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えび天ミラクル☆シリーズから30周年

ミラクル☆シリーズ&えびぞり巨匠天国から30年
01MSえび天1991

トップページにも画像を置いてある実写版ミラクル☆シリーズ──ごく一部の知人に見せるつもりでイタズラに制作したビデオ映像作品がTBSテレビ『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』で放送されてから、気づいてみれば今年で30年! いったい、いつの間にそんな歳月が!?……まったく油断もスキもあったものではない。しかし、ふり返ってみると、たしかに経年のためか記憶があやふやになっているところもある。今一度、当時(1991年前後)の記録をふり返って記憶を整理をしておくことにした。ということで、今回は個人的な忘備録的意味合いの強い記事になる。

個人誌から平成名物TV『えびぞり巨匠天国』へ
三脚に固定したカメラの前で変身ヒーローと怪人の一人二役を演じ、闘っているかのように編集した実写版ミラクル☆スター。もとはと言えばワープロ(日本語ワードプロセッサ)を使って制作した個人誌《チャンネルF》で展開していた楽屋落ちパロディヒーロー小説だった。その頃は8mmビデオカメラでヘビやカメ、昆虫等を撮っていたのだが、ビデオカメラがあるのならパロディヒーローの実写化も謀れるのではないかと気まぐれを起こして試作に踏み切ったもの。
当時僕は30代前半──高校時代には友人らと8ミリフィルムでアクション映画を撮って文化祭で上映したなんてこともあったが、高校卒業後はほとんど運動をしていない。このままでは肉体は錆びつき、いずれ動けなくなるだろう──若い時に修得した技術(宙返りなど)を喪失する前に映像記録として残しておくのも良いのではないかという気持ちもあった。
その頃、脳内には「〝動けていた時期〟の運動イメージ(記憶)」がしっかりと残っていて「実際にはどれだけ動けるのか」の感覚は確かめられていない状態だった。
よく子どもの運動会で久しぶりに走って足がもつれ転倒する親御さんがいがちだが、あれは「思っていたより体(足)がついてこなくなっていた」──つまり「脳内に残っている若い頃の運動イメージ(記憶)」と「実際の運動能力(気づかぬうちに劣化している)」とのギャップによる現象だろう。
実写版ミラクル☆スターの試作カットを撮り始めた頃も、実際に動いてみて、運動イメージのギャップを感じることがないでもなかった。1991年1月6日にはミニトランポリンの踏み切りをしくじって肩から落下。鎖骨骨折というアクシデントに見舞われて、鎖骨にワイヤーを入れる手術を受けた(1月9日)。ワイヤーがとれるまでは負荷のかかる運動はできないというので、しかたなく退院(1/11)後は、おとなしく撮影済みの映像素材の編集を始めていた。
当時のビデオ編集はビデオデッキをつないで、再生機で再生した映像の必要な部分だけを録画機でダビングしてつなげていくといった形で行われていた。録画機の操作(録画一時停止の解除など)はタイムラグがあるため、カットのタイミングを合わせるのがやっかいだった。そして1991年1月12日(土)深夜、編集作業を始めようとビデオデッキの電源を入れたところ、モニターに使っていたテレビに、たまたま「三宅裕司のえびぞり巨匠天国」の第1回放送が映し出された。当時はまだYouTubeなどなかった時代。アマチュアの制作した映像作品を見る機会は、ほとんどなかったので、自主制作映像作品を紹介する「えび天」は新鮮だった。番組内でアマチュアの映像作品を募集する告知があり、ちょうど編集中だった「ミラクル☆スター」を応募してみようかと思い立った。

