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フユシャク:翅が退化した♀/翅でニオイを嗅ぐ♂

陸のクリオネ!?

冬にだけ現れるこの風変わりな虫。まるっこい体に小ぶりの翅──「流氷の天使」と言われる人気者(?)のクリオネ(ハダカカメガイ)にちょっと似ていないだろうか?


この虫はイチモジフユナミシャクという蛾のメス(成虫)。冬になるとコケのはえたサクラの幹でよく見かける。
青みがかっていたり、あわい緑の個体は美しい。しゃれたファーコートをまとった貴婦人のようにエレガント。


メスは見ての通り翅が退化して飛ぶことはできない。しかしオスには普通の翅があり飛ぶこともできる。


フユシャクという蛾

イチモジフユナミシャクのように、蛾の中には、よりによって冬にだけ成虫が出現し繁殖活動をするグループがいる。「冬」に出現する「シャクガ科の蛾」ということで「フユシャク」と呼ばれている。
寒い冬は外温性(体温を外部環境から得ている)の昆虫が活動するには適さない──などと思ってしまいがちだが、そんなイメージをくつがえすユニークな存在だ。
「フユシャク」のメスはどれも翅が小さかったりほとんど無くなっていたりして飛ぶことができない。蛾のくせに(メスは)翅を退化させて飛ぶことができない──というのが、また不思議な感じがする。
鳥で言えばペンギンやキーウィといったところだろうか。




メスコバネマルハキバガ(*)は冬の終わる頃に見かける。フユシャク同様♀は翅が退化して飛ぶことができないが、この蛾はメスコバネキバガ科。シャクガ科ではないのでフユシャクとは呼ばないらしい。
ちなみに、ドクガ科のヒメシロモンドクガという蛾は夏に出現する成虫♀は普通の蛾だが、秋に出現する成虫♀はフユシャクのように翅が退化し飛べないという。同じ種類なのに羽化する時期によって♀の翅が小さくなるというのが不思議である。フユシャクの♀の翅も蛹の段階で一度は形成されながらアポトーシスによって縮むそうだ。





翅が無いと何の仲間か想像するのも難しいが、これでも蛾の成虫(♀)。

交尾と産卵

フユシャクのメスは飛ぶことができないが、性フェロモンを放って自分の居場所をオスにアピールする。このニオイをたよりにオスはメスを見つけ出して交尾する。











ウスバフユシャクやクロテンフユシャクは産んだ卵を自分の尻毛でおおう。目立たないようするためだというが、乾燥を防ぐとう役割もありそうな気がする。

飛べない翅と冬の関係

一般的に(外温性の)昆虫は寒くなると動きが鈍くなる。活発に動き回るためにはそれなりの環境温度が必要なことは容易に想像できる。
この原則はフユシャクであっても基本的には同じだろう。
飛ぶための翅を持っているフユシャク♂だが、夏に活動する蛾のような力強さは感じられない。翅も薄くきゃしゃな感じで、小さな動力でも飛べる軽量省エネ仕様(?)といった感じがしないでも無い。

想像するに、卵を抱えた身重のメスが低温の時期に飛ぶのはオスに比べさらに大変だろう。かといって軽量化のために卵を減らすというのも繁殖の点からみて問題である。そういったことを考えると、飛ぶのは身軽なオスにまかせてしまった方が効率的といえる。とりあえずオスに飛翔能力があれば、繁殖のための出会い(メス探し=子孫を残すこと)は可能なわけだ。
こうした理由でメスは飛ぶのをやめ、不要な翅を退化(退行進化)させてしまったのだろう。

本来なら活動するのに不向きな冬にわざわざ繁殖活動をするということは、天敵となる他の虫たちもまた少なくなる=天敵が減り狙われるリスクも減るという利点があるからなのだろう。
天敵が少ない冬だからこそ「逃げ飛ぶための翅」がなくても生存率をキープできるている──とも言えるのかもしれない。

フユシャク♂にとって、翅の役割とは?

