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2018年06月の記事 (1/2)

蜂そっくり!?ハチモドキハナアブ

シークレットかつらで蜂擬態!?ハチモドキハナアブ



葉の上でグルーミングをしているハチがいた(左前脚の手入れ中)。ミカドトックリバチ──トックリ型の巣を作ることで知られている。名前(種類)を知らない人が見ても、これは立派なハチだとわかる。《黒いボディに黄色の帯が入ったデザイン》のハチはよく見かける。ということで、過去の画像からムツバセイボウのターゲットとなったヤマトフタスジスズバチ↓。


そして、イモムシを狩るドロバチの仲間↓。


これらのハチは昆虫に詳しくない人にもハチと認識され、(必要以上に?)怖れられがちなのではあるまいか。
さて、冒頭のミカドトックリバチを撮ったすぐあと、近くの草の茎にとまっていたこんな昆虫を見つけた↓。






ハチモドキハナアブ──これはハチの仲間ではなく、ハナアブの仲間。プロポーションからすると(一般的な)「アブ」のイメージはない。知らない人にはハチに見えるのではあるまいか。これは昆虫食の捕食者などでも同じだろう。ハチモドキハナアブを危険なハチと誤認して敬遠する天敵がいれば、ハチモドキハナアブの生存率は高まる。ハチに似ていることで得をしている──生存戦略の1つなのだろう。少し前にやはり蜂に擬態と思われるハエ・ムネグロメバエを記事にしたが、黒と黄の警告色のデザインなどハチモドキハナアブの方が擬態の完成度は高そうだ。
一見そっくりだが、ハチとの違いは、翅の数──ハチは4枚あるが、ハチモドキハナアブは2枚──アブやハエの後翅は平均棍という器官に変化している。ハチモドキハナアブやムネグロメバエには、この平均棍があるのでハチでないことがわかる。






ハチとアブの違いといえば──一般的にはハチに比べてアブの触角は短い。ハチモドキハナアブのボデイラインや黒&黄の警告模様がハチに似ていることには感心するが、触角もハチのように長く見せようとする工夫(?)がほどこされている点がおもしろい。触角の付け根を上げ底式にせり出させているのでハチモドキハナアブの触角は「Y」字型に見える。


短い触角を長く見せるために触角の基部を伸ばしている……これは《背を高く見せるために靴底を上げ底にしたシークレット・シューズ》と同じ!? ハチモドキハナアブの場合は、足元の上げ底ではなく頭部なので《シークレット・シューズならぬシークレットかつら(的触角)》!? 昔、シークレット・ブーツに対抗した「被るだけで身長が○センチ伸びるシークレットかつら」みたいなギャグがあったが、昆虫の世界ではすでに採用されていたのであった。




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美麗蛾ウンモンスズメ他

カッコ良くて美しいウンモンスズメ



葉にとまったウンモンスズメをみつけた。シャープなフォルムに洗練されたカラーリング──ホレボレする美しさだ。蛾の本体だけを見ると鮮やかなデザイン&配色に見えるが、こうして緑の葉にとまっていると、緑の模様が葉と同化してボディーラインがごまかされて意外に目立たない。




翅の下にかくれて見えないはずの葉の縁が見えている!?↓──翅より葉が手前にあるかのように錯覚してしまう。


緑色の模様のグラデーションが影の陰影のように見えることで、平らな翅が立体的に分断しているように見える。
キレイなので色々な角度から撮ってみた。






緑色がきれいなウンモンスズメだが、茶色っぽいものもいる。昨年と一昨年、やはり6月に撮っていた茶色っぽいウンモンスズメ↓。




そして今回のグリーン・タイプ↓。


風変わりなモモブトスカシバ他



この6月上旬に初遭遇した珍蛾・モモブトスカシバが、またいた。これが通算4匹目。初めて見た時は「けったいな蛾だなぁ……」と感じたが、何度も見ているうちに、なんだかなじみ感・親しみがわいてきた。


これ↓は、雨上がりに葉の上にとまっていた昆虫。


最初は胸の赤いハチかと思ったが……なんだか違う!?


赤い胸に見えたのは上翅(翅鞘)のようだ。カミキリの仲間に上翅が短いものがいるが……カミキリには見えない。まるでハネカクシのようだな……と思っていると──、


後翅を収納すると──アカバハネカクシだった。
葉の上の甲虫つながりで──アカガネサルハムシ↓。




甲虫つながりで──ウバタマムシ↓。




新種のセイボウ:景品命名について

新種の命名を景品に客寄せ!?

