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宝石昆虫タマムシ/玉虫の金蔵とは!?

生きた宝石・タマムシ



タマムシ(ヤマトタマムシ)は美麗昆虫の代表といってもいいだろう。日本の昆虫の中ではボリュームがあり、緑地に赤~紫のラインが入ったボディはメタリックな輝きを放つ。まるで【生きた宝石】だ。じっさい、インドや中国ではアクセサリーとして宝石商で取り扱われるという。奈良・法隆寺の国宝「玉虫厨子(たまむしのずし)」でもタマムシの美しく輝く翅鞘が装飾に使われていることは有名だ。
ゴーチャスな外観からだろう──タマムシは漢字で書くと「玉虫」("玉"には宝石の意味もある)あるいは「吉丁虫」──おめでたい虫として扱われてきた。


タマムシの色合いは、見る角度や光線のかげんによって変化する。光沢のある体色は色素によるものではなく、表面に薄い幕の層がいくつも重なり合っていることで生まれる光学的なものらしい。これは「構造色」と呼ばれている。




タマムシの輝く体色には、虫を食べる鳥たちから身を守る効果があるらしい。また、タマムシが仲間を見つけるさいの手がかりにもなっているそうだ↓。

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タマムシ♀だと思われたウバタマムシ

タマムシの仲間は種類が多く、タマムシ(ヤマトタマムシ)とサイズや形がよく似ているものの、いささか地味なウバタマムシなんていう種類もいる。


このウバタマムシを「ヤマトタマムシのメス」だと思っていたという知人がいた。動物の中にはオスが美しくメスが地味な種類も少なくない。こうしたイメージによる思い込みだったのだろう。じつは、この誤認はけっこうあったらしい。
法隆寺のガイドがこの誤認に基づき「玉虫厨子」に使われているのは「オスの翅」と説明していたこともあったらしい。1712年(正徳2年)頃出版された日本の百科事典「和漢三才図会」にも、タマムシの事を「オスは綺麗だが、メスは黒くて光沢があり……」と記されているという。

童謡『こがねむし』正体はタマムシ!?

ところで、良く知られた童謡に野口雨情・作詞の『黄金虫(こがねむし)』(「黄金虫は金持ちだ 金蔵建てた 家建てた」というもの)という作品があるが、──ここで歌われている"こがねむし"が、じつは"タマムシ"のことだったという説がある。

童謡『黄金虫』については、これまで「"黄金虫"とは"ゴキブリ"のこと」とする説が色んな所で紹介されてきた。
ゴキブリ説の発端は「"群馬県高崎地方"ではチャバネゴキブリをコガネムシとよび、この虫がふえると財産家になるといわれていた」という言い伝えにあったらしい。それで同じ"北関東"出身の野口雨情が作詞した『黄金虫(こがねむし)』もチャバネゴキブリがモデルだという説が生まれた──ということのようだ。

しかし、野口雨情が生まれ育ったのは"茨城県磯原町"であって、"群馬県高崎地方"ではない。チャバネゴキブリの言い伝えを野口雨情の『黄金虫』に当てはめるのは乱暴だ。

ゴキブリ説のこうした不備をついて出てきたのがタマムシ説だ。
『月刊むし』2010年6月号【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】(枝 重夫)によると、雨情のふるさとに近い筑波山麓や水戸市では、ゴキブリではなくタマムシのことをコガネムシと呼んでいたという。
タマムシがおめでたい虫として扱われてきたのは冒頭で紹介した通り。
水戸市でも「タマムシはコガネムシと言われ、財布の中に入れておくとお金が貯まるとか、箪笥の中に入れておくと虫がつかないなどと言われていた」そうだ。
タマムシが『黄金虫』のモデルなら「金持ち」のイメージにふさわしいし、合点がいく。

僕はタマムシ説を最近知ったのだが(※童謡『黄金虫』の謎)、なるほどと納得。
童謡『黄金虫』の「黄金虫」はきっと「タマムシ」だっに違いない。
だとしたら、タマムシが建てた「金蔵」とは、いったいどんなものだったのだろう?

