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2013年05月の記事 (1/1)

童謡『黄金虫』ゴキブリではなくタマムシ

童謡『こがねむし』モデルはゴキブリではなくタマムシ

童謡『黄金虫(こがねむし)』(野口雨情・作詞/中山晋平・作曲)に歌われているのはコガネムシではなくチャバネゴキブリだとする説がある。比較的最近になってもそんな情報が流れていたようだ。これをネタにした書き込みをいくつか目にした。
最近の情報源はNEWSポストセブン(2013.04.29)だったようだ。


この記事の冒頭を引用すると──

 姿を見かけると悲鳴をあげられ、問答無用で駆除の対象となるゴキブリだが、日本で“害虫”として認知されるようになったのは、約50年前、高度成長期のころからだった。

 アフリカ原産のゴキブリは、温かく食べ物がある場所でなければ生存できない。高度成長期より以前の日本では、食べるものがふんだんにあり、保温性が高い場所を確保できる豊かな家でなければゴキブリは生きられなかった。

 実際に、大正11(1922)年につくられた童謡「こがねむし」は「こがね虫は金持ちだ 金蔵たてた蔵たてた」と歌い出すが、このコガネムシは緑色に輝く、夏にあらわれる昆虫のことではない。作詞した野口雨情の出身地では、チャバネゴキブリのことを「こがねむし」と呼び、現れると金が貯まる縁起物とされていた。


この部分は瀬戸口明久・著『害虫の誕生──虫からみた日本史』(ちくま新書/2009年)を参考に書かれたものではないかと思われる。
『害虫の誕生──虫からみた日本史』プロローグからの引用↓

 まずは身近な<害虫>の代表であるゴキブリについて考えてみよう。家のなかを走り回り、黒光りするゴキブリの姿を見ると、ほとんどの人はぞっとして追い払おうとするだろう。けれどもゴキブリが現在のように身近な<害虫>となったのは、じつは戦後になってから、ごく最近のことなのである。(P.7)
(中略)
 そればかりか、かつてゴキブリは豊かさの象徴だったという説さえある。群馬県高崎地方では、チャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいたという。「コガネムシは金持ちだ」という野口雨情の童謡で歌われているのは、この虫のことなのだ。ゴキブリが多いと金が貯まるという話は、愛知県や岡山県にも残っている。(P.8)


野口雨情の童謡『こがねむし』に歌われているのがゴキブリだという解釈について『害虫の誕生──虫からみた日本史』では、《群馬県高崎地方では、チャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいたという》という説明のあとに《「コガネムシは金持ちだ」という野口雨情の童謡で歌われているのは、この虫のことなのだ》と結んでいる。
しかし、野口雨情の出身地は《群馬県高崎地方》ではなく《茨城県磯原町(茨城県多賀郡北中郷村磯原=現在の北茨城市)》である。かりに《群馬県高崎地方では、チャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいた》のが本当だったとしても、野口雨情とは関係がない。
もし、野口雨情のふるさとでもチャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいたのであれば、《群馬県高崎地方》の例を持ち出すまでもなく、《野口雨情の出身地・茨城県磯原町では──》と説明できたはずであり、それが自然、そうすべきだったろう。そうしなかったのは(できなかったのは)、野口雨情のふるさとではチャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼ぶ実態がなかった(確かめられなかった)からだ──そう考えるのが妥当だろう。根本的な所で《童謡『こがねむし』→ゴキブリ説》には胡散臭いところがある。

この件について調べた人がいて(※『月刊むし』2010年6月号(472号)【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】枝 重夫)、野口雨情のふるさと周辺では《「タマムシ」を「コガネムシ」と呼ぶ》という記録はあるものの、《「(チャバネ)ゴキブリ」を「コガネムシ」と呼ぶ》という記録はみつからなかったという。

そもそもコキブリ説の発端は《チャバネゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいた群馬県高崎地方》と野口雨情の出身地《茨城県磯原町》を、あえて《北関東》という拡大解釈で《同地方》とみなして導きだされた1979年の記事にあったらしい。
『黄金虫(こがねむし)』が多くの人が慣れ親しんだ童謡であり、「じつはゴキブリのことだった」という衝撃的な意外性は【うんちく】としてキャッチが良く拡散しやすかったのだろう。その後、後付けの解釈で補強される一方、《北関東》という意味で使われた《同地方》という記述が、いつからか《野口雨情の出身地》というハナシにすり替えられて広まってしまった……ということのようだ。
NEWSポストセブン(2013.04.29)の記事でも《作詞した野口雨情の出身地では、チャバネゴキブリのことを「こがねむし」と呼び》と記されている。
くり返しになるが、《チャバネゴキブリのことを「こがねむし」と呼んでいた》とされるのは《群馬県高崎地方》であって、野口雨情の出身地(茨城県磯原町)ではない。

