FC2ブログ

公立図書館の役割り

公立図書館の役割り

先日都内で行われた全国図書館大会──《公共図書館の役割と蔵書、出版文化維持のために》をテーマとする報告会で、文芸春秋社長がおこなった発言が物議をかもしているらしい。図書館で文庫本を貸し出すことが出版社の文庫売り上げ減少に影響している懸念があるとし、公共図書館に「文庫の貸し出しをやめるよう」に要望。読者に向けても「文庫くらい借りずに買ってください」と呼びかけたという。

文芸春秋社長の考え方とは違うのだが……図書館に時流の廉価本が並ぶとことには僕も違和感を持っていた。この機会に《図書館の役割り》について思うところを記してみたい。

僕も以前は調べ物でちょくちょく図書館を利用していた。しかし最近はその機会もめっきり減った。目当ての資料が見つからなかったり(前にはあったのに)無くなっていたりで、ガッカリすることが度々あったからだ。「調べ物をする場」として認識していた図書館は、たよりなく影が薄い存在になってしまった……。

毎年出版される書籍の数は膨大だ。図書館の限られた書架に新しい蔵書を入れるためには、古い蔵書を処分しなければならないという事情も解らないではない。しかし、貸し出し数の多いタイトルを残し、その頻度の低いものから処分していけば良いというものでもないだろう。時流のライトノベル文庫は揃えているのに、児童文学の草分け的な「浜田広介」の本がない……というようなことがあると、「図書館のあり方として、どうなのだろう?」と疑問に思ってしまう。

運営側としては「図書館の利用率」で施設の価値(や予算?)を判断する(される?)ので、限られた予算・限られた書架スペースで、より「来館者数」を増やすために「貸し出し数を稼げる時流の廉価本」を置いて実績を上げようとしているかもしれないが……商業施設ではないのだから、人気にとらわれず、文化的価値の高い書籍──図鑑や事典・全集・専門書など、個人では買いそろえるのが難しい書籍こそ保全し共有できる文化機関であってほしい。

蔵書の優先基準に疑問を感じるようになって、図書館に対する信頼や期待は薄れた感は否めない。調べ物はインターネットですることが多くなったが、ネット情報は変更されたり消えてなくなったりするので、ちゃんとした引用元としては書籍の方が信頼性は高い。そういった意味では公立図書館の《文化資料の保全》の意義は大きいはずだ。それが公共の利益であり、公立図書館の果たすべき役割りだろうという気がする。


というわけで僕は公立図書館では《文化資料の保全》が優先されるべきだと考えているのだが、もちろん図書館には《本との出会いの場》という面もあるわけで、人気作品・娯楽作品を置くことの意義も理解しているつもりだ。廉価本(文庫本)を排除すべきだと言うつもりはない。
本は読んでみないことには内容の評価ができない。廉価本と言えど、内容を見極めてから購入したいと考える人は決して少なくないはずだ。しかし一般の書店では、読んでから買う決定をすることができない。そうしたことを考えると、図書館のように課金を気にせず自由に読める場はあっても良いと思う。ただし、著者や出版社に対しては何らかの還元はあってしかるべきだ。読んでつまらなかった作品は買う必要がないが、面白かった作品は買うように努める──図書館での「タダ読み」が「試し読み」として機能し、「気に入った本を見つけて購入する機会」につながれば、これは読者のみならず著者や出版社にとっても利益となる。

出版物の低迷の一因には、(一般的には)「本は買って読まないことには内容が評価できない」(「ハズレ」を買ってしまうリスクも大きい)ということもあるのではないかと思う。
書店では「アタリ」か「ハズレ」かの見極めができないため購入を躊躇することも多いわけだが……図書館のような「試し読み」自由の場があれば、好みの作品に出会う機会は増え、それが購入に繋がることもあるだろう。これが《本の内容についての正当な評価を売り上げに反映するシステム》として機能するなら……つまらない本は淘汰され、面白い本の購入が増えることになり、読者の本への期待・信頼を高めること(購買意欲の活性化)にもつながるのではないか──という気がしないでもない。
また、図書館は《本との出会いの場》として本好き層を育てるという役割りも果たしてきたはずだ。「借りて読む」ことを制限すれば、そのぶん「買って読む」人が増えていくことになるのか……といえば疑問もある。《本との出会いの場》が少なくなれば、娯楽をゲーム等に求める人が増え、世間の読書率は低下して、「買って読む」人がかえって少なくなる──なんて可能性だって考えられないではない。

