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アメンボを嗅いでみた:飴の匂いは本当なのか?

アメンボの語源は《雨ん坊》ではなく《飴棒》!?
前回の【アメンボの語源・由来に疑問】では、アメンボの語源を《飴》由来だとする説への疑問を記した。僕は子どもの頃からアメンボは《雨ん坊》からきた名前だとばかり思い込んでいたのだが、意外なことに語源は《雨》ではなく《飴》由来だとされている。ネット上には「アメンボ(が放つ臭腺分泌物)のニオイが飴に似ていることでこの名がついた」という内容の記事があふれており、書籍にもそうした指摘があることを確認できる。
01アメンボ起源本
しかし僕にはどうも《飴》由来説が納得できずにいる……その理由を【アメンボの語源・由来に疑問】で記したわけだが、その時点で僕はまだ問題のアメンボのニオイを嗅いだことが無かった。「《飴のようなニオイ》などしようがしまいが、それが語源だとは考えにくい」と判断したからだ。その考えに変わりはないが、いちおう多くの人が《飴》由来説の根拠(?)にあげている「飴のようなニオイ」とされるものが、いかなるものか──実際にアメンボを嗅いで確かめてみることにした。今回は、その報告を兼ねた続編記事ということになる。

まず、世間にあふれている、アメンボの「アメ」は「飴」のことだという語源・由来説について、あらためてどんなものか……目についた情報をいくつか挙げてみると──、


【アメンボの語源・由来】アメンボの「アメ」は「雨」ではなく「飴」の意味で、「ボ」は「坊」の意味、「ん」は助詞の「の」が転じたもので、「飴の坊(飴ん坊)」が語源となる。アメンボは、体の中央にある臭腺から飴のような甘い臭気を発するため、この名がつけられた。漢字でも「水黽」「水馬」のほか、「飴坊」と書かれることもある。「雨ん坊」や「雨坊」を語源とする説は、雨が降った水溜りでよく見かけるためと考えられるが、この説は民間語源である。江戸時代の江戸では「跳馬(チョウマ)」と呼び、畿内では「水澄(ミズスマシ)」と呼んでいた。(語源由来辞典)

僕が思い込んでいた《雨ん坊》由来だとする解釈は民間語源──科学的根拠のない、誤った語源解釈ということになっている。

「アメンボ」の名称は、体が飴(あめ)のような臭(にお)いがすることに由来する。(日本大百科全書<ニッポニカ>)

水あめのようなにおいがあるのでこの名がある。(百科事典マイペディア)


ヤマケイポケットガイド⑱水辺の昆虫(今森光彦/山と溪谷社/2000年)の【アメンボ】の項目には──、

アメンボの出すにおいは飴のように甘く、体つきは棒のようということから、飴棒(あめんぼ)とよばれる。(『水辺の昆虫』P.168)

──と記されている。2004年に出版された子ども向けの絵本ならぬ写真本『ドキドキいっぱい!虫のくらし写真館⑭アメンボ』(監修:高家博成<東京都多摩動物公園昆虫園>/写真:海野和男/文:大木邦彦/ポプラ社)は上の画像で紹介した通り──ヤマケイの『水辺の昆虫』を踏襲したのか、次のようなコラムがある。

アメンボは、ぼうのようなからだつきで、あめのようなにおいがするために、「あめんぼ」(あめのぼうといういみ)とよばれるのだといわれています。このにおいは、後ろあしのつけねのすこし上にあるあなからだされます。においはアメンボのしゅるいごとにちがっていて、てきからみをまもるためや、なかまをあつめるためにつかわれると、いわれています。(P.13)

アメンボを「飴(の)棒」とする文章の終わりは「──とよばれるのだといわれています」と、真偽の断定をさけた表現になっている。このコラムには《アメンボはあめのにおいがする?》と疑問符つきのリードがつけられていた。著者は名前の由来となった「飴のようなにおい」を実際に確かめることができなかったために、こんな回りくどい書き方になったのではないだろうか?

