FC2ブログ

2013年01月の記事 (1/1)

1月にカミキリ【ヘリグロチビコブカミキリ】

今年初のカミキリは極小サイズ

先日、今年初めてのカミキリを見た。12月にキボシカミキリを見ることはあったが、1月にカミキリを見たのは初めて。




擬木の上を歩いていたのでなんとか気づくことができたが……小さい上によく動くのでなかなかきれいに撮れない。ちょっと見づらい画像だが、カミキリ屋さんに見てもらったところ、【チビコブカミキリ】か【ヘリグロチビコブカミキリ】ではないかとのこと。
(※【ヘリグロチビコブカミキリ】と判明。文末に追記あり)
小ささにも驚いたが、冬のまっただ中に越冬モードではなく動き回っていたことにも驚いた。しまいには飛び去っていった。

おそらく同じ種類と思われるカミキリのより鮮明な画像をたざびーさんがブログにアップされている→【カミキリ】【再びカミキリ

このカミキリがいたのは東京都と埼玉県の境あたり。東京では1月14日に(東京にしては)大雪が降っていたのだが、その雪がまだあちこちに残っているこんな場所↓。この日もフユシャクがみられた。


最近見たフユシャク♀(の一部)



たぶん上の♂と同じ種類=シロフフユエダシャクの♀。フユシャクは冬に出現する蛾(成虫)で、♀は翅が退化して飛ぶことができない。
※以下のフユシャク♀はどれも種類が(僕には)特定できていない。










この種類↑は卵を毛で覆わないようだ。翌日、卵は裸のまま残されていた。フユシャクの中には産みつけた卵を毛で覆う種類↓もある。




夢見るゴリラなフユシャク!?より再掲載画像

※追記【ヘリグロチビコブカミキリ】と判明

その後3匹の同じ種類と思われる極小カミキリを見ることができた。うち2匹はカミキリ屋さんが直に確認。【ヘリグロチビコブカミキリ】とのこと。先の画像を含めヘリグロチビコブカミキリだったようだ。


わずかの間に4匹も見ることができたということは、最初に見つけた1匹が、たまたま(例外的に)冬に迷い出てきたというわけではく、冬にも活動する(ことがある?)種類なのだろう。
次の画像は日当りの良い欄干の上で動き回っていた個体。ときおり止まって触角をつくろったりするが、すぐにまた歩き出し、せわしない。最後は飛び去って行った。




周囲にはまだ雪が残っている1月──なのにカミキリが活発に動き回る姿は意外だった。
このぶんだと、食餌(後食)や交尾・産卵も可能なのではないかと思わせる。
もしかするとフユシャクのように、まだ天敵が少ない寒い時期に活動を始めることで生存率を高めるような戦略でもとっているのではないか……などと想像が飛躍した。


スポンサーサイト



おらんウータンが見える!?

※ちょっと前のネタで……2012年の11月下旬から12月上旬にかけて撮ったニトベエダシャクの空目と卵。

おらんハズのオランウータンが見える!?






ニトベエダシャクと卵







スポーツ指導

キャッチボールの会話から

先日の日記【逆上がり】の時と同様に、以前やはり虫見をしているときのこと。キャッチボールをしている親子の会話が耳に入ってきた。
「どうしてボールから目をそらすんだ!」と叱責する父親らしき声。どうやら子供がまだ未熟なようで、うまくキャッチできないらしい。

少年野球などで大人(監督orコーチ?)が子供(選手)を叱責する場面は時々みかけるが、運動技術についてのミスやできないことを叱責するのは適切な指導なのだろうか。

スポーツの場合、気を抜くとケガにつながることもあるから、そういった部分での引き締めが必要な部分はあるだろう。しかし、生徒(選手)の技術的なミスを叱責するというのはどうかと思う。
プロの選手であれば、失敗すれば、観客からヤジや叱責がとぶのはしかたがない……だが、練習途上にある選手のミスを指導者がとがめるというのは、ちょっと違う気がする。

