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図鑑は虫屋のバイブル!?

先日読んだ『アリの巣をめぐる冒険』で著者の丸山宗利氏は幼少期の頃のことを次のように記している。

幼稚園にあがってからは、図鑑ばかり眺めていた。(P.186)
幼稚園を出る直前に学研の『世界の甲虫』という図鑑が出て、小学館の『昆虫』という子供向け図鑑ともに、ボロボロになって表紙が取れ、頁をつなぐ糸が切れてバラバラになるまで読み込んだ。(P.187)


昆虫図鑑がお気に入りで何度も何度もくり返し眺める──こうした《図鑑への執着度の高さ》が《虫屋気質の特徴の1つ》なのではなかろうか?──と、僕はひそかに思っている。根拠の無い個人的なイメージ。

僕も子どもの頃から昆虫図鑑は持っていたけれど、あまり熱心な読者ではなかった。最初はページをめくりながらカッコイイ虫がでてこないかカタログをながめるように鑑賞し、気に入った虫が載っているページを探す。あとは昆虫のことを調べたくなったときに開くていど。カブト・クワガタのページは何度か見た記憶があるけれど、他のページはあまり覚えていない。今ふり返って考えてみると、カブトムシやクワガタのページもあまりたいしたことが書かれていなかったから、あきてすぐに見なくなってしまったような気がする。

昆虫図鑑をあきることなく何度も読み返す「図鑑好き」と、あまり熱心に読むことが無かった僕とでは昆虫に対する興味の持ち方や図鑑に対する認識に違いがあったように思う。漠然とだが、そんなところにも僕(凡人)と虫屋の境界線があるのではないかという気がしないでもない。

僕は「図鑑」というのは、「その生き物について調べるときに読む本(その生き物の情報が記されている本)」だと思っていた。漢字や言葉の意味を調べる時は国語辞典/昆虫の名前や性質(生態)を調べるには昆虫図鑑──といった認識。しかし本来、図鑑というものは「その生き物の名前(種名)や分類を調べる(同定する)ための本」なのだろう。そのことに気かついたのはだいぶ後である。僕の場合、気になる生き物について知りたくて図鑑を開くのに、知りたいことはほんのわずかしか記されていない……物足りなさを感じて熱心な読者にはなれなかった。

図鑑に関してはこんな思い出がある。小学6年の頃からヘビに興味を持ちはじめ、中学生の頃、本格的な図鑑(?)──保育社の『原色日本両生爬虫類図鑑』という当時の僕としては高価な本を奮発して買ったことがあった。種類の多い昆虫と違って日本の両生類・爬虫類は数が知れている。当然種類ごとに割り振られるページ数は(昆虫図鑑に比べて)多いはずだ。それぞれの種の生態についても詳しく記されているはずだ──てっきりそう思い込んでいた。ところが、手に入れた『原色日本両生爬虫類図鑑』を開くと、僕が期待していたような情報はほとんど記されておらず、ひどくガッカリした記憶がある。しかし、これも爬虫類屋からすれば同定の手がかりなど、必要な情報は記されていたのだろう。僕の図鑑に対する認識・期待が間違っていたのだ。

僕は《【種名(標準和名や学名)】や【分類】》というのは、生物の《【氏名】と【住所】》のようなものだと思っている。その生きものを特定し位置づける基本的な記号。名前と住所がわかれば、これを手がかりにその生き物の情報を探すことができる。図鑑の本来の目的は生き物を特定し、それを表す記号と照合させることにあるのだろう。
標本作りや生物リスト作成などで、同定目的に図鑑を活用する人にとっては、種名と分類がわかればそれで良いのかもしれない。しかし僕のように「本当に知りたいのはその人の氏名や住所ではなく、興味があるのは、その人がどんな人物なのかということだ」という価値観で図鑑をひらく者にとっては、それでは物足りない。
言ってみれば【種名(標準和名や学名)】や【分類】はヒトが付けた記号・ヒトが作ったカテゴリーであって、これは《人工物》だ。すでに存在している生きもの(自然物)を人が理解しやすいように整理するため、後付けの理屈で分け、名前をつけた。後付けの理屈だから研究が進むと実態と合わないことが発覚し、整合性をとるために後付けの理屈やカテゴリーを変更しなくてはならなくなったりする。当該生物そのものは昔も今も何の変わりないのに【種名(標準和名や学名)】や【分類】が変更されることも少なくない。僕が本当に知りたいのは、ちょくちょく変更される《人工物》の部分ではなく、《自然物》としての昆虫そのものについての情報である。僕と同じような感覚で昆虫図鑑を開く人は「名前がわかったところで、その虫のことがわかったわけではない(知りたいことはわからななかった)」と不満を残すのではなかろうか? そういう感想を持つ人は、図鑑の熱心な読者にはなれない。

