FC2ブログ

2019年03月の記事 (1/2)

小説の「縦書き」と「横書き」&はてなブログ試行

僕はファッション感覚ゼロで、自分のオシャレには全く関心がないのだが……自分が作っていた個人誌の誌面やブログの画面の見映えは気になる性分だ。Yahoo!ブログでは昆虫の記事が多かったが、視覚的にわかりやすく画像を加工したりキャプションを加えたり、文章との兼ね合いなどを意識しながら記事を投稿していた。これも、(自分がどう見えるかは気にしないが)自分が作ったものが、どううつるかは気になってしまうからだ。

ブログに文章をあげる場合も、日本語で書かれた創作文芸系の作品は「縦書き」の画面の方がしっくりくる──という感覚が僕にはあるので、わざわざ縦書きの画像で投稿している。
今では多くの人がパソコンを使い、横書きで小説等も描いていると思うが、おそらく原稿用紙に縦書きで書くことをしていた人と、はじめから横書きでタイプしている人とでは、文章感覚のようなものに違いがあるのではないかという気がする。

パソコン画面を見ながら文章をタイプするときの、段落づくりや改行のタイミング、画面上の文章の塊から生まれるリズムは、縦書きの原稿用紙のそれとはずいぶん違う。原稿用紙でそうした文章の呼吸をつかんでいる人は、横書きでタイプしても体にしみこんだリズムが崩れることはないだろうが、初めから横書き画面で文章づくりをしている人は、横書き表記の呼吸が身に付いてしまうのではないか……という気がしないでもない。それがいいとか悪いとか言うつもりはない。文章の巧い下手とはまた少し別のものだろう。ブログで横書きの小説を読んでいると、「これは、横書きに慣れた人の文章だな……」と感じることがあるというだけの話。

僕は原稿用紙世代だったので、ワープロ専用機やパソコンを使うようになっても、創作作品は縦書きになることをイメージしてタイプしていた。この文章のようにブログで横書きで投稿するものと、縦書き用文章は明確に分けてタイプしている(横書き用は段落の1文字目を空けず、段落間に1行空きを設ける頻度を増やす・など)。
だから、縦書きを想定して描いた創作作品を横書きで披露することに違和感がある。
オシャレには関心がないが、ブログ画面の見映えには関心がある僕は、それでわざわざ縦書き画像を作って投稿しているしだい。

縦書き画像をつくるさいに、空きスペースがあると気になり、タイトル幅を調整したりカットやコラムで埋めて画面(誌面?)の体裁を整えたくなってしまうのは、同人誌や個人誌を作っていたからだろう。

そんな理由で縦書きにしたショートショートや読み切り童話などの一覧ははてなブログのトップページに固定してある。

     *     *     *     *     *

というような記事をはてなブログの方に投稿。
はてなブログの固定トップページに作ったメニュー(作品一覧)ページだが、タイトルを追加すると行間が広く空きすぎて見映えが悪くなる件(【はてなブログ試行で問題点(行間の乱れ)】)は編集画面で、1度一覧部分を削除してタイトルを一挙に再投稿することで、改善した。


⬇ ⬇ ⬇ ⬇ ⬇ ⬇ ⬇ ⬇ ⬇ ⬇ ⬇ ⬇ ⬇


ただし、この方法だと、タイトルを追加するとまた行間が不均等になってしまう(そのつど再構築するのは面倒)。

■はてなブログ>チャンネルF


また、はてなブログの「グループカテゴリー」のページを見て、ピッタリくるのがないと思っていた件は──「ブロググループを検索」という欄があることに気づき、検索してみたところ、一覧ページに載っていなかったイメージに近そうなものがあることがわかり、とりあえずいくつか「参加」してみた。
自分のブログに「参加グループ」がリンクされたので、どんな記事が投稿されているのか探しやすくなった……はずなのだが……。
スポンサーサイト



