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なでしこジャパンの選択

なでしこジャパンの選択は正しかったのか

昨年のアナログ放送終了を機にテレビを離脱しているので、世間で話題になっている(?)オリンピック中継も見ていない。
しかしロンドン五輪の話題は多い。ちょっと気になる記事が目にとまったので、それについて感じたことを記しておく。

バドミントンの強豪チームが無気力試合をしたとして失格処分になったという。
これはいったいどういうことか?

決勝トーナメントへの組み合わせを決める予選リーグの最終戦で、すでに進出が決まっていたチームが自分たちに有利な組に入るため(強豪国や自国ペアとの対戦をさけるため)わざと負けようとし、このプレーが「無気力試合」とみなされたのだ。
世界バドミントン連盟(BWF)の選手行動規範では「勝つための努力を怠る」「スポーツ精神にもとる、明白に有害な行為」を不適切行為と定めている。「無気力試合」はこれにあたると判断され、該当4ペア(3カ国8選手)に対し、BWFは失格という厳しい処分を下した。

一方、サッカー女子では、日本代表(なでしこジャパン)がやはり次の試合を有利にする狙いで、勝ちにいけるリーグ最終戦をあえて引き分けに抑えて決勝トーナメントとへの進出を決めている。
(勝って1位通過すると離れた試合会場まで長距離移動の負担が強いられ、過去の対戦成績で分が悪い相手と戦うことになるため、これを嫌って2位通過をもくろみ、引き分け狙いの試合をしたとされる。「ドロー狙い」を指示したことは監督自身が試合後のインタビューで認めている)

《トーナメントでの組み合わせを自チームに有利にするため、意図して「勝つための努力を怠った」》という点で、バドミントンで失格処分となったペアと、なでしこジャパンのとった行為は構図として同じといえる。

なのに、なでしこジャパンの件については、IOC(国際オリンピック委員会)は「監督が言ったこと(ドロー狙い)に選手が従ったという証拠はない」として「問題無し」と判断された。
(しかし、なでしこジャパンの沢選手は「試合後に移動がなかったのは(体力的な負担が)全然違って楽」とし、引き分け狙いについても「みんな納得している」と語っている)

同じ大会(ロンドン五輪)で競技によって対応(処分)が分かれたのは、不公平・不平等な感じもするが……判断を分けたのは、それぞれの競技の(ファンを含む)関係者がこの件をどうとらえるか──あってはならない事と判断するのか、これも戦略のうちでアリと考えるのか──の認識(倫理)の違いによるところが大きいのではないかと想像する。

決勝トーナメントでの組み合わせを有利にするために予選リーグで「勝つための努力を怠る」行為を野球の<敬遠>に例える人もいるようだが、<敬遠>はその試合を勝つための戦術であり「勝つための努力を怠る」こととは違う。
多くの観客が遠くから足を運び、わざわざ金を払ってまで見にきているオリンピックの試合で「勝つための努力を怠る」プレーが行われて良いものだろうか?
「オリンピックにふさわしくない」「スポーツマンシップに照らして、好ましいとは思えない」と考えるのが自然だろう。

こうした問題が起こるのはどうしてか。根本的な原因は「対戦システム」にあるのだと思う。
これから行う自分たちの試合の結果によって、その後の対戦が有利になるか不利になるかを事前に想定できてしまう事・そしてその想定を(無気力試合によって)選択できてしまうこと──こうした状況が生まれるシステム自体に純粋なプレーを阻害する不備がある、と僕は考える。

たとえ「無気力試合は失格とする」と明文化したところで、本気で戦っているフリをしながらわざと負けたりドローにしたりという行為は出てくる可能性があり、そうなった場合、その結果が故意であったかどうかを証明するのは難しい。
「無気力試合は禁止」としたところで、それを可能にするシステムが変わらない限り、この問題を根絶する事はできないだろう。

「好ましくない選択が出来てしまう状況」──対戦システムににまずは問題がある……そう思う一方、それとは別に、こうした状況に実際に直面した選手やチーム側の倫理観も問われている──という印象もまた感じた。

主催者側の対戦システムに不備がある事は明らかだと思うが、それを理由に「だから勝つための努力を怠ってもかまわない」ということにはならない。システムの不備に責任転嫁をしてスポーツ倫理の問題から目をそらしたいというサッカーファンも多いのではないかと想像するが……そこはオリンピックなのだから選手や監督の倫理にもふさわしい理念を望みたい。
対戦システムに不備があったにせよ、《その後の対戦を有利に運ぶために「勝つための努力を怠る」か否か》を決めるのは選手や監督の意思である。
「試合のルールには違反していない(からOK)」と無気力試合を正当化する意見もあるようだが、これは「法律上の禁止薬物に指定されていないのだから脱法ドラックの使用は許される」という解釈と同じ理屈のように感じられる。

「勝利に向け最善を尽くす」ことがスポーツの大前提だと僕は考える。だから、バドミントンの無気力試合やなでしこジャパンの選択には疑問が残る。
そういうと、《彼らの選択は「決勝トーナメントを有利に戦うための選択であって、(決勝トーナメントでの)勝利に向け最善を尽くそうとする【戦略】》と主張する人もいるだろう。
しかし、最終的な勝利を目指すのだから、その過程でスポーツマンシップに反する試合があってもいい──とする考え方には疑問がある。
もし、「決勝トーナメントを有利に戦うための【戦略】」が認められるのであれば、予選(1次)リーグの最終戦で互いのチームが(2位通過するために)負け狙いでオウンゴール合戦をくり広げるなどといったケースもよしとしなければならない。
そんな試合があって良いものだろうか?