少し前にマダガスカルで新種のセイボウ(蜂)が見つかったという報道があった。この新種の学名には、国立科学博物館で行われる特別展「昆虫」に来場した者の名前がつけられるという。
国立科学博物館 特別展「昆虫」公式ページによると──、

この昆虫は今後、論文での発表を経て新種として正式に認定されますが、新種昆虫の名前は、論文を書く人が決めることができます。そこで特別展「昆虫」では、この新種に来場者の方のお名前をつけたいと思っています。つまり、あなたのお名前が、この新種の名前(学名)になるのです!論文発表後、新種と認定されれば、そのお名前はこの昆虫の名前として“永遠”に残ることになります。つけるお名前は、原則として当選者ご本人のお名前、もしくは、ご自身の大切な人のお名前をつけて、感謝の気持ちを込めてその方にプレゼントしてもOKです。

新種の昆虫の名前が、こんなふうに決められて良いものか?──と違和感を覚えた。
僕は昆虫学にも分類学も知らない素人だが、新種の発見というのは大変なことだろうという想像はつく。昆虫の研究者は多いだろうが、その中で新種に名前をつけることができた人はわずかだろう。昆虫に取り組む努力・情熱を持ち続けた人の中で幸運に恵まれた人がそのチャンスをつかむことができるのだろう。「新種発見」は命名を含めて発見者・研究者の功績──僕はそんなふうに考えていた。
新種の命名にはその発見者なり研究者の見識・センスが反映される。後世の人が、その昆虫&名前にふれたとき、命名の由来についても興味を持つに違いない。それが発見者や昆虫学に尽力した人の名前であったり、容姿・生態や発見地域を現すものであれば、「なるほど」と納得できるだろう。しかし、学名の由来が、たまたまイベントに来場した、その虫とは何のゆかりも無い人の名前であったと知ったら、どう思うだろう?
「なにそれ?」「宝石のようなとてもキレイな昆虫なのに……もっとふさわしい名前をつけてやることができなかったのか?」というのが自然の感想ではなかろうか。

新種発見&来場者の名前をつける──というのはイベントを盛り上げるためにあらじめ企画されていたものらしい。イベントを成功させようという気概はわかる気もするが、最初から景品命名まで企画していたとすると「宣伝・集客を狙ったあざとい発想」という印象がなくもない。

先の国立科学博物館 特別展「昆虫」公式ページでは昆活マイスター:香川照之氏が次のような文章を寄せている──、

自分の名前を昆虫の名前として永遠に残せるなんて、ロマンがありますよね!昆活マイスターとして、そのロマンをこのキャンペーンで皆さんにお伝えしたいと思います。

該当昆虫とまったく関係ない人が──その虫のことを何も知らない人の名前がつけられることに「ロマン」などあるのだろうか? 「あざとい企画でつけられた何の合理性も無い名前」という汚点を永遠に残すことになりはしないだろうか?
素人の僕にも違和感があったが、やはりこの企画には批判もあったらしい。
今回の件を検索していたところ、このイベントを監修したという方の考えが記されているサイトがあった。
学名の命名権とイベント企画-断虫亭日乗】によると──、

初めてのことは必ず批判を受ける。予想はしていたが、この企画にも反対の声があるようだ。当初はわれわれもそのような批判を恐れて、この企画への参加に逡巡したが、幸い、私の周囲の研究者は好意的な意見ばかりで、欧米での実例を知った上で、分類学の生き残る選択肢として必要という声も少なくなかった。実際のところ、反対の声の多くは「命名を景品みたいに使うべきではない」といった感情的なもので、そこに合理的な理由はまったく見当たらない。

「命名を景品みたいに使うべきではない」というのは感情的なものが含まれるかもしれないが、そのような感情を生むにたる合理性はあるのではないか? この監修者は《反対の声の多くは「命名を景品みたいに使うべきではない」といった感情的なもので、そこに合理的な理由はまったく見当たらない》と記しているが、「命名を景品みたいに使う」ことに合理性があると考えているのだろうか? 「分類学上のあるべき命名(本質性)」と「景品」は違うだろう──という批判はきわめて自然で合理的に思われる。逆に、発見された新種と何の関わりもない人の名前を学術名につけることに、どんな合理性があるというのだろう? この監修者の「合理性」の考え方がよくわからない。
余談だが、この監修者は『昆虫はすごい』の著者なのだろうか? この本を読んだとき、合理的な解釈がなされていないことにフラストレーションを感じていたが……物事のとらえ方・合理的納得などが、僕とは違う人なのかもしれないと改めて感じた。
この監修者も次のように述べている。

生きものが好きな人にとってみれば、学名に自分の名前が残るなんて、一生の思い出に残る夢のある企画だと思う。

自分が研究に携わったり発見した昆虫に自分の名前がつけられれば「一生の思い出に残る」だろう。しかし、その虫について何も知らなかった人が自分の名前が採用されたところで、はたしてそこに感動はあるのだろうか?
また昆虫に興味を持ちはじめた人が、この虫を知ったとき、こんないいかげんな名前のつけ方がされたことをどう感じるだろう?