一方、図鑑を熱心に繰り返し読む(見る)人たち(虫屋気質な人?)も存在する。そうでない僕には、その感覚がよくわからないが、想像するに……自動車や飛行機、列車などに興味を持つ人のように、掲載された昆虫の造形に魅かれるのではなかろうか? きっと細かいディテールまで、しっかり鑑賞しているのだろう。
図鑑で何度も眺めていたお気に入りの昆虫を実際に目にすれば、テレビで見ていた憧れのタレントに遭遇したファンのようなトキメキがあるかもしれない。図鑑に載っている虫をみつけるたびにテンションが上がり、昆虫に対する興味が強化されて、さらに熱心に図鑑を眺めるようになる……。図鑑に出ている昆虫の実物を手にする高揚効果(?)から昆虫を集めるようになり、コレクションが充実してくると図鑑に出ていた昆虫の実物をコンプリートしてみたくなるのではなかろうか? そしてさらには、図鑑に出ていない、誰も見たことがない虫を発見して昆虫図鑑に載せてみたい──と夢が膨らむのかもしれない?

いずれにしても、図鑑好きで図鑑への執着が強かった子が虫屋に育って、より理想に近い図鑑を作るようになるのではなかろうか。そして、その図鑑にハマった子が次世代の虫屋になる……。もし、そうだとすれば、昆虫図鑑を読んで虫屋に入信することになるわけだから、昆虫図鑑は虫屋にとってのバイブルと言えなくもない……丸山宗利氏が昆虫図鑑好きだったというエピソードを読んで、そんなことを思った。



*好蟻性昆虫〜好虫性人間?『アリの巣をめぐる冒険』
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好蟻性昆虫〜好虫性人間?『アリの巣をめぐる冒険』

アリの巣をめぐる冒険

ハリサシガメへの興味から『アリの巣の生きもの図鑑』を借りてきた(*)さいに『アリの巣をめぐる冒険』(丸山宗利/東海大学出版会)という本も借りてきていた。アリと共生関係にある昆虫──好蟻性昆虫の研究を扱った本だ。かなりマニアックな内容だが、一般の人が読んでもわかるように書かれている。ただ、専門家にとってはおもしろい内容でも一般ウケするとは限らない。この本を一般の人はどう読むのだろう?

アリは誰でも知っている身近な存在だが、そのアリの巣の中や周辺にアリに依存する色々な虫が暮らしている──というのは「身近にありながら知らなかった世界」である。「そんな世界があったのか」という意外性から、内容に興味を抱く人もいるだろう。あまり知られていない好蟻性昆虫ってどんな虫?──という興味で手に取る人もいるかもしれない。
しかし、一般の読者の興味は、それだけではないだろう。「小さなアリと共生関係にある《ささやかな存在》」を研究している人がいるなんて……という著者(虫屋)に対する好奇心で読む人も少なくないのではあるまいか? アリに依存する昆虫を好蟻性昆虫と呼ぶなら、好蟻性昆虫と共にアリを追い続け、人生の一部を捧げた著者も、見方によっては好蟻性人間と言えなくもない。そういう意味では、アリとその巣の内外に集まる好蟻性昆虫の生態を紹介しながら、同時にそうした虫に集まる好昆虫性人間=虫屋の生態を記した本であるともいえる。

昆虫の発生時期に発生場所へどこからともなく集まってくる虫屋は、考えてみれば不思議な存在だ。わずか数ミリの虫を得るために何千キロも離れたところからやってくる虫屋を、地球を観察にきた宇宙人が見たらどう思うであろう?
地球の生きものを研究テーマに選んだ宇宙人がいたら、アリの標本の隣に好蟻性昆虫の標本、その隣には丸山宗利氏の標本を並べて展示したくなるのであるまいか?
宇宙人はともかく……一般の人にとっては昆虫の生態のみならず、虫にずっぽりはまった虫屋の生態も興味深く映るのではないかと思う。

僕は虫屋ではないが、今は無きニフティの電子会議室・昆虫フォーラムに出入りするようになって虫見をするようになった。昆虫のおもしろさもさることながら、「虫屋」と呼ばれる人たちのおもしろさにも興味を持った。昆虫に関心を持つ人は少なからずいると思うが、僕のような一般民間人(凡人)と虫屋の「境界線」はどこにあるのか──それを解き明かすことが僕の密かなテーマでもあったりもするわけだが……「虫屋の境界線」のことは、さて置いて……、