急きょ「えび天」応募用に編集した「ミラクル☆スター」のビデオテープ(コピー)を発送したのが1月14日。思いつきで応募してはみたものの、しょせん内輪ウケ狙いで撮り始めたイタズラ作品だったので、あまり期待はしていなかった。
ところがわずか2日後──1月16日の夜に採用を告げる電話を受けて驚いた。
1月23日に恵比寿で番組の説明会があったのだが、1月21日の朝に倒れ、右顔面神経麻痺の症状に見舞われる。鎖骨の手術をうけた病院を受診するが要領を得ない。説明会後の1月29日の再診で入院することになり、1週間ほど右顔面神経麻痺の治療。2月9日(土)に行われた「えび天」収録には間に合った。
収録当日(2/9)の記録を見ると──17:30、TBS日比谷シャンテSTUDIO B3控え室に集合。18:00過ぎに説明会。19:00にスタジオ入り。前説が30分ほどあって、19:40から収録開始。「えびぞり巨匠天国」は生放送番組ということになっていたが実は生収録。CMの時間もリアルタイムでとり2時間40分ぶっ続けで収録し編集は行わないとのことだった。「ミラクル☆スター(えび天バージョン)」の結果は銅賞(メダル)&特別奨励賞(トロフィー)。出演時には鎖骨にワイヤーが入っており、顔面神経麻痺を隠すため特性の自作マスクを被っていた。オンエアは1週間後の1991年(平成3年)2月16日(土)・24:40〜27:00だった。
実写版ミラクル☆スターは独りで撮った試作版だったが、どうにかカットのタイミングを合わせてビデオ編集ができることはわかった。この要領で仲間を加えて撮れば、独りではかなわなかったシーンも増やせるし、アクションの可能性が広がる。そうすればもっとおもしろいことができるはずだと考え、動けない期間に色々と次回作の構想を練る。
ようやく鎖骨のワイヤーを抜く手術が行われたのは3月20日(抜糸は4月2日)。鎖骨骨折にこりて注文した特注の折りたたみ式エバーマットが4月24日に届く。高校時代にアクション映画を撮った仲間を巻き込んで1991年4月30日にミラクル☆スター第2弾の撮影を開始。しかし、フェンス越えの前方2回宙返りのシーンで早々にケガ──エバーマットに首から落下し、首・胸骨・背中を痛める。回転オーバーを警戒して背中から落ちるつもりでやや早めに体を開いた(回転にブレーキをかけた)ところ、なんと回転不足だった。痛みをこらえて予定していた石垣からのダイブ後方宙返りのシーンまでは撮影するが、そこでロケは中断。
再びのケガで撮影スケジュールが狂い、とりあえず型紙を使った改良マスクの製作を始める。試作のFRPマスクはデザイン的には視界を広くとっていたものの、通気性が悪く、ポリカーボネイト板のハーフミラー(ゴーグル部)が息でくもって非常に見えづらいことになっていた。もっとよく見える新マスクを──ということで、発泡ポリエチレン板を使った新マスクを考案。通気性を改善し、ゴーグル部をハーフミラーのフィルムに変更した。ついでに胸当て部分も作り直した。
02MSマスク旧FRP新
03MS新胸当て
型紙による改良マスクはすぐにできたが、ミラクル☆スターの撮影再会の見通しは不透明。そこで、すぐに撮れる代替案として浮上したのが『ミラクル☆キッド』だった。
撮影中の事故によってミラクル☆スターは頓挫……という実情を取り入れた設定(実際にはフェンス越えのダブル宙の撮影でケガをしているが、作中では石垣上からのダイブ宙でケガをした設定になっている)で、負傷したミラクル☆スターに代わって虫とり少年がニューヒーローとなり怪人を倒すという内容。当時小学2年生だった甥っ子を主役に抜擢してミラクル☆キッドの造形を開始。撮影は主役の夏休みを利用して1991年8月に行われた。
04ミラクルキッド1991夏
『ミラクル☆キッド』は「えび天」再登場を意識して作られた。ミラクル☆スターが少年に託した変身メダルは「えび天」で受けた銅賞メダル(銅監督に与えられるメダル)、その変身メダルに転身エネルギーを送るミラクル・タワーには奨励賞トロフィーを使用している。
05ミラクル変身メダル
06Mタワー照射キッド
最後にミラクル・タワーに現れる顔は「えび天」の司会アシスタントをつとめていた福島弓子アナウンサーだったりする。
07Mタワー福島弓子
しかし、「三宅裕司のえびぞり巨匠天国」は9月末に突然の終了。『ミラクル☆キッド』での「えび天」再登場はかなわなかった。
ということで、せっかく撮ったのだし、チャンネルFの実写ヒーロー物のまとめとして、ミラクル☆スターからえび天を経てミラクル☆キッドまでメイキング映像を含めて編集し直したビデオ『ミラクル☆シリーズ スペシャル』(1991年)を作成。YouTubeに投稿したミラクル☆スターとミラクル☆キッドはこのスペシャル・バージョンということになる。





紙媒体の個人誌《チャンネルF》の方では、実写版ミラクル☆スターへの展開を受けて、架空の設定や図解などをまとめた「ミラクル☆スター 秘密大百科」を作成。ミラクル☆キッドの制作後には改訂増頁版として「ミラクル☆シリーズ 秘密大百科」を作っていた。
08CF版ミラクルシリーズ
実写版の元となった小説版ミラクル☆スター・シリーズは、僕が関わった同人誌仲間が登場する楽屋落ち的ギャグ作品で、ネタが判るごく限られた読者を念頭に書いたものだった。少し前に埼玉県を揶揄するギャグがウケた『翔んで埼玉』(2019年)という邦画があったが、同じようなこと(怪人のモデルとなった友人・某が住んでいた葛飾区を揶揄)を小説版ミラクル☆スター・シリーズでは1989年にやっていた。チャンネルF・10号収録の『ミラクル☆スター〜復活篇〜』は、ブログの読み切り作品としては少々長め(3万字ほど)なのだが《はてなブログ》の方で公開している(ブログ版では登場人物は仮名)。
高校時代にアクション映画を撮っていた頃は「格闘シーンに限って言えば、文章表現は、視覚に直接うったえる映像表現にはとてもかなわない→格闘物は小説には不向き」だと思っていた。しかしその後、「文章でも迫力のあるアクション・シーンは描くことができるし、実写映像とはまた違った──実写映像では表現するのは難しいシーンも文章では自由に表現することができる」と考えを改めた。これを試してみたのが小説版ミラクル☆スター・シリーズだったともいえる。久しぶりに読んでみたら面白かった。エピソードの元ネタを知らない人が読んでもそれなりに楽しめるのではないか……などと思ってしまった。



