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久しぶりの『文学賞殺人事件 大いなる助走』

最近リリースされた30年前の『文学賞殺人事件 大いなる助走』DVD



筒井康隆の小説『大いなる助走』を映画化した『文学賞殺人事件 大いなる助走』のHDニューマスター版DVDが今年の5月にリリースされていた。鈴木則文監督によるこの映画が公開されたのは1989年1月28日(Wikipedia情報)だそうで、DVDジャケットにも「©1989アジャックス」と記されている。しかし、本編では最後の「大いなる助走」と記されるシーンで「©1988 AJAX」とスーパーが入っている──こちらの方は製作された年ということなのだろうか? ジャケットと本編で©の年が違っているのが、ちょっと気になった。

作品の概要は──、
主人公・市谷京二(佐藤浩市)は地方都市の大企業「大徳産業」に勤めるエリートサラリーマン(※DVDジャケットの【ストーリー】やWikipediaの【あらすじ】では「大徳商事」と記述されているが、映画・原作ともに「大徳産業」が正しい)。地元の同人誌「焼畑文芸」を拾ったことがきっかけでこのグループに入り小説を書き始めることになるのだが……初めて「焼畑文芸」に掲載した『大企業の群狼』(※Wikipediaの【あらすじ】では「大企業の群像」と記されているが「大企業の群狼」が正しい)が、中央の文芸誌「文學海」に取り上げられ話題となる。そしてなんと権威ある「直本賞」の候補作品になってしまう。しかし、この作品は大徳産業の内幕を暴露したもので、顧問を務めていた父や大徳産業の後ろ盾で市議会進出を企てていた兄は激怒。会社はクビとなり勘当されてしまう。同人誌仲間には妬まれ、居場所を失った市谷京二は上京。なんとしても「直本賞」をとって文学で身を立てねばならない……追いつめられた市谷京二は直本賞世話人(受賞請負人)多聞伝伍(ポール牧)の助けを借り、全てを投げ打って受賞のために奔走するが、直本賞の選考は二転三転して落選。市谷京二は怒りにまかせて、自分を落選させた直本賞選考委員たちを次々に殺して回るという私怨作品『大いなる助走』を書くが……それまで面倒見がよかった雑誌編集者たちからも冷たく見放されて、書いたことを実行して行く。

原作の『大いなる助走』を書いた筒井康隆氏自身が「直木賞」の候補に3回選ばれながら受賞していない経緯もあって、連載当時は注目され、色々物議をかもしたらしい。編集部に「あの連載をやめさせろ」と怒鳴り込んで来た文壇の長老もいたとか。今回HDニューマスター版DVDでは特典として筒井康隆氏と鈴木則文監督の対談映像(2002年収録)が収録されているのだが、この「怒鳴り込んで来た文壇の長老」のエピソードについても触れられている。実名を伏せて話している最中に、つい筆名を言ってしまうというハプニング(?)もあった。また、筒井氏は映画にもSF作家の役で出演し、文壇バーで暴れるシーンを演じている。

エンドロールの同人誌にビックリ

僕が初めて『文学賞殺人事件 大いなる助走』を観たのは1992年12月25日深夜(正確には26日未明)。TBSテレビで放送されていたものだった。原作の『大いなる助走』は読んでおらず、予備知識なしに視聴していた。僕もいくつかの同人誌活動を経験していたので、同人誌やアマチュア文学家にありがちなエキセントリックな言動・ディテールに「あるある・ありそうだなぁ」と共感しつつ引き込まれていた。権威ある直本賞の選考委員を皆殺しにするというスゴイ展開になってしまうわけだが、僕が一番驚いたのは、最後のエンドロールを眺めていたときだった。エンドロールでは全国から集めたと思われるたくさんの同人誌が次々に映し出されるという演出があって、これには圧倒感があった。今ではブログやSNS、YouTubeなどでアマチュアが不特定多数の人たちに自由に発信できる場があるが、当時はアマチュアが自分の書いたものを世間に発表する場はほとんどなく、時間・労力・お金を費やし、苦労して作った同人誌に載せるくらいしかなかった。しかし読むのは大抵関係者で一般の読者の手に渡ることは少なく、そういった意味では苦労の割に報われることが少ない媒体だった。その1つ1つにアマチュア作家達の夢や執念が込められた同人誌が次から次へ画面に映し出され、「焼畑文芸」のように日の目を見る事が少ないアンダーグラウンドの活動が実際に数知れず存在することを物語っていた。
その同人誌が次々に映し出されていくエンドロールの最初の方で、見覚えがある表紙が……僕が描いた図案が、いきなり目に飛び込んできた。僕も参加していたことがある「MON48」という同人誌の第3号がそれで、知らずに観ていた映画の中に突然親しい友人が登場したかのような驚きを覚えた。


「MON48」について触れておくと──、朝日カルチャーセンターの中の講座のひとつ「大衆文芸の書き方(講師:光瀬 龍)」の受講生による同人誌。受講生の中には既に商業出版している人、プロとして活動している人も何人か含まれていた。受講の成果として(?)受講生たちが書いた作品を集めて同人誌を作ろうということになって誕生したのが「MON48」だった。誌名は、この講座が毎週月曜日(MON)・新宿住友ビルの48階の教室で開かれていたことに由来する。誌名は皆で候補を出し合った中で僕の案が採用された。表紙も僕が描くことになったのだが、翼を広げたペンが新宿住友ビルから飛び立つ──といった図案になっている。

