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久しぶりの『文学賞殺人事件 大いなる助走』

最近リリースされた30年前の『文学賞殺人事件 大いなる助走』DVD


筒井康隆の小説『大いなる助走』を映画化した『文学賞殺人事件 大いなる助走』のHDニューマスター版DVDが今年の5月にリリースされていた。鈴木則文監督によるこの映画が公開されたのは1989年1月28日(Wikipedia情報)だそうで、DVDジャケットにも「©1989アジャックス」と記されている。しかし、本編では最後の「大いなる助走」と記されるシーンで「©1988 AJAX」とスーパーが入っている──こちらの方は製作された年ということなのだろうか? ジャケットと本編で©の年が違っているのが、ちょっと気になった。

作品の概要は──、
主人公・市谷京二(佐藤浩市)は地方都市の大企業「大徳産業」に勤めるエリートサラリーマン(※DVDジャケットの【ストーリー】やWikipediaの【あらすじ】では「大徳商事」と記述されているが、映画・原作ともに「大徳産業」が正しい)。地元の同人誌「焼畑文芸」を拾ったことがきっかけでこのグループに入り小説を書き始めることになるのだが……初めて「焼畑文芸」に掲載した『大企業の群狼』(※Wikipediaの【あらすじ】では「大企業の群像」と記されているが「大企業の群狼」が正しい)が、中央の文芸誌「文學海」に取り上げられ話題となる。そしてなんと権威ある「直本賞」の候補作品になってしまう。しかし、この作品は大徳産業の内幕を暴露したもので、顧問を務めていた父や大徳産業の後ろ盾で市議会進出を企てていた兄は激怒。会社はクビとなり勘当されてしまう。同人誌仲間には妬まれ、居場所を失った市谷京二は上京。なんとしても「直本賞」をとって文学で身を立てねばならない……追いつめられた市谷京二は直本賞世話人(受賞請負人)多聞伝伍(ポール牧)の助けを借り、全てを投げ打って受賞のために奔走するが、直本賞の選考は二転三転して落選。市谷京二は怒りにまかせて、自分を落選させた直本賞選考委員たちを次々に殺して回るという私怨作品『大いなる助走』を書くが……それまで面倒見がよかった雑誌編集者たちからも冷たく見放されて、書いたことを実行して行く。

原作の『大いなる助走』を書いた筒井康隆氏自身が「直木賞」の候補に3回選ばれながら受賞していない経緯もあって、連載当時は注目され、色々物議をかもしたらしい。編集部に「あの連載をやめさせろ」と怒鳴り込んで来た文壇の長老もいたとか。今回HDニューマスター版DVDでは特典として筒井康隆氏と鈴木則文監督の対談映像(2002年収録)が収録されているのだが、この「怒鳴り込んで来た文壇の長老」のエピソードについても触れられている。実名を伏せて話している最中に、つい筆名を言ってしまうというハプニング(?)もあった。また、筒井氏は映画にもSF作家の役で出演し、文壇バーで暴れるシーンを演じている。

エンドロールの同人誌にビックリ

僕が初めて『文学賞殺人事件 大いなる助走』を観たのは1992年12月25日深夜(正確には26日未明)。TBSテレビで放送されていたものだった。原作の『大いなる助走』は読んでおらず、予備知識なしに視聴していた。僕もいくつかの同人誌活動を経験していたので、同人誌やアマチュア文学家にありがちなエキセントリックな言動・ディテールに「あるある・ありそうだなぁ」と共感しつつ引き込まれていた。権威ある直本賞の選考委員を皆殺しにするというスゴイ展開になってしまうわけだが、僕が一番驚いたのは、最後のエンドロールを眺めていたときだった。エンドロールでは全国から集めたと思われるたくさんの同人誌が次々に映し出されるという演出があって、これには圧倒感があった。今ではブログやSNS、YouTubeなどでアマチュアが不特定多数の人たちに自由に発信できる場があるが、当時はアマチュアが自分の書いたものを世間に発表する場はほとんどなく、時間・労力・お金を費やし、苦労して作った同人誌に載せるくらいしかなかった。しかし読むのは大抵関係者で一般の読者の手に渡ることは少なく、そういった意味では苦労の割に報われることが少ない媒体だった。その1つ1つにアマチュア作家達の夢や執念が込められた同人誌が次から次へ画面に映し出され、「焼畑文芸」のように日の目を見る事が少ないアンダーグラウンドの活動が実際に数知れず存在することを物語っていた。
その同人誌が次々に映し出されていくエンドロールの最初の方で、見覚えがある表紙が……僕が描いた図案が、いきなり目に飛び込んできた。僕も参加していたことがある「MON48」という同人誌の第3号がそれで、知らずに観ていた映画の中に突然親しい友人が登場したかのような驚きを覚えた。

