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逆上がり

さかあがり

先日、イチモジフユナミシャク♀を探して都立狭山公園内のサクラを見て歩いていたときのこと。滑り台やブランコ、鉄棒などの遊具のある一角から「逆上がり」という声が聞こえてきた。
「逆上がり」──なんとも懐かしい響きに反応。
視線は苔むした桜の幹に這わせたまま聞き耳を立てると、どうやら遊びにきていた家族が子供に逆上がりを教えているらしい。母親は「今のうちに覚えておかないと……」と励まし、父親が「勢いをつけて足をここにひっかけたらいいんだ(足をふりあげて鉄棒に乗せれることができれば、できたも同然?)」とアドバイスしている。
気になってチラっと視線を向けると、小学生とおぼしき男の子が逆上がりを試みて失敗するところだった。
《ああ……それじゃ、できない》《お父さん、アドバイスのポイントはそこじゃないよ》と一見しててわかり、口をはさみたくなったが、両親が一生懸命に教えているので、親の権威に傷をつけても(?)いけないし、一家団欒(?)に割って入るのもおせっかいかと思い、スルーした。

鉄棒の「逆上がり」なんぞ、出来なくても日常生活に何ら支障はない──その程度のものではあるが……僕が「技をおぼえる楽しさ(達成感)」を初めて知ったきっかけは「逆上がり」に始まる鉄棒だったかもしれない。「逆上がり」そのものについてはどのように習得したかについては記憶にないが……逆上がりが得意だったことから鉄棒ではよく遊び、小学生の頃は色々な技に挑戦し、試行錯誤を繰り返しながらマスターしていった思い出はある(*)。

技をマスターすることは技(運動)の理解をすることである。
できる人とできない人の違いはどこにあるのか──そのあたりを見極め、その意味するところを考え理解することが重要になる。

「逆上がり」という運動をみて、未経験者がどう理解するかというと……鉄棒につかまり、そのまま逆さ(頭を下・足を上)になって、足のつけねを鉄棒にひっかけて、そこを支点に鉄棒の上に上体を引き上げる──こんなイメージだろう。

その理解をもとに実際にやってみようとするが、何故かイメージ通りにできない──僕が見た男の子もそんな感じだった。

できないのは(筋力や体重の要素もからんでくるが)「技(運動)の理解(イメージ)」が正しくなかったり不十分だったりするためだ。

未経験者は鉄棒の上に足を上げようと懸命になる──思い切り足をふり上げようとするあまり逆に頭を下げてしまう。その結果、ヘッドアップし、腕はのび、体は鉄棒から離れ、のけぞってしまい、足は鉄棒に届かず宙をかいて地面に落ちる……。

力学的に考えればわかるが「腕が伸びた状態」で「反った(のびきった)体を鉄棒に引き寄せる」には相当な力が必要であり、素人には不可能に近い。
(上達すれば鉄棒を支持した腕をのばしたまま回転するという技──筋力ではなく重力を利用しバランスとタイミングで行う技術──もあるが、逆上がりができない未経験者には難しい)

例えば──床に仰向けに寝て、足先を床から浮かせる場合を考えてみる。足をのばした状態だときつい。しかし膝を曲げ足を体に近づけた状態で浮かせればだいぶ楽になる。
逆上がりを行う場合も、体が伸びてしまうと鉄棒に引き寄せるのがきつくなる。
少ない力で(子供の筋力で)下半身を鉄棒にひきよせるためには、腕も体も縮めた方が良い。体を鉄棒から離さないようにして行うのが逆上がりのコツだ。

頭の中に思い描いた技(逆上がり)ができないときは、まずなぜ出来ないのか、その原因や理由を理解した上で当初思い描いたイメージ(理解)を修正する必要がある。

腕がのびたり体が反ったりして鉄棒から離れてしまうと逆上がりはできない。

このことを念頭において(運動を理解した上で)、頭は下げずに(鉄棒から離さずに)体の方を鉄棒を引き寄せるようなつもりで行うと良いと思う。ヘッドアップすると体が反りがち(鉄棒から離れがち)になるので、むしろアゴを引いて自分のヘソを覗き込むようなつもりで体は丸めながら、握った鉄棒をそのヘソに引き寄せるくらいのイメージで行うとよいかもしれない。


