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2016年06月の記事 (1/1)

アカスジカメムシの赤黒ストライプ



ACミランなアカスジカメムシ

アカスジカメムシを見るたびに(サッカーの)ACミランあるいはコンサドーレ札幌のユニフォームを思い浮かべてしまうのは僕だけではあるまい。ふだんファッションには全く興味がない僕だが、赤&黒のストライプ柄のレプリカユニフォーム(?)を着た人を見ると、にわかに反応してしまう。
「おっ! この人はアカスジカメムシファンなのか!? それとも、ただのサッカー・ファン?」


アカスジカメムシの赤と黒のストライプは大変美しい。昆虫にしては、ちょっと変わった美しさがある。
模様や配色が綺麗な昆虫は決して少なくないが……アカスジカメムシの「美」は他の昆虫とは少しばかり質を異にしている気がするのだ。
一般的な昆虫の模様の美しさは、自然の創り出した美──ヒトの脳みそがひねりだしたデザインとは次元を異にした複雑系といったらいいだろうか。一見(ヒトの脳解釈的には)不規則な形や配列に見えるが、デタラメというわけではなく、そこにはある種の調和が感じられる。


これ↑は珍しくもないセマダラコガネ(8~14mm)。葉の上にいたので撮ってみたら、意外にキレイだった(模様には個体差がある)。こうした自然の生みだした模様には人智の及ばぬ規則性のようなものがあって《複雑にして調和がとれている》感じがしないでもない。
ついでに、上翅の模様がキレイなので見かけるとつい撮ってしまうニイジマチビカミキリ(3.5~5mm)↓。


複雑でありながら調和が感じられる──それが、自然の造型物の美しさだ。
これに対し、アカスジカメムシのストライプ模様は「ヒトがつくりだしたデザイン」のようにスッキリ、シンプルである。じっさいにACミランやコンサドーレ札幌のユニフォームなど、よく似たデザインがヒトの世界には存在している。


この、ちょっと特殊な模様の意味するところを想像してみると──「赤と黒の取り合わせ」は「派手でよく目立つ配色」といえるだろう(これは捕食者の鳥の目にも目立つ配色にちがいない)。


そして「整然と並んだストライプ」は「認識しやすく・記憶されやすいパターン」と言えるだろう。


よく見慣れた虫であっても、その模様を思い出して描いてみろと言われたら、難儀する人は多いのではないかと思う。しかし、アカスジカメムシの赤と黒のストライプは他の虫に比べて格段に記憶に残りやすい。
妙な例えかもしれないが……昆虫の模様のパターンを数桁の数字で表現できるとすると、通常の昆虫のパターンは任意の数字の組み合わせ。それに対してアカスジカメムシのパターンはぞろ目の単一数字──「パッと見てすぐわかり記憶にも留まりやすい《整った配列》」といえるだろう。


「目立ち・記憶しやすいパターン」といえばスズメバチの「黄と黒の縞模様」が思い浮かぶ。


スズメバチに痛い目にあった敵は、この覚えやすい「黄と黒の縞模様」パターンを「危険」とセットで学習し、これを避けるようになる……。この配色パターンは、敵に対する警告サインとして機能しているのだと解釈している。敵が避けて無用な闘いが減ることでスズメバチの生存率は高まるというしくみだ。
スズメバチの警告的な縞模様は腹の節に沿ったボーダー(横縞模様)であり、構造的には実現しやすい模様だったように思う。
前記事で紹介したヨツスジハナカミキリ↓も上翅に黄と黒のボーダー(横縞)模様があって、スズメバチに擬態して(警告配色パターンを真似て)いるという見方もあるようだ。


擬態効果のほどはわからないが、ヨツスジハナカミキリのボーダーは、黄色地の上翅に並ぶ4対の黒い斑紋が左右でつながった形に見える。左右の模様がつながるというのは進化上そう難しいことではなかったろう。
スズメバチやヨツスジハナカミキリのボーダーと比べると、アカスジカメムシのストライプの出来映えは画期的な気がする。

昆虫の中にはボーダー(横縞)ではなくストライプ(縦縞)の模様を持つものもいる。先日クワの粗朶でみかけたアトモンマルケシカミキリ↓もその1つ。


アトモンマルケシカミキリ(4~6mm)の模様は途中で途切れているものの、黒地の翅鞘(上翅)に白い縦縞。ただ、この白線は翅の形にそってカーブしており、アカスジカメムシの整然と並ぶストライプとは、やはり少し違う。
ヤマトタマムシも翅鞘(上翅)に縦縞模様を配しているが、これも翅脈にそった配色で、翅の形にそってカーブしている。


アトモンマルケシカミキリやヤマトタマムシのように、ボディラインに沿って縞模様が形成されるのは、構造的に実現しやすそうだが、この場合はボディラインに沿って縦縞は歪みがちになる……ところが、アカスジカメムシの小楯板にあるストライプはボディラインの影響を受けずにほぼ平行に直線的に配置されており、この点が他の昆虫の縦縞模様とは一線を画して「人工物のようなデザイン」と感じる部分である。



コアオハナムグリとアカスジカメムシとの2ショット。ナチュラルなコアオハナムグリの模様に対し、アカスジカメムシの「みごとに《整った》ストライプ」は、まるでヒトが描いたかのよう……。配色・デザインともキャッチの良さは抜群だ。


アカスジカメムシの「みごとに《整った》ストライプ」は目につく背面限定。腹面では「赤地」に「黒のまだら」模様──これなら(?)ちょっとナチュラルな感じがしないでもない。


これ↑は昨年6月の記事【アカスジカメムシ:臭いはどこから?】の再投稿画像。「赤地」に「黒いまだら模様」の腹面。黒い斑の部分が、もう少しキレイに整うと、黒い帯状につながって「縦縞」に昇格(?)できそうだ。バラツキのある斑模様が列上に揃うと帯を形成する──つまり「まだら」は「縦縞」の前段階。「縦縞」を完成させるためには、ここからさらに《整う》プロセス(手間ひま)が必要ということだろう。
しかも腹側の斑模様は「手間をかけて」つながったとしても、そのラインは腹の形に沿うような形でカーブしたものになり、背面のような直線的な平行ストライプにはならないだろう。背面のような平行ストライプを実現させるには、さらに《整う》プロセス(手間ひま)を要すことになる。
この《整い加減》を例えるなら……アカスジカメムシ腹面の斑模様をワンペアとすれば、これが縦縞になるとツーペアもしくはフルハウス、背面の平行ストライプはフォーカードといったところだろうか?
目につきやすい背面側で、こうした難しいテ(フォーカードのような)がわざわざ実現されているのだから、そこには意味が──生存率を高めるような役割り(効果)があるのではないかと考えたくなる。


想像しやすいのは、スズメバチの「黄と黒の縞模様」のような警告パターンとしての機能だ。
カメムシは悪臭を放つことで知られているが、アカスジカメムシを食おうとした捕食者が、この忌避物質でダメージを受け、「こいつは食えない・食おうとするとエライ目に合う」と学習すれば、アカスジカメムシは捕食ターゲットから外され生存率が高まる──そんな構図がこの希有な(?)パターンを実現させたのかもしれない。
アカスジカメムシの赤黒ストライプは、警告パターンとしては非常によくできたデザインだと思う。この見かけからすると相当強烈なカメムシ臭を発するかと思いきや……肝心の「カメムシ臭」は意外に弱い……そんな印象を僕は持っている。
成虫は胸の腹面からいわゆるカメムシ臭は放つが(*)、これが僕の少ない経験でいうと他のカメムシに比べるとニオイは弱い。背面のハッタリ(警告)に対して実際の忌避能力はちゃんと見合っているのだろうか?