「MON48」について触れておくと──、朝日カルチャーセンターの中の講座のひとつ「大衆文芸の書き方(講師:光瀬 龍)」の受講生による同人誌。受講生の中には既に商業出版している人、プロとして活動している人も何人か含まれていた。受講の成果として(?)受講生たちが書いた作品を集めて同人誌を作ろうということになって誕生したのが「MON48」だった。誌名は、この講座が毎週月曜日(MON)・新宿住友ビルの48階の教室で開かれていたことに由来する。誌名は皆で候補を出し合った中で僕の案が採用された。表紙も僕が描くことになったのだが、翼を広げたペンが新宿住友ビルから飛び立つ──といった図案になっている。

朝日カルチャーセンター由来の同人誌MON48が映画『文学賞殺人事件 大いなる助走』の最後に登場したわけだが、映画本編の中にも「朝日カルチャーセンター」を「朝目カルチャーセンター」ともじってでてきた部分があった。直本賞世話人(受賞請負人)多聞伝伍(ポール牧)が市谷京二のライバル候補者について技術的には稚拙だと評すシーンがある。そこで「朝目カルチャーセンターで小説作法を学んだ程度だからな」なんてセリフがでてくる。


『文学賞殺人事件 大いなる助走』の本編とは別の話になってしまうが……初めてこの映画を観た時は、「MON48」がいったいどういう経緯でエンドロールに登場したのだろうかと不思議に思った。「MON48」のメンバーには同人誌発行に尽力したH女史がいて、彼女の師匠である団鬼六氏がこの映画に地方文壇の名士・萩原隆役で出演している──そのつながりで「MON48」が渡ったのだろうかとも想像したが、エンドロールで映し出された同人誌は文藝春秋社が提供したものだったらしい。
エンドロールで流れた「MON48」を見て(これは第3号だったが)、第4号(1988年)に《H女史が直木賞を辞退しMON48賞に選ばれて驚喜する》という掌篇コントを載せたことを思い出した。これは埋め草として僕が書いたものだが、もちろん当時は「MON48」が「直木賞」をネタにした映画のラストに使われようとは想像もしていなかった。
余談だが、「MON48」創刊号で発表した僕の『ねこにかかったでんわ』は後に単行本として商業出版されている。


『文学賞殺人事件 大いなる助走』本編とは直接関係のない、あるいは他の人からすればどうでもよい個人的な事を長々と記したが、「MON48」ひとつとっても当事者にとっては色々あるわけで……エンドロールで流れる膨大な同人誌──その1つ1つに同じような色々思いを馳せる関係者がいるだろうということだ。そうした同人誌の世界があるということを踏まえて『文学賞殺人事件 大いなる助走』を観ると、また一段と味わい深い気がする……。

この映画を最初に見た時は録画しておらず、それを悔やんだものだが、その後フジテレビの深夜枠で放送されたものをビデオ録画──しかし残念ながらそれはオリジナル(129分)より15分程短いカット版だった。ノーカット版が欲しくてネットで検索してみたこともあったのだが、当時はDVD化されていないかったようだ。そんなわけで、今年になって『文学賞殺人事件 大いなる助走』のHDニューマスター版DVDが出たことを知り、購入して久しぶりに完全版を鑑賞することができた。やはり映画の内容だけでなく、同人誌にまつわる色々なことが思い起こされる……。随所にコミカルな演出がほどこされていて面白かったが、はたから見れば徒労・不毛な努力を続ける人・続けざるを得ない人たち──そうした同人誌作家たちの物語として観ると滑稽さだけでなく、やるせなさも伝わってくる。
久しぶりに鑑賞して、当時の同人誌活動の感覚というのは、インターネット世代にはちょっとわからないのではないか……という気がした。昔はアマチュアが作品を発表する場がほとんどなく、自分が書いたものを他の人たちに読んでもらおうとすれば苦労して同人誌を作るくらいしなかった……そんな時代に比べ、今では誰もが手軽にブログやSNS、YouTubeなどで全世界に向けて情報を発信できる。ブログを始めて「あのときの努力は何だったのか?」と思ったりしたものだ(*)。
もちろん同人誌はインターネット以降も作られ続けるだろうが、その意味合い・実感は昔とはずいぶん違ってきているのではなかろうか……。そうした時代感も含めて『文学賞殺人事件 大いなる助走』は味わいのある作品だと改めて感じた。




七人の侍@黒澤明DVDコレクション


先日、書店で《黒澤明DVDコレクション》なるシリーズが発売されているのを知った。

黒澤明DVDコレクション/朝日新聞出版
https://publications.asahi.com/kad/

没後20年特別企画ということで黒澤監督の作品全30作をマガジンとセットで隔週で発売していくらしい。
店頭で見つけたのは創刊号の『用心棒』だった。手にとってみると次号予告に『七人の侍』とある。これは買わねばと思って、発売日の本日(1/30)、第2号を入手したのであった。

