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2018年10月の記事 (1/2)

10月29日の油蝉

10月29日のアブラゼミ@東京



公園の歩道上でバタバタもがいているアブラゼミがいた。セミのシーズンが終わる頃にはよく見られる光景だが……もう10月も29日である。これまで僕が確認したアブラゼミの最も遅い終鳴日は2014年の10月27日だった(*)。それよりも遅いアブラゼミの確認となった。


拾い上げてみるとバタバタはばたいては落ちる。少し落ち着いたところで撮影。近くの木の幹にとまらせてみると、体を保持する力は残っているようだ。




最も遅いアブラゼミ成虫の確認をしてからほどなく、コンクリート擬木で2匹目のアブラゼミを発見。




飛ぶところは確認していないが、ちゃんと生きており、このあと擬木上を歩きだした。これが今のところ、もっとも遅く確認したアブラゼミの姿となった。
ちなみに僕の《セミの見納め日》で、これまでで最も遅かったのは、ツクツクボウシの10月29日(2012年)だった。


だから今回のアブラゼミは、このツクツクボウシ↑とタイ記録ということになる。
この日はアブラゼミ2匹を確認した後に、アブラゼミの鳴き声も確認することができた。サクラの高い枝で鳴いているようだったが、3匹目の姿は残念ながら確認することができなかった。
しかし、僕の最も遅い《セミの終鳴日》は、(今日の時点で)「アブラゼミの10月29日(2018年)」に更新された。

ついでに……すっかりお馴染みとなったキマダラカメムシ↓。



立冬すぎのアブラゼミ! ※終鳴日は11/10に更新

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アカエグリバ&ヒメエグリバの枯葉擬態

究極の枯葉擬態!?アカエグリバ

前記事でも紹介したが、このところ何度か目にしているヒメエグリバ──これによく似たやはり枯葉擬態の蛾にアカエグリバというのがいる。幼虫時代のエサは両種ともアオツヅラフジなので、ヒメエグリバがいる(アオツヅラフジがある)のだからアカエグリバも見つかっていいはず……と思って探していたところ、ようやく見つけることができた。


ツツジの葉の上に落ちた1枚の枯葉……に見えるアカエグリバ。ヒメエグリバ同様、頭を下にしてとまっていることが多いようだ。この姿勢だと大きな眼(がある頭部)が目立たない(天敵に悟られにくい)という利点があるのかもしれない。


こんな昆虫がいると知らなければ、枯葉にしか見えないだろう。実際の枯葉以上に枯葉チックなデザインはみごととしか言いようが無い。


枯れてよじれ、フチが欠けた葉を思わせるデザイン──しかもダミーの葉柄(ようへい)や葉脈までついている。多様な「枯葉」の特徴を1枚の葉(に似せた体)に集約し、みごとにまとめたデザイン。実際に存在する枯葉の中から1枚だけを選んで比べれば、アカエグリバの方が「枯葉らしさ」は高いだろう。やはり枯葉擬態のヒメエグリバは模様に個体差があるが、アカエグリバは比較的変異が少なく、どの個体も「究極の枯葉」という1つの完成モデルを目指してきた(?)感じがしないでもない。
こんなアカエグリバだが、背面から見ると厚みがあって左右対称なことから昆虫らしいとわかる。


このアカエグリバは撮りにくい位置にとまっていたので、指に乗せて移動を試みた。


飛ばずにうまく指にとまったので、そのまま撮影しやすい葉へと移動。
普通、頭を下にとまっていることが多いが、水平に近い形でとまった。その場合、頭を影側に向ける傾向があるような気もする。




よじれて凸凹の枯葉に見えるヒメエグリバ



アカエグリバの近くで、またまた見つけたヒメエグリバ。背面が大きく凹んでカールした枯葉に見えるが、くぼみは翅の模様による騙し絵。表面のデコボコ感も錯視で、背面から見ると滑らかに膨らんだ翅であることがわかる。