そういった意味では文芸春秋社長の主張──「試し読み」自由の機会を制限することが《出版文化維持》になるのかどうか……疑わしい。
しかし、それとは別に──公立図書館の役割りを考えると、限られた予算・書架スペースを、人気取りのための廉価本が占めてしまうことには違和感があって、やはり蔵書の優先順位としては、《個人で買いそろえるのが難しい──発行部数が少なく(読者層は濃いが限定的であるために)コスト高になりがちな、しかし有用な文化資料》の保全をまず優先的に考えて欲しいというのが僕の考えだ。

全国の公立図書館で、貸出率は高くなくとも有用性の高い書籍(引用資料)を備えるようにすれば、個人の購買層だけでは採算的に厳しいジャンルの出版文化の維持にもプラスに働くのではないか……という思いもある。


*こども心にひっかかった《ひろすけ童話》の【善意】

https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-370.html

■エッセイ・雑記 ~メニュー~
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-130.html

スポンサーサイト



コメント

No title
星谷仁 讃江

公共図書館は、試し読みの出来る箱、外にあるマイ本棚

私は認識しております。
新聞などの書評や
これもまた
新聞雑誌などの広告から膨大な本の迷宮に入り
これはという本に出合う喜びを
ボンビー年金暮らしで実践しております。
来月の4日に
『私の一冊』トークバトルに出場します。
新聞に載っていた広告から図書館で手に入れ
読みました。
満州建国大学卒業生たちの戦後『五色の虹』
1700円の硬い超硬派ルポです。
これを見知らぬ人の前でいい本だと
トークするんですよ。
ハハハ(^-^)

らく画きにがお絵和尚より
No title
> らく画きにがお絵和尚の日記さん

昔はよく本屋巡りをして、本を物色していました。友人と待ち合わせるのも大抵本屋でしたが……最近は本屋が減って寂しい限りです。
そんな中で公共図書館は本との出会いの場として機能しているのでしょうね。

本と出会う場であるのに、制限を求めるというのは本離れを助長することになりはしないかという懸念も覚えます。

『私の一冊』トークバトル──なんだか面白そうですね。
プレゼンをきっかけに本への理解を深め、本の魅力を他者にも伝える──そんなイベントなのでしょうね。
健闘&楽しんできてくださいまし。
No title
おはようございます・・・
公共の交通機関の経路に公共の図書館が無いがために「訪れてみたい!行って調べてみたい!」と想うことがらを、調べることなく諦めている私です。
「公共の図書館には当然置いてあるはず!?」の「(高価な図鑑)の中身が見てみたい、じっくり調べてみたい」・・・その想い一つで、私は、公共の図書館に訪れてみたいのです。
・・・なので、記事を読み、様変わりした?イメージとは異なる(今の公立図書館)の現状には落胆致しました。

また、公立図書館で気に入った本に出合えた場合・・・
それが、私にとって高価すぎる本で無い限り、私なら「是非とも購入によって自分のものとし、何度でも読み返してみたい!」と想う・・・はずです!☆
No title
近所の図書館へちょくちょく出かけていた時期もあったのですが、期待する本が見つからないことも多く、最近では蔵書検索をして目的の本があることを確かめられた時にだけ出かけています。

昆虫などの詳しい図鑑は高価なものが多いので、こういったものはどこの図書館でも揃えて欲しいという気がするのですが……利用率が低いせいか置いていないところも多くガッカリすることが多いような……。

そうした個人で揃えるには高価な本・シリーズは別にして、一般的な(定価の)本なら、図書館で「お気に入り」を見つければ、手もとにおいて読み返したいと購入することはありますよね。

個人的には内容を知らずに書店で購入した本は「ハズレ」が多い……この「ハズレ」体験の多さが書店での購買意欲を萎えさせる原因にもなっているような。
僕のような感覚の人が多ければ、図書館での「試し読み」の機会はあった方が、本は売れるはず。本の売れ行き不振の原因は、文芸春秋社長の主張とは別のところにあるのではないかという気がしてなりません。

管理者のみに表示

トラックバック