カエル作品2作@はてなブログ試行

Yahpp!ブログの終了宣言を受けて試しに開設してみたはてなブログ↓

●チャンネルF

https://miraclehosshy.hatenablog.com/

ブログ・トップにはYahpp!ブログ同様、メニュー頁を固定しているが、追加投稿するたびにタイトルの行間が広がってしまうのが気になる。

ショートショートや読み切り童話などを少しずつ投稿しているが、今回はカエルにまつわる短い話を2つ投稿してみた。ひとつは小学3~4年生を読者対象とした《怖い話》。

*カエルの念力

https://miraclehosshy.hatenablog.com/entry/2019/03/21/001100

*人面ガエル
https://miraclehosshy.hatenablog.com/entry/2019/03/21/002254

はてなブログで長文投稿してみた


色々試しているはてなブログ。気になることの1つが1つの記事に投稿できる文章の長さ──字数制限だ。
Yahoo!ブログでは20000字だったので、これより少ないようでは困る。
そこで、ラクガキのような作品だが……小説版『ミラクル☆スター~復活篇~』を投稿してみた。
はてなブログでは投稿するさいの編集画面で字数が表示されるのだが、30093字の文書が問題なく投稿できた。

●小説版『ミラクル☆スター~復活篇~』

https://miraclehosshy.hatenablog.com/entry/2019/03/17/003021

ブログ以前~個人誌的ブログ:チャンネルF

ブログが無かった頃…個人の発表(発信)の場は少なかった

小学6年生~中学生の頃、4コマ漫画を描いていたことがあった。「趣味」というほどのものではなく、ラクガキ程度のもの。無地のノートにざっと下敷きで線を引いて(コマ割り)、いきなりボールペンや万年筆で描き込んでいた。「おもしろいハナシ(コント)を考える」のが楽しかったのだろう。今思うと、ショートコントを連発するテレビ番組の『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』の影響もあったのではないか……という気がしないでもない。
ノートに4コマ漫画がたまってくると、気に入ったものを見つくろって他人にも披露したくなる。今ならインターネットを利用して不特定多数の人に発信する手段があるし、ブログなど他者が閲覧できる《場》への投稿も容易だが、当時はパソコンもインターネットもなかった。素人が個人で作品を披露できる《手段》も《場》も、ほとんどなかった。そんな時代だったので、僕が考えたことといえば……学校のプリント等で使われていたガリ版(謄写版)でマンガを刷ってみようということだった。今では知らない人が多いと思うので、ざっくり説明するとガリ版(謄写版)というのはロウをコーティングした原紙に、鉄筆と呼ばれる先端が尖ったペンで字や絵を描き、これを原版とする印刷。セットした原紙の下に紙を敷き、原紙ごしにインクを含ませたローラーを転がす。すると原紙の鉄筆でひっかいた部分(ロウが剥がれた部分)だけからイングが染み、原紙下の紙に字や絵が転写されるというもの。
ロウ原紙に鉄筆で描くさいにはヤスリの下敷きを使うのだが、これが慣れないと描きにくい。筆圧が弱いと印刷した時にかすれてしまうし、強いと原紙に孔をあけてしまい、インクがボタ漏れして汚くなってしまう。
当時、慣れない鉄筆にてこずりながらも原紙にマンガを描いたのだが……刷ってみると、そのできばえは思い描いていたものとはほど遠く……あまりのヒサンさにガッカリ。「4コマ漫画ガリ版計画」は即行で頓挫したのだった。
今から思えば、ブログのようなことがやりたかった気がしないでもないが……その頃は、素人が自分の作品を多くの人に向けて発信することは簡単なことではなかったのだ……。

初めてのメディア掲載

そんな僕のマンガが初めてメディアに載ったのは高校2年生のときだった。購読していた学研の月刊誌《高2コース》の読者投稿欄には漫画コーナーがあって、気まぐれに投稿したハガキ漫画が採用されたのだ。採用の通知と図書券が届いたのは発売日の後で、それを知らずに発売日に同誌を購入した僕は、読者投稿欄を開いて驚いた。トップに一番大きく見覚えのある絵が……自分の作品が載っているではないか! ポストに投函したあと、連絡も無いのでボツったとあきらめていたラクガキが、作者も知らぬ間に誌面を飾っていたとは……「(よく知った身内が)ちょっと見ない間に、ずいぶん立派になったもんだなぁ」的な感慨があった。