しかし「ニオイが弱め→忌避力が貧弱」と感じるのはヒト(僕)の感覚であって、肝心なのは、アカスジカメムシを食おうとした捕食者たちがどう感じるかだ。嗅覚的には低刺激でも味覚的には高刺激ということもあるかもしれないし、ヒトの感覚と違って、対象の捕食者たちにとっては強烈なのなのかもしれない。
あるいは臭腺の忌避物質とは別に、「食おうとするとエライ目に合う」秘密兵器(?)を他にも隠し持っているなんてことも、ないとも言い切れない?

あれこれ思うところはあるが……いずれにしても、このみごとな赤と黒のストライプが「識別しやすく・記憶にも残りやすい《整った配列》」であることだけは間違いのないところだろう。
こんなに見事な赤と黒のストライプをもった昆虫がいる知ったときは驚いたし、実際にであったときも(知っていても)インパクトは大きかった。
まるで、ACミランあるいはコンサドーレ札幌のマスコットになるべくして生まれた来たような昆虫!?──アカスジカメムシがどうしてこうしたチームのマスコット・キャラクターになっていないのか不思議でならないくらいだ。
やっぱり、カメムシということで、一般的にはウケが良くないのであろうか?
ACミランあるいはコンサドーレ札幌はアカスジカメムシにロイヤリティーを払ってでもマスコットになってもらえばいいのに……そう思ってしまうのは僕だけであろうか……。


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「!‥‥……」な白星天牛~シラorシロ?他

「!‥‥……」なシラホシカミキリ

シラホシカミキリ(白星天牛)は好きな昆虫の1つ──なのだが、そのわりに撮った画像は少ない。見つけると「!」と思いカメラを向けるのだが、たいてい飛び去られてしまって「‥‥……」となることが多いからだ……。
そんなシラホシカミキリの今シーズン初個体↓。


今回の被写体は撮らせてくれそうな予感!?──と期待しつつ、はやる気持ちをおさえて、そーっと寄ってアップの画像を撮ろうとした、まさにその時──風が……。葉が大きく揺れてマトモに撮ることができない(枠内のボケた画像がそのときりもの)。カメラを構えた状態で「風止み待ち」をしているうちにシラホシカミキリは、葉の裏側へ移動してしまった……。


このあと、例によってシラホシカミキリは飛び去ってしまったのであった……。
周辺のリョウブの葉の裏にはカミキリがかじったと思しき食痕がみつかった。


その後も枯れ枝や葉の上でシラホシカミキリを見つけるも、やはり、なかなか撮らせてもらうことができず、今シーズン4匹目のシラホシカミキリ↓。


この配色──上翅のグラデーションが美しい。しかし、この時も若干風があってピントが甘め……もう少しビシッとシラホシカミキリの魅力が伝わる画像が撮りたいものだ……と思いつつ次に撮れたのがコレ↓。


「もう少し」どころかますますダメ……やはり風で葉が揺れて撮りにくいことこの上ない。飛び去った後に風が止むという「悔しいったらありゃしない」状態。
そんなわけで、シラホシカミキリは見つけると「!」と緊張が走るが、すぐに飛び去られて「‥‥……」となりがちなカミキリなのであった……。
それもそのはず!?


シラホシカミキリをよく見ると「!(びっくりマーク)」と「‥‥……(点×10)」が……。この「!‥‥……」模様は「ビックリTEN点(てんてん)」と読めなくもない!?
そんなわけで、今季は(?)まだ不満の残るショットしか撮れてないので、過去に撮った画像から↓。




ところで、和名の「シラホシ」は上翅の白い星(紋)に由来するのだろうが、なんで「シロホシ」ではなく「シラホシ」なんだろう……と思わないでもない。カミキリでは「シロスジカミキリ」なんていう有名なのがいるが、こちらは「シロ」。「シラ」か「シロ」か──どちらを使うかについて昆虫命名に規則性はないのだろうか?
「シラホシカミキリ」の場合は「白」の後につくのが「星」だから、「シラホシ」になるのだろうかとも考えたが、「シロホシテントウ」なんていうテントウムシもいて、一貫性が感じられない。

「シラ」か「シロ」か…

他に「シラ」がつくカミキリではでは「シラオビゴマフケシカミキリ」なんてのもいる↓。


このカミキリは「白帯」を「シラオビ」と呼んでいる。しかし一方、「シロオビカミキリ」とか「シロオビゴマフカミキリ」なんてのもいて、同じカミキリの仲間でも「シロオビ」が混在している。
「シラ」か「シロ」か……こうした一貫性のなさが、昆虫の名前を覚えにくくしている一因だと思う。昆虫の名前を思い出そうとして「ええと……どっちだっけたな?」と迷うことは少なくない。虫の名前はややこしい……。
ついでに周辺で撮ったカミキリをいくつか──。












今季2匹目のキスジセアカカギバラバチ



ということで、先日ネタにしたばかり──個人的には注目度の高いキスジセアカカギバラバチとも再遭遇。見つけたのは先日と同じ雑木林の小道。この個体は両翅の先端がわずかに欠けていたが飛ぶのに支障はないようだった。先日はドクダミが群生する場所で、ドクダミの葉で産卵するシーンが多く見られたが、今回はドクダミゾーンを抜けたところで、複数の植物の葉に産卵して回っていた。


先日見たのと同じ場所で同じように葉から葉へと移動して産卵行動を続けていたので同じ個体である可能性を考えた。先日見た後に翅が欠けたという可能性もないではない。そこで撮った画像を見比べてみると、腹に2筋ある黄色い模様などに微妙な違いが見られ、別個体であることがわかった。




去年も同じ時期にキスジセアカカギバラバチをこの場所で見ている。複雑な生活史で(*)1つの卵から成虫になれる確率は低そうだが(そのぶん卵をたくさん産んでまわる)、さほど珍しい種類というわけではないのだろう。


カギバラバチ:大量微小卵のナゼ?

キスジセアカカギバラバチの微小卵に思う







前の記事でも記したキスジセアカカギバラバチ──1年前は確認できなかった超極小の卵を今回なんとか確認し、その小ささ(0.12mmほどだそうな)にあらためて驚かされた。そしてふと、寄生蜂でありながら、(寄主に直接産卵するのではなく)大半が無駄になるのを覚悟の上(?)で、大量の微小卵を葉に産みつけていくのはなぜだろう……と疑問に思った。

この疑問をきっかけに、あれこれ考えたことを少し記してみる。ド素人が自分の狭い知識の中で合理的な解釈を模索した──という脳内シミュレーションで、実際の進化がどうだったのかとは別の話。「昆虫を見て不思議に思ったことについて、自分なりの解釈を考えてみた」というハナシである。

さて、カギバラバチの生態をおさらいすると……母蜂は葉に大量の微小卵を産みつけてまわる。卵が、その葉を食草とするイモムシ(チョウや蛾の幼虫)に(葉といっしょに)呑みこまれ、そしてなおかつ、そのイモムシ体内に(たまたま?)寄生していた別の寄生蜂や寄生蠅がいて、これに二次寄生(二重寄生)することができた場合に限って、初めて成長することができるという。《一見、非効率的な生活史を選択した》かに思われがちだが、もちろんそんなことはないだろう。
1つの卵に着目すれば成虫にまで育つことができる確率は確かに低そうだ。しかし、それをおぎなうため、大量の卵を産みつけ、確率の分母をふやすことで採算をとっているのだろう──最初はそう考えた。

