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昨今の違和感/支援の祭り化

以前、伊達直人報道が続いたとき、タイガーマスクの仮面をかぶってプレゼントに訪れた人の映像がニュースで流れた事があった。テレビカメラにしっかり映っていたという事は寄付者本人から事前に「タイガーマスクが現れますよ」という予告があったのだろう。

あの時は若干の違和感があった。
「この人はボランティアのために寄付したのか、それとも目立ちたくて寄付したのか?」
いずれであっても、良い事をしたのだから批判される事ではないし、こうしたニュースで話題作りをすることで「伊達直人」運動──寄付活動の連鎖を狙っていたのだとすると、むしろあっぱれという気もする。
もしテレビ制作会社のやらせであったとしたら「ニュースを報じる側がニュースを作った・演出した」という点において大いに問題だが……いろいろ考えるところのあるニュースだった。

あのタイガーマスクのニュースを見た時に感じたのと近い違和感を今回の大地震津波被災報道で感じる。報道自体というより、それを受けての人々のリアクション、ブログやツイッター、ネット上のコメントなどについてだ。

「惨事に乗じて正義の味方タイガーマスクになりたがっている人が、けっこういるのではないか」ということだ。ことわっておくが僕が感じるのは違和感であって、これを批判しているわけではない。

地震・津波・原発事故──これらは実際に起こった事だが、被災報道を「参加型ドラマ」のようなつもりになって見ている人がけっこういるのではないか──という違和感を感じるようになった。

「世界が注目しているこの大惨事から被災者たちをどう救い勇気づけ・被災地をいかに復興させるか」その感動的なシナリオを思い描き、一大イベントに自分も参加しているようなつもりになって支援している人は多いのではないか?

違和感の原因をハッキリ言えば「(意識上は)助けるふりをして(無意識的に)復興ドラマを楽しんでいる人がいるのではないか?」ということである。支援コメントに「祭り」のテンションを感じる事がないでもない。

もちろん多くの人は純粋な気持ちで被災者を案じていたりボランティアをしていると思うが、その中にまじって、参加型ドラマの感覚で盛り上がっている人がいやしないか……そんな気がしてしまうのだ。
もちろん、動機がどうであれ、被災者の助けになればそれは良い事だ。何もしないでいる人よりはずっと役に立っている。


地震と津波による被害は天災である。それをうけての原発事故も気の毒だとは思うが、事故後の対応(説明などを含む)については疑問に感じる事も多い。
報道によると「テレビで爆発が放映されているのに、官邸には1時間くらい連絡がなかった」とか。原発側にとって都合の悪い情報はなるべく出さないようにする──そういうシステムができあがっている感じもする東京電力だが、彼らが実施した計画停電も色々と不備が多い。

本来批判されてしかるべき事もたくさんあると思うのだが、こうした事に批判的なコメントをすると、逆に批判的なコメントが出て来たりする「彼らも最善を尽くしている」。
支援者たちには「メルトダウンの危機に対して命をかけて戦っている現場職員」という感動ドラマの構図が出来上がっているのか、それにつまらないケチをつける者はクレイマー扱い……という空気もあるように感じる。

起きている事象に対して(過去にたどった経緯についても)、問題がどこにあるのか・批判されるべき点はないのかを考えるのは、本来の健全なものの見方というものだろうと思うのだが……。
事件(?)の本質がどこにあるかよりも「頑張っている人を応援する」という感情論が先行して「参加型ドラマ感覚」を作っているような気がしないでもない。
その方が楽だし、批判するより応援する方が善人でいられる──そんな心理もあるのかもしれない。

昨今、感じていることの1つだ。

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コメント

No title
確かに原発関連の記者会見については、混乱をさけるためだとは思いますが、事態を正確に伝えてるとは思いませんしわかりづらいと思います。
No title
>>snowcoldさん

原発事故についての記者会見──皆が知りたいことには明確に答えず(答えられず?)、混乱を避けるためというよりかえって混乱と不信を招いている感じがします。官邸への爆発事故の報告が1時間も遅れたというのはひどい話ですね。
正確な情報をすみやかに伝えるというのが正しいあり方ですが、原発トラブルの場合、事故のデータを過小評価する解釈を組み立ててから報告するシムテスができているような気がしてなりません。

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