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飛行機とび禁止の意外な真相!?

僕が小学生だった頃──昭和40年代中頃に、鉄棒で「飛行機とび」というのが流行った。ネットで検索すると「グライダー」とも呼ばれていた技で、やはり多くの子ども達に親しまれていたようだ。ところが、これがあるとき突然《禁止》になった。このこともネット上で確認できる。「危険だから禁止になった」──というのが多くの人が知るところだろう。しかし「飛行機とび」はさほど危険な技ではない。子ども達が行っていた鉄棒技の中には、もっと危険度が高いものが他にいくつもあったはずだ。なのになぜ「飛行機とび」だけが禁止になったのか?
多くの子ども達が影響をこうむることとなった《飛行機とび禁止令》──ことの真相を知っているのは、もしかすると〝その原因事故の現場に居合わせた僕ら数人〟だけだったのかも知れない!? だとすれば、このまま僕らが語ることなく墓に入れば、真相が明かされる機会は永遠に失われてしまうことになる……といったら大げさだが、古い話ではあるけれど、僕の目の前で起こった事故の顛末について記しておくことにする。

飛行機とびが禁止となった原因の事故
01飛行機とび@鉄棒
鉄棒に順手で腕支持となり、やや狭めに握った手の外側に両足裏をかけて、鉄棒上にしゃがみ立ちになった姿勢からお尻を落とすように後方に回転し、その勢いを利用して前方に足をふり出して着地する──これが「飛行機とび」という降り技である。僕が小学3年〜5年の間に流行った鉄棒遊びだった。
問題の《事故》が起きたのは、放課後の校庭──数人のクラスメイトと砂場わきの高鉄棒で遊んでいたときだった。
僕らはすでに「飛行機とび」をマスターしており、その変化技を工夫していた。鉄棒をにぎる手と足の位置を逆にしてみたり、手と足の位置を交互にしてみたり、左右の手を交差させて鉄棒を握り飛び出すときにひねりを加えてみたりと、色々な新技の開発を試みて「ジェット機」「グライダー」「ヘリコプター」など勝手な呼び名をつけて披露し合っていた。
そんな中で考案された変化技のひとつが「人工衛星」と呼ばれるものだった。
これは「飛行機とび」とは逆回転の動き──「飛行機とび」が順手で鉄棒を握り後ろ向きに回転するのに対し、「人工衛星」は逆手で鉄棒を握って前方に回転する技だった。
02人工衛星@鉄棒
後ろに回るか前に回るか──回転方向が逆になるだけと考えると大した違いではなさそうに感じるが、これが実際にトライしてみると意外に恐怖感が大きい。「飛行機とび」では頭の位置は上下が入れかわることなく着地に至るが、「人工衛星」では頭が1回転することになり、上下感覚がかく乱する。これは「飛行機とび」にはない未知の感覚領域で、特に最初にチャレンジするときには勇気がいる。技術というより度胸を要する技だった。
そんな度胸試しともいえる「人工衛星」へのトライを仲間達は次々に成功させていって、クリアできずにいるのはM君ひとりとなった。
M君は高鉄棒によじ登っては「人工衛星」へ入る体勢をとるものの、仲間たちが見守る中、いつまで経っても踏ん切りがつかず、結局怖くて中断──皆のヒンシュクを買うといったことをくり返していた。
皆がもうそろそろ帰ろうかという頃になって、M君はあせりだした。「みんながクリアしているのに自分だけ、できなかった」という不名誉な形で終わりたくなかったのだろう。最後まで高鉄棒にとまっていたM君は帰ろうとする仲間を呼び止め、「あと1回!」と叫ぶと、鉄棒の上に足をかけた。
「どうせまた中止するんだろう」といささかうんざりしながら見ていると、予想に反してM君の体が、今度こそ前方に倒れこんでいった。

