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可愛い悪役!?ルリカミキリの産卵

ルリカミキリ@カナメモチ

今年は5/15に初個体を確認したルリカミキリ。その後カナメモチ(ベニカナメ?)を見ると葉の裏をのぞいている。食痕はあちこちで見つかるし、本体(ルリカミキリ)もボチボチ見かける。


いればキレイな順光ショット(葉の裏にとまっている状態では逆光なので上翅のキラキラ感がでない)を──と、トライしてみるのだけれど……たいてい落下or飛翔で撮り逃がしてしまいがち……。
先日はチョットもっさりした個体がいたので、落下したのをキャッチして近くの葉(カナメモチではない)にとまらせて撮ってみた↓。


少しばかりズンドウ系なプロポーションは《カミキリを可愛らしくデフォルメしたSDカミキリ風》と感じるのは僕だけであろうか? オレンジ色の体に瑠璃色にかがやく上翅が美しい。触角は黒いがその根元はオレンジ色で複眼を完全に二分している。顔(頭部)はオレンジ色だが複眼は黒いので、触角のつけ根で分断されて四つ眼となっているのがよくわかる。前面(腹面)の複眼は、ちょっと困ったような悲しげな表情にも見える。








撮影中、何度か飛んだが、すぐ近くの葉にとまったり指にとまったりで、撮り続けることができた。飛翔後、後翅の先がまだ収納しきれずにのぞいているルリカミキリ↓。


ルリカミキリの産卵行動

ルリカミキリは体長9~11mmほどで、バラ科の生木をホスト(寄主植物)とするそうな。【昔はいなかった身近なカミキリ】でも記したが、僕が子どもだった頃にはこの虫を見た記憶がない。当時は生け垣と言えばマサキやサワラ(ヒノキ?)が多かったが、気がつけば今はカナメモチだかレッドロビンだかが圧倒的。それで、これをホスト(寄主植物)とするルリカミキリがふえてきたということらしい。


成虫は葉の裏にとまって葉脈を齧る。ルリカミキリが発生しているカナメモチにはこの独特の食痕(かじった痕)が残されているので、すぐわかる。一方、幼虫は枝の内部を食害するという。
先日、カナメモチの枝を齧るルリカミキリ成虫を見つけ、はじめてルリカミキリの産卵行動を観察することができた。


葉の裏にとまっているときは、すぐに落ちる(逃げる)のに、カメラを近づけても一心不乱に枝をかじり続けていた。産卵するための孔を開けているのだろうということはすぐにわかった。


頭を下にして枝を齧っているが、横からの画像をよく見ると、産卵用と思われるメインの孔の上部にも樹皮にささくれができていた。メインの孔を掘りつつ、その上へ移動して樹皮を齧ることをくり返していた。初めは産みつける場所が気に入らず、産卵孔の位置変更を模索しているのだろうかと思ったが、どうもそうではないらしい……。


深めのメインの孔を掘り進めたり、その上の樹皮をかじったりをくり返し、観察を初めて45分あまり経って、ようやく産卵の体勢に入った。


産卵した痕を見ると、やはり産卵孔の上に樹皮をかんだ痕が残されていた。これは孵化した幼虫が樹皮下を食い進みやすくするための下準備なのだろうか?


この日、近くで別のルリカミキリの産卵も確認したが、ここでも同じ行動が見られた。


やはりメインの産卵孔の上にかじった痕がある。


ルリカミキリは、かわいい悪者!?

見た目は可愛らしく美しい昆虫なのだが、ルリカミキリはヒトが植えたカナメモチの生木などを食害するのだから、いわゆる「害虫」ということになる。ナシやリンゴの害虫でもあるらしい。
だからキレイだのカワイイなどと好意的な取り上げ方をしていると「害虫を賞賛するとは何事か!」と、お叱りを受けそうな気もしないではないが……僕の昆虫に関する関心は「ヒトの役に立つか否か(害になるか)」という視点とは別のところにある。

昆虫を話題にする時、よく「益虫か?/害虫か?」という価値観で選別されがちだ。
「益虫=良い虫/害虫=悪い虫」というカテゴリー認識のようなものがあって、条件反射のように害虫は忌むべき存在という位置づけで認識され、「悪者」とみなされがち。しかし、益虫も害虫も生物としての基本的なしくみは同じ。自然界で果たす役割りはそれぞれだろうが、生命活動としては同次元のはずだ。益虫か害虫かという区分は、それが、たまたま人にとって都合が良いか悪いか──というだけの話だ。
ヒトがヒト活動をする上で都合の悪いものを駆除するのは、ある部分しかたがない。しかし、それはあくまでの「ヒトの都合(利害)」の問題であって、なにも「虫が悪い」というわけではない。

ヒトはヒトの都合で自然(の一部)を資源として利用する。見映えがいい園芸種を植えたり、樹木を生け垣に使ったりもする。その持ち主とっては、そうした植物も私物であり財産なのだから、「大事な財産の価値を下げる(食害する)憎っくき虫」という目で害虫を捉えるのも無理からぬことだろう。
しかし、私物・財産といっても、そこは植えられた植物も生命体──生命は生命をよび、いのちのつながりを模索・展開しようとする。そこにはヒトの意志を越えた力が働いている。ヒトが誕生する以前から存在していた生命のシステム──生命は単独では成立し得ない。いくつもの種類が影響を及ぼしあって構築してきた生態系の中で初めて成立し得る。一片の生命はそこから生態系を再構築しようとする。ヒトがわずらわしく感じる「虫がわく」現象も、自然の生命パワーの一端にすぎない。
植物は虫の餌として利用される(食われる)一方、虫を利用して受粉に使ったりもしている。植物に集まる虫を狙って捕食性の生き物もやってくるだろう。植物によっては、自分(その植物)にとって都合の悪い虫を排除するためにガードマンの虫を雇うものもいるという。1つの生命を基点にそこに生命のネットワーク──生態系を展開しようとする。「招かざる虫」を呼ぶこともあるわけだ。

