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クロスジフユエダシャク:婚礼ダンスに異変!?



見どころは♀の容姿と♂の婚礼ダンス

クロスジフユエダシャクは冬にだけ出現する蛾・フユシャクの1つ。メスは翅が退化して飛ぶことができないというユニークな特徴を持つ。そのため、出会いを求めて飛ぶのはオスの仕事。メスが放つフェロモン(ニオイ物質)をたよりにオスが《婚礼ダンス》を舞うことによってメスをゲットするのはこれまで何度か紹介してきた通り(*)。
クロスジフユエダシャクの見どころは、(オスとはかけ離れ、とても蛾には見えない)小さな可愛らしい翅をもつ「メスの風変わりな容姿」と日中観察できる「オスの婚礼ダンス(によるメス探し)」だと僕は思っている。雑木林ではごく普通に見られる昆虫だが、発生時期が冬の初めに限られるので、いつでも見られるというわけではない。鑑賞期間限定なのでこの時期になると見ておきたくなる。

《婚礼ダンス》について簡単に説明しておくと、メスと交尾する直前のオスが激しく羽ばたきながら歩き回る行動(羽ばたき歩行)のこと。クロスジフユエダシャク♂は落葉が積もった雑木林の林床を低く飛び続けるが、これは落葉の下などに隠れているメスを探してのこと。メスの存在が近いと察知したオスは、降りて婚礼ダンス(はばたき歩行)を開始する。メスが放つフェロモンを探知するのは触角だが、羽ばたくことによって前方の空気を触角に引き込み「嗅ぐ」機能を高めていると考えられる。羽ばたきながら向きを変え、どちらを向いた時に左右の触角が均等にフェロモンを捉えるか──方角を調整しながらより強くニオイを感じる方へと進むことでその発生源であるメスに到達する仕組みである。
《婚礼ダンス》はカイコガで知られていた行動だそうだが、クロスジフユエダシャクも同じことをする。クロスジフユエダシャクは昼行性なので、日中そのユニークな行動を観察することができる。
ということで、クロスジフユエダシャク♂が舞う雑木林で婚礼ダンス待ちをしていたときのこと──。落葉の上を後ろ向きに歩くクロスジフユエダシャク♂が目にとまった。これは交尾状態でメスがオスを引きずっているのだろうと思い、よく見るとやはり──↓。


フユシャクは、まずオスの姿が目にとまりがちだか、その翅の陰にメスが隠れていることも少なからず。メスはなかなかパワフルで、時々オスを引っ張って歩いている姿を見かける。
この状態では交尾中のオスも羽ばたかないし、近くでメス探しに飛びまわっているオスも関心を示さない(婚礼ダンスの気配も見せない)。メスがいてもフェロモンを放出していない時は、オスの婚礼ダンス・スイッチはONにならないのだろう。
一方、ひとたび婚礼ダンスのスチッチが入ったオスたちは、我先にメスに到達しようと懸命に羽ばたくことでその位置を嗅ぎあてようとする。隠れている1匹のメスに複数のオスたちが集まることも多く、僕の観察では通常、婚礼ダンスを舞う複数のオスたちがいた場合は、徐々に互いの距離が縮まり、集まってくる。それぞれがメスに近づいていくためだ。そしていち早くメスを見つけたオスが交尾を成立させるとゲームオーバー。フェロモンの放出がシャットダウンするのか、あるいは《売約済み》の情報でも発信されるのか……情熱的な婚礼ダンスは突然打ち切られ、タッチの差で敗れた者も未練を残すことなく、あっさりと引き上げて次のメス探しに出かけてしまう。
婚礼ダンスは突然はじまり、オスたちが収斂していくと、あっけなく終了してしまう──そんな印象が僕にはある。

狂乱の婚礼ダンス!?その意外な原因は…

ところが、先日(僕の感覚では)尋常でない婚礼ダンスを目の当たりにした。雑木林の一角で10匹を越えるクロスジフユエダシャク♂が婚礼ダンスを始めたのだ。その様子をカメラに収めようとしたが、範囲が広くて全景をとらえるのは困難──画面を広くとると個々のオスが小さく写って背景にまぎれてしまうため静止画では判別できなくなってしまう。婚礼ダンスは分散しているので、どれがメスに近づいている本命個体なのか判断できない。これだけのオスが探しているのだからすぐにメスは見つけ出されて婚礼ダンスは終了してしまうのではないかと気をもむが……婚礼ダンスはエスカレートするばかり。普通なら収斂していくはずの婚礼ダンスはむしろ拡散していくようにも見える!?
何が起こっているのかよくわからないまま、とりあえず♂密度の高いポイントを撮ってみた。