ミラクル☆スター〜実写版〜※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
ミラクル☆キッド〜実写版〜※小学2年のスーパーヒーロー誕生
『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』と出演覚書
ミラクル☆シリーズさくっと制作経緯
自作ヒーロー:型紙マスクの作り方
幻のインディーズヒーロー・アクション※『ミラクル☆スター2』の絵コンテ
小説版『ミラクル☆スター〜復活篇〜』(はてなブログ)
ヒーロー的宙返り
最後の宙返り
◎チャンネルF+〜抜粋メニュー〜➡トップページ
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昭和世代のインターネット雑感

インターネット革命!? 昭和世代の雑感
少し前に【昆虫画像:ブログからテレビへ】の中で、インターネット時代に入って、昆虫写真家が商売として成立しにくくなったのではないか……ということを記したが、こうした変化は、昆虫写真家に限ったことではないだろう。
インターネットの登場&普及によって、世界は大きく変わった気がする。
ブログやSNSなどの個人発信ツールがなかった時代──人々はマスメディアが発信する情報を一方的に受け取るしかできなかった。それが〝あたりまえ〟だった昭和世代からすると、個人が大衆に向けて(不特定多数の人たちがアクセスできる場に)情報発信できるツールを〝あたりまえ〟のように使いこなす今の世界は、まるで《おとぎばなし》のような気さえする。
インターネットの以前と以後では、育った世代の世界観にも格差があるのではあるまいか……。

テレビ(元締め)と視聴者(消費者)
昔──インターネット以前は、一般の人たち(消費者)がアクセスできる共有情報といえば、一部の商業メディアが発信するコンテンツに限られていた。だからそこに需要が集中し、商売が成立した……。
テレビがいい例だろう。家庭で視聴できる映像コンテンツは数局のテレビ局が放送している番組だけ。選択肢(チャンネル)が限られていたから視聴者が集中する。だから宣伝効果も高く、そこに利益も集中する。

かつては一般の視聴者が目にすることができる映像作品はテレビ局や映画会社などの大手メディアが制作した商品ばかりだった。そんな時代に、アマチュアが作った映像作品を紹介するテレビ番組──平成名物TV《三宅裕司のえびぞり巨匠天国》というのがあった。僕もひょんなことから出たことが1度だけあったのだが、当時はYouTubeなどまだ存在しておらず、自主制作作品を視聴できるというのが、なんだか珍しく、新鮮だった。
01えびぞり巨匠天国出演
一般向けに映像を記録する機材としては以前から8ミリフィルムやホームビデオなどがあったのだが、利用目的の多くは子どもの成長や家族内イベントを記録するプライベートなものだったように思う。こうした機材を使って自主制作映画を撮るサークルもあるにはあったが、小規模の上映会で集まるのは同じ趣味を持つ関係者がほとんどだったのではなかろうか。
《えび天》で採用された僕の【ミラクル☆スター】も実は数人の友人に見せることを想定して試作した内輪ウケ狙いのビデオ作品だった。この編集をしていたとき、たまたま《えびぞり巨匠天国》の第1回放送を目にし、気まぐれに投稿してみたところ、意外にもあっけなく採用の連絡がきたので驚いた。本来なら人手がかかりがちな実写ヒーロー・アクションを〝1人で撮った〟というチープなつくりが面白いと評価されたのだろう。一部の知人らに見せるつもりで作った映像がテレビ番組で放送されたのは、我ながら思わぬ展開だった。

今なら個人やアマチュアサークルが制作した映像作品であってもYouTubeなどで配信(公開)できるし、それを視聴することもできる。YouTubeには無数の動画があふれ返っている。個人が簡単に動画を公開でき、それを簡単に視聴できるのが〝あたりまえ〟となった昨今──今の世代で育った人には《えびぞり巨匠天国》の新鮮さは、ピンとこないだろう……。
インターネットが普及し、YouTubeなど動画サイトの登場によって、映像市場は、もはや大手メディアの独擅場ではなくなった。今や一人一人が放送局!?──テレビ局が広告収入やペイパービューで経営しているように、個人発信のユーチューバーが、広告収入や有料チャンネルによって商売として成立しうる世の中になった。これは昭和世代からすると驚くべきことだ。