カミキリも植物食だが、中でも生木に付いてホストを弱らせたり枯らしたりする種類は農林関係者や園芸家達に目の敵にされやすい。しかしカミキリだって何も憎くてホストを攻撃しているわけではない。ホストが絶滅してしまえば自分たちが困ることになってしまう。
ホストが繁栄すればがカミキリも増える。カミキリが増えればホストが抑制される──自然の中では《1つの種が増え過ぎないような抑制装置としての働き》あるいは《森林の新陳代謝を加速し生命活動を活性化する役割り》をカミキリは担っているとみることもできなくはない。
ある種のカミキリは木を枯らす──だから「悪い」と考える人もいるかも知れないが、ヒトはカミキリとは比べ物にならないほどの森林伐採・自然破壊をくり返してきた。生木喰いのカミキリが「悪い」のなら、ヒトは「かなりタチが悪い」ことになる。
木を枯らすカミキリも自然の中では《森林の新陳代謝を加速し生命活動を活性化する役割り》すなわち《進化の加速装置》的な役割りを担っているのだとすると……ヒトの一見破壊的に見える自然改変にも何か意味があるのだろうか?──そんな着想から【SFメルヘン『地球のタネ』】などというショート・ショートを書いてみたこともあった。まぁ、それはさておき──、

昆虫を自然物・生命体としてみた場合、それが益虫か害虫か(人にとっての利害関係)は僕にとってはあまり関心が無い(次元が違う話)。それよりも、虫が《人の都合のために創られたものではない》というところに、むしろ(ヒトの利害とは無関係な)《自然の意志》のようなものを感じていたりもする。益虫も害虫も生物の多様性の1形態に過ぎない。

多様性といえば……生物多様性を大事にすべきだという観点から(?)、ビオトープ作りに熱心な向の中には、かつて自然が豊かだったときの在来種オールドメンバーで構成された生態系を復元することが正しい事だと信じている人がいるようだ。しかし環境は時代とともに変わる。生命とは器に注がれた水のようなもので、容器に合わせてフレキシブルに形を変える──そのつど環境に順応し適応するものが現れることで生態系も移ろっていくものではないかと思う。むしろ、したたかとも言える適応力が《多様性》の根源的な力になっているのではないかと僕は考えている。
生物多様性の本質は、1つの生態系モデルを頑にキープしようとする保守的なものではなく、したたかに変化し適応しようとする革新的なパワーにあるのではないかと思うのだ。(保守的でなく)革新的であったからこそ現在の多様性が実現できたのではないだろうか。

子どもの頃には見たことがなかったルリカミキリ──その小さな姿を町の中で目にし、《ヒト活動によって本来暮らしていた自然環境は少なくなっているだろうに、ヒト活動で導入されたカナメモチに活路をみいだすとはアッパレ!》と内心ひそかに感心したりする。そのしたたかさ・けなげさ・たくましさの中に(逆に?)自然の意志・多様性の根源的な活力の片鱗をかいま見るような気がしないでもない。

ヒトの科学テクノロジーは他の動物とは比べ物にならないほど進歩を遂げている。しかしながら自然が生み出したこの小さな虫1匹作ることができない。進化の歴史・世代交代の密度などはヒトより昆虫の方がはるかに進んでいる。現在見られる虫はそんな《進化の最先端モデル》ということができるだろう。そんなものが我々のが身近な、見過ごされがちなところに暮らしているなんてスゴイことだ。彼らは人ヒトが管理する環境の中でも、ヒトの意図とは関係なく独自の生命のシステムに乗っ取って淡々とそれを履行している──それを目の当たりにすることに、大げさな言い方をすれば感銘を受けるのである。

小さな昆虫を見て「身近な所にこんな世界があったのか」と感心することは少なくない。
人智を超えた世界の存在を感じさせ、好奇心や想像力を刺激する昆虫の存在。日常空間の中に隠された未知の扉をひらく鍵のような存在とも言える昆虫がおもしろくて僕は虫見をしているようなところがある。

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コメント

No title
もっさりカミキリさんのおかげで、いろんな角度でまじまじ眺めることが出来ました。^^
わが家のベニカナメのルリカミキリは、数匹いたのが今日は一匹になって、みんな産卵を済ませてさっさと引き上げたんでしょうか。
産卵痕を探してみます。

ああ。。ほんとにそうです、どんなに人智を尽くしても
この小さな虫一匹作ることはできない。。。
自然の中の虫たちを見つめていくことこそが、もうほとんど絶望的かと思われる人間の未来を修正できるヒントがあるかも知れない。。。なんて気がしてきます。
感銘いたしました。<(_ _*)>R
No title
> 名もない小島さん

なかなか撮らせてくれない虫でも、ときに(タイミングなのかもしれませんが)モデルになってくれる個体がいますね。今回は、この時をばかりにビシバシ撮ってしまいました。
例によって後で画像を見ると、光沢の美しさがだいぶ目減りしていて「やっぱりなぁ……」と思ってしまいましたが。

こちらのルリカミキリ・ポイントでは、今季初確認した場所ではだいぶ葉が緑になっていて(1枚目)、なかなか見つからず、そろそろ終わりかな?と思ってみたり。
しかし別のまだ赤い葉が多いポイントではぼちぼち見かけるので、同じ地域でもポイントによって発生のピークがいくらかズレることはあるのかも知れませんね。

小さな虫も自然の結晶──そう思って見ると、色々と感じるコトがありますね。

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