分厚い月刊誌のほんの片隅ではあったが、自分の作品が多くの人が目にするメディアに載ったことは嬉しかった。この感慨はインターネット以降の人にはちょっとわからりづらいかもしれない。
掲載に気を良くしたものの、僕は真面目にマンガを描いていたわけではなかった。当時本気で取り組んでいたのは児童文学(ファンタジー)の創作で、自分の作品を発表できる《場》を模索していた。
高校3年生で文芸系の同人誌に初参加。高校を卒業してから働いてオフセット印刷機と製版機を買い込み、1978年に同人誌《窓》を立ち上げたのだった。

同人誌の時代



僕が主宰した《窓》は、本文の文字も含め、全ページ手書きだった。当時はパソコンもワープロもなく、原稿用紙にペンで書いていた時代。自分の文章を活字にしたいという「憧れ」は強くあったものの、それにはお金がかかる──素人が自分の文章を活字にするというのは簡単なことではなかったのだ……。
《窓》は創刊準備号・創刊号・第2号の3冊で活動中止となったが、第2号(1979年7月)に一挙掲載した長編『クロカニ号の冒険』が、その後出版されるという驚くべき展開があった。金の星社が行っている公募に『クロカニ号の冒険』を応募していたのだが、その「第10回創作童話作品募集」に入選(1979年)──初めて書いた長編(230枚程度)&初めてのコンテスト応募&初めての入賞であり、もちろん出版(1984年)も初めてのことだった。


これ以降も児童文芸の研究会や同人誌で勉強を続け、朝日カルチャーセンターの「大衆文芸の書き方(講師:光瀬 龍)」(通称・光瀬教室)の受講生らで同人誌を作ることになった。こうして誕生した同人誌《MON48》の創刊号(1985年3月)に掲載した『ねこにかかったでんわ』も、岩崎書店から単行本として出版することができた(1985年10月)。


出版で、多くの人の目にとまる《場》で作品を発表することができ、「活字化」への憧れがかなったのは我ながら驚嘆すべきことだった。が、この頃、もう1つ画期的なことが起こる。
日本語ワードプロセッサ専用機の導入だ。
それまでは、そうするしかないため原稿用紙に書いていたわけだが、「書く」という作業はわずらわしい。物語の創作は「作品を考える」ことと、「考えたことを書く」という作業を併行して行わなければならないわけだが、作者としては「書く」方の労力をできるだけ軽減して「考える」ことに集中したい。「考え」のスピードに追いつくために走り書きのように書き進めると、後に清書しなければならないし、推敲の際に下書きの汚い字を見ると内容も雑に思えてきたりして気分もよくない。なんとか下書きを完成しても(その時点で原稿用紙はゴチャゴチャしているので)、清書しなければならない……。時間をかけて清書した後、読み返して直したい箇所がでてくると、修正もやっかいで、新たに書き直したり切り貼りをするなど、かなり面倒な思いをしていて、こうした作業が大きな負担だった。
なので、原稿用紙(に書く作業)から解放されるということは画期的であった。文章を加えたり削ったり入れ替えたりの変更(推敲)が自由自在に行えるのでストレスがかなり軽減した。ワープロは自分の文章を「あこがれの活字」にして表示、出力してくれるのも気持ちもよかった。
夢の機械・ワープロを使えば簡単な版下を作ることもできる──そう考えて、同人誌ならぬ個人誌を不定期で気ままに作り始めた。

個人誌《チャンネルF》



出力した版下をコピーし、ホチキスで綴じただけの簡易個人誌《チャンネルF》(Vol.1は1987年12月1日発行)↑。《チャンネルF》の《F》は、《Fantasy》《Fusion(現実と幻想の「融合」という意味で)》《FUSHIGI》の《F》。「心のチャンネルを《F》にチューニングする」──という意味で、第1号の表紙には(ラジオの)チューナーを模した図案を描いている。冊子形式の個人誌《チャンネルF》とは別に瓦版的な──版下をコピーしただけの個人紙《チャンネル☆F通信》↓も作っていた。