しかしよく考えてみると、《成虫達成率が低いスタイルをおぎなうために大量の卵を産むようになった》という泥縄の因果関係は成立し得ない。
大量の卵を産むことができるように進化するには、それなりの時間が必要だったはずで、カギバラバチのようなスタイル(成長過程)のハチが出現したとき、まだ《大量の卵を産む》ことができていなければ、その時点で生存率は維持できなくなり存続し続けることはできなかったはず──《成虫達成率が低いスタイル》を《おぎなうための進化をとげる猶予》などなかったはずだ。
ということは、現在のような寄生スタイルを獲得した時点ではすでに《大量の微小卵を葉に産みつける》ように進化を遂げていた──と考えないとつじつまが合わない。

そもそも、他の虫に寄生するのなら、餌となりうる虫に直接卵を産みつければよさそうな気がしないでもない。実際、蛾の幼虫に寄生するコマユバチなどは母蜂が直接、寄主(宿主)のイモムシに卵を産みつける。これなら、卵が無駄にならず効率的だ。イモムシ体内で孵化し育ったコマユバチ幼虫が寄主の体を破って繭を連ねる──そんな光景が思い浮かぶ↓。


これはカラスヨトウ(蛾)の幼虫に寄生したコマユバチ(の仲間)の蛹だろう。こうしたスタイル──イモムシに直接卵を産みつける寄生蜂がいるのに、カギバラバチはなぜ、わざわざ(?)大半が無駄になることを覚悟で(?)、大量の卵を葉に産みつけるという、一見、非効率のようにも見えるスタイルをとっているのだろう?
進化の中で「わざわざ生存率を下げる(非効率的な)選択肢」が選ばれるわけがない。カギバラバチのスタイルも、進化の途上で合理的な(効率的な)選択がなされた結果でなければおかしい。

寄生蜂誕生の仮想シナリオ

進化の歴史の中で、地上に植物があふれるようになった時代(?)を想像してみる。豊富な植物を資源に使うことができれば繁栄できる──ということで植物食の昆虫たちも多く誕生しただろう。そして植物食の昆虫がどんどん増えていき、その中で生存競争が起こるようになる……。
そこでまず考えられる生存戦略が、他の種類より卵を多く産むことだ。生産する卵の数(の多さ)で資源の支配率を高めようとするスタイル。1匹の♀の体の大きさには限度があるだろうから、生産できる物理的な量にも限度がある。卵の数を増やすには1つの卵の容積を小さくする必要がでてくる。
そうした理由から《卵のサイズを小型化し大量生産する》──この戦略路線が採られたのは自然のことだろうと想像する。

ただ、卵が小さくなると、同じ資源(葉)で競争している大きな種とかちあったときに、食い殺されてしまうというデメリットが発生したに違いない。
小さな卵が大きな種類のイモムシに食われてしまうことが頻繁に起こるようになると、その中から、大きな種のイモムシの体内で孵化し、イモムシが体内に取り込んだ葉(小さな種の食草でもある)を食べて育つものが誕生したとしても、さほど不思議ではあるまい。
そしてイモムシ体内で、より積極的に(?)イモムシを食うことにシフトするものがでてきたのではないだろうか? 植物の葉を分解して自分の体を再構築するよりは、自分に近い構成物である昆虫を分解して再構築する方が効率的なはずだ。

生物の体は資源(餌)を分解し自分の体に再構築する化学プラントみたいなものだろう。植物を資源にするより動物(イモムシ)を資源にした方が効率的で、プラントの設備もシンプル化できそうだ──餌を植物食から動物食にシフトすることで卵のサイズをさらにシンプル化=小型化できるようになったかもしれない。
卵の小型化は、産卵数を増やすという意味でも、大きな寄主に(無事に?)取り込まれやすくなるという意味でも生存率を高める利点になる。こうした理由で、《卵のサイズを小型化し大量生産する》という戦略路線が強化・加速していったのではないだろうか?

元々は葉を食べていたもの(で卵を小型化大量生産したもの)の中から、ホストをイモムシにシフトした寄生蜂が誕生した──こう考えれば、カギバラバチのように大量の微小卵を《葉に産みつける寄生蜂》がいることも説明できる。
《成虫達成率が低いスタイルをおぎなうために大量の卵を産むようになった》のではなく、《卵のサイズを小型化し大量生産する》という生存戦略がまずあって、その先に《他の種に食われることでその幼虫に寄生する》という新たな生存スタイルの道がひらけたのではないだろうか。
「大半の卵が無駄になる(成虫に至る事ができない)」という《一見すると非効率なスタイル》も、「わざわざ生存率を下げる選択肢を選んだ」などという非合理な解釈ではなく、生存率を高める戦略の選択の結果だと考えるのが妥当だろう。

カギバラバチの《一見すると非効率なスタイル》として、イモムシへの単純寄生ではなくイモムシの体内に(たまたま?)いた寄生蜂や寄生蠅に二次寄生(二重寄生)するという複雑なプロセスがあるが、このスタイルがどうして獲得されたのかについての仮想シナリオは前記事【美しき奇蜂キスジセアカカギバラバチ】の後半にも記した(なので、ここでは割愛)。カギバラバチが二次寄生するようになったのにもやはり合理的な理由があってのことだろうと僕は考えている。

卵を葉ではなく直接寄主に産みつけるコマユバチ

キスジセアカカギバラバチは葉から葉へと移動してせわしなく産卵行動をくり返していたが……では、コマユバチのように、寄主に直接産卵する寄生スタイルは、どのように誕生したのだろう。

《葉に卵を産みつける寄生蜂》は寄生スタイルを獲得する以前からの(葉を食べていた時代に食草に産卵していたときの?)先天的なプログラムで、葉に産卵する行動を受け継いでいる──と考えれば納得できる。
《寄主に直接産卵する寄生蜂》のスタイルは、成虫♀が産卵場所を選定するプログラムが、《「幼虫時代に自分が食してきたもの」を選択する》というものでとあったとすれば説明できそうだ。
元々葉を食べていた時代、幼虫は食べていた食草のニオイを記憶し、成虫になるとそのニオイのある葉をみつけて産卵していた──それがあるときイモムシの体内にとりこまれ、イモムシ食にシフトすることになったことで、イモムシのニオイを記憶し、それをたよりにイモムシを探して産卵するようになった……そんな解釈ができなくもない。
「イモムシを探しだす」のは「(そこらにたくさんある)葉に産卵する」よりも労力を要すことになるだろうが、卵が無駄になる可能性を低減できるのだから全体としてみれば効率的なはずた。進化の中で効率的なスタイルが選択されるのは理にかなっている。

セイボウはどうして他蜂の巣に托卵するようになったのか

今回、キスジセアカカギバラバチを見てふと頭に浮かんだのが宝石蜂といわれるセイボウ──これもキレイにしてユニークな寄生蜂だ。セイボウの仲間(の多く)は、他の蜂が(その蜂の子どものために)狩ってきた虫が貯えられた巣に潜入して産卵する。孵化したセイボウ幼虫は他の蜂が貯蔵した資源を横取りする形で育ち、成虫になると同じように托卵しに寄主の狩り蜂の巣にやってくる。


枯れ枝に残されたカミキリの脱出孔を巣にするヤマトフタスジスズバチ↑と、ようすをうかがうムツバセイボウ
ヤマトフタスジスズバチはイモムシ(蛾の幼虫)を狩って巣にたくわえ産卵する。貯蔵したイモムシはもちろんヤマトフタスジスズバチの孵化した幼虫のために集められたものだが、ムツバセイボウはその巣にしのびこんで卵を産みつける。孵化したムツバセイボウ幼虫はヤマトフタスジスズバチが集めたイモムシを食って育つ。