僕は『用心棒』も『七人の侍』も以前NHKBS2で黒澤明特集が放送されたとき録画したDVDを既に持っている。だから創刊号(『用心棒』)を買うつもりはなかったが、最高傑作の『七人の侍』が出るとなるとスルーするわけにはいかない……。
『七人の侍』はそれだけ素晴らしい映画だ。内容については以前くわしく感想を記事にしている(*)ので割愛するが、理屈抜きにおもしろい。理屈をいえば、巧みで完成度の高い構成に感心してしまう。長い映画(207分)なのだが、それを感じさせない──退屈するところがなく、何度観ても引き込まれてしまう。
これまで観た映画の中からベストワンを選べと言われたら『七人の侍』は真っ先に浮かぶ最有力候補の1つといえる。僕に限らずこの作品に惚れ込んだ人は多いはず。件のNHKBS2黒澤明特集のアンコール視聴者投票でも『七人の侍』はダントツで第1位に選ばれていた。

『七人の侍』には侍をガンマンに置き換えた『荒野の七人』というリメイク洋画があって、これもエンターテイメント作品として充分面白かった。しかし、味わい深さ、緻密さなどで『七人の侍』には及んでいなかった。
ちなみにも『用心棒』の方も、クリント・イーストウッド主演で『荒野の用心棒』という超有名マカロニウエスタンのリメイク作品がある。こちらは『用心棒』より『荒野の用心棒』の方が面白かったし良くできていると思っている。
『荒野の用心棒』もテレビ放送を録画したDVDを持っていたが、《マカロニ・ウエスタン傑作映画DVDコレクション》(*)が創刊された時に、あらためて購入している。

傑作作品は称賛したいし応援したくなる。多くの人が鑑賞する機会が増えて欲しい。そういった意味で《黒澤明DVDコレクション》のリリースは歓迎したい。

隔週刊 黒澤明DVDコレクション 第2号/1657円+税
『七人の侍』1954年/モノクロ/207分
監督:黒澤 明/脚本:黒澤 明・橋本 忍・小国英雄
出演:三船敏郎・志村 喬・津島恵子 他


*映画『七人の侍』の巧みさ

https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-110.html

*G・ジェンマの《空中回転撃ち》@南から来た用心棒
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-553.html


■エッセイ・雑記 ~メニュー~
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-130.html

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』感想


『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』
Third Edition(1993共同テレビ/フジテレビジョン)

脚本・監督:岩井俊二
CAST:山崎裕太・奥菜 恵・反田孝幸 他

岩井俊二作品で『Love Letter』と並んで好印象の作品。『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』はもともとTVドラマ・シリーズの1本として製作されたものだそうだが(1993年8月26日放送)、高く評価され、テレビドラマとしては異例の日本映画監督協会新人賞を受賞している。その後、劇場用に再編集されたものが公開され、さらに未公開シーンを加えたバージョンが作られたというから、それがこの「Third Edition」(本編50分)なのだろう。
当時WOWOWで放送されたものを観て「こんな瑞々しい作品を撮る監督がいるのか」と感心した。この作品は8mmビデオに録画し、何度も観ていた。
しかし【うつろう記憶媒体~失われし記憶ハ痛イ~】で記したように、今では再生できるビデオデッキがなく鑑賞できない状態が続いていた……ということで、DVDを購入。何度も観て内容は頭に入っているのに、やはり魅入ってしまった。
久しぶりに鑑賞してみて、その感想を記してみることにする(ネタバレ有り)。

少年期の雑然とした日常の中を吹き抜けた一筋の風のきらめき──それを瑞々しく描いた作品という印象がある。
この作品の魅力を文章で説明するのは難しい。映像&音楽の表現・演出によるセンスの良さによるところが大きいからだ。
僕が思うに……岩井俊二監督にとってストーリー(あらすじ)は、描きたいものを盛りつける器のようなもので、ストーリーをいくら詳細に説明したところで、この作品の本質(魅力)は伝わらないだろう。
そのことをふまえて上で、いちおう作品の概要を記してみる。

ストーリーの1つの主軸は「打ち上げ花火を横から見るために灯台を目指す少年たち」の話。夏休み中の登校日──花火大会がある日に小学校に登校した少年グループの間で「打ち上げ花火を横から見ると、平たいか・丸いか」を巡って意見が対立。夏休みの宿題を賭けて真相を確かめるために花火を横から見ることができる灯台へ出かけようということになる。

物語を構成するもう1つの軸が、少年達の中で付き合いの深い典道(山崎裕太)と祐介(反田孝幸)──それぞれが想いを寄せていたクラスメイトなずな(奥菜恵)とのドラマだ。なずなは両親の離婚にともない夏休みの間に転校することになり、彼女はこれに反発して「かけおち」を企てる──独りで「家出」をするのは心もとなかったのだろう、そのあたりが子どもらしい。プール掃除当番になったなずなは、典道・祐介のクロール対決で勝った方を「かけおち」相手に選ぼうと思い立つ。

