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SFとんち話!?『かぐや姫の壺』2つの結末

月食(月蝕)にまつわる、ちょっとした思いつきをショートショートにまとめてみた。とんち話か・SF幻想か……2つの結末を§1と§2で。

01かぐや姫の壺A
02かぐや姫の壺B
03かぐや姫の壺C
04かぐや姫の壺D
05かぐや姫の壺E
06かぐや姫の壺F
07かぐや姫の壺G
08かぐや姫の壺H
09かぐや姫の壺I
10かぐや姫の壺J
11かぐや姫の壺K

夢野久作が『月蝕』という短編を書いていたことを最近知った。なるほど【月蝕】というモチーフは創作的なイメージを刺激する。僕が書くなら……と想像して最初に思い浮かんだ着想が〝地球からみた月食現象は、月からみれば日食〟という視点の違いを利用したトリック──実際には転移などしていない壺を転移が成立したかのように見せる〝とんちロジック〟である。これをショートショートにまとめたのが§1ということになる。そして、また別の結末も思いついていたので、以下§2で《続き》としてあげておく。着想の記録が目的なので、描写など端折り気味にまとめた。

12かぐや姫の壺L
13かぐや姫の壺M
14かぐや姫の壺N
15かぐや姫の壺O

とんだフェイクネタだと思われた《壺の転移》が実は本物だった!?──と示唆するオチが§2。§1のオチをとんちネタだとすれば、§2のオチはSF幻想風といったところ? §1で幕にした方が作品としてはまとまりが良い気もするが、同時に頭に浮かんでいだ別の着想も残しておきたくてこんな形で記してみたしだい。
ちなみに今年(2022年)は11月08日に皆既月食があるらしい。月食の初めは18:09で、皆既食の始めが19:16、食の最大が19:59で、皆既食の終わりは20:42、月食の終わりが21:49になるという。月食の時間は何十年も先まで正確に予想できているのに、地上の天気については30分先の予報も当たらないのが情けない。



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01創作の周辺
《ブログというツールを使って、どんなことができるだろう?》──ということで始めた本ブログ(当初はYahoo!ブログ)。あれこれ試しながら、個人的に関心のあること、面白いと感じたこと、疑問に思うことなどをまとめ、整理&保存しておく場所として利用してきた。もちろん公開しているのだから他者から読まれることを前提に考えている。閲覧者にとっても意味のある内容であったなら嬉しい。テーマは不統一だが投稿基準は《僕自身が読み返してみたくなる内容であること》──それほどではない記事なら投稿を控える。
逆にいうと、これまで投稿してきた記事は、後で読み返すことを前提にまとめたものだ。ところが、いざ思い立って読み返したくなった時にすんなり該当記事や関連記事が見つからないことが出てきた。記事の数が思いの外増えてしまったためだ。
それでテーマによっては一覧ページを作って整理している。最近になって[創作雑感]という新たなカテゴリーを追加したが、それ以前に別のカテゴリーで投稿したものも含め、創作関連の内容を含む記事をまとめるページを作っておくことにした。特に明確な基準があるわけではなく、かなりゆるいイメージでまとめてみたもの。


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植物なぞなぞ〜ルリカミキリ

先日、ある植物を見ていて、ふとこんな〝なぞなぞ〟が頭に浮かんだ……。
《新しいビジネスチャンスを素早く獲得することを目的とするM&A(エムアンドエー)──このM&Aを排除することで資産家になれる植物がいる? さて、問題です。M&Aを排除することで資産家になれる植物とは何?》

ふと思い浮かんだ植物なぞなぞ

Q:M&Aを排除することで資産家になれる植物は何?

──に対する答えは⬇️

A:カナメモチ

──そのココロは──、
カナメモチ「KANAMEMOCHI」から「」を(1つずつ)排除すると──「KANEMOCHI(金持ち)」になる。

     *     *     *     *     *
【追記】問題は次のようにした方がスッキリすると気がついた……。

《Q:午後だけ(午前中を除くと)資産家な植物は何?》
《A:カナメモチ》

──そのココロは──、
カナメモチ「KANAMEMOCHI」から「AM」を除くと「KANEMOCHI(金持ち)」になる。
     *     *     *     *     *

僕が子供の頃、生垣といえばマサキやサワラが多かったが、今はカナメモチ(レッドロビン?)が多い。そしてこの木にはキレイで可愛らしいルリカミキリという昆虫がつく。今年も5月の中旬に入って、ルリカミキリが目につくようになってきたのでカナメモチのそばをとるときは、つい葉の裏を探してしまうのであった。
01ルリカミキリ後食A
02ルリカミキリB
03ルリカミキリC

この植物なぞなぞのように、ぼう〜っとしているときに、しょーもないダジャレ・フレーズや〝なぞなぞ〟が頭の中に湧いてくることがある。少し前に思い浮かんだだぞなぞも記しておく。

ふと思い浮かんだ魚なぞなぞ

Q:生存競争の激しい海の中でいつも強気な生き物は?