このところ高校の強豪バスケット部の生徒が顧問からの体罰を受けて自殺したという報道が続いている。練習試合でミスをした生徒の顔面を顧問が平手で叩いていたという。顧問は「強いチームにするためには体罰は必要」と考えていたらしい。
あらためて「体罰」が問題になっているが……「体罰」以前に──暴力を伴うか否かとは別に、ミスを「叱責」で指導するということ自体、僕には感覚が理解できない。
「叱る」のは「悪いこと」をしたときであって、指導者が練習や試合の中でのミスを当然のように叱責することには違和感を覚える。彼らにとって「ミス」は「悪いこと」なのだろうか? ましてや体罰の対象になるという感覚にはとうていついて行けない。

冒頭のキャッチボールの件でいえば、キャッチボールするときには「ボールから目を離さない」というのが基本だから、それができていないことに対して「どうしてボールから目をそらすんだ!」という叱責となったのだろう。しかし、まだ不慣れな子供が「自分に向かって体験した事の無いスピードで飛んでくる物体(ボール)」から思わず顔をそむけてしまうというのは自然な反応ではないのか。
頭では「ボールから目を離してはいけない」とわかっていても、いざ実際にやってみたら、それが(頭の中に描いていたイメージ通り)できなかった……。とすれば、そこには予想していなかった何らかの理由があるはずで、その原因を認識する事からスータトするのが「運動を理解する」ための筋道というものではないだろうか?

「逆上がり」でも、やろうとしているイメージが実現できなかったときには、「できなかった理由」を知り理解することが解決の前提となる。「失敗」したときに(指導者に)必要なのは「理解」の手助けであり「叱責」ではない。

キャッチボールに不慣れな者が「(飛んできたボールに対して)恐怖(危険)を感じて、大事な目や顔を傷つけまいと反射的に逃れようとする」のは「生体の防衛システムとして正常な反応」であることを認識し、それをふまえた上で「キャッチボールは動物としての人間にとって、非日常的な運動」「(最初のうちは)ボールから目をはなさないということ自体が難しい」という「克服課題」があることを意識することが、まず大事なのだと思う。克服すべき課題がわかれば、もっとゆるやかなボールでスピードになれるようにするなど、攻略対策もたてられる。

ボールをキャッチしそこねた子に対して「どうしてボールから目をそらすんだ!」と出来なかったことをとがめるではなく、「最初のうちは、それで当然」と、なぜ出来なかったのか原因を教えるのが適切な指導なのではないかと感じた。

スポーツの技術の習得は、思い描いた運動のイメージと実際に行ったさいに生じるギャップを「運動の理解」を深めることで埋めていく作業だと僕は解釈している。「失敗」を手掛かりに「できない原因」を考え、イメージを修正して再トライをする──このくり返しで正しい答え(技術の習得)に到達するというのが本来のあるべき形だと僕は考えている。

スポーツの技術の習得や上達は子供(選手)の主体的な「運動の理解」(と努力)によって得られるべきものであって、強権的な指導者の「調教」で叩き込まれるべきものではない。

しかし実際はスポーツ強豪チームの指導者には「調教型」が少なくないらしい。個々の選手の主体性にまかせて試行錯誤につき合うよりも、指導者が持っている勝つためのノウハウを強引にでも叩き込んだ方が短期間で実績につなげやすいからだろう。
指導者は体罰や激しい叱責によって生徒(選手)を服従させ支配下において、管理しやすい状態を構築したうえで「勝つため」に必要な「調教」を行う。
結果を望むのであれば、指導する側のみならず指導される側にもそれに従った方が楽(指導者に服従する事で選手の側で試行錯誤する手間が省ける)という暗黙の了解があるのかもしれない。

確かにそうした熱血指導によって実力を伸ばす選手、成績を上げるチームはあるだろう。しかし、その熱血指導になじめず競技を離れる才能のある選手も決して少なくはないはずだ。
熱血指導は目に見える結果(実績)によって評価されているが、目に見えないところでより多くの才能をつぶしてきた──僕はそう思っている。

熱血指導のもとで実績を残した選手は評価され、次世代の指導者になる公算が強い。そうなれば「自分を強く育てた」実績のある指導方針(強権的な調教)が正当化され受け継がれる可能性が高い。
本来「正しい指導」で実力を伸ばすことができたはずの人材と育成環境は駆逐され、理不尽な強健指導に「根性で耐える」選手が生き残ってその悪循環を引き継いでいく──これがスポーツ界の現状ではないかという気がしないでもない。

そんな事を考えていたとき、この記事を読んだ。

■桑田真澄さん「体罰で技術向上しない」

(読売新聞 - 01月13日 12:23)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130113-00000361-yom-soci

