2019年02月の記事 (1/2)
- 2019/02/28 : Yahoo!ブログ突然の終了宣言 [エッセイ・雑記]
- 2019/02/26 : 病院跡の座敷童子 [創作&挿絵など]
- 2019/02/22 : とどけられたポケッチ(読み切り童話) [創作&挿絵など]
- 2019/02/20 : 暗示効果(ショートショート) [創作&挿絵など]
- 2019/02/19 : 神への陳情(ショートショート) [創作&挿絵など]
- 2019/02/15 : 不老の理由(ショートショート) [創作&挿絵など]
- 2019/02/14 : 守護霊~霧に立つ影~ [創作&挿絵など]
- 2019/02/13 : 地震の予知~作家の死~ [創作&挿絵など]
- 2019/02/11 : 赤いクモ~夢の前兆~ [創作&挿絵など]
- 2019/02/10 : 掌篇『いきいきリサイクル』 [創作&挿絵など]
突然ではあったが、「さもありなん」というところもあった。2017年にYahoo!ブログをリニューアルするなどというアナウンスがあり、その後延期を告げるメッセージとともに久しく放置されてきた。利用者に対するいいかげんな対応から「ここは、大丈夫なのだろうか?」と不安な思いは持ち続けていた。
さて、死に体となったYahoo!ブログで、今後どうしたものか……。
病院跡の座敷童子(読み切り児童小説)
子ども達が遊んでいると、いつの間にか1人増えている……なのにあとから加わったのがどの子なのか誰にもわからない!?──《謎のプラス1》座敷童子の正体とは!? 四百字詰め原稿用紙で20枚半ほどのファンタジー。















小説を投稿しているブログは珍しくはないようだ。ただ、途中から始まっていたり、途中で終わっていたりする記事だと、その前後を探すのがわずらわしい。閲覧者の立場からすると、開いた記事の中で完結した「読み切り作品」であることが好ましいように思う。そんな理由からサラッと読める掌篇やショートショートを掲載してきたが、本作はやや長め(原稿用紙換算で20枚半)……ブログで紹介するにはどうかと迷ったが、試しに載せてみることにした。例によって、文芸作品は「縦書き」の表記がしっくりくるので禁則処理をほどこした縦書きの画像にしてある。
素材文作成依頼書を要約すると注文は次のようなものだった。
《設定》
①字数は四千字~五千字程度。
②前半、後半という境目を多少意識して欲しい。
③主人公は小学生(3年生が望ましい)。
④<主人公>と<友人>もしくは、<家族(親または兄弟、姉妹など)>という構図。
⑤ちょっとした誤解による対立構造の表面化。(<対家族、または、対兄弟>)。
⑥葛藤型(ジレンマの中で苦悩する主人公の姿を描いた)であること。
⑦主人公の精神的な成長が見えること。
別紙の<文章テーマコード表>に従えば、<物語文>、<当事者型>(主人公の行動・心情を中心とするもの)、<友人(家族)>、<発展的解決型>(精神的な成長)、<周囲との行き違いによる孤立化(思い込みによる孤立化)>というイメージ。
《しかけ》
※全体を通じて、心情表現が多彩であること(比喩、間接的な心情表現など)。
※主人公の心情の変化が、ある程度つかみやすいこと。
※続き(後半)をどうしても読みたくなるような<しかけ>を前半に設ける。
《注意点》
※<いじめ>、<離婚問題>などの題材は避けてください。
※<死>に関することがらには、十分に注意してください。
※<性>的な表現の取り扱いには、十分に注意してください。
──というわけで、不思議が起こるわけでもなく、奇抜なオチがあるわけでもないが、日常を舞台に、ちょっとした出来事に揺れる主人公の心情を描くことに照準をしぼった作品となった。こんな作品も描いていたということで。
ちなみに《ポケッチ》のモデルは一時大流行した《たまごっち》──これのフェレット(イタチ科)版をイメージしたもの。『チョコといっしょのおるすばん』でもフェレットを登場させているが、当時はフェレットを飼っており、スキあらばその魅力をアピールしようとしていた。当時飼っていたフェレットと、その散歩が紹介されたペット雑誌↓。


ショートショートは簡潔な(短い)方がオチのキレが良い……という気もしないではないが……この作品に関しては、4枚版では、ちょっとあっさりしすぎているように感じ、《患者の女性にどうして『暗示効果』が必要なのか》──《ネガティブ思考を断ち切ることが重要》であることを印象づけるくだりを書き加えた。
ショートショートというと簡潔化を目指すがゆえに説明に終始した《あらすじもどき(?)》に陥りやすい気もするが、短い作品であっても小説的な味わいを持たせたい……という気持ちもあった。筋を説明するだけの《あらすじもどき(?)》は、いってみれば《地図》のようなもの。短くても《風景画》の味わいがあるのが小説だろうという気もする。その意図が充分発揮できたかは別にして……そうした思いがあっての加筆8枚版となった。
『暗示効果』4枚版が掲載された雑誌『小説現代』1996年11月号と、講談社文庫『ショートショートの広場10』(2000年1月)↓。