結果は──本命だった典道がターンで失敗し祐介が勝つ。なずなは計画通り祐介を花火大会に誘う。ませた祐介は以前から典道に「なずなに告白したい」と話していたのだが、逆に告白されると戸惑ってしまう。怖気づいた祐介はなずなとの約束をすっぽかして少年仲間たちと「打ち上げ花火を横から見るために灯台を目指す」ことにする。そのため、なずなの「かけおち」計画は失敗に終わり、少年達の目の前で、彼女は泣きながら母親に強引に連れ去られる。

なずなの「かけおち」計画を知った典道はクロール対決で負けた事を悔やみ、「もし、あの時、俺が勝っていたら」と強く思う──そこでストーリーが巻き戻り、物語は「典道が勝った話」にシフトする。
なずなに誘われた典道は、それが「かけおち」と知らずになずなに連れ出される。だが大きなカバンを持参し、あてのない旅を示唆するなずなに典道も不信を抱く。「家出してきたのか?」と問い詰める典道になずなは「家出じゃないわよ! 駆け落ち」。そこで自分が駆け落ち相手に選ばれたことを初めて知らされた典道は「ふたりで……死ぬの?」──「それは心中でしょ」というなずなの受け答えにウケ、切なさとユーモアの絶妙さに感心してしまった。
この作品で心に響くのはセンチメンタルな部分だが、随所にこうしたユーモアが配されていて相乗効果をあげている。

バスで駅まで乗りつけると、電車が来るまでの間になずなは「歳をごまかして働き、典道を養う」と服を着替え化粧をして変身。しかしいざ電車が来ると怖じ気づいて、結局バスで引き返す。なずなの気まぐれで始まった「かけおち」は、なずなの気まぐれで破棄された。2人は夜の学校に忍び込み、プールに入って遊ぶ。このシーンで使われた『Forever Friends』という曲がとても効果的で印象に残る。
「祐介の勝ち話」の最後では「泣きながら母親に強引に連れ去られる」なずなだったが、「典道の勝ち話」では最後に満面の笑みを浮かべる。ただ、典道はなずなが夏休みの間に転校してしまう事を知らない。そんな典道になずなは「つぎ会えるのは2学期だね。楽しみだね」と言って背を向ける──なずなの最後のシーンが心に残る。
当然なずなは、もう典道と会えないだろうことを知った上で言っている。このセリフに岩井俊二氏の感性を感じ感心した。
なずなは、もう会えないと知っていながらどうして、また会える2学期が楽しみだと言ったのだろう──観ていた人は皆そう考えるだろう。
「転校」という現実を受け入れたくない思いがそう言わせたのか。それとも、典道とすごした最後の楽しい時間(気分)・きらめいた時を壊したくなくて、あえて本当の事を隠しウソを言ったのか。あるいは、なずな本人もよくわからずに口をついてでた言葉だったのか──。
シナリオを書く側から考えれば、「もう会えない」ことを、どこでどう告げるか、あるいは告げずに別れるか──そうした選択で最後のセリフを考えがちだと思うが、ここで、あえてこのセリフを持ってきたのはサスガだと感じた。「たしかに、この子(なずな)なら言いそうだ」と納得できる。このセリフによって(視聴者になずなの真意を想像させることで)このシーンは余韻をより深めた。

なずなと別れた典道は花火が終わった会場にでかけ、そこで予定外に打ち上げられる花火で「打ち上げ花火を横から見ると平たいか丸いか」を下から見ることで確かめることになる──その同じ花火を灯台にたどり着いた(その時にはすでに花火が終了していてガッカリしていた)少年グループ達は横から見る──という結末。

列挙はしないが『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は短い作品(Third Editionで50分)ながら、印象に残るシーンが実に多い。
子ども時代の未分化で混沌とした感情──繊細さと大胆さが入り交じったつかみどころのない感覚をうまく捉え表現した作品だと思う。

ふと思い浮かんだのが洋画の『スタンド・バイ・ミー』(1986年アメリカ)。「打ち上げ花火を横から見るために灯台を目指す少年たち」の話が、ちょっと『スタンド・バイ・ミー』の「死体探しに出かける少年たち」に重なった。冒険の規模こそ違うが、『スタンド・バイ・ミー』も少年達のデリケートな心情を描いた作品で、ちょっと共通するところがあるように感じた。

また、子どもなのに「駆け落ち」を企てるあたりは、長崎源之助の児童文学『東京からきた女の子』(1972年/偕成社)を連想した。ストーリーや味わいは全く別物だが、『東京からきた女の子』では、地方の小学校に通う少年(マサル)が、東京から転校してきた女の子(ユカ)にほんろうされ「新婚旅行」につき合わされることになる。ほんの思いつき・成り行きでの遊びだったのだが……マサルとユカは家から140kmも離れた所で迷子になり、大騒動になってしまう。その騒動の中でユカは初めてマサルに内面を吐露するが、騒動後、急に転校していってしまう。