僕が目にしたアメンボの語源・由来に関する記事はどれも似たようなもので、「アメンボは飴のようなニオイがする」「そういわれている」というだけで、どうしてそれが「アメンボ」の語源・由来になるのか、納得できる説明・根拠をまだ見つけられずにいる。
アメンボが飴のようなニオイを発するとしても、また体が棒状であるからといって、それをもって《飴棒》が語源だと断定することはできない。雨上がりの水たまりにこの虫を見たことがある人や、僕のように水面に広がる波紋から雨とアメンボを関連づけて認識している人は多いはずで、そこから《雨ん坊》と呼ばれるようになった可能性は高い。一方、アメンボのニオイを嗅いだことがある人などごくわずかだろう。「ニオイが飴に似ている」という特徴から名付けられたというのはかなり無理を感じる。特徴から名前をつけるのであれば、水面という特殊な環境に暮らしているという誰もが知っているユニークな生態が優先されるのが当然で、これをさしおいてマイナーなニオイが命名に採用されたとは考えにくい。
やはりアメンボは「雨との関連」から《雨ん坊》と呼ばれるようになり、それが転じて《アメンボ》になったと考えるのが自然な解釈だろう。臭腺のニオイを飴に例えて《飴棒》とするのは、「アメンボ」の名にかけて後から考えた辻褄合わせ・語呂合わせ的な解釈だとみるのが妥当な気がする。

それとも、僕が知らない《飴》由来の確かな証拠がどこかにあるのだろうか? もし納得しうる根拠があるのであれば、《飴》由来説が拡散するときに(信頼性を担保するために)示されていてもよさそうなものだが……。
ネット上には「《飴》由来説記事」が氾濫しているが、読んでみると根拠が不明確で、「──といわれている」というような伝聞次元の説明に終始しているものが多い。《飴》由来説の核心となるアメンボのニオイを実際に確かめたことがない人がこうした情報を拡散している印象が強い。


アメンボを嗅いでみた:《飴のニオイ》は本当なのか?
──ということで、先日アメンボを捕まえて実際にニオイを嗅いでみた報告である。僕はこれまで、キバラヘリカメムシの青リンゴ臭オオトビサシガメのバナナ臭は確認したことがあるが、はたしてアメンボのニオイやいかに!?

川縁の流れがゆるやかな水面にアメンボの集団をみつけ、捕虫網で捕獲した5匹のニオイを確認してみた。
1匹目を嗅いだときは「よくわからないな……」といった印象。ニオイが全くしないわけではなく、あるといえばあるのだが……これが川のニオイなのか虫のニオイなのか判別しかねる程度のものだった。捕えたアメンボはビニール袋に入れて洗濯バサミで入口を塞いだ(密閉状態にしておいて、あとで嗅ぐため)。そして、2匹目め3匹目めと捕えてニオイを嗅いでいるうちに「臭腺のニオイというのはこれかな」と感じるものがわかってきた。確認した追加個体は同じビニール袋に入れて密閉状態にする。
網で捕獲したアメンボは、そのつど素手でつまんてニオイを嗅いだ。ネット上にはアメンボを素手で扱うと刺すことがあるという情報もあったが、今回刺されることは無かった。5匹を捕獲しそのつどニオイを確認してビニール袋に入れた後、つまんだ指先を嗅いでみると、「臭腺のニオイというのはこれかな」と感じたニオイが残っている。これを「飴のニオイ」と言うには、かなり無理があると言うのが率直な感想だ。といっても、アメンボがそう呼ばれるようになった頃の飴のニオイがどんなものかわからないので、正確には比較のしようがない。
このニオイが何に似ているかと言えば……最初に頭に浮かんだのがペットショップだった。エキゾチックアニマルを扱うペットショップに漂っていた匂いに似ている。具体的な物でいうと、(かつて飼っていたグリーイグアナに与えていた)「九官鳥用の固形飼料をお湯でふやかしたもの」に似たニオイだと感じた。もちろん、いずれも「飴」を連想させるものではない。
アメンボをつまんだ指に残されたニオイを嗅いだ後、5匹のアメンボを入れて密閉状態にしていたビニール袋の口をあけて中のニオイを嗅いでみた。やはり「九官鳥用の固形飼料をお湯でふやかしたもの」に似たニオイをわずかに感じたが、これまで嗅いだ、カメムシやオサムシ・ゴミムシのニオイに比べれば弱くてたよりない……この虫(アメンボ)の特徴として命名化するようなものとは思えなかった。「飴のようなニオイがするらしい」というハナシは何だったのか?……と首を傾げながら実験に協力した(させた)5匹のアメンボを川にかえした。

