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2021年03月の記事 (1/1)

昭和世代の浦島太郎感!?

さらばADSL
僕はこれまでアナログの電話回線を使ったADSL(インターネット回線)をしぶとく利用してきた。ところが、ADSLは既にサービスの終了が始まっているらしく、遅くとも2024年には日本全国でサービスが終了するという。
テレビがアナログ放送から地デジ化にシフトした時には地デジ難民となって(?)、現在もテレビの無い生活を続けているが、これはひょっとすると、ADSLの終了とともにインターネット難民になるかもしれない……などと、いささか不安に思っていた。
これまでも時代とともに変化する記録媒体には翻弄され続けてきたが、通信方式の変化も、なかなかどうしてあなどれない。
今さら光回線の工事をするのもどうかと思っていたところ、電波を利用する(工事不要の)方式があると知って、SoftBank Air というのに乗り換えた。

僕が幼少の頃には家に電話機は無かった。いつからか〝家の電話〟ができ、やが〝自分の電話機〟を持つようになった──当時は携帯電話などなく、ダイヤル式の据え置き電話である。
ワープロ(日本語ワードプロセッサ)を導入したときには電話回線を使ってワープロ通信なんぞを利用していた時期もあって、すごい時代になったものだと感心していたが──それもつかの間、パソコンの登場&普及でワープロ時代はあっという間に終焉を迎えることとなる……。そのパソコンの通信環境もずいぶん変わってきたわけだ……。
気づいてみれば、世の中はずいぶん様変わりしている。ときどき「なんだか浦島太郎になったみたいな気がする……」と感じてしまう昭和世代は僕だけではあるまい……。


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山形県はローマ人顔!?

空目:山形県はローマ人顔!?
緊急事態宣言の解除にともない、多くの人が懸念・予想していた新型コロナの第4波。感染者再拡大のニュースを関心を持って見ているが、山形県のニュース画面を見ていて──、
01山形県
山形県の形が〝人の顔〟に見えてしまった。
02ローマ人顔@山形県
画面左を向いたローマ人風に見えるのは僕だけ?



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小学生時代にハマった鉄棒わざ

01小学鉄棒技

鉄棒はシンプルにして創造性が高い遊具
僕が子ども時代を過ごした昭和はだいぶ遠くなってしまった……歳を重ねるごとに遠のいていく……はずの子ども時代の記憶がむしろ近づいてきたように感じる昨今──その理由は【記憶層と忘却の浸食】などで持論を記した。
そんなわけで思い出す頻度が増え、脳内再生される機会が増えたことで記憶回路が強化され、脳内検索順位が上がってきた感もなきにしもあらず。
先日は小学校時代に鉄棒で「飛行機とび」が禁止になったいきさつを記事にしたが、当時僕が得意にしていた鉄棒技をいくつか紹介してみることにする。体操競技のような正式なものではなく、あくまでも小学生の《遊び》としての鉄棒である。
当時は《ゲーム機》などなかったから、今と比べれば遊ぶ道具も少なかった。《鉄棒》は「体を支えることができる1本の水平な棒」──ただそれだけのいたってシンプルな遊具。コンピュータを駆使した昨今の複雑な遊び道具の対極にあると言えるだろう。このシンプルな器具を使って、どんなことができるかという可能性を模索し、目指す技をどのようにクリアするかを考える──鉄棒を使った運動は《創造性の高い遊び》だったのではないかという気がする。物理法則に支配される中で、自分の体を使って目指す技術を修得する──その過程で失敗や工夫をくり返しながら運動の理解を深め、力学感覚を養ってきた印象が無くもない。

