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冗区の記事 (1/5)

泣いてるとゾンビが脳みそ喰いに来る

笑いをこらえるのは難しい……そのことは『怪喜!笑い袋爺』(*)で記したが……泣き叫ぶ幼児をなだめるのも難しい!?──ということで。

泣く子を黙らす方法!?

小さな子どもが泣くのには、痛みや不安など、危険を知らせる警告信号としての意味がある。保護者に必要な注意を喚起する手段と考えると有益だが……ときに子どもは《わがままを通すための手段》としてこれを使うことがある。「(帰らなくてはいけないのに)まだ遊んでいたい」「気に入った玩具を買って欲しい」などの要求を通すために、(そこで騒ぐと)親が困ることを察知した上で大泣きすることもありがちだ。大声で泣き叫ぶのは《泣き落とし》ならぬ《泣き脅し》である。これに屈して子どもの要求に応えれば、《泣き脅し》が有効であることを学習した子は、《泣き脅し》にみがきをかけて頻繁に使うようになるだろう。
こうした《脅し泣き》を阻止し、泣き止ます方法として、次のように言い聞かせるのはどうだろう。


泣いてると ゾンビが脳みそ 喰いに来る

友蔵 心の俳句(by『ちびまる子ちゃん』)みたいだが、ゾンビが脳味噌を喰いにくるとなれば、泣く子も黙ろうというもの。脳みそを喰わせろとゾンビたちがおしよせてくる映画『バタリアン』を見ていれば効果は抜群。恐怖による抑止は「泣ぐゴは居ねがー(泣く子はいないか)」とねり歩くナマハゲ効果に近いものだが、ゾンビが泣く子をターゲットとする理由を図解してみよう⬇。
泣く子とゾンビ図解
涙はしょっぱい──これは泣いている子には、わかることだ。つまり、泣くと涙とともに塩辛さが体の外へ排出される。すると、塩気が抜けることで、脳味噌はどんどん甘くなる。脳味噌喰いのゾンビは、泣き声を聞きつけると、音源には甘く熟れた脳味噌があることをよく知っていて、よろこび勇んで喰いにやって来る──というしだい。
さすがに上級生あたりではこの理屈は通用しないかもしれないが、だだをこねて泣き叫ぶ年頃の子どもには説得力があるのではあるまいか?
僕が昔この説得法(?)を思いついて甥っ子に試してみた時には効果があった。

ところで、ホラーといえば夏……いやいや、夏といえばホラーだが、今年は7月に入っても涼しくて過ごしやすい日が続いている。毎年、夏には暑さ・冬には寒さに往生して(*)、夏になると「(ドラえもんの)《どこでもドア》があったら、涼しい高原とつないで戸を開放しておくのに……」と嘆いていたが、今年は今のところ《どこでもドア》いらずである。
「なんだ、なんだ。夏だって、やる気になれば涼しくできるじゃん」と思っているのは僕だけではあるまい。



実録『怪喜!笑い袋爺』
冬来たりなば貼るトウガラシ
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マツトビゾウムシのシンデレラ



着想の経緯

昆虫ウォッチングで擬木を見続けていると、脳味噌は設定した昆虫フィルターに反応があったときに注意が呼び覚まされる自動運行モードになりがちだ。(機械的に?)目では擬木を追いながら、脳味噌はあまり働いていないか別のことを考えていたりする。
《悟りの境地》か《妄想の狂地》か──こうした状態では弛緩した脳味噌の片隅・意識の隙間にたあいもない着想がわいたり、荒唐無稽なイメージが展開すことがある。僕はこれを「エアポケット幻想」などと呼んでいるが、今回もそんなハナシ。タイトルをつけるなら──『マツトビゾウムシのシンデレラ』。

今回の着想のきっかけは、ギボッチ(擬木ウォッチ)をしていて目に入った入れ歯だった(冒頭の画像)。昆虫を想定していたので、まさかこんなものがフィルターに引っかかるとは予想もしておらず、違和感たるや大きかった。いったい、どうしてこんなモノが擬木の上に置かれるなどといった状況が発生しうるのか!?──どうでもいいといえばどうでもいい話だが、これはちょっとしたミステリーとして心にひっかかっていた。そして後日、この入れ歯はこつ然と姿を消していたのである。誰が何のために持ち去ったのか!?……謎は深まるばかりであった……。

