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ハリサシガメとファーブル昆虫記

砂まみれのサシガメ幼虫・ファーブル昆虫記にも



とてもユニークな昆虫なのに、その割に情報が少ない気がしてならないハリサシガメ。先日ふとファーブル昆虫記あたりに似た種類がとりあげられていないだろうか?──と思った。ファーブル昆虫記は小学生の頃、子ども向けの本でチラッと読んだ記憶がある。しかし当時はあまり印象に残らなかった。セミのそばで大砲を撃ってもセミは鳴き続けていた──セミには「聞こえていない」というエピソードは覚えていて……というより「そんなことがあるのだろうか? 聞こえないのにどうして鳴くのか?」と疑問に思ったことを覚えている。あとはスカラベの挿絵を覚えている程度で、何を読んだのかもさだかではない……。
虫屋でもある奥本大三郎氏によってファーブル昆虫記の完訳シリーズが出版されたというニュースはうっすら知っていて、大作だったらしい? 全10巻(それぞれ上下巻に分かれているので計20冊)ともなれば、その中にユニークなサシガメに触れた部分があっても良いのではないか?──そう思いついた次第。
「ファーブル昆虫記 サシガメ」で検索してみたところ『完訳 ファーブル昆虫記 第8巻 上』の第6章に「セアカクロサシガメ──肉食のカメムシ」という項目があることがわかった。内容紹介で「サシガメの幼虫は、なぜ砂まみれなのか?博物学の不朽の名著、画期的な個人完訳版」という文章をみつけ、「!」と思った。土粒コーティングするサシハリガメかそれに近い種類のサシガメに言及している──そう確信してさっそく市内の図書館へでかけ、この本を借りてきた。


立派な本を開くと、冒頭のカラー頁の口絵にはセアカクロサシガメ(成虫)の写真が載っていて、これを見た瞬間、逆ハの字模様こそないものの、ハリサシガメによく似た虫だと感じた。同じ口絵ページには「体に砂埃をまとったセアカクロサシガメの幼虫」の写真も掲載されており、その隣には「クロオオアリを捕えたハリサシガメの幼虫(日本産)」の写真まであって「おおっ!?」と思った。
以前読んだ岩田久二雄・著『昆虫を見つめて五十年(II)』の中ではクロオオアリはハリサシガメ若虫の餌には不向き(受け付けなかった)というような事が記されていて(僕は成虫・終齢幼虫ともにクロオオアリを捕食することを確認しているので)「違うな」と感じていた。それが『完訳 ファーブル昆虫記 第8巻 上』ではクロオオアリもハリサシガメ幼虫の捕食対象であることを記す写真が掲載されていて──これで、ちょっとスッキリした。

本文の第6章「セアカクロサシガメ──肉食のカメムシ」で取り上げられていたのが口絵にあったサシガメで、ファーブルはこの虫を精肉店で見つけ、成虫を持ち帰って飼育観察を始める。
セアカクロサシガメは夜行性で、狩りのシーンを見ることはかなわなかったが、餌となる昆虫はあまり選り好みしなかったという。そのあたりは昼行性で餌はもっぱらアリというハリサシガメとは違うところ。しかし後に記されていた幼虫が砂をまとうというユニークな点はハリサシガメと共通している。


日本産のハリサシガメはクビアカサシガメ亜科だが、ファーブルが観察したセアカクロサシガメもクビアカサシガメと同属だという。第6書訳注ページで知ったのだが、日本で見られるクビアカサシガメも幼虫は砂まみれの姿で暮らしているとか。幼虫が土粒をまとうというユニークな生態のサシガメがハリサシガメの他にもいたことを知って、がぜん興味が湧いてきた。

ファーブルは飼育下のセアカクロサシガメ成虫が産んだ卵が孵化するようすをかなり詳しく記しているが……僕にはちょっと理解しづらく、「これ、ホントかな……」と思わないでも無かった。というのも、ファーブルが「爆発」と称した現象を観察したのは1度だけらしい。小さな卵に起こった現象を1度見ただけで正確に把握できるものかどうか……また、その現象が起こる仕組みについての解釈にも疑問がある。本文を引用すると↓。