少年期の当事者にしかわからない──彼ら自身にもそれが何だったのかよくわからない──しかし心に残る出来事。そんなことは誰もが体験し、記憶の奥に埋もれているのではないか? 『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は、視聴者のそんな普段忘れていた少年期の感情を呼び起こし、共感・郷愁をさそう作品ではないかという気がする。

●久しぶりに『ジュラシック・パーク』を観て

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●映画『ゼブラーマン』感想
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●映画『七人の侍』の巧みさ
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●映画『生きる』について
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●橋本忍氏の脚本観
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◎作品評・感想など(映画・本)〜目次〜
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■エッセイ・雑記 ~メニュー~
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橋本忍氏の脚本観

橋本忍氏が語った脚本観について
以前【没後10年 黒澤明 特集】としてNHKで『脚本家 橋本忍が語る 黒澤明~「七人の侍」誕生の軌跡~』という番組が放送されたことがあり、それを見ての感想覚書。

橋本忍は言わずと知れた脚本家。黒澤明監督との共同脚本も8本あり、そのひとつ──映画『七人の侍』がどのような経緯で制作されたかについて、脚本家の立場で語った番組だった。

ちなみに『七人の侍』は僕がもっとも好きな映画のひとつであり、完成度も非常に高い作品だ。作品誕生の経緯や、黒澤方式(?)の共同脚本がどのようなものだったのかも興味深かったが、この日記ではその主題については触れない(長くなるので)。メインの話も大変面白かったのだが、それとは別に、橋本忍氏がちょろっと語った自身の脚本について考え方がとても印象深かったので、今回はその部分と、それについて思うところを記しておきたい。

問題の発言は番組の最後──聴講していた(映画を勉強している)若者たちとの質疑応答の中で出てきた。橋本忍氏が「努力目標を持つ事が大事」とアドバイスしたとき、「橋本さんの努力目標は?」と問われて答えたのが次の言葉だった。

「シナリオは下手に楽に書け
 自分のシナリオが下手な事に気をつかうことは無い」

そう心がける事が努力目標だというのである。

「シナリオを書こうとして書けない人、書き出して途中で止まって止める人。これは上手く書こうとするからだ」
──と橋本氏は話す。
人は小さい頃から教育を受け、様々な事を学び、「批判力」は身につけてきているが、「創造力」に関しては学んでいないのが普通だ──だから同じ人の持っている「批判力」(大)と「創造力」(小)には相当な格差がある。それゆえ自分が創造している作品を自分の批判力をもって測ると批判力の方が勝り、立ち行かなくなってしまう(書けなくなる)。
だから最初から上手く書こうとは思わず、下手に書くつもりでないと作品はできない──というのだ。
「極端に言うと、シナリオは批判力をゼロにしたとき初めて生まれる」とも語った。
一度「批判力」を外してシナリオを書き、できあがったところで初めて批判力を使って一つ一つ直して行けば良い。最初から完全なモノを書こうとしないことだ。
──そんな内容の話をし、会場の若者たちは大いにうなずいたりメモをとったりしていた。

この指摘は脚本にかぎらず、創作を志したことがある人なら響くところがあったろう。

映画を観たり小説を読んで、どこが良いとかどこがダメとか批評したり分析することはたやすい。人はそれで創作作品を判ったようなつもりになりがちだが、しかし実際に作品を書いてみると、これがなかなか思うように行かないものだ。創作活動をしたことがある人なら誰もが経験する事だろう。
なまじ批判力があるために描き始めてメゲることはよくある。それを橋本氏は「なるほど」と思える理屈で説明している。「目から鱗が落ちた」と感じた人も多かったのではないだろうか。
「うまいコトを言うなぁ」と僕も感心しながら聞いていたのだが、個人的には、ちよっぴり「書き上げるための欺瞞」という感じがしないでもなかった。
(若者たちに「とにかく辛くても書きあげることが大切だ」とエールを贈る意味合いもあったのかもしれないが)

創作というのは、思い描いていたイメージを具現化し定着させることだ。明確に思い描いていたつもりでも具体的化していく作業の途上で、それまで気づかなかった不備や解決せねば成らない問題が発覚するものである。書いてみてはじめて気づく(意識化される)ことは多い。
最初に思い描いていたイメージと、書いた原稿を読み返して浮かぶイメージとではギャップがあるのが普通だ(特に創作を始めて間もない頃は)。頭の中に思い描いていたイメージと原稿となったもののイメージの格差は何によるものなのか──その原因を探り当て、どう対処すれば当初のイメージに近づけることができるかを考えて修正をはかる。場合によっては当初のイメージ自体にも修正を加えながら、改善後の原稿を書いて再び読み直し、さらに修正を加える──こうしたフィードバックのプロセスをくり返す事で、イメージはより密度を増し、作品はあるべき形に近づいていくわけだ。