今回、5匹のアメンボでニオイをチェックしてみたが、いずれも「飴のようなニオイ」は感じられなかった。あるいはこれは時期的なものや個体のコンディションなどが関係してのことなのだろうか? 状況によっては「飴のようなニオイ」と感じることもあるのだろうか? いずれにしても「飴に似たニオイはいつでも確かめられるものではない」ということはわかった。そんな頼りない特徴が名前になったりするものだろうか?
アメンボの《飴》由来説に対する懐疑的な心証は深まった。


アメンボ《飴棒》語源説に関する2つの疑問
今回僕は【アメンボの語源・由来】に関して2つの疑問を感じている。1つは「《飴》由来説というのは本当なのだろうか?」という疑問であり、これまで述べた通りだ。2つめは「根拠が不明の《飴》由来説に対して、どうして皆は疑問を抱かないのだろう?」ということだ。検索すると《飴》由来説を踏襲した記事はわんさかヒットするのに、疑問を呈する記事や《雨》由来説はなかなか見つからない……。

しかし、よく考えてみると……僕が違和感を覚えた「アメンボの《アメ》は《雨》ではなく《飴》起源」という情報──これには、実はやはり多くの人が「え!?」と、にわかに納得できないものを感じていたのではなかろうか? ただ、その「意外性」ゆえにネタ(記事)にされ発信(投稿)されやすかった……。
つまり、「アメンボの語源が《雨ん坊》である」という記事を投稿したところで、「ふ〜ん、そうだろうね」「そうだと思った」という薄いリアクションしか期待できないが……「アメンボの語源は《雨》ではなく《飴》だった」と発信すれば、注目が集まりやすい。違和感≒意外性があったからこそ、(真偽はさておいて?)注目されやすいという判断で、《飴》由来説が投稿・拡散されやすかったのかもしれない。

ネット上の《飴》由来説を眺めると、「飴のニオイ」を実際に確かめた人は少なく、大半が孫引き情報ではないかという印象を受ける。実際にニオイを嗅いだ人は「ちょっと違うんじゃないか……」と疑問に感じ、《飴》由来説の拡散に参加しなかったのかもしれない。そうしたこともあって、問題のニオイを確かめようとしなかった人の孫引き情報の割合ばかりが増えていったのではないか?……そんな気もしないではない。

ネット上でひろった情報の信憑性を確かめるために、他にも同様の記事があるか検索することはよくある。多くの人が同じようなことを言っていれば、その意見の信頼性は高いと判断できる……そう思いがちだが、「え〜!?」と驚くような胡散臭い情報ほど(内容の真偽を置き去りにして?)その意外性から拡散しやすいという現象もありがちなのかもしれない……。食いつきの良い情報は真偽をおきざりにして拡散していく──そういった可能性もふまえて情報を評価しなければいけないとあらためて感じる。

アメンボの由来は《雨ん坊》が起源と考えるのが自然で、《飴棒》説は臭腺の知識を持つ人がアメンボの「アメ」にかけて「飴のようなニオイ」に例えることで符合させた語呂合わせの「なんちゃってウンチク話」なのではないか……今のところ僕は、そんなふうに想像している。


アメンボの語源・由来に疑問


真・青リンゴの香り/キバラヘリカメムシ
オオトビサシガメのバナナ臭
キマダラカメムシの臭腺開口部 ※悪臭を放つカメムシの1つ
メダカチビカワゴミムシの最後っ屁ほか
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アメンボの語源・由来に疑問

アメンボは雨ん坊!?飴ん坊?飴棒!?
アメンボはよく知られた昆虫のひとつだろう。とはいっても、特に人気があるとも思えず……生態について詳しく知っている人はむしろ少ない気もするけれど……とりあえず知名度に関してはかなり高いのではなかろうか?
「アメンボ」という名前は「雨ン坊」からきているのだろう──僕は子どもの頃からずっと、そう思い込んできた。プールや池などの水面に波紋がまばらに広がるのを見て雨が降ってきたことを知ったり、水面に波紋が広がるのを見て「雨かな?」と思ったらアメンボだった──ということがあったので、水面に波紋を広げる「雨」と「アメンボ」が僕の中では結びついていた。なので自然に「雨ン坊」なのだろうと解釈し、疑うことなくそう信じ続けていたのだ。

