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赤い太陽の謎?

日本の子どもはなぜ太陽を赤く描くのか?

『日本人の知らない日本語』(蛇蔵&海野凪子/メディアファクトリー)というコミックエッセイのシリーズがある。外国人に日本語を教える日本語学校教師の体験を原案とする漫画で、日本語について、ありがちな疑問や誤用などについて解りやすく解説した本なのだが、「日本人のあたりまえ」に対して「先入観の無いピュアな」あるいは「間違った先入観を抱いてきた」外国人たちが抱く素朴な疑問や勘違いのエピソードの数々が、新鮮かつ抱腹絶倒で、とてもおもしろい。

日本語のみならず日本の風習・文化に対する再発見が随所にあって、これも興味深いのだが……第2巻の「色の話」の回では、「日本の学校に子供を通わせる外国人のお母さんたちが共通して驚くこと」として「子供の描く太陽が赤い!!」ということが紹介されていた。そう言われてみれば……僕らが子供だった頃、太陽を赤で描くのは定番だった。しかし改めて考えてみれば「太陽を赤く描く」というのは確かに妙だ。赤といったら──「血」を思い浮かべる人だって少なくはあるまい。血の色でそまった太陽を子供が描いたとなれば、ビックリする人だっていてもおかしくはない。

何年か前にこの本を読んだ時は「なるほど……太陽を赤く描くという《常識》は、そうでない人たちにとっては異常にうつるかもしれない」と納得して読み進んでいた。それが先日、全く別のところで「子供が描く太陽の色」に関する話題を目にすることがあって、あらためてこの問題が脳裏に浮上した。

日本の子どもはなぜ太陽を赤く描くのだろう?

僕らが子供だった頃をふり返ってみると……太陽を赤く描いていたのは「太陽がそう見える」からではなく「赤で描く」ことが常識になっていたからだったように思う。《太陽=赤》という記号化されたイメージだった。
描いた場面が屋外であった場合、広い空の下であることを示すために、天に太陽を描く──太陽は「屋外」であることを示す「背景記号」として描かれることが多かったのではないかと思う。夜であることを示すのに☆形の星を描くのといっしょだ。「そう見える」からではなく「それを表す記号」として描いていた──そんな気がする。子供の描く絵というのは写実的ではなく印象(イメージ)優先になりがちだ。

それでは日本で《太陽=赤》の記号化がなされたきっかけは何だったのだろう?
「赤い太陽」でまず思い浮かぶのは、美空ひばりの『真赤な太陽』。「まっかに燃えた 太陽だから 真夏の海は 恋の季節なの」というフレーズは余りにも有名だ。
「どうして太陽を赤く描くのか?」という問いがあったときに、「だって……歌にもなっているじゃん!」と答えたくなる人も多いのではないか?

だが、『真赤な太陽』のタイトルや歌詞の《太陽=赤》というイメージが日本人に違和感なく受け入れられたのには別の素地があるのではないかと僕は想像する。

個人的な見解だが、日本人に浸透している《太陽=赤》のイメージをもたらしたのは、日本の国旗──日の丸のよるところが大きいのではないかと思う。
白地に赤い丸──「日の丸」は「お日さま(太陽)の丸」のことだろう。国旗の赤い丸は太陽のことだと認識している日本人は多いはずだ。
日本は「日出ずる国」などとも呼ばれるから国旗の丸は朝日をイメージして(朝日や夕日は赤っぽく見えることから)、赤く描かれたのかもしれない。あるいは単に国旗としての見映えから白地に赤という配色が採用されたのかも知れないが──いずれにしても、「日の丸」(の丸)が赤く描かれ、子供の頃からそれになじんできたことで、日本人には「お日さま(太陽)=赤」のイメージが定着したのではないか?

