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2015年03月の記事 (1/1)

桜の開花とヨツボシチビヒラタカミキリ

桜の開花宣言の頃にあらわれるヨツボシチビヒラタカミキリ

桜(ソメイヨシノ)が咲く頃になると出てくるのが【ヨツボシチビヒラタカミキリ】──《早春のカミキリ》もしくは《春のカミキリ》というイメージが僕にはある。
早い時期に出てくるカミキリではナカジロサビカミキリなどもいるが(今年は3月27日に初確認)、これは晩秋まで、けっこう長い間見られるから《春のカミキリ》という感じはしない。これに対し、ヨツボシチビヒラタカミキリが見られるのはソメイヨシノの開花あたり(3月後半)からGWの頃までだろうか(あくまでも擬木ウォッチによる個人的認識)……春にしか見たことがないので《春のカミキリ》と呼ぶにふさわしい気がする。
ネット情報では出現時期は「晩春~初夏」とか生息地も「局地的」とあったりするが、個人的にはピンとこない。早春に探せば(他の地域でも)もっと見つかるのではないかと思わないでもないが……確かめたわけではないのでよくわからない。
さて、今年(2015年)の東京における桜(ソメイヨシノ)の開花宣言(東京管区気象台発表)は3月23日だった。狭山丘陵の開花は「東京の開花宣言」より少し遅れるが、ぼちぼち咲き始めた3月30日に今年初のヨツボシチビヒラタカミキリを確認することができた。




パッと見、《冬のカミキリ》(と、これも僕が勝手に呼んでいる)ヘリグロチビコブカミキリとちょっと似ている小さな黒っぽいカミキリ。






今年の初ヨツボシチビヒラタカミキリをみつけたのはギリギリ埼玉県側。
2匹目↓は東京都側でみつかった……のだが。




いつになくおとなしく撮らせてくれるな……と思っていたら、すでにお亡くなりになっていた。そこで腹面も撮ってみた。


羽脱したばかりだったろうに、何がこのカミキリにあったのであろうか? 擬木の上にはサシガメや徘徊性のクモなどもいるから、その餌食になってしまったのかもしれない? とりあえずこれも1円玉を使って大きさ比較。


1匹目よりも大きな個体だった。ネット情報によれば、ヨツボシチビヒラタカミキリの体長は3.5mm~6.0mm。個体によってけっこう大きさに差がある。
翌日、3匹目が東京側で見つかった。撮影している時は気づかなかったが……ボケているものの、背景に開花した桜も写りこんでいた↓。




ついでに、ヨツボシチビヒラタカミキリ発生初期の周辺での桜の開花状況↓。


少し前にイチモジフユナミシャク探しでサクラッチ(桜ウォッチ)した桜も、いつのまにか開花を始めていて、季節の展開は早い……と実感。この実感は年々早くなる(※時間の加速感)。

というわけで、3月下旬にして見つけたヨツボシチビヒラタカミキリは今年4種類目のカミキリだった。これ以前に今年確認したカミキリはヘリグロチビコブカミキリキボシカミキリ(いずれも1月)、ナカジロサビカミキリ

ちなみに、ここ4年の《東京の桜(ソメイヨシノ)開花日》と【狭山丘陵のヨツボシチビヒラタカミキリ出現確認日】をふり返ってみると次の通り。

2012年……《3月31日》/【4月9日】
2013年……《3月16日》/【3月16日】
2014年……《3月25日》/【3月31日】
2015年……《3月23日》/【3月30日】

その後の画像を追加:ヨツボシチビヒラタカミキリ









白い四つ星模様は大きな個体ほど鮮明な傾向があるような気がする。

さらに、だいぶ咲いてきた桜(だいぶボケてしまっているけれど)を背景にヨツボシチビヒラタカミキリを追加。


擬木や柵の上ではどうも輪郭がわかりにくいので、別個体を指に乗せて撮影↓。




さらに別の個体↓。





ヨツボシチビヒラタカミキリ※2013年のヨツボシチビヒラタカミキリ
小枝片的コブスジサビカキリほか早春の昆虫※2014年のヨツボシチビヒラタカミキリなど

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春の蝶はなぜ白線にとまるのか?



チョウの日光浴

この時期になるとチョウたちが活動を始める。陽だまりで翅を広げる姿を目にする機会も増えてきた。そうすることで日光を受ける体表面積を増やし、効率的に体を温めているのだろう──チョウが陽だまりで翅を広げるのは、活動体温を得るための行動だと僕は解釈している。




先日知ったのだが、コツバメという春のチョウは翅を開かずに体を傾けて日光浴するそうだ。


ネット上の《体を傾けて日光浴するコツバメ》の画像を見て、以前飼っていたカメレオンの日光浴ポーズにそっくりだと思った。カメレオンは熱帯性の爬虫類だが日光浴が必要(活動体温を得るというだけでなくカルシウムを吸収するのに必要なビタミンD3合成のため)だというので冬でも日光浴に出していたのだが、煎餅のように体を平たく広げ、広げた面を太陽光と直角になるように傾けて陽を浴びていた。体色も光の吸収率が高まるよう黒く変化させるという凝りようで感心した。


この2枚の画像↑は同じ個体。冬の日光浴モードは、まるで別人ならぬ別カメレオンに見える。それだけ日光浴は重要だということだろう。このカメレオンの日光浴で体を傾ける(広げた面を太陽に向ける)ポーズが《体を傾けて日光浴するコツバメ》にそっくりだった。
多くの外温性(変温)動物にとって、活動体温を得るためにも日光浴は必要だろう。春先に発生するコツバメがカメレオンと同じようなポーズをとっているのはわかる気がした。
ただ、コツバメの場合、他のチョウがやっているように翅を広げた方が日光を受ける表面積は増えるはずだ。なぜ翅を閉じたまま日光浴するのか疑問に感じないでもない。もしかすると、翅の表側が反射率が高い色(繁殖活動では目立つ方が有利なため?)で裏側が逆に地味な色合いだった場合、翅の裏側で日光を吸収する方が効率が良いのかもしれない。活動していない時(体温チャージ中)は、目立つ翅の表は隠しておいた方が天敵に見つかる危険は減らせるだろうから、翅を開かずに日光浴するのにはそうしたリスクとの兼ね合いも関係していそうな気がする。

春先に日光浴しているチョウを見ていると翅を閉じると(翅の裏側が)地味な色のものも少なくないようだ。落ち葉の中、あるいは樹皮にとまったときに隠蔽効果があるのだろう。




翅を広げて日光浴していても、近づくと翅を閉じてしまいがちなのは、目立つ翅の表面を目立たぬ翅裏で隠すという意味があるのかもしれない。
そんな春先のチョウを見ていてフシギに感じることがある。
この時期、遊歩道で日光浴する姿を目にするのだが……ナゼか《路面に引かれた白線部分の上にいることが多い》──ということだ。落ち葉の中や木の幹でなら隠蔽効果のある翅の裏も白線上では全く意味をなさない──目立つことこの上ない(天敵に見つかりやすい→生存に不利な)スポットに、どうしてわざわざ身を置くのだろうか?


白線の上では「隠蔽効果のある翅」も役にたたず。かえって目立ってしまう。


なのに、どうして白線を好んでとまるのだろう?


このヒオドシチョウ↑は右後翅が一部かけていた。近づくと翅を立てたり飛んだりするが、やはり白線の上に降りて翅を開く。


これは別個体↓。白線ではないが白い柵にとまっていた。


舗装された路面全体からすると白線の面積の割合はごくわずかだ。なのにそこに降りたつことが多いのは偶然でなく、積極的に白線を選んでいるとしか思えない。

チョウはなぜ白線にとまるのか?

