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物書きのジレンマなど(創作雑感)

01着想イラスト等

物書きのジレンマなど
作者は自作品の読者になれない!?
一口サイズの読み切り創作作品の一部をブログに公開しているが、今回は創作について思うところを少し記してみることにする。

物語を創ってみたい・小説を書いてみたいと思うきっかけは人によって様々だろう。読んだ作品に感銘を受けて、自分もこんな話を書いてみたいという憧れから創作を始めた人もいれば、既成作品に感銘しつつも「ここは、こうあってほしかった」という思いが強く「自分好みの仕様」を欲する気持ちから自作を始めたという人もいるだろう。あるいは既成作品に対する不満から、自分が満足できる小説の理想を求めてペンをとった人もいるにちがいない。

小説の良いところは(標準装備の頭と)紙とペンがあれば(今ならパソコンが主流なのだろうが)、物語を自由気ままに創ることができることだ。映画づくりでは基本的にスタッフや役者たちの協力が必要となるが、小説であれば作者独りで作品づくりを完結することができる。
物語を自作するということは《自分好みのおもしろい作品を構築する》ということだろう。この《おもしろさ》を測る基準が、僕の場合《読者としての自分》だと言える。《読者としての自分が読んだら、おもしろいと感じるかどうか》という視点である。
《読者としての自分が読んで、満足できる作品を書きたい》──それが創作の動機になるわけだが……しかし、残念なことに、じつは《作者は自分が書き上げた作品の純粋な読者にはなれない(自作品をまっさらな気持ちで読むことができない)》。
書き上げた作品を読み返してみるとき──作者は冒頭の1行を読んだ時点で(というより読む前から)、その後の展開や結末まで、全てがわかっている。苦労して書いた部分や不安がある部分などが、いやでも脳裏によみがえってきてしまう。
映画館で上映作品を鑑賞しているときに、誰かが横から先の展開や結末をバラし始めたら興醒めしてしまう──これと同じ。自分が書いた作品を純粋な気持ちで鑑賞しようとしても、読んでる先のことまで事細かにわかっているのだから、わずらわしいことこの上ない。
作者は《読者としての第一印象》で自作品を読むことができない。

《読者である自分が満足できるような作品》を目指しているのに、作者自身は、《自作品をまっさなら気持ちで読むことができない》──物書きはそんなジレンマを抱えている。
美味しい料理が食べたくて料理作りを始めたのに、自作した料理を味見することができないコック……小説書きのジレンマはそんな悲惨なコックに例えることができるかもしれない。
創作を始めた頃は、書き上げた作品を読み返しても、それがどの程度のものなのか、自己評価するのが難しかった。

難しい自作品の評価をするための《ものさし》作り
「(まっさらな)第一印象」で読むことができない自作品を印象で判断するのは難しい……そこで作品を測る《ものさし》のようなものが必要になってくる。作品を客観的に分析して評価する能力を養うのに大いに役に立ったのが、僕の場合、同好の仲間たちとの意見交換──同人誌や研究会などで行われる作品合評会だった。
合評会では、(客観的に読むことができない)自分の作品が他者にどう読まれているのか──そうした意見が聞けて大いに参考になったが、作品分析力を鍛える上でそれ以上に有益だったのは、むしろ他の人の作品に対する分析・評価の比較だった。自分の作品は冷静に判断することが難しいので、他者からの意見が妥当なものなのかを判断するのが難しい。しかし、他者の作品についてならば「(まっさらな)第一印象」で読むことができるわけで、他の人たちと同じ土俵で作品を論じることができる。同じ作品に対する評価を他の人たちの意見と比べながら、どの評価が適切なのかを考えるようになり、自分の《ものさし》が培われていった気がする。こうして構築された《ものさし》が、自分の作品を判断する手がかりにもなったわけである。

初心者へのアドバイスについて
創作を始めて間もない頃には《ものさし》もできておらず、自分の作品に対して適切な評価をするのが難しい。そこで、客観的に読むことができる立場の同好の仲間・先輩たちの助言が効くわけだが、経験的に注意が必要だと思うことを記しておきたい。