そういった意味で創作(脚本や小説など)は、「書かないことにはハナシにならない」ということはハッキリしている。
創作もスポーツも科学も……フィードバックのプロセスなしに真理に近づくことはできない。

さらに言うと……(創作作品を)書いたことがない人の批評・評論はしょせん机上の空論──泳いだ事が無い人が水泳競技を見て技術分析をしているようなものだ。書かずに理屈をこねたところで実践(実証)がともなわなければ、創作を理解した事にならない。
評論という分野は創作とはまた別次元のジャンルで、創作の一面を捉えているだけにすぎない。
例えてみれば、出された料理を食べて「うまい」「まずい」というのが評論であり、創作は「調理」にあたる。うまいかまずいか言い当てる能力は調理の技術とは別のものだ。

映画や小説をたくさん観たり読んだりしていることで独自の作品論を構築し創作作品を理解した気になっている「映画通」「小説通」は少なからずいるようだが、実戦経験がなければ、それは「水泳中継を見ただけで、トップイスマーになった気でいる」のと同じかもしれない。

さて、「書かないことにはハナシにならない」ということは明白だ。
書かずに批評ばかりする者より、失敗作であっても書いた人の方が先に進んでいる
──ということも言えるだろう。

ただ「書いてさえいれば、それで良いのか」──「描き続けていれさえすれば前進し続けていると言えるのか」というと、それはまたちょっと違うという気がする。

とにかく「たくさん読み」「たくさん書く」ことが大事だと言う人は多い。意味する所は判らないでも無いが、僕は「量」より「質」が大事なのだと思う。

国語が苦手で大嫌いだった僕は書くのが遅い。しかしながら、とりあえず練習のつもりで「とにかく書く」ことを心がけてみた時期がある。平均したところ1日あたり19枚(400字詰め原稿用紙)書いていた時期もあった。
けれど、ふり返ってみるとその時期に得たものはほとんど無い。「無理矢理書けば書けるものだな……」というのがわかった程度で、無駄な事を続けていた印象が強い。
書いていると、すんなり筆が進むときと、ぱたっと止まってしまうこと、スピードが極端に落ち書き進めるのがしんどい事など、あるものである。
そんなとき「批判力」を捨てて書き進めて良いものか……と僕は思う。
書くのに抵抗が生じたときは、きっと何か理由があってのことである。そんなときはむしろ立ち止まってその理由──「作品を書きすすめる上で障害となっている問題点」を探りあて、解決法を探ることに時間を費やすべきだ──というのが僕の考え方だ。

着手した作品が思いのほか進まないのは、科学で言えば「理論(仮説)ではうまくいくはずなのに実験をしてみたら思うような結果が得られない」という状態に似ている気がする。むりやりでも進めたいところを立ち止まって検証することが遠回りのようでも真の解答(解決)へ近づく道ではないかと思うのだ。

「何か違うな……」という迷いを無視して(「批判力」を捨てて)強引に進めた作品は書き上げても結局モノにならない──と僕は考えている。
修正によって改善し得る範囲にも限界はある。とにかく書き上げれさえすれば、あとは修正でいくらでも完成度を上げられる──というものでもない。疑問を感じながら強引に書き上げた作品には本質的な不備が潜んでいる可能性が高い。

つまずいた時、書き進むのが困難になったときにこそ、「批判力を駆使して」それまで自覚できずにいた問題を意識化し解決につとめることが大事ではないのか──僕はそう考えている。

橋本忍が語った【「批判力」と「創造力」の格差】は創作を始めた時には確かにあると思う。その未分化の「創造力」を鍛え、活性化するために「批判力」は使われるべきだろう。


●映画『七人の侍』の巧みさ
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●映画『生きる』について
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映画『生きる』について

黒澤明監督映画『生きる』(1952年東宝)について
※ネタバレあり

変化の無い日々をただ生きているというだけの役人が、自分が余命わずかな末期ガンであることを知って、急に生きる意味や目的を見いだそうと悶え奮闘する──という話。

「<死>に直面して初めて<生>を意識する」──こういうシチュエーションがまず作者の頭の中にあって、その大前提の中で構想が練られていったのだろう。
しかしながら『生きる』には、この基本設定の処理に重大な不備がある──僕にはそう思え、この作品をあまり高く評価できずにいる。

「主人公は余生わずかな末期癌」──その設定は、まあいい。問題なのは主人公がどのようにその「事実」を知ったかだ。
映画の中で志村喬演じる市役所・生活課の渡辺課長が「自分は余命半年の胃癌である」と知るのは、病院待合室でのたあいもない患者間の会話から──それだけである。
話し好きのオヤジから「こういう症状が出て、医者にこう言われたら、手の付けられない胃ガンだ」という話をきかされ、それが自分の症状と一致していたことから、余命少ない「事実」を知る──という形だ。