小学生時代に使っていた鉄棒技
小学生の時は鉄棒ブーム(?)が何度かあって、鉄棒ではでよく遊んだ。飛行機とびブームもその1つで、これが僕のクラスメイトの起こした事故によって禁止された真相は先日記した通り。
僕が鉄棒で最初に覚えた〝わざ〟と意識した運動は「逆上がり(さかあ)がり」だったように思う。いつ、どのようにしてできるようになったのかは記憶に無いが、小学校の低学年のときにはマスターしていて、高鉄棒にぶら下がった状態から行ったり、連続して何度も回ったりして〝得意技〟のような意識を持っていた。
小学3〜4年生の頃だったろうか……あるとき公園の鉄棒で遊んでいると、中学生か高校生くらいのお兄さんがやってきて、鉄棒で見たこともないすごい技を披露した。低鉄棒を両手でつかみ、その上を前方転回して飛び越えるといった技だった。
これが当時の僕にはかなりインパクトがあった。僕の〝得意技〟に比べて、なんと華麗でダイナミックな技であろうか!?──この技に一目惚れして、そのお兄さんに今のは何と言う技なのかたずねてみたところ答えに窮して(技の名前なんて考えたことが無かったというような顔をして)、ちょっと考えてから「さかちょうばとび」と答えた。当時は何のことかわからなかったが、「ちょうば」というのは体操競技の跳馬のことだったのだろう。逆さになって跳馬のように跳ぶから「逆(さか)跳馬とび」と答えたのではないかと思う。
動き自体はマット運動の「ヘッドスプリング」という技に似ているが、鉄棒で行うこの技では手だけを使って頭は使わない。「ハンドスプリング」という技もあるが、これは「前方倒立回転跳び(前転跳び)」のことで、腕を曲げずに行うのでちょっと違う。「逆(さか)跳馬とび」は腕を深く曲げ、それをのばす力を使って跳ぶのだから、今あらためて考えてみると【屈腕前転跳び】あたりが妥当な呼称ような気がする。正式な(?)技の名称は知らないが、後にプロレスラーがトップロップ越しにリングインするときにこの技を使っているのを見たことがあった。

屈腕前転跳び
低鉄棒を両手でつかみ、前方転回して飛び越える技。
02屈腕前転跳び
①低鉄棒を順手で握り
②頭から飛び込むように鉄棒を超えながら
③たわめていた体をはじくようにのばし
 同時に曲げていた腕をのばして鉄棒を強く押して体を浮かす
④着地

この技をなんとしても修得したい──そう思って練習したのを覚えている。小学中級だった僕には腕力が不充分で苦戦したが、なんとかできるようになった。学校の鉄棒で技に磨きをかけていると「教えてくれ」というクラスメイトが現われ、ああでもない・こうでもないと助言をしながら技の理解を深めた気がしないでもない。腕の力だけでは体を跳ね上げることができない子には、手順として逆手で狭く鉄棒を握り、両肘を腹にあてて前腕をつっかえ棒のように使って体を浮かせたまま前転することを教え、それができたら、前転の後半で背筋を使って跳ね起きるようにアドバイスしたことを覚えている。僕は順手でこの技を行っていたが、片逆手に握って空中で半ひねりしたりもしていた。

ふりこ/コウモリ降り
両膝の裏側(ひかがみ)を鉄棒にひっかけてぶら下がり、体を振って、そのまま手を使わずに地面に直立で降り立つという技。
03ふりこコウモリ降り
①両膝の裏側(ひかがみ)を鉄棒にひっかけて体を振る
②背面方向へ大きく体を振って
③体がふり上がりきるタイミングで足を放し
④着地

「振り子」のように体を振ることからだろう──僕らは【ふりこ】と呼んでいた。足で逆さにぶら下がることから【コウモリ】とも呼ばれていた。当時の小学生の感覚ではアクロバティックな動きに見えた。「飛行機とび」と並んで、当時、子ども達の間ではポピュラーなワザだった。
見た目は派手で、そのわりに難易度は低かったので人気のある技だったが、【ふりこ】は鉄棒に逆さにぶら下がるという予備動作がカッコ良くない……ちょっとヤボったい印象もあった。これをよりスマートで派手な形に発展させたイキな技が【バックコウモリ】だった。

バックコウモリ
高鉄棒に腰かけた状態から膝裏に鉄棒をひっかけ、両手放しで後方へ回転し【ふりこ/コウモリ降り】へ移行する見映えのする降り技。
04バックコウモリ
①高鉄棒に腰かけ鉄棒を握る
②腰を後ろにずらして鉄棒に両膝の裏側(ひかがみ)をひっかける
③手を放し後ろに倒れこみ【ふりこ】につなげる
④着地

