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物忘れ…記憶劣化の利点!?

01物忘れ

物忘れも役に立つ!? 記憶劣化の良いところ?
年々《時間の加速感》が増していくと感じる昨今。最近は〝ちょっとした物忘れ〟が増えて《記憶の劣化》を実感することも少なくない。
加齢による《時間の加速感》と《記憶の劣化》は無関係ではないだろう。人生の長さ(ボリューム)を実感する尺度となるのは、その人が意識できる《記憶層》の厚みといえる。年々新たな記憶層が形成されていくから若いうちは《記憶層》は増えて厚みを増していく。蓄積した《記憶層》の厚みは、すなわち人生の厚み──これが増えていくことで《長く生きてきたのだなぁ》という実感が得られる。
ところが老いて《記憶の劣化》が進行してくると、新たに加わる記憶層よりも、《忘却の浸食》によって喪失していく分量の方が勝り《記憶層》は全体として目減りし、薄くなっていく方向に転じる──すると、長く生きているはずなのに主観的には人生のボリュームはどんどん縮小していくことになる……この時間短縮感が《時が経つのが早くなった》という感覚を生む一因となっているのではないか。《記憶の劣化》と《時間の加速感》には、そんな関係もあるのだろうと僕は考えている。

《記憶の劣化》による忘却は嘆かわしい現象だが、良い面もないわけではない!?
物書きのジレンマなど(創作雑感)】で、僕は「作者は自分が書いた作品を(読む前から内容を熟知しているため)新鮮な第一印象で読むことができない」と記しているが、《記憶の劣化》が進んで《熟知していた内容》を忘れていたりすると、昔書いた文書をニュートラルな気持ちで読むことができる。はからずしも〝読者として自分の作品を味わう〟ことができたりすると新鮮な喜びを感じ、何か得をしたような気持ちになる。

このブログも2009年に開設したYahoo!ブログ時代のものを含め、投稿記事の数は1000を超えている(この記事は1037件目)。内容も色々で、自分でどこに何を書いたか、もうよくわからなくなっている。昨今の《記憶の劣化(忘却)》も手伝って(?)新鮮な気持ちで読み返せる記事が増えてきた気がしないでもない。
久しぶりに開く記事は、その内容をすぐに思い出せなくても、自分の興味に基づいて感じたり考えたことを記しているのだから、共感この上ない。僕にとっては説得力があって、とても興味深い。読みながら「もっともだ!」「そうそう、そこなんだよな!」「俺も同じことを考えていたんだよ!」などと激しく同調してしまう。
自分が記したものなのだから、自分が共感するのは当たり前なわけだが、「自分の感じたこと、言いたいこと」をピタリと言い当てている記事には胸がすく思いがするのである。
これが、読みながらその先に書かれていることをしっかり覚えていたのなら、「わかっていることをなぞる」だけで、さして感動はないだろう。1度忘れてから読むことで、新鮮な気持ちで〝他人とは思えない強い共感〟を堪能することができるというわけである。

日常生活の中ではやっかいな〝物忘れ〟ではあるが、ときに自分の書いた作品(記事)を新鮮な気持ちで読み返すことができるようになった──そんな意外な楽しみを感じる今日この頃なのであった。



物書きのジレンマなど(創作雑感)
1000件を越えていたブログ雑感
時間の加速感
時はどんどん加速する
長生きほど人生は短い!?時間の逆転現象
記憶層と忘却の浸食

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コメント

No title
先日過去記事から写真を撮ろうと検索していたら、えこんな記事書いてたんだとびっくりしたことがありました。しかもつい1年くらい前の記事でした。え~って感じでしたね。
もうだいぶ老化してますから・・・
Re: No title
自分の書いた事は覚えていそうなものですが、意外に失念していることってありますね。
時間が経って忘れていることもありますが、僕はこのところ直近の記憶が怪しくなってきました……。
記憶のロケーション(位置づけ)機能が低下してきているから、あとで思い出せなくなるんでしょうかね?

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