──という解釈を考えてみた。根拠の無い個人的な想像にすぎないわけだが。


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コメント

No title
おはようございます。通りすがりの5656です。
「日本の子どもはなぜ太陽を赤く描くのか?」日の丸のまるの赤
「お日さま(太陽)=赤」のイメージが定着したのではないか?
なるほど!なんか妙に納得ですにゃ。
では、良い、一日をおすごしください。
No title
> 超新感覚癒系魔法魔王少女5656さん

「なぜなんだろう?」と気になったので、とりあえず納得できそうな理由を考えてみたしだいです。
No title
確かに不思議ですね。
真っ赤な夕陽というフレーズが結構影響強いような。
四季を他の国より敏感に感じる日本人が朝陽、夕陽を特に綺麗と感じる事で赤と表現するのでしょうかね。
太陽にほえるの夕陽が凄く印象的です🎵
No title
> すぬーぴーさん

『真赤な太陽』以外にも太陽を赤とする歌詞はけっこうありそうですね。
映像では夕陽を背景にしたシーンもよくありますし……夕陽の印象も影響しているのでしょうかね。

僕が子供の頃には、絵で太陽を赤く塗るのはあたりまえという感覚でしたが……たしかに、昼間に赤い太陽は違和感があるかも知れないなぁと感じ、なんで僕らは違和感を覚えなかったのか、考えてみたしだいです。
No title
昼間の太陽は眩しくて見られないけど、夕方の太陽は見ることが出来、写真も良く撮ります。カメラにも夕日モードなるものがあるので、多くの人がそうなのでしょう。一番良く見る太陽がオレンジ色ですね。しかし、赤色では無い。やはり日の丸の影響でしょうか?
No title
> nika4さん

昼間の太陽は眩しいのであまりじっくり見ることはしませんね。それも「見て描く」というより「イメージで描く」ことになりがちな背景にあるのかも?
目にする機会の多い夕陽の印象で「赤く描く」のだとすれば、ほかの国でも同様なはずで(日本だけの現象であるなら)、やはり「日の丸」の影響ではないか……という気がします。
No title
光線が描かれたりしてるんで 実際は旭日旗じゃないですかね~?。
太陽に限らず子供の絵は殆ど全てのモチーフ 空の青も木も人もみな記号化されています。
子供にとって目の前の現実には空想などが相まって かけ離れていた事を思い出しませんか?。
つまりは記号化された絵そのものに対しても そこからはかけ離れた別の絵を空想してるんじゃないですかね~?。

日の丸がデザインされた大昔には 表現する材料も貧弱だったろうから オレンジに近い色として赤(実際は朱なのかな~?)を使ったとも考えられますね。
オレンジが使えたとしても オレンジじゃインパクトないし…。w
No title
> 辺蟲憐さん

旭日旗はその名の通り旭がモチーフなんでしょうから、太陽のイメージはより明確ですね。日章旗にしろ旭日旗にしろ──そうしたものを見て育つ環境で(日本では)《太陽=赤》のイメージは刷り込まれていたのではないか……という気がします。
日の丸のデザインがシンプルなのは、わかりやすく(覚えやすく)、(国民が)描きやすい──という点も考慮されていたのではないかという気が僕もします。

大人が描く絵は、そこにあるもの・あるいは描こうとする仕上がりのイメージがまずあって、そこに向かって描かれていくのに対し、子どもの絵は仕上がりのイメージなしに描きたいものを描き進めていって、画面の中で調和をはかりながらできあがっていくのではないかと考えています。写実ではないからデッサン的にはおかしくても、それなりに調和は感じられる──そこが面白いところだと思っています。写実ではないから、実際の色や形にとらわれない──という部分で記号化が生まれやすいのかも?
No title
なるほど…確かに、日の丸をイメージして描く...というのはありますね。
オイラの中では太陽は、天中にある日中では眩しすぎるので、太陽をじっくり見るのは、日の出か日の入りの赤い(オレンジ色の)太陽の場合が多いですね。
まぁ…月も出始めはオレンジ色になりますが....
ん~~、画に描くとすると…オイラ的にはヤッパリ日の入りの時が画になりやすい気が(笑)。建物とか山は黒く塗っちゃえば楽だし(爆)
あ…問題の本質が違いますね...
No title
> カメレオンーアームスさん

「太陽を赤く描く」理由を考えた時、朝陽or夕陽の印象で──という解釈は、いちおう浮かんだのですが、それならば日本以外でも「赤く描く」はずだと考え、日本の「赤い太陽」を見て他の国の人たちが驚くとすれば、日本特有の理由があるのではないか……と想像してみたしだいです。

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