文芸作品と出版業界
映像作品ばかりではなく、文芸作品についても似たようなことが言えるだろう。
物語を「書く(創作する)」のは紙(原稿用紙)とペンがあれば誰にでもできる──資本もかからず独りでできる、とっつきやすい芸術活動といえるだろう。だから多くの人が趣味として「書く」ことをしていた。
しかし、アマチュアが書いた作品を不特定多数の人たちに向けて発表する場となると、昔(インターネット以前)は、ほとんどなかった。一般の人がアクセスできる文芸作品は書籍や雑誌・新聞などのマスメディア商品に限られていたからだ。
とは言っても、書きあげた作品が読まれることを望むのはプロもアマチュアも同じ。読者を想定して(読まれることを前提に)書かれるのが文芸作品である。今ではブログなどで気軽に作品を公開できるが、その手段がなかった頃は、同人誌を作ったり自費出版に夢を託すというのが常套(じょうとう)だった。もちろんその発行部数などたかが知れている。知人や同じ趣味を持つ一部の関係者の手に渡るていどで、アマチュアの作品が不特定多数の読者の目に触れる機会は皆無に等しかった。

そこで、アマチュア作家は出版社や新聞社が公募するコンテストに挑戦することになる。狙いは賞金よりも書籍化あるいは雑誌や新聞などに掲載されること──そう考えていた応募者も多かったはずだ。賞金や印税などいらないから──逆に金を払ってでも商業出版したいという人も少なからずいた。
このニーズ──「出費してでも自分の本を流通ルートに載せたい」というアマチュア作家の憧れにつけ込んだ自費出版トラブルが社会問題になったこともある。

本来であれば出版社が出資して作品を商品(書籍)化&販売し、原稿料なり印税などの報酬を著者に支払う。出版社は商売になると判断した作品に投資をすることになるわけだから、書店に並ぶ(流通に乗る)作品は、それなりの価値が認められたものだということができるだろう。
問題(トラブル)になったのは、「共同出版」と呼ばれる形態の自費出版で、本の制作費を著者が払えば、全国の書店への宣伝・販売を出版社が行うというもの。自分の書いた作品が本になり〝全国の書店に並ぶ〟ことに魅力を感じて契約した著者が、実態はそうではなかったことに気づき、集団提訴したことがテレビでもくり返し報道されていたことがあった。
その内容は確かにひどく、出版社が仕掛けた文学賞コンテストの応募者に片っ端から電話をかけ、(原稿などろくに読みもせずに)マニュアル化されたセールストークで、作品を褒めそやし「共同出版」をもちかけるということをしていたらしい。そして「全国の書店に自分の本が並ぶ」ことを期待している著者に〝そう誤解させて契約を結ぶ〟という営業を展開してきたという。
こういう詐欺的手法が横行するほど「全国の書店に自分の本が並ぶ」というのはアマチュア作家にとって《あこがれ》だったのだ。個人で作品を世間に広く発信(発表)するツール(場)が無かった時代だっただけに、《広く一般に向けて発表(発信)できる場》を多くのアマチュア作家は渇望していた。
アマチュア作家の同人誌活動は悲喜こもごも……僕にも経験があるし、『文学賞殺人事件 大いなる助走』なんて邦画を思い出したりする……。

同人誌や自費出版にはもちろんそれなりの意味があるはずだが、そこが目指す最終地点だと考える書き手はまずいないだろう。自分の本が書店に並ぶことに憧れるアマチュア作家たちは、新人賞などの公募にチャレンジする……しかし苦労して作品を書き上げ応募しても、入賞のハードルは高い。数からいえば、ほとんどの者は落選することになる。
たとえ狭き門をくぐり抜けて出版がかなったとしても、それで安泰というわけにはいかない。発行部数からいっても、全国の書店すべてに本がいきわたるわけではないし、また書店に並べられたとしても、そこで売れるまで書棚スペースを確保できるわけでもない。雑誌に掲載された作品なら、次の号が出るまでの命(掲載誌が店頭に置かれている期間は短い)だし、書籍であっても買い手がつく前に返品されることも多い。

書店としては書棚には新刊や売れ筋の本を揃えておかなくては商売が成り立たない。書店は取次店(問屋/流通機構)から本を入荷し、売れなかった本は返品できるシステム(再販制度)をとっている。新刊や売れ筋本を置くための棚スペースや入荷資金を確保するには返品が不可欠で、入荷した本の何割かは読者の手に渡ることなく返品されてしまうというのが実態だ。2020年7月の書籍の返品率は40.2%(@出版状況クロニクル)だったそうだ。
そんなわけで自分の作品を商業出版することが、たとえかなったとしても、「全国の書店に並ぶ」のはほんの一時期にすぎない。あとで「あなたが書いた作品を読んでみたい」という奇特な人が現われても、その時には在庫が無かったりする。著名な作家の作品でさえ、絶版となっているタイトルは少なくない。書籍化は《いつでもアクセスできるツール》ではないのだ。