A:サバ……サバイバル(鯖威張る)


これは鯖の缶詰を見ていて頭に浮かんだもの。
ついでに、過去記事の中から、昆虫なぞなぞを2つ……。


テングスケバの昆虫なぞなぞ
04テングスケバ謎謎再A
05天狗透羽謎謎再B
 ※【テングスケバのシンボルマーク】より

アカシマサシガメの昆虫なぞなぞ
06昆虫なぞなぞQ
「仏に託して活きる」から1字取って並べ替えると見えてくる答とは⬇️
07昆虫なそなぞA
「仏に託して活きる」から「き」取って(きどって)「イモムシに話してる」
──なんちゃってプチ地蔵が話している相手は「イモムシ」というのが答。

 ※【ぷち地蔵アカシマサシガメQuiz】より

ぼうっとしている時には、ヘンテコな思いが展開するものである……。

可愛い悪役!?ルリカミキリの産卵
テングスケバのシンボルマーク
ぷち地蔵アカシマサシガメQuiz
エアポケット幻想
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寒くなると欲しくなる《どこでもドア》の活用法

夏には室温を下げるために電気代を取られていたのに、冬になってみれば今度は暖を求めて電気代を費やす……なんともったいないことか! 夏に持て余していた〝暑さ(熱量)〟を、ちょいと冬にまわせば穏便に解決できそうなものを……できないことがもどかしい。
(暑い時期もそうだが)寒くなると欲しくなるのが(ドラえもんの)《どこでもドア》だ。夏には高原の/冬には熱帯の地と結べば、ドアを開けておくだけで冷気や暖気をタダで取り込める──電気代を気にすることなく快適な室温が確保できるというわけだ。
そう考えると《どこでもドア》というのはなんと便利なアイテムであろう。人の移動以外にも使い道はいくらでもありそうだ。
例えば、標高の高い位置で《どこでもドア》を海底につなぐ──ドアを開ければ海水が勢いよく吹き出すはずだ。これを利用してタービンを回せば水力発電ができる。
《どこでもドア》を床に置いて、その上空と結べば、ドアに落としたリンゴは上空から出現して、再び《どこでもドア》に落ちて──無限に落ち続ける。落ちたリンゴを元の高さに持ち上げるためのエネルギーを使うことなく、落ちてくるエネルギーだけを利用できる。すなわち《どこでもドア》は無から有を生み出す《永久機関》に匹敵するアイテムだということができる。
枯渇しつつある化石燃料に依存せず、また二酸化炭素を排出せずに、あるいはリスクの大きな原子力に頼ることなく、無限のエネルギーを取り出すことができるのだ。ケチな個人的利用に留めておくテはない。
《どこでもドア》を利用した発電システムを実現すれば、クリーンで安全な低価格電気が供給できる。そうなれば光熱費および冷暖房の電気代も大幅に削減でき、暑さ寒さに苦しむ多くの貧民を救済できるではないか。
「どこでもドアがあったらなぁ……」いてつく脳みそは、ついそんなことを妄想してしまうのである。



冬来たりなば貼るトウガラシ
幻と消えた大発明/永久機関の夢
重力エスカレーター
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物書きのジレンマなど(創作雑感)

01着想イラスト等

物書きのジレンマなど
作者は自作品の読者になれない!?
一口サイズの読み切り創作作品の一部をブログに公開しているが、今回は創作について思うところを少し記してみることにする。

物語を創ってみたい・小説を書いてみたいと思うきっかけは人によって様々だろう。読んだ作品に感銘を受けて、自分もこんな話を書いてみたいという憧れから創作を始めた人もいれば、既成作品に感銘しつつも「ここは、こうあってほしかった」という思いが強く「自分好みの仕様」を欲する気持ちから自作を始めたという人もいるだろう。あるいは既成作品に対する不満から、自分が満足できる小説の理想を求めてペンをとった人もいるにちがいない。