(※↑【ムツバセイボウふたたび】より)
セイボウの仲間が、他の蜂の巣に侵入して卵を産むのも、幼虫時代に自分が育った環境のニオイなどを記憶し、成虫♀になったとき、同様の環境を探して産卵するというプログラムであったとすれば説明がつく。
元々はセイボウもイモムシやクモなどの寄主に直接産卵するスタイルの寄生蜂だったのではないか。セイボウが卵を産みつけたイモムシやクモを他の狩り蜂が狩って巣に運び込むというようなこともあったろう。その巣の中で孵化したセイボウ幼虫は、その狩り蜂が集めた餌を食って育ち、その環境(他種の狩り蜂が集めた餌の貯蔵庫)を幼虫が育つべき適切な場所だと認識(という言葉は正しくないかもしれないが)して、自分が幼虫時代に育った環境を探して産卵するようになった……そんなシナリオが考えられる。

──というのが、ド素人の《頭の体操》。こうした考えは、確かめたり裏付ける検証実験をしたわけでもないし、これが正しいと信じているわけでもない。
今後観察例が増えたり、知識が増えていけば、その時点で新たな仮想シナリオを思いつくかもしれない。
実際のところ、どうなのか──《真相》にはもちろん興味のあるところだが、それよりまず自分が遭遇した《ふしぎ》に対し、自分は《どう解釈するか》──ということに僕は関心がある。
正しい答えは専門家が見つけて、既にどこかにあるかもしれない。が、すでに誰かが見つけた正解を探すより、まずは自分なりに納得しうる解釈を考えてみたい──そんな思いがあって、現段階で考えている解釈を記してみたしだい。


美しき奇蜂キスジセアカカギバラバチ

美しくして奇抜な蜂:キスジセアカカギバラバチ



雑木林ぞいの小道で、低く飛ぶ1cmほどのキレイなハチにであった。葉から葉へと移動し、葉上に降りるとふちでくるりと尻を葉の外側に向けて腹端で葉の裏にタッチするようなしぐさ──産卵行動をくり返していた。【キスジセアカカギバラバチ(黄筋背赤鍵腹蜂)】──黒い腹に名前の通り「黄色い筋」と「背中の赤」が目を引くハチ。「カギバラ」はメスの腹端が鉤のように曲がっていることに由来するそうな。その形が葉裏にくり返し産卵する作業には適しているのだろう。
赤・黄・黒の彩りも美しが、この昆虫は生活史がユニークなことでも、しばしば話題になる。

カギバラバチの仲間は葉に卵を産みつけるが、これが食草というわけではない。その葉を食いにきたチョウや蛾の幼虫に(葉といっしょに)呑みこまれ、その体内でその幼虫に寄生する別の寄生蜂や寄生蠅に二次寄生することで初めて成長できるという。キスジセアカカギバラバチについてはアサギマダラに寄生したマダラヤドリバエという寄生蠅の蛹からも出ることが確認されているらしい。

産みつけられた卵のうち「運良くたまたま」チョウや蛾の幼虫に(無事に?)喰われることができ、さらに「運良くたまたま」その幼虫に別の寄生蜂や寄生蠅がいた場合に限って成虫になりうる──「運良くたまたま」が重なることが必要なために「めったに成虫になれない」→「めったに見られない珍しいハチ」と思い込んでいる人もいるようだ。しかし、キスジセアカカギバラバチはさほど珍しい昆虫ではない気がする。1つの卵から成虫になれる確率は他のハチより低めかもしれないが、そのかわり小さな卵をたくさん産む。確率の低さを分母の大きさでカバーしているのだろう。じっさい、キスジセアカカギバラバチはブログでもしばしば登場しているし、検索すれば多くの記事や画像がヒットする。
僕も去年、(今回と)同じ時期・同じ場所でキスジセアカカギバラバチを撮っている。そのときは名前も生活史もと知らずにキレイな蜂ということでカメラを向けたのだが……木陰ゾーンだったため(暗くて)ブレたりボケたりで撮影した画像は全て削除。今回が1年ぶりのリベンジ撮影となった。
撮影状況が前回と同じだったので、やはりブレがちだが……とりあえず、キスジセアカカギバラバチの産卵行動のようすを──。

キスジセアカカギバラバチの産卵行動





去年も1匹のキスジセアカカギバラバチが複数の植物の葉で産卵するのを確認していたが、今回はドクダミの群生する場所で、ドクダミの葉での産卵行動が多く見られた。今回撮影したのも全て同一個体。






一度の産卵行動は短い。腹端もあまり深く葉の裏に差し入れているようすはなく、産卵にしてはあっさりした印象。葉のふちから浅いところに産みつけるのは、「手早く作業できる」という産卵効率の利点と、(イモムシ・毛虫は、よく葉のふちから食べ始めるので)「イモムシ・毛虫に取り込まれやすい位置に産める」という利点もあるのだろう。










あまり植物の種類にこだわりはなく産み続けているようにも見えた。植物によってそれを食草とする幼虫の種類も変わってくるはずだが、その幼虫に直接寄生するわけではないし、広い種類に対応できるよう「間口を広げている」のかもしれない。

キスジセアカカギバラバチの超極小卵

キスジセアカカギバラバチに再会するチャンスが来たら、今度こそちゃんと撮りたいと思っていたが、本体のみならず、葉の裏に産みつけられた超極小卵(0.12mmだそうだが)についても確認しておきたかった。
実は去年、産卵行動を撮った後、問題の葉を裏返して卵を探してみたのだが見つけることができなかった。その時は、それほど小さな卵(0.12mm)だとは知らなかったので見落としていたのだろう。
たとえばナミアゲハの卵は直径1.2mmほどだが──仮に同じ形であったとして1.2mmの卵に対して0.12mmの卵では、大きさ(体積)が1000分の1となる。


キスジセアカカギバラバチが産卵したとおぼしきこの葉↑。
その裏側の産卵ポイントを拡大して超極小卵を探してみた↓。








肉眼ではとうてい確認できず、スーパーマクロモードで撮影した拡大画像をみて、ようやくキスジセアカカギバラバチの卵とおぼしきものを確認することができた。鮮明な画像とは言いがたいが……とりあえず、とても小さいことはわかる。キスジセアカカギバラバチは、こんな小さな卵を数千個も産みまわるらしい。




『昆虫はすごい』の【カギバラバチ】について

以前、読んだ『昆虫はすごい』という本にもカギバラバチについて紹介した部分があった。この本ではカギバラバチを《宝くじ的な確率に運命を委ねている》と記しているのだが、その部分に違和感を覚えた。
後戻りできない進化の袋小路に入り込んで、複雑な生活史に追いやられた生物が存在することはあり得るだろう。しかし、後戻りできない進化のそれぞれの分岐点では、その時点で生存率が高まる選択肢が選ばれてきたはずだ。わざわざ生存率を下げるような道が選ばれるはずがない──そう考えるのが自然だろう。堅実な選択の積み重ねの結果であるはずの生態に対し、めったに当らない「宝くじ」の例えはふさわしくないように僕には感じられた。
ド素人の無知な感想だが、この本に対して思うところを記したことがある(*)。そのさいの『昆虫はすごい』からの引用部分(枠内)と僕の感想部分を最後に再掲載しておく↓。

*『昆虫はすごい』(丸山宗利・著/光文社・刊)より*
 寄生性の昆虫には、ほかにも遠まわしな寄生方法をとるものがいる。
 カギバラバチ科のなかまにはスズメバチに寄生するものがいるのだが、その方法はツヤセイボウよりさらに遠まわしで、まるで宝くじのようである。
 まず、カギバラバチは植物の上に非常に多数の微細な卵を産みつける。次に、その葉を食べるイモムシが、葉と一緒に卵を食べる。イモムシに傷つけられた卵は、イモムシの体内で孵化する。そして、スズメバチがそのイモムシを捕まえて、肉団子にして、巣に持ちかえり、幼虫に与える。
 運良くスズメバチの幼虫の体内に入ったカギバラバチの幼虫は、スズメバチの体内を食べ、そしてそれを食い破り、さらに外から食べ尽す。
 カギバラバチの卵の圧倒的多数は、植物の上に産みつけられたままで、さらにイモムシに食われても、そのイモムシがスズメバチに狩られる可能性はかなり低いだろう。このような宝くじ的な確率に運命を委ねているせいか、カギバラバチには個体数の少ない珍種が多い。(P.94~P.95)