桑田真澄氏自身は体罰を受けていたそうだが──、

>「体罰で技術が向上することはない。絶対に反対だ」と訴えている。

──とのこと。
彼がいつからそう考えるようになったのかは判らないが、選手時代にこうした考えを抱いた者の多くは体罰指導の環境の中で競技を続けようとは思わなかっただろう。
「強いチームにするためには体罰は必要」と考える指導者のもとで、どれだけの才能が失われて行ったか……その損失は、決して少なくないはずだ。
改めてそう感じた。

逆上がり

さかあがり

先日、イチモジフユナミシャク♀を探して都立狭山公園内のサクラを見て歩いていたときのこと。滑り台やブランコ、鉄棒などの遊具のある一角から「逆上がり」という声が聞こえてきた。
「逆上がり」──なんとも懐かしい響きに反応。
視線は苔むした桜の幹に這わせたまま聞き耳を立てると、どうやら遊びにきていた家族が子供に逆上がりを教えているらしい。母親は「今のうちに覚えておかないと……」と励まし、父親が「勢いをつけて足をここにひっかけたらいいんだ(足をふりあげて鉄棒に乗せれることができれば、できたも同然?)」とアドバイスしている。
気になってチラっと視線を向けると、小学生とおぼしき男の子が逆上がりを試みて失敗するところだった。
《ああ……それじゃ、できない》《お父さん、アドバイスのポイントはそこじゃないよ》と一見しててわかり、口をはさみたくなったが、両親が一生懸命に教えているので、親の権威に傷をつけても(?)いけないし、一家団欒(?)に割って入るのもおせっかいかと思い、スルーした。

鉄棒の「逆上がり」なんぞ、出来なくても日常生活に何ら支障はない──その程度のものではあるが……僕が「技をおぼえる楽しさ(達成感)」を初めて知ったきっかけは「逆上がり」に始まる鉄棒だったかもしれない。「逆上がり」そのものについてはどのように習得したかについては記憶にないが……逆上がりが得意だったことから鉄棒ではよく遊び、小学生の頃は色々な技に挑戦し、試行錯誤を繰り返しながらマスターしていった思い出はある(*)。

技をマスターすることは技(運動)の理解をすることである。
できる人とできない人の違いはどこにあるのか──そのあたりを見極め、その意味するところを考え理解することが重要になる。

「逆上がり」という運動をみて、未経験者がどう理解するかというと……鉄棒につかまり、そのまま逆さ(頭を下・足を上)になって、足のつけねを鉄棒にひっかけて、そこを支点に鉄棒の上に上体を引き上げる──こんなイメージだろう。

その理解をもとに実際にやってみようとするが、何故かイメージ通りにできない──僕が見た男の子もそんな感じだった。

できないのは(筋力や体重の要素もからんでくるが)「技(運動)の理解(イメージ)」が正しくなかったり不十分だったりするためだ。

未経験者は鉄棒の上に足を上げようと懸命になる──思い切り足をふり上げようとするあまり逆に頭を下げてしまう。その結果、ヘッドアップし、腕はのび、体は鉄棒から離れ、のけぞってしまい、足は鉄棒に届かず宙をかいて地面に落ちる……。

力学的に考えればわかるが「腕が伸びた状態」で「反った(のびきった)体を鉄棒に引き寄せる」には相当な力が必要であり、素人には不可能に近い。
(上達すれば鉄棒を支持した腕をのばしたまま回転するという技──筋力ではなく重力を利用しバランスとタイミングで行う技術──もあるが、逆上がりができない未経験者には難しい)

例えば──床に仰向けに寝て、足先を床から浮かせる場合を考えてみる。足をのばした状態だときつい。しかし膝を曲げ足を体に近づけた状態で浮かせればだいぶ楽になる。
逆上がりを行う場合も、体が伸びてしまうと鉄棒に引き寄せるのがきつくなる。
少ない力で(子供の筋力で)下半身を鉄棒にひきよせるためには、腕も体も縮めた方が良い。体を鉄棒から離さないようにして行うのが逆上がりのコツだ。

