翅が退化したメスは飛ぶことができないから、性誘因物質(性フェロモン)を放出してオス(は翅を持ち飛ぶことができる)が訪れるのを待つ。

クロスジフユエダシャクは早い時期に現れる昼行性のフユシャク。今年は11月の終わりから見かけるようになった。
1年前、クロスジフユエダシャク♂たちが死んだ♀のまわりで【婚礼ダンス】を舞うのを観察できた(*)が、機会があったら【婚礼ダンス】を経て交尾に至ることを確認してみたいと思っていた。
そして、その機会は今シーズン、意外にあっさり訪れた。
蛾の【婚礼ダンス】は鳥の【求愛ダンス】にあらず
ここでいう【婚礼ダンス】とは「カイコガの婚礼ダンス」にみられる行動のこと。家畜化されたカイコガは羽化しても(成虫になっても)飛ぶことができない。にもかかわらずカイコガ♂は♀の匂い(性フェロモン)を感じると翅をふるわせてダンスを踊る(これが「婚礼ダンス」と呼ばれる)──そして行き会った♀と交尾をする。【婚礼ダンス】というと鳥のオスがメスの気をひくために踊る【求愛ダンス】を連想するが、蛾のオスが踊る【婚礼ダンス】は「メスの気をひくための行動」ではなく「メスの位置を探るための行動」だと考えられる。
オスとメス 触角の違い
蛾は♀が性誘因物質(性フェロモン)を放出する種類が多く(チョウでは♂が多い)、♂の触角が立派な(発達した)ものが多い。フユシャクも飛べない♀が性フェロモンを放出し、♂がその匂いをたよりに♀を探しあてなくてはならないので♂の触角の方が複雑な構造をしている。

♀の触角はシンプルな糸状だが、♂の触角は細かい毛が密集してクシかブラシのようにも見える。
♂の触角は【空気中にただようニオイ物質(性フェロモン)をより多くキャッチするため】に【空気に接する表面積を増やす】形へと進化してきたのだろう。
しかし、【空気中にただようニオイ物質をより多くキャッチするため】には別の方法も考えられる。【触角に接する空気の量を増やす】ことである。
たとえば──触角の表面積は同じでも、そのうしろに電気掃除機の吸入口をかまえて空気を吸い込めば、触角を通過する空気の量は格段に増える。そのぶんキャッチできるニオイ物質も増えるはずである。
羽ばたきながら体の向きを変えることによって(感知されるニオイの強弱によって)どの方角からニオイがやってくるのかも判るはずだ。
センサーである触角に異常はなくても、翅を固定させた♂や翅を切除した♂(つまり婚礼ダンスを封印した♂)は♀をみつけることができなくなるという。カイコガ♂が【婚礼ダンス】を舞うのは、単に興奮しての行動ではなく、♀の位置をけんめいに探り当てようとする捜索運動だったのだ。
(※平凡社『アニマ』1980年12月号
(*フユシャク:翅が退化した♀/翅でニオイを嗅ぐ♂より)
クロスジフユエダシャクの婚礼ダンス
ということで、クロスジフユエダシャクが【婚礼ダンス】を経て実際に交尾に至ることを観察し確かめてみたいと思っていたわけである。フユシャクの時期がまたやってきた──そこでクロスジフユエダシャク♂があちこちで舞う雑木林を訪れてみた。
ときどき枯れ葉に降りる♂もいるが、降りて動きを止めたときは♀が見つけられなかったときのようだ。
そこで今回は、ただ地上に降りただけの♂はスルー。【婚礼ダンス】のみに注目することにした。
落ち葉の上をランダムに飛ぶ♂たちをみていると、ほとんどが休息に入ってしまう時間があったかと思うと、あるときいっせいに舞い始めることもあり、おそらく風によって運ばれる♀の匂いがスイッチになってのことだろうと想像した。