命名権の活用の正当性(?)について、この監修者は次のように記している。

実はこういった学名の「命名権」のやりとりについては、一見斬新に思えるかもしれないが、欧米では珍しくなくなっている。それが有償であれば、その資金をもとに、研究を行ったり、生息域の保全を進めたりしていることも多い。しかし、おそらくだが、日本ではこれまでにそのような事例はなかった。

「命名権」で得た資金を研究や生息域の保全活動に使うのは「有意義」なことだから「有り」──ということなのだろう。そのような考え方を真っ向から否定するつもりは無い。
しかし「研究」や「保全活動」に必要なの資金は、その目的や重要性を周知し理解を得ることで受けるというのが本筋だと思う。地味で手間がかかる本筋よりも、手っ取り早く「有意義」な成果を得られる手段を安易に選択することを是とする考え方には抵抗がないでもない。

例えば、どこかで大きな災害が起きたとする。死者も多数でるような大惨事。復興のためにはお金がかかる。そんな状況で、「死亡者数予想の賭け」をして売上金を義援金に充てる──といったことが企画されたら、どうだろう。実際に義援金が集まるのなら、それも「有り」と考えるのか?
これは極端な例で、「命名権」とは全く別のハナシだが、「必要な資金を集めるのは、本筋の理解の上で」が基本であり、「有意義」な成果があれば何をしても良いというわけではない──と僕は考えている。
面倒な本筋の努力より、手っ取り早い横道を選ぶようなやり方にはあまり好感が持てない。

今回の景品命名では、手っ取り早い安易な話題づくり──集客に走って、本質を軽んじているのではないか……という印象を受けた。プロともなると結局、そこなのかなぁ……と。テレビは「良い番組作り」より「視聴率のとれる番組作り」に走ったことで質を落としたと僕は考えているが、それに似たような感じがしないでもない。
きっと色々な意見はあるのだろうが、ここで議論するつもりはない。「僕は、こう感じた」という話。


モモブトスカシバの透かし翅

モモブトスカシバはセセリチョウ似!?



風変わりな蛾・モモブトスカシバが、ドクダミの葉の上にとまっていた。先日初めて見た時は葉の上の汚れだと思って見落としかけたが、このユニークなフォルムは1度見たら忘れない。今回は目に入った瞬間にそれとわかった。
撮り始めるとアリのジャマが入ってモモブトスカシバは飛んでしまった──が、すぐに近くの葉の上にとまった。


実物を見ている時には感じなかったが……画像で見ると、ちょっとセセリチョウの仲間に似ているかも!?──と気がついた。そこで比較用に過去の記事【だらだらマダラ…】からキマダラセセリの画像を再掲載↓。


こんな姿勢でとまっているキマダラセセリを背面から見ると輪郭がモモブトスカシバに似ている。そして、独特の触角の先端の形(この特徴をもつチョウはセセリチョウだけらしい)も似ている。


背面ショットでは輪郭が似ているが、キマダラセセリの左右に張り出しているのは後翅、モモブトスカシバの左右に張り出しているのは深い毛が密生した長い後脚──構造的には別ものだ。それでも形が似ているとなると擬態の可能性を考えたくなるが……モモブトスカシバとキマダラセセリ──どちらがどちらに似ていたからといって、それでメリットがあるとも思えない。どちらかに毒でもあれば、もう一方が似ていることで天敵に敬遠されやすくなるという擬態のメリットが考えられるのかもしれないが……そんなこともなさそうだ。
それに、背面からの画像では輪郭が似て見えるが、実際目にするとキマダラセセリには立体感があり、モモブトスカシバは平面的なので、印象はずいぶん違う。


(※【だらだらマダラ…】から再掲載↑)


そんなわけで、実物を見ると体型的には似ている印象はないのだが……ただ、なぎなたを連想させるユニークな触角の形が似ている点が不思議な気がする。モモブトスカシバとキマダラセセリ──全く違う種類ながら、触角の形が似ているということは……触角の機能で何か共通する働きがあるのだろうか?