これは、「スズメバチからカギバラバチが羽化した」ということなのだろう。その事実をうけて寄生ルートを調べてみると、カギバラバチの卵が産みつけられた葉を食べたイモムシ経由であることが判った──そういうことではないのか?
本文の説明(引用部分)では、「カギバラバチのターゲット(宿主)はスズメバチで、わざわざ手間のかかる非効率的な方法を選んで寄生している」というニュアンスを感じるが……ちょっと納得でない。「では、いったいどうしてそんな面倒ことをすることになったのか?」──誰だって疑問に思うはずだし、この解説だけでは合理性に欠け説得力がないように思われた。

正解はもちろん僕にも判らないが……僕なりの解釈で整理してみた。まず事実関係として確かめられているのは、きっと──、

(1)カギバラバチは葉に卵を産みつける。
(2)スズメバチからカギバラバチが羽化した。
(3)その寄生ルートは、カギバラバチの卵が産みつけられた葉を食べたイモムシ経由。

──ということだろう。
合理的な解釈をしようとすれば、次のようなシナリオが考えられるのではないか。
まず、寄生蜂の《カギバラバチが葉に卵を産みつける》というのは、そういうプログラム(本能)で繁殖してきた(それで必要な生存率は保ててきた)ということだろう。カギバラバチを「寄生者A」とし、そのプログラムが成立し得たのはなぜかを考えると、近くに「カギバラバチの宿主(寄主)B」がいたからだと考えるのが自然だ。カギバラバチと同じように葉に卵を産みつける寄生蜂もしくは寄生蠅などを「B」としよう。「A」と「B」が同じようなプログラムを持っていれば、同じような植物の同じような場所に産卵する事はあり得るだろう。もっと積極的に「A(カギバラバチ)」が「B」の産卵の痕跡を探して産卵している可能性もあるかもしれない。同じ環境下で「A」が「B」の卵の近くに産卵することは「宝くじ」に当るほど難しい事ではないはずた。「A」も「B」も「卵がどうなるかを考えて」そこに産んでいるわけではない。ただ同じようなプログラム(本能)に従って産卵しているだけ。それがどうやって寄生が成立するかというと、卵が産みつけられた葉を(これを食草とする)イモムシが食べ、「A」と「B」両者の卵がイモムシの体に入る。イモムシの体内でまず「B」が孵化しイモムシを体内から食いはじめる。そのさい、「A(カギバラバチ)」の卵も一緒に食べ、「B」の体内に「A(カギバラバチ)」が取り込まれることで二重寄生が成立する。A(カギバラバチ)は「宿主(寄主)B」の体内で孵化し、Bを食って成長する──というシナリオだ。
これならば、「A(カギバラバチ)」の「B」への寄生は「宝くじ」に当るような特別なことではないだろう。
これが基本的な寄生シナリオだったのではないか。それならば「あり得そうだ」と思える程度に自然で納得できる。

ではなぜ「A」は最初に卵を食べたイモムシへの単純寄生ではなく「B」への二重寄生という、より複雑な方法をとるようになったのか? そのプレシナリオも想像してみる──。
「A」は元々イモムシへの単純寄生をしていたのかもしれない。ところが同じようにイモムシに寄生する「B」という競争相手が現れ、同じイモムシの体内で「A」と「B」がかち合うことが頻発するようになったのではないか。イモムシの体内で孵化した「B」幼虫は強く、「A」の卵や幼虫を食い殺して、この競争を制していたとする。劣勢に立たされた「A」だが、「B」に食われた卵の中から「B」の幼虫体内で孵化し、二重寄生に成功するものが出てきたとすれば──「A」は寄生対象を「イモムシ」から「B」にシフトすることで巻き返しを図ったという可能性も考えられなくもない。
これはあくまでも想像で、実際の進化の過程はわからないが……「A」は《最初に食われた時には孵化せず2度目に食われるのを待って孵化し寄生する》という新たな戦略に活路を見いだしたのではないか……。

さて、イモムシに食われ、その体内で2度目に食われるのを待つ「A(カギバラバチ)」の卵──この《「A」の卵を体内に取り込んだイモムシ》をスズメバチが狩り、幼虫のエサにすることもあるだろう。そのさい、「A(カギバラバチ)」が孵化するのは「B」の体内ではなく「スズメバチの幼虫」の体内ということが起こる。そうして「A(カギバラバチ)」はそのまま「スズメバチの幼虫」に寄生するというシナリオが派生する。
「A(カギバラバチ)」が「B」に寄生する基本シナリオよりも「スズメバチの幼虫」に寄生する派生シナリオの方が確率的には低いだろう。しかし食料資源としては「B」より大きな「スズメバチの幼虫」の方が利用価値が高く、「A(カギバラバチ)」幼虫も大きく育ち、より多くの卵を産める成虫になるという利点がありそうな気はする。スズメバチに寄生できる確率は低いが、それがかなえば繁殖能力は高まる──この寄生確率と繁殖率のかねあいで、スズメバチに依存した方が有利であった場合には、「スズメバチがメイン・ターゲット」という選択肢が生まれるのかもしれない。しかし、そうでないとすれば、《「A(カギバラバチ)」のターゲットは「B」が基本》で《「スズメバチへの寄生」はしばしば起こるアクシデント》程度のものではないか……という気もする。
いずれにしても、《スズメバチからカギバラバチが羽化した》という事実だけから、《「宝くじ」的な寄生方法をとる蜂がいる》──というニュアンスのプレゼン(解説)に直結したのだとすると、ちょっと違和感があり、僕にはすんなり納得できなかった。

上記のシナリオはあくまでも想像ではあるが、「A(カギバラバチ)」と「B(Aの寄主でありイモムシの寄生者)」そして「イモムシ」──このような3者の関係は実際に存在するらしい。
飼育環境下で卵から育てたアサギマダラ(蝶)からマダラヤドリバエという寄生蠅が羽化することがあるという。アサギマダラ幼虫にエサとして与えた葉にマダラヤドリバエの卵がついていて、これを食べたアサギマダラ幼虫体内でマダラヤドリバエが孵化し寄生が成立するらしい。そしてアサギマダラ幼虫に寄生したマダラヤドリバエの蛹から、さらにキスジセアカカギバラバチという寄生蜂が羽化することもあるというのだ。キスジセアカカギバラバチもイモムシが食う葉に卵を産みつける。つまり、前述の「A(カギバラバチ)」:「B」:「イモムシ」の関係と「キスジセアカカギバラバチ」:「マダラヤドリバエ」:「アサギマダラ幼虫」の関係は構図としては同じといえる。
アサギマダラのエサとして与えた同じ葉にマダラヤドリバエとキスジセアカカギバラバチの両者の卵があることは、さほど不思議な事ではないだろう。
そうした寄生を受けたイモムシを、たまたまスズメバチが狩ることで《スズメバチからカギバラバチが羽化した》という状況が生まれる──そういうことではないのだろうか?
余談だが、キスジセアカカギバラバチと思われる蜂は狭山丘陵でも見たことがある。ここでもアサギマダラの姿はたまに見かけるが、狭山丘陵でのキスジセアカカギバラバチの寄生ターゲットはアサギマダラではないだろう。おそらく多くの(?)種にフレキシブルに対応(寄生)しうる種類なのだろう。それが、たまたまスズメバチのような狩り蜂に寄生するケースもある──というだけで、寄生蜂が「宝くじ」のような冒険をおかしているわけでは決してないだろうと思う。
仮にスズメバチをメイン・ターゲットとするカギバラバチがいたとしても、そこへ到達するまでには、合理的に説明できるルーツ(シナリオ)が必ずあるはずだ。


