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2016年01月の記事 (1/2)

昆虫記事セレクション

【昆虫など】書庫(カテゴリー)に納めた記事タイトルをまとめた【昆虫など~メニュー《1》~】(タイトルに《1》を追記)頁が字数制限でいっぱいになってしまった。タイトル数はいつの間にか270ほどになっていた。今後の【昆虫など】記事タイトルは【昆虫など~メニュー《2》~】にまとめていく予定(→Yahoo!ブログ終了にともないFC2ブログへ移行したさいに【昆虫など〜メニュー〜】に統合)。

Yahoo!ブログを始めた当初は《個人誌》の延長的な感覚で、「ブログというツールを使って、どんなことができるか?」を模索し、あれこれ投稿していた。このあたりのことは【Yahoo!ブログの可能性】に記している。感じたり考えたりしたことを記録したり、あるいは過去の小品を整理する場として、特にテーマを絞らずに利用してきた。
しかし、気がついてみれば昆虫のネタがやけに多くなっている……。
【昆虫など】のネタが増えたのは、「何かおもしろいものはないか?」と身のまわりをながめたとき、素材として「昆虫」が目につきやすいからだ。
僕は生物の知識も少ないし、昆虫に詳しいわけでもないのだが……昆虫という小さな存在・そして昆虫を通して垣間見える自然の摂理のようなものに面白味を感じてしまう。
あくまでも素人目線で──学術的な視点というより、個人的な「面白いか否か」という感覚で昆虫を見てきたわけだが、【昆虫など~メニュー《1》~】をふり返ってみて、印象に残っているタイトルを抜粋してみた。

昆虫など~メニュー《1》~・セレクション




カマキリの卵のうと積雪の関係
刺さない蜂!?ライポン
謎の幼虫大群:ケバエ
フユシャクの婚礼ダンス
イッシキキモンカミキリ/成虫飼育覚書
ノコメエダシャクはなぜ傾いでとまるのか?
ニホントビナナフシの雌雄モザイク
黄色いトビナナフシ
ニホントビナナフシ東京でも両性生殖
カブトムシ《ツノのジレンマ》!?
背中に【T】:TokyoToraカミキリ@東京
切られた触角の謎~《ひげ噛み行動》考
托卵の機会をうかがうムツバセイボウ
葉上のドラゴン:ウコンカギバ幼虫
ツノカメムシの異種ペア
ミドリセイボウとルリジガバチ
シャチホコガ幼虫の威嚇ギミック!?
黄金色のコガネムシ
紫のピカチュウ!?ウラギンシジミ幼虫の線香花火
昆虫のギミック&トリック
クロスジフユエダシャクはなぜ隠れて交尾するのか
冬の極小カミキリ登場
マエムキダマシ!?クロスジホソサジヨコバイは誰を騙すのか?
メダカチビカワゴミムシの最後っ屁ほか
可変翼機なオカモトトゲエダシャク
豆粒ほどのお地蔵さん!?アカシマサシガメ
ヨコヤマトラカミキリ@ミズキ
アリを護衛に雇うカイガラムシ
虹色の輝き!アカガネサルハムシ
トラフカミキリの印象擬態
エゴヒゲナガゾウムシ:オスの眼はなぜ離れてる!?
キマダラカメムシの臭腺開口部
セミヤドリガ幼虫
セミヤドリガの羽化/幼虫~繭~成虫
セミヤドリガの繭と蛹
アカスジキンカメムシの羽化
アカスジキンカメムシの抜け殻おとし
宝石の輝き!イラガセイボウ
ミミズクのダンス
ツノなしツノカメムシ!?
枯葉チックなアカエグリバ&冬尺蛾
あわいブルーの冬尺蛾

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昆虫など~メニュー《2》~

※Yahoo!ブログ終了にともないFC2ブログへ移行して整理中
【昆虫など】の記事一覧は↓
★昆虫など★〜メニュー〜

クロテンフユシャクのペア他

クロテンフユシャクなど1月下旬の冬尺蛾

1月18日の雪以降、寒い日が続き、狭山丘陵にはまだあちこちちに雪が残っている。更に雪の予報が出ているが……降らなかったとしても虫見コースの雪が完全に融けるのは2月に入ってからだろう。そんなわけで1月下旬は見られる昆虫も少なかった。


雪の残る中、擬木の支柱にとまっていたのはクロテンフユシャクのオス。「クロテン」というと、イタチ好きの僕などは、ついクロテン(黒貂)をイメージしたくなるが、オスの翅にある「黒い点」に由来する和名なのだろう。この「黒点」を《眼》に、頭を《鼻》にみたてて《クロテン(黒貂)》の顔が空目できればネタにしたいところだが……さすがにそれはちょっと強引だろう。
同じ時期に見られるウスバフユシャク♂にも同様の黒い点がある個体が多く、クロテンフユシャク♂とよく似ている。見分けるポイントの1つが外横線と呼ばれる前翅の模様──上の画像では黒い点の下にあるラインが翅の前縁近くで折れ曲がっていればクロテンフユシャク♂。ウスバフユシャクでは外横線が折れ曲がらない──ということだが、外横線の曲がり具合も個体差があってまぎらわしいこともあるように思う。
この日は他にクロテンフユシャクのペアを2組みた。




