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童謡『黄金虫』の解釈をめぐって

前回の日記(童謡『黄金虫』の謎)をアップした後、さらに童謡『黄金虫(こがねむし)』について調べてみた。
[チャバネゴキブリ説]はメディアでもけっこう取り上げているようだ。
僕も本屋でこの件にふれている本を探して3冊ほど購入。本のタイトルと問題の部分(《》内に引用)を紹介してみたい。

●『害虫の誕生──虫からみた日本史』(瀬戸口明久/ちくま新書/2009年)

《かつてゴキブリは豊かさの象徴だったという説さえある。群馬県高崎地方では、チャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいたという。「コガネムシは金持ちだ」という野口雨情の童謡で歌われているのは、この虫のことなのだ。(P.8)》

この本ではゴキブリ説の元になったとされる30年余前の記事どおり、「チャバネゴキブリをコガネムシとよぶのは【群馬県高崎地方】」としている。
しかしこれは野口雨情のふるさと(茨城県磯原町)ではない。
なのにそのあと、あっさり「野口雨情の童謡で歌われているのは、この虫(チャバネゴキブリ)のことなのだ」と続けているわけだが……「(群馬県高崎地方で)チャバネゴキブリをコガネムシとよぶ」ことと「(茨城県磯原町出身の)野口雨情の『黄金虫』」との間には関連性が示されていない。

もし、野口雨情のふるさとでも「チャバネゴキブリをコガネムシとよぶ」のであれば群馬県高崎地方の例を持ち出すまでもなく「野口雨情のふるさと(茨城県磯原町地方)では──」と説明すれば済むことである。
そう言い切れなかったのは、(元記事では)茨城県の方言をきちんと調べていなかったからだろう。なのにそのあたりを確かめもせず「同じ北関東なのだから方言だって同じだろう」という見込みで展開されたのが[チャバネゴキブリ説]の発端だったらしい。

枝重夫氏(【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】の著者)は、この点を不信に思い、調べてみたところ、野口雨情のふるさとでゴキブリをコガネムシと呼んだという記録は見つからなかったという。
野口雨情のふるさとに近い筑波山麓・水戸市の方言では、(ゴキブリではなく)タマムシをコガネムシと呼んで、財布の中に入れておくとお金が貯まるとか、箪笥の中に入れておくと虫がつかないなどと言われていたそうだ(水戸市の動植物方言/動物編)。
こうしたことなどから、枝重夫氏は童謡『黄金虫』に歌われていた「金持ち」はタマムシだと主張しているわけだ(月刊むし2010年6月号【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】)。

『害虫の誕生──虫からみた日本史』はNHKのテレビ番組(週刊ブックレビュー)でも紹介されたらしいので、これでまた[チャバネゴキブリ説]も広まったのではないだろうか。


●『童謡の風景2』(合田道人/中日新聞社/2009年)
この本では『黄金虫』を《切ない親の気持ち》という見出しで解説している。

《体長2センチくらいで緑色をしていて、光の加減で金色に輝いて見える。植物の葉を食う害虫だが、黄金色だから「黄金虫」と呼ばれるようになった。こんなところから"黄金虫が家にいると金持ちになれる"という通説が生まれた。
この歌の作詞家・野口雨情のふるさと茨城では、なんとゴキブリのことを「黄金虫」と呼んでいた。そうなると、ゴキブリが集まる家こそ金持ち…という話になってくるではないか…。実はそれがこの歌の陰に潜むものだったのである。
ゴキブリは家の中、特に食材の周りに出没することが多い。つまり食べ物のある所、すなわち裕福な家に集まってくるというわけだ。
歌が発表された大正時代は食べる物もない貧困者がまだ多かった。黄金虫がやってくるような裕福な家になり、子どもに飴の1つも食べさせてやりたい…という親の切ない気持ち、ないものねだりの欲望、憧れがこの歌の裏側には潜んでいたのだった。(P.54~P.55)》

ここでは「野口雨情のふるさと茨城では」とコガネムシをゴキブリと呼ぶ地域が、群馬県高崎地方から茨城にすりかわって(?)いる。
30年余前に発表された[チャバネゴキブリ説]では「コガネムシをゴキブリと呼ぶ地域」を「群馬県高崎地方」とした上で、(茨城県磯原町出身の)野口雨情を「同じ北関東」という枠で同一視しようとしている。これを読んだ人が「同じ北関東」とくくられた部分で、「野口雨情のふるさと(北関東)では」→「野口雨情のふるさと(茨城)では」と誤認してしまった可能性が疑われる。

