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童謡『黄金虫』の謎


誰もが知っている童謡『黄金虫(こがねむし)』

 黄金虫は 金持ちだ
 金蔵建てた 蔵建てた
 飴屋で水飴 買ってきた

 黄金虫は 金持ちだ
 金蔵建てた 蔵建てた
 子供に水飴 なめさせた

野口雨情・作詞/中山晋平・作曲の作品である。

この作品に登場する「黄金虫(こがねむし)」は実は「チャバネゴキブリ」だという説がある。

《野口雨情が生まれ育った【北関東】では「チャバネゴキブリ」を「コガネムシ」と呼び、この虫が増えると財産家になると言われていた》

というのがその根拠とされており、そのイメージのギャプ・意外性にインパクトがあるためか、この説は書籍でも紹介されたりし、ネット上でもけっこう広まっているようだ。

《ゴキブリが持つ卵の入ったカプセルが、ちょうど「小判」や「がま口財布」に見えることも「金持ち」を思わせる》

というゴキブリ説を後押しする意見もある。

ところが、これに対して「黄金虫」は「ゴキブリ」ではなく、「タマムシ」だという説が、『月刊むし』2010年6月号(472号)に紹介されていた。
【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】という記事で、著者の枝 重夫氏は次のような主張をしている。

《ゴキブリ説の根拠とされる文献によると「チャバネゴキブリ」を「黄金虫」と呼ぶのは【群馬県高崎地方】であり、野口雨情が生まれ育ったのは【茨城県磯原町】。二つの離れた地域を【北関東】と同一にくくるのは無理がある》
《枝氏の生まれ育った茨城県真壁郡真壁町では(ゴキブリではなく)「タマムシ」のことを「コガネムシ」と呼んでいた(枝氏も子供の頃、童謡『黄金虫』を聞いてタマムシのことだろうと考えたという)》

枝氏は野口雨情が生まれ育った茨城県磯原町(正確には茨城県多賀郡北中郷村磯原=現在の北茨城市/筑波山より水戸市に近い)周辺の方言に関する著書を調べ──、

《タマムシは色彩が美しいので、一般にコガネムシと呼ばれています(筑波山麓の動植物の方言/動物編)》
《タマムシは一般にカネムシまたはコガネムシといわれ、緑色を種に、いわゆる玉虫色で美しいところから、昔は貴重品のように扱われ、財布の中に入れておくとお金が貯まるとか、箪笥の中に入れておくと虫がつかないなどと言われていました(水戸市の動植物方言/動物編)》

という記述があることを確かめたとしている。また同書にはゴキブリをコガネムシと呼ぶという記述は無かったという。

枝氏は他にもいくつかの例をあげて「黄金虫」を「ゴキブリ」とするには無理があると論じ、野口雨情の詞に書かれているのは「タマムシ」であるとしている。


童謡『黄金虫』で「金持ち」と歌われたのが「タマムシ」であるなら、イメージは納得できる。
きらびやかで豪華な姿は「金持ち」にふさわしい。「玉虫」の「玉」には宝石の意味もあるし、実際にインドや中国では実際に宝石商が取り扱ったりもしているという。
僕も枝氏のタマムシ説に「なるほどな」と合点がいった。

ただ、童謡『黄金虫』について、まだよくわからないところがある。

「金持ち」なのだから「金蔵建てた」という部分は理解できるのだが……そのあとに「飴屋で水飴 買ってきた」とか「子供に水飴 なめさせた」という妙に庶民的な──金持ちの歌にはふさわしくないパートに引き継がれるのが唐突感があって、どうも馴染まない気がするのだ。

某所でこの童謡『黄金虫』のことを話題にした時、
「子どもの頃から、(黄金虫を)玉虫のことだと勝手に思い込んでいた」という人が現れた。やはりタマムシをイメージさせる詞なのかもしれない。そして彼はこうも述べた。
「社会の時間で玉虫厨子(たまむしのずし)の写真を見た自分は、これこそ黄金虫の金蔵だと思った」

そう言われてみれば「玉虫厨子」と「黄金虫の金蔵」のイメージは、うまく重なる気がする。
「玉虫厨子」は人間の金蔵にしては小さいけれど、「黄金虫の金蔵」としてはぴったりではないか!?