初心者の作品には、欠陥も多めだが──不備な点というのは具体的に指摘しやすいし、指摘された方も理解しやすい。それに対し、長所を褒める時は観念的な指摘になりがちなので、欠点(の修復)に意識が向きがちになる。
初心者は長所も短所もハッキリ自覚できずに書いているものだが、書き上げた作品の短所ばかりが(他者からの指摘で)意識化され、その修復に腐心して改稿したり、あるいは新作に取り組むと、短所は改善されたものの、元々あった長所のあじわいが影をひそめてしまうということが起こりうる。
《ハッキリ自覚できずに書いていた長所と短所》のうち《ハッキリ自覚できずにいた短所》ばかりが意識化されたことで、それをどう取り繕うかということに意識が向いてしまい《ハッキリ自覚できずにいた長所》がないがしろにされてしまうためだ。
物語の価値は、面白さにあるわけで、改稿にしろ新作にしろ《欠点をどうとりつくろうか》というつじつま合わせに心を奪われるより《面白さ(長所)を引き立たせるにはどうすべきか》という視点に立って考えることが大事だと思う。
アドバイスをする側も「わかりやすい欠点」の指摘ばかりでなく「作者がハッキリ自覚していない長所」を意識化させ、それを膨らませる方向の助言を心掛けるべきだろうという気がする。

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虹の不思議(掌篇童話)

小話風掌編童話。400字詰原稿用紙で4枚弱のショートショート。

01虹の不思議A
02夢の不思議B改
03虹の不思議C
04虹の不思議D


虹は知らずに見たら、かなり神秘的な現象だろう。昔は生き物だと思われていたこともあったそうな。
よく7色に例えられるが、実際には色に明確な境い目は無く、見ようによっては何色にも見える。これは見ようによってどうともとれる《タマムシ色》と通じるものがある……。
《虹》が《虫》ヘンだというのもなんだか不思議な気がするが……《虫》の中には《虹》のような神秘的な色合いをもつものがいる。
付録として(?)僕が見た《虹色昆虫》をいくつか載せておこう。


01銅猿葉虫A再
メタリックな美麗昆虫10種より、アカガネサルハムシ⬆

07ツマアカセイボウ
宝石蜂セイボウ:輝きの秘密と生活史考より、ツマアカセイボウ⬆

02ヤマトタマムシFC2
タマムシとコガネムシより、ヤマトタマムシ⬆


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行列回避システム

コロナ禍で〝密〟を避けなければならない昨今。病院の待合室などは〝密〟になりがちだが大丈夫なのか……病気を治すべき病院が病気のリスクを高める場になっていたとしたら、コントか4コマ漫画、ショートショートのオチのようだ──そう考えて、ふと思った。

病院で受付をした時に発行される整理番号──待合室で表示される呼び出し番号(現在何番が受診中か)をインターネットで見られるようにすれば、狭い待合室で順番がくるまで待たなくても良いのではないか?
僕は病院に行くのが嫌いだが、その一番の理由は〝待たされること〟にある。病院待合室での〝拘束時間〟がストレスになる。

今ならスマホを持っている人も多いし、現在の進行状況をどこからでも確認できるようになれば〝密〟となる待合室で〝拘束〟され続ける必要から解放される。これまで強いられてきた《感染リスクをともなうムダな時間》を、別の場所で有効に──買い物をしたり、仕事をしたり……有意義に使うことができる。

病院の場合は、必ずしも発行された整理番号順に診察されるわけではないので、その点で問題はあるかもしれないが、他の行列イベント──テーマパークでの順番待ちなどでは、整理番号を発行してもらったあと、進行状況(現在何番まで進んでいるのか)をスマホなどで確認できるシステムにしておけば、待ち時間を有効に使えるはずだ。ただし、その待ち時間の間に他の行列イベントで整理番号をもらいまくるようなことを皆がすると、それぞれの整理番号が爆増することになるから、待機中の人には新たな整理番号が発行できないような仕組みは必要になるかもしれないが……。

順番待ちの〝拘束〟から解放されることは利用者にとっても望ましいことだが、待たせる側にしても、メリットがある。待合室で待つ利用者が減れば〝密〟の回避につながるし、待ち合いスペースの節約にもなる。順番行列を管理するためにかかっていたコストの削減にもつながるはずだ。
ネット上のサイトにリアルタイムで整理番号を示すカウンターを設置するくらい大した手間ではないだろう。

《待ち時間を別の場所からでも確認できるシステム(別の場所で待ち時間を有効活用できるシステム)》があれば便利──こんな簡単な行列回避システムがあっても良いのではないかと思ってタイプしているわけだが……もう既にあるのだろうか?
あるかも知れない……いや、用途の広さから考えても、利便性から考えて、ないわけがないか……?