ヒバカリ幼蛇の捕食

ヒバカリ幼蛇(ようだ)がオタマジャクシを捕食

先日、ヒバカリ(ヘビ)の幼体がオタマシジャクシを捕食するシーンにでくわし、捕らえたえものを呑み込むまでを観察することができた。まずは、(ヘビ嫌いの人への配慮を兼ねてクッション用に)事後に撮影した現場の画像から(画像にヒバカリは写っていない)。狭山丘陵周辺には小規模ながら田んぼが点在していて、そのわきの小さな水路↓。


こういうところにはオタマジャクシやドジョウがいるが、見て判るように水は浅いし逃げるスペースは少ない。ヒバカリやヤマカガシが狩りを行うには適した環境だろう。
虫見をするようになってから(注意の焦点距離が虫見用に変わったことで)ヘビの発見率がだいぶ落ちていたが……久しぶりのヒバカリとの再会。この日も虫見に歩いていたのだが、田んぼの近くを通りかかったとき、水路の岸辺の水面の一部に波紋が起こった。ドジョウかオタマジャクシが動いたのだろうと思い目を向けると──「おっ!? ヒバカリ幼蛇の捕食だ!」
3mほど離れていたが、目に映った瞬間にハッキリとそれとわかった。僕は四半世紀も前だがヒバカリを飼育したことがある(*)。目に飛び込んできた「動き」は当時観察した「ヒバカリ幼蛇の捕食」そのものだった。
脅かさないようにそっと現場に近づいて確認したときにはヒバカリの幼蛇(幼体のヘビ)はオタマジャクシをくわえていた。


最初に目に映った波紋は、まさにヒバカリがこの獲物を捕まえる瞬間だったのだろう。その場面をハッキリ視認したわけではないが、(過去の飼育観察経験から)しっかり脳裏に思い描くことはできる。
岸辺のヒバカリは頭を水にくぐらせ、上半身を左右にくねらせて獲物を追いかける。水は浅いので獲物は上下方向に逃げることができずその動きは平面方向に限られるので、ヒバカリの攻撃をかわしにくい状況だ。水面下で獲物とヒバカリの頭の追いかけっこが展開され、獲物に追いつき、あるいは交錯する瞬間、ヒバカリはすばやく獲物に噛みついて水の中から引きだす──僕がしっかり視認できたのはそこからだった。
獲物をのみこむ様子を画像に収めたかったが、不用意に近づきすぎると獲物を破棄して逃げてしまうかもしれない。なるべく脅かさないように気を配りながらカメラを向けるが、ヒバカリは隠れるように物陰に移動するので、ベストショットで記録するのは難しい……。以下、控えめに撮った画像を時間の経過順に並べてみる。


うしろに写っている水面が狩りの現場。ヒバカリの幼蛇は成体より黒っぽい。
捕らえたオタマジャクシはヒバカリの頭よりもはるかに大きい。ヘビの口は大きく開くことができ、大きな獲物も丸呑みできる構造になっている。


「自分の頭より大きな獲物を呑み込む」というのは、知らない人には信じがたいイリュージョンではなかろうか。獲物を小さく噛みちぎって食べるのではなく、そのまま丸呑み。しかも……手(前脚)でもあれば口の中に「押し込む」こともできるだろうが、ヘビは手放し(?)状態のまま、大きな獲物を食道に引き込む事ができる。
ヘビの下顎の骨は先端がつながっておらず、クワガタの大顎のように左右に広げることができ、また別々に動かすこともできる。
まず右側の下顎で獲物をがっしりおさえ、左側の下顎を前進させて獲物を深くくわえ直して引きよせる。次にその左側でえものを固定したまま、今度は右側の下顎を前進させて深くくわえ直して引きよせる──この動作を左右交互にくり返して、少しずつ獲物をのどの奥に引き込んでいく。
今回は獲物が大きかったためか、カメラを警戒していたこともあってか、呑み込むのに時間がかかっていた。ちなみにヒバカリは獲物に巻きつくようなこと(呑む前にしめつけて窒息死させる行動)はせず、そのまま呑み込む。


見える位置から撮ろうとすると隠れるので、しばし撮影を自粛。↑の画像から22分余り経過して、ようやく食事も終盤に近づいたヒバカリ↓。


ヘビにも肋骨はあるが胸骨で左右がつながっていない。これが広がることで大きな獲物でもつかえずに呑み込むことができる。獲物を呑んで胴回りが拡張する時は、ふだんウロコの下にたたまれている皮膚がのびて露出する。
ちなみにヘビが脱皮するときにはこのウロコの間の部分がのびた形になるので実際の体よりも抜け殻の方が長くなる(*)。カメムシの脱皮や羽化では抜け殻より大きな本体が出てくるので驚くが、あれとは逆。




今回は捕らえたオタマジャクシを呑み終えるまでに30分を要した。


獲物を呑み込んだ後には、よく口を開閉する。ストレッチで顎や首回りの筋肉や関節をほぐし整えているのだろうか? 甲虫類が下翅を伸ばして畳み直すしぐさに、なんとなく似ている気がする。
野生のヘビが逃げようとする獲物を捕らえるのも大変だろうが、捕らえた獲物をを呑み込むのがまた一苦労だ……今回、見ている方も力が入って、ちょっと疲れた(笑)。
ヘビでは、せっかくとらえた獲物が大きすぎて呑めなかったりうまく吐き出せずに死んでしまうなんて事故もあるらしい。まるで食事のたびにお産でもしているかのようだ。
我々ヒトは食事を道楽にしてしまったが、野生動物にとって餌を摂るということは命がけの活動なのだとあらためて実感する。

大仕事を終えたヒバカリ幼蛇は水路の土の間にもぐりこもうとしたので、全体を撮るためにちょっと出てきてもらった。


(右手にカメラを構えているので)左手だけでは思うように扱えず……とりあえず撮る。ヒバカリ自体、小型の種類だが、幼蛇はとても小さく感じる。これで、ちゃんと狩りができるのだから大したものだ。
ヒバカリの特徴が判る画像を↓。


ヤマカガシにも黄色い首輪模様があったりするが、ヒバカリの首輪模様は背の側でつながっていない。腹板(腹側の幅が広いウロコ)ふちの黒点模様が「点線」のように並ぶ。


口を閉じているとスマートでかわいらしく見える。成長しても全長40~65cmほどの温厚なヘビ。


いた場所に戻すと、水路を泳いで渡った。その途中で止まったシーン↑。
あれだけ大きな獲物を丸呑みにした直後とは思えないスマートなフォルム。捕食シーンを見たことがない人には、こんな小さな頭であれほどの大物を呑み込むとは信じがたいのではないだろうか?
ヘビには不思議が詰まっている──四半世紀ぶりにじっくり鑑賞したヒバカリ幼蛇はこの後対岸に姿を消した。

【昆虫採集】と【昆虫採取】

【昆虫採集】と【昆虫採取】

先日ある昆虫ブログで、ネット上の【昆虫採取】という記述に違和感があるという旨の記事を読んだ。本来なら【昆虫採集】と記すのが適当だという意見。行間からは「そりゃ【昆虫採取】じゃなくて【昆虫採集】というものだ」とたしなめるようなニュアンスが感じられなくもない。うかつに【昆虫採取】を使うと「こいつは【昆虫採集】という言葉も知らないド素人か」と思われかねない?……そんな気もした。