しかし、後に知ったところによると、【アメンボ】の語源・由来は「雨」ではなく「飴」だという。カメムシ目に属すアメンボにも臭腺があって、発せられるニオイが飴に似ていることから「飴ん坊(飴の坊)」➡「アメンボ」、もしくは体が細長いことから「飴棒」➡「アメンボ」と呼ばれるようになったらしい?
Wikipedia によると【アメンボ】の語源については《本来の意味は「飴棒」で、「飴」は、臭腺から発する飴のような臭い、「棒」は体が細長いことから。「雨」と関連付けるのは民間語源である。》と記されている。

僕が信じていた「雨ン坊」語源説(?)は民間語源(語源俗解)だというのが、通説らしい。ただ、僕にはアメンボの語源が「雨」ではなく「飴」由来だというのが、どうもフに落ちない……。
アメンボはいつからそう呼ばれていたのか知らないが……語源が「飴」由来だとすれば、最初にそう呼んだ人は、アメンボの臭腺のニオイについて知っていたことになる。
アメンボの姿は多くの人が目にして知っているだろう。しかしそのニオイを確かめた人となると、はたしてどれだけいたものか? 「飴に似たニオイがする」と知らなければ、「飴」由来の呼び名をつけることもできない。
仮に、この虫の臭腺のニオイについて知っていた人が命名したとしよう。むかし昆虫学者のような人がいて、ニオイの特徴から「この虫を【飴棒】(もしくは【飴ン坊】)と命名する」と宣言していたなら──そうした文献が残っているのなら、語源が「飴」由来だと言えるのかもしれない。しかし、それほど昆虫に詳しい人が命名するなら……はたして、この虫に「飴のようなニオイ」にちなんだ名前をつけようと考えるだろうか? アメンボの特徴は、なんといっても水面で生活していることだろう。アメンボは水面に落ちた獲物が広げる波紋によってその位置を知るらしい。広げた脚がアンテナの役割りを果たし伝わってくる波形から震動源を見極めるという。水面という特殊な環境をうまく利用した昆虫といえる──この虫の特徴から名前をつけるとしたら「飴に似たニオイ」よりも「水面」もしくは「水」にちなんだものにするのが自然ではないだろうか。アメンボは漢字で「水黽」(「黽(ボウとも読む)」には「かえる・あおがえる」の意味もある)や「水馬」と記されることもあるというが、これなら納得できなくはない。

誰もが見たことのある、水面に浮かぶ姿がお馴染みのこの昆虫に、ほとんどの人が知らない「飴に似たニオイがする」というマイナーな特徴で名前をつけるたりするものだろうか?……そんな疑問が僕にはある。
アメンボをとって食う風習でもあれば「飴のようなニオイ」に気づく人も多かったろうから「飴」由来で名付けられた可能性もあるかもしれないが……ヒトの生活と利害的な接点が薄いアメンボのニオイなど多くの人は関心が無かったろう。どんなニオイがするかなど知らずにアメンボを見ていた人の方が圧倒的大多数だったはずだ。そうした人たちの中から呼び名が生まれたと考えるのが自然であり、その場合はもちろん「飴」由来ではないことになる。
僕が子どもの頃に感じたように、《水面に広がる波紋が雨のようだ》という連想から「雨ン坊」と呼ばれるようになった──と考える方が自然な気がする。水面にアメンボが広げる波紋を見て「雨かな?」と思ったことがある人は決して少なくないはずだ。少なくともアメンボのニオイを嗅いだことがある人よりは、はるかに多いに違いない。