当初は童話・小説・ショートショート・エッセイ等の文芸色が強かった個人誌《チャンネルF》だが、その時々に興味のあることについて記したり、今のブログに近い形になってきた。といってもブログに比べれば手間もかかるし、できることも限られていたが……。
その気ままさからラクガキ的要素が一気に強まったのが、第9号のパロディー・ヒーロー対決だ。友人・某が同人誌時代に楽屋落ち満載のヒーローもの──当時の同人仲間達を揶揄し引き立て役にして自分が正義のヒーローとして活躍する小説シリーズを書いていたのがきっかけだった。これに対抗して僕が書いたのがミラクル☆スターだった。


ミラクル☆スターのネーミングは、元祖・某のヒーローが「スーパースター」を名乗っていたので、「スーパー」に対抗するスターにしようと考えたもの。アメニ『天才バカボン』で、バカボンのパパがミラクルマンに変身(したつもりになる)──という回があって、これにならって(?)「ミラクル」を採用、《チャンネルF》第9号に初登場させた(当時の表紙はモノクロ。色は後にパソコンでつけたもの)。
この楽屋落ちヒーローものにさらに参戦する友人が現れ、三つ巴の小説対決合戦となり、《チャンネルF》第10号で『ミラクル☆スター 復活篇』を書くに至ったしだい。
ラクガキ小説として誕生したミラクル☆スターだったが……あろうことか、実写版へとエスカレート。当時、里山の小動物や昆虫等を撮っていたビデオカメラを使ってパロディヒーローものが作れないか──と考えた。試作として1人でロケを敢行。三脚に固定したビデオカメラの前で、変身ヒーローと怪人(某)の二役を演じ、編集で闘っているようにみせようというもの。今ならパソコンで合成などもできるのだろうが、当時はビデオ機器を繋げてのダビング編集で、カットのタイミングを合わせるのに苦労した。


こうして作った実写版ミラクル☆スターは、当初、内輪のネタがわかる同人仲間ら数人~十数人程度に見せるつもりでいたのだが……ひょんなコトから、TBSテレビの映像作家発掘番組『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』(通称『えび天』)で紹介され、多くの人が見る《場》で披露されることとなったのであった。


この『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』は自主制作映像作品をテレビで紹介するは番組だった。今でこそYouTubeなどで個人が撮った映像を投稿したり他の人たちの作品をいくらでも見ることができるが、当時、一般の視聴者が見ることができる映像作品はテレビや映画等の限られた商業メディアにほぼ限られ、アマチュアが作った映像作品を視聴できる機会は皆無に等しかった。ビデオカメラは普及していたが、子どもの成長を記録するとかプライペートな利用がほとんどだったろう。そういった時代に、アマチュア映像作品を見せるテレビ番組『えび天』は新鮮だった。
『えび天』出演を果たしたことで、個人誌《チャンネルF》でも実写版ミラクルスターを紹介したいところだが、映像作品を紙媒体に載せることはできない。ということで、かわりに(?)別冊・臨時増刊号で『ミラクル☆スター秘密大百科』という特集を組んでパロディ・ヒーロー対決にダメ押し。番外編の実写版ミラクル☆キッドを撮って、『ミラクル☆シリーズ秘密大百科』に至った。


というふうに暴走した個人誌《チャンネルF》だったが、その後は飼育中のフェレットを取り上げるようになる。


ペット雑誌の取材を受けたり、フェレットの記事を書いたり、フェレットの飼育書のイラストコラムを描かせてもらったこともあった。


14号・15号・16号とフェレット漫画が続くが、14号の『フェレットinジャケット』と15号の『ふぇレッツ・ゴー』は、ペット漫画雑誌《ハムスター倶楽部スペシャル》の新人まんが大賞に応募していた。『フェレットinジャケット』は《第6回》の回し車賞+編集部期待賞受賞を、『ふぇレッツ・ゴー』は《第7回》のハムスター賞を受賞。ともに《ハムスター倶楽部スペシャル》に掲載された。