『月刊むし』2010年6月号(472号)掲載の【童謡"黄金蟲"はタマムシだ!?】で枝 重夫氏は、童謡『黄金虫』で描いるのは、ゴキブリではなく、タマムシだったとする説を展開している。ゴキブリであっては不自然な点をあげ、一方タマムシであれば説明がつくという説得力のある記事だった。

タマムシは縁起の良い虫とされ、財布の中に入れておくとお金が貯まると言われていたり、貴重品として扱われた。国宝の玉虫厨子がタマムシの翅で装飾されたというのも有名な話だ。「黄金虫は 金持ちだ 金蔵建てた 蔵建てた」という歌詞のイメージからしてもタマムシの方がふさわしい。

僕も枝氏のタマムシ説を支持する。
さらに童謡『こがねむし』のモチーフになったのは玉虫厨子ではないかと想像する。野口雨情は玉虫厨子を「こがねむし(タマムシ)の金蔵」に見立てるアイディアを得て《こがねむし(タマムシ)は 金持ちだ 金蔵建てた 蔵建てた》という歌詞を書いたのではないかと考えている。



童謡『こがねむし』で歌われていたのが(チャバネ)ゴキブリだったと知らされ、ショックを受けたりガッカリした人は少なくなかったろう。
しかし、ホントはタマムシ(ヤマトタマムシ)のことだったのだとすれば……納得できるのではあるまいか──そう思って、過去にも記したネタだが改めて記してみたしだい。

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ラミーカミキリ/オスとメスの違い

タキシード姿のキョンシー!?



タキシード姿のキョンシーのような模様がなんともユニークなラミーカミキリ。「礼服を着たガチャピン虫」としてテレビ番組で紹介されたこともあったらしい。昆虫に興味が無い人のブログにもしばしば登場している。


僕が初めてラミーカミキリを見たのは2005年、奥多摩でだった。当時、ラミーカミキリの分布は主に西日本で、関東では珍しかった(という認識でいた)。それが奥多摩でたまたま見かけ、そのまま別れるのか名残惜しく、3匹程つれ帰って飼育してみたりもした。

それが昨年(2012年)になって初めて東京郊外の自宅近くででラミーカミキリが発生しているのを確認(*)。今年も同じ場所で発生しているのを先日確かめることができた。カラムシの薮は去年よりも多くのラミーカミキリでにぎわっていた。








黒と白の配色デザインがなんともユニークなカミキリだが、これは黒地のボディの表面に白いコーティング(微毛?)がほどこされているもののようだ。白い部分がブルーがかってみえる個体もいるが、これは黒地が微妙に透けているためだろう。
2005年に飼育していたラミーカミキリは、飼育ケースの中で飛んでは壁にぶつかり床に落ちたりしているうちに、白いもようが剥げて、しだいに黒くなっていった。


個体によって顔が白いのと黒いものがいることは知っていたが、この配色の違いも、羽脱してからコーティングがかすれることによって起こる変化だろうと思い込んでいた。


配色の違いはオスとメスの違い?

しかし最近、近所で発生しているラミーカミキリを見ているうちに、模様にかすれがない新鮮な個体でも配色の違いがあることに気がついた。どうやら配色の違いは♂と♀の違いらしいと今さらながら思い至った。












撮影した画像を見比べて、顔や前胸腹側にみられる配色の違いは♂・♀の違いだろう──と今は思っている。「白顔→オス」「黒顔→メス」という判断で、どうだろう?
しかし、何度見てもこのデザインはおもしろい。




追記:ムクゲでも見られたラミーカミキリ









イッシキキモンカミキリ/成虫飼育覚書

【イッシキキモンカミキリ】という美しくユニークなデザインのカミキリがいる。生息地域は局所的で、どこでも見られる種類ではないらしい。8年ほど前、知人のカミキリ屋さんの採集に同行させてもらう機会があって、そのとき初めてこのカミキリを見た。
美しい姿を撮りたかったのだが、このカミキリはよく飛ぶので現場での撮影は断念。カミキリ屋さんから貴重な1匹を分けていただき、撮影用に持ち帰ったのだが……飼育してみると百日近く生きていた。以下は、その時のプチ記録。