モモブトスカシバの透かし翅

そんなことを考えながらモモブトスカシバを撮っていると、またもや葉の上にアリがあらわれ、モモブトスカシバはさらに別の葉の上へ移動。スカシバの仲間は翅が透明でハチっぽく見えるものもあるが、モモブトスカシバはとまっている時も飛んでいるときも翅が透明なことがわかりづらい。


光線のかげんで、翅の透明な部分がテカっているモモブトスカシバ。
このあとモモブトスカシバはイネ科植物の葉の上へと移動した↓。


今度は、翅(の一部)が透けているのがよくわかる(緑の葉が透けて見える)。


それにしても、翅の鱗粉はハゲ落ちて(一部が)透明になっているのに、脚の毛は異様に立派なのが不思議な蛾だ。


ムネアカセンチコガネは脱糞虫!?

ムネアカセンチコガネ:えんがちょ感は誤解!?



雨上がりの路面にムネアカセンチコガネが転がってジタバタしていた。この昆虫を見るのは久しぶり。今まで2~3回しか見たことがない。初めてこの虫を見たとき、「(図鑑の)センチコガネのページに載ってたヤツだ」とすぐわかった。なので、センチコガネの片割れ──食糞性コガネムシという認識で、モノトーンのセンチコガネに対してツートンカラーのムネアカセンチコガネは「センチコガネ豪華版」といった印象があった。
見た目には(触らなければ?)きれいだし、出会うチャンスも少ない昆虫なので、この機会に撮っておかねば……と、カメラを向けるが、ムネアカセンチコガネはじっとしていない。
翅鞘(上翅)をパカッと開いて飛ぶのだけれど……すぐに落ちてひっくり返る。起き上がってまた飛ぼうとする──ということの繰り返し。故障して飛べないというわけではなさそうで、飛翔筋がまだ温まっていだけ(?)で、やがて飛び去りそうな気配が濃厚だ。
「このままでは、飛び去られてしまう……」
とりあえず飛び去る前に手でつかんで確保し、落ち着いたところで撮ろうか──とも思ったのだが、糞虫を素手でつかむのは「えんがちょ感」があって抵抗がある……。結局そのまま撮ることにしたのだが……やはり、すぐに飛び去られてしまい、翅鞘(上翅)を開いた姿しか撮ることができなかった。


黒&橙のツートンカラーが美しく、花びらのような触角が目をひいた。


帰宅後、ムネアカセンチコガネについて検索してみると──食糞性コガネムシとして記されているサイトが多いものの、実は地下生菌食だったという情報が見つかった。


と、いうことは……ムネアカセンチコガネは糞を食べることはしないのであろうか? 「センチコガネの片割れ」という認識は間違いだったのか!?
検索していて、ムネアカセンチコガネのオスには、頭部と前胸背に小さいながらツノがあるということも初めて知った。画像をよく見ると、たしかにそれらしいものが確認できる。


「えんがちょ感」が無用の昆虫ならば、あの時つかんで、もう少しちゃんと撮っておけばよかった……。
それにしても、ムネアカセンチコガネが食糞性ではなかったという新事実(!?)には驚いた。これまで糞虫カテゴリーに入れられていたが、これで脱・糞虫となるのであろうか!?
ここで脱糞中の脱糞虫(ムネアカセンチコガネ)の画像があればうまく締められたのだが……そう都合良い画像は無いのであった……。

クロオオアリを狩ったハリサシガメ幼虫

ハリサシガメ幼虫:狩ったアリは必ずデコるわけではない



石垣上でハリサシガメの幼虫が、捕えたクロオオアリの体液を吸っていた──といっても、この画像↑では何がどうなっているのか、わかりづらい!?
ハリサシガメの幼虫は土粒をまとい狩った獲物の死骸などを背負って擬装するユニークな捕食性カメムシで、獲物はアリ専門という食性も変わっている。食事シーンはそうした特徴・生態の一端を物語る絶好の場面なのだが……ただそのまま撮っても(擬装のためどちらを向いているのかも判りづらく)状況が伝わりにくくなりがちだ。
撮影アングルを模索し、同じシーンをハリサシガメ幼虫の右前方向からアップで撮ったもの↓。


これがおそらく一番「絵になる角度」!? 突き出した触角の根元ふきんにはハリサシガメ幼虫の黒い眼がのぞいている。その下に横たわっているのはクロオオアリだろう──岩田久二雄氏が著書『昆虫を見つめて五十年(II)』の中でハリサシガメ幼虫が避けたとする大型のアリだ。そのクロオオアリは倒され、首筋あたりに鋭い口吻が差し込まれている。


ハリサシガメの捕食シーンは度々目撃しているが、キレイな(わかりやすい)画像で記録するのは意外に難しい。土粒をまとっているので、土の上ではボディーラインがわかりにくくなってしまうし、石垣の上では石の隙間の方に頭を向けられてしまうと口元が見えなくなってしまう。狩りのときは前脚と中脚の4本の脚を使って獲物を押さえ込むのだが、狩ったアリが小さいと脚の陰に隠れてよく見えない。獲物が大型のアリでも、脚や体に付着した土粒がジャマしてよく見えないことが多い。今回は「比較的良く撮れた画像」となったのではないかと思う。
このあと、食事を終えたアリの死骸を背中にデコるシーンまでを記録できれば申し分ない……そう思って、その時を待った。体液を吸いはじめると脚は獲物から離すが、口吻を引き抜いたり位置を変えて刺し直したりする時には前脚と中脚で獲物をコントロールする。