スポーツマンシップにのっとってプレーする選手やチームが、そうでない戦い方をするものによって不利益を被るようなことがあってはならない──そんな手法があったとすれば、それは間違っている(とるべき手法でない)──と考えるのがスポーツ倫理ではないかと僕は思う。

オリンピックにおいては、競技が違ってもスポーツマンシップ・スポーツ倫理の基本は同じだと(同じであるべきだと)思うのだが……今回の五輪ではバドミントンとサッカー女子で対応(処分)が分かれていることに、釈然としないものを感じた。

もしかするとスポーツには競技それぞれの事情に対応する便宜的な「常識」が存在し、これは政治家たちの(永田町の)常識や電力会社の(身勝手な)常識と同じような──実は身内内でしか通用しないローカルな倫理なのかもしれない。

五輪で起きた同じ構図の問題について、バドミントンの世界の常識では「容認できないこと」と判断され失格処分となったが、サッカーの世界の常識では「この程度はあり」として決勝トーナメントへ進んでいる……スポーツ倫理として正しいのかどうかということより、競技の(ファンを含む関係者たちの)「常識」が是非の判断基準になっている気がしないでもない。

サッカー女子では、なでしこジャパンが決勝トーナメントに進出し準々決勝でブラジルに勝ってファンの期待を集めている……。
このまま勝ち進み、優勝するようなことになれば、なでしこジャパンは賞賛され、予選リーグ最終戦でとった【戦略】も正しかったのだと言う論調が支配的になるだろう。

しかし、個人的には「それで良いのだろうか?」という思いが払拭できない。

小学校の運動会では、徒競走でタイムが近い子ども同士を同じ組にして競わせているそうだ。そこで編成を決めるタイム測定ではわざと手を抜き、弱い組に入っておいて運動会で1位を狙う──そんなことを考える子がいるらしい。

なでしこジャパンの活躍(やそれに対する賞賛)を見た子が、こういう【戦略】をマネしたとしたら……褒めてあげられるだろうか。

スポーツでは勝つこと(目標の達成)も重要だが、負けた選手に価値はないのかといえば、もちろんそんなことはない。その時々に自分に出来る努力をしてきたかどうかが大事にされるべきだと思う。
結果(成績)ばかりに執着するのだはなく、競技に取り組む姿勢やプロセスを大事にする──そうあるべきだと思う。
良い成績を得るためにはその過程でズルをしてもかまわない──という倫理観を、特に子どもにはもって欲しくない。
オリンピック選手には子どもの手本になるような高いスポーツ倫理をもって競技に臨んでもらいたいものである。

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コメント

No title
こんばんわ。ときどき拝見させていただいてます。
なでしこの試合は物議をかもしますよね。
私もサッカーするのでなんとなくわかりますが、あれがもし相手のシュートをキーパーが取らずにわざと得点させて負けるようなことがあれば、問題になったと思います。
実はサッカーのリーグは引き分けても勝ち点の1がもらえるため、引き分けは双方勝利と言う解釈が立ちます。なでしこの場合、全力で勝ち点1を取りに行ったととらえられるので、問題にならないのかと思います。つまりは、リーグ通過が来まったチームが大会を有利に勝ち進めるため、消化試合は有力選手をやすませるのと近いのではないかと思います。
No title
サッカーをやっているや人やサッカーファンはなでしこジャパンの戦い方に付いて「勝ち点1狙い」という解釈で理解(容認)している人が多いのだろうとは想像していました。

そうした意見が多いだろうと思ったこともあって、それとは違う意見もある──ということで記事にしてみたしだいです。

個人的には勝ち点3が狙える試合でそれを回避する意思が働いてプレーをしたのであれば(監督や選手の話からそう推察されますが)、やはり違和感を覚えます。
No title
こんにちは~(^。^)

いや~、星谷さん ありがとう御座います。。
私も、なでしこジャパンのパスばかりして、攻撃態勢にもって行こうとしない試合は、バトミントンの試合で処分を受けた選手と同レベルではと!!不信感を持ちながらも決勝進出を喜んではいます^^:

なんとも すっきりしない試合でしたね^^:
次への戦術の為とはいえ、無気力試合の なにものでも有りませんよね(´・ω・`)

私は、ブログ記事では上手く書くことが出来ませんが、星谷さんの記事を拝見して、うんうん 其の通りだよね~^^と納得しています^^

試合システムに問題は大いにあると思っています^^グループでの対戦相手は解っても、その後の試合相手国は非公開にするなどして、選手が十分に力を発揮し、また観客も高額な出費のもと 応援しながら楽しめるように配慮もしてほしいですね。。

スポーツマンシップて何だろう???
考えさせられますね^^

ナイスな記事にポチ☆
No title
サッカーの場合は予選リーグ→決勝トーナメントというシステムに選手もファンも慣れていて「こういうもんだろう…」という常識感覚(耐性or麻痺?)のようなものができているのかも知れませんが……バドミントンの場合は予選(1次)リーグ方式は今回初めて導入したそうだから、それで「そんな戦い方ありか!?」という違和感がひときわ強く印象づけられたのかも知れませんね。

今回、バドミントンとサッカー女子で起こったことを比較して感じたのは、「それをよしとするか否か」──スポーツマンシップも競技によって思いのほか格差があるのかもしれない……ということでした。

サッカーファンからすればマイナーな意見だろうと思いますが、素人の個人的意見として記しておくことにしたものです。

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