幼虫はヌルデを食い、成虫は桑の若葉を後食するという。そこで、葉がついたクワの若枝を水の入った容器にさして飼育ケースに入れてみた。


成虫は葉の裏にとまって葉脈を食べ始めたのでこの方式で飼育することにした。コノハムシラミーカミキリのときと同様のスタイル。エサとなるクワの葉はやわらかい若葉を選び、葉がしおれる前に交換。








葉を食べる虫は多い。葉のふちから食べるもの、葉脈の間を食べるものは知っていたが、葉脈を食べるというのは面白と思った(葉を後食するカミキリではふつう)。葉の裏に隠れたまま食事ができるということは天敵の鳥等から見つかりにくいという利点もありそうだ。
食痕(かじった痕)は葉脈部分は変色したりスリット状に穴があくので、こうした食痕のある葉がカミキリ探しでは手がかりになる。

当初は良く飛ぶので餌交換のさいに神経を使っていたが、飼育しているうちに触覚などの動き、活動パターンなどから、飛びそうな状態が察知できるようになり、状況を見て飼育ケースから出して撮影できるようになった。




指の上で触覚の手入れをするイッシキキモンカミキリ。ウサギが耳の手入れをしているような感じにも見える。体の掃除も、動物の毛繕いを思わせる。昆虫もけっこうキレイ好きである。
この頃になると背中の黄色いもようはだいぶかすれてきており(飼育ケース内でもよくとぶので、壁にあたり床に落ちて微毛がとれるようだ)、最初は4つあったドットも2つになっている(肩近くのドットが消失している)。




飼育を始めて3ヶ月余り──11月に入ると桑の葉も枯れてきて、やわらかい葉を調達するのが困難になってきた。11月8日にはまだ葉脈をかじっていたが、11月10日未明に死んでいるのを確認。
桑の若葉さえあれば、あるいはもう少し長く生かしておくことができたのかもしれない。

当初、イッシキキモンカミキリ成虫の発生期間は1ヶ月かそこらだと思っており、また1個体がそれだけ長い間生きてるわけでもないだろうと考えていた。
また採集された成虫を飼育下で生かし続けるのは難しいだろうという先入観もあったのだが……これが意外に長生きし、結局、採集日から98日ほど生きていたことになる。

飼育下でもこれだけ生きられたのだから、成虫の生息環境としては、奥多摩でなくても──狭山丘陵の緑地あたりでも暮らせそうな気がする。成虫のエサとなるクワも多いし、幼虫の餌となるヌルデもある。
どうして発生が局所的なのか、ちょっと不思議な気がする。

余談だが、このイッシキキモンカミキリが採集された同じ日(2005.8.3)、現地(奥多摩)で初めてラミーカミキリを見つけ、これも持ち帰って同じように飼育した(ラミーカミキリに与えた葉はクワではなくカラムシ)。当時は東京ではまたラミーカミキリは珍しかった気がするが、ラミーカミキリは生息域を広げているようで、去年初めて自宅近くでも発生しているのを確認。今年も同じ場所で見る事ができた↓。


広がり続ける昆虫もいれば、局所的にしか発生しない昆虫もいる……なぜなのかわからないが、フシギでおもしろい。


カマキリは大雪を知っていたのか!?

《カマキリが高いところに産卵すると大雪(カマキリは積雪値を予測し、雪に埋もれない高さに卵を産む)》──そんな雪国の言い伝えを科学的に証明したというのが2003年に出版された『カマキリは大雪を知っていた』(酒井與喜夫・著/農山漁村文化協会・刊)だった。
《カマキリの雪予想》は話題となり、科学的事実であるかのようにあちこちで報じられ、多くの人がこれを信じた。
僕は、この本を読む以前から《カマキリの雪予想》には懐疑的だったが、なぜそんな伝説が生まれたのか……個人的な推察を記したのが前の記事(*)になる。
その後、問題の『カマキリは大雪を知っていた』を読んで、これはガセネタだという思いは強まり、当時感想を覚え書きとして外部ブログに記した(3009.08.27)。以下はその要約版。

カマキリは大雪を知っていたのか!?『カマキリは大雪を知っていた』を読んで



この本の主題は一言で言うと──、
伝承から《カマキリは積雪値を予測し、雪に埋もれない高さに卵を産む》と考えた著者・酒井氏が、オオカマキリの卵のうの高さを計測することで実用気象予測に役立てようとする研究記である。ちなみに著者の酒井與喜夫氏はこの研究で工学博士号を取得している。
酒井氏の主張はこうだ。※青文字は本文より引用

【1】カマキリの卵嚢は雪に埋まると孵化が極めて困難になるため、カマキリは雪に埋まらない高さに産卵する。

雪国のカマキリにとって一番大事なのは、卵のうが雪に埋もれてしまわないことです。これが決定的に重要です。そして、その高さこそ、積雪深予測の指標となるものでした。(P.55)