頭の中に思い描いた技(逆上がり)ができないときは、まずなぜ出来ないのか、その原因や理由を理解した上で当初思い描いたイメージ(理解)を修正する必要がある。

腕がのびたり体が反ったりして鉄棒から離れてしまうと逆上がりはできない。

このことを念頭において(運動を理解した上で)、頭は下げずに(鉄棒から離さずに)体の方を鉄棒を引き寄せるようなつもりで行うと良いと思う。ヘッドアップすると体が反りがち(鉄棒から離れがち)になるので、むしろアゴを引いて自分のヘソを覗き込むようなつもりで体は丸めながら、握った鉄棒をそのヘソに引き寄せるくらいのイメージで行うとよいかもしれない。


「逆上がり」は比較的難易度の低い運動だ。しかし、やってみなければ、頭で考えた「理解(したつもり)」が本当に「正しい理解」なのかどうかは判らない。自分の思い描いた「理解」が本当に正しいか否か──これを否応無く確かめるプロセスが「逆上がり」を含む《「技」を覚える遊び》の中にはある。この点が実は重要だったのではないか……と今ふり返ると思われてならない。

今はいろんな情報が手に入りやすくなって、二次情報(知識)を頭の中で解釈しただけで「理解したつもり」になっている人が増えた気がする。
頭の中で考えただけの「理解」を検証プロセスなしにそのまま「正しい理解」だと思い込んでいる人──これは「逆上がり」を見ただけで理解したつもりになっている人と同じだ。やってみたら、実際は出来ない(正しい理解ではなかった)ということが起こりかねない。

見聞きした知識(入力情報)を処理(頭の中で理解)したあと出力(実践)してみて、その結果をうけて(再入力して)、当初の処理(理解)に修正を加えたり、再検証したり確かめたりする──こうしたプロセスを経ることで「正しい理解」に近づくことができる。
フィードバックによって「正しい理解に近づく」という感覚は基本にして大事だと思うのだが……こうした感覚を僕は「逆上がり」に始まった鉄棒で培った……という気がしないでもない。

逆上がりなど、できてもできなくても実生活には影響しない。鉄棒などできなくても日常生活で困る事は無い。
しかし、「正しい理解」を追求する姿勢・考え方のようなものは「身体性をともなう遊び」や「一次体験(本などから知識を得る二次体験に対して)」を通して身につく部分も大きいのではないかと思う。
逆に「身体性をともなう遊び」「一次体験」を充分にしてこなかった子は、二次情報を受けて頭の中で組み立てた「理解」こそが「正しい理解」だと思い込んでしまう傾向が強いのではあるまいか。

一見なんの役にも立ちそうにない遊びだが……子供のときにたくさん遊び、実体験を経験しておくことは、じつはとても大切な事なのではないか……。
「逆上がり」という言葉に反応して、そんなことが頭の中を駆けめぐるのであった。

*【ふりこ】【コウモリ】他@鉄棒:降り技(※外部ブログ)

http://www.freeml.com/bl/5997720/122412/

●ヒーロー的宙返り(※自己流で覚えた技)
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-196.html

夢見るゴリラなフユシャク!?

空目:夢見るゴリラなフユシャク

フユシャクは冬の間だけ(成虫が)みられるユニークな蛾(シャクガ科の中でフユシャク亜科・ナミシャク亜科・エダシャク亜科にまたがっている)。
前の記事(フユシャク探し)で紹介したイチモジフユナミシャク(ナミシャク亜科)にかわって1月に入ってからはフユシャク亜科と思われる種類が多く見られるようになってきた(似ているので種類の特定が難しい)。
そんなフユシャク♀の中に「眼をとじたゴリラのぬいぐるみ」に見えてしまうものがいる──という空目ネタ(&ふろく)。


フユシャクの産卵











フユシャクの婚礼ダンス
空目フユシャク※フユシャクの空目ネタ

フユシャク探し

フユシャク(冬に成虫が出現するシャクガ科の蛾でメスは翅が退化して飛ぶことができない)はクロスジフユエダシャクが11月末から見られ、12月にはチャバネフユエダシャクやクロオビフユナミシャクなどもよく見られるようになった。






蛾のくせに翅が退化したフユシャク♀はユニークだが、ちょっと地味……そんなイメージがないでもないが、フユシャクの中でもイチモジフユナミシャクの♀はキレイだと僕は思っている。個体によって(あるいは羽化してからの時間によって?)も違うが、ブルー~グリーンがかった個体はファーの肩マントをあしらった貴婦人のようでエレガントな雰囲気すら感じさせる。