暖をとるための日光浴であれば、白線の上よりも黒っぽいアスファルトの上に降りた方が、(日光の吸収が高いぶん温まっていそうだから)良さそうな気がする。
また、暖をとる目的でなかったとしたら(ただ翅を休めるためにとまるのであれば)、白線でない路面部分に降りた方がいくらかでも目立ちにくいぶん安全だろう。わざわざ白線の上を選んで止まることは、目立って天敵に襲われるリスクを増やす不利な行動のようにも思えるのだが……。
「なのに、どうして白線を選んでとまるのだろうか?」
──と考えてみた。
気温が低い時期のチョウにとっては「明るい場所」→「陽が多く当る」→「活動体温を得るのにふさわしい所」というような判断?が働いているのではないか?
「判断」というよりは「システム」といった方がふさわしいかもしれない。
人のように「寒いから暖かい場所に移動する」という感覚は昆虫には無いだろう。《気温が低い時には「明るい場所」へ》という単純なシステムを持ったものが生存率を高めて、こうした行動が定着したと考えるのは理にかなっているように思う。
「温度を感知して、適温場所を探す」というやや複雑な(?)システムより「活動体温が足りない時は、明るい場所へ移動する」という比較的単純な(?)システムの方が進化上リーズナブルだったのではないか。
「飛んで火にいる夏の虫」なんて言うが、「熱さ」を感じていたなら虫が火に飛び込む事はないだろう。暑さ寒さの感覚とは別の基準で行動は支配されていると考えるのが自然だと思う。
先日知人の虫屋さんが、雪上に降りて動けなくなっていたタテハの画像を投稿されていた。わざわざ冷たい雪上に降りなくても良かろうに……と思ってしまうが、これも、温度を頼りにしたのではなく「明るい場所へ」というシステムに従った結果なのではないか……という解釈もできそうな気がしないでもない。

また、もしかすると……白系の反射率が高い花に集まる習性のようなものがあったとしたら、「明るいポイントの選択」というシステムと何か関係があるのかもしれない。活動体温を得るということとエサ探しは全く別のことだが、共通するシステムで運用・応用できるとすれば、その方が効率的だ。

元々は自然界に存在しなかった「路面の白線」はチョウたちにとって想定外だったのかもしれない。明るい雪の上に降りて寒さで動けなくなってしまうというデメリット・ケース(誤作動?)もあるようだが、トータルでは「明るい場所へ」というシステムはチョウたちの生存率に有効に働いていた……そのために定着した習性なのではないかという解釈も成り立ちそうな気がする。

あるいは、目立つ所に身を置くのは天敵から狙われるリスクを高める一方、配偶者に見つけてもらいやすくなるということでもあるのかもしれない──だとすると、繁殖率を高めるという意味がある行動なのだろうか?

僕はチョウのことはよくわからないが……白線にとまるチョウを見て、そんなふうにあれこれ想像をめぐらせてみた。例によって無知な素人の脳内シミュレーションにすぎず、この解釈が当っているのかどうかはわからない。

プラスチック食の蛾!?/タヌキ顔の蛾!?他

緑地の柵や手すりには木を模した擬木が使われていることが多い。コンクリート製やプラスチック製だが、わざわざ天然の木に似せてあるのは自然の景観との調和を意識したためだろう。本物の木を使った柵や手すりも無いことはないが、虫に食われたり腐食してボロボロになっているところも多い。メンテナンスや寿命のことを考えると木材より擬木の方が便利なのだろう。
僕が虫見で歩くギボッチ(擬木ウォッチ)コースではプラスチック擬木が使われている。
プラスチック製の擬木ならば虫に食くわれる心配もない……と思いきや──!?

プラスチック擬木をホストとする「ど根性蛹」!?



プラスチック擬木の表面から蛹(既に羽化したあとの抜け殻)が生えていた。
樹木の幹に「ぬけがら(蛹)」を残して羽化するスカシバガという蛾によく似ている。
他にもプラ擬木で発生した!?蛾とおぼしき蛹があちこちで見つかった。




実は昨年も3月に同じど根性蛹を見ている。今年も複数見られたということは、この虫にとってプラスチック擬木からの羽化は、もはや定番となっているのだろう。
良く似たスカシバ(蛾)の幼虫は木にもぐりこんで内部を食べて育つが……この「ど根性蛹」は幼虫時代、擬木内部でプラスチックを食べて育っていたのであろうか!?




「ど根性蛹」がプラ擬木内部からはい出てきて、ここで羽化したことは疑いようがない。
ちなみに昨年撮った、よく似たコスカシバではないかと思われる蛾の蛹↓


サクラの幹からのぞくコスカシバ(と思われる蛾)の蛹(抜け殻)↑はしばしば目にする。幼虫がもぐりこんだ木の内部を食べて育つのは不思議ではない。しかし、自然界には存在しなかったプラスチックのような分解しにくい素材を食べる昆虫がいるとは、にわかに信じられない。

プラスチックを食って育つ虫がもしいたとしたら……幼虫がプラスチックを分解するしくみを調べ《増え続け処分場所に困窮しているプラスチックゴミ》の処理に応用できるのではあるまいか?──などと、妄想が広がってしまう。

しかし実際は……プラスチックを食して成長する虫がいるとは思えない。
では、どうしたら、こういう状況が生まれるのだろう?
考えられる可能性としては──、
《他の場所で育っていた幼虫が蛹になるため食樹を離れ、擬木の隙間(直射日光が当る表面の劣化や、内部との温度差による膨張差などで剥離が生じてできた隙間?)に潜り込んで蛹になった》という可能性。プラスチックを食べて成長するとは考えにくいから、成長に必要な養分は他で得ていたとすると、こうしたケースが思い浮かぶが……ホストの樹皮下で育った幼虫がわざわざ1度そこから出て擬木に入りなおすという面倒なことをするだろうか?──と思わないでもない。
他に考えられる可能性を思いめぐらせてみると──、
《擬木に生じた隙間内部には苔やカビなどが発生していて、幼虫はそれを食して成長した》というシナリオ。
擬木に卵を産みつける蛾は少なくない。その多くは孵化後移動したり餓死したりするのだろうが……広食性の種類なら、そんなところに活路を見いだす幼虫がいてもいいかもしれない?


色々想像は広がるが、確たることはわからない。
謎めいた蛹(の抜け殻)について考えながら歩いていると、さらに妄想が飛躍するものを目にした。
「プラスチックの擬木に穿孔する蛾ばかりか、金属の柵に穿孔する昆虫もいるというわけか!?」
鉄の柵が虫に食われないよう、虫たちに向けて鉄柵内部に穿孔しないよう禁止を訴えるプレートがあったのだ!?


ということは、このあたりの虫たちには、この告示文が読めるということなのであろうか? プラスチックや鉄を食うこともさることながら、文字が読める昆虫おそるべしっ!
……というのはもちろんジョーク。
しかし、そんなことまで妄想を展開させた「ど根性蛹」おそるべしっ!

謎の「ど根性蛹」には何だか化かされたような気分だが……「化かす」と言えば「タヌキ」。
──という強引な展開で、プラ擬木で見かけた「タヌキ顔」の蛾もついでに……。

キアイを入れればタヌキ顔に見える蛾!?





サカハチトガリバという春に出現する蛾。この個体↑は羽化不全だった↓。


本来の姿はこんな↓


背中の中央(前翅後半の褐色部分)が金色っぽくも見える、意外に美しい蛾。
このとろ雑木林沿いの擬木や柵でよく見かける。これはまた別の個体↓




さらに別個体のサカハチトガリバ↓。




やっぱりタレ目のタヌキ顔に見えてしまうのは僕だけであろうか?