一方、高い位置の卵嚢ほど鳥に見つかり食われる危険が高まるので、雪に埋まらない程度に低く産卵する必要がある。また──、

メスは産卵期が近づくとお腹がふくらんで飛行が困難になる。そのために、樹上で産卵する際も、雪の深さをクリアできる最低限の高さを選んでいる可能性がある。(P.21)

との記述もある。
ゆえに、カマキリの卵嚢の高さ=最深積雪となる。

【2】実際にデータをとって精査してみたところ、「カマキリの卵が高いところにあれば、大雪」が正しいことが確かめられた。

2つの方法(「補間法」「地理的特性を考慮した方法」)で検証することにより、カマキリの卵のうの高さに着目した積雪深の予想値の妥当性が確認でき、統計学的にも十分意味のある結果が導かれました。まさに、「カマキリが高いところに産卵すると大雪」ということが疑うべからざるものとなったのです(P.164)

ところが大前提となる【1】が間違いであることが、弘前大学名誉教授・安藤喜一氏(昆虫学)によって指摘された。観察と実験の結果、オオカマキリの卵嚢は雪に埋まることも多く、埋まっても孵化率は低下しないことが確かめられたのだ。
【生物】カマキリの積雪予知は「誤り」

卵嚢の耐雪性を確かめた反証本も後に出版されている。
『耐性の昆虫学』田中誠二・小滝豊美・田中一裕編著/東海大学出版会
(「目次を表示」→【オオカマキリの耐雪性】【オオカマキリの「雪予想」はまちがいである】)

酒井説の前提となる「カマキリの卵嚢は雪に埋まると孵化が極めて困難になるため、雪に埋まらない高さに産みつけられる」という「思い込み」は否定されたとみるべきだろう。

前提【1】が崩れたのだから、カマキリの卵嚢の高さから割り出した雪予想も当然、誤りだろうと思いきや、【2】は成立(的中)したというのだから、なんとも妙な話である。
「式が間違っているのに答は合っている」というこの状態は何なのだろう?

結論から言えば……【2】については、正確には「カマキリの卵嚢の高さ=最深積雪」を示すものではなかった。オリジナル・データを見る限り、卵嚢の高さは(やはり)まちまちで積雪深との相関関係は確かめられなかったのだ。
酒井氏はデータ収集のさいに最初から高すぎる位置の卵嚢は除外したり、集めたデータに独自の加工をほどこし補正することによって、卵嚢の高さと積雪深に相関関係があるかのような数値をむりやり(?)導き出していたにすぎない。「カマキリの卵嚢の高さと最深積雪」の相関関係(らしきもの)は、酒井氏の加工(数値操作)を加える事で初めて導き出されているわけで……これでは「雪予想をしているのはカマキリではなく酒井氏だ」との指摘があるのも、もっともである。

酒井氏自身も本書の中で、

わたしははじめ、カマキリの卵のうの高さを測れば最深積雪も予測できると、単純に思っていました。しかしそれだと現実にはかなりバラツキがあらわれます。(P.88)

と、カマキリの卵嚢の高さがまちまちなことを認めている。それでも《カマキリの雪予想》が正しいという前提に執着し、バラツキのつじつまを合わせるために次のようなことを主張している。

カマキリの卵のうの高さは、だれでも測れますがそれだけでは予想になりません。カマキリがなぜその場所を選び、その高さに産卵したのかなど、データが採れた条件を精査する必要も出てきます。(P.24)

採れたデータも生のままではなく、そうした地形や林相の条件に応じて個々に補正する必要もあるでしょう。(P.24)


例えば、産卵時の卵嚢の高さと、雪をかぶって枝先が下がった時の高さでは誤差が生じるし、地形等の影響を受けてポイントごとに雪の深さは変わる──卵嚢の高さにバラツキがあるのはそのせいで、こうした誤差を補正する作業(数値の加工)が必要だというのである。

 そもそも卵のうの高さを測るのは、市街地、すなわち平坦地での最深積雪を数値で予測するためです。スギ林の地形や林相による影響に左右されるデータを、そのまま平坦値の予測値とするわけにはいきません。
 このような高さに産みつけられた卵のうの高さは、その影響を取り除く補正をして、平坦地と仮定した卵のうの高さに置き換える必要がありました。(P.76)