アカエグリバが「1枚の枯葉」に見えるのに対して、ヒメエグリバは周囲の枯れにまぎれて見える。前記事で投稿した画像を再掲載↓。


ヒメエグリバの騙し絵模様には変異があって、別の立体構造に見えたりする。


アカエグリバとヒメエグリバの比較





両種はフォルムや模様の入り方など、よく似ている。初めてこの蛾を知ったときは、アカエグリバとヒメエグリバの区別が難しかった。しかし実際に見比べてみるとアカエグリバの方が大きめで、背中(翅の会合部)の抉られ方もアカエグリバの方が顕著。頭部先端(下唇鬚)はアカエグリバの方が長く尖っていて、ヒメエグリバは短い──そのためヒメエグリバの方が(頭に対して)眼が大きく感じる。全体の印象でいえば、アカエグリバは「1枚の完成した枯葉」に見えるが、ヒメエグリバは「(周囲の)枯れの一部」に溶け込んで見える。
当初はそれぞれの姿だけを見比べて「枯葉への擬態」についてはアカエグリバの方が完成度高いと感じていたが、実際に野外で見ていると周囲への溶け込み方(隠蔽効果)はヒメエグリバの方が上ではないかと感じるようになった。
アカエグリバは知らなければ枯葉に見えるに違いないが、1度このアッパレな姿に感銘を受けた後は、枯葉の中から「最も美しい完璧な枯葉」のフォルムとして目にとまったりすることもあったりした。
一方、実際の枯葉が多様なように、見え方にも個体差があるヒメエグリバの方が隠蔽擬態としては高いという見方もできるかもしれない。デコボコに見える騙し絵模様の演出もなかなか凝っている。「枯葉への擬態」ではアカエグリバが、「隠蔽擬態(カムフラージュ)」としてはヒメエグリバが勝っている感じがしないでもない。
枯葉擬態を極めた達人(達蛾?)であることは間違いないアカエグリバとヒメエグリバだが、両種の擬態スタイルには理念(?)の違いみたいなものがあるようにも感じる。武道に例えるなら、アカエグリバは演武(型)──技の美しさ(完成度)を追究したスタイルであり、ヒメエグリバは実践(組み手)──多様な闘いの中で強さを極めたスタイル──そんな気がする。


多様な枯葉に化けるヒメエグリバ

枯葉擬態も個性的!?ヒメエグリバ



雑木林のふちで枯れ始めた葉にとまって枯葉と化したヒメエグリバをみつけた。同じ個体を別角度から──↓。


こんな蛾がいることを知らなければ、まず気づくことはないだろう。一見、枯葉にしか見えない。周囲の葉は枯れ始めて茶色く変色しかけているが、そんな景色の中にみごとに溶け込んでいる。


ヒメエグリバの左側面↑と右側面↓(実際は頭を下にとまっている)。


枯れてよじれた枯葉に見えるが、凹凸は翅の模様による錯視。背面から見ると左右対称にふくらんでいるのがわかる。


翅の模様が横から見るとニセの凹凸を生みだす。この模様は個体によって変異があって、違った形(の枯葉)に見える。昨年夏に撮った個体と今回のものを並べてみると──↓。


アウトラインの形は同じだが、凹凸の具合が違って見える。枯葉の形がさまざまなように、個体によってそれぞれ違う枯葉に見えるところにも感心する。
ヒメエグリバの周辺でみられる、よく似た感じの枯葉──↓。


葉上のホシホウジャク



ヒメエグリバを探していて見つけたホシホウジャク。ホバリングしながら吸蜜する姿はハチドリのようだが……こうして見ると、頭から背中にかけての縦筋模様がヤマネかジャンガリアンハムスター、もしくはフクロモモンガっぽい!?──と感じてしまうのは僕だけであろうか?