ハムスター賞を受賞した『ふぇレッツ・ゴー』は、不定期連載されることになった。昔は4コマ漫画などをラクガキていどに描いていたことがあったが……フェレット漫画に関しては「マンガとしての面白さ」の追求をするというスタンスではなく、あくまでも「フェレットの面白さ」を描く実録漫画としてとらえていた。
このフェレットの散歩中に出会う昆虫たちを調べるようになったのがきっかけで、昆虫に関心を持つようになっていく。

個人誌《チャンネルF》からブログ《チャンネルF》へ…

やがてワープロ専用機が絶滅し、パソコンにとって変わられる頃には、《チャンネルF》は休止状態になっていた。電子会議室に出入りするようになり、その後Yahoo!ブログを始めるようになって、個人誌ではできなかった実写版ミラクル☆スターの動画を載せたり、カラーイラスト・写真などをふんだんに盛り込んだりして利用してきた。個人の「情報発信の《場》」として、ブログというツールはとても優れており、個人誌とは比べ物にならない。このあたりのことは【Yahoo!ブログの可能性】という記事でも記している。また、関連記事をリンクでまとめ、すぐに開けるようにセットできることもブログの便利な点だ。
そんなわけで(個人誌《チャンネルF》に代えて?)Yahoo!ブログで10年近く記事を投稿して来たわけだが……Yahoo!ブログは今年12月に終了するという。他のブログへの移行ツールを準備中ということだが、どんな形でこれまでに蓄積してきた記事が引っ越しできるのか気になるところ。便利なので多用してきたリンクが引っ越しでURLが変わることで切れてしまうとすると大事た。全て修復しようとすれば膨大な時間がかかるだろう……。
ブログというのは便利なツールだが、こうなると、なかなか厄介だ……。

移行先ブログを探す過程ではてなブログを試しているところだが、長らく中断していた《チャンネルF》のブログ版──新たな発信の《場》として使えるかどうか……思案中。

はてなブログ試行で問題点(行間の乱れ)



Yahoo!ブログ終了にともないはてなブログでショートショートや読み切り童話などを試験投稿している。トップ固定のメニュー・ページを作ってみたことは前記事の通り。その後問題点がでてきたので記してみる。

小品を8つ投稿したところで、メニュー・ページを作ってみたのだが、その後、追加して編集すると、行間がやけに広がってしまった。
ためしに同時に2タイトルまとめて追加とてみると、前の項目との行間は広くなってしまったが、同時に追加した2タイトルの行間は通常(?)通り。


どうして、こうなるのかわからないが、どうも見苦しくていけない。
編集で1度削除し、同時に投稿しなおせば解決するのかもしれないが、タイトルを加えるたびにリンクを組み直すのは面倒だ。

もっと簡単な解決法があるのかもしれないが……とりあえず、現時点で把握した問題点ということで記しておく。


はてなブログでメニュー頁を作ってみた

Yahoo!ブログ終了にともない、移行先ブログを探す過程で試しに始めてみた「はてなブログ」↓。

●チャンネルF
https://miraclehosshy.hatenablog.com/

表示される画像幅がYahoo!ブログ(横幅MAX:560ピクセル)よりも、はてなブログ(横幅MAX:690ピクセル)の方が広いので、縦書き画像は一段分の行が多くとれる。Yahoo!ブログでの記事の引っ越し先にするかどうかとは別に(引っ越すにしても、Yahoo!ブログで移行ツールがリリースされてから引っ越し先で新たに開設しなければならないらしい)、とりあえずショートショート系の短い創作作品をいくつかまとめてみようかと考えている。はてなブログにも任意の記事をブログのトップに表示できる機能もあるので、これを利用してメニュー・ページも作ってみた。内容は少しずつ増やしていくつもり。