この「擬木上に残された入れ歯」からふと連想したのが(既に記した)シンデレラの話(*)。「残されたガラスの靴」で持ち主(シンデレラ)を特定する定番のストーリーは説得力に欠ける。持ち主を特定するのであれば、残されたツールは「靴」よりも「入れ歯」の方がふさわしいのではあるまいか? 歯の治療痕は(検死で)被害者特定にも使われたりもする。「残された入れ歯」がピッタリ合った人がシンデレラだというのであれば納得できる……そんなことを考えたわけだ。

さて、ギボッチ(擬木ウォッチ)ではその後、マツトビゾウムシを見るようになる。この虫の新成虫には牙(状突起)がついていて、地上に出てくるとほどなく脱落するらしい(*)。擬木上で片方の牙をなくしてたたずむマツトビゾウムシ(画像)を見ているうちに、ふと閃くものがあった。「マツトビゾウムシの失われた片牙」と「擬木上にとり残されていた入れ歯」が、頭の中でリンクしたのだ。『奇跡の人』で、「手に触れているもの(井戸水)」と「water」が突然結びついたヘレン・ケラーの心境!?
《擬木の上に残されていた謎の「入れ歯」は、片牙のマツトビゾウムシが落としていった「ガラスの靴」的存在ではなかったか?》──頭の中にはにわかに、『マツトビゾウムシのシンデレラ』のストーリーが展開するのであった。



マツトビゾウムシのシンデレラ

あるところに新出(しんで)玲良(れいら)という娘がいた。意地悪な継母とその連れ子である義理の姉に虐げられた生活で、自由な外出もままならない。彼女の友達は虫たちだけであった。その虫たちが擬木のステージで舞踏会を開くという話を知り、玲良はできるなら自分も虫になって参加してみたいと思う。と、そこに現われたお人好しの老婆──実はかつてシンデレラに魔法をかけ、車錠探偵長(@破裏拳ポリマー)にホラメット(転身用ヘルメット)を与えた魔法使いであった。
「虫たちの舞踏会に出たいんだね。願いをかなえてあげよう。一晩だけあんたを虫にしてあげるよ」──魔法使いのおばあさんが杖を一振りすると、玲良の姿ははあっという間にマツトビゾウムシに変わった。「ただし、今回の魔法の効力はは今日限り。夜12時を告げる鐘が鳴り終わる前に戻ってくるんだよ」
魔法使いのお婆さんに見送られて、マツトビゾウムシとなった玲良は飛翔して虫たちの舞踏会場へ向かう。

玲良は擬木の上で行われた虫たちの舞踏会に飛び入り参加。そしてマツトビゾウムシの王子に見初められる。あまりの楽しさに時が経つのを忘れていた玲良だが、ふと気がつけば夜12時が近づいていた。
「しまった。はやく戻らなければ!」あわてて舞踏会場をあとにするが、そのとき、マツトビゾウムシになっていた玲良は、牙(状突起)の片方を擬木の上に落としてしてきてしまう……。
なんとかタイムリミットギリギリで、部屋に帰りつき人間に戻ることができた玲良だったが……鏡を見てビックリ! 彼女の上あごからは歯がごっそり抜け落ちていたのであった。
そのころ、虫たちの舞踏会場となった擬木の上では……マツトビゾウムシの王子が、行方をくらました愛しい相手が落としていった片方の牙を手にしていた。「この牙が、欠け痕と一致する娘をきっと探し出して妃にするのだ」──王子が宣言したまさにそのとき、12時の鐘が鳴り終わった。すると彼が手にしていた牙は巨大化し、人間の入れ歯になった──シンデラレの魔法が解けたタイミングで、マツトビゾウムシの牙もヒトの歯に戻ったのだ。王子はその下敷きになって身動きがとれず、気を失ってしまう。

さて、人間に戻った玲良だが、歯がごっそり抜け落ちていたことに我慢ならず、魔法使いのお婆さんを探しまわって数日後にようやく見つけて談判する。「どうひて、わたひがこんな目にあわなきゃいけないの!? 元の姿に戻ひて!」
魔法使いのお婆さんは早合点して「おやおや、そんなに虫の姿がよかったかい。それじゃ戻してやろう」と玲良に魔法をかけて再びマツトビゾウムシに変えてしまった。
途方に暮れたマツトビゾウムシの玲良は舞踏会場だった擬木に戻る。すると彼女の片牙を抱いた王子が気を失って倒れていた。王子を押さえつけていた入れ歯は、再びかけられた魔法によってマツトビゾウムシの牙に戻っていたのだ。
「王子様、しっかり!」玲良が王子を抱き起こすと王子は覚醒し、かかえていた牙を玲良の顎にあてる。「おお、ピッタリ一致する! 君こそ探していたプリンセスだ!」
玲良は昆虫として生きることを受け入れ、マツトビゾウムシの妃になったのだった。