外来マルウンカ&10月下旬のセミ

外来種のマルウンカ:ヒロズクサビウンカ





9日ほど前、ワイヤーフェンスの支柱のてっぺんに、こんな虫↑がとまっているのを見つけた。初めて見る昆虫で、全体の印象は「粉を吹いたマルウンカ」──マルウンカの仲間を調べればすぐに正体が判るだろうと思って、とりあえず撮っておくことにした。


帰宅後調べてみると、どうやら外来種らしい。中国に広く分布するマルウンカ科クサビウンカ亜科の昆虫で、和名に「ヒロズクサビウンカ」が提唱されている種類のようだ。
もっと色々な角度から撮っておけばよかったと思い、その後気をつけていると、最初に見つけた場所から1kmほど離れた陸橋で欄干上部にとまっている同じ虫を発見。しかし、カメラを向けるとシャッターを切る前に跳ねて逃げられてしまった……残念。しかし、1km離れたところで見つかったのだから、けっこうあちこちに定着しているのかもしれない。
その後も探していたのだが、今日、最初に見つけた同じ場所──支柱のてっぺんで再びヒロズクサビウンカを見つけることができた。


あるいは9日前に見たのと同じ個体だろうか? 体表面の粉(鱗片)コーティングが剥がれてちょっとみすぼらしい感じになっていた。


今度こそ色々な角度から撮ろうと思っていたのだが……やはり撮影中に跳ねてフレームアウトしてしまった……。
次にいつ見られるかわからないので、とりあえず投稿しておくことに。

10月下旬になっても鳴いているアブラゼミ



ケヤキの幹にとまって鳴いていたアブラゼミ。セミと言えば夏のイメージがあるが、意外に遅くまで鳴いている。2014年には10月27日までアブラゼミの鳴き声を確認している(※追記:2018年は11月10日までアブラゼミの鳴き声を確認している)。



長生きほど人生は短い!?時間の逆転現象

長生きするほど人生は短くなる!?時間の逆転現象

歳をとるにつれて時間が経つのが早く感じられる……というのは多くの人が経験していることだろう。どうしてそのように感じるのかについては僕なりの考えを以前記している(*)。最近は、時間の加速感を超えて時間の逆転現象!?を感じるようになってきた。

「40日の夏休みがとてつもなく長く感じられた小学生のイメージする60年」と「1年がいつの間にか過ぎてしまう60歳の実感する60年」では主観時間はかなり違うだろう。「小学生にとっての60年」より「60歳にとっての60年」は短く感じられるはずだ。
よく「人生は短い」と言うが、これはあくまでも年配者の感覚で、年少者にはピンとこないのではなかろうか? 歳をとることで人生を短いと感じるようになるのだとすれば、これは「長生きするほど、人生(主観時間)は短くなる」すなわち《時間の逆転現象》と言えなくもない。
時間の加速感については20代の頃から感じていたが、最近は歳をとるほど、「振り返ってみれば人生は短い」感が増すのではないか……と思うようになったしだい。

例えば……10歳のときのことを35歳のときにふり返れば25年前のことである。「ずいぶん経ってしまったなぁ」と子ども時代が遠くになってしまったと感じる。これが60歳になって10歳をふり返ったときは、もう50年も前のことになり「35歳のときにふり返ったときの倍も時間的に遠ざかったことになる」──はずなのだが、じっさいはそれほどの実感が無い。というよりむしろ35歳でふり返ったときより60歳になって振り返った10歳の方が「ついこないだ感」があるような気さえする!? 客観的には遠ざかっているはずの過去が、主観的にはむしろ近づいているように感じる──これも記憶上の《時間の逆転現象》と言えるだろう。

現時点の自分と過去の(10歳の)自分──物理的な時間差は刻々と広がっているわけだが、その時間差を実感するのは、その間に蓄積した記憶層の厚みだろう。時間の経過とともに記憶層には新たな出来事が書き加えられ厚みを増していくわけだが、一方、忘却の侵食によって減っていく部分もある。若いうちは記憶力も確かだし、忘却の侵食を受ける記憶層の厚み自体が少ないので記憶層の厚みは喪失部分より新たに書き加えられるボリュームの方が大きい──総量としての記憶層は厚くなる。しかし歳をとると記憶力が弱まり忘却力(?)が強まるので新たな書き込み量は減少し、長年貯えられてきた膨大な記憶層の中から呼び出せなくなる忘却量の方が勝ってくる。このため、現時点の自分と過去の自分を隔てる記憶層の厚みは減少し、昔のことが以前よりも接近して感じられるようになるのではないか。