フユシャクの仲間は冬に(成虫が)出現し繁殖活動をする。♀は翅が退化し♂とはずいぶん違う姿をしている。
同日みつけた別のクロテンフユシャク・ペア↓。


そして、クロテンフユシャクと似たウスバフユシャク↓。外横線は直線的。






とまっている♂をよく見ると、翅の下に♀がかくれていることがある。
同じフェンス(桜並木沿い)にいた別のウスバフユシャク・ペア↓。




他にもウスバフユシャクがいくつか見られたフェンスだが、その支柱には卵塊が産みつけられていた↓。


クロテンフユシャクやウスバフユシャクの模様を薄くした感じの?ウスモンフユシャク・ペア↓。






単独でいると(僕には)種類が特定できないフユシャク亜科のフユシャク♀↓。


別個体のフユシャク♀↓。


フユシャク亜科のフユシャク♀はよく似ている……。
エダシャク亜科のフユシャクでは、シロフフユエダシャクが見られた↓。




シロフフユエダシャク♀には小さいながら(退化した)翅があるのだが、きれいに広げられていないことも多く、翅がわかりにくい個体もいる。これ↓は比較的わかりやすい例。


擬木の支柱にとまっていたシロフフユエダシャク♀↑。
ガードパイプの反射板にとまっていたシロフフユエダシャク♀↓。


撮りにくい所にいたシロフフユエダシャク♀を落葉に乗せて撮影↓。このアングルでは翅が確認しづらい。


同個体を枝にとまらせて撮影↓。


シロフフユエダシャク♀は個体によって翅の見え方がだいぶ違う。フユシャク♀は飛ぶことができないのだから翅がきれいに整っている必要は無く、不揃いでも困ることは無いのだろうが……被写体的にはキレイに広げられていることを希望。しかし、あるいは、個体によって不揃いなこと──不均一なシルエットであることが鳥等の天敵からサーチされにくいという利点効果もあるのかもしれない?
ちなみに、シロフフユエダシャクの♂はこんな姿↓。



雪と冬尺蛾

雪とフユシャク(冬尺蛾)

冬の昆虫と言えば、フユシャク(冬にだけ発生するシャクガ科の蛾でメスは翅が退化している)。
冬の風物詩といえば雪。
先日東京にも不意打ちのような雪が降ったので、「雪&フユシャク」という《冬の風物詩コラボ》を狙って……。


降雪翌日の狭山丘陵↑。このところ遊歩道沿いの木が過剰に伐採されたり剪定されている気がする。その影響か擬木で見られる虫も減ってきた感じがしないでもない。
画像をよく見ると、切株の上にはまだ雪が積もっているのに擬木では雪が融け、すでに表面は乾いているのがわかる。それだけ周囲より温かい(日光を吸収し温度が上がりやすい)のだろう。冬にも擬木で虫が見られる理由の1つがここにあるように思う。


擬木コースに入る手前の桜の幹にとまっていたイチモジフユナミシャク♀↑。産卵を終え、腹が縮んで、退化した小さな翅が(産卵前のプロポーションと比較して)大きく感じられる。
一方翅がすっかり退化したフユシャク亜科のフユシャク♀↓。産卵中だった。




ゆっくりと腹を縮めたりくねらせたりしながら産卵するフユシャク♀。体が膨らんだり縮んだりしているようにも見える。産卵しながら腹端の毛でコーティングしていくが、年末に見た種類(*)とは卵塊の形状が違うので別種だろう。ウスバフユシャクあたりではないかという気もするが、よくわからない。


まだ産卵序盤なので腹は大きいが、産卵後はしぼんで別の虫のような体型になってしまう。擬木には産卵後のフユシャク♀もいた。産卵していたのとはおそらく別種。腹は縮み、腹端の毛束も無くなっている↓。


擬木には産卵前のフユシャク♀もいた↓。フユシャク亜科だが種類は不明。


フユシャク自体は冬になるとよくみられるものだが、雪とのコラボ──《冬の風物詩コラボ》ということで。


冬来たりなば貼るトウガラシ

冬来たりなば…冬はなぜ寒いのか

雪だ、雪だ! 雪が降りよった! しかも、いきなりの積雪!
いったい、どうなっておるのか!? たしかにSMAP解散騒動はサプライズかもしれない。しかし、だからといって雪が降ることたぁないだろう!
これではまるで冬ではないか!──って、冬だ……。

冬は寒い。寒いのは苦手だ。寒いと気分も落ち込み気味になる。
こんな【冬】にまつわる格言があったはずだ。そう、たしか……、

【冬来たりなば…貼るトウガラシ】

寒冷地では寒さ対策で靴にトウガラシを入れると聞いたことがある。トウガラシに含まれるカプサイシンは、温湿布にも使われているとか。ホッカイロなど無かった昔の人は、温湿布のようにトウガラシを体に貼りつけて寒さをしのいだということなのだろう。
体を温めるトウガラシは「冬から使用」されることから、「冬から使」→「トウからシ」→「トウガラシ」になったといわれる──というのは真赤なウソだが……温湿布にも使われるトウガラシあなどりがたし。

【冬来たりなば貼るトウガラシ】。その意味するところは……「冬──すなわち、辛い時期にも、なんらかの対策はあるものだ」ということであろうか?
当っているかどうか、検索してみたら……ちょっと違っていた。

【冬来たりなば春遠からじ】……「今は不幸な状況であっても、じっと耐え忍んでいれば、いずれ幸せが巡ってくる」という例えだとか。

しかし「不幸な状況」を冬に例えるというのは、よくわかる。寒さは辛い。寒さはこたえる。

毎年冬になると、「つい何ヶ月か前は夏のように暑かったのに、どうしてこんなに寒くなるのか! 夏に飛ばしすぎる(熱すぎる)から冬になって熱が足りなくなるのだ! 給料日後に景気良く金を使い過ぎ、給料日前になると金欠になる《計画性の無いサラリーマン》のようなことでどうする!」──などと、ついぼやいてしまいたくなる。

そもそも「寒くてつらい冬」と「暑くてつらい夏」がどうしてくり返されるのであろうか?
善良な人々は「寒い冬には《もっと暖を》」「暑い夏には《もっと涼を》」を願い続けてきたはずである。神様はいったい、これをどう捉えているのか? みんなの願いは神様に届いていないのであろうか?
いやいや、そんなことはあるまい。しかし、人々の願いは多い。神様がそれに目を通し叶えるには時間がかかるということなのだろう。これらの願いが神様に届いて処理されるまでには、きっと半年程かかる。冬に発信された《もっと暖を》という願いがかなう時期は夏となり、夏に発信された《もっと涼を》という願いが実現するのは冬になる──それで夏は暑く・冬は寒いという状況が生まれ、続いているのではあるまいか。