カマキリが最深積雪を予想して卵嚢の高さを決めている──というのであれば、その真偽の解明がこの研究の大前提であり、まずそれを確かめることが科学としての手順のはずだ。ところが酒井氏は「計測した卵が実際に雪に埋もれていなかったのか否か」を確かめるのではなく、「収集したデータの補正をすることで平坦値の予測値を導きだす」ことに心を奪われている。

さらに、カマキリの卵嚢の調査の仕方について酒井氏は──、

周囲と比べて異常に高い場合は、データから除外します。(P.61)

どれも周囲のものと比較して2.2~4.3倍の高さでした。この異常な高さを積雪深予想に使ったらとんだ誤報になると思って、これらのデータは除外しました。(P.150)


とあっさり書いている。異常に高い所にあるのは何か特別な理由があるからだ──というのが除外の理由だが、これは最初から積雪量の予想範囲に当てはまらないサンプルを排除しようとするデータ操作ではないのか?

酒井氏はデータ補正に4つの要素をあげている。
【補正1】吹き溜まり・吹きさらしによる補正(吹き溜まりでは積雪は深く・吹きさらしでは浅くなるので、適当な係数をかけてデータ数値を補正)
【補正2】樹高による補正(枝に積もった雪が落ちて木の周囲では雪が深く、枝の下では浅くなるので、適当な係数をかけてデータ数値を補正)
【補正3】斜面の方位による補正(陽当たりにより積雪の溶解速度に差があるため、適当な係数をかけてデータ数値を補正)
【補正4】傾斜角度による補正(斜面の積雪を平坦値に修正するため、適当な係数をかけてデータ数値を補正)

最初から「異常に高い卵嚢は除外」しておき、最深積雪予想範囲の高さの卵嚢のデータを集めて、補正係数を操作して自分の求める(都合の良い)数値に近づける事はいくらでも可能だろう。
データ処理で納得できる数値が得られれば「やっぱり」と思い、気に入らない数値が出たら補正要素を再検討し係数を変えて計算し直せば、結果は思いのままになるのではないか。
「補正」なのか「改ざん」なのか、大いに疑問が残るところである。

「卵嚢(らんのう)は本当に雪に埋まらない高さに産みつけられていたのか」という大前提の「事実確認」をおこたり、人為的な加工を施した数値操作で最大積雪量との一致化(つじつま合わせ)を図ろうとする方針は根本的に間違っているように思う。

大前提であったはずの《カマキリの雪予想》については、先に記した通り、安藤喜一氏らによって否定されている。カマキリの卵嚢が産みつけられた高さはまちまちで大半が雪に埋もれて越冬する事、また雪に約4ヶ月埋もれた卵嚢からも97.9%が孵化し、卵嚢の耐雪性が確かめられているという。

『カマキリは大雪を知っていた』では著者の思い込みが科学センスを凌駕しているとあきれる箇所が随所にでてくる。主題からはちょっと離れるが、それを端的にあらわすエピソードの一端を。

自然の中に身を置くと、草も木も昆虫も動物も、みんなわたしに声をかけてくれているような気になることがあります。(P.64)

わたしは、虫や動物を見ると声をかけたくなる癖があります。(P.66)


そして酒井氏は調査中に出会ったスズメバチに話しかける。

「ところでハチさんはどこから来たの?」
 するとハチはパッと飛び上がって、地上50センチほどの低空を5メートルばかり行ってはUターン、戻ってきてボードに止まる。こんな行動を3回くりかえしました。ハチは飛び方で巣のある方角や距離、高さを示すといわれています。このハチもわたしの問いに答えて、巣のある場所を教えてくれたのかもしれません。
 この日は時間に余裕もなかったので、確かめることはしませんでしたが、これまでの経験では、もし巣がもっと近ければ、ハチは左回りで旋回しながら方角を示し、水平旋回か傾斜旋回かで目の位置より高いか低いかを教えてくれたはずです。(P.67)


ハチが飛び方で巣を教えてくれるなどという話があるのだろうか?
餌場から帰ったミツバチが巣箱の中で「ミツバチのダンス」をして仲間に餌場の方角や距離を伝えることは知られているが、スズメバチがわざわざヒトに巣のありかを教える必要がどこにあるのだろう?
こうなると「飛躍」というより「錯誤」に基づく「思い込み」は「妄想」に近い。
こうした首を傾げたくなる飛躍が本文の中には少なからずでてくるのである。

『カマキリは大雪を知っていた』を読んで強く感じたのは、酒井氏の研究は激しい思い込みの上に展開されていて、大いに疑問がある──ということである。


カマキリ卵の大雪予言説はなぜ生まれたか?