しかし病院の待合室で交わされるそのテの会話にはヨタ話も多い。責任や専門知識のある医師の説明・診断(胃潰瘍)を否定し、無責任なオヤジのヨタ話(胃癌)をすんなり信じて、主人公がこの重大なシチュエーションを「事実」と認めてしまうというのは、いささか無理がある(根拠が薄い)。
待合室での会話は「末期ガンを疑う」きっかけにはなっても、それを確定する材料にはなり得ない。むしろ「癌であって欲しくない」という気持ちが働き、癌を否定する材料・可能性を探ろうとするのが患者の自然な心理ではないだろうか。
そんな大事な事を確かめることなく鵜呑みにし「思い込み」だけで主人公が人生を投げ打つ行為に出るという展開はなんとも説得力に欠く。

本来なら渡辺課長は「疑い」が芽生えた時点で、自分の病気が本当に胃癌なのか、本当に手の施しようが無い状態なのか、他の医者の見立てはどうなのか、末期癌だとしたら果たして余命はどのくらいなのか、病状の進行はどういう経緯をたどるのか、進行をいくらかでも遅らすことは出来ないものか──それらについて確かめようとするはずである(脚本の必然性としては「確かめなければならない」)。

にもかかわらず、このシチュエーションを成立させるために必要な手続き──主人公が「確かめる」プロセスを飛ばして「思い込み」のみで物語は展開して行く。
その点が腑に落ちなかったので、僕は「渡辺課長の<胃癌>は、実は思い込みだった」というトリックがしかけられているのではないか?──そんな可能性を想像した。

ふり返ってみると、映画冒頭では、胃のレントゲン写真が画面に大写しになりナレーションで説明があった。
「これは、この物語の主人公の胃袋である。
 噴門部には胃癌の徴候がみえるが、本人はまだそれを知らない。」
(渡辺課長が胃癌だとは言っていない)
そして画面が変わって志村喬演じる渡辺課長が映る──それで、てっきり胃癌のレントゲン写真は渡辺課長のものかと思わされてしまっていたが、実はそれはミスリード(誘導)で、実は別人のものだった──そんな展開の可能性も考えられる。

後にもう一度映画を観なおしてみたら、渡辺課長のシーンで、
「これがこの物語の主人公である。」
とナレーションが入っていた。しかし「胃癌のレントゲン写真=渡辺課長のもの」とハッキリ言ってはいない。疑ってかかれば「そしてこれが、この物語の、もうひとりの主人公である」なんて後になって別の人物が出てこないとも限らない(小説の場合、一人称で書かれたものは主人公が一人だが、映画の場合視点は移動するので主人公が一人と決められないものも多い)。

さて映画の展開だが、担当医に「胃潰瘍」と告げられた渡辺課長が帰ったあと、医師らがタバコをふかしながら胃のレントゲン写真を眺め、余命半年だと話すシーンがある。
渡辺課長が帰った後のシーンだから観客には医師が見ていたレントゲン写真が渡辺課長のものであるかのように見えるが、実はそのシーンで医師が見ていたレントゲン写真は別の患者のものだった──という可能性だって無いではない。
そこで思い当たったのが、渡辺課長と同じ頃に診察を受けていた「待合室のおしやべりオヤジ」だった。胃癌のレントゲン写真が彼のものだったとしたら?
おしゃべりオヤジは渡辺課長に話しかけてきたとき「胃ですか? 私も胃が悪くてね」と口火をきっている。おしゃべりオヤジも胃を患っていると伏線を張っているのだから、レントゲンの主がおしゃべりオヤジであってもいいはずだ。

癌だと思い込んでいた人(渡辺課長)が、実は医師の言った通りただの胃潰瘍に過ぎず、他人に対して癌の心配・おせっかい・哀れみをかけていた人(おしゃべりオヤジ)が実は自覚症状のない癌だった──という皮肉で意外性のある構図だったとしたら……これは作品としては面白いし、あってもおかしくない展開だ。
そういう計算で書かれていたのであれば「腑に落ちなかった不備」の説明もつく──そう予想しながら展開を見守っていたのだが……。

しかし、渡辺課長はあっさり死んでしまい、胃癌であった事が判明する。

と、なると──展開の中で感じていた不備の説明がつかなくなる。
渡辺課長は、待合室のおしゃべりオヤジの講釈だけで(病名・病状・余命に関して何も確かめる事もせず)残り少ない命であると「思い込んでいた」ことになり、これは(トリックのためのしかけではいのだから)、単なる不備だったという事になる。
これは作品にとって重要な部分であるだけに看過できないキズだと僕には感じられた。

脚本家は「それが事実」という頭で書いているからその前提でさっさと先に進めてしまったのかもしれないが、主人公の立場からすれば「胃癌」は「疑い」の段階にすぎない。それをろくに確かめようとせずに受け入れてしまうのは「作者のご都合主義」的ミスだろう。このあたりのツメの甘さがもったいない。