寒さで凍りかけた脳みそには、そんな考えも浮かんでしまう。

さて、【冬】にまつわる格言──【冬来たりなば春遠からじ】は前向きなものだが……しかし、毎年冬を経験していると、そうそうポジティブな気分にでもいられない。
ということで、僕が格言を作るとしたら……

【冬来たりなば…花粉症遠からじ】
【冬来たりなば…翌年もまた必ず冬はやってく来る】

なんともネガティブな……冬になると思考も景気が悪くなりがちである。


■【冗区(ジョーク)】~メニュー~

フユシャクのペア他

シロフフユエダシャクも出てきた



年が明けて1週間程たった頃からシロフフユエダシャクのオスをみかけるようになった。今シーズン初のメスを見たのは1月11日だった。


フユシャク(冬尺蛾)なので、メスの翅は退化して小さいのだが、シロフフユエダシャク♀の翅はカールしていたりし、あまりキレイに拡がっていないことが多いように思う。メスは飛べないので翅が縮れていても繁殖活動には影響しないのだろうが……見た目はイマイチ。
シロフフユエダシャクはこの周辺では最も多く見られるフユシャクだが、今シーズンはまだ♀は2匹しか見ていない。これから目にする機会は増えてくるだろう。シロフフユエダシャク♂はあちこちで見かける↓。


目立つ所にとまっていることもあれば↑、けっこう目立たないところにいることもある↓。


イチモジフユナミシャク一部黒化♀がまだ…

シロフフユエダシャクが見られるようになった頃からイチモジフユナミシャクを目にする機会はぐっと減ってきて、見かけるのは産卵後の腹が縮んだ個体ばかり↓。


そんな中、一部(腹の背面)が黒化したイチモジフユナミシャク♀が↓。


腹は縮んでいたが、1月6日に撮影したもの(*)と同じ個体のようだ。ほとんど同じ場所(擬木)にとまっていた。黒化した背面は見る角度で灰色~黒に見える。


一部黒化?イチモジフユナミシャク♀他

単独では同定が難しいフユシャク亜科♀とペア



ガードパイプの支柱にとまっていたフユシャク亜科のフユシャク♀。フユシャクは、エダシャク亜科・ナミシャク亜科・フユシャク亜科にまたがっているが、フユシャク亜科のメスはよく似ていて(僕には)種類を特定するのが難しい。


フユシャクの成虫はエサをとらないものが多いらしいが、顔のアップショットで口吻が退化しているのがわかる。冬にエサが少ないということもあるのかもしれないが、低温では摂取したところでエサを消化吸収するのもままならないためだではないかと想像する。冬眠する爬虫類が低温になるとエサをとらなくなるのと同じ。食餌労力をカットした省エネスタイルであったからこそ、♀の翅の退化が可能になったともいえるかもしれない(飛べない蛾に冬のエサ探しは難しい)。




メスだけでは(僕には)同定が難しいが……交尾していれば♂を見て種類がわかる(こともある)。


擬木の支柱にとまっていたウスバフユシャクのペア。画像を90度回転して↓。


フユシャクの多くが夜行性だが、夜行性の種類でも日中こうしたペアがみつかることもある。同じ日にみつけたウスモンフユシャクのペア↓。


これもオスがいなければ種類がわからない……。




フユシャクではないけれど…ついでに



フユシャクではないけれど……フユシャク似の蛾の越冬卵↑。産んだのはヒメシロモンドクガという蛾。年に複数回発生するが、秋に羽化した♀だけがフユシャク♀のように翅が退化するという。そのフユシャク似♀の画像を納めた記事が→【ヒメシロモンドクガ:翅が退化したメス】。以前みた卵@繭も、擬木のこんな位置にあった。

最後に、フユシャクでも蛾でもないが……駅のホームにいたムラサキシジミ(蝶)↓。



カメムシ臭の忌避効果

カメムシといえど食われてしまう!?



数日前、擬木の上でみつけた昆虫の腹面の一部(※訂正↑画像の撮影日は2016.1.5の間違い)。食い残しのように見える。中脚の付け根と後足の付け根の間に臭腺開口部(ニオイを出す孔)があることからカメムシの成虫だとわかる(カメムシは幼虫では背面に・成虫では腹面に臭腺開口部がある)。


腹面が緑色で、この時期も見られるカメムシを思い描き、ツヤアオカメムシが有力候補にあがった(※後にツヤアオカメムシであろうと確認)。1月にもしばしばは見られるツヤアオカメムシの生体↓。


擬木上に残されたカメムシ死骸を見て思ったのは──「カメムシでも、やっぱり食われちゃうんだな」ということ。
カメムシといえばクサいニオイを放つことで知られている。そしてこの悪臭は敵から身を守るための武器だというのが一般的な認識なのではないかと思う(仲間とのあいだで警報フェロモンや集合フェロモンとしても使われることがあるそうだが)。
つまり「食われないためのカメムシ臭」──という概念が出来上がっている気がする。
しかし、それでもやっぱり食われているのだとすると……「《カメムシ臭の忌避効果》って、どうなのよ?」と首を傾げたくなってしまう。
カメムシがサシガメやカマキリに捕食されているのは見たことがあるので、「カメムシといえど、他の虫に捕食される」ということは知っていた。




※【テングスケバ@桑】より再掲載↑(2015年8月撮影)

カメムシ臭の鳥に対する忌避効果は?