それではなぜ、「飴」由来が正しいとされているのだろう?
僕は根拠となる元ネタ情報を知らないので、想像だが……アメンボのことを記した古い文献に【飴棒】もしくは【飴ン坊】という表記があったからではないか? アメンボについての最古の記述が【飴棒】もしくは【飴ン坊】となっていたなら、(臭腺のニオイと結びつけて)名前の由来が「飴」にあるという解釈がでてくるのもうなずける。
しかし前に記したよう「飴」由来の名前がつけられたとは考えにくい……。もし、古い文献に【飴棒】もしくは【飴ン坊】の表記があったとしたら……それは単に《当て字》だったのではないだろうか? 多くの人が目にするこの虫には「アメンボ」という呼び名がすでにあって、これを記録するさいに「雨ン坊」と記せば、「雨」は「あめ」だけでなく、「あま」や「ウ」とも読めてしまうから──誤読を防ぐために「あめ」としか読めない「飴」を当てたのではないか?(※追記訂正:「飴」にも音読みの「イ」「シ」があるので、不自然な気はするが誤読の可能性はある)
あるいは学者(?)がこの虫について聞き取り取材をしているさいに「この虫を何て呼んでいるの?」「アメンボ──飴玉の《飴》に用心棒の《ボ》」みたいなかたちで「音」の説明があって、そのまま記録されたとか……そんな可能性だってあるかもしれない?

僕にはそんな理由で「飴」ではなく「雨」由来なのではないかという思いが捨てきれないのだが……アメンボの語源を検索してみると、ネット上には「飴」由来だとする情報がたくさんヒットする。しかし、その多くは自分でそのニオイを確かめたことがない人のもののようで、おそらく同じ情報源からの孫引き情報ではないかという気がする。ちなみに僕もニオイを確かめるためにカメムシを嗅いだことは何度かあるが(*)アメンボのニオイを嗅いだことはまだ無い。一般的にはもちろん、あるていど昆虫に興味を持っている人たちの中でもアメンボのニオイを確かめた人は、そう多くないのではないだろうか? そんな薄い情報が語源になり得るのだろうか……?

童謡『黄金虫(こがねむし)』に歌われているコガネムシはチャバネゴキブリであるという説があって、これが色々なメディアでも取り上げられて拡散したことがあったが、僕はゴキブリ説には懐疑的でヤマトタマムシ説を支持している(*)。
カマキリの雪予想(カマキリは積雪量を予知して雪に埋まらない高さに卵を産む)という俗説が科学的に証明されたかのような誤った情報が拡散して、それが広く信じられてしまったということもあった。

01ゴキブリ説3本再
02カマキリの雪予想

「アメンボ」の由来が「雨」ではなく「飴」だという話も、どうなのかなぁ……と納得しきれずにいる。どこかにあった【説】が孫引きで拡散して「それが正しい」という共通認識が生まれてしまったという可能性はないのだろうか?
とはいっても、僕も「飴」由来説を完全否定するつもりは無いし、できるとも思っていない。ただ「雨」由来の方が、なじむ気がする……今のところ個人的には、そう考えているというだけのことだ。
そもそも語源というのは、どれが正しいと言い切れないものが多いのかもしれないが……それでも、つい、あれこれ想像をめぐらせてしまうのである。

【追記】mixiの方に投稿した同記事に虫屋さんから、《雨上がりの水たまりに浮かぶ姿から➡雨ん坊》ではないかというコメントをいただいた。そうかもしれない。その方が「飴」由来説よりも、はるかに自然だし納得しやすい。

アメンボを嗅いでみた:飴の匂いは本当なのか?

【ヒバカリ】名前の由来考
昔流行った「ピーマン」語源/震源地は僕ら?


否!青リンゴの香り/オオクモヘリカメムシ
青リンゴ亀虫!?を再び嗅いでみた ※オオクモヘリカメムシ
真・青リンゴの香り/キバラヘリカメムシ
香りはどこから?青リンゴ亀虫 ※キバラヘリカメムシ
オオトビサシガメのバナナ臭
キマダラカメムシの臭腺開口部
黄金色のコガネムシ ※童謡『黄金虫』のゴキブリ説とタマムシ説
カマキリの卵のうと積雪の関係
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【ヒバカリ】名前の由来考


日本にはヒバカリというヘビがいる。「咬まれるとその日ばかりしか命が持たない(毒蛇)」という迷信が名前の由来とされる。しかし実際には無毒のおとなしいヘビで人を咬むことはめったにない。

僕は子どもの頃からヒバカリにあこがれていて、実際に飼育したこともあるのだが(*)、このおとなしいヘビにどうして恐ろしい猛毒蛇のレッテルが貼られ、そうみなされてきたのか、不思議でならなかった。