食事が終われば、アリの死骸は後脚を使って背中に盛りつけられる──と(これまでの観察齢から)予想していたのだが……このハリサシガメ幼虫は擬装行動をとらずにアリの死骸から離れてしまった↓。


これまで、ハリサシガメの幼虫は捕食したアリの死骸は基本的にはデコるものだと思っていたが……必ずしもそうではないらしい。大型のアリを貼り付けるのは大変そうだし積載量の関係で(?)荷崩れを起こしそうな盛りつけは見合わされることもあるのかもしれない。
しばらく待ってみたが、このアリをデコる様子はみせず。そのうちヒガシニホントカゲが現れ大接近するが、例によってハリサシガメ幼虫には全くの無反応。


この石垣に多いヒガシニホントカゲが多く、ハリサシガメとニアミスすることは珍しくない。他の場所でも──↓。




こんなシーンはよく見かけるが、昆虫ハンターのヒガシニホントカゲもハリサシガメ幼虫には関心を示さない。
この石垣では、ヒガシニホントカゲの他にニホンカナヘビやニホンヤモリ、アオダイショウを見かけることもある↓。


ハリサシガメ幼虫のわかりにくいシーン・他



石垣では土がたまった部分もあって、そんなところにいるハリサシガメ幼虫は見つけにくい。体をおおう土粒が隠蔽効果を発揮している。


いちおう体の部位を記すとこんな感じ↓。


擬装素材でボディーラインを隠したハリサシガメ幼虫は、一見どっちを向いているかわからないことがある。つきだした触角や脚の位置から体の向きの見当をつけることになるが、デコったアリや虫の死骸からも触角や脚が突き出ていることもあって、錯誤しやすい。
昆虫学者の岩田久二雄氏が著書(『昆虫を見つめて五十年(II)』(朝日新聞社・刊/1978年)の中で、ハリサシガメ幼虫について《吸血をおわるとサシガメは不器用なかっこうをしながら、前肢でその吸殻を自分の背中に押しあげた》と記しているが、《前肢》は間違いで、本当は「後脚」だったのだろうと僕は考えている。ハリサシガメ幼虫の擬装行動を何度も観察しているが、デコ素材を背中に盛るのには決まって後脚が使われていた。岩田久二雄氏は、観察中にハリサシガメ幼虫の向きを見誤って「後脚」を《前肢》だと錯誤してしまったのだろう。
やはりハリサシガメ幼虫は、土の無い石垣の上にいるとわかりやすい↓。


ちなみにこれ↑は冒頭のクロオオアリを吸っていたのと同じ個体(別日)。おそらく終齢(5齢)幼虫ではないかという気がする。
一方、同じ石垣では、まだ小さなハリサシガメ幼虫が混在している。


体の小さなハリサシガメ幼虫は、狩るアリも小さい。小型のアリの通り道でたたずむ小さな個体↑。この個体は後脚を腹端のあたりでしきりと動かしていたが、もしかするとペースト状のフン(接着剤)を塗り付けてデコ素材を安定させようとしていたのかもしれない。
石垣上で見られた大きさの違うハリサシガメ幼虫↓。


ヒゲナガサシガメ



ハリサシガメが見られる雑木林ふちのエノキの葉の上にいたヒゲナガサシガメ(成虫)↑。遠目にはカラフルなガガンボっぽく見えた。同じサシガメ科でもハリサシガメとはずいぶん雰囲気が違う。ヒゲナガサシガメは樹上性のサシガメらしい。幼虫は冬に擬木で見かけることが多い。3月に撮影していたヒゲナガサシガメ幼虫↓。


HOかBOか?マスダクロホシタマムシ





やはりハリサシガメ・ポイントの近くのツツジの葉の上にいたマスダクロホシタマムシ。小ぶりながら美しく、時々見かけるのだが……すぐ飛び去るので、撮り逃してばかりいる虫という印象がある。
翅鞘(上翅)に黒っぽい紋が点在しているので、和名の「クロホシ」は「黒星」なのだろうが……これが「クロホシ」だったか「クロボシ」だったか、いつも記憶が怪しくなって確かめることになる。同じ「黒星」の入った昆虫でも「クロボシツツハムシ」など「クロボシ」が採用されているものもあってややこしい。「黒星」に限らず標準和名では連濁(2つの清音の語が組み合わされた語で後続の清音が濁音化する)になっているものといないものが混在しているが、命名するときに統一性のある規則を設けられなかったものか……と標準和名を確かめるたびに、いつも思ってしまう。