カメムシ臭は昆虫食の鳥に対して効果があるのではないか……と漠然と思っていたのだが……擬木の上に残されていた残骸は、状況からみると、鳥に食われたあとのように思われる。
例えばサシガメに捕食されたのであれば、こんな形で破壊されたりはしないはずだし、カマキリはほとんどが年を越せずに死んでいるだろう。クサカゲロウ類の幼虫やヒラタアブ類の幼虫、サシガメ類の幼虫が冬にも捕食しているのを目にしたことはあるが、この時期にツヤアオカメムシほど大きな昆虫を捕食できる昆虫は活動していないのではないかと思う。あるいは小型ほ乳類がかじった可能性も否定できないが、擬木の上で食餌し、食い残したのだとすると……やはり捕食者は鳥のような気がする。

昆虫にも鳥にも食われちゃうのだとすると……それでは、カメムシの装備しているカメムシ臭の効力とは、いかほどのものなのだろうか?
「カメムシ臭の忌避効果」は一般的イメージ(?)ほど強力ではないのかもしれない。
考えてみれば……カメムシの仲間には、前胸の両サイドにトゲのような突起=前胸背側角を持つものがけっこういる。あれは天敵に食われにくくするために発達した装備なのだろう。もし「カメムシ臭の忌避効果」が完璧なら、前胸背側角を発達させる必要も無かったはずだ。





「カメムシ臭の忌避効果」は「食われないため」というより「食われにくくするため」という程度のものなのだろうか。カメムシ臭を装備していることで他の虫に比べて狙われにくくなっているのだとすれば、それなりに生存率を高める役割りは果たしているのかもしれない。

そしてやはり擬木の上で見つけたツヤアオカメムシの死骸。これは全身残されていた。


見つけた時の状態↑。仰向けにして臭腺開口部が見える角度から撮影↓。


この全身残っていたツヤアオカメムシの死骸と比較することで冒頭のカメムシの一部がツヤアオカメムシらしいと確認できた。
全身残っていたツヤアオカメムシの死骸だが……破損状況から自然死ではなく、天敵から攻撃を受けたように見える。擬木の上に死骸があったことから、この時期に活動している捕食者を想像すると……やはり鳥に襲われた可能性が高そうな気がする。
同じツヤアオカメムシでありながら、この個体は丸ごと残されている。
捕食しようと襲った鳥(?)が……カメムシ臭をくらい、食べずに立ち去った──ということなのだろうか?
だとすれば「カメムシ臭の忌避効果」はあったことになる。この個体は死んでしまったが、カメムシ臭を体験した鳥が、次からカメムシを避けるようになれば、種としての生存率には有利に働くことになる。

そこで冒頭の一部だけ残されていたツヤアオカメムシを改めて考えてみる。
臭腺開口部が残っていたことでカメムシ成虫だと判断できたわけだが……この部分が残されていたということは、「臭腺をよけて食べた」──ということになりはしないか?
「カメムシ臭を嫌って」こんな食べ方(食べ残し方)をしたのであれば、「カメムシ臭の忌避効果」はあるといえるだろう。しかし、それを回避して食う技を身につけた鳥(種類なのか個体なのか?)がいる──ということになる。

ヒヨドリの糞からツヤアオカメムシの前翅が出てきたという記録があるそうだが、もしかしたら「(忌避効果のある)臭腺部分をのぞいて」食べていたのかもしれない?

ちなみに、食べ残された臭腺開口部付近の残骸だが、翌日も同じ所にあったので試しにニオイを嗅いでみると──カメムシ臭がしっかり残っていた。こんな状態で少なくとも1日たっているのに、なお力いっぱいにおうカメムシ臭あなどりがたし! どうしてこの部分だけ食べ残されていたのか、合点がいった。

仁義なき虫撮り

昆虫の姿や行動を見て色々考えるように、昆虫ブログを見て思うことも多い。
共感を覚えることもあれば、逆に違和感や疑問を感じることもある。
一口に昆虫ブログといっても個性は様々。ブログにはそのブロガーさんの好みや性格が反影している。昆虫をみるのと同じように、昆虫ブログ(ブロガー)も見ている──と言ったら失礼だろうか。
「この虫はどうして、こんな行動をとるのだろう?」と考察するように「この人(ブロガー)はどうして、こんなことをするのだろう?」と疑問に感じたり考えたりすることもある。
今回は昆虫そのものではなく、ある昆虫ブロガーについて色々と感じていることを雑感という形で記すことにする。

ある虫撮り屋…

昆虫ブログを頻繁に更新している某氏について、当初は「熱心な人」という印象で好感を持っていた。この人が僕のフィールドにも脚を運んでいると知り、どうもそれらしいと思える人と出会ったので声をかけると、やはり某氏だった。
他県からわざわざ来た「熱心さ」に感服し、僕の虫見コースを案内し、昆虫がよく見られるポイントとなど僕が経験的に蓄積した情報を提供した。

僕が撮影したフユシャクの場所へ案内し、某氏が撮影するといったこともあった。フユシャクは夜行性の種類が多いので昼間はあまり動かず、いじらずに撮影すれば、その後もその場にとどまっていることが多い。同じ個体が数日間同じ場所にとどまり産卵するところまで観察できることもある。同じ個体を複数のブロガーさんが別々に撮ってブログ記事にしていることもあるし、フィールドで出会ったギボッチャー(擬木ウォッチャー)の間で、どこに何がいたという情報交換が行われ、被写体を共有することもある。
特に擬木のような目立つ所にいるフユシャクは、他のギボッチャーの目にもとまりやすい。撮りやすいところにいるフユシャクは「そのまま」にしておけば次に来た人も撮ることができるわけだが、逆に動かしたり持ち去ってしまえば、それっきり。夜行性のフユシャクは動かしたり持ち去ってしまうと、昼の間は新たに供給されることは期待できない。
某氏も僕が案内した「そのまま」にしておいたフユシャクをいくつか撮影をしており、「そのまま撮影すれば、次の人が見られる」ということを身をもって知っている。

ちなみにマイフィールドで出会った某氏にコースを案内し昆虫情報を提供したのは、某氏が地元のフィールドでも、ここで得た知識を活かせるだろうと思ってのことだ。彼は地元のフィールド中心に昆虫探しをするものだろうと思っていた。
ところが、某氏は地元にもいるはずの普通種を探すことより、僕が教えたポイントで手っ取り早く虫探しをしたいのか、頻繁に僕が教えた虫見コースを訪れるようになった。
しかも僕が巡回する時間を知った上で、それより前にコースを回り、フユシャクなどを、動かしたり持ち去ったりしている。
こうした某氏の行動が、僕には意外で、彼のスタイルに「違和感」を覚えるようになった。
どうして彼は自分のフィールドで昆虫の発生を確かめようとしたり発生ポイントを探しだそうとしないのだろう? 他者がすでに観察しているよそのフィールドに乗り込んできて同じ普通種を撮ることに、いったいどんな意味があるのだろう?