クロスジフユエダシャクは昼行性で♂たちが雑木林の落ち葉の上をハラハラと飛んでいるのを見かける。フユシャクの多くは成虫になると餌を食べないというから、目的は♀探しだろう。
♂にだけある飛べる翅は、繁殖相手のところへ移動するための運動器官ということができる。
♂は不規則な軌道で地面に近い高さを飛ぶ。♀の放つ性フェロモンをキャッチすべく飛んでいるように見える。通常♂同士が交錯するようなシーンがあっても互いに相手の動きには頓着せず別々の方向に飛び続ける。枯れ葉の上に舞い降りるのを見て♀を見つけたのかと期待して覗き込むと単に翅を休めているだけだったりする。このとき、降りた♂がじっとしていると枯れ葉にまぎれて見つけるのが困難だ。


落ち葉の中にみごとにとけ込んでしまう♂の翅にはカムフラージュの効果もあるのだろう。外温性の天敵(昆虫やクモ)が少ない冬でも、鳥などから身を守るためには効果がありそうだ。
降りた♂は動きを止めて、気配を消しがちだが、これは♀(のニオイ)を見つけられなかったときの行動のようだ。

ときに地面に降りた♂がせわしなく羽ばたきを続け、歩き回ることがある。見ていると他の♂も近くに降り、同じような軌道をたどって歩く。こんなときは、♀の性フェロモンをキャッチし追跡しているのだと想像できる。
羽ばたきながらせわしなく歩くフユシャク♂の姿をみて脳裏に浮かんだのが、かつて雑誌で読んだ【カイコガの婚礼ダンス】である(『アニマ』平凡社/1980年12月号 No.93/文:小原嘉明/写真:松香宏隆)。
クロスジフユエダシャク♂もカイコガのように「婚礼ダンス」によって♀を射止めるのではないか? クロスジフユエダシャク♂の翅にもニオイ(♀の放つ性フェロモン)を嗅ぐための役割があるのだろうと思った。

オスは翅でニオイを嗅ぐ!?

「翅でニオイを嗅ぐ」などと書くと翅に嗅覚器官でもついているかのような誤解を与えそうだが、そうではなく「翅を使ってニオイを嗅ぐ」といった意味である。
我々陸生ほ乳類はニオイを嗅ぐとき息を吸い込む。鼻腔内の嗅細胞にニオイ物質を含む空気を引き込むためだ。蛾の場合はニオイ(性フェロモン)を感じる触角にニオイ物質を含む空気を引き込むために翅をはばたかせて空気の流れを作る──つまり、ニオイを嗅ぐとき我々が「息を吸う」ことと蛾が「はばたく」のはいっしょということだ。
こうした発見について書かれていたのが【カイコガの婚礼ダンス】だった。
かいつまんで概要を記すと──、
カイコガは飛ぶことができないのに、♂が♀の性フェロモンを感知すると羽ばたき、活発に動きだす──交尾前にみられるこの行動が「カイコガの婚礼ダンス」である。
目隠しをした♂も、眼を切除した♂も「婚礼ダンス」の後に♀を見つけることができたのに対し、翅を固定した(羽ばたけなくした)♂や翅を切除した♂は♀を見つけることができなかった──こうした実験結果から、小原嘉明氏はカイコガの♂は羽ばたくことでニオイを嗅いでいることをつきとめた。羽ばたく♂の触角へ空気の流れができることを線香の煙を使って示す写真も掲載されていて、この記事を読んだときは感銘に近い驚きと納得があった。

カイコガ♂とちがってクロスジフユエダシャク♂は飛ぶことができる。しかし、最終的に♀の正確な位置を割り出すのは「婚礼ダンス」なのではないかと想像した。
そして、先日それらしい行動を観察することができた。

場所は雑木林沿いの舗装道路。その路面に複数のクロスジフユエダシャク♂が集まっていた。這うように飛んでいるものもいれば歩きなら翅を激しくふるわせているものもいる。
カイコガの婚礼ダンスを連想させる動きに、♀がいてそのフェロモンを追ってオスが集まっているのだと直感した。
オスたちが3~4匹折り重なっているところを覗き込むと、はたして♀の死骸があった。この♀から放たれるフェロモンをたよりに♂たちは集まっていたのだ。


飛来する♂たちは直接♀のところに着地するのではなく、周囲の路面に降り、羽ばたきながら体の向きを変えつつ、ニオイ源の方向をさぐりさぐり♀のところまで歩いてきていた。
羽ばたくことで前方の空気をたぐりよせ、左右の触角に均等により強いニオイを感じる方向を検出して前進するプログラムが働いているのだろう。
クロスジフユエダシャクの♂も「翅で(羽ばたくことによって触角への空気の流れを作り)ニオイを嗅いでいる」ことは確かのように思われた。
♂の翅には♀をみつけだすために欠かせない嗅覚の補助器官としての大事な役割もあるのだろう。


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コメント

No title
この時季、東京のMFにはたくさんのクロスジフユエダシャクが
飛び交いますが未だに♀を見つけられずにいます。

「翅でニオイを嗅ぐ」…♀のフェロモンを感知する嗅覚が
あるのだとばかり思っていましたが違うのですね。
目からうろこでした。
~傑作☆~
No title
不思議な蛾だけど・・・どこにでも居ますかね~?
先日庭で小さな蛾を発見し、カメラを取りに行っている内に居なくなっていた・・・気を付けて見てみます・・・(*^_^*)
No title
>>楓子さん