【昆虫採集】と【昆虫採取】──実は僕も迷ったことがある。子どもの頃から「昆虫──」とつけば「昆虫採集」という認識で、ずっと疑うことなくその言葉を使い続けてきた。その間「昆虫採取」という言葉は頭の中になかった。ところがあるとき【昆虫採取】という記述にあたって、「こういう表記もあるのか」と気がついた。「採取」という言葉はあるし、「昆虫」を「採取」すれば「昆虫採取」になる──というのはもっともな話で、この言葉に不自然なところはない。
考えてみたら「採集」には「集める」の意味が含まれる──字面からはそんなニュアンスも読み取れるわけだが、標本にするなど「集める」一環で「採取」するのが「採集」──【昆虫採集】は、本来そうした意味合いの言葉なのだろうとあらためて認識し直した。
厳密に言えば、「採取」は「採集」の中に含まれるのだろうが、(昆虫の場合)一般的にはこれをひとくくりにして「昆虫採集」と呼んでいる……そういうことなのだろうとその時は解釈し、あまり厳密な使い分けがあるわけでもなさなさそうだと理解して、以後その時々で「採集」と「採取」の両方を使っている。

ついでに言えば「虫とり」についての表記は、昨今「虫採り」を使うことが多くなったが、子どもの頃やっていたのは「虫捕り」だった。夏になるとカブトムシやクワガタを「捕り」に行ったものだ。生体を生きたまま捕らえて持ちかえり、飼育する。生きて動き回る姿をながめるのが楽しかった。目当ては「生体」だったから、死んでしまえば役割りは終わり(価値が無くなり)廃棄される……。標本にするなどの目的であれば「虫採り」なのだろうが、「生きている虫」目当てで捕まえていたのだから「虫捕り」と表記するのが妥当だろう。

話を【昆虫採集】と【昆虫採取】に戻して──「昆虫採集」が一般的という認識はあるが、だからといって「昆虫採取」がおかしい(違和感がある)という感覚は僕にはなかった。
例えば……標本にするために虫集めをしているわけでなく、たまたま気になる昆虫をみつけて1匹捕獲した場合、それを「採集」と記して良いものか、迷う人がいてもおかしくないだろう(むしろ自然なためらいといえる)。その場合「採取」の方がふさわしい、あるいは無難だろとう判断で「昆虫採取」を使う人もいるかもしれない。この判断、使い方は批判されるようなものではないはずだ。

あるいは漠然と【昆虫採集】と【昆虫採取】を使い分けている人もいるかもしれない。例えば、「虫屋がするのが【昆虫採集】、昆虫マニアがするのが【昆虫採取】」というようなイメージ分けがあったとしても(それが妥当なイメージ分けかどうかは別に、言葉のもつイメージ・カテゴライズが存在する事自体は)おかしくはない気もする。

言葉としては【昆虫採取】があっても、ちっともおかしくはないと(僕は)思うのだが……それとも「昆虫採集」でなくてはならない理由、あるいは「昆虫採取」であっては不都合だという明確な理由があるのだろうか?

昆虫の数え方(「1匹」なのか「1頭」なのか──*)というハナシにも、ちょっと通じる気もするが……僕は虫屋ではないし、慣例にこだわりはない。普通の人が普通に読んで理解しやすい(真意が伝わりやすい)表記であれば良いと考えている。【昆虫採取】という言葉に偏見(?)はない。

はたして虫屋さんの何割が【昆虫採取】という言葉に違和感・抵抗感を覚え、どれだけの人が「【昆虫採集】を使うべき」あるいは「【昆虫採取】は使うべきだはない」と考えているのかわからないが、僕も使う言葉なので思うところを記しておくしだい。

*昆虫は「1匹」or「1頭」?…助数詞について

https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-530.html

■エッセイ・雑記 ~メニュー~
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-130.html

エメラルドを隠し持つムツボシタマムシ

翅を開くとエメラルドの輝き!ムツボシタマムシ



擬木の上を歩き回るムツボシタマムシを見つけた。この虫はすぐに飛び去るのでなかなかじっくり撮ることができない。この個体も翅を広げて飛び立とうとする仕草を見せたが、故障しているらしく離陸できずにいた。こうした状況は3年ぶり(*)。気の毒ながら、飛び去ることができないのをいいことにカメラを向けた。




ムツボシタマムシは、手もとの図鑑では7~12mmと記されているが今回みつけたのは、ずいぶん小さめの個体だった。




ムツボシタマムシは美麗昆虫の代表格ヤマトタマムシ(30~41mm)にくらべるとずいぶん小さいし、一見、色合いも地味だ。よく見れば凹んだ紋には鈍い金属光沢があって、光線の加減で金~薄緑色にみえたりして、それなりにシブい美しさがあるのだが……この普段の姿が目に入っても多くの人は気にとめることがないだろう。
ところが、一見地味なこの昆虫が飛翔する瞬間を目にした人はハッと息をのむに違いない。ふだん翅で隠されている腹の背面が、実はすばらしく美しい。翅を広げた瞬間、このエメラルドの輝きがあらわになるのである。
今回見つけた翅を故障した個体は離陸できずに何度も翅を開くので、その瞬間をいくつか撮ることができた。










昆虫のメタリックな輝きは画像にするとかなり目減りしてしまうものだが……それでも宝石のように輝いていることはおわかりいただけると思う。
ムツボシタマムシは翅を広げた姿が、とにかく美しい!
一般民間人的にはきらびやかな昆虫を見るとテンションがあがる。せっかくこれほどの輝きを持っていながら、ふだん翅で隠しているのが非常に惜しい。まことにもったいない。残念でならない。やりきれない。くやしいったりゃありゃしない!

これは例えてみれば……いつもさえない衣類を身にまとっているオッサンが、しょぼい服を脱いだら宝石だらけのピッカピカのステテコを履いていた──みたいなのもだ。「おまえ、着飾るところ、間違ってるだろ!」と言いたくなる。
エメラルドのステテコを履いたオッサン──エメラルド・ステテコッサンの別名を与えたくなる……なんて私情はさておいて。
「いったい、どうして、一番美しいところがそこなんだよ」と思わずにはいられない。2年前もいろいろ考えてみたが、今回もあれこれと妄想が展開した。考えたコトを全て紹介していくと煩雑になるので、解釈として一番妥当そうなものを1つだけ記しておくことにする。

飛翔時限定の《宝石の輝き》の理由!?

ふだん翅の下に隠されているエメラルドグリーンの腹──これは飛翔している間だけ露出し、この上なく目立つ。ということは逆に、降りて翅をたたんでしまえば隠蔽効果が高まる──ということなのではないだろうか。
鳥(天敵)が近づくなどして危険を察知したムツボシタマムシは飛翔して逃げようとする。飛んでいる間は輝く腹の背面がよく目立つので、敵はこの《エメラルドの輝き》に注目して追尾するに違いない。そこで追いつかれる前に降りて翅をたたんでしまえば、《エメラルドの輝き》を追っていた敵は目標を見失う。翅を閉じたムツボシタマムシをスルーして《エメラルドの輝き》を探しつづけることになるだろう。こうして「飛翔時限定の輝き」はムツボシタマムシの危機回避に役立ち、生存率を高めているのではあるまいか……。
久しぶりにムツボシタマムシの《エメラルドの輝き》を見て、そんなことを考えた。
ところで、宝石にも(「花言葉」のような)「石言葉」というのがあって、エメラルドの石言葉は「幸運・幸福・希望・安定」だそうだ。翅の下にそれを隠し持っているムツボシタマムシは、縁起が良い昆虫といえるかもしれない。

