけどね。
『ジュラシック・ワールド』は面白くありませんでした。恐竜の画面は迫力があるんですけど……CG技術の発達に対してストーリー作りのお粗末さが残念感を高めているというか……。
No title
初めまして。
ちょうど、見ているチャンネルでERが放送され、最終回を迎えたのですが、ERはそれまで積み上げてきた「リアル感」「人間関係の深み」が相乗効果にもなっていたと思います。
書かれていたように西時間と東時間が存在するアメリカ(*ニューイヤーのカウントダウンも二回やる)で、とてつもない挑戦だったと思いますが、それと同時に出演者と制作側の「やりきった」という気持ちを視聴者とのシェアできたという、得難い幸福もあったことでしょう。
ゾンビもののテーマは生き死に。
病院もののテーマも生き死に、ですがその生き死にの扱われ方の違いもあったでしょうね。
No title
> はにわ☆ぽちさん

ERの最終回は感慨深いものがありましたね。僕はテレビドラマはそんなに観ていなかったのですが、ERだけは第1回放送からほとんど観ていると思います。
今はテレビを離脱していますが、DVDで一番多く再生しているのはERシリーズです。本当に色んなエピソードがありましたね。

第4シリーズ第1話(45分)の生中継には驚きました。役者とスタッフの息のあったチームプレイというか、熟練の技術というか──しかも日に2回もやったというのはスゴいとしか言いようがありませんね。

ゾンビ物はあまり観たいとは思わないのですが、『カメラを止めるな!』は、どうも単なるゾンビものではないらしいのでレンタルで視聴しました。ゾンビ・パートはテーマの掘り下げも無い陳腐というかチープな印象もありましたが、低予算のテレビ企画としてはありがちなハナシだろうという感じでしたね。このチープさが低予算ドラマ制作という設定のリアリティに繋がっているところがおもしろいところでもあります。
No title
返信ありがとうございます。
私はゾンビ映画を見るとき「アメリカのゾンビって歯並びがいい」という目で見てしまって落ち着きません。
チープな映画はチープな映画の良さがあるとは思います。
ジャッキー=チェーンが「ハリウッドの予算があれば香港だったら100本映画が作れる」と言っていましたし。
だからこそ知恵が試されると思うので星谷さんの感想、わかります。
もちろん、お金をかけたくせにこんなのかよ!というのもあるんですが(笑)

当時は話題になりすぎてERを敬遠していたのですが馴染みのチャンネルで一気に再放送されたのを見て
「全然古臭くない!」
と驚かされました。
「ストリートキングってまだいるのかよ!」
とかいうしょうもないセリフが心に残ってます。
ERは生命に対して、撮影と同じくらい真剣だったなあと思っています。
カッコイイ、とか面白いとかそれだけじゃない、大事なことが例えばチープな作品でもあれば上等なことだと思います。
(好き嫌いは分かれますが新海誠さんの作品とかね)
No title
> はにわ☆ぽちさん

僕は本来、テーマ・ストーリー・エピソード・人物などが最も有効な形で無駄なくきっちり構成されれている完成度の高い作品が好きなのですが(『七人の侍』とか)、ERに関してはストーリーやエピソードが雑然としたところにむしろリアリティを感じて好きでした。とにかく色んな患者がやって来ていろんな事が起こる──エピソードに何が正しいとか誰が正しいとかいう決着はなく、考えさせられるテーマ・エッセンスがあるがまま描かれている感じで。
最終回では双子の出産中にトラブルが起こり赤ちゃんは助かって良かった──と思っていたら母親は死亡するというエピソードがありましたが、幸と不幸の対比がうまく(容赦なく?)描かれているドラマだったと思います。

映画は小説と違って、お金をかけなければ撮れないものもあるのでしょうが、お金をかけずに撮れるものだってあるし……お金をかければ優れた作品になるわけでもない。作品の面白さは、予算の規模とは別なわけでから、低予算でも称賛されるような作品が生まれる余地はまだまだあると思います。

管理者のみに表示

トラックバック