鉄棒の上に腰掛けた状態から、一気にふりこ(コウモリ降り)に移行する技。ひかがみに鉄棒をひっかけたあとは手を放して回転に入る。後方に回転してコウモリ降りをするので、僕らの間では【バックコウモリ】と呼んでいた。最初は両手を放しで後方に倒れ込むことに不安があり、怖さをともなう。この怖さのハードルを一段下げた【前転コウモリ】という技もあった。スタートは同じ、鉄棒の上にこしかけた状態で、鉄棒を逆手に握ってひかがみにかけると、手で鉄棒をつかんだまま、前方に4分の3ほど回転する。そして前方の回転力が失われて後ろにふり戻されるときに手を放してふりこ(コウモリ降り)に移行する技だった。
また【バックコウモリ】の発展技として、足を放すときに体を半ひねりし(着地せずに)再び鉄棒をつかんだり、足を離さずに手放しのままさらにもう1回転して降りるといったこともしていた。

ふらこ/静止ふりこ
【ふりこ(コウモリ降り)】では、逆さになった状態から体を振ることで生まれる回転力を利用して足から着地していたが、これを静止した状態で行う技が【ふらこ】である。《振らないで行う【ふりこ】》の意味で【静止ふりこ】とも呼ばれていた。
見た目は【ふりこ】に似ていて、より地味な技だったが、ふりことは全く別の原理で成立する意外に難易度の高い技だった。「振りの少ない【ふりこ】」の延長と考えて練習しても決してできない。夕方、誰もいなくなった公園で顔から落ちたりしながら試行錯誤した思い出がある。今回紹介する技の中では一番難しく、マスターするのに苦労した。
05ふらこ
①鉄棒に両膝の裏側(ひかがみ)をひっかけてぶら下がるのは【ふりこ】と同じだが、【ふりこ】が脱力して体を伸ばして行うのに対し、腰をくの字に曲げて重心を引き上げて体を締める。
②曲げていた膝をはじくように勢いよく伸ばし、同時に腰は深く曲げる。膝から下の強い振り込みがひかがみで鉄棒を押す力となって、わずかな回転力が生まれる。
③顔が地面に落ちるまでのわずかな間に足をひきつけて地面。

【ふりこ】では《振りによる回転力を利用する》ため鉄棒の前方に(鉄棒を背にして)着地するが、【ふらこ】では《ひかがみが鉄棒を押す力を回転力とする》ため鉄棒の後方にとばされて着地する。膝から下の一瞬の強い振り込みが必要で、着地した後には鉄棒がビィ〜ンと(他の技では見たことがないほど)振動していた。

ジェンマ降り
高鉄棒の上に腰掛けた状態から、両手を放したまま、膝裏で鉄棒をフックすることもなく、そのまま後方回転して着地する技。
06ジェンマ降り
①高鉄棒の上に浅く(尾てい骨に近いところで)腰掛ける
②下半身を残すイメージで、上半身を(重心をなるたけ鉄棒の上に残すようなつもりで)後方に倒していく
③上半身を倒して反ったところで(すでに後方回転力が発生している)
④下半身を引き寄せ、下半身を振り込む反動で(お尻で鉄棒を押して)、後方へ回転
⑤着地

同じように高鉄棒の上に腰掛けた状態から開始する【バックコウモリ】では膝裏(ひかがみ)に鉄棒をひっかけて回転するが、この技はひかがみフックもなしに──両手放し&両足放しのまま後方回転を行う。体の支えが無い不安・恐怖から、【バックコウモリ】よりも度胸を要する技だった。僕がこの技をマスターしたのは小学5年生のときで、当時はこの技にこれといった名前はついていなかった。中学生になってマカロニ・ウエスタン(イタリア製西部劇)の『南から来た用心棒』という映画の中でジュリアーノ・ジェンマがこの技を披露していたのを知って、その後は【ジェンマ降り】と勝手に呼んでいる。

07Gemma空中回転撃ち
※【G・ジェンマの《空中回転撃ち》@南から来た用心棒】より

鉄棒のマイブームは小学生時代で終わった。中学・高校では鉄棒のないところでの宙返りに関心が移った。それが高じて後にこんなことをするに至ってしまったのであった……。

※【ミラクル☆スター〜実写版〜】から撮影風景⬆

記憶層と忘却の浸食
飛行機とび禁止の意外な真相!?
逆上がり
G・ジェンマの《空中回転撃ち》@南から来た用心棒
ミラクル☆スター〜実写版〜
ヒーロー的宙返り
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断崖に倒れた老賢者の巨石像!?