若い頃はいつどこでどんな経緯で何があったのか──個々のイベントを時系列で「地続き」に思い返すことができたが、今や過去のイベントの記憶は断片的で、「飛び地」のように分断していがちだ。若い頃の記憶は引き潮のとき海面にあらわれた岩礁のようなもの──ボリュームがたっぷりあって地続きになっていた。これが歳をとってくると忘却の潮が満ちてきて記憶の岩礁は忘却の海面下に没して行く。海面上に残された岩礁はボリュームを失い、飛び地状態の記憶が増えていくことになる……。
飛び地状態になった記憶は「あれは、いつの事だったか……どういう経緯でそうなったのか」記憶が地続きでないので前後の繋がりがハッキリしない。「あれは本当にあったことだったのだろうか? あるいは夢や想像の中の出来事だったのではないか?」などと記憶されたイベント自体が怪しくなっているところもある。

歳をとったことで、知識の総量は増え理解力は深まったように思うが、記憶の総量としては目減りしている……最近とみに忘却の侵食が進んでいる気がしないでもない。若い頃に感じていたより「人生は短い」と実感するようになったのは、そのあたりに起因するものではないか……そんなことを考える今日この頃である。このまま忘却の海面が上昇し続け、記憶の岩礁全て忘却の海に沈むときがきたら……それが「死」なのかもしれない!?


*時間の加速感

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*時はどんどん加速する
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ひそかな秋の風物詩!?ケバエ…

ひそかな秋の風物詩!?ケバエ幼虫集団

秋も深まる頃、人知れず現われるのがケバエの幼虫集団である。これは死骸に湧いたウジのごとく密集してひしめき合うイモムシで、パッと見、ウジを大きくして毛を生やしたような姿をしている。この毛が毛虫のように直毛でそろっていれば、それなりにキレイなのだろうが、ケバエ幼虫の体表面に生えた毛はまばらで、植物の根のように縮れている。1匹でも充分気色悪いのだが、これが数十匹から3桁、ときに4桁に届くのではないかと思われる超過密集団をつくり、押し合いへし合いして群全体がのたうつのだから、その光景は、この世のものとは思えない!?
僕が初めてケバエ幼虫集団の存在を知ったのは、まだ虫見を始める前──当時飼っていたフェレットの散歩中であった。この衝撃的な出会いについては当時不定期連載していたフェレット漫画にも描いている(*)。


ちなみにこの回↑には糞虫のセンチコガネも登場するし、別の回ではアカスジキンカメムシやアオオサムシを描いたこともあった。アニメ『ちびまる子ちゃん』ではアカスジキンカメムシをネタにした回があったが、少女漫画系の雑誌にケバエ幼虫を登場させた人はちょっといないのではあるまいか? 僕はフェレットの散歩で遭遇する昆虫たちへの関心から虫見をするようになったのだが、その最初のきっかけがケバエ幼虫集団だった
初めて見た時の衝撃が強烈すぎて神経が鋭敏化したためか(?)、その後はそれまで気づかなかったのがウソのように、そこかしこにその群が目にとまるようになった。毎年、時期になると「そろそろ出る頃だな……」と気になり始め、見ないと何だか落ち着かない。初めて目にした時の衝撃が急性中毒だったとすれば、恐いもの見たさで(?)見ないと落ち着かないというのは慢性中毒症状であろうか? いつしか僕の中では「紅葉・黄葉」を差し置いて、ケバエ幼虫集団が秋の風物詩となってしまったようだ……。
昨年10月には超大型台風21号の影響でケバエ幼虫の出現ポイントが水没したのだが、そのときはケバエ幼虫達が溺死してしまうのではないかと安否を気遣ってしまった。その予想が当ったのか、昨シーズンはケバエ幼虫集団を目にすることは無く、なんとなく物足りない気さえしていた……。
そんなわけで、今シーズンはどうかと思っていたのだが、昨年水没していたあたりでケバエ幼虫を小集団ながら無事に(?)確認できたのであった。






