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2016年04月の記事 (1/2)

いま緑道を歩くと もれなくついてくる…


いま緑道を歩くと、もれなく蛾の幼虫がついてくる

この時期に雑木林沿いの遊歩道では、宙にぶら下がっている蛾の幼虫をあちこちでみかける。人間には嫌われがちなイモムシ毛虫たちだが、鳥達の子育てには欠かせない──ヒナたちを支える栄養源として、その供給量を実感できる光景だ。そんな環境を歩けば、ヒナの栄養源が服につくのも無理からぬこと。時々、服を這うイモムシに気がついて大騒ぎする人の姿も見かけるが、今ブランコ幼虫に触れずに歩くことなど、雨の中を雨粒をよけながら濡れずに歩くようなものだ。
この時期に、緑地を歩けば、蛾の幼虫がもれなくついてくる。

服についた蛾の幼虫は、そのつど取り除くが、気づかないことも多い。服の上を這っているときはわからない。そのまま這い上がって来て首筋に達すると、ようやくこそばゆさを感じて気づく。そこでうっかり掻いてしまうとぶちゅっと潰してしまうことになるので、そっとつまんでとりのぞく。食植物ががわかっていればホストにかえすこともあるが、判らないものは近くの草にポイ。幼虫が無事にホストに帰れるかは怪しいが、クモやサシガメ、カマキリなどの餌になったり、行き倒れになったとしてもアリの餌くらいにはなるだろうから、無駄にはなるまい。

この時期、雨が降っているわけでも陽が射しているわけでもないのに傘をさして散歩している人を見かけることがあるが、あれは、イモムシ毛虫よけなのだろうと思っている。緑地を散歩し小鳥の姿を見るのは好きでも、そのヒナの栄養源との触れ合いは遠慮したいと考える人はきっと少なくない。

ギボッチ(擬木ウォッチ)コース散策後、電車に乗るさいには、いちおう毛虫イモムシがついていないかチェックするが、それでも見落とすことはある。電車の中で、あるいは帰りに立ち寄ったスーパーの中で突然視界にヒナの栄養源が出現し「……」状態になることもないではない。先日もスーパーのレジで並んでいるときに、帽子のひさしのふちをイモムシが尺をとりながら現れた。
走行中の電車内や店舗内では、幼虫をみつけても、つまんでそこらに捨てることははばかられる。イモムシ毛虫が嫌いな人は多いし、対応の仕方によっては波乱を呼びかねない。レジで帽子のひさしにシャクトリムシが出現した時は、すみやかに小型容器を取り出し、幼虫を回収してバッグにおさめ事なきを得た。

イモムシ毛虫の出現で騒ぎあわてふためくのは、ちょっと恥ずかしい。さりげなく容器に回収する方がスマートというものだ。備えあれば憂い無し。僕は基本的には昆虫採集はしないのだが、備えとして小型容器を持ち歩いている。カメムシが落とした抜け殻などを回収するときなど、たまに使うのだが、これがしばしば役に立つのが、この時期である。緑道を歩く人は、電車内や屋内で(もれなくついてきた)ヒナの栄養源に気づいた時の対応について、想定しておくのがたしなみかもしれない。
しかし……あとで考えてみると、本来ヒトがあまり想定していない(?)イモムシ毛虫の出現で、あたりまえのようにそれを容器に回収しバッグに収めるヒトというのも、それはそれなりに怪しいのかもしれない……。

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ミズキ開花:4月下旬の昆虫

キンケトラカミキリ@ミズキほか4月下旬の昆虫



狭山丘陵のミズキも4月下旬に入って咲き始めた。陽当たりの良い花には虫がよく集まる。カミキリが来ていないか探すと、こんな姿が……↓。


撮るには少し遠いところにある花に、ちょっと大きめで黄色っぽいトラカミキリがいるのはわかった。キイロトラカミキリだろうかと思って、撮って画像を拡大してみると、模様が違う……キンケトラカミキリのような。もっとアップで撮りたかったが、位置が悪くて近づけなかった……。
ミズキはまだ蕾も多い。満開はGWの頃だろう。
ミズキの花にはトゲヒゲトラカミキリも来ていた。花では撮れなかったので、擬木の上にいたヤツを↓。


この個体↑は右前脚が欠けていた。トゲヒゲトラカミキリはトウキョウトラカミキリに代わって目につくことが多くなってきた。
擬木にいたゴマフカミキリ↓。


擬木を歩くゴマフカミキリを追っていると、ヒシカミキリがフレームインしてきた。


ゴマフカミキリ(10~16mm)もそう大きな昆虫ではないが、ヒシカミキリ(3~5mm)と並ぶとデカく見える。そのヒシカミキリ↓。


やはり極小サイズのヨツボシチビヒラタカミキリは粗朶(そだ)でも↓。


小さな昆虫に目が馴れてくると、このアオマダラタマムシ(17~29mm)サイズの昆虫は大きく感じる↓。




アオマダラタマムシはヤマトタマムシほどハデではないが、にぶいながら金属光沢があって、よく見ると美しい。上翅には立体的な模様があってウバタマムシを思わせる。
4月下旬に入ってエゴシギゾウムシの姿も見るようになった。黒っぽい模様の部分が赤茶色の固体をたまに見るが、羽化してあまり時間が経過していない(ので色が定着していない)のだろうか? それとも単なる個体差による色の違いなのか?