※外部ブログにアップした過去の記事(2008.12.03)の再録(若干補筆)。『カマキリは大雪を知っていた』(酒井與喜夫・著/農山漁村文化協会・刊)を読む以前に記していたもの。

カマキリの卵嚢(らんのう)が高い所にあれば大雪!?

木の枝が葉を落とす頃になって目につくようになるものがある。
ウスタビガ(蛾)の繭やカマキリの卵のう(卵を収めたもの/卵鞘<らんしょう>)などだ。
それまで葉に隠れていたものが、枝が裸になることで、あらわになる。



ウスタビガの緑色の繭が作られるのは夏の終わり。周囲には緑の葉がしげっているので、この時期に繭を見つけるのは難しい。繭の中で蛹になったウスタビガは秋には羽化してしまうので、この繭が目立つ冬にはもう役割を終えているわけだ(その頃になれば抜け殻の繭が見つかっても問題無い)。

オオカマキリの卵のうの方はウスタビガの繭に比べれば、色彩的には目立たないが、やはり枝が裸になった冬に気づくことが多い。200~300個ほどの卵を収めた塊=卵のうは泡を固めたような断熱構造になっており、冬を越し、翌年の4月下旬~5月頃に孵化する。

2~3年前の冬、ウスタビガの繭がどのくらい見つかるものか、多摩湖・狭山湖周辺を探しながら歩いてみたことがあった。
それまでは気づかなかったが、注意して探してみるとあちこちに見つかる。
そのウスタビガ繭探しで気がついた事がもう一つあった。カマキリの卵のうが予想外に高い所──木の梢付近にも見つかるのだ。

「あんな高い所で産卵するなんて珍しいな」──などと最初は意外な気がしたのだが……考えてみたら、高い位置の卵のうなんて、注意していなければ目に入らない(ウスタビガの繭も意識的に探してみるまでは気づかなかった)。
カマキリの卵のうは、以前から高いところに(も)あったのだろう。ただ、僕の方が気づかなかっただけなのだと考え直した。
これまで、視界に入る目につきやすい高さの──低い位置の卵のうしか認識していなかったので、なんとなく「カマキリの卵のうは低い所にあるもの」と思い込んでいたわけである。

ところで、カマキリの卵のうといえば、少し前に面白い俗説(?)が流行った(?)。
カマキリの卵のうの位置から、その冬の積雪量が占える──というものだ。

カマキリが高いところに産卵すると大雪

──そんな言い伝えが雪国にはあるというのだ。

カマキリは積雪値を予測し、雪に埋もれない高さに卵を産む

──という理屈らしい。

オオカマキリの卵のうの高さから積雪量を予想する研究をし、《カマキリの雪予想》が正しかったことを科学的に証明した(という)本(*)が出版されたり、それがテレビで紹介されたりしたため、この俗説は一気に広まった感がある。
(※その解明本に対しては懐疑的な意見も多く、後に反証本も出たらしい)

カマキリの大雪予言がもし本当なら──たしかに面白い。
だが僕は(も)この俗説はガセだろうと思った。
ウスタビガの繭探しで、カマキリの卵は低いところにも意外に高い所にもあるものだ──という事実を知ったからだ。もちろんその冬、東京・埼玉周辺で木の梢に届くような積雪などなかった。

昆虫はスゴイ能力を備えていて、よく感心させられるが……予知能力があるとはにわかに信じられない。

それに、そもそもカマキリはなぜ積もる雪を避けて高い場所に卵のうを避難(?)させなければならないのか?
卵のうが冬の間、雪に埋まったとしても……卵が孵る時期には雪は溶けているはずだから孵化に直接影響はなさそうな気もする。
後に知った事だが……実際に雪に埋もれた卵のうからもちゃんとオオカマキリは誕生するそうである。

《カマキリがその冬の積雪予想をして卵を産む高さを決めている》という俗説は間違い──どうやらそれが本当らしい。

ところで、この俗説を知ったとき、その真偽とは別に、この「言い伝え」がどうして誕生したのかという点に僕は興味を感じた。

俗説は誤りだったとして……それではナゼありもしない誤認が生まれ、人はなぜそれを信じて(納得して)しまったのか?

僕が「カマキリの卵のうは低い所にあるもの」と思い込んでいた事と関係がありそうな気がする。

カマキリの卵のうは(おそらく)高い所にも低い所にも産みつけられるが、それが目につくようになるのは枝の葉が落ちた冬である。
その冬──雪が降る地方では、低い卵のうは雪で隠され、雪上につきでた枝に産みつけられた卵嚢のみが見つかりやすくなる。
積雪面よりずっと高いところに産みつけられた卵のうには普通気がつかない。

積雪量が少なければ、低い雪面から露出した卵嚢が目につきやすくなり、大雪の年には深く積もった雪の上に突き出た枝の卵嚢が目につくきやすくなる。
年によって積雪量が違うのに、そのつど雪面から露出したところにカマキリの卵のうがあるのに気づいた人が、
「カマキリはまるで、積雪量を予想して雪に埋もれない高さに産卵しているかのようだ」
──そう錯覚してしまったのではあるまいか?