落葉の積もった地面に不自然にかき寄せたような盛り上がりがあったら、ケバエ幼虫集団の可能性がある。凹んで土が見えているような位置から盛り上がった位置まで群が移動したことでこんな痕跡ができる。
苔むした舗装路面の上に現われたケバエ幼虫の小集団↓。


知らない人には土にでも見えるのか、これが幼虫の塊とは全く気がつかずに近くを通ったり踏みつけたりしていくことが多い。
ケバエ幼虫集団はふつう緩慢だが、何かの刺激で群れの一部が身をよじるとそれが周辺に伝染し群れ全体が激しくのたうって、おぞましい様相を展開する。僕が初めてこの存在を知ることとなったのも、フェレットが地面をひっかいてケバエ幼虫を刺激したことで群全体が激しくうねり出したからだった。踏みつけたことが刺激となって群がもだえのたうつこともありがちな気がするが、秋の景色を眺めながら歩く人たちは、自分の足元で展開される「気がつけば阿鼻叫喚必至の光景」を知らず、パニックと紙一重のところで、のどかな散策を続けるのである。
このケバエ幼虫の塊──通常見えているのは幼虫の尻側だ。頭を地面に突っ込み「頭隠して尻隠さず」状態でいる。この腹端近くには目玉のような紋(何かの器官?)が1対あって、このため、尻がドジョウ顔に見えたりする。


地面から突き出てうごめく密集ドジョウ顔は、メドゥーサの蛇頭を連想させる。この眼状紋(?)には敵を威嚇したり忌避する効果でもあるのだろうか? それとも何か別の役割りを持つ器官なのだろうか?
ちなみに、本当の(?)頭部は、こんな過感じ↓。


初めて見た時は、超過密ぶりに、その下には死骸でもあってこれに群がっているのではないかと想像が先走ってしまったが、ケバエ幼虫が食べているのは腐敗植物らしい。そうなら周囲には堆積した落葉がいくらでもあるのだから、一カ所にかたまって食事をする必要はなさそうな気もする。にも関わらず塊になっているのには、きっと理由があるのだろう。
集団になっていればそれだけ天敵に見つかりやすくなる。もしケバエ幼虫が「良いエサ」であれば、天敵にとっては一網打尽のおいしいターゲットになってしまうはずだ。逆に「不味くて食えない」あるいは毒でも持っていれば捕食者は敬遠するようになるから、群れていた方が忌避効果は高まるだろう。実際に群れているということは、ケバエ幼虫を食う動物や鳥は少ないのではないか……と僕は想像している。
あるいは……ケバエ幼虫の食素材は新たにかじるより、かじり痕があった方が食いやすくなる……誰かがかじったあとの方が食いやすくなる──というようなことでもあれば、皆で同じ部分を食おうとして密集することもあるかもしれない。また、消化酵素のようなものを吐き出しながら分解した部分を食うというような食事の仕方をしていたとすれば、群れて消化酵素の濃度を高めた同一個所に集中する方が効率的──なんて可能性もあるかもしれない?
どうして集団を作るのか、本当のところは僕には判らないが、このルックスの幼虫が超過密な塊になっている光景はなかなか強烈である。
そんなケバエだが、成虫は貧弱なアブにも見えるハエ類で、春になるといっせいに現われ頼りない飛び方で乱舞しているのを目にする。ときに「ハチがたくさん飛んでいる!」と誤認パニックを起こされたり、洗濯物にとまったり室内に侵入して嫌われがちだが、その不快害虫としてのインパクトは幼虫集団に比べれば屁のつっぱり程度だろう。気づく人は少ないが、今が旬の《ひそかな秋の風物詩》──見応えは大きい……。


ホシヒメホウジャクと寄生蠅!?