まるで枝片!?ツマキシャチホコ

折れた枝片そっくり!?ツマキシャチホコ



葉の上に落ちたただの枝片──のように見えるが、これがなんと蛾。《擬態》というと熱帯の昆虫をイメージしがちだが、日本にも擬態の完成度が高い昆虫はいるものだ。ツマキシャチホコは折れた桜の枝に感じがよく似ている。翅を丸めた全体像も枝片ぽいが、その両端が「折れた断面」や「裂け痕」に見えるところがコッている。






「折れた断面」側に頭があるのだが、パッと見よくわからない。「断面」の下側に眼がありそのすぐ上から触角がはえているが、静止しているときは目立たぬようにうまく隠している。


それにしても、よくこんなデザインが実現したものだと感心する。




蛾は種類が多く、ルックスも様々。枯葉や枝片に擬態していると思われ種類も少なくない。




※【ヒメエグリバのトリックアート】より再掲載↑。



※【トビナナフシの偽瞳孔ほか】よりキバラモクメキリガ↑(再掲載)。


白腹のハリサシガメ幼虫

白い腹がのぞく脱皮後のハリサシガメ幼虫



石垣の上で食事中のハリサシガメ幼虫を見つけた。前脚と中脚でアリをおさえ口吻を刺して体液を吸っている。おそらく脱皮してあまり経っていない個体なのだろう──脚にはまだ新たな土粒コーティングがほどこされておらず、そのため脚の隙間からアリの姿がのぞいている。背中には脱皮のさいに引き継いだデコレーションを羽織っているものの、側面は隠れておらず、幼虫の腹部がむき出しになっている。
少しアングルを変えると、背中の(前齢から引き継いだ)旧デコレーションと腹部背面の間に隙間があいているのがわかった↓。




(旧齢時代の)デコ素材同士はくっつきあって固まっているが、新幼虫の背中にはまだ(?)ピッタリ貼りついていない。
ちなみに、このとき捕食していたアリは、その後、この《隙間》に押し込まれデコられた。


新しいデコ素材は、後脚によって腹端側から盛られるようだ。
ところで、このハリサシガメ幼虫は腹部が白っぽい。羽化殻では腹部は黒だった。先日ひろって異物を取り除いた幼虫も、腹部は黒っぽかった↓。


ハリサシガメの終齢幼虫が(他の多くのカメムシと同じように)5齢だとすれば、この死骸↑は4齢、そして今回みつけた腹が白っぽい幼虫は3齢あたり?──ということになるのだろうか……。

脱皮時のデコレーション引き継ぎの謎

今回、新幼虫の腹部背面から浮き上がっていた旧デコ素材(接着していなかった)を見て、《脱皮の際のデコ素材の引き継ぎ──脱皮殻から新幼虫への移行がどうして可能なのだろうか?》と改めて疑問に思った。
脱皮したての新幼虫の体はベタベタしているわけではないだろう(体表面に粘着性があったのでは脱皮の妨げになる)。それを裏付けるように今回のケースで新幼虫の腹部背面はデコ素材に貼り付いていなかった。脱皮後の新幼虫の脚や腹には土粒がほとんど付いていないことからも、脱皮後は体表面はスベスベ(粘着性はない)だろうことは想像できる。同様に頭部や胸部の背面にも粘着力がなければ(おそらく無いのだろうが)、それではどうして新成虫は脱皮時に抜け殻に貼り付いていたデコ素材を引き剥がしてまとうことができるのだろう?
ハリサシガメ脱皮後の再装備は?】でも記したが、脱皮しながらデコ素材が引き継がれるなど、実際に見ていなければ、とても信じられない光景だ。実際に見ていてもにわかには納得しがたいものがある……。脱皮しながらデコ素材が移行するとうのは《ハリサシガメ・マジック》とでも呼びたい現象だ。
捕食したアリの死骸などをデコるときには《ペースト状のフンが接着剤がわりに使われる》というような説(?)があるらしいが……脱皮後、旧デコ素材はフンで貼りなおされるか、あるいは粘着処理をした(?)新たな素材がデコられ糊着することで、安定していくのかもしれない。