念のために記しておくが──撮影のため、あるいは観察のため、もしくは標本にしたり解剖したりなど研究のために必要があって持ち去ることをとがめるつもりは毛頭ない。そうしたことも大事にされるべきだという考えをむしろ僕は持っている。僕が某氏に抱いた「違和感」は別の所にある。

ここで撮影のために昆虫を動かすことについて、僕なりの考えを記しておく。僕は、その昆虫が、どういう場所にどんな姿勢でとまっているか──そしてそれがどんな風に見えるか、なるべく「そのまま」の姿を記録したいと思っている。擬木など背景が人工物だと写真としての見映えは良くないが、そこにいたのだから、それを撮るのが「正直」というものだろう。写真としての見映えを良くするために枝や葉に移して撮ることが悪いというつもりはないが、「そんなところに、そんな不自然な姿勢でとまっていたりはしない」というヤラセ感満載の画像はみっともない。自然物背景のナチュラルな生態写真が撮りたいのであれば、そういうシーンを探して撮るべきだろう。そうした努力を怠り、てっとり早く見つけやすい人工物を探して、都合の良い背景に移して捏造生態写真を撮ってよしとする感覚は、自然相手に撮るという意味ではもいささか品位を欠くものではないかという気もしないではない。

ただ、虫がいるのが撮りづらい位置であったり、撮りたい部位が「そのまま」ではうまく撮れない場合など、やむなく移動したり捕まえたりする事はある。
しばしば指にとまらせて撮ることもあるが、これは意図するアングルを得るためや光線と撮影角度を模索するため、あるいは指や爪との比較で大きさを表現するためなどの明確な理由があって「やむなく」していることだ。決して好んで「かわいいから指に乗せている」わけではない。動かして撮ることが生態写真的には「みっともない」ことだという自覚はあるが、必要なカットを撮るために、やむなくやっているだけ。「そのまま」を撮って済ませられれば、それが一番良いと考えている。

話を某氏に戻して──彼の目的は虫撮りのはずなのに「そのまま」撮るだけでは満足できないらしい。前述の通り、僕が案内したコースを僕より先に回って、フユシャクなども動かしたり(採取屋ではないのに)持ち去ったりしている。たまに僕が早く出かけた時など某氏に追いつくことがあって、彼のブログには「偶然」僕に会ったなどと記されている事があるが、これにも「違和感」を覚える。僕が案内した巡回コースに頻繁にやって来るのだから、ときに出くわすのはむしろ「当然」だ。彼がブログで「偶然」会ったと記しているよりも実際はずっと多くフィールドで顔を合わせている。
また、彼のブログでは擬木巡りで彼の虫友と「偶然」に会ったなどと記されている事もあるが、これも「僕が案内したポイント」を彼が虫友に拡散した結果であって、彼が招致した場所で呼んだ相手に会うのも「当然」といえる。

いて良いはずのフユシャクなどがみつからない時は「また某氏が来たか」と感じる事があり、後に彼のブログを見て「やっぱりな」となることも度々だ。某氏が動かしたり持ち去ったりしたことで、同日、巡回した僕が「見ることができなかった」昆虫がいることは、僕のブログを閲覧している某氏自身もちゃんと知っている。
フィールドで某氏と会った時、彼がすでに見つけたフユシャクを持ち歩いてたこともあり、某氏の行為が他者の観察の機会を奪っていることを彼氏自身が知らないはずはない。

某氏自身は他者が「そのまま」にしておいてくれたおかげて撮影できたという恩恵に何度もあずかっていながら、自分はその恩恵を他者につなげるつもりはないらしい──しかもそのポイントを教えた地元の僕や他のギボッチャーが、その後そこを見にくる可能性を充分認識しながら……(そしてそれが後から来た者の観察の機会を奪うことだと知った上で)フユシャクを動かしたり持ち去ることを平気でしている。この感覚に当初は当惑した。

某氏は自分のフィールドで越冬するトンボやチョウの写真を撮っているようだが、これは「そのまま」撮っている。
仮にもし某氏が、この越冬トンボ&チョウのポイントを知人に教え──その知人がしょっちゅう某氏を先回りして現場を訪れて、このトンボやチョウを動かしたり持ち去ったりしたら、某氏はどう感じるのだろう。それと同じ事を他者のフィールドでやっているという自覚は無いのだろうか。

某氏は他の者への配慮ができない人なのだろうか──最初はそんな可能性も考えてみたが、彼は虫友には積極的に昆虫情報を提供している。仲間に対してはちゃんと配慮はあるわけだ。僕と会った時も(当初は)自分が見つけた虫の居場所を積極的に教えたがる印象があった。これは一見「親切」に見える。「後からくる観察者」には不親切(配慮が無い)なのに、虫友にはむしろ過剰に親切(配慮がある)なのは、どうしてなのだろう?
某氏のブログや言動を色々考察した結果、彼の行動心理は、おおよそ次のようなものだろうと推察している。

某氏が得た昆虫情報を、彼が他の者へ提供すれば、それは彼の「手柄」になる。教えた相手には感謝され彼の評価が高められるという「見返り」がある。また、恩を売っておくことでの昆虫情報の見返りも期待できるだろう。某氏が見つけた虫についても、彼が他者に知らせれば彼の「手柄」になるが、彼がいないところで他人が自力で見つければ、それは彼の「手柄」にはならない。僕のフィールドで出会った某氏が見つけた虫の場所を教えたがるのは、僕が勝手に見つけてしまったのでは彼の「手柄」にならないので、僕が見つける前に自分から教えて「手柄」にしようとする心理が働いていたとも考えられないではない。