ショートショート『神への陳情』


400百字詰め原稿用紙(20字×20行)にして1枚半弱のショートショート──というか、コントのあらすじ? 小説的な肉付け(広がり)や《描写》と呼べるものはなく、《説明》だけの展開。小説を《風景画》に例えるなら、これは《地図》といったところ。内容も「地球にとって人類が元凶」的な着想はありがちなので、これだけでは物足りない……。イマイチ感は否めず、お蔵入りしていたものだが、サラッと読める長さ(短さ)なので投稿しておくことにした。似たようなテーマで、もうひとひねりした(?)SFメルヘン『地球のタネ』という作品も描いている。
「人魚の肉を食って不老長寿を得た」という八百比丘尼伝説は有名だ。しかし、実際には、人魚などいやしない。とすれば、この話はどうして生まれてきたのだろう? 《不老化》の真相とは……禁断の「食べ合わせ」による特殊な作用・効果だったのではあるまいか──というのが、この作品の着想となった。
『不老の理由』を書いた時期については記憶がサダカではないのだが……個人誌《チャンネルF》12号(1994年3月9日号)の自選作品集には収録してあって、ソリブジン報道があった頃にプチ加筆した記憶がある。

個人誌《チャンネルF》はワープロ専用機で打ち出した気ままなコピー冊子。《チャンネルF》の《F》は《Fantasy》《Fusion(現実と幻想の「融合」という意味で)》《FUSHIGI》の《F》。「心のチャンネルを《F》にチューニングする」──という意味で第1号の表紙には(ラジオの)チューナーを模した図案を描いている。ただ、《チャンネルF》の配布はきわめて限定的だったので……個人誌の延長に位置づけているYahoo!ブログで、『不老の理由』を(も)あらためて公開してみることにしたしだい。
この作品のヒントになったのは、あるとき小耳に挟んだ体験談だった。戦時中大きなダメージを受けた飛行機のパイロットが帰還中、絶体絶命という状態の中で、戦死した戦友の幻影を見たというのだ。なんとか生還をはたすことができたパイロットは「あれは、戦友の霊が自分を守ってくれたのだろう」と考えたそうな。このドラマチックな体験談を聞きながら、この話に全く別の解釈を持ち込むことができるのではないか──と考えたことが『守護霊』のヒントになった。ある現象が、見方(解釈)によって全く違った色合いに転じる──そんな意外性を意図して描いた小品だった。
パソコン以前──ワープロ専用機を愛用していた頃は、(それ以前は手書きで原稿を書いていたものが)活字でラクラク出力できるのが楽しく、簡易個人紙・簡易個人誌を気ままに作っていた。【Yahoo!ブログの可能性】でも記したが、現在の拙ブログもこの感覚に近いところで続けている。当時作っていた《チャンネルF☆通信》と《チャンネルF》の一部↓。

《チャンネルF☆通信》第8号↑に掲載した『団地さいごの日!?』と『消えた大はつめい』は既にYahoo!ブログに投稿している。『団地さいごの日!?』の方は童話だが、やはり地震の予知を扱っていたりする。『地震の予知~作家の死~』は《チャンネルF》12号に再収録していた。
当時、ワープロ専用機で簡単に個人紙や個人誌を作れるようになったものの……その読者は少数の限られた仲間だけだった。そこで改めてブログで公開してみることにしたしだい。
ショートショート『赤いクモ~夢の前兆~』
同人誌《MON48》第5号(1990年11月)の埋め草用に書いた原稿用紙(20字×20行)換算4枚強のショートショート。




虫見を始めるだいぶ以前の作品だが、当時から虫が出てくる作品はちょくちょく書いていた。この作品ではクモやコガネムシの種類については具体的に想定してはいなかった。媒体の《MON48》は朝日カルチャーセンター「大衆文芸の書き方(講師:光瀬 龍)」の受講生によって1985年3月に創刊された同人誌。筒井康隆原作の邦画『文学賞殺人事件 大いなる助走』(1989年)のエンドロールにも、チラッと映っていたりする。
『赤いクモ~夢の前兆~』を掲載した《MON48》第5号と、『文学賞殺人事件 大いなる助走』のエンドロールで映し出された《MON48》第3号↓。

《MON48》の誌名は「大衆文芸の書き方」の講座が毎週月曜日(MON)に新宿住友ビルの48階の教室で開かれていたことに由来する。表紙の図案は翼を広げたペンが新宿住友ビルから飛び立つところ。
掌篇童話『いきいきリサイクル』
しばらく前に書いた原稿用紙(20字×20行)換算で5枚余りの掌篇。読者対象は小学中~高学年くらいを想定。挿絵は今回投稿するにあたって新たに描いた。





まだテレビを離脱していなかった頃──、ニュース番組の中で、養鶏場でお払い箱となった雌鳥をひきとり、廃棄される飼料を利用して育てている人の活動が紹介されていたことがあって、これが本作の着想につながった。少年が「おじいちゃんのリサイクル会社」を取材する形で、本来なら廃棄されてしまうニワトリや食料品の再利用をテーマに話を展開。リサイクル養鶏を目的とした会社と思わせておいて、「実は(メインは)ヒトをリサイクルするための会社だった」というオチ。ちょっと当たり前すぎて(?)意外性としてのインパクトは弱かったかもしれない。