赤茶色のエゴシギゾウムシ──カメラを向けると擬木の縁にスタンバったので、飛びそうだな……と思ったら翅を広げた。が、この時は飛び立てず。一度翅をたたんでしきりなおすと、飛翔した。
こちら↓は通常の体色のエゴシギゾウムシ。


エゴシギゾウムシ(5.5~7mm)を初めて見た時は「小さい」と感じたが、その後極小サイズのチビシギゾウムシ類を知ってからは、「余裕のある大きさ(?)」と感じるようになった。画像右下の画像(楕円の中)はエゴシギゾウムシと同じ日に見たジュウジチビシギゾウムシ(2~3mmほど)。模様はよく似ているが、大きさがかなり違う。
ということで、小さなジュウジチビシギゾウムシと、同日みつけた大きなシロコブゾウムシを比べてみた↓。




シロコブゾウムシは擬木の支柱側面にとまっていたが、やはり擬木にとまっていたカオジロヒゲナガゾムウシ↓。




ちょっと前に【眠れる森の長老!?ミミズク幼虫】で紹介したミミズク──その時は幼虫だったが、今年初の成虫↓。


今年初のイタドリハムシ↓。


ピッカピカの虹色葉虫アカガネサルハムシ



擬木の上で虹色に輝いていたのは──目に入った瞬間わかったアカガネサルハムシ。珍しい昆虫ではないのだが、美しいことこの上ない。今年の年賀記事にも抜擢した昆虫でもあるのだが……画像にしてみると全然その輝きが感じられず、ガッカリするのも毎度のコト……。


撮り始めると落下したので、近くの葉に止まらせて撮影↓。




毎回感じるが……光沢昆虫は(も)、キレイに撮るのが難しい……。

ピッカピカのセモンジンガサハムシGX他

きらめく《金のX》セモンジンガサハムシ



個人的には背紋GX(セモンGoldenX)と呼んでいるセモンジンガサハムシ。光を通す《透明な部分》と光を吸収する《黒い部分》、そして光を反射する《金色の部分》を併せ持ったきれいな昆虫で、円形のフォルムもユニークかつ美しい。擬木の上でキラキラ輝く姿を見つけたので撮ってみた。




体長5.5~6.5mmと小さな昆虫だが、黒地に輝く《黄金のX》は目を引く。
ふだんはサクラの葉の裏でみかけることが多いが、その通常の状態では逆光になるため、これほどキラキラ輝いては見えない。越冬明けの個体が陽の当たる暖かい擬木の上に出ていたたのだろう。順光の中でトレードマークのGoldenXがいっそう輝いて見えた。








順光で金色の輝きはきれいに見えたが(画像ではかなり目減りしてしまっており、実際はもっとキラキラ輝いてみえる)、擬木の上ではふちの部分の《透明感》がよくわからない……ということで過去に撮影した、葉の裏にとまっている画像を↓。


ユニークな円形シールドは、その内側に触角や脚を引っ込めて葉に密着すれば、アリなどの敵をシャットアウトできる形なのだろう。防壁効果を高めるためにシールドがはりだしたことで、そのぶん視界は被われることとになるが、透明なことで敵影を察知できるのだろう。


金色の部分は背中中央のX紋、前胸の背面にも一対の紋がある。そして黒い部分を縁取ってもいるのだが、こうした金色部分の輝きは個体によって差があって、薄茶色程度の鈍い色合いのものもいる。手もとにある甲虫図鑑では標本写真のためか金色の輝きが失われ、イチモンジカメノコハムシとまぎらわしい。じっさい、セモンジンガサハムシとイチモンジカメノコハムシを間違えた記事を目にすることもある。
ということで、ワイヤーフェンスにとまっていたイチモンジカメノコハムシとの比較画像を──↓。


イチモンジカメノコハムシは、よくムラサキシキブでみかける。この個体は右の触角が欠けていたが、イチモンジカメノコハムシの触角は先端から中ほどまでが黒っぽい。


一方、セモンジンガサハムシは──↓。




体長もイチモンジカメノコハムシ(7.5~8.5mm)の方がセモンジンガサハムシ(5.5~6.5mm)よりも大きい。


おじゃま虫も増えてきた

ところで……今回、セモンジンガサハムシを撮影していた時は気がつかなかったのだが……その体に小さな虫が乗っている画像がいくつかあった。


春になって擬木の上に色々な虫が見られるようになって来たが……狙いの昆虫を撮ろうとしている時にフレームインしてくるオジャマ虫も増えてきた……。






このところ、蛾やチョウの幼虫などの姿も増えてきた。そんな中、ウコンカギバの幼虫の姿も……ドラゴンっぽい姿は見応えがあるので、これはオジャマ虫ではなく、ありがたい虫↓。