はてなブログでいくつも記事を投稿してみたが、Yahoo!ブログとはずいぶん勝手が違う。
Yahoo!ブログでは自分が投稿した記事と同じカテゴリーを開くと、同じカテゴリーで投稿された他者のYahoo!ブログ記事のタイトルが表示される。その中から興味のある記事を開いて読むことができた。
また検索で興味のあるキーワードを入力して、ヒットする記事を読むことも多かった。
ところが、はてなブログでは、興味のある他の記事が、どこにあるのか判らない。記事を投稿するさいにカテゴリーをつけることができるが、これは自分の書いた記事を整理するものらしい。他の人の記事はヒットとしない。

グループカテゴリーなんてのもあるが、見たい項目が無い……。
ブログとは別に(?)「はてなキーワード」という機能があって、ここで検索すると、ブログ記事もヒットするのだが、手間がかかる。
読みたいブログがなかなか見つからないので、自分のブログにも、どうやって他の人がたどりつくのか首を傾げたくなる。実際に訪問者はほとんど来ていないようだ。

Yahoo!ブログの方は昆虫等の記事が多いので、検索してくる人もいるが、はてなブログの方はまだ創作系の記事ばかりなので、今後もしょぼい感じだろう。
とりあえず、読みやすい形で小品を集めた場を作っておけば、自分でも読み返しやすいし、「どんなの書くの?」と聞かれた時に「こんなの」と示すことができるので、都合が良い。
他にもどんなことができるのか思案中。


■エッセイ・雑記 ~メニュー~

http://blogs.yahoo.co.jp/ho4ta214/23012598.html

小説の一人称について

Yahoo!ブログ終了宣告を受けて、引っ越し先探しの一環としてためしに開設してみたはてなブログ。少しずつ試しているのだが、まだよくわず手探り状態……。

Yahoo!ブログで表示される画像の横幅は560ピクセルだったが、はてなブログは、これより広い。当初、編集画面から画像の表示最大横幅は630ピクセルと割り出し、このサイズで作った画像を投稿してみたところ、まだ幅に余裕がある!?
大きめの画像を投稿してリサイズされた表示画像を調べてみると横幅は690ピクセルだった。
縦書きの文章画像を投稿することはYahoo!ブログでもやってきたが、Yahoo!ブログでは一段で20行しか入らない設定で、はてなブログでは25行入る。スクロールの節約になるし、縦書き文章画像を載せるには良さそうだ。