もし本当の気遣いや親切心があるのなら、「そのまま」撮れるはずのものをわざわざ動かしたり持ち去ったりはしないだろう。彼が見つけた昆虫を持ち去ったり動かしたりするのは、自分がせっかく見つけた「手柄」素材を他者に譲りたくない──という心理が働くためだろうか。あるいは、自分が撮ったものと同じものを他の昆虫ブロガーが記事にすると、相対的に自分の記事の価値が下がる(自分だけの独占記事の方が価値が上がる)と考えて「そのまま」残しておこことができないのか。
撮影マニアの中には、自分が撮った景観を後から来たライバル(?)が撮れないように現場破壊をして行く者があるというが、あるいはそれに近い感覚もあるのかもしれない──そんな疑いも否定できない。
こうした解釈の上にたてば、「虫友には親切で、自分の後にくるギボッチャーには不親切」という一見不可解な彼の行動も説明できる。

虫好き?実は乱暴/ブログとのギャップ

某氏は虫のことをよく「かわいい」と記している、しかし実際に彼と虫見をして驚いたのは「昆虫に対する扱いがひどく乱暴」なことだった。

フィールドで会った某氏と初めてギボッチコースを歩いた日、擬木に交尾中のフユシャクがいたのだが、彼はいきなり♂の翅をめくり上げ、せっかくの自然な状態を台無しにしまうということをして僕を驚かせた。後にわかったことだが、止まっているフユシャク♂をみつけると、その翅の下に♀が隠れていないか(交尾していないか)確認するために「翅めくり」をしていたらしい。そんな乱暴なことをしなくても、よく見れば単独の♂かペアかはわかると、やんわりたしなめた事もあったのだが、彼は自分のスタイルを変えるつもりはないようだった。
やはり初めて会った日だったと思うが、某氏は不注意から撮影しようとしていたフユシャク♂を潰してしまうなどという酷いこともしでかしている。また、撮影しようとしたフユシャク♀が落下してしまったときには、それを探そうとやっきになって「♀がいたら傷つくような乱暴な探し方」をしたことにも驚いた(このときは見つからなかった)。
某氏の行動は「傷をつけてでも見つけたい/見つからないのだったら傷つけてもかまわない」という感覚の持ち主であることを物語っている。実際に彼のブログには傷ついた昆虫が登場するし、撮影中に傷つけたことが判る個体も確認できる。

別の日に会った時には、飛び立ったフユシャク♂を捕まえようと帽子をネット代わりに乱暴にふりまわしはじめた。これではキャッチしても傷つけることは必至と思い、注意をくり返したが某氏は聞き入れず、帽子を振り回して追い続けた。このとき♂は逃げ切ったが、正直僕はホッとしたものだ。
僕の感覚では、被写体を傷つけてまで撮りたいとは思わない。撮れる時に無理せずに撮れば良いだろう──そう考える。しかし某氏は「撮れないよりは、傷つけても撮りたい/撮れないのだったら傷つけても構わない」という感覚なのだと再確認した。

某氏のブログでは、しばしば(動き回る昆虫を)「なだめて」「てなずけて」と称して撮影した昆虫画像が登場するが、これは「弱らせて」というのが適切と思われるものもあり、これも乱暴な彼のスタイルのなせる技だろうという気がする。なだめる前にはあった脚がとれていたり、なかったシミがついていたり、翅が欠けていたり……ちょっと酷いな、と思う事がある。

「かわいい」などと記しているが、某氏ほど乱暴に昆虫を扱う人を僕は他に見たことがない。彼のブログに投稿されている昆虫の画像もよく見れば、「実は無意味に乱暴な扱いを受けている」と判ることがある。

交尾中のフユシャクを撮影するために、止まっている♂をみつけると片っ端から翅をめくる乱暴なスタイルには驚いたが、某氏が来たあとには翅を痛めた♂が多数みつかることもあった。
僕は傷ついたた昆虫は痛々しいのであまり撮らないのだが、あまりの惨状に何枚か撮っておいたものがこれ↓。




あくまでも、これは一部。前日にはいなかった「不自然な外力をくわえられたことによる損傷が明らかな♂」が突然多数現れたことに驚いた。
発生時期の終わりには翅を痛めた♂を目にすることはあるが、それとは違う。これはあまりに不自然だ。
原因として考えられるのは某氏の「翅めくり」──それ以外に思いつかない。
交尾していれば♂の翅は♀が隠れているため浮き上がっているから、めくりやすいのだろうが、♀がおらず♂の翅が擬木に密着していれば、めくるのに余計力がかかる。その結果翅を傷つけることになるのだろう。
「某氏が来たな」と確信したが、後にそれが確認できた。
某氏はブログで、交尾中のペアを見つけるために♂をみつければ翅をめくりまくっているというようなコメントを楽しそうに記していたが、これには呆れた。

「四ツ葉のクローバーをみつけるために、三つ葉のクローバーを踏みにじることは何とも思わない」──そういう人なのだろう。
自分が撮りたいシーンを撮ることだけに関心がある。それ以外は目に入らない……「熱心」なことは確かだが、はた迷惑な熱心さだ。

「はた迷惑な熱心さ」といえば……某氏があろうことか車道に出て三脚を立てて、往来するトラックにクラクションを鳴らされるという場面を目撃したこともある。それが迷惑な行為であることは言われなくてもわかることだ。自分の目的のためなら他者への迷惑もいとわないというあたりに問題を感じる。「わかっていてやっている」人は人から注意されても、そのスタイルを変えない傾向が強い。
写真マニアの一部のマナーの悪さが話題になることがしばしばあるが、こういう人がいると昆虫写真を撮る人たちが一緒くたに白い眼で見られるようになりはしないかと心配になってしまう。

知ったかぶりはなぜなのか?