『童謡の風景2』の方は中日新聞社に連載されていたものをまとめた本だそうだ。新聞で[チャバネゴキブリ説]を知った人も多かったろう。
ちなみに、この著者は次の著書でもこの[ゴキブリ説]を説いている。
『童謡の謎3』(合田道人/祥伝社)
『童謡なぞとき』(合田道人/祥伝社黄金文庫)
「カマキリの雪予想」ではないが、実はガセネタ(?)がメディアにとりあげられることで広まっているのではないか……という危惧を感じないでもない。

ところで、本書の解説では[チャバネゴキブリ説]とは別に注目した部分がある。『黄金虫』の歌詞──水飴部分の解釈についてだ。

《子どもに飴の1つも食べさせてやりたい…という親の切ない気持ち、ないものねだりの欲望、憧れがこの歌の裏側には潜んでいた》

──と評している。次に紹介する本と解釈が違い過ぎていて興味深い。


●『読んで楽しい日本の童謡』(中村幸弘/右文書院/平成20年)

《この「黄金虫」という童謡は、言葉の遊びを存分に取り入れて、聞いている人にも、その謎を解かせて楽しむという、実に洒落た作品です。笑い話というか、そういう、言葉の綾とか落ちとか、というようなものがあるのです。
第1連も第2連も、1行・2行は、まったく同じです。各連3行ですから、違うのは3行めだけということになります。その1行・2行は、「黄金虫は金持ちだ。/金蔵建てた、蔵建てた。」です。どうして、黄金虫は金持ちなのでしょうか。黄金色の羽をもっている虫ですから、黄金がある、つまり金持ちだ、といおうとしているのです。黄金虫だから、お金持ちに決まっている、というのです。そこで金蔵を建てて当然です。
しかし、第1連の3行目では、金蔵を建てたほどの黄金虫なのに、黄金色の「飴屋で水飴、買ってきた。」ということになるのです。水飴は、色は、黄金色ですが、その値段は、安いものです。金持ちなのに、安い水飴を買ってきた、といって、けちな奴だと、皮肉を込め、からかい、話の落ちとしているのです。第2連の、その部分は、「子どもに水飴、なめさせた。」と言ってバカにしているのです。
黄金虫は光沢の濃い金色で、名前も立派ですが、人間にとっては作物の葉や根を害する昆虫です。害虫です。カナブンともブンブンともいわれます。そして、何よりも、動物の糞や葉肉を食べるのです。
さらにここにいう「黄金虫」は、ゴキブリであるとも見られます。この詩のテーマは、風刺とひやかしとにあったのです。(P.101~P.102)》

この本でも[ゴキブリ説]が紹介されているが、作品解釈が『童謡の風景2』の《親の切ない気持ち》とは全く違い、《風刺とひやかし》と断じている所がおもしろい。
本来なら「わかりやすい」はずの「童謡」で、これだけ作品解釈に差がでるということは、それだけ(金持ちであることを歌った歌なのに、突然登場する安価な)「水飴」のパートが(一見)ミスマッチだからであろう。

また、本書では「コガネムシ」について《作物の葉や根を害する昆虫です。害虫です。カナブンともブンブンともいわれます。そして、何よりも、動物の糞や葉肉を食べるのです》と混乱気味の説明をしており(種類や生態がゴチャ混ぜ?)昆虫への理解度の低さを露呈している感が否めない。さらに「ゴキブリである」とも言っているわけで……「いったい、[黄金虫]とは、どの昆虫のことを言っているのか」とツッコミたくなってしまう。


ちょっと入手してみた本でもこれだけ様々なことが書かれているのをみると、いろんな解釈がでまわっているのだなぁ……と改めて感じる。

僕の解釈としては、野口雨情の童謡『黄金虫(こがねむし)』については、現在は枝氏の[タマムシ説]を支持。
ただ、歌詞の内容については──水飴のくだりについては「謎」のままだ。
「作品として筋が通る」解釈を前の日記(童謡『黄金虫』の謎)で記したが、これも想像シミュレーションの1つに過ぎない。
もっとピッタリ収まりの良い解釈がないものかと考えている次第である。


●宝石昆虫タマムシ/玉虫の金蔵とは!?
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-135.html

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