ミヤマシギゾウムシを撮っていたら、フレームインしてきたカメムシ幼虫↓


コブヒゲカスミカメの成虫はこんな姿↓。


擬木の上には、枝から落ちたイモムシ・ケムシなどが登ってくるが、そうした蛾の幼虫などを食うヨツボシヒラタシデムシも出てきた。


ヨツボシヒラタシデムシは、以前「ひげ噛み行動」を観察して個人的に盛り上がった(?)思い出深い昆虫。この虫がそうであるかはどうかは判らないが、交尾の際に♀の保定のために「ひげ噛み行動」を行う昆虫の中には、交尾後に♀の触角を噛み切って他の♂との交尾を妨害する「噛み切り行動」を獲得したものが存在するのではないか──と密かに予想している。


ヨコヤマトラカミキリのエンブレム



これは昨年5月に撮ったヨミヤマトラカミキリ↑。背中(上翅)に「ハ」の字型の白紋がある。背景の花はミズキだが、今年はまだ咲いていない。ヨミヤマトラカミキリが見られるのは4月下旬頃からだろう……そう予想していたのだが、今年は4月中旬のうちに初個体を確認することができた。

背中の《ハ》紋は《ヨコヤマトラ》と読む!?



今シーズン初のヨミヤマトラカミキリは柵の上にいた。見つけた時は静止していたが、画像を見ると尻のあたりに下翅がのぞいているので、飛来したばかりだったのかもしれない。触角をグルーミングしていた。しかしカメラを近づけると動き出し、そのせわしないことアリのごとし。配色が似ているムネアカオオアリに擬態しているのではないかというハナシもあるが、動きもアリにそっくり。


ちゃんと撮れる気が全然しなかったが……やはり、すぐに飛翔してしまった。


今回なんとか撮れたのがこの程度……↑。とりあえず発生は確認できたということで。
ところで、トウキョウトラカミキリについては上翅の《T》模様が「TokyoTora」のイニシャルになっていることにアッパレ感を覚えて何度かネタにしてきた↓。


(※↑【TokyoToraカミキリの模様】より再掲載)
ヨコヤマトラカミキリにもこんなトレードマークがあったらいいのに──と思わないでもない。トウキョウトラカミキリのように、上翅に《Y》模様(「Yokoyamatora」のイニシャル)があればいいのだが……ヨコヤマトラカミキリには、そんな都合の良い模様はない。特徴的な白紋は、どうがんばっても漢数字の「八」か片仮名の「ハ」にしか見えない。
ちなみに、この「ハ」の字紋はアリに擬態するため「くびれ」を偽装するのに一役買っているのではあるまいか……という解釈もできそうな気がするが……それはさておいて──。
この《八》もしくは《ハ》の字の紋を持つトラカミキリが、もし「八木トラカミキリ」とか「ハセガワトラカミキリ」()という名前だったとしたら、頭文字と背中の紋とが合致することになり好都合だった。なのにどうして「ヨコヤマトラカミキリ」なんだか……。和名の「ヨコヤマ」は横山桐郎という昆虫学者に由来するものらしいが、このヒトの名前が「八木」さんか「長谷川」さんだったら良かったのになぁ……なんてため息をついてしまったのは僕だけであろう。
もうこうなったら、この《ハ》の字型の紋を「ヨコヤマトラ」と読ませるしかあるまい!──ということで思案してみた。
いささか強引な気はするが……《ハ》を「ヨコヤマトラ」と読ませる方法は、ないでもない。ひねり出した解読案は「50音図」を使ったもの。これは図解した方がわかりやすいだろう。


──というしだい。
《ハ》=「横《ヤマ》と《ラ》」──ということで。
「TokyoToraカミキリ」のような明快さはないけれど……キアイを入れれば、「横ヤマとラ」と読める!(……ハズ)

4月中旬のカミキリから





イニシャルのトレードマーク《T》を背負ったトウキョウトラカミキリ。この個体では《T》が側面の模様とつながっていた。
これは別個体↓。




トウキョウトラカミキリ↑は頭を下にすると背中(上翅)の模様が人の顔にも見えるが、やはり顔に見えてしまう(あくまでも個人的印象)模様をもつトラカミキリ──シラケトラカミキリも出てきた↓。


和名の「シラケ」は「白毛」に由来するのだろうが……「シラケトラ」という響きから「しらけ鳥(音頭)」を連想してしまうのは僕だけではあるまい。シラケトラカミキリを撮ろうとして飛び去られてしまうと、「し~らけと~ら 飛~んで行く 南の空へ……」(『しらけ鳥音頭』の節回しで)と、《心の俳句》ならぬ《心の替え歌》が脳内再生されてしまい、シラケトラカミキリの背中の模様までもが小松政夫の顔に見えてしまう……。


そして3月の終わりから出ているヨツボシチビヒラタカミキリ。






ヨモギなどキク科の植物につくキクスイカミキリも出てきた。


ヒシカミキリは本当に飛べないのか?