春めいてきて昆虫も増えてきた



コツバメはスプリング・エフェメラル(春のはかない命)と呼ばれるチョウの1つだそうで、遊歩道の路面に降りていた。飛ぶ気配がないので放置すると自転車に轢かれそうなので指に載せて植込みへ移動させた。同じ日、ヒオドシチョウ(これは越冬明けのチョウ)も何匹か目にした。画像はクヌギの幹で翅を広げていた個体。チョウでは他にミヤマセセリやアゲハ(ナミアゲハかキアゲハかは確認できず)、キタキチョウ、テングチョウなども目にした。甲虫類も色々出ていた。


トラフコメツキもこの時期によく見かける。同じ時期に見かけるようになるナカジロサビカミキリも出ていた。






このナカジロサビカミキリは今年初。今年3種類目のカミキリということになる。ちなみにこれ以前の2種類はヘリグロチビコブカミキリキボシカミキリで、いずれも1月の確認だった。これからさらに色々な種類が見られるようになるだろう。
カミキリも幼虫が木に穿孔する昆虫だ。ときに家具製品等から羽脱する強者もいるというが、プラスチック擬木から出てくるカミキリはさすがにいないだろう……。

STAP細胞捏造事件の禍根


STAP細胞論文捏造事件は科学史に残る最悪のスキャンダルだったのではないか。
《分化した体細胞を簡単な方法で初期化して効率的に作ることができる質の高い新たな万能(多能性)細胞》として世界的に脚光を浴びた【STAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)】。しかし発表直後から次々と疑義が噴出。さんざん遠回りした末にようやく明らかにされた《科学的事実》はといえば《もともとそんなものは存在せず、「STAP細胞とされたもの」の正体はすり替えられた既存の「ES細胞(胚性幹細胞)」だった》というもの。

《ES細胞混入疑惑》は早い時期からささやかれており、「STAP細胞とされるものから作られた証拠(残存試料)」を確かめるべきだという指摘も当然あった。なのに理研はなかなか調査しようとしなかった。最終的には3つの機関がそれぞれ別の方法で「証拠(残存試料)」の解析を行ない、それがES細胞から作られたものであることを──いつ誰が作ったES細胞が使われたのかという「株」までをつきとめて《疑惑》は《科学的事実》として決着した。
しかしながら──《「STAP細胞とされたもの」の正体は「ES細胞」だった》という《科学的事実》は明らかにされたものの、それでは誰がすり替えを行なったのかなどの「研究不正事件」としての《真相》は未だに解明されておらず「不明」のままだ。

研究不正としてはかなり悪質で、《重大な不正事件を起こしてしまったこと(未然に防げなかったこと)》自体とても不名誉な事だが……さらに重大でもっとも恥ずべきことは、《起きてしまった不正事件の真相解明を果たせずにいる》ということだ。
残念なことだが、研究不正を完全に防ぐことは事実上できないだろう。しかし、起きてしまった不正に対しては真相の徹底解明と厳罰処分──これは、今後の不正予防・抑止の意味でも最低果たさねばならない責務といえる。それがなされることが信頼回復の大前提だ。不正が起こったさいに最低果たさねばならない真相解明すらできず、すり替えを行なった犯人が「おとがめ無し」で済まされたのでは「日本は研究不正に甘い」という不名誉なイメージを世界に向けて発信してしまうことになる。
今後日本人がすぐれた研究を発表するさい、あるいはどこかの国で研究不正が起こるたびに、必ず「STAP事件」の記憶が呼び起こされたり引き合いに出される事になるだろう。これだけ大きな研究不正事件を起こしながら、その真相解明の責務すら果たさずに幕を引けば日本科学史上に大きな禍根を残すことは間違いない。

《ありもしない【STAP細胞】をすり替え等によって捏造した》などというとんでもない不正がなぜ起こったのかということもさることながら、一連の報道を見ていて不思議でならなかったのが、《科学的な疑問が生じているのに、どうして理研は「STAP細胞と呼ばれたものから作られた証拠(残存試料)」をきちんと調べようとしないのか?》ということだった。
理研は科学者集団のはずだ。ならば、浮上した疑惑に対して科学的検証で応え研究不正の実態を明らかにするのが理にかなった対応だったはずだ。なのに疑惑をもたれた「STAP細胞」の正体を調べようとはせず、研究不正の真相解明を棚上げして、STAP細胞再現の検証実験に舵をきったのが何とも不可解だった。
「1人の科学者の研究不正」は、(あってはならないが)起こり得ないことではない。しかし「優秀な科学者集団がこれをきちんと正す事ができずにいる」というのが僕には理解しがたかった。

《ES細胞混入疑惑》が浮上したとき、「残存試料の分析をすべきだ」というしごくまともな指摘を受けるまでもなく、理研は率先してそれを行なうべきだった。もしすみやかに分析がなされていれば、《科学的事実》にいちはやくたどり着けただろうし、無駄な予算や時間を投じて不毛な検証実験などせずに済んだはずだ。その時点で正しい対応をし不正事件の真相に迫れていれば、笹井氏だって自殺せずにすんだだろう。
STAP問題は一義的には悪質な捏造をした研究者に責任があるのはもちろんだが、この問題を更に悪化させ、日本の科学界の信頼を貶めたのはむしろ不正発覚後の理研の不誠実な対応にあったと思う。

どうして理研の対応がこのような不可解なものになったのかなど──経緯の詳細が知りたくて、『日経サイエンス』2015年03月号(特集:STAPの全貌)と『捏造の科学者』(須田桃子/文芸春秋)を読んでみた。
『日経サイエンス』3月号にはSTAP論文に関する不正調査を行ってきた調査会が2014年12にまとめた最終報告についても詳しく解説してあった。『捏造の科学者』の方はその最終報告がでる以前の段階で書き上げられたものなので不正調査会がまとめた「科学的結論」を含めた総括はなかったが、STAP細胞の発表会見から疑惑の浮上、それに対する関係者の対応などが克明に記されており、「理研側が疑義についてまともに取り合わなかった理由」がいくらかわかったような気もする。
色々と思うところも多かったが、一連の報道や『日経サイエンス』『捏造の科学者』を読み、僕が感じたことを少し記してみたいと思う。あくまでも一個人の感想・覚え書きである。

STAP論文への疑義が浮上してからも、理研は《「論文の作法」に不備はあったが、「STAP細胞の存在」に揺らぎは無い》と考えており、そのために対応を誤った──ということだったように思う。
STAP論文共著者の笹井芳樹CDB副センター長や丹羽仁史CDBプロジェクトリーダーは「STAP細胞への疑惑」に対して、まともに取り合おうとはしなかった。
「ES細胞混入疑惑」が浮上し、「STAP細胞とされるもの」が何だったのかを確かめるべき(残存試料の解析をすべき)という意見がでたときも、笹井氏や丹羽氏らは「STAP細胞が存在すると考えないと説明がつかない事がある」としてそれを一蹴している。

理研は、なぜ残存試料の分析に消極的だったのか?──CDB竹市雅俊センター長や理化学研究所の一連の対応を主導してきた川合真紀理事は《残存試料を解析したところで確定的な結論(ES細胞ではないかという疑問に対する答)は得られない》と「判断」していたという。しかし、実際には理研側が必要ないと却下していた残存試料の解析&発表によって「STAP細胞」の正体が「ES細胞」であることが突き止められたわけで、彼らの主張をそのまま信じることはできない。当時仮説の域を出ていなかった「ES細胞混入説」が確定的になれば批判が強まることは目に見えていたから、この「判断」には「くさいものにフタ」的な意図があったのではないかと勘ぐりたくもなってしまう。

また理研が《「論文の作法」に不備はあったものの、「STAP細胞の存在」に揺らぎは無い》との立場をとっていたことからすると、「ES細胞混入説」を確かめるようなプロセスなど必要ないとも考えていたのかもしれない。
《「論文の作法」上の問題が明らかになったデータをいくら洗い直したところで「STAP細胞の存在を揺るがす事実は出てくることはあっても、立証することはできない」──非生産的だ》という考えもあったのではないかと思う。《STAP細胞は存在するのだから、検証実験で再現すれば、それでカタがつく──それが生産的な解決だ。次々にあがってくるイチャモンにいちいちつきあっていても埒があかない》という判断によって不正の実態解明より検証実験を優先させたのではないか。
彼らの意識としては《本来賞賛されてしかるべき大発見をしたというのに、「論文の作法」上のことでケチをつれられ、不当な扱いを受けている》という不満もあったように感じられる。疑義や批判に対して真摯に向き合う気持ちにはなれなかったのかもしれない。
問題となった《「論文の作法」上の不備》については「未熟な研究者の責任」として小保方氏に負わせて《論文の撤回》で幕を引き、STAP細胞の有無については検証実験で改めて証明すれば良い──そうタカをくくっていたようにも見える。