気づけば今日6月4日は《虫の日(「6・4」で「む・し」)》だ。
64(むし)の日に、6ツボ4タマ64……ということで。

ついでに、やはり擬木の上でメタリックな輝きを放っていたイモサルハムシ↓。





シロコブゾウムシの《いないいないバア》

《いないいないばあ》シロコブゾウムシは眼を隠す



クズの葉の上にシロコブゾウムシがでていた。13~15mmほどの大きめのゾウムシ。クズやハギ、フジ、ニセアカシア(ハリエンジュ)などマメ科植物の葉を食べる。


黒いつぶらな眼が目を引く。このクリッとした眼を見ると昆虫なのに動物(ほ乳類)っぽい感じがする(──のは僕だけ?)。僕はシロコブゾウムシを見たびにアグーチという綱齧歯目パカ科の動物を連想してしまう。


「ゾウムシ」の名がついているが口吻は短く、ちっともゾウっぽくない。それよりやっぱり「アグーチ虫」だ──と僕は密かに思っている。動物っぽい眼は今にもパチクリとまばたきしそうに見えるが、もちろん瞼(まぶた)のない昆虫がまばたきなどするはずがない──ところがある日、葉から落ちて死んだフリ(擬死)をしたシロコブゾウムシを見て仰天した。
「眼を閉じている!?!」──そう見えたのだ(*)。眼をつむる昆虫などあり得ない。
じつは触角で眼を隠していたのだが、このギミックには感心した。説明するより見た方が早い。久しぶりに披露していただくことにした。




よくみるとシロコブゾウムシの顔には触角を収納する溝がついていて、これにそって触角をたたむと、ちょうど複眼がかくれるようになっている。危険を感じて擬死状態になったときなど触角をたたんで眼を隠す仕様だ。本来なら、そんな非常時には外敵の動きが見えるように視界は確保しておいた方が良さそうな気もするが……あえて眼をかくすのには「外敵の確認」よりも大きなメリットがあるからに違いない。《目立つ眼を隠す》ことで「外敵に見つかりにくくなる」のではないか──僕はそう考えた。
昆虫の捕食者である鳥などは《眼》には敏感に反応する。昆虫には眼状紋とよばれる目玉模様を持つものが多いが、これも捕食者の鳥の反応が反映してのことらしい(鳥で行った実験では大きな目玉模様には威嚇効果があり、小さな目玉模様には攻撃を誘導させる効果があったそうな)。
昆虫の目玉模様に反応してしまうくらい鳥は《眼》には過敏に(?)反応する。そうした鳥達の強力な《眼サーチ》をのがれるために、シロコブゾウムシは眼を隠すのではないか?
危険を感じて落下したとき、擬死状態でじっと動かず、さらに《目立つ眼を隠す》ことで、より見つかりにくくし生存率を高めている──そんな解釈も成立しそうな気がする。



こちらは、欄干(らんかん)のフチを歩いていたシロコブゾウムシ。そばに生えた食樹ニセアカシア(ハリエンジュ)から落下し、木に戻ろうとして欄干を登ってきてしまったのだろう。枝のある、より高いところを目指して欄干最上部まできたものの、シロコブゾウムには飛翔能力がないので(※後述)これより先へは進めない。
さまよえるシロコブゾウムを正面から撮ってみた。


複眼はつぶらで可愛らしいのだが、縦に割れた口は怪しく恐ろしげ!?
ついでに、例のスペシャル芸《いないいないばあ》を披露したらニセアカシアにもどしてやることにした。


──ということで、


これだけパッチリした眼だと、天敵とも「目が合ってしまう」危険は高いのではあるまいか。やはり眼を隠した姿でいる方が敵には見つかりにくそうだ。
希望通りのショットを撮らせてもらったので、シロコブゾウムシをニセアカシアに戻す。すると飢餓状態だったのか、すぐに葉を食べ始めた。


葉の縁から弧を描いてしゃくるように頭が動くと、口が通過したあとの部分が消えていく。縦に割れた口は、こんな食べ方をするのに適している。




頭の描く弧が大きくなり、通過スペースの空間がどんどん広がっていくのがおもしろい。
ニセアカシアに戻す前に撮った大きさ比較ショット↓。


シロコブゾウムシの退化した後翅

僕はシロコブゾウムシが飛ぶところも飛ぼうとしているところも見たことがない。だから、危険が迫ると落下専門で、眼を隠して死んだフリ……飛べないものだと思っていた。しかし、ネット上では、(苦手ながら?)飛ぶこともできると明記しているサイトもある。飛ぶことができないと記されたサイトが多いものの、まれには飛ぶことがあって、それを見た人がいるのだろうか?
飛んでいるシーンの画像でもあれば、飛翔能力があることが確かめられるが、該当画像は見つけられなかった。飛べないことを示す画像でもあれば……と検索してみたが、これも見当たらず、しばらく疑問に思っていた。
しかし3年前に、偶然、翅鞘(前翅)の片方が脱落したソロコブゾウムシを見つけ、退化した後翅と思われる部分を見ることができた。


どうしてこのような姿になったのかは不明だが、この姿勢で擬木のふちにとまっていた。後翅があるはずの位置には細い膜状の器官が……。


矢印の部分が後翅だろう──退化して小さくなっている。これでは飛ぶことはできまい。
センチコガネのように飛べるものと飛べないものが混在している種類もあるのだから、飛べない(だろう)シロコブゾウムシがいたからといって全てのシロコブゾウムシが飛べないとは言えないのかもしれないが……たぶんシロコブゾウムシは「飛べない」のだろうと思っている。


葉上の燕尾服キョンシー~カミキリ@栗

葉上にタキシード姿のこびとキョンシー!?



ラミーカミキリは《タキシード姿のキョンシー》風の模様がおもしろい。見るとつい撮りたくなってしまう。撮るとやっぱり「ふきだし」をつけたくなる。「ふきだし」が似合うカミキリNo.1といえばラミーカミキリであろう。
外来種のようだが、Wikipediaによればラミーカミキリが日本に入って来たのは幕末から明治にかけてのことらしい。しかしこのカミキリが東京で見られるようになったのはつい最近。温暖化にともなって分布域が北上しているという見方もあるとか。


ラミーカミキリは体長8~17mmで、カラムシ・ヤブマオ・ムクゲなどをホストとする。オスはメスよりスリムで、顔や腹面が白(青白)っぽい。




オスに比べてメスは太め。






♂と♀を並べると違いがわかる。


個体によっても模様には違いがある。


左の個体↑はポケットチーフが4つもあって、ズボンの膝に穴があいているように見える。右の個体は眼状紋が小さめでポケットチーフも控えめ。♀だが、その割には顔前面や前胸腹側の黒い部分が少ない個体だった↓


カミキリ屋さんの人気ランキングでの扱いはわからないが……一般的にはラミーカミキリは人気があるカミキリだと思う。昆虫主体ではない一般のブログでもラミーカミキリはしばしば登場している。ユニークな模様が目を引くのだろう。ふだん昆虫に関心が無い人でも記事にしがちな昆虫といえば、背中にハート模様のあるエサキモンキツノカメムシが思い浮かぶが、これと双璧をなしているのがラミーカミキリではないか──という気もする。


栗の花に集まるカミキリなど



今、狭山丘陵ではあちこちで栗の花が咲いて、陽当たりの良いところではチョウやハチ、アブ、ハナムグリ、カミキリなど色々な昆虫が集まってきている。裸眼で確認できたカミキリは、トガリバアカネトラカミキリ・キイロトラカミキリ・キスジトラカミキリ・エグリトラカミキリ・トゲヒゲトラカミキリ・キマダラミヤマカミキリ・ベニカミキリ。撮れるところにいたのは↓。






栗の切られた枝にはガロアケシカミキリのペアがいた↓。


クリではないが、クワの切られた枝ではマルモンサビカミキリがみられた。