これが、「《擬木上に突如現われ、数日後にこつ然と消えた入れ歯》の真相」である……。
──という、エアポケット幻想ストーリー。


*シンデレラには嘘がある!?~ガラスの靴よりふさわしいもの

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*片牙ゾウムシ&シロトゲエダシャク
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●エアポケット幻想
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シンデレラには嘘がある!?~ガラスの靴よりふさわしいもの

シンデレラには嘘がある!?
~ガラスの靴よりふさわしいもの~

「シンデレラ・ストーリー」という言葉がある。無名の一般女性が成功し幸福になること、玉の輿(たまのこし)に乗ることを言うようだ。童話の『シンデレラ』に由来する言葉だろう。それほど『シンデレラ』は知られている。僕もなんとなくストーリーは知っているが、いつどこでこの物語を知ったのかについての記憶は無い。おそらくリライト作品のようなものもたくさん出回っているに違いない。原典(?)と照らしてどうなのか……そのあたりは良くわからないが、世間一般に広く浸透しているバージョンの『シンデレラ』の話とは、おおよそ次のようなものではなかろうか?

意地悪な継母とその連れ子である義理の姉に虐げられていた娘(シンデレラ)が、魔法でドレスアップしてお城で開催された舞踏会にでかけ、王子に見初められるストーリー。
ただし魔法の効力はその日限りで、夜12時の鐘が鳴り終わると効力を失ってしまう。なのでシンデレラは鐘が鳴り出すとあわてて城から逃げ出すが、そのさいにガラスの靴の片方を落としてきてしまう。王子は残されたガラスの靴を手がかりに「ガラスの靴にぴったり合う足の持ち主」すなわちシンデレラを探しだし、結婚する。

つまりこの物語では「ガラスの靴」がシンデレラを特定する「鍵」として使われている。僕には、この話をどんな形で知ったのかの記憶は無いのだが、「ガラスの靴」のエピソードについては漠然とした疑問を感じていたのは覚えている。「その日限定の魔法でドレスアップしたのに、ガラスの靴だけがどうして残ったのか?」ということだ。舞踏会場から逃げ出したシンデレラが元の(みすぼらしい)姿に戻ったのに、ガラスの靴だけ魔法がとけないのはおかしい。夜12時の鐘が鳴り終わると同時に王子の手の中にあったガラスの靴がそまつな靴に変わる──そんなシーンがあってしかるべきではないか?……みたいな疑問を持っていた。

そして、もうひとつ──「国中の娘にガラスの靴をはかせようとしたのにシンデレラ以外の女性の足には合わなかった」という展開も不自然に感じていた。シンデレラの足のサイズは一体いくつだったのだろう? それと同じサイズの靴を履いている女性は国中にたくさんいたはずで、靴から個人を特定するなんて無理だろう……そんな疑問も持っていた。この物語の中では「ガラスの靴」は「シンデレラ」に結びつくファンタジーアイテム的な意味で描かれていたのかもしれないが、普通に考えたら「シンデレラの足って、よっぽどデカいか小さいか、あるいは特殊なのか」という話になる。「大様の耳はロバの耳」ならぬ「シンデレラの足は○○の足」!?──それは、ちょっとおぞましい。

『シンデレラ』では、「落とし物」から持ち主を特定する「鍵の役割り」として「ガラスの靴」が使われていたわけだが、前述のとおり僕は子供心に「靴で個人を特定するのは無理がある」と感じていた。
さて、それでは、どんな「落とし物」だったなら「鍵の役割り」にふさわしい小道具となり得ただろう?──そう考えたとき、最近見たある光景(*)が蘇った。
総入れ歯──これなら「ピッタリ合った人を持ち主と特定する」ツールとして万人が納得できるのではあるまいか。
落とし物が「総入れ歯」バージョンの『シンデレラ』なんてのは、どうであろう?