「逆上がり」は比較的難易度の低い運動だ。しかし、やってみなければ、頭で考えた「理解(したつもり)」が本当に「正しい理解」なのかどうかは判らない。自分の思い描いた「理解」が本当に正しいか否か──これを否応無く確かめるプロセスが「逆上がり」を含む《「技」を覚える遊び》の中にはある。この点が実は重要だったのではないか……と今ふり返ると思われてならない。

今はいろんな情報が手に入りやすくなって、二次情報(知識)を頭の中で解釈しただけで「理解したつもり」になっている人が増えた気がする。
頭の中で考えただけの「理解」を検証プロセスなしにそのまま「正しい理解」だと思い込んでいる人──これは「逆上がり」を見ただけで理解したつもりになっている人と同じだ。やってみたら、実際は出来ない(正しい理解ではなかった)ということが起こりかねない。

見聞きした知識(入力情報)を処理(頭の中で理解)したあと出力(実践)してみて、その結果をうけて(再入力して)、当初の処理(理解)に修正を加えたり、再検証したり確かめたりする──こうしたプロセスを経ることで「正しい理解」に近づくことができる。
フィードバックによって「正しい理解に近づく」という感覚は基本にして大事だと思うのだが……こうした感覚を僕は「逆上がり」に始まった鉄棒で培った……という気がしないでもない。

逆上がりなど、できてもできなくても実生活には影響しない。鉄棒などできなくても日常生活で困る事は無い。
しかし、「正しい理解」を追求する姿勢・考え方のようなものは「身体性をともなう遊び」や「一次体験(本などから知識を得る二次体験に対して)」を通して身につく部分も大きいのではないかと思う。
逆に「身体性をともなう遊び」「一次体験」を充分にしてこなかった子は、二次情報を受けて頭の中で組み立てた「理解」こそが「正しい理解」だと思い込んでしまう傾向が強いのではあるまいか。

一見なんの役にも立ちそうにない遊びだが……子供のときにたくさん遊び、実体験を経験しておくことは、じつはとても大切な事なのではないか……。
「逆上がり」という言葉に反応して、そんなことが頭の中を駆けめぐるのであった。

*【ふりこ】【コウモリ】他@鉄棒:降り技(※外部ブログ)

http://www.freeml.com/bl/5997720/122412/

●ヒーロー的宙返り(※自己流で覚えた技)
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-196.html

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コメント

No title
ふりこ(こうもり)の様な鉄棒の技は私の小学生時代にも有りました。しかし勇気ある者にしか出来ない技でした。

私も、鉄棒の上に足を掛け両手で鉄棒をしっかり握り後転は出来ても、足と手を離して着地は出来ませんでした^^:
勿論恐怖心でいっぱいでしたので、また度胸を試される技でもあります。この技をごく簡単に軽々こなす子どもはヒーローですね^^
沢山の子供達が群がって「オォーー!」、「凄いーー!」などの声が聞こえていました^^そうです、懐かしい光景を思い出しました。

孫娘が小3の頃(9歳)に、この技を学校の鉄棒の上に乗り其のまま後転して、手を途中で離したのか落下して左手の肘を骨折した事が有り、学校から連絡を受け慌てて病院に行ったことも有りました^^:
何をして骨折したのか不思議でした。後で詳しく聞くと『地獄落とし』成る凄い技の名前がついていました。とにかく危険な遊びですね。

逆上がりが出来ればOKですよね(笑)
今の私の歳では無理ですね^^せいぜいぶら下がって肩こりを取るための、ぶら下がり健康器具にしか見えませんね。
No title
失敗すると危険な技は「度胸試し」的な意味合いもありましたね。
それだけに「運動の理解」がしっかりできていないと……度胸だけではケガをすることになりかねませんから。

じっさい「飛行機とび」の応用発展技を開発していたときに頭から落ちて救急搬送されたクラスメイトがいました。
それがきっかけで学校では「飛行機とび」が禁止になった……なんて思いでもあります。

お孫さんも鉄棒から落ちて骨折した事があったのですか。
僕も「静止ふりこ(ふらこ)」では練習中に顔面から落下した事がありました。
多少は痛い思い(失敗)をしながら、「運動の理解」は深まるのだろうと考えていますが、骨折となると、ちょっと怖いですね。

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