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『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』と出演覚書

今ではすっかりテレビのない生活に慣れてしまったが……もう四半世紀以上も前に、冗談半分に作った映像作品でテレビ番組に出たことがある。この番組を検索してみたところ、Wikipediaにも情報がまとめられていたが、いくつか間違いも見受けられた。そんなこともあって、この番組と僕が出演した回の覚書をあらためて記しておくことにした。

『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』通称『えび天』出演覚書



平成名物TV『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』──通称『えび天』は、1991年1月12日~1991年9月28日にかけてTBSテレビで毎週土曜日の深夜24:40~27:00(日曜日午前0:40~3:00)に放送されていた映像作家発掘番組。ミュージシャン発掘番組『三宅裕司のいかすバンド天国』──通称『イカ天』の後継番組ということで、(『イカ天』に対して)『えび天』になったのだろう。<映像><美学><造形><理念>──この頭文字をとって「えびぞり」という説明が番組内でなされていた。
司会は三宅裕司と福島弓子(TBSアナウンサー)。毎回10組の自主制作映像作品(基本的には3分以内)が紹介され、映像関係者やゲストからなる「えび天選考委員(えび選)」が審査する。優れた作品を制作した監督には特典が与えられ、番組でプロデビューの後押しをすることになっていた。ゆるいものからキアイの入ったものまで……個性豊かな作品&監督が集まり、見ていて楽しいバラエティ色の強い番組だった。


番組のシステムとしては──監督は「銅」からスタートし(番組採用時点で「銅」は確定)、「銀」「金」と段階を経て「巨匠」に挑戦することができる。銅賞監督には銅メダル、銀賞監督には銀メダルと編集機材、金賞監督には金メダルと映像機器&賞金50万円が贈られる。そしてみごと「巨匠」になると副賞は「夢」(の実現)──劇場公開映画Vシネマの監督ができる──というものだった。
番組では1組ずつ監督&作品が紹介され、作品上映後に「えび天選考委員(えび選)」が講評する。評価の目安として「えびせんボード」と呼ばれるパネルに《えびせん》全員の印象が表示される。「えびせんボード」は、アイディア/コンセプト/テクニック/パッション/インパクトの5項目からなり、いずれかの項目で満点がつくと「パーフェクト賞」として監督3点セット=ディレクターチェアー・メガホン・ストップウォッチが贈られる(受賞監督の首にはメガホンがかけられた)。
(逆に全ての項目で一つもボタンが押されなかった場合「逆パーフェクト賞」という見舞金(?)のようなものが出る制度が番組の途中から加わり、三宅裕司氏のポケットマネーから2万円が与えられた)
10組の作品が全て紹介された後に《えびせん》によって協議が行われ、番組の最後にそれぞれの監督に対して「金」「銀」「銅」の判定結果が発表される。

僕が出演したのは第6回(1991年2月16日 24:40~27:00放送)。上映された作品は『ミラクル☆スター』──変身ヒーロー・怪人・カメラマンを一人で兼ねたスーパーヒーロー・アクションだった。


『ミラクル☆スター』上映後のスタジオ↓。評価は……。




パーフェクト賞には1つ足りなかった(パッション)。
最終的な結果は【銅】賞。しかしキャプテン・ジョージから【特別奨励賞】のミニトロフィーをいただいた。


ちなみに、第6回の放送内容は↓。


Wikipedia情報では第6回の「審査員」にブルース・オズボーンの名があるが、この回の「えび天選考委員(えび選)」は大林宣彦/武藤起一/キャプテン・ジョージ/椎名桂子/高城剛/松永麗子の6名だった。また、この回には『川口浩の火星探検』で安原伸監督が初登場しているが、Wikipedia情報では、安原伸氏について第14回に放送された《「国防挺身隊 第1話 挺身隊出撃」で初登場》と記されている。