それから、気になるのが……某氏はしばしばブログで間違ったウンチク・怪しげな事を記すことだ。間違いは誰にだってあるものだが、彼のガセネタは「記載ミス」や「勘違い」といった類いのものではなく、よく確かめもせずに知識を披露したがる「知ったかぶり」に類するものだろう。これは勘違い(過失)というより虚言に近い性質のものだ。
彼のブログの閲覧者経由で誤った知識が拡散されることを懸念して、コメントをすることもあったのだが、その対応は不誠実で、「知ったかぶり」も改まらないので、今はもうコメントもしない。

「知ったかぶり」は、博識を装うことだ。「閲覧者に自分の昆虫ウンチクを披露することで昆虫ブロガーとしての評価を高めたい」──そんな心理があって、つい背伸びをして「知ったかぶり」に走りがちなのではないか──そんな気もしている。
さらに言えば、某氏のブログでは「昆虫観察」をアピールする記事が見受けられるが、これにも疑問を感じている。詳細は長くなるので割愛するが……某氏は「実は観察のような面倒なことは嫌いな人」で、長い時間をかけて観察を継続する集中力・好奇心を持ち合わせていないと僕は見ている。
「昆虫好き」「博識」「観察好き」を装うのは、虫友やブログ閲覧者を意識してのことだろう──自分を良く見せたいという見栄のようなものが働くのかもしれない。

ブログの価値観

それでは某氏はいったいどんな価値観で虫撮りをし昆虫ブログを更新し続けているのだろう?
ブログの内容をみると、昆虫そのものに対する関心や写真に対するこだわりはあまり感じられず、それよりも「更新頻度」や「攻略(撮影)種の数」を増やすことに価値(優越感?)を見いだし執着しているように感じられる。
彼にとって「昆虫」は、単なる収集アイテム──コレクションすべき「記号」と化しているのではないか。彼はよく「1種類でも多く撮りたい」と記しているが、「昆虫そのもの」よりも「制覇した種類の数」を増やすことに余念がないように思えてならない。それはコレクション数をとにかく増やしたいという、えせコレクター(本当のコレクターはコレクションそれぞれに対する思い入れが強いはず)の感覚なのではないか?

彼の昆虫ブログを見ていて思い出されるのが、以前出会った(自称)映画好きの○□氏の映画ブログだ。
○□氏の映画ブログも薄い内容の記事を頻繁に更新するスタイルだった。某氏が「少しでも多くの昆虫を撮る」ことに執着しているように○□氏は「たくさんの映画を観る」ことに執着していた。今週は何本観た・今月は何本観た──というように制覇(鑑賞)した「数」をいつも誇っていた。しかし鑑賞したという映画について、彼はまともに語ることはできなかった。「観た」という実積を増やすことばかりにやっきになり、内容には感心が薄い──なんのための映画鑑賞かと思ってしまうが、○□氏にとっては制覇した数──「実績づくり」が目的と化していたようだ。ブログの内容も「今回はこれを観た」という程度のもので、ネット上にあるその映画に対する情報をつまんできてチョロっと載せているだけ。とても真の映画好きとは思えない。
ブログ記事の内容はすこぶる手抜きなのに、彼は他者への訪問には熱心で、内容の薄いコメントをあちこちに付けまくっているようだった。大して意味の無いコメントを他者の所に付けて回る時間があるなら、ブログ記事そのものをもう少し充実させることに力を注いだらどうかといつも思っていたが、これが○□氏のスタイルだった。要するに足跡(閲覧履歴)やコメントをたくさん付けて回ることで「お返し訪問・お返しコメント」を期待する──閲覧数・コメント数を稼ぐための営業活動だったのだろう。閲覧数・コメント数が増える→自分の評価が高まる──と考えていたようだ。
ブログの内容を充実させることで閲覧数が増える──というのが本来の形だと思うのだが……○□氏は「実績づくり」と「営業活動」にばかり熱心だった。

こうした○□氏のスタイルに対しては大いに疑問があって、かつて批判的な記事を記したことがある→【総括なき多鑑賞】。
批判の内容についてはここではくり返さないが、《作品をおざなりに「観た作品の数を増やす」ことばかりに執着していた○□氏》と、《昆虫をおざなりに「撮影した種類の数を増やす」ことに熱心な某氏》は似ているように思えてならない。

昆虫を素材にしたブログはたくさんあるが、同じようなことをしているようで、大きく違和感を覚えることもある──そう感じた一例を記してみたしだい。

今回添付した画像の翅を痛めたフユシャク♂はいずれもシロフフユエダシャク。昨シーズンのものだが、今年もシロフフユエダシャクが現れ始め、1年前の惨状が脳裏に蘇ってきた。某氏のスタイルは相変わらずのようで……今年はあんな光景はみたくないという思いも込めて投稿してみた。


一部黒化?イチモジフユナミシャク♀他

腹の背面が黒いイチモジフユナミシャク♀

12月下旬が《旬》だったイチモジフユナミシャク(*)。正月三が日を過ぎると産卵して腹がしぼんだメスが目立つようになってきた。


サクラの幹にとまったイチモジフユナミシャク♀↑──この画面には2匹の♀が写っている(画面左上にも1匹)が、いずれも産卵後の腹のへこんだ個体だった。別のサクラの幹にも↓。


桜並木沿いの石柱でもみられた↓。


やはりサクラに多い↓。




産卵後の個体ばかりとなり、今シーズンのイチモジフユナミシャクも見頃は過ぎてしまったようだが……その終盤に、ちょっと変わったメスをみつけた。


ふつうイチモジフユナミシャク♀の背中(腹の背面)は白っぽく見えるのだが、この個体は黒っぽく、目に止まった瞬間、ずいぶん違った印象を受けた。イチモジフユナミシャク♀には黒化型があるらしいが……完全な黒化型ではなく、前胸と前翅は通常タイプと同じあわい青~緑色をしている。背面が黒化している腹も、側面には通常タイプの白い部分が残されていて、ちょっとおもしろいカラーリングになっていた。