ハチドリちっくなホウジャク(蜂雀)の仲間



花壇などで花から花へとせわしなく移動し、ホバリングしながら蜜を吸うホウジャク(蜂雀)類をよく目にする。スズメガ科の蛾なのだが、子どもの頃はこれが蛾の仲間だとは思ってもみなかった。高速で羽ばたきながら空中に停止して蜜を吸う姿はテレビで見たハチドリのようだ──ということで、僕の中では「ハチドリ虫」だった。


ホウジャク(蜂雀)類の英名は「humming‐bird moth(ハチドリ蛾)」だそうで、この呼び名にはうなずける。たまに(日本国内で?)ハチドリを目撃した──というブログを目にすることがあるが、おそらくホウジャク類を誤認したものだろう。今回とりあえず撮ってみたのは、ホシホウジャク。オオスカシバよりも一回り小さい。よく見かけるのだが、飛行中は、せわしなく花から花へ移動するので、なかなか接写できない……。

ホシヒメホウジャクと寄生蠅



ホシホウジャクをさらに一回り小さくしたようなホシヒメホウジャクが植込みの葉かげにかくれていた。飛んでいるとハチドリのようだが、とまっていると枯葉のように見える。こういう状態だと接写しやすい。
このホシヒメホウジャクは見つけた時は翅を立ててとまっていた(羽化直後の蛾はよくこんな形をとるのでこの個体も羽化したところだったのかもしれない)。撮り始めるとハエが1匹飛来してホシヒメホウジャクの背中にとまった。


ハエはホシヒメホウジャクを虫とは思わず枯葉のつもりで舞い降りたのだろうか。撮影のジャマだなと思っているうちにハエは飛び去り、撮影続行。と、ほどなくあのハエが舞い戻ってきた。これは枯葉と間違えてとまったのではなく、蛾を狙って飛来した寄生蠅ではなかろうかと気がついた。


ハエはその後も消えたり現われたりを繰り返した。


その間、ホシヒメホウジャクは翅を開いていった。そこで背面ショットを撮影。


──と、そこへまたまたハエが現われた。


ホシヒメホウジャクとのツーショットを撮った後、ハエは飛び去ったので改めて背面ショットを撮影。


ハエはそのまま戻って来なかったので、ホシヒメホウジャクにまとわりついた目的を確認することはできなかった……と、その時は思ったのだが。帰宅後、撮影した画像をパソコンで確認していたところ、ハエが現れてから去る間に、ホシヒメホウジャクの背中に卵らしきものが出現していることに気がついた。


ヤドリバエの産卵 before & after!?


寄生蠅というとイモムシがターゲットにされることが多い印象があったが、蛾の成虫に産卵するものもいる──ということで記録しておくことにした。

枯葉チックなヒメエグリバ

蛾つながりで……前回、記事にしたばかりのヒメエグリバだが、その後また見つけたので、撮ってみた。以下、同一個体。
















枯葉擬態ヒメエグリバ~昆虫空目

飛ぶ枯葉!?ヒメエグリバ



ツツジの植込みで枯葉っぷりを発揮していたヒメエグリバ(蛾)を見つけた。カメラを向けると飛び立って近くの葉の上に降りた。


近づくとまた飛び立って別の葉にとまる。


知らなければ、どう見ても枯葉。水分を失った葉がしおれて変色した「ひからび感」がよくでている。枯葉に擬態することで鳥などの捕食者の眼をあざむき生存競争を生き抜いて来たのだろう。頭を下にしてとまる傾向があるようだが、これも大きな眼が目立たない姿勢なのだろう。頭を下にとまっているヒメエグリバを眼の見える角度から撮影↓(画面左が頭部で実際は下側)。


緑の葉の上にとまっていたから見つけられたものの、背景に枯葉が多ければ気づけなかったろう。緑の葉の上にいても枯葉に見えることで普通はスルーされがちなはず(9月に近くで幼虫を見ていたのでヒメエグリバやアカエグリバを念頭に探していた)。
背中の真上から見ると厚みがあって左右対称なことから昆虫だとわかる↓。


背面ショット↑は画面右側が頭。けっこう眼がでかい。


模様には個体差があって、昨年見たヒメエグリバは立体構造に見える騙し絵仕様だった↓。


※【ヒメエグリバのトリックアート】より再掲載↑。この成虫は翅の一部が凹んで影を作っているように見える。
ヒメエグリバの幼虫は、こんな姿↓。食草のアオツヅラフジについていた。


