FC2ブログ

自然公園のやる事か


※今年7月に外部日記に書いた記事を加筆再収録

自然の豊かさを売りにした都立狭山公園内の一角。
本来ならカブトムシやクワガタ、カナブンなどが集まる場所だ。

この公園およびその周辺ではスズメバチが集まる木にはこのような覆いがされている。
夏の昆虫観察といえば昆虫酒場──虫の集まる樹液ポイントは欠かすことができない絶好の舞台なのに……それがこんな馬鹿げた措置で台無しである。
この公園では自然観察会のようなものを定期的に設けていたりもするのだが、一方でこんな暴挙を平気で行っている……大変嘆かわしい。

おそらく利用者からの苦情を受けての措置だろう。
この公園ではないが以前、周辺の緑地帯で樹液がしみ出したコナラの周りに市職員が集まっているのを見たことがある。「スズメバチがいるので駆除してくれ」との市民の要請を受けて出動したらしい。そのときはスズメバチの姿はなかったのだが、職員は樹液のしみ出した幹に殺虫剤をしこたまスプレー。コクワガタがボロボロ落ちてきた。
見かねて「そんなことをしても意味ないですよ」と口をはさんでみたのだが職員自身も無駄な行為だと判ってやっているようだった。通報したオバサンが近くで眉根を寄せて見張っていたので、その手前、何もしないわけにもいかず、「対策を講じてますよ」とアピールする為のポーズだったのだろう。
この木は後日おとずれたときにはブルーシートでぐるぐる巻きにされていた。やがてそのシートもスズメバチに齧られ破られることになるのだが……すると、なんと木そのものが切り倒されてしまったのである。

スズメバチの危険性はテレビ等でよく報じられている。本来なら、危険性を説いた上で被害にあわないためにはどうすれば良いかを伝えるのが報道の役目だと思うのだが、テレビはセンセーショナルに視聴者の不安を煽り、危険性ばかりを過大に強調する(明らかな視聴率稼ぎの演出)。それを真に受けた視聴者が「そんな危険なものは見つけしだい撲滅すべし」と考え、駆除要請を乱発するのだろう。

住宅地にスズメバチが巣を作った場合は駆除もやむなしと思うが、自然公園や緑地でまでスズメバチを排除しようというのはバカげている。
スズメバチだって立派な自然の構成員であり、生態系の中でそれなりの役回りをしているはずだ。本来、公園側はスズメバチが自然の中で果たしている役割や生態を説いて、どうしたら被害に合わずにすむかを利用者に周知させていくのが本筋だろう。
スズメバチだって何も好き好んで自分たちよりはるかに大きくて強い人間相手に攻撃をしかけてくるわけではない。不幸にも巣があることに気づかず近づいたり刺激してしまった人が防衛的攻撃を受けて被害に合うケースがほとんどてはないのか?
スズメバチの巣があるところ、あるいは集まるところにはそのむね注意喚起する立て札を立てておけば、それで良いと僕は思う。
むやみに近づいて刺激しなければ、そうそう刺される事もないだろう。

この公園ではニホンミツバチまで駆除の対象となり、巣がある木のウロにコンクリートを流し込んだりもしている。いくらなんでもやり過ぎだ。

公園管理側もおそらく、こうした措置がバカげているとは認識しているはずである。
ただ、被害がでたときに「公園側は必要な措置を講じてこなかった」と責任を追及される事をおそれて、利用者から駆除要請があれば「対策はとっていた」と言い訳できるようにアリバイ作りをしているような気がしないでもない。
当然、良識のある利用者からは批判も出るだろうが、こちらには「利用者からの苦情(要望)をうけての措置」と言い訳が立つ──そう考えてこのような措置をこうじているのではないだろうか。

しかし、人間の手によって閉鎖された昆虫酒場──この光景は見苦しい。昆虫との出会いを楽しみに訪れた子どもたちがこの光景を目にしたら……いったい、どう感じるだろう……。
よくもこんな措置がとれたものである。