いわば、自然のトリック(?)に人間が勝手にひっかかってしまった結果、生まれてきた俗説なのではないか……と僕には思えるのだ。

また、カマキリはその前脚を持ち上げた姿から「拝み虫(おがみむし)」とも呼ばれるらしい。ギリシャ語名には「予言者」の意味があるそうだ(おそらく「拝み虫」と同じように祈る姿勢に見える事からの命名ではないかという気がするが?)。
もしかしたらこうした俗称などもカマキリの予言能力という神秘的なイメージの誘導にかかわっているのかもしれない。


あるいは瞳のように見えるカマキリの擬瞳孔(偽瞳孔)──どの角度から見ても「こっちを見ている」ようにうつる──これもミステリアスな印象を人に与えているのかもしれない。ちなみに暗い所では複眼全体が黒くなる。

※外部ブログ・freemlのブログにアップしていたものだが、スパムTBが増えたため、Yahoo!ブログに移動した記事。



町の中でも見られる瑠璃色のぷちカミキリ



市街地でみられるルリカミキリ

そろそろ出ているのではないかと思い、先日、市内のカナメモチの植え込みを見に行ってみた。


葉のうらを探していくと、特有の食痕(葉脈が齧られて黒っぽく変色)を発見。




成虫はよく葉の裏にとまって葉脈をかじっていたりする(後食)。




小さいが美しくてキュートなカミキリ。ナシやリンゴなどの害虫だそうで、昔からいたのだろうが、僕が子供だった頃には見たことがなかった。当時は生け垣と言えばマサキやヒノキが主流で、カナメモチは少なかった気がする。いつの頃からか新芽の赤さが目をひくカナメモチ(やベニカナメモチ・レッドロビン)が増えたことでルリカミキリも市街地で見られるようになったのではないかと思う。
僕が初めてルリカミキリを見たのは2006年、市内のカナメモチの植え込み(画像の場所)でだった。飴色に光沢のある美しい瑠璃色、カミキリのイメージをデフォルメしたようなスタイル──こんなかわいい昆虫が町の中で見られるとは驚きだった。











園芸方面の人たちにとっては「害虫」なのだろうが、市街地でこんな虫と出会うと、ちょっと心がはずむ。
見た目の美しさ・可愛さも、もちろん魅力だが、日常の中にひそんでいた非日常を見つけたような──そんな高揚感もあったりする。

ヒトがヒトのために意図し、設計・改変した世界(人為的環境)の中で、ヒトの意図・都合とは別のところで生命活動を続けている存在──瑠璃色の小さな虫に「自然の意志」のようなものを感じないでもない。
人工的に管理された街の中に密かに存在する小さな自然──日常空間の中に垣間見える異世界……センス・オブ・ワンダーを刺激する小さな昆虫の1つがルリカミキリだったりする。

カナメモチやレッドロビンの生け垣をみかけたら、葉の裏をのぞいてみると、意外にあっけなく見つけられるかもしれない。

ゆるキャラっぽいオオムラサキ幼虫

意外にキュートなオオムラサキの幼虫



越冬明けのオオムラサキ幼虫。越冬時は落ち葉にもぐるが、枯れ葉にまぎれる体色になっている。まだウインター・モードのファッション。
この頃はツノの先端がハート形のうさぎ顔──このままゆるキャラにしても良さそうな顔に見える。
オオムラサキは日本の国蝶で、(成虫が)昔は切手にもなっていた。成虫は大きく美しいチョウなので人気があるのはわかるが……幼虫だってなかなかキュート。もっと人気者になってもよさそうな気がしないでもない。


5齢と思われるオオムラサキ幼虫↑。エノキに登って葉を食う。このときには葉にまぎれる緑色に変身。スプリング・モード。


ウサギ顔に見えなくもない。ゆるキャラ的ネーミングを考えてみると……《うさ顔のオオムラサキっち》……。
成虫が紫色のあざやかな大きな蝶《オオ(大)ムラサキ(紫)》だから、それに対して幼虫は《チビミドリン》とか? 越冬モードの幼虫ならば《ちびブラウン》(チャーリー・ブラウンみたい?)・《チビ茶》(チビ太みたい?)だろうか。
みどりのウサギ幼虫といえば……ウラギンシジミ、ウサギ顔の幼虫といえばヒトツメカギバなども過去にネタにしてきたが、ゆるキャラ風のかわさいということでいえばオオムラサキ幼虫が勝っていると思う。