──なんてコトを考えたのは、最近見た「入れ歯の落とし物」(*)からの連想であった。


◎マツトビゾウムシのシンデレラ

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*擬木上の《!?》~ガヤドリタケなど~
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秘薬・毛生え薬

暖かい陽射しに包まれ、ぼうっとした頭にふと浮かんだエアポケット幻想。弛緩した脳味噌の中で、謎の中国人が作る万能秘薬──毛生え薬のエピソードが展開した。


■秘薬・毛生え薬

市販されているあらゆる発毛・育毛剤を試してみたけれど効果がなかったA氏。ワラにもすがる思いで怪しげな情報を頼りに中国人祈祷師ホイさんをたずねたのだった。
「アナタ、毛ガ欲シイ。ワカリマシタ。毛ガ生エル薬、作ルデゴザイマス」
カタコトの日本語で応対したホイさんに案内され、A氏は調理場とも実験室ともつかない部屋に入る。
ホイさんは部屋のに置かれた瓶のフタを開け、柄杓で中からとろみのある液体をすくって鍋に移しながら、
「コレ、万能秘薬ノ素ネ。効能ハ自由自在、何テモ対応スルノコト」
ホイさんの説明によれば──瓶に入った液体が、すでに調合された万能秘薬のもとで、これに「仕上げ」で、依頼者が望む効能書きを記した薬剤を溶け込ませれば、目的の薬ができるのだという。
「アナタガ欲シイハ、毛ガ生エル薬ネ」
「そうです『毛生え薬』です」
ホイさんはA氏の依頼を確かめると、和紙のようなものに筆で「ケハエクスリ」と書き込んだ。「コレ、間違エルト台無シタカラ……デモ大丈夫。ワタシ、秘薬作リト日本語、自信アリマス」
ホイさんの手元をのぞき込んでちょっと不安を感じたA氏は、「あの……『ケハエグスリ』でお願いします」。
「ハイ、『ケハエクスリ』」
「ええと、『ケハエクスリ』ではなくて『ケハエグスリ』で……」
「ハ? 『ケハエクスリ』テナク『ケハエクスリ』?」
「『クスリ』でなく、『グスリ』──そこ、濁るんです」
「ニゴル?」
「濁点がつくんです……点々」
「ア~、濁音ノ点々ネ、ワタシ、ゴゾンヂデス」
ホイさんは大げさにうなづいて点々を書き足すとその和紙様のものを鍋に投じ、撹拌しながら自信たっぷりに言った。
「コレデ、アナタ、毛ガ、ワンサカ生エルコト、マチガイナシデス」

ホイさんが作った『毛生え薬』をゲップが出るほど飲まされ、鍋に残った汁を禿げた頭に塗り付けられたあと、A氏は帰路で頭に変化が起こっているのに気がついた。なんだか頭皮がむずむずする。ショーウィンドウに映った自分の姿を見て思わず足が止まった。なんと禿げていたはずの頭が黒々しているではないか!
A氏は驚喜してショーウィンドウにかじりついた。
A氏の頭で黒い髪が風を受けて揺れる──かに見えたが、ナゼか風は吹いていない……。
頭でうごめいていた黒いものは──よく見ると双翅目の昆虫・ケバエの群れだった。
「どうなってるんだ!?」A氏の頭の中には「?」で埋め尽くされたが……やがて何があったのかを理解した。
「そうか……あの時、濁点を書き込む位置を間違えやがったんだ!」
『ケハエグスリ』とすべき効能に『ケバエクスリ』と記したために、秘薬を塗ったA氏の頭にはケバエがわんさかたかってしまったのだった……。

     *     *     *     *

ケバエの婚姻飛行が見られるこの時期──「今年もそんな時期になったか」とケバエをながめてふと思い浮かんだ、たあいもないイメージ。
「『ケバエ』と『毛生え(ケハエ)』──濁点があるとないとでは大違い」「『毛生え薬』で毛が生えるのなら、『ケバエ薬』ではケバエがたかるのであろうか?」などと思ったのがきっかけ。

ケバエが集団発生する時期になるとこれをハチだと思って怖がる人をみかけるが、たよりない飛び方はあまり脅威を感じない(じっさい刺したりはしないので怖がることはない)。インパクトがあるのは、むしろ晩秋の幼虫集団であろう(*)。