小説の良いところは(標準装備の頭と)紙とペンがあれば(今ならパソコンが主流なのだろうが)、物語を自由気ままに創ることができることだ。映画づくりでは基本的にスタッフや役者たちの協力が必要となるが、小説であれば作者独りで作品づくりを完結することができる。
物語を自作するということは《自分好みのおもしろい作品を構築する》ということだろう。この《おもしろさ》を測る基準が、僕の場合《読者としての自分》だと言える。《読者としての自分が読んだら、おもしろいと感じるかどうか》という視点である。
《読者としての自分が読んで、満足できる作品を書きたい》──それが創作の動機になるわけだが……しかし、残念なことに、じつは《作者は自分が書き上げた作品の純粋な読者にはなれない(自作品をまっさらな気持ちで読むことができない)》。
書き上げた作品を読み返してみるとき──作者は冒頭の1行を読んだ時点で(というより読む前から)、その後の展開や結末まで、全てがわかっている。苦労して書いた部分や不安がある部分などが、いやでも脳裏によみがえってきてしまう。
映画館で上映作品を鑑賞しているときに、誰かが横から先の展開や結末をバラし始めたら興醒めしてしまう──これと同じ。自分が書いた作品を純粋な気持ちで鑑賞しようとしても、読んでる先のことまで事細かにわかっているのだから、わずらわしいことこの上ない。
作者は《読者としての第一印象》で自作品を読むことができない。

《読者である自分が満足できるような作品》を目指しているのに、作者自身は、《自作品をまっさなら気持ちで読むことができない》──物書きはそんなジレンマを抱えている。
美味しい料理が食べたくて料理作りを始めたのに、自作した料理を味見することができないコック……小説書きのジレンマはそんな悲惨なコックに例えることができるかもしれない。
創作を始めた頃は、書き上げた作品を読み返しても、それがどの程度のものなのか、自己評価するのが難しかった。

難しい自作品の評価をするための《ものさし》作り
「(まっさらな)第一印象」で読むことができない自作品を印象で判断するのは難しい……そこで作品を測る《ものさし》のようなものが必要になってくる。作品を客観的に分析して評価する能力を養うのに大いに役に立ったのが、僕の場合、同好の仲間たちとの意見交換──同人誌や研究会などで行われる作品合評会だった。
合評会では、(客観的に読むことができない)自分の作品が他者にどう読まれているのか──そうした意見が聞けて大いに参考になったが、作品分析力を鍛える上でそれ以上に有益だったのは、むしろ他の人の作品に対する分析・評価の比較だった。自分の作品は冷静に判断することが難しいので、他者からの意見が妥当なものなのかを判断するのが難しい。しかし、他者の作品についてならば「(まっさらな)第一印象」で読むことができるわけで、他の人たちと同じ土俵で作品を論じることができる。同じ作品に対する評価を他の人たちの意見と比べながら、どの評価が適切なのかを考えるようになり、自分の《ものさし》が培われていった気がする。こうして構築された《ものさし》が、自分の作品を判断する手がかりにもなったわけである。

初心者へのアドバイスについて
創作を始めて間もない頃には《ものさし》もできておらず、自分の作品に対して適切な評価をするのが難しい。そこで、客観的に読むことができる立場の同好の仲間・先輩たちの助言が効くわけだが、経験的に注意が必要だと思うことを記しておきたい。

初心者の作品には、欠陥も多めだが──不備な点というのは具体的に指摘しやすいし、指摘された方も理解しやすい。それに対し、長所を褒める時は観念的な指摘になりがちなので、欠点(の修復)に意識が向きがちになる。
初心者は長所も短所もハッキリ自覚できずに書いているものだが、書き上げた作品の短所ばかりが(他者からの指摘で)意識化され、その修復に腐心して改稿したり、あるいは新作に取り組むと、短所は改善されたものの、元々あった長所のあじわいが影をひそめてしまうということが起こりうる。
《ハッキリ自覚できずに書いていた長所と短所》のうち《ハッキリ自覚できずにいた短所》ばかりが意識化されたことで、それをどう取り繕うかということに意識が向いてしまい《ハッキリ自覚できずにいた長所》がないがしろにされてしまうためだ。
物語の価値は、面白さにあるわけで、改稿にしろ新作にしろ《欠点をどうとりつくろうか》というつじつま合わせに心を奪われるより《面白さ(長所)を引き立たせるにはどうすべきか》という視点に立って考えることが大事だと思う。
アドバイスをする側も「わかりやすい欠点」の指摘ばかりでなく「作者がハッキリ自覚していない長所」を意識化させ、それを膨らませる方向の助言を心掛けるべきだろうという気がする。

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