もしかすると、野口雨情は「玉虫厨子」をヒントに「黄金虫の金蔵」という発想をしたのではないか!?

創作をする者の立場からいうと、「黄金虫(玉虫)を見て、そこから虫が金蔵を建てるというストーリーを思いついく」というのはあまりピンとこない。しかし「玉虫厨子をモチーフに、これを黄金虫(玉虫)の金蔵に見立てるというアイディアを得た」ならば作品の着想としては「あり」だと思う。

そこで(金蔵に見立てた?)「玉虫厨子」と、謎だった「水飴」に何らかの関係性がないか検索してみた。
すると、ビミ~なところでヒットがあった。
玉虫厨子は現存する最古の漆絵で、装飾画の部分(レプリカではタマムシの翅を2mm四方に切ったものが使われた)は、蒔絵と呼ばれる手法で作られたらしいのだが、その蒔絵技法の中に水飴を用いる技法があるという。消粉蒔絵(けしふんまきえ)といい、金箔を水飴で練って作る消粉を用いた蒔絵だそうである。

じっさいに玉虫厨子に水飴が使われたかどうかはわからないが、野口雨情が漆絵に金銀・螺鈿(アワビ貝などの真珠光を放つ部分を薄片とし漆面にはめ込んだもの)を装飾する蒔絵で水飴が用いられる事を知っていたなら──それを詞にしていたのだとすれば、童謡「黄金虫」の筋は通る。

 黄金虫は 金持ちだ
 金蔵建てた 蔵建てた
 飴屋で水飴 買ってきた

 黄金虫は 金持ちだ
 金蔵建てた 蔵建てた
 子供に水飴 なめさせた

「飴屋で水飴 買ってきた」はその前の「金蔵」にかかっている──「金蔵(玉虫厨子)」に装飾をほどこすために水飴を買ってきた──そう考えれば、詩の流れも理解できる。
また、1番で「金蔵を建てるために買ってきた水飴」を2番では「子供になめさせた」とすれば、「Aのために用立てたものをBに(も)使った」とする作品としてのひねり・オチの形が見て取れ、作者の創作意図がハッキリする。

いささか突飛な思いつきかもしれないし、この解釈が正しいという自信はないのだが……少なくとも「作品」としてみた場合、このように解釈すれば不可解だった詞の流れに説明がつき、筋が通る気はする……。

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コメント

No title
あけおめは遅くなりましたが、「ことよろ」はいいかな?
秋田県も市街地では見るのかもしれませんが、東京のようには「ゴキブリ」はいないんです。
かつてそんなにいたわけではないのではないでしょうか。
調べてみなくっちゃ!
No title
>>yankou06さん

今年も宜しく。(そちらは寒そうですね!)

童謡『黄金虫』のチャバネゴキブリ説は30年以上前に発表(?)されていたそうですが、最近(?)でも『ユリイカ』(41/2009年/青土社)や『害虫の誕生/虫からみた日本史』(瀬戸口明久/ちくま新書)などで紹介されているようです。

ただ、チャバネゴキブリは南方系(?)で寒さに弱いので、『黄金虫』が発表された頃(大正11年)、群馬や茨城にいたのか疑問だと言う虫屋さんもおられます。

月刊むしに掲載された【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】によると、野口雨情の孫はこの件に関して「生家では昔にはゴキブリはまったく見られなかったので、黄金虫はゴキブリではないと思う」と話したそうです。

「『黄金虫』がゴキブリだったとは意外!」というインパクトの大きさ・話題性でチャバネゴキブリ説は(あまり検証させずに?)広まってしまったのかもしれませんね。
No title
さっそくブログ訪問させてもらいました。
読ませていただき、タマムシ説だろうなあ・・と、私も思いました。
No title
>>かなりや♪さん

僕もゴキブリ説を知った時は驚きましたが、「そうだったのか……」としばらく信じていました。
最近タマムシ説を知り、こちらの方がふさわしいと思い直しました。

野口雨情がタマムシをイメージしてこの作品を書いたのだとしたら……「ゴキブリ説」が浸透していることを知ったとしたら……仰天したかもしれませんね。

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