極小カミキリはこの周辺でもいくつか見られるが、ヒシカミキリはその中でちょっと風変わりな印象がある。肩幅(上翅の上部)が狭く、プロポーションのイメージが、あまりカミキリっぽくない。オサムシなど飛翔筋が退化した甲虫類にみられがちな「なで肩」体型(オサムシの中までも飛翔能力がある種類は「いかり肩」)に見える。
ガードパイプの反射テープにとまっていた別個体↓。「なで肩」なのがわかる。


ネット上には、ヒシカミキリは後翅が退化しているとか、飛ぶことができないという情報があるようだが、僕もヒシカミキリが飛ぶ姿は見たことがない──と思っていたのだが……。
これはまた別の個体↓。擬木のふちで上翅を広げるしぐさをした。


「飛ぶことができなくても上翅を広げることはできるのか」と思い、そのシーンを撮ろうとシャッターを切ったのだが……次の瞬間、その姿は擬木の上から消えていた。
ヤツはどこへ行った!? もしや……飛んだのではあるまいか?──そんな思いが頭をよぎる。
画像は不鮮明になってしまったが……上翅を開いているのは確認できる。
飛べないのであれば「落下した」と考えるのが妥当なところだろう。危険を察知すると落下する昆虫は多い。飛べない昆虫でも落下することで危険を回避することはできる。
ただ、落下すれば良いのであれば、なぜその直前に前翅を開く動作が必要だったのだろう? 落下するだけなら、そんな無駄な行動はせずにそのまま落ちれば良さそうなものだ。
上翅を開いたのは「飛ぶ」動作だったのではないか?……と考えたくなる。
「飛翔すると見せかけて落下することでのフェイント効果」を狙ってのことだろうか?
昆虫が陽動的な狙いをもってフェイントをかけたとは思えないが、本人(本虫)には飛べた時の飛翔システムをそのまま受け継がれていて、危険が迫ると飛翔衝動のスイッチが入る──だけど飛べないので落下する。飛翔はできなくてもそうした行動をとり続けることで生存率は高められるということで「飛ぼうとする行動(その結果落下する)」は飛べなくなってからも受け継がれているのではないか……そんな解釈も成り立ちそうな気がしないでもない。
もっとも、本当にヒシカミキリが飛べないのか──ホントのところは僕にはよくわからない。
案外、後日、飛翔する姿を目撃して「なんだ! 飛べるのか!」と認識をあたらにするなんてこともあるかもしれない。

※【追記】「ハセガワトラカミキリ」という名前のカミキリは既にいました。ちゃんと背中に「ハ」の模様があってアッパレ!なカミキリだった(僕はまだ実際に見たことがない)。


眠れる森の長老!?ミミズク幼虫

眠れる森の美女…ならぬ長老!?



まずはこの人相(?)画↑をしっかり脳裏に焼き付けていただきたい。ギボッチ(擬木ウォッチ)で雑木林沿いの遊歩道を歩いていると、ときたま出会う。僕は密かに《眠れる森の長老》と呼んでいるのだが……気配を消して背景に溶け込んでいる。深い眠りについているようでもあり、瞑想にふけっているようにも見える……。アボリジニ風でもありモーガン・フリーマンに似ていなくもない。マンガ『ちびまる子ちゃん』に登場するはまじの祖父(浜崎 辰五郎)にもちょっと似ているかもしれない……しかし、僕は、すぐにピンときた──「おのれ……きさま、人間ではないな!?」

幼虫時代はうすっぺらいミミズク(耳蝉)



さて、その実写画像がこれ↑。横から見た姿。一見、鳥糞っぽくも見えるが、上から見ると↓。


と、いうわけ。擬木表面にぴったりはりついているので輪郭がわかりづらいが、《眠れる森の長老》に見えなくもない!? 一度脳みそが、そう空目認証してしまうと、次から自動的にそう見えてしまって、しかたがない……。


空目を断ち切ってよく観察すると……脚は体にぴったり隙間なく収納できるデザインになっている。ボディラインを隠す効果があるのだろう。体全体が扁平だが特に張り出した縁の部分は薄く透けていて、下の色と同化して見えることも輪郭を判りづらくしている。この個体は白っぽい模様が入っているが、これもボティラインをかく乱したり、背景の樹皮に似せる隠蔽効果の意味がありそうな気がする。白がまじることで鳥糞ぽくも見える。


昨年同じ時期に撮っていたミミズク幼虫の腹面↑。ミミズクもセミやヨコバイなどと同じカメムシ目の昆虫で、植物の汁を吸うための細長い口吻が見える。


ミミズクの幼虫はしばしば見かけるが、これは大きめの個体だった。


幼虫は扁平体型だが、前胸背面に一対、もりあがった部分が見える。これが成虫になったとき大きな耳介状突起になるのだろう。成虫はこんな姿↓。


これ↑は昨年12月に撮ったもの。【ミミズクのダンス】より再掲載。

手のりコミミズクならぬ指のりコミミズクほか

成虫の耳介状の突起が印象的なミミズクだが、この耳介状突起がないコミミズクという種類もいる。コミミズクは冬の間よく幼虫をみかけるが、4月に入って成虫を見かけるようになった。


耳のような突起がないミミズクなのだから、コミミズクというよりフクロウ?