ところが、今はブログなどで公開しておけば、「作品を読んでみたい」という人が現われた場合、URLを伝えるだけで、いつでもどこからでも容易く無料で(設定にもよるのだろうが)読んでもらうことができる。なんとも便利な世の中になったものである。
「金儲け目的で書いているのではないアマチュア作家」にとって《公開の場》をたやすく手に入れることができる状況は歓迎できるものだろう。昔の同人誌活動を経験している者からすれば《夢のような時代》といってもいいだろう。

もちろん注目の集まる文学賞にチャレンジするアマチュア作家は今でも多いのだろうが、インターネット以前のような〝渇望感〟はないのではないか?
商業出版の発行部数は昔に比べてだいぶ減っているようだし、ネット上に作品を置いておく方が閲覧数を稼げる(読者の目にとまる機会が増える)といったケースだってあるだろう。
YouTubeで稼げるようになったユーチューバーと同じように、ブログでも収入を得られる仕組みができているようだ。電子出版という選択肢もあるらしい。
誰でも簡単に個人発信ができる時代になり、それが商売として成立しうるようになったというのは《(作品の)発表やアクセスの選択肢が増えた》という意味では好ましいことだろう。しかしその一方で、文芸の世界でもマスメディアの独擅場がくずれたことで、既存の版元や職業作家の商売が成り立ちにくくなっているような気もする。

虫屋気質とインターネット!?
ちょっと次元の違う話かもしれないが……おそらく虫屋さんらの業界(?)でもインターネット以降、変化があるのではあるまいか?

虫屋でない僕は『月刊むし』という雑誌があることを長い間知らなかった。しかし虫屋さんの多くが購読しているらしく、これを「虫屋の納税」に例える人もいる。インターネットが無かった時代に個人で活動している虫屋さんが昆虫情報を得ようとすれば、おのずと『月刊むし』や昆虫機関誌にたどり着く──こうした昆虫メディアに引き寄せられた虫屋さんたちは、そこで情報交換し、同じ認識を共有するようになる。そして『月刊むし』や昆虫機関誌を同郷とする同胞意識のようなものが芽生え《虫屋気質》を形勢していったのではないか……そんなふうに僕は想像している。

僕が某昆虫フォーラムに出入りするようになって虫屋さんたちと知り合った頃、僕は虫屋さんとの間には高い敷居──境界線のようなものがあると感じ、その感覚は現在も続いている。僕は「こちら側」の人間だが、虫屋さんは「あちら側」という感覚である(あくまでも僕の個人的イメージ)。昆虫に対して興味を抱くところは一緒だし、共感する部分も多いのだが、どこか本質的に違うところがある……この差──いってみれば《虫屋気質》の有無は、ひとつには『月刊むし』や昆虫機関誌などで育ったか否か──育ちの差(?)が関係しているのかも知れないと考えるようになった。
僕は納税義務を果たしている虫屋ではないので、「こちら側」の人間として虫見をし、感じたり考えたり観察したことを「こちら側」の人にわかるようにまとめていこうというのが、当初からの《虫見スタンス》だった。これができたのはインターネットが存在し、SNSやブログなどのツールが利用できたからだ。僕が虫見を始めたのはインターネットが普及し始めた頃で、だから正体不明の虫について某昆虫フォーラムで尋ねることができ、インターネットで昆虫のことを調べたり、観察した内容をブログにまとめることもできたわけだ。

もし《虫屋気質》──虫屋の境界線が『月刊むし』や学会機関誌などの昆虫メディアに由来するものであったとしたなら……インターネットで昆虫情報を収集したり個人の知見を発信(発表)できるようになった昨今、若い虫好き世代の〝昆虫メディアへの凝集力〟は弱まってきていることも考えられる。であるなら、《虫屋の境界線》は弱まり、《虫屋気質》も変わってきているのかもしれない……というのは虫屋ではない僕の根拠の無い想像なのだが、はたして実態はどうなのであろうか……。



昆虫画像:ブログからテレビへ
『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』と出演覚書
ミラクル☆スター〜実写版〜 ※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
同人誌回顧録
久しぶりの『文学賞殺人事件 大いなる助走』
Yahoo!ブログの可能性 ※Yahoo!ブログ時代に記したブログ観
エッセイ・雑記 〜メニュー〜
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インディーズ&ローカルヒーロー目次