大きめのアリを捕えデコるハリサシガメ幼虫



これも最近、脱皮したのではないかと思われるハリサシガメ幼虫。脚の土粒コーティングが甘く、腹の一部ものぞいている。ただし、こちら腹の色が黒っぽく体も大きいので、4齢か5齢だろう。この幼虫、実際は石垣の鉛直面に頭を下にしてとまっていた(画像を90度回転している)。大型のアリを捕えていたので、これをデコるようすを観察しようと、そのときを待っていた。大型のアリは食いでがあるのか(おそらく消化酵素を注入して溶かしながら吸収しているのだろうが)食事時間も長い。口吻を位置を変えながら何度も刺しなおしていた。そろそろ食事を終えて擬装行動に移る頃ではないかと期待してたのだが……石垣の上に別の大型アリが現れ、ハリサシガメ幼虫に近づいてきた。ハリサシガメ幼虫は捕えていた獲物を放し、近づいたアリを捕えようとしたが失敗……捕えていた獲物は落下してしまった。その様子にイソップ寓話の「よくばり犬」が脳裏に浮かぶ……(肉をくわえて橋を渡っていた犬が、水面に映った「肉をくわえた犬(自分)」の姿を見て、その肉も欲しくなって脅し取ろうと吠え、自分がくわえていた肉も落としてしまう話)。
素材(アリの死骸)を落としてしまったことでデコるシーン(擬装行動)は観察できなくなってしまった……ということで、その場を離れたのだが、翌日同じ場所で同じ個体を見つけた(多少配置変更はあるがデコ素材から同じ個体と判断)。大きなアリがデコレーションの腹端側にくわえられている。あの後もハンティングを続けていたらしい。


ハリサシガメ幼虫は幼齢によって、あるいは個体によっても(?)デコ素材のアリの大きさにバラツキがある。


やや小さめのアリを多くデコったハリサシガメ幼虫↑。おそらく前回の記事で捕食~擬装行動を紹介した個体ではないかと思う。ハリサシガメ幼虫は同じアリの巣の(同じ種類の)近くで狩りをするという傾向があって、同じサイズのアリがそろいがち──ということもあるのかもしれない。
こちら↓は大きめのアリを多くデコったハリサシガメ幼虫。




ハリサシガメの捕食~擬装行動

脱皮後!? 体表面がのぞくハリサシガメ幼虫



ふだんは土粒で体をおおい隠しアリの死骸などをデコレーションしているハリサシガメ幼虫。のぞいているのは眼と触角、脚の一部だけで、その本体は見ることができない。なので一見どっちを向いているのかさえ見当がつかないこともある。上の画像は画面右側に向かって触角が伸びているので右を向いていることがかろうじて判る。よく見ると触角の根元ふきんに眼がのぞいている。狩りをするカメムシ(サシガメ)なので眼はちゃんと視界を確保している。
さて、上のハリサシガメ幼虫と同じ向きのハリサシガメ幼虫↓。


背中にデコレーション素材を乗せているものの、体の側面や腹面、脚などは露出している。おそらく脱皮してまだ土粒コーティングをしていないのだろう。ハリサシガメ幼虫の脱皮は、古い殻の背にデコられていた擬装素材をひきつぎながら行われる。脱皮を終えた時点で新幼虫の背中にはデコ素材が乗っているのだが、脚や腹面はまっさらな素の状態。ちなみに、背面の擬装を取り去った幼虫本体の姿は→【ハリサシガメ幼虫のスッピン】。
ハリサシガメ幼虫の完璧な擬装は、獲物となるアリに近づくためのものだと考えているが、狩りをするときは前脚&中脚の4本でアリを押さえ込んで口吻を突き刺す。そのさい、アリを押さえ込みやすいように(だと思うのだが)前脚と中脚の内側にはレガースのような器官がある。


ハリサシガメ幼虫が捕食したアリを背中にデコる



小さなアリを捕えて体液を吸うハリサシガメ幼虫。前脚と中脚にかくれて獲物がわかりにくいが、ハリサシガメは幼虫も成虫もエサとしているのはもっぱらアリ。狩るときや口吻を刺しなおすときには、前脚と中脚の4本を使って獲物をコントロールする。






体液を吸い終えたアリは腹の下をくぐって後脚にわたされ、背中に盛りつけられる。上画像ではハリサシガメ幼虫の頭の方から撮っているが、背中にデコるときは後脚を使うので、尻の方(右斜め後方)から撮った画像↓。




ハリサシガメ幼虫がどんな手段を使って獲物を背中に接着しているのか謎だったが、先日《ペースト状のフンを使って食べかすを貼り付けていると言われている》という情報を知った。アリの死骸を腹の下を通して腹端側にもっていき、後脚をゴニョゴニョ動かす仕草は「ペースト状のフン(接着剤?)を塗り付けている」ように見えなくもない?(正確なところは確認できていない)


捕食後のアリの死骸は、後脚を使って背中にデコられる。






背中のデコレーションに新素材(アリの死骸)を押し込んだあとも、後脚を使って荷を整えるような動作を繰り返す。あるいはこのとき「ペースト状のフン(接着剤?)で補強」をしているのかもしれない?