ちなみに、文章化するにあたって便宜的に設定した「ホイさん」の名前は三谷幸喜・脚本&総合演出のTV番組『HR』の「ホイさんが帰ってきた!」から。生瀬勝久が演じた中国人のホイさんのイメージを借りたもの。


*謎の幼虫大群:ケバエ

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●エアポケット幻想
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どんでん寓話『川渡り』

虫見をしていると脳味噌が刺激されて色々な疑問や解釈、はては妄想めいた着想が湧いてくることがある。時には見ているものと何の関わりも無く、前後に考えていた事と何の脈絡もないイメージが突然ポッと浮かんでくるなんてことも……。そんな思いつきのひとつを寓話風に記してみる。


川渡り

川べりでひとり老婆がとほうにくれてた。向こう岸に行きたいのだが、橋が無い──老朽化した橋は数日前に落ちて流されてしまっていたのだ。川は深さが大人の腿程度だが、流れが速い。ひとたび足をすくわれたら、体勢を立て直すことは難しい──そのまま流され溺れてしまうだろう。年寄りが歩いて渡れる川ではなかった。
そこへ2人の若者──太郎と次郎の兄弟ががやってきた。
「ややっ! なんとしたことか。橋がないではないか!?」
彼らも川を渡るため、橋が落ちたことを知らずにやってきたのだった。
「私も向こう岸に行ねばならないので困っていたんです」と老婆。
「これは、川の中を歩いて渡るしか無いな」
太郎の言葉を聞いて老婆はため息をついた。「私にゃ、とても無理だわ……」
そんな老婆を気の毒に思い、次郎は優しく声をかけた。
「お婆さんは僕らが運んであげますよ」
それを聞いて太郎が眉をしかめた。
「まて次郎、おまえ何を考えているんだ。川は深くはないが流れが速い。俺たちだけでも渡るのは大変だぞ。お荷物をかかえていく余裕などない」
「お年寄りですよ。お荷物というほど重そうには見えませんよ」
「私ゃ、40kgほどです……」老婆が申し訳なさそうに口をはさむ。次郎は口調を和らげて太郎に頼んだ。「残して行くなんて、可哀想じゃないですか」
「可哀想なのはわかるが、俺たちが助けなきゃならない義理はない。他人の事を心配するより、自分のことを心配しろ」
ちなみに太郎と次郎の体格はほぼ同じ。弟の次郎の方が背はわずかに高かったが兄の太郎の方ががっしりしており、体重は2人ともに70kgだった。兄の方が体力は勝っていたのだが、その太郎は老婆を助ける気などまったくないらしい。
「わかったよ。兄さんには頼まない、お婆さんは僕がおぶって行く」
そうして太郎は1人で、次郎は老婆をおぶって川を渡り始めた。が、川の中程まできたところで、太郎は流され、川を渡りきることができたのは次郎と老婆だけだった。

実は川を流れる水の圧力は思いのほか強く、体重100kgの大人でも押し流す力があったのだ。体重70kgの太郎は足がすくわれ、40kgの老婆をおぶって110kgになった次郎は川の流れに耐えることができた──つまり、次郎はおぶった老婆が重し代わりとなって流されずに済んだのだった。

【教訓】自分の事だけを案じる者は救われず、他者をも案ずる者が救われる。

──なんて寓話はどうだろう?
ということを踏まえて、



川渡り ver.2

川べりでひとり老婆がとほうにくれてた。向こう岸に行きたいのだが、橋が無い──(以下同文略)
そこへ2人の若者──一郎と二郎の兄弟ががやってきた。2人は体格も同じ。体重もともに70kgだった。
「お婆さん、心配いりませんよ。僕らが向こう岸まで運んであげますから」
親切な兄弟、一郎と二郎は両脇から老婆を抱えて川を渡り始めた。
老婆の体重は40kg。70kgの一郎と二郎はそれぞれ20kg(老婆の体重の半分)ずつを負担する形となり計90kg──体重100kgの大人でも押し流す川の流れに耐えきれず、3人とも流されてしまいましたとさ。

【教訓】…………。(ときには親切心がアダになることも……)

というブラックユーモア的着想。
語られるエピソードから道徳的な解釈(教訓)を引き出しまとめるのが寓話のスタイルだが、そのエピソードから導き出された教訓をフィードバックして、もう1度そのエピソードをリプレイしてみたら……という着想。


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