ヒメエグリバ成虫がいたツツジの植込みに戻って──、


これは植込みで普通に見られる枯葉↑。ヒメエグリバもこんな風に見えて、天敵の目を逃れているのだろう。
ついでに、この植込みで見られたツツジコブハムシ↓。


葉の上にはよくイモムシの糞が落ちいてるが、これにそっくり。その名もムシクソハムシというよく似たハムシもいる。

いもしない虫が見えてしまう!?昆虫空目

《擬態》はおもしろいので、擬態昆虫を見つけるとテンションが上がる。隠蔽擬態(カムフラージュ)は見つけるのが難しいので、昆虫サーチの感度を上げて虫探しをすることになる。すると、景色の一部が虫に見えてしまうなんてこと(昆虫空目)が起こる……ということで、ヒメエグリバ・アカエグリバを探していたとき反応してしまったのが──↓。


この枯葉↑を目にしたとき、アカエグリバだと思ってしまった……。そのアカエグリバは、こんな蛾↓。




※【擬態と空目・聞き做しと空耳】より再掲載↑。
アカエグリバはヒメエグリバとよく似ている。幼虫時代の食草もアオツヅラフジと同じだが、幼虫の姿はずいぶん違う。ナミアゲハとキアゲハも成虫はよく似ているのに幼虫は一見して違う……見た目が全然違う幼虫が成虫になるとよく似た姿になるというのも不思議な感じがしておもしろい。
続いての空目昆虫は……クモの糸にぶら下がった触角の長いカミキリムシ!?


……に見えてしまった。脳内にヒットしたのは、こんなイメージ↓。


空目カミキリがいれば、空目カマキリも!?↓。




こんなカマキリは日本にはいないとわかっていながら、目に入った瞬間は、それっぽく感じてしまったのであった……。
擬態昆虫を見つけようとして、昆虫空目にはまる……虫見では、ありがちなことではなかろうか?


充実していた『カメムシ博士入門』

おもしろく充実していた『カメムシ博士入門』



『カメムシ博士入門』(安永智秀・前原諭・石川忠・高井幹夫/全国農村教育協会)という本が9月に出版されていたのを知った。内容は↓のサイトで確認できる。


面白そうだったので、書店(蔵書検索で在庫を確認)へ行って、実際に実物を見て購入するか否かを決めることにした。
書棚で見つけた時の第一印象は「でかい……(B5判)」。ウチは狭いので置き場的には場所をとるやっかいなサイズ……と感じながら手にとって開いてみると、画像満載(オールカラー/※捜査型電子顕微鏡写真はモノトーン)。小さなカメムシの体を大きなサイズで見ることができるので、好ましい印象に変わった。ページをめくっていくと、どのページも面白い。解説内容も興味深いし「目をひく画像」が視覚的にも楽しめる。ということで、迷うことなく購入を決定。

見慣れた種類からまだ出会ったことがない種類まで、いずれも楽しく見る(読む)ことができた。知らなかったことに感心し、知っていたことは判りやすい画像で改めて確認・納得することができた。
生態写真には、野外で虫を見つけた時のようなワクワク感がある。
標本づくりや同定を目的に虫見をしているわけではない僕のような素人には、専門的な図鑑より、こうした入門書があっているようだ。種を特定するための図鑑とはまた違った……カメムシ本来のおもしろさ・魅力を伝えている本だと感じた。
カメムシ本では、以前、『いたずらカメムシはゆかいな友だち』なんてのを読んで、「実際に虫を見ていない人が、にわか知識で書いた」感にフラストレーションがたまったこともあったが、やはり現場でカメムシを見てきた人たちが作った本には訴えるものがある。
久々の「買って良かったと思える本」だった。