僕が好蟻性昆虫の存在をうっすらと知ったのは件の昆虫フォーラム時代だった。当時、狭山丘陵を歩きながら昆虫観察するというオフ会が時々あって、僕もおみそ参加させてもらっていたのだが、ある時、その方面に詳しい方が参加されたことがある。一見ダンディーな紳士が肩掛けからおもむろにフルイを取り出した時は「おおっ!」と驚き(一般民間人の僕は、バッグからフルイを取り出す人なんてそれまで見たこともなかった)、他にも普通の人が持ち歩かないような物を次々ととりだすのを見て、「あんたのバッグはドラえもんの四次元ポケットか──」と思ったものである。必要とあればツルハシやダイナマイトだって取り出す勢いである。そして何の躊躇も無く林床の落葉をつかんではフルイに放り込むようすを見て「このムダのない動き……落葉とともに犬糞をつかんだ経験も1度や2度ではあるまい」と確信したのであった。
紳士はクールに虫探しを続けていたが、オフ会も終盤に差し掛かった頃──アリの巣食った古い切株の皮を剥がしにかかると、突然、「いったぁ〜!」と絶叫した。埋蔵金でも掘り当てたかのような大声に、オフ会参加者は何があったのかと彼のまわりに集まった。
はたして大興奮の彼が見つけたものは……アリに踏んづけられるような小さな虫だった……。好蟻性昆虫のひとつだったのだろうが、今ふり返ってみてもそれが何だったのかは覚えていない。「大きな声のわりに小さな虫だった」ということばかりが印象に残っている。素人の僕には、小さな好蟻性昆虫より、それを見つけて大声をあげた虫屋の方がインパクトが強かったのだ。

『アリの巣をめぐる冒険』も、著者がどれだけ自覚的に書いているかわからないが、一般の読者は好蟻性昆虫への興味ばかりでなく、それを追い続ける虫屋に対する興味で読んでいる部分もあると思う。普通の人なら堪え難い状況での過酷な観察を「夢のように楽しい」と言ってのける虫屋(著者)おそるべしっ! 観察している虫もユニークだが……「ユニークなのは、あんただよ!」と突っ込みたくなってしまう。
好蟻性人間(著者)の昆虫モチベーションの高さは想像を絶する。行動力・集中力・執念が尋常ではない。狙った獲物は必ずモノにしてきた実績に感心しつつ、「アリと好蟻性生物」に関しては「へえ!?」とか「ふ〜ん」と思いながら、読んだ。
ただ、正直な感想を言えば……お目当ての好蟻性昆虫を次々にゲットする著者の興奮は伝わってくるものの、それは自身の研究の成果を手に入れた達成感・仕事の成功を歓喜するもので、昆虫そのものの魅力や面白さに対するトキメキがいまひとつ伝わってこない気がしないでもなかった。好蟻性生物の生態についてはまだ未解明の部分が多い(情報量が少ない)ということもあるのだろうが、この本は「好蟻性生物の魅力」よりも「著者の活動と実績」を描いた印象が強い。著者の昆虫研究への情熱は、はたして純粋に《昆虫への興味・探究心》に由来するものなのか、それとも《新種を次々に発見し、誰もなし得なかった研究をして名を売ること(自己の実績作りや名誉欲)》に由来するものなのだろうか──などと、そんなことを思わないでもなかった。
この本はこれで著者の思いは描かれていると思うが、「アリと好蟻性生物」の関係をもっと面白くドラマチックに(?)プレゼンできていれば、また印象も変わっていたかもしれない。同じ著者の『昆虫はすごい』を読んだときにも色々思うところはあったが、あるいはそのあたりに僕と虫屋を隔てる「境界線」と通底するものがあるのかもしれない。

ところで僕も興味本位で虫見をするが、決して「虫屋」のような立派なものではない。アリより小さい虫を探すために世界中を飛び回る虫屋さんと違って、僕が虫を見て歩くのは基本的に「歩いて行ける範囲」──身近に存在するフシギな世界を見つけるのが面白いという他愛もないものだ。
僕と「虫屋」の間には高い敷居──境界線のようなものがあって、虫屋さんは「あちら側」で僕は「こちら側」という意識を昆虫フォーラム時代からずっと感じてきた(決して対立的な違いではい)。
しかし、虫見をしているためか、僕も虫屋だと勘違いされることがある。確かに、葉の裏の昆虫を撮るため寝そべっているところを「行き倒れ」と思われたことも2度ほどあって、こうしたことは虫屋さんではありがちなことから誤解されやすいのだろうが……しかし、僕は断じて虫屋ではない。「違う違う、全然違う。虫屋と僕とはヘビとアシナシトカゲくらい違う」と説明するのだが、なかなか理解してもらえないようである。



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※フォトアルバムにアップしていたものだが、その標準表示サイズより大きなサイズで表示できるブログにテストを兼ねて再収録。

※冒頭にでてくる【ケバエ幼虫】のエピソードはフェレット漫画:超魔術イタチ!?の最後に描いています。