「そんなところに♀がいるのか?」と半信半疑で落ち葉をめくり覗き込んでみると……あっさりペアになっているのが見つかった。
実は僕のイメージでは──♀は落ち葉の上にでて性フェロモンを放出しているのだろうと想像していた。ニオイ物質を効率よく飛ばし、♂に見つけてもらうにはその方が自然だと考えていたのだ。表面積の大きい♂でさえ落ち葉の上でじっとしていると見つけるのは難しい。翅が退化した小さな♀なら葉の上に出ていてもじっとしていれば天敵にみつかる危険は少ないだろう……そんなふうに思っていたので、♀が落ち葉の奥にかくれており、それを♂が見つけ出すとは意外だった。
しかし「落ち葉の下に隠れている♀を♂がみつける」パターンは特別なことではないらしい。このあとに【婚礼ダンス】をたよりに見つかった♀もやはり同じような状況だった。





さらに別の個体でも──、


【追記1例】



これまでクロスジフユエダシャクの♀については、手すりなどの人工物にとまっているケース(見つけやすい状況)ばかりしか見てこなかったので、ナチュラルな状態を見てみたいと思っていた。
落ち葉の下に隠れているのが普通なら、なかなか見つけられなかったわけである。よくそんなところにいる♀を♂は見つけ出すものだとクロスジフユエダシャク♂の【婚礼ダンス】に改めて感心した。
冬、補食昆虫や寄生昆虫など天敵が少ない時期を選んでの繁殖──そう思っていたが、《(昼行性のクロスジフユエダシャクが)無防備で目立ちがちな交尾を隠れて行う》のが基本だとすると、これは鳥などの目をのがれるため身につけた習性なのだろう。冬でも鳥の補食圧はそれなりに掛かっている──ということを示唆する行動のようにも思われた(それでフユシャクの多くは夜活動するのかもしれない)。
鳥であれヒトであれ、落ち葉の下に隠れたフユシャクを見つけだすのは難しい。しかし、♂の【婚礼ダンス】に注目すれば、効率的に♀をみつけられることもわかって、スッキリした。

昔は、冬には昆虫は活動しないものだと思っていたので、あえてそんな時期に活動する蛾がいると知ったときにはビックリしました。
身近に「へえ!」と感心するようなことって、まだまだあるものですね(昆虫関係は特に)。
♂が♀をみつけられるか──頼りで、待たされる時は待たされますが、見つかる時はあっけないほどすんなり見つかると思います。
うまくみつかるといいですね。
こちらではチャバネフユエダシャクやクロオビフユナミシャクも出てきています。
クロスジフユエダシャクが飛び回っている雑木林で♂の婚礼ダンスを頼りに♀探しをしたのですが、見つかったのは違う種類(クロオビフユナミシャク?)のようです。
クロスジフユエダシャクの♂がクロオビフユナミシャクの♀のフェロモンに誘われていたのでしょうかねー?
いずれにしても今年初めてフユシャクの♀に出会えました。
ありがとうございました。
写真あります→http://blogs.yahoo.co.jp/hazimetenotouroku/10209593.html
それにしても、クロスジフユエダシャク♂を追っていてクロオビフユナミシャク♀がみつかるとは……これも新たな発見ですね。
フェロモントラップには複数の種類の蛾がかかるといいますから、蛾の♂を誘引するフェロモンには共通の(あるいは似た)成分が含まれているのかも?
クロオビフユナミシャク♀の発するフェロモンに(間違えて?)クロスジフユエダシャク♂がひきよせられる……なんてこともと考えられないではないのかもしれませんね。
これからの時期はイチモジフユナミシャク♀(フユシャク♀の中では一番きれいだと思っています/特に青・緑の濃い個体)が見つけやすいかもしれません。
桜の名所など古い桜が密集している所で、苔むした幹を探すと日陰側で見つかることが多いです。今はチャバネフユエダシャク♀もよく見つかりますね。
私もフユエダシャクの記述を楽しく拝見いたしました。
本種はスカシバよりずっと肉が多く、かつ、鳥にとって餌の少ない時期の発生のため、得難い餌でしょうから、枯れ葉に隠れた交尾行動は必然なのでしょう。
有り難うございました。




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