コミミズクの成虫と幼虫の姿を昨年の画像から↓。


ミミズクもコミミズクもカメムシ目の昆虫。
カメムシつながりで……アカスジキンカメムシも越冬個体が出てきた。


アカスジキンカメムシが終齢(5齢)幼虫で越冬し、春になると羽化することは知っていた。ただ、越冬に入る幼虫の中には終齢(5齢)に達していないものもまじっていることがあって、彼らも冬が越せるのかと、ちょっと心配したりもしたのだが……終齢(5齢)でなくても、冬越しできる(ものもいる)ようだ。


越冬明けのアカスジキンカメムシ4齢幼虫↑。
蛾ではアシブトチズモンアオシャクがガードレールにとまっていた↓。この蛾の緑色も美しい。



TokyoToraカミキリの模様



東京産トウキョウトラカミキリの《T》マーク

先日【フーテンの寅&モン無しのチビヒラタ天牛?他】で東京産トウキョウトラカミキリの画像を投稿したが……背景がちょっと汚く、残念感が残っていた。ということで、その後に東京都側でみつけたトウキョウトラカミキリの画像を、撮影個体の《T》模様を使ったロゴなどを交えながら、あらためてまとめてみることに。


擬木上にいたのは模様が鮮明な個体。ちなみに路面に散乱している白いもの↑は散った桜の花びら。毎春、トウキョウトラカミキリはトゲヒゲトラカミキリより少し早く出てくる。




本人(本虫)の背中の模様=《T》マークを使ったロゴで↑。模様には個体差がある。
撮影時には気づかなかったが、この個体は右後脚の先端部──爪が欠けていた。


イニシャルの入った上翅を大写しにすると、もようが白っぽい微毛の有無でできていることがわかる。


小雨がぱらつき出した擬木の上にいた別個体↓。


こちらは左後脚が欠けていた。この上翅もクロッズアップしてみる↓。


さらに別個体のトウキョウトラカミキリ@擬木↓。


《T》マークがクッキリめの個体だったので、やはり上翅を大写しにしてみる。




カメラを近づけると動き出した。


支柱を下り始めたので指で行く手をさえぎると、その指に登ってきた。


ということで、今回の冒頭の画像はこの個体。


例によって飛び去ったが……翅を広げたシーンがうまく撮れず……。シャッターを切るのがわずかに早かった。逆にちょっと遅れれば飛び去った後だし……テイクオフ・シーンはタイミングが難しい。
同日やはり擬木の上にいたヨツボシチビヒラタカミキリでも、微毛による紋(模様)を再確認↓。




ヨツボシチビヒラタカミキリで模様が不鮮明な個体は先日【ヨツボシチビヒラタカミキリの白紋他】で投稿したが、トウキョウトラカミキリでも不明瞭な個体がいる。




そして、小雨の中、虫の息だった、模様がないカミキリ↓。


目に入った時はトウキョウトラカミキリかと思ったが、トレードマークがない。僕にはもようのないカミキリを見分けるのは難しいが……模様を形成する微毛がないのか? 黒化型なのか……?
ひょっとすると、濡れた石が黒っぽく見えるように、雨で微毛部分が濡れ(乱反射せずに)光が吸収されて全体が黒っぽく見えていたのだろうか……などと後になって思ってみたのだが、サダカなことはわからない。

ベニモンアオリンガ&そっくり芽鱗ほか

キュートなベニモンアオリンガ&そっくり芽鱗





春になるとツツジ類の植込み沿いの擬木でしばしば見られるベニモンアオリンガ(発生は年2~3回)。少し前に【モフモフでキレイな蛾:アカスジアオリンガ】を紹介したが、ベニモンアオリンガもなかなかキュートな蛾。黄色を基調にピンクの紋やパープルの縁取り──パステル調のあわい色合いが美しい。




初めてこの蛾を擬木で見たときは、植物片だと思った。擬木の上や周辺には散った桜の花びらやら柄の部分(がく片・がく筒・小花柄)、他の木の花やらなんやらが散乱しており、その時期、良く似た植物片も見かけていたからだ。
その植物片とベニモンアオリンガの比較↓。


パッと見、よく似ている。この植物片はミズキの芽をおおっていた芽鱗(がりん)というカバーで、葉が展開するとその役目を終えて落ちる。


これは去年撮影して作成していた画像↑(使う機会がないまま保留していた)。そして今年、擬態の上に落ちていた芽鱗(がりん)の一部↓。


散った芽鱗の赤みの濃淡は色々。また、ベニモンアオリンガのピンクの紋(紅紋)も個体によって様々で、消失したものもいる↓。


こうしたバリエーションの幅のあるミズキの芽鱗が散乱している時期にベニモンアオリンガを見ると、まるで擬態しているかのように見えてしまう。
ベニモンアオリンガの幼虫食餌植物はツツジ類だそうだから、ミズキとは直接関係がない──擬態効果が本当にあるのかどうかはわからないが……僕がこれを見てベニモンアオリンガを植物片と誤認したのだから、天敵の鳥が騙されることもありそうな気はしないでもない。
本来のホストのツツジ類でも、よく黄色~赤っぽく変色した葉がついているので、ベニモンアオリンガの色合いはカムフラージュ効果はありそうな気がする。