僕が憤るのは、ただ単に昆虫観察ポイントが台無しにされたからだけではない。
「気に食わないものは、とことん排除」それを当たり前のように行う価値感覚・世界観に対して危惧の念を抱くからである。
この見苦しい光景の中に昨今問題視される「いじめ」の原型がある──僕はそう考えている。

「自然を守ろう」とはよく聞くセリフだし、これは多くの人が是とするところだろう。しかし「可愛い小鳥やキレイな花は守りたい」と思う一方「蜂や蛾、イモムシ・毛虫のたぐいはこの世からいなくなればいい」と願っている人は意外に多いのではないだろうか?
生き物に好き嫌いがあるのは当然だし、それ自体は悪い事ではない。しかし嫌いなものにもこの世に存在する意味や役割があることを理解し、存在を許容する意識は必要なはずだ。

本来「嫌い」なことは即「(存在の)否定」にはつながらならない。
ところが最近は「嫌いなものは徹底的に排除し、存在自体を許さない」という「否定」に短絡的につなげてしまう人が増えたような気がする。
「嫌い」=「(相手の存在そのものの)否定」という意識こそが陰湿な「いじめ」を生む土壌の一大要因だと僕は考えている。
嫌いなもの・キモイものでも、この世に存在しているのにはそれなりの意味や役割があるはずだ。好き嫌いとは別にその存在意義をおもんぱかって尊重する程度の事はあっていいはずだ……それが本来のあるべき価値感覚ではないだろうか。

「嫌悪するものは存在すら許せない」──それが当たり前という感覚がいじめの潜在的背景にはある。「気に入らないものは排除」という風潮が子どもたちの無意識野に「いじめのタネ」を植え付けている感じがしないでもない。
もちろん子どもたちは「いじめはいけない」という道徳教育を受け「いじめ」=「悪」と理性では考えることができる。そして多くの子どもは理性のもと道徳的に行動を抑制する事がができているのだろう。しかし、「嫌いなもの排除せずにはいられない感覚」を持って育った子には潜在的あるいは感情的に「いじめ」の素地があるのだと思う。

例えば──ふだんトラブルをおこさず社会生活を営んでいる者が、匿名性の高いネット上では誹謗中傷・差別的暴言を平気で書き込んだりしている。ふだん理性では押さえているけれど腹の中には「嫌いな者は徹底的に排除しないと気が済まない」という欲求が渦巻いている証拠だろう。

「いじめは、いけません」「相手を思いやる心が大事」などと理性に訴える教育をいくらしたところで、それはある程度の抑制力にはなっても、それで「いじめ」の根本を解消することまではできないだろう。

「気に食わないもの、目障りなものは、排除!」という感覚が当たり前のこととして子どもたちの目の前で行使されている限り「いじめ」は無くならないだろう。
特に「残虐な子」「暴力的な子」がいていじめをするのではない。「気に食わないもの、目障りなものは、排除しないと気が済まない」──そうした感覚が、普通の子を残酷な「いじめ」に駆り立てるのである。

スポンサーサイト



コメント

No title
確かにその通りだと思います。
自分の知っているところでも自然観察を唄っていながら、施設拡張で多くの木を倒し、人が大量に来れるようにしたりしています。矛盾ですよ。いじめについても同意見です。いじめではない、自分の中では正しいことだからとか、単に面白いから、でやってやれと言う構図が出来ていると思います。自分もやられていたから理解できます。
No title
>>黒子さん