そうして理研が「証拠(残存試料)の解析」に消極的だったのに対し、STAP論文共著者でありSTAP細胞(とされるもの)由来のキメラマウスの作製を手がけた若山照彦山梨大学教授(実験当時はCDBチームリーダー)は科学的疑問と真摯に向き合っていたように思う。
若山氏は小保方氏の不正を見抜けなかったとして監督責任がとわれ「出勤停止相当」という処分を受けたが、個人的には気の毒に感じている。処分の判断はしかたないとは思うが……通常ではあり得ない悪質な手口のペテンにひっかかってしまった被害者ともいえるからだ。そして笹井氏や丹羽氏はじめ理研が「残存試料の解析」に消極的だった中で若山氏は《科学的事実》を解き明かそうとして、その糸口をつかんだ。その意味では立派だったと思う。不正発覚後「STAP論文関係者で科学者としての良心を失わずにいたのは若山氏だけだ」という印象を僕は持っている。

若山氏は小保方氏からわたされたSTAP細胞(とされるもの)から樹立したSTAP幹細胞の解析を行い、実験に使われたはずのマウスとは別系統のマウスにすり替わっていたという結果を得た。そして残存試料を詳しく調べるべきだと主張したが、この若山氏の解析結果について笹井氏は「若山氏の理解が正しくて、小保方氏は間違っているという断定的な構図はナンセンス。その逆もあり得る」「作為的な決めつけや断定で(小保方氏を)ヒールにしたてようとしている」という内容の反論をし、残存試料を調べる事には反対だったらしい。
「すり替え」が疑われる解析結果がでたとなれば、あわてて真偽を確かめるべく詳しく調べ直すのが本来の対応ではないかと思うが……そんな状況でも笹井氏は小保方氏を信頼し擁護していたのかと驚いた。

若山氏の疑惑の発端となったのはSTAP論文に使われていたテラトーマ画像の捏造発覚だったというが、これについても笹井氏は「意図的な捏造ではなく、小保方氏の単純ミスであった可能性がある」として若山氏を説得していたという。本来なら小保方氏に直接どうなっているのかを問いただすのがスジだろうに、笹井氏の《「単なるミスである可能性がある」という「解釈」》で処理しようとしていたというのも不可解だ。
「科学的判断」よりも「小保方さんが意図的な捏造などするはずがない」という「心情的判断」が優先され、それに基づいたつじつま合わせの「解釈」だったように思えてならない。
もしかすると、笹井氏が小保方氏を「問いただす」のではなく無条件に「擁護してまわった」ために小保方氏は「捏造を告白する機会」を逃し、(笹井氏の「解釈」に沿う形で)「嘘を突き通さざるを得ない」状況に追いやられた……という側面もあったのかもしれない。早い時点で「STAP細胞とされるもの」の正体を確かめ、その《科学的事実》を示して小保方氏を追及していればこの問題がここまでこじれる事は防げたのではないかと思ってしまう。

笹井氏も丹羽氏も「STAP細胞は存在する」という「方針」に沿って発言していた印象が強い。「存在」を主張する根拠についていくつか上げていたが、客観的なデータは示せずにおり、実際にSTAP細胞とされるものは解析の結果ES細胞だったことが後に判明する。
彼らが「STAP細胞は存在する」と信じていた本音のところは「科学的判断」ではなく「ES細胞混入説が正しかったとすれば、小保方氏が意図的に捏造をはかったことになる。いくらなんでも、そんなことはありえない」という思いこみ──科学的根拠ではなく心情的な判断だったのではないかという気がしてならない。

じっさい丹羽氏は「小保方氏のデータ管理能力には疑問がある。しかし、彼女がテータを取り違えることはあっても、個別の実験に都合の良い《変な細胞》にすり替えたとは考えられない」という発言をしている。
だが《科学的事実》が明らかになってみれば、個別の実験にそのつど論文の主張に符合する《都合の良い偶然の混入》があったなどとは到底考えられず、意図的なすり替えがあったとしか考えられない──ということになる。

丹羽氏は《「簡単に作れる」ことが売りだったはずのSTAP細胞なのに「再現性が確認できない」》という批判に対して、プロトコル(STAP細胞の詳しい作り方)を書いて応えた人物だ。しかし、実はその時点では彼自身はSTAP細胞を作った経験はなかったという。さらに後の検証実験では「論文通りの分量で塩酸を希釈しても、論文と同じ濃度の弱酸性溶液を作ることができなかった」と丹羽氏自身が語っていたというのだから呆れてしまう。そんなことも確かめずにプロトコルを発表したのかと驚いたが、これは丹羽氏が「小保方氏のデータを疑うことなく信じていた」ということなのだろう。小保方氏のデータに基づけば、疑義の方が間違っている──という判断になる。
丹羽氏も笹井氏も不正が疑われている小保方氏のデータを根拠に疑義への反論を展開していたわけだが……本来ならば不正疑惑が発覚すれば、根拠となるデータの真偽を確かめるべきだろう。なのに両氏は小保方氏のデータを信じ、生データや実験ノートまでさかのぼっての確認はしていなかったという。

ちなみに、笹井氏や丹羽氏が「STAP細胞は存在する」と主張する大きな根拠の1つが「STAP細胞から作られたキメラマウス」だった。「ES細胞では分化しない胎盤にまで分化した」というもので、論文には「ES細胞から作られたキメラマウス」と「STAP細胞から作られたキメラマウス」の比較画像が載せられていた。万能細胞から分化した細胞は蛍光するよう処理されたもので、「ES細胞から作られたキメラマウス」では胎児だけが光り胎盤は影になっており、「STAP細胞から作られたキメラマウス」では胎児だけでなく胎盤もうっすらと光っているように見える。
この「胎盤までが光っている画像」が「胎盤にも分化した→ES細胞では説明がつかない→STAP細胞は存在する」ことを示す証拠だというのが笹井氏や丹羽氏の主張だった。
しかし「光って見えるのは胎盤を流れる胎児の血液ではないか」とか「ES細胞でも胎盤に分化することはある」という話も出てきて、比較画像は「ES細胞では説明がつかない」ことを証明するものではなかった。論文では「STAP細胞が胎盤に分化したこと示す確かなデータ」は示されていなかったという。
そしてこの「ES細胞由来(胎盤は光っていない)」と「STAP細胞由来(胎盤まで光っている)」の違いを示す比較画像は、実は同じ被写体を撮ったものだということが判明する。
同じものを撮影条件を変えたり加工して、あたかも違うものであるかのように並べたのであれば、トリックといわれてもしかたがない──これが比較画像の正体だった。

STAP細胞は嘘を重ねて捏造された虚構の産物だった。「いくらなんでも、そんなバカげた捏造をする科学者などいるはずがない」という思い込みが笹井氏や丹羽氏などの著名な科学者たちの判断を誤らせ「片棒を担がされる」ことに至ったのではないかと思う。

昔読んだ本に、サイキック(超能力者を自称するマジシャン)が一番騙しやすいのは実は科学者だというような事が書かれていたのを思い出した。科学者は理屈にはたけているようでも、ウソを見抜く能力は案外貧弱なのかもしれない。

自殺した笹井氏も、小保方氏のデータを疑うことなくSTAP細胞を信じ、検証実験であらためてその存在を立証すれば巻き返しがはかれる──そう考えていたようだ。当初、検証実験には自信を持っていたことがうかがえる。しかし徐々に明らかになってくる新事実を受けて、真相に気づき、取り返しのつかないミスを犯した事を理解した……それで検証実験の結果を待たずに自殺したのではないか。当初の期待(STAP細胞再現)が見込めないことを確信し、針のむしろとなる前に世を去ることを決意したのではないかという気がする。STAP細胞が存在すると考えていたのであれば検証実験で再現に成功すると考えていたはずであり、だとすれば笹井氏らの主張は立証され事態は好転することになる──だから検証実験の途上で自殺する必要など無かったはずだ。
しかし、というべきか、やはりといべきか……検証実験ではSTAP細胞を再現することはできなかった。「STAP細胞はあります」「200回以上作製に成功している」と公言していた小保方氏ですら不正が行えない環境下ではSTAP細胞を作製することができなかった。