01インディーズヒーロー目次
★インディーズヒーロー★〜メニュー〜
ミラクル☆スター〜実写版〜※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
ミラクル☆キッド〜実写版〜※小学2年のスーパーヒーロー誕生
ミラクル☆シリーズさくっと制作経緯
自作ヒーロー:型紙マスクの作り方
幻のインディーズヒーロー・アクション※『ミラクル☆スター2』の絵コンテ
ヒーロー的宙返り
最後の宙返り
『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』通称『えび天』出演覚書
バケツからの生還
1月16日は《ヒーローの日》
えび天ミラクル☆シリーズから30周年
小説版『ミラクル☆スター〜復活篇〜』(はてなブログ)
子どもはなぜヒーローが好きか

02ローカルヒーロー目次
★ローカルヒーロー★〜メニュー〜
ローカルヒーロー首都決戦2009:INDEX
ローカルヒーロー首都決戦(1)オープニング
ローカルヒーロー首都決戦(2)クルメイザー
ローカルヒーロー首都決戦(3)まくあい:みずすまし げんごろう
ローカルヒーロー首都決戦(4)幸戦隊コウタレンジャー
ローカルヒーロー首都決戦(5)転成合神ゲンキダーJ
ローカルヒーロー首都決戦(6)精霊法士トチノキッド〜友情出演〜
ローカルヒーロー首都決戦(7)機天草子 織姫ヒメル・風天狗リューマイン〜友情出演〜
ローカルヒーロー首都決戦(8)渦戦士エディー
ローカルヒーロー首都決戦(9)ゲスト:Xリーグチア
ローカルヒーロー首都決戦(10)防犯戦隊フリコマン
ローカルヒーロー首都決戦(11)マブリットキバ
ローカルヒーロー首都決戦(12)ダルライザー
ローカルヒーロー首都決戦(13)超装甲ジオブレード
ローカルヒーロー首都決戦(14)エンディング
ローカルヒーロー首都決戦2010もくじ
ローカルヒーロー首都決戦2010開幕
パワーシティオーイタ(1)@ローカルヒーロー首都決戦2010
パワーシティオーイタ(2)@ローカルヒーロー首都決戦2010
パワーシティオーイタ(3)@ローカルヒーロー首都決戦2010
超装甲ジオブレード(1)@ローカルヒーロー首都決戦2010
超装甲ジオブレード(2)@ローカルヒーロー首都決戦2010
幸戦隊コウタレンジャー(1)@ローカルヒーロー首都決戦2010
幸戦隊コウタレンジャー(2)@ローカルヒーロー首都決戦2010
幸戦隊コウタレンジャー(3)@ローカルヒーロー首都決戦2010
ジオブレードによるヒーロー紹介@ローカルヒーロー首都決戦2010
マブリットキバ(1)@ローカルヒーロー首都決戦2010
マブリットキバ(2)@ローカルヒーロー首都決戦2010
マブリットキバ(3)@ローカルヒーロー首都決戦2010
マブリットキバ(4)@ローカルヒーロー首都決戦2010
渦戦士エディー(1)@ローカルヒーロー首都決戦2010
渦戦士エディー(2)@ローカルヒーロー首都決戦2010
渦戦士エディー(3)@ローカルヒーロー首都決戦2010
超速戦士G-FIVE(1)@ローカルヒーロー首都決戦2010
超速戦士G-FIVE(2)@ローカルヒーロー首都決戦2010
エンディング@ローカルヒーロー首都決戦2010

1月16日は《ヒーローの日》

1月16日は《ヒーローの日》

きょう──1月16日は「ヒーローの日」だとか。1(ヒ)1(イ)6(ロ)→「ヒーロー」いう語呂合わせらしい。
めでたい記念日ができていたので周知を兼ねて(?)、僕も昔──もう28年も前に制作&頓挫したインディーズ・ヒーローをあらためてあげておこうかと。



ミラクル☆スター~実写版~
変身ヒーロー・怪人・撮影を1人で兼ねて撮った極小規模ビデオ作品。
ミラクル☆キッド~実写版~
ミラクル☆スターの続編を撮り始めたものの、ケガで中断。ケガをしたミラクル☆スターに代わって小学2年生のヒーローが誕生・活躍する番外編。



幻のインディーズヒーロー・アクション
【ミラクル☆スター】に続いて三宅裕司のえびぞり巨匠天国(TBSテレビの映像作家発掘番組)への再登場をもくろみ、番組スポンサー商品・ポカリスエットをネタに考えた《1本のポカリスエットが日本を救う続編》。撮影はケガで頓挫したがその絵コンテ。

ヒーロー的宙返り

懐かしのハカイダー宙返り

中学~高校生時代に撮影したハカイダー宙返り(と勝手に呼んでいた技)。
画像がカラーではないのは……昔の白黒写真だから……。

ハカイダーは40年ほど前に放送されていた東映ヒーローTV番組『人造人間キカイダー』(1972年)にでてきた宿敵キャラ。このハカイダーがよくみせていたのが前方半屈伸宙返りだ。
通常の屈身宙返りより屈身は浅めで両手を広げるのがハカイダーの特徴。これをマネて撮ってみたもの。
左の画像は学校の砂場にて。右の画像は低いベンチで踏み切ってみたもの。


仮面ライダーやV3に学ぶ!?