ここでチラリチラリと触れてきた玉虫厨子を思い起こしていただきたい。
タマムシの翅が装飾に使われていることで有名な玉虫厨子は「金持ちの黄金虫(タマムシ)が建てた金蔵」のイメージと不思議と合致してはいまいか。

もしかすると野口雨情はこの玉虫厨子をヒントに「黄金虫(タマムシ)の金蔵」という着想を得て『黄金虫』を書いたのではないだろうか……。


存在しない全く架空の金蔵を登場させるより、皆が知っている玉虫厨子を金蔵に見立てて歌にした──そう考える方が発想として自然な感じかする。
真相は確かめようがないけれど……僕はその可能性が高いのではないかとみている。



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コメント

No title
こんばんは~
タマムシの写真、きれいですね~!!
飛ぶところがとくにすばらしいです!!
ところで、実は僕は北関東の「問題の地域」の出身なのですが、チャバネゴキをコガネムシと呼んでいたことはなく、呼んでいる人に会ったこともないんです
祖父は明治後期、祖母は大正初期の生まれでしたが、言ってなかったと思います
チャバネゴキ自体、他のゴキと比べて、稀にしか見かけなかった気もします
ちなみにタマムシは稀少で、なかなか目にすることがなかったです
そのせいか、ダンゴムシのことをタマムシと呼ぶ人がいましたね~
まあ、方言は町や家による違いもあるのかもしれませんが・・・
それはさておき、僕も「問題の地域」の方言を茨城の雨情の出身地にあてはめるのが乱暴である、という星谷さんの御説には賛成です!
北関東といっても、東と西の方ではかなり文化、言葉も異なると思いますので
もちろん、似ているところもありますが(w
たしかに、タマムシを箪笥に入れておくと金持ちになる、と考えられていた地方があった話を昔、本で読んだ気がするので、
コガネムシ=タマムシ方言説も、当たっているのかもしれない、と思
No title
(つづき)思いました
玉虫厨子=金蔵説も大変面白い発想であり、
コガネムシ=タマムシ方言説を裏付ける可能性もありますよね!
(長くなって連続投稿ですみません)
No title
のこぎるさん、貴重なコメントありがとうございます。
「問題の地域」では、チャバネゴキをコガネムシと呼ぶ習慣はなかったようですね。

群馬県高崎地方の言い伝えを北関東というくくりで、雨情の故郷・茨城県磯原町に当てはめるのはおかしいという指摘は、枝 重夫氏が『月刊むし』2010年6月号の【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】で指摘されていたことです。
「北関東」でくくられた「野口雨情の故郷」が、その後「野口雨情の故郷・茨城では」という風に誤認されて伝わったりしているようで、そう書かれている書籍も確認しています。

タマムシ説を唱えた枝氏も茨城県出身だそうで、チャバネゴキブリをコガネムシと呼ぶなど聞いた事がなかったとか(そもそも当時当地にチャバネゴキブリが生息していたのかも疑問視しています)。
枝氏の地域ではタマムシを俗にコガネムシと呼んでいたそうで、雨情の故郷周辺の方言を調べたところ、ゴキブリ(あるいは俗称アブラムシ)をコガネムシとよぶという記録はみつからず、タマムシをコガネムシとよんでいたという記録が確認された──というのがタマムシ説の大きな根拠になっています。
No title
「玉虫厨子=金蔵説」は、タマムシ説を知ってそのことを某所に書いたところ、「子どもの頃から(童謡『こがねむし』が)タマムシのことだと思っていた」という知人から「社会の時間で玉虫厨子の写真を見て、これこそ黄金虫の金蔵だと思った」という内容のコメントを頂いて、激しく共感したものです。
ピッタリ重なるイメージ……『黄金虫』は玉虫厨子という実在のモデルがまずあって、それをヒントに(コガネムシの)金蔵を発想した作品ではなかったのかと直感しました。
タイトルは『黄金虫』ですが、発想としては『黄金虫の金蔵』がメインだったのではないかと。あくまでも想像にすぎませんが……。

ところで、タマムシに限りませんが、光沢のある昆虫は意外にキレイに撮るのが難しいですね。
飛び立つシーンは狙ったのではなく、撮ろうとしたら飛んで逃げた──という状況でした。画像をチェックしたらちょうど飛翔の瞬間だったので、これはこれでOKかなと(笑)。

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