私はこの現象を二度と観察することができなかったので、これほど微妙な出来事を理解するには不充分である。だから、たぶんこうであろう、と単に思うだけなのだが、私としては次のような説明を試みたい。(P.206)

──として、孵化で起こる「爆発」の仕組みについて推理を記している。

カメムシの仲間の卵には、なんという見事な仕掛け、驚きに満ちた構造があることであろう。辛抱強く鋭い目で観察していれば、どれほど興味深い結果が得られることか!(P.207)

ファーブルはよくできた(?)孵化の仕組みに対して称賛しているが、それは「事実」というより、あくまでも「ファーブルの解釈」という気がする。

僕が興味を持って読んだのは、孵化以降──(ハリサシガメ同様?)砂まみれになる幼虫についての部分だ。もちろんセアカクロサシガメとハリサシガメは別の種類なので、同じように考えることはではないが、共通する特徴として比較しながら読み進んだ。
卵から孵ったセアカクロサシガメの1齢幼虫が、ときに卵の蓋を体につけているのを見てファーブルは次のように述べている。

この壷の蓋は、偶然、幼虫に触れたことで体に貼りついたのである。しかも、かなりしっかりとくっついている。というのは、この円盤を体からはずすには、次の脱皮まで待たなければならないからである。このことからして幼虫は、体から、通りがかりに触れた軽いものをべたべたくっつける粘液をだしていることがわかる。(P.208~P.209)

また、最初の脱皮を終えた2齢幼虫が砂粒をまとうことについては──、

二週間ばかりの間に幼虫たちは大きく肥り、そのうえ元との姿はなくなってしまう。というのは、体じゅう肢の先まで砂がくっついているのである。
 この砂の皮は脱皮した直後からできはじめる。最初、この小さな虫は、体のここかしこにぱらぱらとくっついた土の屑で斑になっている。それが、いまでは体じゅうを覆う土の衣になっているのだ。(P.211)


ファーブルは孵化直後、脱皮直後から、幼虫の体はベタベタしていて、砂粒が「勝手についてくる」ものだと、すんなり解釈している。
しかし──孵化や脱皮のとき、幼虫の体が最初からベタベタしていたら、殻から脱出するさいに不都合なのではないか──僕はそう考えていた。孵化や脱皮は虫たちにとって大変な作業だ。孵化不全や脱皮不全あるいは羽化不全で命を落とす個体もいる。


(※【ヤニサシガメぷち飼育中】より↑)
こうした事故を防ぐために孵化時・脱皮時には体表面は滑りが良くなくてはならない……だから離型剤の働きをする脂の被膜(?)のようなものが体表面と殻の間にできるのではないか……などと僕は想像していた。
滑りが良くなくてはいけないのに、逆に体表面がベタベタしていたのでは都合が悪かろう──だからそんなことはないはずだと僕は考えていた。
体表面がベタベタしていることで知られているヤニサシガメで、脱皮後はベタベタしているのかどうかを確かめるために飼育したことがある。




(※【ヤニサシガメのベタベタは分泌物なのか松ヤニなのか?】より↑)
やはり脱皮後のヤニサシガメ幼虫はベタベタしておらず、スベスベだった。こうしたことから、「脱皮幼虫がベタベタしているわけがない」との考えを強めていたので、ハリサシガメの脱皮で、抜け殻の背負っていた擬装素材を新幼虫が背中にひっつけながら出てきたのを見たときは、大いに驚いた。擬装素材の塊をどこかで引っ掛けて脱皮するのだろうか?──などと考えたこともあったが、よく解らずにいる。
脱皮しながらの擬装素材の引き継ぎは──これがファーブルの言うように、幼虫は最初からベタベタしていたのだとすれば、説明はつく。しかし、それではベタベタした体で孵化や脱皮をしたのか──という疑問が残る。ファーブルはこうした疑問を考えなかったのだろうか?
あるいは新幼虫の体表面と殻の間では滑りがよく、しかし他の物には粘着性のある──そんな分泌物が体を覆っているのだろうか?