ひとつ技をマスターすると、応用してみたり、工夫を加えて発展させてみたくなる。
あるときテレビで仮面ライダーが前方かかえ込み宙返りから半ひねりを行うのを見て(トランポリン・カット)、この技術をとりいれてみたくなった。「動き」を脳内再生して運動の原理を分析・理解──そしてイメージトレーニングをくり返したのち試してみたところ、意外にあっさりとマスターすることができた。
ということで、さらに仮面ライダーV3が行っていた前方宙返り1回半ひねりにも挑戦。これは半ひねりに比べて難しかった。この技はルドルフ(ルディー)と呼ばれる、やはりトランポリン競技の技なのだが、半ひねりとはまた別の技術が必要になってくる。

この時点↑では、まだ1回ひねるのがやっと。
さてこの頃、体操競技では床運動(マット運動)での「前方宙返りにひねりをくわえた技」は、皆無といってよかった(僕が知る限りは)。鉄棒や平行棒、吊り輪、跳馬では降り技にひねりをともなう前方宙返りは普通にあったのだが、なぜか床運動に関してはそれが無く、ひねりといえば後方宙返り一辺倒だった。
だから体操競技界において、床運動(マット運動)の前方系の宙返りひねりは、ありそうで無かった未知の技だった……といえるかもしれない。

ひねりをともなう宙返りだが、まず大きく二つに分けられる。
(1)踏切でひねり始めるもの(ひねりの角運動量アリで空中に出る)
(2)空中に出てからひねり始めるもの(ひねり角運動量ナシで空中に出る)
──ひねりのきっかけをどこで作るかによって運動の質がまったく異なってくる。

当時、体操競技・床運動(マット運動)で行われていた宙返りのひねり技(後方宙返りひねり)は全て踏切りのさいにひねりのきっかけを作るタイプだった。床をけるときに腕をふりこみ、ひねり方向への角運動量を確保。空中では体をまっすぐのばし腕をたたんで(ひねりの)回転半径を小さくする事で角速度をあげる(ひねり速度をあげる)という技術である。

これに対し仮面ライダーが行っていた前方かかえ込み宙返り半ひねりは、空中にでてからひねりを始めるという技術である。踏切った直後はひねり方向の角運動量は0である。
踏切りのときに腕をふりこめば、その力はしっかりけり返されるので回転(ひねり)方向への力が発生するが、宙に浮いた状態で腕をふりこもうとした場合、ふんばりがきかないから、(ふつう)力は抜けてしまう。振り込もうとする腕とは逆方向に体の軸が空回りしてしまうから回転力は生まれない。

ではなぜ空中で、角運動量0の状態から体をひねることが出来るのか。慣性モーメントを利用し、姿勢を変化させる事で体の向きを変えるのである。
これは逆さにつるされた猫が落とされたときに宙で体をひねって足から着地するというのと原理は同じである。

例えば無重力状態(空中に体が浮いていて支えるものがない状態)で、体を「く」の字に曲げ下半身を時計回りに回せばその反作用で上半身は反時計回りに動く。動作の反作用として体の向きが変わり、動作を止めればひねりもとまる。
前方かかえ込み宙返り半ひねりでは、踏切り~前半は(ひねりのない)普通の前方宙返りだが、かかえ込んだ体をひらくさいに下半身で円を描くようにすると向きを変えることができる。ひねりの角運動量が増加したわけではなく、(運動によって)体の向きが変わっただけである。
妙な表現だが(ひねり方向の)回転しにくさ(慣性モーメント)を利用して体の向きを変えている──と言うことができる。
この技術ではひねりの回転力(角運動量)そのものを生み出すことはできない。あくまでも体を動かすことで体の向きを変えているだけである。

余談だが前方かかえ込み宙返りの後半にサイドキックを放つようにすると4分の1ひねりができる(前方宙返りの後半が側方宙返りになる)。これも半ひねりと原理的には同じ技術である。

さて【空中に出てからひねり始める】タイプの宙返りは、さらに2つに分けられる。
前述の前方宙返り半ひねりが【ひねりの回転力を生み出さずに体の向きを変える】技術だったのに対し、ルドルフ(1回半ひねり)では、体を開ききったあとも回転(ひねり)運動が持続する──こちらは【無の状態からひねりの回転力(角運動量)を生み出す】技術なのである。
砂場でのルドルフの練習写真でも、体をのばした後もひねりが継続している。