イチモジフユナミシャク♀通常タイプとの比較↓。


そして一見、同じ種類にとても見えないイチモジフユナミシャク♂↓。


フユシャク(冬尺蛾)ではオスとメスで姿がずいぶん違っており、メスは翅が退化して飛ぶことができない。♀翅の退化の度合いは種類によって違いがあるが、このユニークな特徴が顕著な♀にカメラを向けがちになる。
擬木の上にいたフユシャク亜科のフユシャク♀↓。翅はすっかり退化している。


冬にだけ成虫が出現するというのもフユシャクの特徴だが、外温性(変温動物)の昆虫が、なぜ活動に不向きと思える寒い時期に出現するのか──この昆虫の存在を知った時は意外に感じ驚いた。思いつくのは《「天敵が少ない時期」を狙っての生存戦略》だろうということだ。天敵の昆虫やクモなどが活動していない時期に繁殖活動にいそしむというというのは意外ながら説得力がある。
寒い冬に卵のつまった腹をかかえた身重のメスが飛ぶのは大変だから飛ぶのをやめた──天敵が少なければ「飛んで逃げる」必要もない。オスも飛ぶのをやめてしまったら婚姻(繁殖)活動に支障をきたすので、身軽なオスの飛翔能力は残した──そういうことだろうと解釈した。
しかし、フユシャクの多くが夜行性であること(天敵がいなければ昼に活動する種類がもっと多くて良いはず)、昼行性のフユシャクであるクロスジフユエダシャクが隠れて交尾すること(天敵がいなければ、隠れる必要は無い/*)などから、冬にもそれなりに天敵はいるのだろうと考えるようになった。
天敵側からすれば、競争相手が少ない冬に活動している動きが鈍い獲物がいれば、ハンティングは楽なはずで、冬に適応しようとする種類が現れても不思議ではない──いて当然だろう。
そして実際、こうした光景は毎冬みかける↓。


1月の色鮮やかなカメムシ



クヌギカメムシ類はよくみかけるカメムシだが、出現当初の成虫は緑色をしている。それが晩秋になると色褪せていくのだが……キレイなオレンジ色に変身した個体がいたので撮ってみた。晩秋の体色の変化は、夏に緑だった葉が紅葉(黄葉)・落葉で変化することに合わせた擬態的意味合いもあるのだろうか?
一方、この時期になっても瑞々しい緑色をキープしているカメムシもいる。元日の記事でネタにしたモンキツノカメムシ↓。


「緑色のカメムシは紅葉の時期同じように赤くなります」などと断定している人もいるが、それはウソ。ツヤアオカメムシなども鮮やかな緑色のままだ↓。




元日の昆虫2016

さる年の元日にふさわしいモンキーな昆虫!?など

さる年幕開けの第1日目──タイムリーにもモンキーな昆虫に出会った。


カメムシ界の「モンキー」こと(?)、モンキ──ツノカメムシ。


このところよく見かけるクヌギカメムシ類はすっかり色褪せてしまった感があるが、モンキツノカメムシはほとんど色褪せていないようだ。

この時期の昆虫と言えば、フユシャク──ということで、イチモジフユナミシャクも見られた。例によって桜の幹でみつけた♀↓。


イチモジフユナミシャク♀は擬木でも見られた↓。


年をまたいで働いていた!?フユシャク♀



昨年最後(2015年12月30日)に投稿した記事の最後に記した「擬木で産卵していたフユシャク亜科のフユシャク♀」がまだいた。


元日に見た時は産みつけた卵塊のそばにじっとしていたが、じつは大晦日にはまだ卵塊に腹端をこすりつけ「被毛の上塗り」をくり返していたので驚いた。産卵開始が12月28日だったから、大晦日の時点で3日も産卵作業の仕上げに費やしていたことになる。元旦には動かずにいたが、卵塊から離れずにいるところを見ると、まだ「被毛の上塗り」をくり返すつもりなのかもしれない。
産卵開始時の姿と大晦日の働きっぷりを振り返ってみると↓。




産卵開始時にはまだ(卵がつまって)大きかった腹は小さく縮んで、腹端にたっぷりあった毛束もすっかり抜け落ちている。
産卵開始時──産卵をともなう1層目の塗り付けはゆっくり行われ、それに比べ「被毛の上塗り」では活発に動いていたのは以前観察した通り(【フユシャクの産卵とその後】)。
産卵翌日──12月29日の時点で、卵塊の被毛コーティングはすでに完成しているようにも見えたが、それでも少なくとも大晦日まで3日「被毛の上塗り行動」を続けていたわけだ。


産卵とそれにともなう仕上げ(上塗り)は本能のシステムで制御されているはずだが……この♀では「仕上げ」の《終了スイッチ》が何らかの不具合(?)で入らないために、「上塗り行動」が継続し続けているのではないか?──などとふと思った。
フユシャク母蛾は、ヒトのように「仕上がったのを見て判断(終了)」しているわけではないのかもしれない。
例えば、腹端の毛が卵塊に触れている間は「上塗り行動」が継続され、毛がほとんど抜け「毛の接触感覚」が無くなると《(作業)終了スイッチ》が入る──というような仕組みがあったとしたら……腹端の毛の一部がうまく抜けきらなかった場合、「毛の接触感覚」がなくならないので、仕上げが完成しているように見える卵塊に「上塗り」をくり返すというエラーも起こりうるのではないか。
壊れたオモチャのように同じ行動を切り返すフユシャク♀を見て、そんな想像が拡がった。
それとも、「上塗り」が完成した後も、腹端を押し付けて「かためる」ような仕上げの行程があるのだろうか?
いずれにしても、♀にしては重労働だ。小さな体でよく働くものだと感心した。