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実録『怪喜!笑い袋爺』

怪奇……ならぬ怪喜!? 15年前に書いた本当にあったハナシ……

怪喜!笑い袋爺  by 星谷 仁

 僕が小学生だった頃──今から30年以上前に「笑い袋」なるものが流行った。笑い声が録音された機械を収めた巾着袋で、袋の上からスイッチに触れると、時と場所を選ばずに大笑いが吹き荒れる……というものである。
 ただそれだけの玩具なのだが、録音された男性の笑い方が実に見事で、涙を浮かべ腹をよじって身悶えしながら笑い転げる様子が目に浮かぶ迫真の演技。これを聞かされると、ついついつられて笑ってしまう。もしこの笑い声をシラフで発していたのだとすると、声優は相当な演技力の持ち主だったに違いない。
 笑い袋ブームが去ってしばらく後、某所でこの復刻玩具をみつけて買ってみたことがあったが、録音されていた笑い声の迫力は昔のものにくらべて明らかに劣っていた。元祖・笑い袋の威力をあらためて認識したものである。
 前置きが長くなったが、この元祖・笑い袋を隠し持って出没する謎の爺さんが「笑い袋爺」である。何くわぬ顔でターゲットに近づき、おもむろに笑い袋のスイッチを入れる。そして突然襲った強烈な誘い笑いにつられて顔を崩す人の様子をじっと見つめて悦に入るのである。
 僕がこの爺さんに初めて遭遇したのは今から10年ほど前──「笑い袋」の存在がすでに世の中から忘れ去られていた頃だった。
 近所の遊歩道を歩いていると、前から老犬を連れたさえない身なりの爺さんがこちらに向かって歩いてくる。近くまで来るとこの爺さん、横目でこちらの顔をうかがっているようす。はて、知り合いかと思ってその顔を見たが、思い当たる人物はいない。なのに爺さんの方はこちらを見つめたまま……その目尻には、かすかに笑みをたたえている。
 変な爺さんだ──と無視してすれ違おうとしたときに、突然笑い声が鳴り響いた。
 笑い袋の──元祖の笑い声であることはすぐにわかった。1度聞いたら決して忘れない迫真のバカ笑いである。
 びっくりして爺さんの顔を見ると「そ〜ら、笑うぞ、笑うぞ」と言わんばかりに目を輝かせている。僕が吹き出すのを明らかに期待しているのだ。
 不覚にもつられ笑いしそうになって、僕はぐっとこらえた。年寄りの悪意のないイタズラなのだろうが……それにしても、見ず知らずの人にいきなりしかけるとは無礼である。
(こんなくだらないイタズラに乗せられて笑うものか!)
 僕はぶしつけな視線をにらみ返そうとしたが、目尻が下がりそうになってきたので顔をそむけ、無視して通り過ぎることにした。
 しかし、視線はそらしても、耳からは元祖・笑い袋の強力な誘い笑いが容赦なく飛び込んでくる。
「わ〜っはっはっは」
 ただでさえおかしいその笑い声は、テープがすり減っているのかスピーカーが錆びついているのか、「が〜っがっがっが」と割れて響く。
(音が割れるまで使い込んだ笑い袋!)
 そう思った瞬間、僕はついに堪えきれなくなって吹き出してしまった。
 爺さんは、まるで勝ち誇ったかのように得意げな笑みを浮かべ、意気揚々と僕のわきを通り過ぎて行ったのだった。
 すれちがった後もこみあげる笑いにおえつしながら、僕は心の中で(不覚をとった……負けた)と思った。
 なんだか通り魔にでもあったような気分だった。