笹井氏が小保方氏にあてた遺書には「絶対にSTAP細胞を再現してください」「実験を成功させ、新しい人生を歩んでください」と記されていたというが、これには「自分はSTAP細胞の存在を信じている→捏造を知らなかった・捏造とは無関係」という立場をアピールする意図もあったのではないかと思う。また、家族宛の遺書には自殺の理由として「マスコミなどからの不当なバッシング、理研やラボへの責任から疲れ切ってしまった」という内容も記されていたというから、自分が尽力して作りあげた組織CDB(解体論が出ていた)を批判から守ろうという意図もあったと思う。報道の風潮として、自殺した者は「被害者」扱いされ同情が集まり「加害者」に批判が向きやすくなる。「笹井氏を自殺に追い込んだマスコミのバッシング」という構図を作れば批判の矛先はマスコミに向かい、理研に対する風当たりを弱められるという計算はあったのではないかと思う。事実、マスコミの不正事件の追求の勢いは(第二の笹井氏が生まれることを恐れて?)弱まった印象がある。笹井氏の遺書は内容が公開される事を想定して書かれたものだと判断するのが妥当だろう。

笹井氏が自殺に職場を選んだことについて色々憶測もあったようだが、僕はリークされることを想定して書いた「遺書」が遺族ではない第三者によって発見されることを望んだためでもあったのではないかと想像している。自宅で自殺すれば遺書はそのまま身内から関係者に渡り内容が公開されない可能性がある。第三者が発見すれば「遺書の存在」が明らかにされ(事件性の有無を判断する材料としても「遺書」は注目されるはず)、内容についてもリークがあるだろう。特に「小保方氏に当てた遺書」や「自殺の動機」に関しては関心が高いだけに必ず内容が表に漏れるはずだ。笹井氏はそれを見越してメッセージを書いた。必ずしも本心であるとは限らない(笹井氏は4月の会見ではSTAP現象を「最も有力な仮説」としていたが、残存試料の解析等で致命的な解析結果が出た後、7月上旬には「STAP現象全体の整合性を疑念無く語る事は現在困難だと言える」とコメントしている──自殺した時点ではSTAP現象が虚構の産物だと認識していたはずだ)。
笹井氏がもし本当に純粋に当人にあてた本心を伝えたかったのであれば、メールや親書で直接相手に送れたはずた。なのにそうせず、わざわざ文書を紙に出力して第三者に発見させたということには「遺書という形での外部へのメッセージ・アピール」という意味があったはずだ。

『捏造の科学者』で印象に残ったのが、華々しいSTAP細胞の発表会見での小保方氏が語っていた「嘘」だった。
小保方氏はそれまでの研究の苦労話として、当初「STAP細胞」はなかなか信じてもらえず、論文掲載に至らなかった最初のネイチャーへの投稿では、査読者から「あなたは過去百年にわたる細胞生物学の歴史を愚弄している」と酷評されたと話していた。あの発言で《辛苦のヒロインが、それでもあきらめず頑張ってつかんだ栄光》感が演出された。
しかし実際にはボツになったその投稿論文にそんな査読コメントなどなかったという。
小保方氏は、自分が注目を浴びるために、平気ででまかせを言う──そんな気質の人なのかと妙に納得するものがあった。

『日経サイエンス』3月号では調査委員会が新たに認定した捏造も解説されており、小保方氏が存在しないデータを(論文の主旨に沿うような都合の良い形に)手作業で作り上げていた事も記されていた。この捏造データの作製に関しては小保方氏も認めるような発言をし「反省」を口にしているらしいが、《自分が信じるSTAP細胞を証明するためには捏造をいとわない》という姿勢がうかがえる。

小保方氏は本当に《STAP細胞はある》と信じていたのかもしれない。酸などの刺激で細胞が死ぬ時に光る「自家蛍光現象」を「STAP(刺激惹起性多能性獲得)現象」だと誤認していた可能性がある。4月の記者会見では「自家蛍光ではないことを確認している」と主張していたが調査委員会の聴取では、自家蛍光の可能性について思い至らず確認をしていなかったと証言していたという(丹羽氏も検証実験で細胞の蛍光は確認したが自家蛍光だったとしている)。
「自家蛍光現象」を見て「STAP(刺激惹起性多能性獲得)現象」だと確信(誤認)した小保方氏は、その(彼女にとっての)《真実》が認められずに埋もれてしまうことが我慢ならなかった……それで《真実》を実証するために、ちょっとだけズルイ近道を選んだ──それが捏造の始まりだったのではないか……。科学的に踏むべき手順を(捏造で)スキップして先へ進め《STAP細胞はある》ことを証明すれば、研究は軌道に乗り、やがてスキップした部分に関しても実験結果が追いついてくるだろうと楽観的に(都合よく)考えていたのかもしれない……そんな気もしないではないが、もちろんこれは憶測。このあたりのことは彼女が真実を語らない限り判らない。小保方氏は「すり替え」については否定しているというが、関与していないのであれば疑惑を晴らすべく会見を開いて、不自然な状況(すりかえられたES細胞と同じものをどういう経緯で小保方氏が所持していたのか等)をきちんと説明すべぎたろう。これだけの問題を引き起こしたSTAP論文の筆頭著者なのだから説明責任はあるはずだ。すでに理研を離れているのだし説明の機会はいくらでもつくれるはずだ。

残念なことに研究不正は起こってしまったわけだが……理研は事後処理を誤り真相究明を怠った。当初STAP細胞の正体や研究不正の実態について明らかにせず「論文の撤回」で幕を引こうとしていたふしがうかがえる。しかし日本の科学者の中には「科学者としての良心」をもった人もいて、そうした人たちや科学記者らの追及で「STAP細胞(とされたもの)」の正体が科学的に明らかになった──というのはせめてもの救いという気がする。
ただ、研究不正の実態についても、きちんと明らかにされるべきで、《不明》のまま終わって良いわけがない。

《最悪の研究不正》を働いたのは「ES細胞」混入犯だが、《それを迷宮入りさせた》という恥の上塗りをしたのは理研──事件の真相が解明されない限り、そう言われても仕方がない状況はずっと続くだろう。理研としては早くこの問題から手を切りたいとろこだろうが、この先ずっと《未解明不正事件》の呪縛を引きずり続けなくてはならなくなるとすれば、その長期的なダメージははかりしれない。真面目に働いている理研職員や日本の科学者たちが気の毒でならない。

なげかわしいことだが日本科学界にこれ以上の追及ができないというのであれば、捜査権のある司法に場を移してでも事件の真相解明はなされるべきだ。
STAP事件以前の世界二大不正事件では論文検証や真相究明がしっかりなされているという。
当初《日本発の新たな夢の万能細胞》というイメージで世界に発信されたSTAP細胞だが、このままでは《日本発の「真相解明の責務すら果たせなかった」最悪の不正事件》として科学史に消す事のできない大きな汚点を残すことになってしまうのではないか──。

     *     *     *     *     *

※理研・野依良治理事長の記者会見が報じられていた↓
■理化学研究所:野依理事長「不正防げなかったのが問題」

http://mainichi.jp/select/news/20150324k0000m040098000c.html
(毎日新聞 2015.03.23)

記事によれば野依理事長は「(責任著者の)小保方晴子・元研究員は責任重大だが、研究チームが(不正を)防ぐことができなかったことが大きな問題」と総括し、今後の調査の必要性については否定したという。

これを読んで激しく違和感を覚えたので、今回の記事をYaoo!ブログに投稿することにした。
小保方晴子・元研究員の責任は重大だし、研究チームが不正を防ぐことができなかったことも大きな問題だろう。しかし一連の騒動で僕が最も問題だと感じたのは一研究者の不正問題よりも、むしろ理研という日本最先端の組織の不正発覚後の対応──真相究明をせず「論文撤回」で幕を引こうとした無責任さだ。
野依理事長は「研究が虚構だったというのが大事な結論。真相は解明できたと思っている」と述べたというが、理研の横槍を押し切って残存試料の解析をした科学者がいたからこそ「研究が虚構だった」ことが証明されたわけで、それがなければSTAP細胞とされたものの正体は不明のままだったはずだ。
起こしてしまった研究不正について、その実態が解明されていないのに今後の調査の必要性はないとする考えには大いに疑問を感じる。
科学的には「研究が虚構だった」ことが判明して決着したが、理研の「無責任な体質」は解決せずに継続している──と感じた。
研究不正の実態解明もできず、またする気もない──そんな「研究不正に甘い体質」の組織が、今後の研究不正を防げるものだろうか。

一連のSTAP細胞をめぐる騒動には、色々な人が様々なことを感じただろう。
野依理事長の説明では納得できないと感じた者の一意見として、個人的な感想ながら投稿しておくことにした。

3月のカミキリ・ウバタマムシ~牙ゾウムシ!?