無毒なのだからヒバカリに咬まれて(それが原因で)死んだ人はいないはずだ。
しかしながら一度「猛毒蛇」の噂がたってしまえば、めったに人を咬むことがないことから、その間違いが確認される機会もないまま、誤認に基づく名前が広まり定着してしまった──ということはあったのかもしれない。

それではどうして、めったに人を咬むことがないおとなしいヘビに「猛毒蛇」の噂がたったのだろう。
ここからは僕の想像なのだが……反撃してこないことをいいことにヒバカリを虐待するわんぱく坊主たちがいて、それをいさめるための方便が噂の起源となったのではないだろうか。

ヘビは嫌われがちな生き物だ。目にすればちょっかいを出したくなるわんぱく坊主はどの時代にもいただろう。ヒバカリは比較的小型のヘビだしおとなしい。こわくないヘビだと判ればわんぱく坊主たちは攻勢に出てヒバカリをオモチャにしたりいたぶったりしたに違いない。

その様子をみかねた優しい大人が「かわいそうだから、やめなさい」と注意する事だってあったろう。しかしそんなストレートな説得などきかん坊には通用しない。そこで「めったに人を咬むことはないが、ひとたび咬めば、咬まれた者はその日ばかりしか命がもたない」と脅かすことで虐待をやめさせた──そんなことがあったのではないだろうか?
「毒蛇」という恐怖イメージは、わんぱく坊主たちの悪戯心を萎縮させるに充分なインパクトだったろう。

これが攻撃的な毒蛇であれば危機管理のために見つけ次第殺してしまえということにもなりかねないが、「めったなことでは人を噛むことをしないおとなしいヘビ」ならば、人がちょっかいを出さなければトラブルは回避できる。「触らぬ神に祟りなし」でヒバカリに手を出すのはやめておこう──という認識がわんぱく坊主たちの間に広まったとしてもおかしくはあるまい。
危機感をあおる「毒蛇」情報は伝播力も強かったはずだ。

こうした経緯で、おとなしい小ヘビを救うための方便=有毒説(?)が広まり、無毒蛇であるにもかかわらず(あえて?)毒蛇の印象を強調する「日ばかり」の名前で呼ばれるようになったのではないか……そんな可能性を僕は思い描いている。

具体的な根拠があるわけではなく、この想像が正しいのかどうかは判らない。ただ、ほかに説得力のある説は見いだせず、こう考えるのが自然なような気がしている。


方便がうみだした伝説や迷信といったものは、きっと少なくないはずだ。
例えば「カッパ」などもそうかもしれない。

危険な場所で川遊びをしている子どもたちに「危ないからそこで遊んではいけない」と注意しても今までそこで遊んでいた子は「へいっちゃら」と聞く耳を持つまい。仮に強く命じてその場で言う事をきかせることができたとしても、子供たちは大人の目を盗んでまた来るだろう。
そこで「あのあたりは妖怪(カッパ)がいて、近づくとに引っ張られる」と恐怖感にうったえる手法をとれば子供たちも恐れを抱いて近づかなくなる。

カッパ伝説に関しては誕生の起源は色々な可能性が考えられそうだが、「きかん坊を制御するための方便」として利用されることもあったのではないかと想像する。

なかなか言う事を聞かない子供たちをどうやって従わせるか──そんな立場になって考えてみれば、こわい毒・たたりやオバケ・幽霊・妖怪などをもちだして恐怖感にうったえる手法が効果的だという結論に至るのはごく自然なことだと思う。
秋田県のナマハゲなどもその一例だろう。

ちなみに僕も甥っ子が小さいとき、大声で泣くのを止めさせるために「泣いているとゾンビが脳みそを食いにくる」と言ってみたことがある。脳みそを食うゾンビは当時流行ったホラー映画『バタリアン』がモデルである。
「涙はしょっぱいだろう。泣いていると涙と一緒にしょっぱさ(塩分)がどんどん流れ出して、そのぶん脳みそは甘くなる。だから泣いてる子の脳みそはゾンビにとって大好物。大声で泣いていると、その声をききつけたゾンビが脳みそを食いにやってくる」
効果はてきめんだった。


*ヒバカリ(ヘビ)の飼育プチ記録

https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-155.html

昔流行った「ピーマン」語源/震源地は僕ら?


