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童謡『黄金虫』ゴキブリではなくタマムシ

童謡『こがねむし』モデルはゴキブリではなくタマムシ

童謡『黄金虫(こがねむし)』(野口雨情・作詞/中山晋平・作曲)に歌われているのはコガネムシではなくチャバネゴキブリだとする説がある。比較的最近になってもそんな情報が流れていたようだ。これをネタにした書き込みをいくつか目にした。
最近の情報源はNEWSポストセブン(2013.04.29)だったようだ。


この記事の冒頭を引用すると──

 姿を見かけると悲鳴をあげられ、問答無用で駆除の対象となるゴキブリだが、日本で“害虫”として認知されるようになったのは、約50年前、高度成長期のころからだった。

 アフリカ原産のゴキブリは、温かく食べ物がある場所でなければ生存できない。高度成長期より以前の日本では、食べるものがふんだんにあり、保温性が高い場所を確保できる豊かな家でなければゴキブリは生きられなかった。

 実際に、大正11(1922)年につくられた童謡「こがねむし」は「こがね虫は金持ちだ 金蔵たてた蔵たてた」と歌い出すが、このコガネムシは緑色に輝く、夏にあらわれる昆虫のことではない。作詞した野口雨情の出身地では、チャバネゴキブリのことを「こがねむし」と呼び、現れると金が貯まる縁起物とされていた。


この部分は瀬戸口明久・著『害虫の誕生──虫からみた日本史』(ちくま新書/2009年)を参考に書かれたものではないかと思われる。
『害虫の誕生──虫からみた日本史』プロローグからの引用↓

 まずは身近な<害虫>の代表であるゴキブリについて考えてみよう。家のなかを走り回り、黒光りするゴキブリの姿を見ると、ほとんどの人はぞっとして追い払おうとするだろう。けれどもゴキブリが現在のように身近な<害虫>となったのは、じつは戦後になってから、ごく最近のことなのである。(P.7)
(中略)
 そればかりか、かつてゴキブリは豊かさの象徴だったという説さえある。群馬県高崎地方では、チャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいたという。「コガネムシは金持ちだ」という野口雨情の童謡で歌われているのは、この虫のことなのだ。ゴキブリが多いと金が貯まるという話は、愛知県や岡山県にも残っている。(P.8)


野口雨情の童謡『こがねむし』に歌われているのがゴキブリだという解釈について『害虫の誕生──虫からみた日本史』では、《群馬県高崎地方では、チャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいたという》という説明のあとに《「コガネムシは金持ちだ」という野口雨情の童謡で歌われているのは、この虫のことなのだ》と結んでいる。
しかし、野口雨情の出身地は《群馬県高崎地方》ではなく《茨城県磯原町(茨城県多賀郡北中郷村磯原=現在の北茨城市)》である。かりに《群馬県高崎地方では、チャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいた》のが本当だったとしても、野口雨情とは関係がない。
もし、野口雨情のふるさとでもチャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいたのであれば、《群馬県高崎地方》の例を持ち出すまでもなく、《野口雨情の出身地・茨城県磯原町では──》と説明できたはずであり、それが自然、そうすべきだったろう。そうしなかったのは(できなかったのは)、野口雨情のふるさとではチャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼ぶ実態がなかった(確かめられなかった)からだ──そう考えるのが妥当だろう。根本的な所で《童謡『こがねむし』→ゴキブリ説》には胡散臭いところがある。

この件について調べた人がいて(※『月刊むし』2010年6月号(472号)【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】枝 重夫)、野口雨情のふるさと周辺では《「タマムシ」を「コガネムシ」と呼ぶ》という記録はあるものの、《「(チャバネ)ゴキブリ」を「コガネムシ」と呼ぶ》という記録はみつからなかったという。

そもそもコキブリ説の発端は《チャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいた群馬県高崎地方》と野口雨情の出身地《茨城県磯原町》を、あえて《北関東》という拡大解釈で《同地方》とみなして導きだされた1979年の記事にあったらしい。
『黄金虫(こがねむし)』が多くの人が慣れ親しんだ童謡であり、「じつはゴキブリのことだった」という衝撃的な意外性は【うんちく】としてキャッチが良く拡散しやすかったのだろう。その後、後付けの解釈で補強される一方、《北関東》という意味で使われた《同地方》という記述が、いつからか《野口雨情の出身地》というハナシにすり替えられて広まってしまった……ということのようだ。
NEWSポストセブン(2013.04.29)の記事でも《作詞した野口雨情の出身地では、チャバネゴキブリのことを「こがねむし」と呼び》と記されている。
くり返しになるが、《チャバネゴキブリのことを「こがねむし」と呼んでいた》とされるのは《群馬県高崎地方》であって、野口雨情の出身地(茨城県磯原町)ではない。

『月刊むし』2010年6月号(472号)掲載の【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】で枝 重夫氏は、童謡『黄金虫』で描いるのは、ゴキブリではなく、タマムシだったとする説を展開している。ゴキブリであっては不自然な点をあげ、一方タマムシであれば説明がつくという説得力のある記事だった。

タマムシは縁起の良い虫とされ、財布の中に入れておくとお金が貯まると言われていたり、貴重品として扱われた。国宝の玉虫厨子がタマムシの翅で装飾されたというのも有名な話だ。「黄金虫は 金持ちだ 金蔵建てた 蔵建てた」という歌詞のイメージからしてもタマムシの方がふさわしい。

僕も枝氏のタマムシ説を支持する。
さらに童謡『こがねむし』のモチーフになったのは玉虫厨子ではないかと想像する。野口雨情は玉虫厨子を「こがねむし(タマムシ)の金蔵」に見立てるアイディアを得て《こがねむし(タマムシ)は 金持ちだ 金蔵建てた 蔵建てた》という歌詞を書いたのではないかと考えている。



童謡『こがねむし』で歌われていたのが(チャバネ)ゴキブリだったと知らされ、ショックを受けたりガッカリした人は少なくなかったろう。
しかし、ホントはタマムシ(ヤマトタマムシ)のことだったのだとすれば……納得できるのではあるまいか──そう思って、過去にも記したネタだが改めて記してみたしだい。

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コメント

No title
これは大変興味深いお話を読ませていただきました。
ネタとして面白いと脊髄反射する受け手も悪いとは言え、まー、人とはそういうものでもあり・・・。
No title
僕も初めて《ゴキブリ説》を知った時は、「え~!? そうなの?」と驚きをもって信じてしまいました。検索するとあちこちに《ゴキブリ説》が紹介されていたりもしましたし……。
あるとき偶然『月刊むし』に掲載された【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】を読んで、ちまたにあふれる《ゴキブリ説》はおそらく出所が同じ誤情報だと考えるようになりました。
No title
流布されたデマが面白いほど、そちらが定着してしまうのでしょうね。

当小学校では、

黄金虫は金持ちだ
金蔵建てた蔵建てた
子供はお札で鼻かんだ!

といふ、替え歌になってました(笑)
No title
誤情報でも、おもしろい話は拡散してしまいがちですね。
《カマキリの雪予想》なんかもデタラメな話なんですが、信じている人がけっこういるような……。

黄金虫の替え歌は初めて知りました(笑)。
No title
こんにちは。

はじめましてgounaiと申します。
セモンジンガサハムシ、教えていただき有難う御座います、日光植物園で見ました。
これからも教えて下さい、よろしくお願いします。
No title
セモンジンガサハムシ、キレイですね。僕も桜の葉の裏で見かけます。
昆虫関連の記事はよく閲覧していますので、また寄らせていただくこともあるかと思います。
そのときは宜しくお願い致します。

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