謎の岩?断崖に倒れた老賢者の巨石像!?
01謎の岩老賢者A
和歌山県白浜町の観光名所で、50mはあるという崖の上に、ある日こつ然と大きな岩が現れたという。映像を見て、「海から上がってきたところで力つきて倒れた老賢者(老賢人)の巨石像」に見えてしまった……。
02謎の岩老賢者B

問題の映像ニュース⬇



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エアポケット幻想
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飛行機とび禁止の意外な真相!?

僕が小学生だった頃──昭和40年代中頃に、鉄棒で「飛行機とび」というのが流行った。ネットで検索すると「グライダー」とも呼ばれていた技で、やはり多くの子ども達に親しまれていたようだ。ところが、これがあるとき突然《禁止》になった。このこともネット上で確認できる。「危険だから禁止になった」──というのが多くの人が知るところだろう。しかし「飛行機とび」はさほど危険な技ではない。子ども達が行っていた鉄棒技の中には、もっと危険度が高いものが他にいくつもあったはずだ。なのになぜ「飛行機とび」だけが禁止になったのか?
多くの子ども達が影響をこうむることとなった《飛行機とび禁止令》──ことの真相を知っているのは、もしかすると〝その原因事故の現場に居合わせた僕ら数人〟だけだったのかも知れない!? だとすれば、このまま僕らが語ることなく墓に入れば、真相が明かされる機会は永遠に失われてしまうことになる……といったら大げさだが、古い話ではあるけれど、僕の目の前で起こった事故の顛末について記しておくことにする。

飛行機とびが禁止となった原因の事故
01飛行機とび@鉄棒
鉄棒に順手で腕支持となり、やや狭めに握った手の外側に両足裏をかけて、鉄棒上にしゃがみ立ちになった姿勢からお尻を落とすように後方に回転し、その勢いを利用して前方に足をふり出して着地する──これが「飛行機とび」という降り技である。僕が小学3年〜5年の間に流行った鉄棒遊びだった。
問題の《事故》が起きたのは、放課後の校庭──数人のクラスメイトと砂場わきの高鉄棒で遊んでいたときだった。
僕らはすでに「飛行機とび」をマスターしており、その変化技を工夫していた。鉄棒をにぎる手と足の位置を逆にしてみたり、手と足の位置を交互にしてみたり、左右の手を交差させて鉄棒を握り飛び出すときにひねりを加えてみたりと、色々な新技の開発を試みて「ジェット機」「グライダー」「ヘリコプター」など勝手な呼び名をつけて披露し合っていた。
そんな中で考案された変化技のひとつが「人工衛星」と呼ばれるものだった。
これは「飛行機とび」とは逆回転の動き──「飛行機とび」が順手で鉄棒を握り後ろ向きに回転するのに対し、「人工衛星」は逆手で鉄棒を握って前方に回転する技だった。
02人工衛星@鉄棒
後ろに回るか前に回るか──回転方向が逆になるだけと考えると大した違いではなさそうに感じるが、これが実際にトライしてみると意外に恐怖感が大きい。「飛行機とび」では頭の位置は上下が入れかわることなく着地に至るが、「人工衛星」では頭が1回転することになり、上下感覚がかく乱する。これは「飛行機とび」にはない未知の感覚領域で、特に最初にチャレンジするときには勇気がいる。技術というより度胸を要する技だった。
そんな度胸試しともいえる「人工衛星」へのトライを仲間達は次々に成功させていって、クリアできずにいるのはM君ひとりとなった。
M君は高鉄棒によじ登っては「人工衛星」へ入る体勢をとるものの、仲間たちが見守る中、いつまで経っても踏ん切りがつかず、結局怖くて中断──皆のヒンシュクを買うといったことをくり返していた。
皆がもうそろそろ帰ろうかという頃になって、M君はあせりだした。「みんながクリアしているのに自分だけ、できなかった」という不名誉な形で終わりたくなかったのだろう。最後まで高鉄棒にとまっていたM君は帰ろうとする仲間を呼び止め、「あと1回!」と叫ぶと、鉄棒の上に足をかけた。
「どうせまた中止するんだろう」といささかうんざりしながら見ていると、予想に反してM君の体が、今度こそ前方に倒れこんでいった。