 2度目にこの爺さんと出くわしたのも同じ遊歩道であった。夕陽を斜めにうけて歩いてくる老人と犬のシルエット……ハッとして目を凝らすと先だっての爺さんである。
(しまった! 笑い袋爺だ!)
 気づいたときには敵はすでにこちらを見据えていて、例によって薄ら笑いを浮かべている。
 以前、斬られた敗者の意識がよみがえる。
(いかん……また、笑い袋の一太刀を浴びせかけられるぞ!)
 僕は反射的に迂回路を目で探した。しかし遊歩道は一本道──逃れるべき路地はない。来た道を引き返せば笑い袋攻撃から逃れることはできるだろうが、いちど目を合わせた直後にきびすを返すのは敵前逃亡みえみえだ。こんな爺さん相手に、しっぽを巻いて逃げるのもしゃくである。
 僕は腹を決めた。
(よし、おどおどすまい! 平常心で通り抜けるのだ!)
 この前は不意打ちをくらって不覚をとったが、今回はそうはさせるものか──そう自分に言い聞かせ、まっすぐ前を向き、笑い袋爺を見ないようにしながら平静を装って歩を進めた。
 笑い袋爺との距離がしだいに詰まる。ニヤついた視線が僕にロックオンされているのが頬にシッカリ感じられた。
 この視線に吸い寄せられてはならない! 僕は視点を前方に固定すべく焦点を探した。視線は定まらず、いくらかあごが上がってくる。意識すまいと意識することで歩き方もぎこちなくなり、右手と右足が一緒に出そうだった。
(へ、へいじょうしん! 平常心!)
 しかし、心の緊張とは裏腹に頬は緩みそうになる。
 脳裏に小学校の給食の時間がよみがえった。
 僕はよく牛乳を吹いて叱られた。僕が牛乳を口に含んだ瞬間を狙って笑わす級友がいたのだ。牛乳を飲む間は決して笑うものかと思うのだけれど、笑っちゃいけないと意識すればするほど、つまらないギャグにも過敏に反応して吹いてしまうのだ。
 そして今、笑い袋爺を目の前にして笑いへの過敏さはかつてないほどに高まっていた。
(あ、あとほんの数秒、すれちがうまで堪えればいいのだ! どんなにおかしくても、決して笑ってはいかん!)
 くるぞ、くるぞ……と思いながら、笑い袋爺が至近距離に迫ったとき、はたして笑い袋のスイッチは入れられた。
「が〜っがっがっが」
 僕は顔をそむける間もなく吹き出してしまった。前回よりもあっけない撃沈であった。
(やられた……完敗だ……)
 1度ならず2度までも……わかっていながら笑い袋爺の術中にはまってしまったことがまた悔しい。
 ふり返らずとも、勝ち誇って意気揚々と歩いて行く爺さんの姿が目に浮かぶ。

 笑い袋爺はその後も何度か出没した。出るのは決まって遊歩道の一本道。出くわすたびに「そう何度も同じテに乗ってたまるか!」と抵抗を試みるのだが……苦手意識がすっかり定着し、勝負は全敗。
 お互いに名前も知らず言葉をかわすこともない、縁もゆかりもないもの同士……なのにすれ違う一瞬の間に、触れずして斬り、斬られ……勝者と敗者が決する──そんな理不尽な戦いがしかけられていたのである。

 出くわせば緊張が走る笑い袋爺だったが、いつの頃からか見かけなくなり、平穏な日々が続くうちに歳月は流れた。
 遭遇したときには、あれほど避けたいと思った笑い袋爺だったが、姿を見なくなって久しくなると、不思議なもので、どうしているのか気になってくる。
「が〜っがっがっが」と壊れかけた音をしぼりだしていた笑い袋がついに壊れたのか、それとも爺さんが散歩のできない状態になったのか……あるいは単に笑い袋を使った辻斬りに飽きただけなのか……その真相は知るよしもない。
(どんな爺さんだっけ?)と、その容貌をあらためて思い起こしてみようとすると……勝ち誇ったニヤニヤ笑いだけは鮮烈によみがえるのだけれど、その顔立ちがなぜか思い出せない。
 強烈な印象の相手なのに、その顔すら思い出せないのは妙なものだ。出会った記憶さえ夢だったようなあやふやさを帯びてくる。
「はて、笑い袋爺は実在したのだろうか? 口裂け女や人面犬のような現代の妖怪・幻だったのだろうか?」
 首を傾げ、懸命に思い出そうとしてみたが……脳裏に浮かんでくるのは老犬と並んでとぼとぼ歩くヨレヨレの後ろ姿……なぜか1度も見たことがないはずの後ろ姿ばかりであった。
 遭遇していた頃には(爺さんのやつ、何が楽しくてこんなバカげたことをするのだろう)と悔しさ半分にいぶかしむだけだったが、今ふり返ってみると、また違った思いも湧いてくる。
 爺さんのイタズラで、僕はそのつど敗者の屈辱を味わい心の中で地団駄を踏んだが、そのとき、爺さんは逆に勝者の優越感を味わっていたはずだ。これは真剣勝負の当事者であった僕には断言できる。
 今の社会、老犬を連れたさえない身なりの爺さんが、世間を相手に渡り合ったり、勝者の優越感に浸れる機会はそうないのかもしれない……だからそんな感覚を密かに味わえる「笑いの通り魔」のハマってしまったのではないだろうか?
 今でもたまに、遊歩道で犬連れの老人の姿を見かけ、ドキッとして身構えることがある。その「ドキッ」の中には、笑い袋爺ではあるまいかという期待もわずかに混じっているのである。


奇妙笑い袋爺

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