主人公が生死に関わる重大な点について「きちんと確認しない」のは無頓着だし、その割には「死が近いと知った(思い込んだ)ことでのあわてっぷり」が大げさ過ぎてわざとらしい(※志村喬の演技がわざとらしいのではなく、脚本上の行動がわざとらしい。志村喬の演技はむしろ脚本のわざとらしさを帳消しにするくらいの迫力があった)。

余談だが僕の同人誌時代の仲間にもガンで余命3ヶ月~1年と宣告された男がいた。
まだ若いし妻も子もいたのに……宣告通り逝ってしまった。
彼はその宣告を受けてから亡くなるまでの事をブログに書き残している。淡々とした内容だが、僕は『生きる』よりも彼のブログの方に強く感ずるものがあった。

彼のブログを読んでいたので、『生きる』の渡辺課長の行動は、(良くない意味での)作り物──という印象がぬぐえなかった。
「余命短い事」が主人公にとって(作品にとって)重大ならば、ここはきちんと「確かめる」プロセスを押さえておくべきだったと思う。


また、それとは別にこの作品で気になったのは前半と後半(渡辺課長が死んだ後)で、作品の軸がいくらかブレたかのような印象を受けることだ。
前半では渡辺課長の「<死>を前に、必死に<生きる>意味を模索とする」──個人レベルの死生観がテーマになっているが、後半、渡辺課長が死んだ後は、ちょっと社会派的次元のテーマと渡辺課長がどんな気持ちで公園実現に執着したかの謎解き的なテーマへと興味の軸がスライドしてしまった感がある。
この設定で描くことができる、これはこれで興味深いテーマだったので盛り込んだのだろうが、作品の流れからいうと、ちょっと統一感を欠き、こなれていない印象がある。
それまで登場した人物・展開されたエピソード等を見直し、再利用してテーマの統合をはかるまとめ方ができれば、全体の印象はもっと統一感のあるものになったのではないか。そんな気がしないでもない。

前半(渡辺課長が生きているパート)で出てきた部下の女性(退屈な職場に耐えきれず退職してオモチャ工場に転職する)は、かなり重要な役所だったのに、後半(渡辺課長が死んだ後のパート)はでてこない。
中盤で彼女は新しい職場で作っているウサギのオモチャを渡辺課長に見せ、こんなものでも作っていると楽しいと話す。そのとき彼女の口から出た「課長さんも何か作ってみたら?」という一言が、渡辺課長に<生きる意味>を見いだすきっかけを与える。
そうした重要な役所(彼女)だったのに、後半(渡辺課長が死んだ後)でてこないのは、ちょっと物足りなさを感じた。もう少し彼女を後半の展開にからませることはできなかったものか? 起用のしたかによっては前半と後半で分離した印象の緩和する役割を持たせる事ができたかもしれない。

例えば、渡辺課長が執念で完成させた公園(<生きる意味>)で、数年後あそんでいる子供たちの中に見覚えのあるウサギのオモチャを持っている子がいて、その母親が映ると、渡辺課長に<生きる意味>を示唆した彼女だったとか……そんなシーンがあっても印象がしまって余韻が残せたのではないかと思う。


批判的な事ばかり挙げるのも心苦しいので、この作品で「うまい」と感じた点についても最後に少し触れておく。

前半部での、元・部下の女性の使い方はうまかった。
先の短い生気のない渡辺課長と若くて生気にあふれた元・部下の女性の対比が、描くべき心情をうまく演出している。
小説家に連れて行かれた歓楽街のシーンでも、華やかな喧騒の中に渡辺課長を置くことで絶望的な孤独や空しさをかえって際立たせることに成功していたと思う。
そしてこの歓楽街に繰り出した時に新調した派手な帽子が小道具として所々で上手く使われていた。

渡辺課長の息子夫婦や職場の同僚達の「誤解」の作り方が上手いく、渡辺課長の孤独をさらに際立たせるアクシデントの作り方はさすがだと思った。
その「誤解」(元・部下の女性を渡辺課長の愛人だと邪推し、胃癌発覚後の自暴自棄行為の原因はこの愛人にあると思い込む)を自然に手際良く示す小道具として、新しい帽子がうまく利用されているのには感心した。

志村喬の迫真の演技と、画づくりというのだろうか──人の配置や構図・アングルなど、映像は素晴らしかったと思う。


『生きる』は黒澤映画の中でも評価が高いようで、この作品を好きだという人も多い。
描かれたテーマ・シチュエーションに強く心を動かされた人は多いに違いない──それは判るし、そうした感動で作品を評価したり、好き嫌いで映画を鑑賞する事は間違った事ではないと思う。
ただ作品のつくり=完成度から見た場合、同じ監督の『七人の侍』には及ばない──というのが僕の評価である。