オオムラサキ幼虫の特徴



ゴマダラチョウや外来種のアカボシゴマダラの幼虫も、オオムラサキ幼虫とよく似ているが、こうした部分で見分けられる。
背中の突起はゴマダラチョウでは(目立つ突起が)3対。尾端はアカボシゴマダラではほとんど平行かわずかに開くていど。
アカボシゴマダラ幼虫といえば……春型はすでに羽化していた。そんな画像も追記→【擬態する幼虫&蛹:アカボシゴマダラ
オオムラサキの羽化は年に1回、6~7月なので、チョウになった姿を見るのはまだ先。


動物や怪獣?っぽい幼虫たち

※インパクトのある幼虫画像もあるので要注意!
ネコのような虫!?
ミッフィー顔幼虫!?ヒトツメカギバ
緑のこびとウサギ!?
ぷちトランスフォーマー!?ミスジチョウ越冬幼虫
怪獣のような幼虫!?
葉の上の龍!?

手のり文鳥より小さい指のりミミズク

ミミズク(耳蝉)



【ミミズク】といっても、鳥ではなく昆虫の方。半翅目(カメムシ目)ミミズク科の昆虫で、カシやコナラなどについて汁を吸う。『ニューワイド学研の図鑑 昆虫』をみると発生時期は6~8月となっているが、5月上旬に成虫が出現していた(幼虫は3月中旬にみかけている)。
【ミミズク】や【コミミズク】を検索すると、鳥のミミズクやコミミズクの項目がズラズラと並ぶ。まぎらわしいと感じていたが……昆虫のミミズクをさす【耳蝉】という漢字がある事を最近知った。「耳介状の突起があるセミの仲間」という意味なのだろう(セミもミミズクも半翅目=カメムシ目)。「耳蝉」で「ミミズク」と読ませるというのは、ちょっと強引な気もするが意味は判りやすい。
ちなみに鳥のミミズクは漢字で【木菟】──これは「木(樹上性)のウサギ」を意味するらしい。音は同じだが漢字で表記すると区別しやすい。
フクロウの仲間で羽角(うかく)があるものの総称が【ミミズク(木菟)】で、その羽角(いわゆる「耳」)と似た特徴をもつことから、昆虫の方も【ミミズク(耳蝉)】と呼ばれるようになったらしい。




指のりミミズク? 指のりマウス!?



ということで、「指のりミミズク」。見ようによっては宙をみつめるネズミにも見える。




ミミズク幼虫は人面虫!?



ミミズクの幼虫は平たく、樹皮にピッタリはりついていると見つけにくい。擬木など人工物に止まっていると見つけやすいが……見ようによっては人の顔にも見える。


さらにキアイを込めて見つめれば、某有名俳優に見えなくもない!?


ところで、ミミズクの体のふちの薄い部分は半透明で、とまった場所の色がうっすら透けてみえることがある。これには体の輪郭を隠し、背景に溶け込む効果があるのだろう。
成虫も翅の先端は模様の間が透けている。


ミミズク成虫に出現する耳介状突起は「天使の翼」にも見えなくはない……。


実際の翅はこんな感じ↓(※この個体は翅の先端が欠けている)


コミミズクはカモノハシ虫!?

【コミミズク】も検索すると鳥のコミミズクがヒットする。ミミズク(木菟)は羽角(うかく/耳介にみえる羽毛)があるフクロウの総称だが、その中に「コミミズク」という種類がいる。羽角が短いことが、この鳥の名前の由来だというが、昆虫のコミミズクの方には耳介状の突起が無い。だったら、ミミズクではなくミミヅカナイ、あるいはフクロウではないか……などとツッコミたくなるが、ミミズク(耳蝉)と同じミミズク科の昆虫で、ちょっと小ぶりということでこんな名前がついたのだろう。


コミミズクは成虫も幼虫も、ちょっとカモノハシに似ている──この虫を見てそう感じたものだが、ネット上ではすでにこの虫に「カモノハシ虫」という愛称があって、やっぱりそんな印象があるのだなぁと納得した。


風変わりなスタイルだが、細い枝に張り付くと脚がぴったり収納できる構造になっていて、枝とスキマなく一体化してしまう。


カモノハシを思わせるユニークな頭部は枝とピッタリ密着するのに適した形だということがよくわかる。