ちなみに大きさはこんな感じ↓。例によって直径20mmの1円硬貨と。


怪獣チックなカギシロスジアオシャク幼虫



擬木にとまっているのは蛾(成虫)ばかりではない。幼虫の姿も増えてきた。枝や葉にとまっていれば隠蔽効果抜群のデザインや色合いも、擬木の上では逆に目立ってしまう……。このカギシロスジアオシャクの幼虫は好きな虫のひとつ。色合いもキレイなのだが、何といっても背中の突起がカッコイイ──シャチホコガ幼虫ウコンカギバ幼虫同様、怪獣に通じる魅力を感じる。


どうよ、この怪獣ちっくな背中の突起! 頭を下げていたので、軽く刺激してみると体を伸ばした↓。


単体で見るとなんとも派手な造型に見えるが──この白~あわい緑~赤み~茶の色合いが、ホスト(幼虫食餌植物)のコナラやクヌギの展開中の芽にまぎれていると、見事に溶け込んで見える(「カギシロスジアオシャク 擬態」で画像検索すると、そのようすが確認できる画像がヒットする)。
頭が見えるアングルから撮影↓。


龍が玉(如意宝珠?)をくわえている像を見た事があるが、ゴジラがボールをくわえているようにも見える。そのボールに見える白矢印部分が頭部。動き出すとよくわかる。


このカギシロスジアオシャクの成虫の姿はこんな↓。成虫もなかなか美しい蛾。


赤くきらめくファウストハマキチョッキリ



美しいといえば……メタリックな輝きをはなつファウストハマキチョッキリ! 薄汚れた柵の上に宝石のようにきらめいていた。ただ……光沢昆虫の撮影で恒例のガッカリ感……実際の美しさがなかなか記録できない。


動き回るのでなかなかうまく撮れず……この後、落下。ドクダミの葉の上に降りたのでカメラを向ける↓。


この直後、飛び去ってしまった……。
実物はもっとキレイであることをファウストハマキチョッキリの名誉のために強調しておきたい。


フーテンの寅&モン無しのチビヒラタ天牛?他

東京産トウキョウトラカミキリ(フーテンの寅天牛)



3月の終わりに東京都側で撮り逃し、ギリギリ埼玉県側で撮影したバッタもん(?)トウキョウトラカミキリを投稿したが(【フーテンの寅カミキリ!?ほか】)、その名にふさわしい東京都側でみつけた個体。


「TokyoTora」の《T》をデザインしたかのような背中の模様がトレードマーク。例によってその模様を使ってのロゴ入り画像↑。とりあえず東京産トウキョウトラカミキリということで。
《T》マークの下には2つの点(紋)──2点(フーテン)があるので、『フーテンの寅(とら)』にからめて「フーテンのトラカミキリ」と密かに呼んでいたりもする。
この個体はこの後、飛び去ってしまったので、2匹目がいないかと探していると……目にとまったのが↓。


トゲヒゲトラカミキリはパッと見、トウキョウトラカミキリに似ているが、模様が違う。《T》マークも《2点(フーテン)》模様もない。毎年、まずトウキョウトラカミキリが見られるようになり、その後にトウキョウトラカミキリにまじってトゲヒゲトラカミキリが見つかるようになる(その時点ではトウキョウトラカミキリの方が多い)。そして遅れて現れたトゲヒゲトラカミキリが本格的に発生する頃になると発見頻度は逆転して圧倒的にトゲヒゲトラカミキリが多くなる──という印象。一見似ているのだが……トウキョウトラカミキリには《当たり》感があって、トゲヒゲトラカミキリには《ハズレ》感があるというのが正直なところ……すまぬ、トゲヒゲトラカミキリ。

《文無し》ならぬ《紋なし》のヨツボシチビヒラタカミキリ



最近もっとも目にすることが多いのがヨツボシチビヒラタカミキリ(この日は13匹確認)。上翅の《四つ星》もよう──4つの白い紋が目を引くが、小さな個体ではこの白紋が不明瞭になりがちで、ほとんど消失した個体もいる↓。




角度によって、かすかに白紋の痕跡がみとめられるので、ヨツボシチビヒラタカミキリだということがわかる。前の記事(【ヨツボシチビヒラタカミキリの白紋他】)でも記したが、この白紋は密集した微毛でできている。白紋が明瞭な個体はこんな↓。




白紋がほぼ消失した個体と明瞭な個体の大きさを比べてみると──↓。


小さなカミキリなので体長差も数値的にはわずかだが、1円玉(下の画像では比較しやすいように左右を反転してある)の大きさを揃えて並べてみると、ボリュームの格差が大きいことがわかる。

その他の昆虫



カミキリも色々でてきたが、3月末から目にするようになったナカジロサビカミキリ↑。
サビカミキリの名前がつく種類はいくつもあるが、今シーズン初のアトモンサビカミキリ↓。


ガードパイプの支柱のてっぺんに止まっていた体長4~8mmほどのヒメクロトラカミキリ↓。


背中の黄色いハート模様が目に入り、エサキモンキツノカメムシが越冬から覚めてきたか──と思ってよく見るとモンキツノカメムシだった↓。


成虫で越冬したのだろう──若干みずみずしさはあせている感じはするものの、緑色を残している。モンキツノカメムシの前胸背板(頭と紋の間)は緑色なのに対し、エサキモンキツノカメムシでは茶色っぽい。紋の形(モンキツノカメムシ→丸みをおびた逆三角形/エサキモンキツノカメムシ→ハート形)だけで両種を見分けるにはまぎらわしい個体も少なくない(*)。
カメムシの仲間もいろいろ見られたが、お気に入りのウシカメムシも出てきた↓。


予想していなかった昆虫で「!」と思ったのが↓。


目に入った瞬間は、ビロードナミシャク(ビロウドナミシャク)かと思ったが……良く見ると、ちょっと違う!?