擬装には視覚的な隠蔽効果もありそう





ハリサシガメ幼虫の擬装はアリ対策としての意味合いが強い──と僕は考えているのだが、昆虫食の外敵に対する視覚的な隠蔽効果も高そうだ。特に土の上にいると見事に周囲に溶け込んでしまう。
ハリサシガメが見られる石垣ではヒガシニホントカゲの密度が高く、ハリサシガメと異常接近することも少なくない。




どん欲な昆虫ハンター・ヒガシニホントカゲだが、不思議なことにハリサシガメ幼虫には全くの無反応。擬装の隠蔽効果で気がつかないのか、あるいは気づいても、食べるには擬装素材がジャリジャリしてマズそうなので(?)エサから除外されているのか? はたまた(ヒガシニホントカゲが捕食しない)アリをまとっていることで、アリ同様にスルー対象になっているのか?
いずれにしても土粒やアリの死骸などの擬装がトカゲに対しても役に立っていそうな気はする。


日光浴するニホンヤモリと卵

日光浴するニホンヤモリと卵

雑木林の縁にある石垣──ここではヒガシニホントカゲの密度が高いのだが、ニホンカナヘビやニホンヤモリの姿も見かける。昼行性のヒガシニホントカゲやニホンカナヘビが日光浴をする姿がよく見られるのは当然のことながら(単に体温を上げるためだけでなく、紫外線を浴びることでカルシウムを取り込むのに必要なビタミンD3を生成している)、夜行性のニホンヤモリも日光浴に出ていたりする。虫見をしていると、擬木の隙間や木のウロから出てきて日光浴しているニホンヤモリを見かけることとも珍しくない。
浜田廣介の童話『五ひきのヤモリ』(*)の中には《だれでも知っているように、ヤモリは、外のあかるい光をおそれます》という記述があるが、そんなことはない。また、ヤモリの飼育サイトで《ニホンヤモリの場合、ニホントカゲやニホンカナヘビと違い、夜行性ですので昼間の日光浴などは必要ありません》と断言しているところもあるが、天敵に見つかりやすくなるリスクを押して日光浴している姿を見ると、ニホンヤモリもある程度は紫外線を必要としているのではないかと感じる。


この石垣でも、同じポイントで日光浴をしているニホンヤモリがいるのだが↑、先日気づくと石垣の隙間に卵を産みつけていた。


もしかすると、カルシウムを必要とする卵を産む前後では特に日光浴(紫外線を浴びてのビタミンD生成)が必要になって母ヤモリが日光浴する姿が頻繁に見られたのかもしれない。
廣介童話『五ひきのヤモリ』の中には《めすのヤモリは、たまごを三つ産みました》という記述があるのだが、ニホンヤモリが1度に産む卵の数は2個。5月から9月にかけて1~3回に分けて産むらしい。ここでも2個セットの卵が産みつけられていたが、フラッシュ撮影してみると隙間の奥に、さらに2つ卵があることがわかった。


同じメスが時間をおいて2回に分けて産んだものか、あるいは別のメスの卵なのか……卵は1ヶ月半~2ヶ月ほどで孵るという。
これまでこの石垣でみかけるニホンヤモリは単独だったが、この近くにもう1匹、少し離れた石垣の隙間にも1匹──計3匹のニホンヤモリ成体を確認した。とりあえず2匹が写っている画像↓。


後日、親ヤモリ(?)がいなかったので、石垣の隙間の卵をアップで撮ってみたところ、さらに奥にも卵らしきものが写っていた。「ヤモリ 卵」で画像検索すると一カ所にたくさん産みつけられた卵(孵化殻多数)の画像がいくつもヒットする。ニホンヤモリは同じ場所に産みつける傾向(?)があるようだ。この石垣の奥にも実はもっと卵(や卵殻)があるのかも知れない?



ヘビの卵は見たことがあるし、飼育下でヒバカリ(日本のヘビ)の孵化するようすを観察したこともある。ヤモリの卵を見て、(同じ爬虫類の有鱗目の生き物とはいっても)ずいぶん違うと感じた。ネット上の画像を見ると、ヤモリの卵はそこそこ硬そうで、ベビーは「卵(殻)を割って」その穴から出てくる出てくる(孵化する)ようだ。ヒバカリの場合、卵は軟らかく幼蛇は「卵(殻)を切り裂いて」そのスリットから出てくる。




※ヒバカリの孵化のようす↑【ヒバカリ(ヘビ)の飼育プチ記録】より再掲載。