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年賀状雑感

先日ある方のブログ記事が目にとまった。部下や同僚に年賀状を出したが、相手からは届かなかったことを嘆く内容だった。その人にとっては、そうした部下や同僚は「礼儀知らず」で、年賀状をもらっているのに出さないことは「仁義を欠く」行為と映るらしい。
僕は年賀状を廃止して、もう10年ほど出していない。僕から年賀状が届かなくなった人の中には、このブロガーさんのように感じている人もいるのかも知れないなぁ……と色々思うところがあった。
年賀状に関しては、感じ方・考え方は人それぞれで、その人なりのルール(?)に従った選択をすればいい──他人がとやかく言うことではないと思っているが、僕の年賀状観のようなものを少し記してみることにした。

僕は子どもの頃から2009年までずっと年賀状を出し続けていた。小学生の頃はゴム版を彫ったり、中学生ではシルクスクリーンを使ったこともある。プリントゴッコが出てからはこれを使っていた。図案を作成して業者に印刷してもらったこともあるし、その後はパソコンのプリンターで出力するようになった。
あわただしい年末に手間ひまかけて年賀状を作り発送するのはそれなりに大変なわけだが、それでも出していたのは、年賀状が《楽しみ》だったからだ。どんな図案にするか考えたり作って出すことが楽しみであり、どんな年賀状が届くかも楽しみだった。《相手を楽しませたい》という気持ちも当然あって、年賀状を出す動機は《好きだから》という自分側の都合だったといえる。
ところが、届く年賀状の中には市販の年賀葉書があったり、僕の年賀状が届いたのであわてて(?)返したと思われる年賀状も混じっていたりする。とても好きで出しているようには見えない……言ってみれば「義理年賀状」。《楽しみ》で描かれた年賀状は出すのももらうのも嬉しいが、《義理》で書かれた年賀状が届くと心苦しい。「(楽しくないなら)無理して出さなくてもいいのに」と思うと同時に、僕が好きで出した年賀状で「返信の義理」を生じさせたのだとしたら申し訳ない気分になる。義理の返信年賀状なら、もらわない方が気が楽だ。

しかし、前述のブロガーさんのように、出した相手から年賀状が届かないと「無礼」だと感じる人も少なからずいるのかもしれない。
そのブロガーさんは、「年賀状が届かなかった部下や同僚には、来年は年賀状を出さない」そうだ。しかし、相手が気遣って年賀状をよこしたら、「仁義を欠きたくない私も年賀状を出すことになる」と記している。
こうなると《自分の「仁義」を守るため》に年賀状を出し続けているようにも感じられる。

「もらった相手には年賀状を出すべき」と考えている人は、(相手も同じ考えなら)自分が年賀状を出すことで相手に返信ストレスを生じさせることを心苦しくは感じないのだろうか? 自分もその負担を負っているのだから、相手もそうあるのが当然という感覚なのだろうか?

年賀状を返さなければ「礼儀知らず」の烙印を押されてしまうのであれば、これは、「出さないと不幸になる」とプレッシャーをかけるプチ不幸の手紙みたいなものではないか。
これは少なくとも僕の年賀状観とはだいぶ異なる。年賀状は出す人ももらう人も楽しくなくては──というのが僕の感覚だ。年明け早々、仁義でプレッシャーをかけあい、「礼儀知らずでないことを示す行事」になってしまっていたのだとすると、おかしな気がする。それはもはや迷惑イベントではなかろうか?
送った相手から返信がないいことを気にするのは、いわゆる「既読無視」を気にかける人(*)と同じ心理なのかもしれない。

僕も以前は出し続けていた年賀状を現在は廃止しているわけだが、自分の中ではこの判断は理路整然としている(今年の年賀記事*にも記している)。
僕の考え方が正しいとか、他の人もそう考えるべきだというつもりは全くない。年賀状を出す人も出さない人も、それぞれの考え方でそうしているのだろう。
人それぞれ──その1つとして僕の年賀状観を記してみたしだい。


*「既読無視」で苛立つ風潮!?

https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-860.html

*謹賀新年2019亥年
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-857.html

■エッセイ・雑記 ~メニュー~
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-130.html

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コメント

No title
私も毎年義理で 年賀を出していましたが、年賀を出すのを止めました。
友人知人にはメールで十分だし、1年間 交流もない人に義理出しするのは、なんともうっとおしい。

今年も早々と年賀をいただいて、致し方なく 印刷した年賀を買い求め、白紙のハガキの数倍もするのね。お返ししました。
年賀をいただくのは嬉しいけど、すごく負担になるんです。はっきり言って迷惑です。


勝手に送ってきて、返さないことを非難される。まったく理不尽な世の中です。年賀要りませんて、顔に書いて歩きたいわ。出来んけど。”笑
No title
> みずきさん

年賀状は、けっこう負担になりますね。通信技術が発達した今、必要性もあまり感じなくなっていますし……。
義理で出し続けるのはしんどいと感じている人も多いはず。
今後、出さなくなる人の割合は増えていくのだろうと思っています。
No title
私は毎年出し続けています。
年末が近づくと、今年の1枚写真を撮影するために休日はひたすら来ぬ鳥を待ち続けたり、探しまわったりしていますが・・・。
はて?受けとって、この努力を判って頂ける人が何人いるでしょうか?
No title
ここ数年、年賀状の意義(?)について星谷さんと全く同じ疑念、想いを抱くようになりました。
来年からは、「年賀状の挨拶は止めます」の一言を添えての賀状になりそうです・・・
No title
> 山鳥花さん

年賀状には、その人の個性が反映しますから、情熱を注いで作成したものは、受け取った方も嬉しいのではないでしょうか。
僕は年賀状を廃止していますが、年賀図案は作成して元旦のブログ記事にしています。
No title
> 今日も、こっそり自然観察!さん

年賀状の意義は、昔に比べてだいぶ薄れてきた感じがします。意義に対して年末の負担が大きいと感じている人も多いはず……。
年賀状が無くなることはないでしょうが、出さなくなる人は増えていくだろうと思っています。

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