幼虫が砂まみれになるユニークな生態についてファーブルは次のように記している。

 この襤褸(ぼろ)衣裳は意図的なもの、つまり奇襲作戦に役に立つものであって、獲物に近づくために自分の姿を覆い隠す手段なのだ──と思ったとしたら、そんな間違った考えは棄てなければならない。セアカクロサシガメは、わざわざ工夫を凝らしてそんな外套をこしらえたのではない。姿を紛らわせようとしてこんなものを担いでいるのではないのだ。それは何の工夫もなくひとりでにできてしまうのである。その仕組みはちょうど、円い楯がわりに背負った卵の蓋が、先ほど私たちにその秘密を明かしてくれたとおりである。
 幼虫は体から、一種のねっとりした液体を出す。それはおそらくは、幼虫の食物である脂肪に由来するものだろう。体から分泌しているこの鳥黐(とりもち)によって、幼虫自身が別に何かしなくても、移動するたびに触った埃が体にくっつく。サシガメが服を着るのではなくて、体がかってに汚れるのである。この幼虫は塵の球になる。つまり、歩く汚れそのものになるのだ。それは幼虫がべとべとした汗をかくからなのである。(P.211~P.212)


ファーブルはセアカクロサシガメ幼虫が砂粒まみれになるのは擬装目的があってのことではなく、幼虫が積極的に砂をまとうわけではないと記している。しかしハリサシガメ幼虫の場合は、積極的に土粒をまとう行動を僕は何度も見ている。




(※【ハリサシガメ幼虫のデコレーション&コーティング】より↑)
ハリサシガメ幼虫の土粒コーティングは獲物であるアリに気づかれることなく近づくための擬装だと僕は考えている。
大胆にもアリの列のそばで狩りをするハリサシガメ幼虫を観察したことがあるが、驚くほとアリたちは無反応だった。








アリたちに気づかれ総攻撃をしかけられたらハリサシガメ幼虫はひとたまりも無いだろう。ハリサシガメがアリを狩るには奇襲攻撃しかない。ハリサシガメのまとう土粒はアリたちをあざむく「天狗の隠れ蓑」の役割りをしているのだろう。僕はそう考えている。

ファーブルが言うようにセアカクロサシガメ幼虫が砂粒まみれになることに意味がないのだとしたら……たまたま幼虫がベタベタするサシガメが誕生し、その中から土粒にまみれることでアリに気づかれにくくなった→アリを狩るハリサシガメが誕生した──というシナリオになるのだろうか?

ファーブルはセアカクロサシガメ幼虫がベタベタするのは、《幼虫の食物である脂肪に由来するものだろう》と言っているが……この根拠も怪しい気がする。
飼育下のセアカクロサシガメの2齢幼虫(孵化した1齢幼虫は何も食べず、2日後に脱皮する)はファーブルが餌として与えた虫をことごとく拒絶したという。ファーブルは成虫が集まっていた精肉店にあったもの──として脂肪を与えてみたところ幼虫たちはこれを好み、順調に育ったという。それでファーブルはセアカクロサシガメ幼虫の餌は脂肪だと考えたようだが……しかし、脂肪などないところでは、2齢幼虫は何を餌にしているのだろう? 脂肪以外の本来の餌が存在するのではないかという気がする(注釈ではイガやカツオブシムシの幼虫の可能性が指摘されている)。であるなら、幼虫が砂まみれになるのは脂肪のせいではないはずだ。
あるいは、セアカクロサシガメ幼虫が身にまとった砂粒の擬装が役に立つような捕食対象や生態があるのではないか……そんな気もしないではない。

ところで……図書館で借りてきたこの本──『完訳ファーブル昆虫記 第8巻 上』(2010年の初版)のカバーには「本体2800円+税」と記されている。ところが、ネット上で価格を確認すると「3,600円(本体)+税」となっていたので、ちょっと驚いた。値上げがあったのだろうか?(8年で800円の値上げ!?)


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