Yahoo!ブログ版の『守護霊~霧に立つ影~』では8段(8枚)になった画像(カットも含む)が、はてなブログ版で試してみたところ、6段(6枚)に収まった。

前置きが長くなったが、そのはてなブログ版守『守護霊~霧に立つ影~』の後に記したショート・エッセイの部分を抜き出したもの↓。



小説の一人称について

『守護霊~霧に立つ影~』は、作中の「私」同様、僕がワープロ──その後パソコンの普及で絶滅した(?)日本語ワードプロセッサ専用機──を愛用していた時代に書いた(タイプした)作品。一人称で描いた作品だが、もちろん作中の「私」は僕のことではない。
小説では、しばしば一人称が使われる。一人称で作品を書くメリットは──まず、主人公が誰なのかが明確であること。映画やテレビドラマ等の映像作品では視覚的に役を識別しやすいが、小説では名前という記号だけで人物を識別しなくてはならないので、登場人物が増えると覚えにくかったり混乱をきたしやすい。これがときに読み手のフラストレーションになったりもするが、主人公を一人称にしておけば、他の登場人物と間違えること無いし、作中で覚えなくてはならない人物名を一人分節約できる。ちなみに僕の場合、登場人物を覚えやすくするために、名前の表記をカタカナ・ひらがな・漢字などで使い分けたり、字数を変えるなどして差別化をはかることも多い。
他に一人称のメリットとしては、読者が(あるいは書いている作者自身が?)主人公と一体化することで共感しやすくなる──というような効果もあるかもしれない。
また、一人称で書き始めると、作中の事件を特定の1人の視点で描かなくてはならなくなるため、この「制約」によって、描くべきエピソードをどのような場面で構成すれば手際よく描けるか、整理する必要に迫られる。その結果、読み手からするとわかりやすく、書き手は「事件やエピソードをわかりやすくまとめる構成力」が身につくというメリットも考えられる。
しかし一方、一人称ばかりを好んで書く人は「制約」によって、発想が「一人称で描けるもの」に偏向し、こぢんまりとまとめるクセがついて、これが物語の広がりを抑制する傾向があると危惧する向きもある。
創作修行を続ける者が、好んで描くスタイルに合わせた創作スタイルを確立していく(条件による最適化?)というのは大いにあり得ることだ。一人称もの(?)ばかり書いていると、「発想も一人称で描ける範囲のものになってくる」という危惧は、わからないでもない。
他の例でいうと……「短い作品ばかり描いていると発想や構成もそれにあったものに固まっていく」とか、「枚数や作品の生産量にノルマを課して描いている人は、枚数をかせぐ書き方や、短期間に作品を仕上げるための技法(クセ)が確立してくる」などといったことはありがちな気がする。書き手は、苦労しているのだから、それだけ修行している気になるのかもしれないが、単に「課せられた制約の中でも書ける技術」がつくだけで、面白い作品を書く修行にはなっていなかったり、かえって遠ざかっていると感じるケースも思い当たらないではない。執筆ノルマを優先することで「作品が雑になることに鈍感」になったり「低いハードルでも書ける」ようになっていく例は少なからずあるように思う。
話を一人称に戻して……僕は一人称をよく使うが、その是非は作品によって──その作品にふさわしいか否か──ということなのだろうと考えている。メリット・デメリットを理解した上で、描こうとする作品にふさわしい人称を選択すればよい。
『守護霊~霧に立つ影~』では、最後に死を目前にする主人公の衝撃をより効果的に演出するために一人称を選んだ。三人称で描くより「私」のモノローグで展開した方がしっくりくるという判断もある。
小説の中で使われる人称は、作品によってふさわしい形が選ばれているだけにすぎず、一人称で描かれているからといって、作中の人物が作者というわけではない。

●Yahoo!ブログ版『守護霊~霧に立つ影~』

https://blogs.yahoo.co.jp/ho4ta214/39399512.html

●はてなブログ版『守護霊~一人称について』
https://miraclehosshy.hatenablog.com/entry/2019/03/07/073448


■エッセイ・雑記 ~メニュー~
http://blogs.yahoo.co.jp/ho4ta214/23012598.html

フチグロトゲエダシャクを見た…

今日、鉄道柵にとまっていた蛾がいたので、のぞきこんでみてビックリ! フチグロトゲエダシャクのオスだった。フユシャクの中でも最後にでてくる昼行性の種類で、僕は狭山丘陵の東京側でこれまでに2度だけ見たことがある。

発生環境は河川敷らしいが、過去に見た2回はたしかに貯水池の近くだった。
今回見つけたオスは貯水池からは、ずいぶん離れている。近くで思い当たる水辺と言えば……一級河川があるが、直線距離で500mほどある。これまで確認したことはないし、発生しているという情報も知らないが、この一級河川周辺に未知の(?)発生ポイントがあるのだろうか?
500mほどなら、飛翔能力を有するオスだから飛んでこられない距離でもないのかもしれないが……(飛翔能力のない)メスがいるとは思えない、こんなところまで飛んでくるものだろうか?
これは証拠写真を撮っておきたいところだが……カメラが壊れたあと、まだ調達していないので、画像はナシ。

ちなみに今日は他に、ヒロバフユエダシャク(♂&♀)・シロトゲエダシャク(♀)・シロフフユエダシャク(♂&♀)も見ているが、画像はない……。



昆虫など〜メニュー〜

Yahoo!ブログ終了でリンクはどうなるのか?