朝日カルチャーセンター由来の同人誌MON48が映画『文学賞殺人事件 大いなる助走』の最後に登場したわけだが、映画本編の中にも「朝日カルチャーセンター」を「朝目カルチャーセンター」ともじってでてきた部分があった。直本賞世話人(受賞請負人)多聞伝伍(ポール牧)が市谷京二のライバル候補者について技術的には稚拙だと評すシーンがある。そこで「朝目カルチャーセンターで小説作法を学んだ程度だからな」なんてセリフがでてくる。



『文学賞殺人事件 大いなる助走』の本編とは別の話になってしまうが……初めてこの映画を観た時は、「MON48」がいったいどういう経緯でエンドロールに登場したのだろうかと不思議に思った。「MON48」のメンバーには同人誌発行に尽力したH女史がいて、彼女の師匠である団鬼六氏がこの映画に地方文壇の名士・萩原隆役で出演している──そのつながりで「MON48」が渡ったのだろうかとも想像したが、エンドロールで映し出された同人誌は文藝春秋社が提供したものだったらしい。
エンドロールで流れた「MON48」を見て(これは第3号だったが)、第4号(1988年)に《H女史が直木賞を辞退しMON48賞に選ばれて驚喜する》という掌篇コントを載せたことを思い出した。これは埋め草として僕が書いたものだが、もちろん当時は「MON48」が「直木賞」をネタにした映画のラストに使われようとは想像もしていなかった。
余談だが、「MON48」創刊号で発表した僕の『ねこにかかったでんわ』は後に単行本として商業出版されている。



『文学賞殺人事件 大いなる助走』本編とは直接関係のない、あるいは他の人からすればどうでもよい個人的な事を長々と記したが、「MON48」ひとつとっても当事者にとっては色々あるわけで……エンドロールで流れる膨大な同人誌──その1つ1つに同じような色々思いを馳せる関係者がいるだろうということだ。そうした同人誌の世界があるということを踏まえて『文学賞殺人事件 大いなる助走』を観ると、また一段と味わい深い気がする……。

この映画を最初に見た時は録画しておらず、それを悔やんだものだが、その後フジテレビの深夜枠で放送されたものをビデオ録画──しかし残念ながらそれはオリジナル(129分)より15分程短いカット版だった。ノーカット版が欲しくてネットで検索してみたこともあったのだが、当時はDVD化されていないかったようだ。そんなわけで、今年になって『文学賞殺人事件 大いなる助走』のHDニューマスター版DVDが出たことを知り、購入して久しぶりに完全版を鑑賞することができた。やはり映画の内容だけでなく、同人誌にまつわる色々なことが思い起こされる……。随所にコミカルな演出がほどこされていて面白かったが、はたから見れば徒労・不毛な努力を続ける人・続けざるを得ない人たち──そうした同人誌作家たちの物語として観ると滑稽さだけでなく、やるせなさも伝わってくる。
久しぶりに鑑賞して、当時の同人誌活動の感覚というのは、インターネット世代にはちょっとわからないのではないか……という気がした。昔はアマチュアが作品を発表する場がほとんどなく、自分が書いたものを他の人たちに読んでもらおうとすれば苦労して同人誌を作るくらいしなかった……そんな時代に比べ、今では誰もが手軽にブログやSNS、YouTubeなどで全世界に向けて情報を発信できる。ブログを始めて「あのときの努力は何だったのか?」と思ったりしたものだ(*)。
もちろん同人誌はインターネット以降も作られ続けるだろうが、その意味合い・実感は昔とはずいぶん違ってきているのではなかろうか……。そうした時代感も含めて『文学賞殺人事件 大いなる助走』は味わいのある作品だと改めて感じた。




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コメント

No title
こんにちは・・・
そうでしたか、同人誌活動を!・・・(改めて星谷さんの文章力、説得力、考察力、画力、運動神経(?)・・・諸々に納得致しました。素晴らしいはずですね!もちろん、そこにはご自分の感性なりご努力なりも必要不可欠、大いなる才能・・・)

星谷さんの記事には、無駄な言葉や一文が見当たらない。そのくせ、一発で他者を理解させる術も持っていらっしゃる・・・凄い!素晴らしいな!と感じておりました。読み手の心を鷲掴みする文章力・・・それが無いと・・・やっぱり・・・ダメなんだな・・・
画にしてもしかりです・・・
あのインパクトある表紙は、他者に対するイメージ付けに打って付けですね!・・・ほらっもう、羽根を付けた勢いあるペンが発射するシーンが私の脳裏に張り付いて・・・夢にまで出て来そうです・・・
星谷 仁さんは只者ではありません・・・
それだけは、こんな私にも理解できる。
皆様も、遠のむかしから、気付いてらっしゃるのでは・・・
No title
> 今日も、こっそり自然観察!さん

高校生の頃に始めて同人誌に参加して、自分で主宰したものもありました。
僕は元々どちらかといえば読書嫌いな方で、当時、現代国語の成績も「2」でした。今でも文章が上手いとは思っていませんが、とりあえず言わんとすることが伝わればいいや──という低いハードルで作文しています。

最近はこうしてブログ等で誰もが手軽に情報発信できるようになりましたが、同人誌時代は、他の人の目に触れるものを書く(創る)ということに、それなりの覚悟や緊張、労力を要すものだと思っていました。
そんな思いがあるので、僕はブログを同人誌ならぬ個人誌の延長のようなつもりで記しているところもあります。

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