クロスジフユエダシャクは昼行性なので飛んでいる♂はけっこう目につきますね。
それに比べると♀はなかなか見つけにくい……。
♀は雑木林の柵や手すり、偽木などを探すと見つけやすいかも。

「翅でニオイを嗅ぐ」…は誤変換(×「触覚」/○「触角」)もあって、判りづらくてスミマセン。
♀のフェロモンを感知する嗅覚器官である触角への空気の流れを翅で(羽ばたくことで)つくることによって「嗅いでいる」という意味です。
カイコガの実験では、触角を両方切除した♂は♀のフェロモンを察知できずじっと動かないままだったそうです。
触角を片側だけ切除した♂は、触角のある側へぐるぐる回転をするようになったとか。

翅で前方の空気をかきよせ、両方の触角に均等にフェロモンを感じる方向へ進むということですね。
No title
>>ばらやさん

♂にくらべると♀を見つけるのは難しいですが、けっこういるのではないでしょうか。
クロスジフユエダシャクは雑木林でよく見かけます。
イチモジフユナミシャクはコケがはえたような桜の幹をさがすとみつけやすいかもしれません。
No title
はい、理解いたしました!

MFではこの「翅をバタバタさせて触角にニオイ物質を含む空気を
引き込むための動作」を見たことがありません。
♂の飛んでいる近くに♀はいないということなのですね。
このMF特別保護区なので柵や手すり、偽木の類は無いんですよね。
生田緑地あたりまで遠征しないと逢えないかもしれません?
ご丁寧な解説、ありがとうございました。
No title
>>楓子さん

フユシャクは、比較的簡単に見つかる♂だとスルーしがちですが(僕は♀だとテンションが上がりがちです<笑>)、♂はとまっているとき、頭を上にしていることが多いですよね。
その♂が頭を下にしていたり横を向いてとまっていたら、交尾中の可能性が高いかも。
そんな♂をみかけたら、注意してみると♂の翅に隠れた♀が見つかるかもしれません。
No title
へー!ボタンを沢山押してしまいました(←また古い話だ)
この、もやもやっ毛羽立ったモノが成虫のメスなんですね。
全体(オス/メス)として、こういう体系なのかと思っていました。
面白いですねぇ!
No title
>>124090 560TEさん

フユシャクの♂と♀──ずいぶん印象が違うでしょう?
僕も知らずに初めて♀を見たときは、何のグループなのか想像がつきませんでした。

♂の方は普通の蛾と同じでパッとしない(?)ので、見つけても素通りしがちですが、ユニークな♀を見つけるとカメラを向けてしまいます(笑)。
No title
公園は犬の散歩で夜にしか通らない(もちろん犬散歩OKの公園です)のできっと沢山見逃しているんでしょうねぇ < 自分

冬(1~2月予定)の伐採木片付けが楽しみになってきたような気がするwww。
でも、魑魅魍魎がゾワゾワしていたり、巨大ムカデが丸まっていたり、蛇が球になっていたら逃げ出します!
No title
僕が昆虫のことを調べるようになったのはイタチ(フェレット)の散歩がきっかけでした。
遭遇した虫のことをや、出会う可能性がある有害昆虫などについて知っておきたいという意識もありました。

「伐採木片付け」はちょっと楽しみ(?)ですね。
No title
名前教えて頂いてありがとうございます。
シャクも幼虫(どの蛾のシャクトリムシか分かりませんが)は見ますが、蛾になるとこんなにオスメスが違うんですね~。最初のメスは可愛いけど、羽の無いのは一見何かわかりませんね~。ちょっと気持ち悪いぐらいです。蝶や蛾も種類が多いので知らないことばかりです。
No title
オスとメスでこれだけ違うのはシャクガのごく一部ですが、フユシャクは一見まるで別の種類なので面白いです。

蛾は種類が多くて、枯れ葉や小枝、樹皮に似たものから、ハチやアゲハに擬態したものまで、いろんなのがいますね。
No title
以前、クロマイコモドキが触角をクルクルと振り回しているのを見て不思議に思いました。
こういうことでしたか。
No title
蛾では♀がフェロモンを放つ種類が多いといいますから、♂ならニオイ源(♀)を探す行動だったかもしれませんね。

きょうは都立狭山公園でフユシャクのメスを6匹(3~4種)見ました。

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