3月もヘリグロチビコブカミキリ







3月に入って初めて見たカミキリは、予想どおりヘリグロチビコブカミキリだった。ギボッチ(擬木ウォッチ)では冬から春にかけてしか見たことがない(ビーティングをすれば他の時期にも落ちるのだろうが)。今シーズンも12月・1月・2月と確認している体長4mm前後の小さなカミキリ。
このあと、ヨツボシチビヒラタカミキリやナカジロサビカミキリなどが出てくるだろう。

ウバタマムシ~テントウムシ





暖かい日には虫の数がふえてきたが大物もでてきた。小さな虫が多い時期にウバタマムシ(24~40mm)はかなりボリュームを感じる。大きさだけでなく隆起のある上翅の模様もシブくて存在感をかもしだしている。焼杉や浮造りを連想させる木目を活かした伝統工芸品っぽい味わい──みたいな。
成虫で越冬するものもいるようで、冬にも暖かい日には時々みかける。フィールドで1年全ての月を通して成虫を見ているのはウバタマムシぐらいかもしれない。





ウバタマムシに比べるとずいぶん見劣りがするが、カメノコテントウもこの時期みる昆虫の中ではホリューム感がある。テントウムシの中でも大きい種類。
テントウムシも色々な種類がみられるようになって来た。
その中から上翅のフチが赤く彩られた2種を──まずは上翅外フチだけ赤いアカヘリテントウ↓。


そして、上翅外フチだけでなく会合部なども赤いベニヘリテントウ↓。


ベニヘリテントウはカメラを向けるとすぐ飛ぶので撮り逃すことが多い。この日も1匹目にはあっけなく飛び去られ、画像は2匹目──意外におとなしく撮られているなと思っていたが、後に画像を確認するとオオワラジカイガラムシの幼虫を食べているところだった。ベニヘリテントウの口のあたりからオオワラジカイガラムシ幼虫の頭と触角がのぞいている。
ちなみにベニヘリテントウは成虫も幼虫もオオワラジカイガラムシを食べる。おもしろいことにベニヘリテントウの幼虫はエサであるオオワラジカイガラムシの幼虫や成虫♀によく似ている。オオワラジカイガラムシ成虫♀に似ていることで、間違えてやってくるオオワラジカイガラムシ成虫♂を捕食するための擬態なのだろうか?
ということで、ついでに以前撮った画像からベニヘリテントウ幼虫の捕食シーンを。ベニヘリテントウ幼虫と良く似たオオワラジカイガラムシ成虫♀と、成虫♀と間違えて近づいた(?)オオワラジカイガラムシ成虫♂を食べているシーン↓。


右の画像(ベニヘリテントウ幼虫がオオワラジカイガラムシ成虫♂を食べているシーン)は、撮影時はオオワラジカイガラムシのペア・ショットのつもりだった。
撮影時には気づかず、後に画像をチェックして初めて気づくということはありがちだ……。

極小甲虫~棘ゾウムシ!?~牙象虫!?!



暖かくなって虫たちの顔ぶれも増えてきたが、まだ小さいものが多い。柵の上で目にとまった3mmほどの小さな甲虫。撮ってみたら、アリモドキの仲間っぽい。甲虫だが画像で見るとなるほどアリに似ている。上翅に小石がめり込んだような凹みがある特徴から、アカホソアリモドキ♂ではないかと思う。この近くの柵の上で数匹見かけた。
ゾウムシの仲間も見かけるが、これも小さい種類が色々あるようだ。


次のゾウムシも小さくスルーしかけたが、思いなおして、とりあえず撮ってみることにした。が、ゾウムシにありがちなことだが……カメラを向けるとすぐに反転して尻を見せ、なかなか希望のアングルで撮らせてくれない。
「撮らせてくれてたって良いやろ、減るもんぢゃないし!」なんて思いながらアングルを模索しているうちに飛翔……。
不鮮明なNG画像を確認してビックリ。トゲたらけの見たことがないゾウムシだった。








これも例によって、撮影後の画像チェックで気づいたわけだが……トゲのある昆虫は個人的にポイントが高い。もう少しキアイを入れて撮っておけば良かった……と悔やんだのであった。
(※追記:ナカスジカレキゾウムシというのが似ているような……)
そして「もう少しキアイを入れて撮っておけば良かった」と思うゾウムシがもう1ついる。3月上旬だったが、やはり暖かい日にでていた──クチブトゾウムシ亜科のマツトビゾウムシだろうか。時々見かける種類で「とりあえず撮っておくか」くらいのいいかげんさで何枚か撮影してその場を離れた。
後に画像を見て「牙があるゾウムシ」だったとわかって、「しまった! 旬な(?)キバをもっと重点的に撮っておけばよかった!」と悔やんだのであった。




クチブトゾウムシ亜科では羽化直後の新成虫にはこんなん牙状突起がついているらしい。地上に這い出るさいに使われ、その後脱落するという。ゾウムシの仲間としては短い口吻のクチブトゾウムシの奥まった感じにも見える大顎では蛹室(?)を壊したり土を掘るのが難しいので、こんなオプションパーツを装備するに至ったのだろうか? その後脱落してしまうというのだから、羽化後、地上に出てくるまでの間に使われる器官なのだろうが……。
じつは以前も牙付きのクチブトゾウムシを撮ったことがあり、この時も後でそれに気がついたのだった。「次に見つけたときには、この《羽脱用牙(?)》をしっかり撮っておこう」と思っていたのだが……すっかり忘れていた。
この使い捨て牙状突起で思い浮かんだのがヘビやトカゲなどの卵歯(鳥類等では卵角)。以前飼育していたヒバカリの孵化を観察したことがあるが、卵の表面に突然見えないメスが走ったかのようにスーッと切れ込みが入る。この卵の殻を切り裂く専用の器官が「卵歯」で、孵化の際に使われ、その後脱落する──「脱出専用の使い捨てツール」ということで、クチブトゾウムシの牙と似ている気がしたしだい。


ヒバカリの卵歯は小さくて当時は撮ることができなかったが……こうした一時的・限定的仕様の特殊器官にはフシギさとおもしろみを感じる。

牙があるマツトビゾウムシほか ※牙状突起を備えたマツトビゾウムシ2016年版

冬尺蛾シロトゲエダシャク~非冬尺オカモトトゲエダシャク&偽冬尺?