今ではすっかり死語になってしまったが……昔、「ピーマン」という言葉が流行った時期がある。1980年前後の頃だったろうか。
「話がピーマン」「頭がピーマン」というような使われ方をし、意味するところは「中身が無い」。
当時はまだ【新語・流行語大賞】などなかったが、もしあったとしたら、きっと上位にノミネートされていたに違いない。『雑学おもしろ百科・10』(角川文庫/1984年)によるとインベーダ世代の印象に残る流行語では、第1位の「なんちゃって」に続いて「話がピーマン」が第2位にあげられているとか。
さて、この一世を風靡した(?)「ピーマン」の語源だが──「野菜のピーマンに由来する」というのが多くの人の認識だろう。僕もテレビ番組の中で、そのような解説をしているのを何度か見た記憶がある。

しかし、それは間違い──流行語「ピーマン」の語源は「野菜のピーマン」ではなく、我らが友人のあだ名「プチコンマン→(略して)Pマン」だった!
……のではないかと僕は考えている。

「プチコン」というのはその友人・U君が中学~高校時代に使っていた独特の打撃技のことである。普通、パンチは拳を握って打つが、「プチコン」は人差し指と中指をそろえて延ばし、その先端で相手の胸骨などを突く。空手の貫手(ぬきて)にちょっと似ているかもしれない。
指先の攻撃とはいえ、肉の無い胸骨を狙ってピンポイントで突かれると、これがけっこう痛い。拳で打たれるより指のぶんだけ早く届くし、ブロックしても狭い隙間をぬってくるので意外によけにくかったりもする。
U君はこの奇妙な技を得意技にしていた。技を放つ時には「プチコン!」とかけ声をかけていたことから、この技は「プチコン」と呼ばれ、その使い手であるU君は「プチコンマン」と呼ばれるようになったわけである。
「プチコンマン」もしくはこれを縮めた「Pマン」が彼のあだ名だった。

さて、この「Pマン」ことU君にはいろんな逸話があるのだが、そのひとつに「《脳みそ別の知恵》事件」というのがある。
U君が何かのはずみで頭部をぶつけたとき、仲間から「今の衝撃で脳細胞が○万個は壊れたな」とからかわれた。すると彼は「バーカ。脳みそは家に置いてきたから無事なのね」と言い放った。仲間たちはすかさず「じゃあ、その頭の中はカラッポかよ」と切り返し、これが「Pマン」の「脳みそ別の知恵」と言われる逸話である。
U君をからかうために「Pマン」はしばしばピーマン頭の怪人としてイラストに描かれ、テーマソングまで作られたりした。その歌詞の中にも「脳みそ別の知恵~」というフレーズが入っていた。
こうしたことから僕らの仲間内では「Pマン」といえば「脳みそがない」と同義語として浸透していったのだ。
U君も「Pマン」というあだ名に過敏になり、駐車場の「P」マークを見ていただけで、あるいはピーマンに形が似た(?)初心者マークを見ただけでプチコン攻撃を受ける被害者も続出した。

こうして僕らの仲間内では「Pマン」というのはU君をさす(からかう)あだ名となった。
画像は当時(学生時代)に僕が書いたプチコンマン・U君とアマゾンライダーをもじった丸損ライダーP(頭がピーマン、腕に「P」の腕輪がついている。額の傷や名前の「丸損」にもまた別の逸話がある)。

U君が「Pマン(=プチコンマン→脳みそ別の知恵)」と呼ばれ、からかわれているのを見て、「(野菜の)ピーマン(=中身が無い・中身がカラッポ)」由来の言葉だろうと解釈(誤解?)した人もいたのではないだろうか。そうした理解で彼らの間でも使われだし、それが一般化して広まったのではないか……僕はそう推理している。
U君が「Pマン(プチコンマン)」と呼ばれるようになったのは「話がピーマン」というフレーズが全国で流行るようになる何年か前である。


※インディーズ特撮ヒーローものに『Pマン』(創映会+幻視人)というステキなシリーズがあるが、もちろんこれはプチコンマンとは何ら関わりがない。