いつもなら、フレーミングやフォーカシングの間に終了してしまいがちな婚礼ダンスが、いつになく長く続いていて「普通ではない感」が高まっていく……。
オスたちが集中するポイントをのぞき込むと──不自然な動きのクロスジフユエダシャク♀が目に入った。その周囲をアリが取り囲み──♀を運んでいたのだ。狂乱の婚礼ダンスの原因は、フェロモンを放つクロスジフユエダシャク♀へのアリの襲撃にあったようだ。




12月を目前にクロヤマアリがこれほど活発に活動していようとは思わなかった。今年は立冬を過ぎてからもアブラゼミが鳴いていたし、昆虫の活動終了時期がズレ込んでいるのだろうか?
アリの襲撃に、飛んで逃げることができないクロスジフユエダシャク♀はひとたまりもなかったろう。しかし、メスのピンチをよそにクロスジフユエダシャク♂は交尾しようと次々に押し寄せてくる。中にはクロヤマアリにとらわれ引きずられて行くオスもいるが、オスの婚礼ダンスは続く……。フェロモンが放出され続け、婚礼ダンスのスイッチがONのうちは、本能が定める行動が継続されるということなのだろう。こんな状況下でも機械的な反応を続けるオスたちが小さなロボットのようにも見えた。


クロスジフユエダシャク♀の体の構造はよくわからないが、婚礼ダンスの元祖(?)カイコガの場合は、産卵管の根元にフェロモン腺という器官があって、これを腹端からのぞかせることでフェロモンが拡散するらしい。クロスジフユエダシャク♀も同じようにしてフェロモンを放ち、オスたちを呼び、交尾が成立した段階でフェロモン腺を収納しフェロモン放出をシャットダウンするのだとすると……アリの襲撃を受けたクロスジフユエダシャク♀は交尾を完了していないからか、あるいはアリの攻撃にもがくことで断末魔の叫びならぬ断末魔のフェロモン放出を続けているのか──フェロモン放出をシャットダウンできずにいるのかもしれない。カイコガではフェロモン腺をこすりつけたろ紙やガラス棒にもオスは反応し(メスがいなくても)婚礼ダンスをするそうだが、アリに運ばれるクロスジフユエダシャク♀でも、もがきながら露出したフェロモン腺が周辺の落葉などに接触すれば、そこにフェロモン臭が残ることになるだろう。アリに連れ去られるクロスジフユエダシャク♀本体だけではなく、引きずられたあとに残されたフェロモン臭のするポイントにもクロスジフユエダシャク♂が集まってきた──これが婚礼ダンスが拡散した理由ではないかと思われる。
フェロモンはおそらく物理的にはごくごくわずかな量なのだろうが、アリの攻撃にさらされながらも交尾をしようとしたり、メスがいないのに婚礼ダンスを舞ったりするオスの姿に、行動を支配するフェロモンのすごさを改めて感じたしだい。


ところで、クロヤマアリに引きずられていくクロスジフユエダシャク♀の画像を見て気がついたことだが──フユシャクの口吻がこれほど伸びるものとは知らなかった。フユシャク成虫はエサはとらないものが多いらしいので機能しているのかどうかはわからないが……想像していた以上にクロスジフユエダシャク♀の口吻は長かった。過去に撮った擬死状態のクロスジフユエダシャク♀の画像と比べてみると──↓。


オスが集まるのに婚礼ダンスが始まらない場所!?