フユがつかない冬尺蛾シロトゲエダシャク

先日、サクラの幹にとまっているシロトゲエダシャク♀をみつけた。擬木ぞいの木で、ちょっと高いところ。


見つけたとき、ちょっと意外だったのが、頭を下にしていたこと。虫見歩きをするときは、視界の景色の中からいちはやく昆虫の姿を脳内検索できるように想定昆虫のイメージをあらかじめインプットしているが、思い描いていた検索イメージは頭を上にしてとまっている姿だった。鉛直面にとまるフユシャク♀は上を向いている印象があったが、こんな姿勢でいることもあるのかと思った。
撮るには高いところだったので、擬木の上に登ってさらに木に片足をかけ、なんとか指に移動させて回収。


産卵前の個体のようで、腹節のつぎめから卵のつまった緑色の内層がのぞく──チビTシャツのすそから豊満な腹がはみだしているかのような「はみ腹」状態。緑の「はみ腹」はやや体をそらすような姿勢になると目立たなくなった。






撮影後はサクラの幹に返した。大きめのフユシャクだが、幹にと止まると意外に目立たない。




常連だったシロフフユエダシャクやフユシャク亜科のフユシャクがだいぶ減ってきたが、シロトゲエダシャクは今がピークなのかもしれない。こんなところでも見られた。


ネジの凹みに重なるようにしていたのは、シロトゲエダシャク♀の小さめの個体だった。シロフフユエダシャク♀もよくこんな凹みにはまっていることがある。


身を隠すところがない平坦な人工物では、せめてもの気休め(?)で、こんなちょっとしたくぼみや溝などを居場所に選ぶのかもしれない。


このシロトゲエダシャク♀はサクラの幹にいた♀よりだいぶ小ぶりに見えた。体長でいえばわずかな違いなのだろうが、直感的にボリュームがイメージできるように1円玉比較の画像を並べてみた↓。


フユシャクは、飛翔力のある翅を持つ♂と翅が退化して飛べない♀では見た目がかなり違う。ということで、比較用にシロトゲエダシャク♂の画像も↓。


シロトゲエダシャク♀の空目

さらに今日、擬木ウォッチで偶然出会った市川さんがみつけたシロトゲエダシャク♀。この胸の背面の黒いもようが犬の鼻に見え、デフォルメしたタレ耳犬に見えてしまう。あるいは、アニメ『チキチキマシン猛レース』のケンケンや『ヤッターマン』に登場する犬型ロボット・ヤッターワンのイメージが脳裏に浮かんでしまうのは僕だけであろうか?


冬尺蛾なのに「フユ」がない?/「トゲ」の由来は?

ところで、この【シロトゲエダシャク】はフユシャクなのに名前(標準和名)に「フユ」が入っていない。
同じ時期に出現している【トギレフユエダシャク】が「トギレエダシャク」から「トギレフユエダシャク」へと「フユ」が追加・変更されているのに、同じ時期に活動している同じエダシャク亜科のフユシャク【シロトゲエダシャク】は「フユ」がつかないまま。「フユシャクなのに、どうしてフユがつかないのだろう?」と疑問に思ったことがある。
「フユシャク」は年1回冬に成虫が出現し、メスは翅が退化し飛ぶことができないという特徴をもつシャクガ科の総称で、フユシャク亜科・ナミシャク亜科・エダシャク亜科の3つのグループにまたがっている。ナミシャク亜科に含まれるフユシャクは「フユナミシャク」の名前がつけられていて、同様にエダシャク亜科は「フユエダシャク」が多い……のに、シロトゲエダシャク・シモフリトゲエダシャクフチグロトゲエダシャクなどは「フユエダシャク」ではない。僕は素人で分類や和名のつけ方についてよく判らないが……これらはすでに「トゲエダシャク」というくくりの名前がついているため、「フユエダシャク」にならなかったのではないかと想像している。フユをつけるとすればグループ名「トゲエダシャク」の頭となるため「フユトゲエダシャク」……これでは「フユエダシャク」の規則性は損なわれる。それで「フユ」なしの「トゲエダシャク」がそのまま使われているのではあるまいか?
「トゲエダシャク」の名前の由来については<フユシャク図鑑>に《トゲエダシャクの「トゲ」とは幼虫の背の突起に由来するという》という記述があった。
ただ、フチグロトゲエダシャクの幼虫を検索してみたところトゲは確認できなかった。「トゲエダシャク」の名前がついているからといって、すべての種類にトゲがあるわけではないのかも知れない。別の例でいうと「ドクガ」の名のつく蛾で毒のない蛾もいる。分類上ドクガの仲間ということでそう名付けられただけで実際には毒を持たない種類がむしろ多かったりする。そういったことを考えると「トゲエダシャク」の名前がついていながらトゲがないシャクガがいても不思議はないだろう。実際にトゲがあるかないかではなく分類的な判断で「トゲエダシャク」の仲間と位置づけられた種類もあるだろう……素人なりにそんな解釈をしているのだが、ホントのところはわからない。

冬尺蛾ではないトゲエダシャク・オカモトトゲエダシャク

「トゲエダシャク」つながりで──シロトゲエダシャクと同じ時期に活動しているフユシャクでない蛾もいる。ということでシロトゲエダシャク♀と同じ日に見つけたオカモトトゲエダシャク♀。見てわかる通り、♀にも♂同様、立派な翅があり、翅が退化したフユシャクとは一見して違う。








可変翼機のようなメカニカルな翼系ならぬ翅をもつオカモトトゲエダシャク。フユシャクではなく早春の蛾として知られているシャクガ科の蛾──冬尺蛾ならぬ春尺蛾!?
カッコ良いので見つけるとついカメラを向けてしまいがちだ。メスにもこのカッコ良い翅があるのだが……メスの翅はちゃんと機能しているのだろうか?──などと、うっすら疑っていたりもする。
検索してみると♂は灯火に集まるが♀はめったに来ないとか、♀は少ないというような情報がヒットするが、ギボッチ(擬木ウォッチ)で見ているかぎり、♀が特に少ないというような印象はない。灯火採集等で♀が少ないというのは♀の飛翔能力が貧弱だからではないのか……そんな可能性を考えてしまう。♂と同じような翅と飛翔筋があったとしても、卵がつまった重そうな腹をかかえて♀が飛ぶのは大変そうだ。オカモトトゲエダシャクのメスは飛ぶのが苦手なのではないか……そんな気がしないでもない。

♀の翅は退化しているが冬尺蛾ではないメスコバネマルハキバガ

シロトゲエダシャクや前の記事であげたトギレフユエダシャクなど、冬終盤のフユシャクが活動する時期に出現するフユシャクっぽい蛾がいる。♀の翅が退化し飛ぶことはできないのもフユシャクと同じ。だけどフユシャクではない蛾──僕は「なんちゃってフユシャク」と呼んでいる。






【メスコバネマルハキバガ】というメスコバネキバガ科の蛾。その名の通りメスが小翅なので初めて見た時はてっきりフユシャクだと思った。しかしシャクガ科ではないので「フユシャク」とは呼ばないらしい。
フユシャク・フリークにはハズレ感がある蛾かもしれないが、「フユシャクがおもしろい」と感じるのと同じ特徴を持っているということで、僕にとってはこの蛾もやっぱりおもしろい。

晩冬の冬尺蛾トギレフユエダシャク

晩冬というべきか早春というべきか…の蛾・トギレフユエダシャク♀

このところ見かけるフユシャクの総数は減ってきて、早春の蛾に移り変わりつつある印象があるけれど、これから見られるフユシャクもあるはず……と期待していたもののひとつ、トギレフユエダシャク(旧称トギレエダシャク)の♀を見つけることができた。








逆光気味だったので位置を変えて撮影すべく枯葉に乗せようとすると、落下。翅をきれいに広げて止まったので、これ幸いとその状態を撮る。


(翅が退化した)フユシャクの♀とは思えないような立派な翅。裁縫用具のピンキング鋏で切ったかのようなジグザクのふちと縁飾り(?)がオシャレでユニーク。4枚の翅をひらいたところを見ると飛べそうな感じもするが、実際は飛ぶことはできない。
改めて枯葉に乗せて撮影↓。


そして恒例の(?)1円玉との大きさ比較。


さらに、近くのクヌギの幹にとまらせて、偶然出会った市川さんとプチ撮影会!?↓




やはり木にとまっていたら、見つけるのは難しそうだ。翅のしぶい模様も蛾の輪郭をかく乱・隠蔽する効果があるのがわかる。
ちなみにトギレフユエダシャクのオスはこんな感じ↓(過去の画像)。


以前撮った画像を探したが、こんな↑不鮮明なものしか見つからなかった……。とりあえず、♂と♀は容姿がかなり違うということで。
※その後撮ることができたトギレフユエダシャク♂画像を追加↓



今は冬の終盤に出てくるフユシャクと、早春に出てくる蛾が混在している。


春の昆虫がどんどん姿を見せるようになると、フユシャクが見られる期間も残り少ないという実感から、なんだかちょっと焦りを覚える!?
そんな中で、今シーズン初めてのトギレフユエダシャク♀を見ることができて、「夏休みが終わる前に懸案の宿題を終えることができた」ような安堵した気分なのであった(笑)。

あるのに見えない逆・空目?