その光景は今でも思い出すことができる。
やはりかなり怖かったのだろう、へっぴり腰でいびつな回転だった。重心の移動はスムーズな弧を描けず、むしろ落下といった感じ。かがんだまま前に倒れ込んだ体は鉄棒を握った手を支点に、どすんと懸垂状態に移行した。その勢いで下半身がふられ、体がのびきった瞬間──M君の手は鉄棒から離れた。すっぽ抜ける形で、手を離すタイミングではなかった。
「飛行機とび」では鉄棒より前へ──砂場の中央に着地することになるが、同じ向きで行った「人工衛星」では体は鉄棒より後ろに振り飛ばされる。
「危険な落ち方だ!」と思ったが、どうすることもできなかった。M君本人は初めての急回転で目を回し自分がどんな体勢でいるのかも把握できていなかったのだろう。ガード姿勢をとることなく、砂場のフチのコンクリート枠に、もろに額を打ち付けた。
03高鉄棒@小学校
あまりに無防備な落ち方が恐ろしく、信じがたかった。
そばに寄っておそるおそる声をかけてみたが、M君が何と答えたかは記憶にない。ただM君の額がみるみる腫れ上がっていき、人の顔がこんなに急激に変化するものなのかと驚いたのを鮮明に覚えている。
僕らは大慌ててM君を保健室に連れて行った。すぐ救急車が呼ばれ、そのまま入院となった。後日元気になって戻ってきたM君が言うには、入院中、死の危険もあったらしい。
この事故のあと《飛行機とび禁止》が発令された。高鉄棒下の砂場はコンクリート製の枠が撤去され角をとった木製の枠に変えられた。
これが、僕の目の前で起きた事故の顛末である。
僕が通う小学校で起きたことだったので、当時の《飛行機とび禁止令》は僕らの学校だけの措置だと思っていた。しかし後になって、他の地域まで波及していたことを知って「僕らの事故がそんな大がかりな事になっていたのか」と驚いたものである。確か山中恒作品にも「どこかの小学校でケガをした奴がいて、それで飛行機とびが禁止になった」というような事が書かれてあったように思う。
僕らが遭遇した事故だけが原因だったのではないかもしれないが(あるいは他にもケガ事案があったのかもしれないが)、さほど危険とも思えない「飛行機とび」だけが禁止になったのは、どうも合点がいかない。やはり救急車を呼ぶ騒動となった〝あの事件〟が広域の(?)《飛行機とび禁止令》のきっかけだったのかな……という気がする。

《禁止令》の原因事故は「飛行機とび」ではなかった
というわけで、僕の小学校で《飛行機とび禁止令》の原因となった技は、じつは「飛行機とび」そのものではなく、「人工衛星」と僕らが勝手に呼んでいた全く別の技だった。
放課後の校庭で起きたM君の事故は、おそらく大人達には当時鉄棒で流行していた「飛行機とび」でのケガとして伝わったのだろう。それが大がかりな(?)《飛行機とび禁止令》につながったのだとすれば、《原因は「飛行機とび」ではなかった》というのは〝意外な真相〟かもしれない。

世間一般に広く知られていることが──実は自分の身近で起こったことに由来するもので、世間の認識とは外れたところに真相があったのではないか……という〝意外な真相〟ネタとしては、他に一時期流行った「ピーマン」という流行語も本当の発信源は僕らだったのではないか……と秘かに思っていたりする。


昔流行った「ピーマン」語源/震源地は僕ら?
小学生時代にハマった鉄棒わざ
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