ということで内容については充分満足している。ただ……欲を言えば、ということで……。

載っていたらいいな…と期待していたコト

じつは、購入前に「載っていたらいいな」と密かに期待していたことがいくつかあって、それについてはかなわなかった。

カメムシが脱皮や羽化の後で行う《抜け殻落とし》──僕はいくつかの種類で確認して、おもしろい行動だと興味を持っている。おそらく、寄生蜂や寄生蠅、アリなどを呼び寄せる手がかりとなる抜け殻を自分たちの生活圏の外へ隠滅する意味があるのではないかと考えているのだが、こうした行動について専門家がどう理解しているのか気になっていた。「やっぱり専門家もそう考えているのか」というお墨付き(?)を密かに期待していたのだが……「脱皮と羽化」という項目はあったものの《抜け殻(羽化殻・脱皮殻)落とし》↓についての言及は無かった。


※【羽化殻落とし@アカスジキンカメムシ】より↑。これもアカスジキンカメムシ↓。


※【《抜け殻落とし》の瞬間!?】より、アカスジキンカメムシの羽化殻落とし↑と抜け殻落とし↓。





羽化後、まだ翅が茶色になっていない【チャバネアオカメムシの羽化殻落とし】↑。
エサキモンキツノカメムシの羽化殻落とし↓。


※【ハート亀虫羽化 見守るキリスト!?】より↑。

また、個人的に興味があるユニークなハリサシガメについても、人気アップをはかって(?)その魅力がアピールされていることを期待していたのだが……ハリサシガメについては「保護色と擬態」というページに《捕食したアリを背負うハリサシガメ4齢幼虫》というキャプションで、ちょっと判りにくい画像が1枚掲載されていただけ。もう少しスペースを割いて欲しかったという気がしないでもない(個人的希望)……ということで、過去のブログ記事から、僕が撮ったハリサシガメ幼虫の姿を↓。


土粒をまとい、捕食したアリの死骸を背負ったハリサシガメ幼虫。画面右が頭部(触角の付け根に複眼がのぞいている)↑。画面左が頭部↓。


アリの頸に口吻を刺して体液を吸うハリサシガメ幼虫↓(画面右が頭部)。


※【パリコレならぬハリコレ~ハリサシガメ幼虫:擬装の意味】より↑。

ハリサシガメについては(最近気づいたがアカシマサシガメも)、前脚と中脚の脛節には、僕が《脛当》てとか《レガース》と勝手に呼んでいる器官があって、これについても正式な(?)名称や解説を期待していたのだが、触れられていなかった。




※【ハリサシガメのレガース】より↑。


※【台風一過のプチ地蔵】より↑。
『カメムシ博士入門』の「カメムシの脚②」という項目では、グルーミング・コーム(脛節櫛)という器官が紹介されていた。カメムシが口吻を前脚の脛節先端ででしごくようにつくろっている姿はよく見るが、このとき掃除に使われるブラシのようなものらしい。これを読んで僕がレガースと呼んでいるものは、グルーミング・コームが発達したものではないかと考えるようになった。

他にも、ヤニサシガメのベタベタは分泌物なのか松ヤニなのか?──についてなど、カメムシについて知りたいことは色々あったわけだが、そうした個人的個別の疑問に答えを求めるのは虫の良い期待だろう。
『カメムシ博士入門』が充実した面白い本であったことに間違いはない。

巨木倒れる@都立狭山公園






巨木倒れる@都立狭山公園
9月30日~10月1日にかけて日本列島を縦断した台風24号。僕の周辺でもあちこちで倒木があったことは前記事(*)でも記したが、都立狭山公園でもかなり立派な樹が倒されていた。
氷川神社わきにあった大きな樹──モミだろうか?(ヒマラヤスギ?)──これが2本並んでこのありさま……。
周囲には桜の老木や樹洞のあいた木などもあって、それらが倒れている可能性は想像していたのだが……実際に倒れていたのは、強度的にははるかに強そうな2本の巨木だけだった。
最も頑丈そうな2本がそろって倒れている光景を見たときは驚いたが、幹が折れたわけではなく、根が地面から引き剥がされている。幹は頑丈なため折れなかったが、風の強さに根がふんばりきれなかったのだろう。周囲の木より頑丈ではあったが、大きいぶん風を受ける面積が広く、他の木より大きな力を受けることになってしまったようだ。
台風24号の威力をあらためて感じた光景だった。

*台風一過のプチ地蔵

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■エッセイ・雑記 ~メニュー~
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