えび天出演の経緯

『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』の第1回放送があったのは1991年1月12日の深夜(1月13日未明)。この時、僕は何をしていたかというと、イタズラ感覚で試作中の実写版『ミラクル☆スター』の編集をしていた。『ミラクル☆スター』は個人誌で誕生した(僕が創作した)変身ヒーローで、実在の友人たちが登場する内輪ウケ狙いの小説シリーズ。当時、僕を含め3人が、自分をヒーローにした内輪ウケヒーロー小説を書いて競い合っていたのだが、このレースを一気に制すべく『ミラクル☆スター』の実写映像版が作れないかと画策していた。当時、里山の小動物などを撮るのに使っていたビデオカメラで、ミラクル☆スター試作カットを撮影。うまくつなぎ合わすことができるか編集を試していた。当時はダビング編集──2台のビデオデッキをつなぎ、片側で再生した映像を、もう一方で録画(必要なシーンだけをコピー)するのだが、ビデオデッキは録画開始や一時停止・解除の操作をしてから作動するまでタイムラグがあり、目まぐるしいアクションのカットイン・カットアウトのタイミングを合わせてダビングするのが厄介だった。うまくいけば数人に見せるつもりで試作を開始したのだが、ダメなようならボツという可能性もあったため、撮影は1人で行っていた(ビデオカメラを三脚に固定して、ヒーローと怪人の二役を演技──それを編集で闘っているように見せようと考えた)。そのテストカットのテスト編集をしているときに、偶然目にしたのが『えび天』第1回の放送だった。番組で映像作品を募集していると知り、編集中の『ミラクル☆スター』を応募してみようと思い立つ。さっそく応募規定(3分以内)に合わせたえび天バージョンを編集。1月14日にできあがったビデオを投函したところ、1月16日の夜(PM8:30)に採用を知らせる電話があって、あっけなくテレビ出演が決定。1月23日に説明会が開かれ、第5回と第6回の出演メンバーが集められた。僕が出演する第6回の番組収録は2月9日、放送日時は2月16日24:40~27:00(2月17日0:40~3:00)と、トントン拍子でことが進み、我ながら急展開に驚いていた。番組内では生放送ということになっていたが、実はノンストップで(CM時間も含めて2時間20分編集無しで)収録する生収録。放送時間は深夜だったが、実際の収録は19:40~22:00だったので、(終電前に)電車で帰宅することができた。
当初は数人の仲間に見せるつもりで気まぐれに試作した実写版『ミラクル☆スター』だったが、こうして思いがけず多くの人に見ていただく機会を得たのだった。

ミラクル☆スター~実写版~※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
ミラクル☆キッド~実写版~※小学2年のスーパーヒーロー誕生
ミラクル☆シリーズさくっと制作経緯

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コメント

No title
星谷仁讃江

素晴らしい
ヨカッタですねぇー
和尚の世代は
8ミリ映写機の世代で
東京流浪時代に
16ミリレンタルで
皇居前の大楠公銅像の前から
スタートする
エレジーなる
ウヨク映画を自作自演で
作りましたねぇー
無茶苦茶なバカ者ワカモノでしたねぇー

らく画きにがお絵和尚より
No title
> らく画きにがお絵和尚の日記さん

僕も高校時代に友人らと8ミリ(フィルム)映画を作って文化祭で上映したことがあります。
8ミリフィルムの場合はカットの位置をコマ単位で決められますが、ビデオのダビング編集では(当時は?)それができず、苦労しました。
今はパソコンで色々できるんでしょうけど……ほとんど浦島太郎状態(?)です。
No title
お早うございます。
このような番組が有ったとは知りませんでした!
覆面を被った星谷仁監督、格好良いですね( ・´ー・`)
ナイス✽
No title
> kaneo93さん

今はYouTubeなどに誰でも自由に動画をアップできるし、それを一般の人が視聴することができますが、当時はアマチュア作品は限られた上映会などでしか見ることができなかったので、新鮮でした。

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