空目力があっても見えなかったもの

これまで《「空目」力(?)》を駆使して自然の中に隠されている顔や姿を色々見つけてきた。






だから空目力はそこそこ鍛えられていると自負していたのだが……これには全然気がつかなかった↓。


欄干にデザインされたカブトムシ──しょっちゅう見ているのに、こんな形になっていたとは最近まで全く気がつかなかった。この場所は虫見コースですっかり馴染みの場所で、その名も「かぶとばし」。もう10年以上も通い続け、すっかり見慣れた風景だったはずなのだが……。




アーチの上のでかいカブトムシには気づいていたのだが、欄干にもデザインされていたとは……。
この欄干では、ルリジガバチの巣に「托卵をたくらんで」潜り込むミドリセイボウを観察するためねばったこともある(*)。


そのときは「かぶとばし」のデザイン格子(?)隙間に、ミドリセイボウの宿主・ルリジガバチのエサとなるクモが巣を張っているのを確認したりもしていた。だから、もちろんカブトムシがデザインされた格子(?)はしっかり目にしており、撮った画像にもちゃんと写っていたのだが……撮っている時はもちろん、ブログ用に加工したり投稿するさいにも、また読み返した時にも、カブトムシがデザインされていることに全く気がつくことはなかった。
それが先日、辺蟲憐さんのブログに紹介されていた画像を見て「あ……あの欄干の格子は、カブトムシのデザインだったのか」と初めて気がついたしだい。今まで散々見ているのに10年以上も全く気づかなかったことに自分でもビックリだ。
この景色を見る時は「昆虫対象の検索モード」になっていたため、スケール的に「圏外」だったのだろう。
小さな虫には気づき、その模様の中に空目を見たりできるのに、こんなに大きな「カブトムシ」が見つけられなかったとは……。




おそらく普通に散策している人には、らんかんのカブトムシも目にとまるのだろう。
昆虫は注意して見ないとなかなか目にとまりにくいが……逆に昆虫に集中していると、ふつうに目にとまるものが見えなくなることもあるのだなぁ……と改めて感じたしだい。

一眼レフでは撮る対象によって焦点距離の違うレンズを使い分けるが……肉眼でも関心の対象によって「心の焦点距離(脳内レンズ?)」のようなものをシフトしているようなところがあるのかもしれない。

あるはずのないものが見えるのが「空目」なら、あるのに見えない現象は何と呼んだら良いのだろう。

知らなんだ あるのに見えない 逆・空目


振袖フユシャク?~可変翼蛾

ヒロバフユエダシャク♂&♀のツーショット



3月に入って寒暖の差が激しい日々が続いているが……雪がパラついた寒い日に雑木林の擬木にいたヒロバフユエダシャクのオスとメス。ちょっと気づきにくいところに止まっていた。


最初にオスが目にとまり、その後すぐ近くにメスがいることに気がついた。前回ヒロバフユエダシャク♀をみつけたとき(*)は、桜の幹に止まっていた♀は白っぽかったのですぐにわかったが、今回の♀は黒っぽかったので背景に溶け込み、♂がいなければ見逃していたかもしれない。




フユシャクは♂と♀では全く違う容姿をしている。♀は翅が退化してるためだが、この退化した翅も種類によってかなり形が違う。ヒロバフユエダシャク♀の翅はビシッと展翅されたように広がっていて、僕は時代劇の裃(かみしも)を連想してしまう。

振袖フユシャク!?

さて、3月といえば卒業式のシーズン。大学の卒業式で振袖を着る人もいるだろう。そんな「卒」業式と「振袖(ふりそで)」を彷彿とさせるフユシャク♀の姿が……。




例によってサクラの幹に「卒」字型のシルエットが見え、ヒロバフユエダシャク♀の姿を確認。産卵後の個体のようで、腹が縮んで小さくなっていたため対比で翅が大きく見える。フユシャク♀にしては長くて大きな後翅が、たもとの大きな「振袖(ふりそで)」を連想させた。これまでヒロバフユエダシャク♀のイメージは「裃(かみしも)」だったが、この個体を見て「振袖」のイメージが加わった。

活動モードのフユシャク♀

今年はフユシャクの姿(種類を問わず総数)が2月下旬から減ってきている(去年は3月上旬にピークがあった)。それでも常連の姿は3月に入ってからも確認できている。


フユシャク♀は産前・産後で印象が変わるが、停止モードと活動モードでもずいぶん違って見える。同日みかけた別の個体↓。






フユシャク亜科のフユシャク♀も同じように活動モードではやけに脚が長く見える↓。


可変翼機のようなオカモトトゲエダシャクの♂&♀

冬の蛾・フユシャクが見られる一方、早春の蛾・オカモトトゲエダシャクの姿もまた見られた。こんどは同じ擬木に♂と♀が並んでとまっていた。








オカモトトゲエダシャクは、♂は灯火に集まるのに♀は来ないらしい。フユシャクと違って♀にも立派な翅はあるのだが、オカモトトゲエダシャク♀も飛ぶことができないor苦手なのではないか?……という気がしている。
去年みつけた♀は擬木の上にとどまり(飛べないため?)何日か卵を産み続けていたようなので、今年もここで(捕食されたり持ち去られたりしなければ)産卵するのではないか……と予想している。


モノサシとしての1円玉

昆虫の大きさをイメージするのは難しい

昆虫の大きさは「体長」などを「mm(ミリ)」で記されることが多い。虫に詳しい人なら、「体長○mm」で、その虫の大きさをイメージできるのだろう。
しかし僕のような素人には体長で記された数値がいまひとつピンとこない。

たとえば、「カブトムシの体長は?」と問われたら、何ミリをイメージするだろう? カブトムシは「昆虫の王様」と呼ばれ、よく知られた昆虫だ。たいていの人が見たり触ったりしたことがあるにちがいない。しかし、実際に計測したことがなければ正確な体長を言い当てられる人は意外に少ないのではないか。手元の図鑑によるとツノをのぞいたカブトムシの体長は30~53mm。実際のサイズより大きい数値で答える人が多いのではないかと思う。

体長はその昆虫の大きさを表す正確な数字ではあるが、その数値から正確なボリュームを思い描くのは意外に難しい。

かりに体型が同じ「体長5mmの昆虫」と「体長10mmの昆虫」がいたとする。両者を比較した場合、数値だけ見ると「2倍」に過ぎない。しかし形が同じなら表面積は「4倍」、体積は「8倍」になるので、見た目のボリューム感は体長の数値以上に格差がでる。「体長5mmの昆虫」に対して「体長50mmの昆虫」では表面積で「100倍」、体積でいえば「1000倍」の大きさになる。
体長からそのサイズを正確にイメージするのが難しい上に、そのボリューム感は体長に正比例しない(同じ形なら体積は体長の3乗に比例する)ので、さらに把握しにくくなる。

小さな昆虫は撮影して拡大すれば、そのデザインはよくわかるが、その大きさをイメージするのは難しい。「体長」を入れれば「正確」にはなるが、僕のような素人にはその数値だけではピンとこない……ということで、直感的にボリューム感をイメージできるようにするため、皆がよく知っているモノと一緒に撮るということをしばしばしている。そのモノサシとなる基準としてよく用いているのが1円硬貨だ。

「小ささ」のモノサシとしての1円玉。ならば…



※チャイロアカサルゾウムシ↑【ぷちハンミョウ!?メダカチビカワゴミムシ他】参照


※ヘリグロチビコブカミキリ↑【新年初カミキリ他】参照


※フユシャク♀3種↑【ヒロバフユエダシャク・シロトゲエダシャク他】参照


 


 


 


 
……というビミョ~なジョーク・ネタなので書庫(カテゴリー)は【冗区】。