コメントありがとうございます。そちらでも似たような事が行なわれているようですね。
都立狭山公園では少し前に池の水を抜いて外来魚を駆除したたそうで、本来の自然を守る事を大事にしている──みたいな告知がされていました。
しかしその一方、在来植物を刈って園芸植物を植えてみたり、一貫性の無い事をやっています。
自然を大切に──と言いながら、管理人は「人がたくさん来る(呼べる)公園」が良い公園だと考えているフシがあるようです。
No title
自分もそう思います。
「スズメバチは危険だから駆除しなくてはいけない」と考えてる人は多いみたいですが、僕はそうは思いません。本来、スズメバチが人間を攻撃すること自体おかしいです。子供がスズメバチに襲われる場合は、面白半分でハチを攻撃してみたりした場合です。また、子供や女性のハチに対する認識が間違っているため、結果的にハチに攻撃されてしまうのだと思います。
学校では、「生き物を殺してはいけない」という道徳的な考えを生徒に教えながらも、教室に入ってきた虫を殺してしまう先生がいます。「人間に害があるから殺すのは仕方がないんだよ」と言い訳する人もいますが、不快害虫、クモやゲジゲジなどは、特に人間に害することをしていなくても、「気持ち悪い」と勝手に決めつけられて殺されてしまいます。これも、星谷 仁さんがいう「気に入らないものは排除」が原因だと思います。
No title
スズメバチに刺されて亡くなる人は毎年いるので(意図的にちょっかいを出さなくても刺されるケースはあるので)、民家など人の生活圏に作られた巣が駆除されるのは仕方が無い面もありますが……緑地などでは「巣に近づかない」ことで危険は回避できるはずで、駆除は必要ない(すべきでない)と思います。

自分たちの生活を守るために生きものを殺すのは、あるていど仕方が無いことですが(ヒト以外の生きものも「生き物を殺してはいけない」という認識?は持っていない)、気に入らない存在はとことん排除しなければ気が済まない──という感覚は異常です。

(危険や不快とされる生きものについて)無知が不安をあおり、過剰防衛へかりたてる──といったことはありがちな気がします。
そういった意味で、正しい知識の周知は(ムダな殺生を減らす上でも)大事でしょうね。
No title
そうですね~。本当に危ない生き物と、本当は危なくない生き物がわかれば、
不安で過剰防衛が起きることは少なくなると思います。無駄な殺生が減るといいですね。
No title
テレビ等では視聴者の不安をあおるように「危険」ばかりを強調する演出が目につきますが(その方が視聴者の食いつき=視聴率が良いのでしょう)、そういった情報を妄信しないことも大事ですね。

昆虫ではないですが、ヤマカガシ(ヘビ)などは、人の側からちょっかいを出さなければ噛まれる心配などないのに、TVではしばしばコブラのような扱いで危険性が強調されているため、危機感をあおわれた人が見つけ次第駆除しようと手をだして、かえって無用な被害を増やしているように感じます(叩いたときなどに首の後ろの毒腺から飛んだ液が目に入り炎症を起すことがある)。

本来は、身の回りひそむ危険な生き物については、何がどう危険なのか・どうすれば被害にあわずにすむかを伝えるべきなのですが(ヤマカガシは手を出さなければ被害にあうことは無い)、TVは大げさに扱いがちです……。
No title
確かに、最近のテレビは必要以上に危険を強調し、インパクトで視聴率を稼ごうとしています。視聴率を稼ぐために人の不安をあおいだり、生き物を危険扱いすることは、人間のためにも、自然のためにもよくありません。オーバーな表現は控えて欲しいです。
No title
スズメバチの危険性をうったえる特集(テレビ局の恒例企画!?)は、攻撃性が高まるといわれている秋に向けてこれから増えてくるのではないかと思いますが……視聴者の「不安」をあおるのではなく、「安心」につながる知識の啓蒙を意図して番組作りをしてもらいたいものです。
No title
その通りです!あと、僕の見たことのある番組では、
スズメバチを紹介するときに、サソリや外国の危険な虫を一緒に紹介して、
ひとくくりに「危険生物たち」と呼んで不安を煽ることもありました。
スポンサーより視聴者の安全を大事にしてほしいです。

管理者のみに表示

トラックバック