Yahoo!ブログ終了宣言を受けて、どうしたものか思案は続いている……。

Yahoo!ブログが準備している移行ツールでは7月上旬予定となっている移行先候補の1つ、はてなブログ──ここで試しに開設してみたところ、画像をスペース0で(くっつけて)表示できないようなので、Yahoo!ブログで使っていた組み画像が現デフォルトでは分断されてしまうという不具合が確認できた(終了するYahoo!ブログからの引っ越し先を模索)。
これがYahoo!ブログが準備している移行ツールを使った場合に解決できるのか……というのが気になるところ。
ちなみに、ためしに開設してみたはてなブログだが、Yahoo!ブログが準備中の移行ツールを使って移行するさいには、新たな移行先ブログを開設しなくてはならないらしい。

さて、こうした問題(?)もさることながら、ブログを引っ越す際に最大の問題となるのは、これまで作成してきた記事のURLだろう。これが引っ越し先のブログで新しいものに変更されると、これまで記事内で多用してきた関連記事リンクが使えなくなってしまう。これを全て手作業で修復しようとすれば膨大な時間と労力を要すことになる……。仮にその重労働をこなすことができたとしても、自分の記事のURLが使われているのは自分の記事だけではない。引用など他で使われているURLもエラーになってしまうし、これまで検索訪問が多かった記事もリンクが切れて閲覧できなくなってしまう。

はてなブログのヘルプの《他のブログを移転する(ブログデータのインポート)》という頁の《移転元のブログのURLを引き継ぐ(はてなブログPro)》という項目には「移転元のブログで利用していた独自ドメインを引き続き利用し、記事の配信ディレクトリを同一に設定することで、移転元のブログのURLを引き継ぐことができます。」とあり、《記事を配信するディレクトリを変更する》には「他のサービスやソフトウェアからブログを移転する際に、記事を配信するディレクトリを変更できます。(中略)これにより、独自ドメインを利用したブログをはてなブログに移転する際に、元の記事URLを引き継ぎ、ソーシャルシェアやWeb検索、はてなブックマークなどのリンクを維持することができます」とあって、「独自ドメインの記事URLを引き継ぐ仕組み」が記されている。
このサービスが受けられる《はてなブログPro》というのは有料プランだが、現在Yahoo!ブログが準備している移行ツールでは(Yahoo!ブログの都合で移行を余儀なくされるわけだから)無料になるのだろうと考えていた。

つまり、Yahoo!ブログが準備している移行ツールを使えば引っ越し先でもURLが引き継がれると解釈していた。
Yahoo!ブログのYahoo!ブログサービス終了のお知らせの《URLが変わるのは困ります。どうにかなりませんか。》の項目では「移行ツールで移行した場合、それまでは転送設定されますが、それ以降についてはお客様ご自身で移行先の新しいURLをご活用いただけますようよろしくお願いいたします。」とある。
しかし、その後この頁に追加された《記事内に設置していたリンクはどうなりますか?【3/1追加】》には「Yahoo!ブログ以外のリンクについてはそのまま引き継がれますが、Yahoo!ブログ内のURL(https://blogs.yahoo.co.jp/以下のURL)に対するリンクは12月16日以降、存在しないページとなります。
それまではリンクが可能な状態となりますが、リンク先のブログが完了しており、かつそのブログが転送設定されている場合は記事毎へのリンクではなく、リンク先ブログのトップページへ転送されます。
大変申し訳ございませんが、ご理解いただけますようよろしくお願いいたします。」──と記されていた。

はたして、どこまでリンクが維持されるのか・されないのか……不安はつきない……。


引っ越し先模索/はてなブログに投稿してみた

終了が決まったYahoo!ブログに変わる《場》を模索中。他のブログがどうなのかは、やはり実際に試してみないとわからないことが多い……ということで、はてなブログを開設して1つ記事を投稿してみた↓。


Yahoo!ブログ以前にHatena::Diaryを試したことがあり、その時作ったはてなIDが残っていたので、とりあずはてなブログを開設して1つ記事を投稿してみた。Yahoo!ブログから引っ越すことになった場合の問題点などを挙げてみた。
まだわからないことが多く。自分が投稿した記事がどこにあるのか見失って、しばらく探してしまった……。