帰宅後、調べてみたところ、オオハガタナミシャクらしい。初めて見たが、これもなかなか美しい蛾だ。
知らなかった美しい昆虫・おもしろい昆虫に出会うと、ちょっと胸がときめく。


ヨツボシチビヒラタカミキリの白紋他

ヨツボシチビヒラタカミキリの四つ星模様など…

東京の桜(ソメイヨシノ)開花日からだいたい1週間ほどで出てくる狭山丘陵のヨツボシチビヒラタカミキリ。今年は3月29日に初個体を確認したが、その後はよく目にしている。




陸橋の手すりにとまっていたヨツボシチビヒラタカミキリ。やや大きめの個体で《四つ星》の白紋模様クッキリ出ている。小さな個体では白紋が薄く不明瞭なものもいる。


落ち葉に乗せて撮ろうとしたが、落ち着かず歩き回り続けて指に登ってきた。


指上でも動き回り続けてなかなかうまく撮れないのであきらめ、擬木へ移したところ、ようやく動きを止めたので1円硬貨(直径20mm)と並べて撮影↓。


触角を倒して静止モードに入ったようなので、上翅の《四つ星》の白紋をクローズアップで。




体全体に毛がはえているが、《四つ星》模様の部分では白い微毛が密集しているのがわかる。
擬木にいた別個体↓。




さらに別個体↓。ガードパイプにいたが動き回って撮れないので落ち葉に移すと……。


飛翔したかと思い気や、この時は離陸に失敗。飛翔筋がまだ温まっていなかったのか、故障があったのかはわからないが……翅を畳み直し、このあとも落ち葉の上をずっと歩き回り続けていた(ので、この個体での撮影をあきらめる……)。
この日はトウキョウトラカミキリやヒメクロトラカミキリも見かけたが、撮る前に飛び去られてしまった……。
飛び去る前にかろうじて撮れたのが、ヒトオビアラゲカミキリ↓。




コメツキの飛翔

気温が上がると色々な昆虫が見られるようになってきた。コメツキムシの仲間もちょくちょく目にしているのだが……ちょっと地味系なのが多い気がしてスルーしがち……。しかし、この時期みられるトラフコメツキはキレイなのでひいきしてしまう……。


飛びそうだな……と思ったら──、


やっぱり飛んだ。翅を広げた瞬間↑。
シモフリコメツキの仲間も模様がキレイなのでカメラを向けがちなコメツキムシ↓。


手もとの図鑑では【ヒメシモフリコメツキ】というのに該当しそうだが、よく似た種類がいくつかあるらしい。味のある模様は体表面をおおう微毛の有無によって形成されている。


カメラを近づけると、動き出したシモフリコメツキ(の仲間)↓。


擬木のフチまで移動すると……やっぱり──、



語彙と表現力



※「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。(新約聖書>ヨハネによる福音書:1-1)」


少し前に昆虫を数えるときは「匹」か「頭」か……助数詞について思うところを記したが(*)、日本語は言葉が多くてややこしいなぁ……と思うことがある。しかし、こうした語彙の豊富さが表現力の豊かさにつながっている考える向きもあるだろう。
語彙と表現力について、少しばかり思うところを記してみたい。



言葉がイメージを作り分類を生む

若者の会話などで使われるボキャブラリーの乏しさ→表現力の低さ・幼稚化を指摘する声はずいぶん昔からあったように思う。語彙が少ないことが幼稚化へ向かわせるのか、幼稚化がボキャブラリーの貧困さにつながるのか……因果関係はともかく、相関関係はありそうな気がする。

言葉はイメージを明確化する。言葉が増えれば、それに対応するイメージも分化し多様化する──僕はそう考えている。
例えば、リアルな現実を舞台とした小説に対して、架空の世界を描いた小説あるいは現実には起こりえない物語を「空想物語」とすれば──「空想物語」というカテゴリーができる。そしてさらに「おとぎ話」「メルヘン」「ファンタジー」「ナンセンス・テール」「SF」など呼び方が増えるとイメージの分化が進み、カテゴリーが増える。

試しにちょっと脳内シミュレーションをしてみるなら……昆虫好きの人たちの呼び方について、「虫屋」「昆虫マニア」「昆虫オタク」「虫キチ」「虫バカ」「昆虫コレクター」等々、色々な呼称を考えてみる。その時点で定義などなくても、それぞれの呼称に対するイメージの分化が進み、言葉の数だけカテゴリーが増える。「○□さんは《昆虫オタク》だが《虫屋》とは言えないな」──というような分類・差別化が自然となされることになるだろう。定義は言葉の後付けでできてくる。