その光景は今でも思い出すことができる。
やはりかなり怖かったのだろう、へっぴり腰でいびつな回転だった。重心の移動はスムーズな弧を描けず、むしろ落下といった感じ。かがんだまま前に倒れ込んだ体は鉄棒を握った手を支点に、どすんと懸垂状態に移行した。その勢いで下半身がふられ、体がのびきった瞬間──M君の手は鉄棒から離れた。すっぽ抜ける形で、手を離すタイミングではなかった。
「飛行機とび」では鉄棒より前へ──砂場の中央に着地することになるが、同じ向きで行った「人工衛星」では体は鉄棒より後ろに振り飛ばされる。
「危険な落ち方だ!」と思ったが、どうすることもできなかった。M君本人は初めての急回転で目を回し自分がどんな体勢でいるのかも把握できていなかったのだろう。ガード姿勢をとることなく、砂場のフチのコンクリート枠に、もろに額を打ち付けた。
03高鉄棒@小学校
あまりに無防備な落ち方が恐ろしく、信じがたかった。
そばに寄っておそるおそる声をかけてみたが、M君が何と答えたかは記憶にない。ただM君の額がみるみる腫れ上がっていき、人の顔がこんなに急激に変化するものなのかと驚いたのを鮮明に覚えている。
僕らは大慌ててM君を保健室に連れて行った。すぐ救急車が呼ばれ、そのまま入院となった。後日元気になって戻ってきたM君が言うには、入院中、死の危険もあったらしい。
この事故のあと《飛行機とび禁止》が発令された。高鉄棒下の砂場はコンクリート製の枠が撤去され角をとった木製の枠に変えられた。
これが、僕の目の前で起きた事故の顛末である。
僕が通う小学校で起きたことだったので、当時の《飛行機とび禁止令》は僕らの学校だけの措置だと思っていた。しかし後になって、他の地域まで波及していたことを知って「僕らの事故がそんな大がかりな事になっていたのか」と驚いたものである。確か山中恒作品にも「どこかの小学校でケガをした奴がいて、それで飛行機とびが禁止になった」というような事が書かれてあったように思う。
僕らが遭遇した事故だけが原因だったのではないかもしれないが(あるいは他にもケガ事案があったのかもしれないが)、さほど危険とも思えない「飛行機とび」だけが禁止になったのは、どうも合点がいかない。やはり救急車を呼ぶ騒動となった〝あの事件〟が広域の(?)《飛行機とび禁止令》のきっかけだったのかな……という気がする。

《禁止令》の原因事故は「飛行機とび」ではなかった
というわけで、僕の小学校で《飛行機とび禁止令》の原因となった技は、じつは「飛行機とび」そのものではなく、「人工衛星」と僕らが勝手に呼んでいた全く別の技だった。
放課後の校庭で起きたM君の事故は、おそらく大人達には当時鉄棒で流行していた「飛行機とび」でのケガとして伝わったのだろう。それが大がかりな(?)《飛行機とび禁止令》につながったのだとすれば、《原因は「飛行機とび」ではなかった》というのは〝意外な真相〟かもしれない。

世間一般に広く知られていることが──実は自分の身近で起こったことに由来するもので、世間の認識とは外れたところに真相があったのではないか……という〝意外な真相〟ネタとしては、他に一時期流行った「ピーマン」という流行語も本当の発信源は僕らだったのではないか……と秘かに思っていたりする。


昔流行った「ピーマン」語源/震源地は僕ら?
小学生時代にハマった鉄棒わざ
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コメント

No title
飛行機とびって、このことなんですね!
書かれているように、私たちはグライダーと呼んでいました。
高鉄棒けっこう好きで、よくやっていましたが
最近も同じ気持ちでぶら下がったら、普通にぶらさがって前に飛ぶことすら怖くなっていました。。。
人工衛星って初めて知りました。
額を打ったところの記述が…読んでいて手にじっとりと汗をかきました…
Re: No title
今はグライダーと呼ぶみたいですね。僕らの頃は(僕らの間では)、両足を閉じてその外側を握ってとぶ飛行機とびをグライダーと言っていたような気もしますが……記憶はサダカではありません。
「人工衛星」は僕らだけの技&呼称だったのかもしれません。何か技を1つ覚えると工夫を加えて勝手に呼び名をつけていたような……。

事故を目の当たりにした時は、なんともいえない悪寒が走りました。
彼にはせまりくるコンクリートのフチが見えていなかったのでしょうね。鉄棒から手が離れた万歳の姿勢のまま、まったく無防備に突っ込んでいきましたから。
その瞬間は本人よりも見ていた僕らの方が怖かったかも知れません……。

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