空中で体の向きを変えるだけの半ひねりよりも、ひねりの回転力(角運動量)自体を生み出すルドルフの方が難しい。
単純イメージ化して説明すると、折り畳んだ上半身と下半身で、力が「抜けない」ように対称的に逆回転のひねりを始め、上半身・下半身の2本の逆回転軸をのばして一本の軸にすることで同じ方向のひねりにまとめる──という感じ。
前屈して(あるいは反って)体の外にずらした重心を通る面で腕の振り込みを行いながら体をはじくようにひらくイメージである。

高飛び込みでは、いきおいよくひねっていたのに宙返りの間に一瞬体をかがめることできれいにひねりの回転力を吸収・消失させてしまう技術がある。ちょうどこの逆の運動が無からひねりの回転力を生み出す技術である。

さて、前述したように当時は体操競技の床運動では【空中に出てからひねり始める】タイプのひねり宙返り、前方宙返り系のひねりはまだ行われていなかった。
前記の写真を撮った時だったか……体育祭の日にグランドすみの砂場でルドルフの練習をしていると、たまたま来ていた某大学の体操部員の人たちがいて「前方宙返りのひねりをやっている!」と驚かれたことがあった。
そしてその少し後に行われた体操競技の学生選手権大会をテレビ観戦していたところ、その某大学の選手が床で前方宙返りにひねりを加えた技を行っていたので「おっ!」と思った。体育祭のときに来ていた体操部員かどうかはわからなかったが、もしかしたら、僕がルドルフを練習しているのを見て、床運動の演技に取り入れる事を考えたのかもしれない──そんな想像をした。
もちろん某大学の選手が真っ先に前方系の宙返りにひねりを持ち込んだのはただの偶然で、僕のルドルフ練習とは無関係かもしれない。素人の僕が仮面ライダーを見てトランポリンの技術を地上で行う宙返りに応用する事を思いついたのだから、体操選手が同じように考え実践したとしても全く不思議ではない。
ただ、僕のルドルフがヒントになった可能性も無いではないような気もしている。
いずれにしてもそれ以降、床運動でも前方宙返りにひねりをくわえた技は普通に見られるようになった。

幻のオリジナル宙返り!?

前方宙返り半ひねりやルドルフはそれまで床運動ではなかったものの、トランポリンの技術としては既にあった。そういう意味では「自分で考えた技」ではなかった。
これに対し、それまで見たことも聞いたことも無い、自分で考えた技──というのも工夫し開発(というほどのものではないが)してみた事がある。

床運動では【後ろとび2分の1ひねり前方かかえこみ宙返り】という技がある。ロンダート(側方倒立回転跳び4分の1ひねり後ろ向き立ち)や後転跳び(後方倒立回転跳び=バック転)からの連続技で、そのまま宙返りを行えば後方宙返りだが、踏切って半ひねりして(向きを変えて)から前方かかえ込み宙返りに入るという技である。【猫宙】と呼ばれていた。
この猫宙からさらに半ひねりやルドルフを行うことを考えた。
とくに猫宙ルドルフは踏切りのあと半ひねりしたひねり運動が一度かかえこみになるときに消失し、そこから加速的に速まる──宙返りの間に空中姿勢とひねりスピードが変化するというおもしろい動きになる。
トータルで2回ひねるわけだが、通常行われる2回ひねり=後方伸身宙返り2回ひねり(ひねりの速度は一定)よりも変化があって見栄え的には目を魅きそうな技ではないかと思う。

テレビの体操競技中継などでは見た事が無い技で、これは僕が自分で考えた技ではあるのだが……おそらく同じ事を考え、やってみた体操選手も少なくなかったろうと考えている。
猫宙を覚えた選手なら考えつきそうな技だし、見た目はおもしろいのだが……演技に採用されなかった理由も想像できる。
宙返りの途中に「かかえ込み」姿勢が入るので、「伸身」姿勢で行われる通常の2回ひねり(後方伸身宙返り2回ひねり)よりも難度的には低い扱いになってしまうに違いない。そのため競技会で行う技としては選択されにくく、メジャーな大会では披露されることが無かったのではないかと思う。

スーパーヒーローのアクロバット技

というように僕は独学(というより邪道?)で宙返りを覚えたわけだが、人造人間キカイダーや仮面ライダーなどの東映ヒーローの映像も多いに刺激になっている。
そうして覚えた技の一部が、はからずしも後にインディーズヒーロー『ミラクル☆スター』の映像を撮るときに役に立ったわけである。

ちなみに『ミラクル☆スター』は小説版がオリジナルで、小説版の中でも宙返り&ひねりを利用したアクロバティックな必殺技を得意にしている。
もしかしたら、スーパーヒーローが跳び蹴りの前に「無駄に宙返りをしている」と思っている向きも、あるいはあるかもしれない。そこで、ミラクル☆スターの宙返りキックの秘密を公開しておこう。

スーパーヒーローがアクロバテッイクな技を披露するのは決して「意味の無い(視聴者)サービス」ではないのである。

ミラクル☆スター~実写版~※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
最後の宙返り