雑木林でクロスジフユエダシャク♂の婚礼ダンス待ちをして気になることがある。本来ならもっと積もっていて良い枯葉が緑地管理のためか、かなり撤去されている。人が往来する道路ならともかく、緑地内で必要以上に撤去することもなかろうに……と思わないでも無い(落葉の中で越冬する昆虫が少なからず影響を受けそうな気がする)。こぎれいになった雑木林内の小道ではクロスジフユエダシャク♂が飛び交う姿が見られるが、《オスの密度が高く、今にも婚礼ダンスが始まりそうな気配を漂わせながら、そのわりに待っていても婚礼ダンスがいっこうに始まらない》ということがよくある。
おそらく……人がよく通る小道や、落葉撤去作業が頻繁に入る場所では落葉の下で踏みつぶれれたクロスジフユエダシャク♀もいて、そのフェロモンを含むニオイが地面や周囲の落葉などにしみ残っているのではあるまいか。これがクロスジフユエダシャク♂を誘い、まどわしているのではないかという気がしないでもない。飛来するオスは多いのに、いっこうに婚礼ダンスが始まらない場所には、ひょっとするとそんな事情があるのかもしれない。フェロモンの残り香にオスが反応を示すことは、今回の狂乱の婚礼ダンス騒動(?)でも明らかになった気がする。


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コメント

No title
すごいですね。昆虫の不思議で、昔カブトムシのオスを飼っていましたら、メスじゃなくて木のはじっこに一生懸命オスが交尾のしぐさをしていたのをみましたが、そんなことあるのでしょうか。不思議な世界です。ナイス!
No title
> 四季の風さん

カブトムシ♂でもそんなことが……やはりフェロモンがらみの誤作動(?)なのかもしれませんね。
本当に昆虫の世界は不思議です。
No title
カエルなどは、動くものに飛びついて離れないとか。子孫を残す本能はすさまじいですね
No title
> みずきさん

進化の中で洗練されてきた生命のシステムなのでしょうね。小さな生き物のいとなみの中に自然の奥深さを感じます。
No title
アリの出現期間からも、気象の乱れが生物界に与える影響の大きさがうかがえます。
天敵の少ない(との一説あり)冬季を選んだフユシャクも、これでは困る(でしょうね!?)・・・となると・・・
今後は、メスにも、ほんの僅かでも飛翔できる(程度)の翅が必要になってくるのでしょうか?(進化の方向性に異変が生じるのでしょうか?)
生物にとって、暖かすぎる冬季も考えものですね・・・
No title
> 今日も、こっそり自然観察!さん

フユシャクの存在を始めて知った時は驚きで、「なるほど、天敵が少ない時期を選んで(成虫が)出現するという生存戦略なのか」と感心しましたが、観察しているうちに、冬にも天敵がいないわけではなく、そう単純ではないことが解ってきました。
フユシャクがクモやサシガメに捕食されているシーンはこれまで見たことがありましたが、アリに襲われているのは今年初めて見ました。
天敵が少ない時期──というのは間違いがないと思いますが、そうした時期に対応したということは、それだけ天敵に対して無防備といえるのかも? 特に飛べない♀は天敵に見つかってしまえば逃げ伸びるのは難しいでしょう。
もし暖冬化(?)で天敵昆虫の活動終了時期が遅くなることが続けば、フユシャクの発生時期がより遅くなる……なんてこともあるかもしれませんね。
No title
大変参考になりました。
交尾中のペアはよく見かけますが、他のオスがペアに近づかないことに疑問を感じていました。
フェロモンの放出の有無が関係しているとのお考え、アリの事件で納得できました。
No title
> shinoさん

クロスジフユエダシャクの場合、交尾寸前までは複数のオスが婚礼ダンスをしながら集まって来たりするのに、1匹が交尾を成立させると、とたんに羽ばたきが止んで静かになってしまいます。
ペアになったメスもそうですが、交尾後オスが離れた後のメスにもオスは関心を示しません。

フユシャクに関心を持ち始めた頃、単独のクロスジフユエダシャク♀を見つけてオスに近づければ交尾するだろうと試してみたことがあったのですが、何の反応もなく不思議に思っていました(たぶん交尾解消後だったのでしょう)。今ではフェロモンの放出の有無がスイッチになっているのだろろうと考えています。

轢死したクロスジフユエダシャク♀に複数のオスが集まって羽ばたいているのを目にしたのが、婚礼ダンスの観察のきっかけですが、轢死した♀は潰された事でフェロモンを放出させていたのでしょうね。

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