イチモジフユナミシャク♀さがしは桜で

そのイチモジフユナミシャクは12月の半ばからみられるようになったので、この種類を中心にフユシャク探しをしてみた。
僕の少ない経験からすると、花見の名所のような桜の密度が高い場所でサクラの幹を見て歩くとよくみつかる。乾燥した木肌よりコケがはえた幹でみつかることが多い。湿度の問題あるいは産卵やふ化の関係でコケがあるような環境の方が都合が良いのだろうか。
12月下旬には2~3時間の間にイチモジフユナミシャクを中心にフユシャクの♀を二十数匹見ることができた。
ということで、この冬これまでに撮影した画像の一部を。








退化した4枚の翅が見える姿勢でいることもある。前翅の下にあるのが後翅なのだろうが、前翅が後方に・後翅が前方に出ているのがおもしろい。




翅と比較するとわかるが、腹の長さが個体によって違う。腹の背面にある黒い模様も個体によって詰まって見えるものもいる。


羽化したときに持っている卵の量(腹のふくれぐあい)に個体差があるのか、あるいは少しずつ産んで徐々に腹が短くなっていくのか……それとも別の種類なのだろうか?




1月5日にさっと見てまわったところ、イチモジフユナミシャク♀では鱗粉(?)がはがれ、模様が不鮮明になったり産卵後と思われるくたびれた感じの個体が増えてきたように感じた。

イチモジフユナミシャク以外のフユシャク♀



クロスジフユエダシャクは12月に♂が婚礼ダンスで♀を探り当てるようすを確認することができた(*)。




フユシャクの種類について僕は詳しく知らない。よく判らないものも多い。




フユシャク♀は飛べないため、腹端からフェロモンを発して♂を呼ぶ(コーリング)。




垂直の壁面(画面左側が上)に産卵中のフユシャク↑。本来は夜行性の種類だと思うが、日中もたまにこんなシーンに出くわすことがある。このように産みつけた卵を尻毛(?)で覆う種類もいる。卵を毛で覆うのは「目立たなくするため」という解説があったが、天敵が少ない時期に卵を「目立たなくする」必要があるのだろうか? 卵を毛で覆うのは乾燥防止的な意味合いが(も?)あるのではないか──という気がする。




あと、わからないのがコレ↓


♀の翅が退化した蛾が全てフユシャクと呼ばれるわけではない。冬の終わる頃に見かけるメスコバネマルハキバガ(なんちゃってフユシャク?)はメスコバネキバガ科──シャクガ科ではないのでフユシャクには入らないらしい。秋に羽化する♀だけ翅が退化するヒメシロモンドクガという蛾もフユシャクではない。画像の蛾もフユシャクとは別の種類なのだろうか?


謹賀新年2013



年賀状にかえて~今年もヨロシク!

以前は年に一度の生存表明のつもりで年賀状を出していたが、ネットを介して情報のやり取りができるようになった昨今、ハガキによる年賀状は廃止し、ブログ等で新年挨拶&図案をアップしている。

さて、2013年は巳年──干支のヘビを使った図案を考えてみたのだが……ヘビはシンプルで形(姿勢)も変えられるので図案化しやすそうでいて、逆に安易な図案に流れがちでユニークさをひねり出すのが難しい。

そこで今回は、視覚的な文字ダジャレ(?)というか文字空目というか……そっち方面で考えてみた。
新年早々、ちょっと苦しいダジャレに走ってしまったカンがないでもないが……これも干支にからめた「ダ(蛇)ジャ(蛇)れ(命令形)」ということで。
なにはともあれ、今年もヨロシク!

ちなみに、ちょこっと出した実写画像のヘビは2012年9月下旬に撮影したアオダイショウの幼蛇。




アオダイショウの幼蛇にはハシゴ模様があって成体とはずいぶん印象が違う。なぜなのか……その理由を考察↓。
幼蛇と成体・模様が異なる理由:アオダイショウ

ついでに、へび年にちなんで、過去のヘビネタ記事

ヒバカリ(ヘビ)の飼育プチ記録
【ヒバカリ】名前の由来考
疑問:ヤマカガシが《相手の目を狙って毒液を飛ばす》説