よく「《チョウ》と《ガ》の違い」が話題なっているのを見かける。しかし実態はと言えば、蝶と蛾は形態で明確に分けられるものではないという。にもかかわらず、人が特徴で分けたがるのは、《チョウ》と《ガ》という2つの言葉を持ったからだろう。こうしたチョウ目を区別する言葉がない国では、それらを区別しないという。
形態的に明確な違いがないのに、違う呼び名(言葉)があることでイメージが分けられているものでは、他にも「《タカ》と《ワシ》」「《クジラ》と《イルカ》」「《カンガルー》と《ワラビー》」などが思い浮かぶ。

こうした例から判るように実態に即して言葉が生まれるとは限らない。呼び名があれば、実態のありようとは別に、ヒトの脳みそは、その《言葉》に該当するイメージの形成・カテゴライズ(分類)を自動的に行ってしまう(そうして意識化=認識する)。
はじめに言葉ありき──ヒトの意識の中では、実態よりも言葉のイメージ・カテゴライズが優先されがちだ。

新約聖書には「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」という一節がある。全てのものは神のことばによって創造されたという内容を記した『ヨハネによる福音書』の冒頭部分(第1章第1節)だ。《創造》すなわちイメージを生み出すツールとして《言葉》を捉えていたのかな……という気がしないでもない。僕はクリスチャンではないので、この解釈が宗教的に正しい理解かどうかはわからないが……《言葉》がイメージを生み出し、その存在を意識化させ、確固たるものとする──そうした面をもつことは確かだろう。

「進化」や「擬態」も、その言葉が発明(?)されたことで、その概念が確立し浸透することになったのではないかという気がしている。

そういったことを考えると、ボキャブラリーの豊富さ──語彙の多様性とイメージの分化の度合いは相関関係がある──といえるのは確かだと思う。



語彙の多さと表現力の豊かさ

ただ、ボキャブラリーの豊富さが表現力の豊かさだとは単純には思わない。

語彙の多さを誇るかのような使い方をする人がいるが、普通に使われている使用頻度の高い単語でも伝わるところを、わざわざ使用頻度の低い(認知率の低い)単語を選んで使っている場合は、ただ単に「気取っている」だけで、わざわざ他者に伝わりにくくしているのだから、むしろ表現力としては程度が低いと感じることもある。
難しい表現を難しい言葉で記すのはむしろ安易ともいえる。難しい表現を平易な言葉でより多くの人に判りやすく伝える能力・感覚が表現力なのだと思う。

例えていえば語彙はクレヨンの色数のようなものだ。12色のクレヨンより25色のクレヨンの方が、多彩であることは確かだ。ただ、12色のクレヨンで描いた子の絵が25色のクレヨンを使って描いた子の絵より劣っているかと言えば、そんなことはない。水墨画が水彩画より劣っていることにはならない。表現力は色数とは別のものである。

単語をたくさん知っていること・難しい単語をたくさん使えることは、クレヨンの色数を多く持っているということに相当する。しかしそれは「既製品」であり、たやすく借り物に頼り・既製品の数を求めることで表現の多彩さをカバーしようというのは、むしろ表現能力の低い人のやることだという気さえする。
少ない色数のクレヨンでも、工夫して独自の絵を描くことができる──それが表現力だろう。

童話を書き始める人の中には「大人の小説は難しいが、童話なら容易そうだ」と考える人が少なからずいるようだ。しかし、様々なジャンルの小説を書いているプロの作家は、一般の小説より童話は難しいという。難しい言葉・表現が使えず、平易でわかりやすい表現が求められるからだ。もちろん、それぞれのジャンルに相応の難しさがあるのだろうが……童話では、使える言葉が制限されることで、よりわかりやすく適切な表現力が求められる──という理解はもっともだと思う。

語彙の豊富さを求めること(クレヨンの色数を増やすこと)が、表現の豊富さに直結するという考え方はけっこうありがちな気もする。しかし、安易に既製品の色数の多さに頼るのは、その人が独自の表現努力を怠っていることだと言えなくもない。
難しい言葉を知っていても、それがどういう意味・ニュアンスをもっているのか、適切に説明──他の言葉に置き換えて表現できなければ、本当に理解してその言葉を使いこなしているとは言えないだろう。
他の言葉ではうまく説明できないから、既成の難解な言葉を使っているのであれば、表現能力はむしろ低いということになる。
言葉の最も重要なところは、言わんとすることが他者に的確に伝えられるかどうかだ。他の人があまり使わないような(他者が知らない)言葉を駆使できることに優越感を覚える人もいなくはない気がするが……そういう人を見ると、語彙の豊富さがそのまま表現力の豊かさではないということを感じる。

ボキャブラリーの豊富さと表現力は比例するかのように思われがちな気がするが……ちょっと思うところを記してみたしだい。

ちなみに、冒頭のコント(画像)はアリとマルウンカ幼虫によるもの。


*昆虫は「1匹」or「1頭」?…助数詞について

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