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古本屋にて(ショートショート)

原稿用紙7枚半ほどのショートショート。

01古本屋にてA
02古本屋にてB
03古本屋にてC
04古本屋にてD改
05古本屋にてE改
06古本屋にてF
07古本屋にてG
08古本屋にてH

昔はあちこちにあった書店が激減したことは【絶滅危惧!?消えゆく本屋と雑木林】で嘆いた通り。近所に大きな書店が無くなったことで、在庫が豊富な古書店ブックオフを時々のぞきに行っている。
10年程前、邦画『文学賞殺人事件 大いなる助走』の原作が読んでみたくなり、『大いなる助走』(筒井康隆・作/文春文庫)を入手したのもブックオフだった。
09大いなる助走古本
購入した文庫本には、切り抜かれた新聞記事が2枚挟まっていた。いずれも平成18年(2006年)10月30日付けの産経新聞で、1つは「ベストセラー再会」というコラムで『大いなる助走』についての書評(桑原聡)。もう1つは「曽野綾子の透明な歳月の光」というコラムで『大いなる助走』の内容に絡む内容が含まれていた。切り抜きにはボールペンによると思われる小さな字で新聞紙名や日付が書き込まれ、文章の一部には黄色いマーカーできれいに線が引かれていた。本の状態はとてもよく、本を大事に管理する人の蔵書だったことがうかがえた。
買った古本に前の持ち主の痕跡が残されていたことに「古本のドラマ」を感じて、古本もちょっと面白い思った。
僕にはこの本が「読み捨てられて売りに出されたもの」とは思えず、きっと几帳面に本を管理していた持ち主が亡くなったことで処分された蔵書の1冊だったのではないか……などと想像した。
そんなところから、この話が思い浮かんだ。いってみれば古本屋に現れた幽霊の話である。しかし、《古本屋に怪しげな客がやってくる→幽霊だった》という展開はありきたりで面白味がないし、怪しげな客が幽霊だったというオチも予想できてしまう。
他愛もない着想ではあったが、これを「古本のもつ怪しさ」という方向に読者の意識を誘導することで、オチ──「霊的な存在は主人公の方だった」という意外性を成立させることはできるのではないかと考え、まとめてみた。



絶滅危惧!?消えゆく本屋と雑木林
久しぶりの『文学賞殺人事件 大いなる助走』
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慈悲深いワラ人形

ねらった相手を確実に死に至らしめることができる《呪いのワラ人形》があるという。ところがこれを入手した者は皆、実行(使用)を思い止まるのだという。
殺害目的で入手した藁(わら)人形に殺意を抑止する効能があるのだろうか!?
──という原稿用紙で13枚弱のショートショート。

01藁人形A
02藁人形B
03藁人形C
04藁人形D
05藁人形E
06藁人形F
07藁人形G改
08藁人形H
09藁人形I
10藁人形J
11藁人形K
12藁人形L
13藁人形M改


先日《禍(わざわい)をまねく招き猫》の小話を投稿したあと、これに《慈悲深い(呪いの)ワラ人形》なんて対照的なタイトルを続けてもおもしろいのではないかと思いたち、考えてみたもので、400字詰原稿用紙換算で13枚弱になった。
しかし……ターゲットと藁人形を五寸釘でリンクするという着想はたあいもないジョーク・レベルもので、1編の作品を支えるには、いささか軽い。
「即効性があり確実なのに、使われることが無い藁人形」という謎の提示はおもしろいが、その仕掛け(種明かし)は肩透かしのようなネタであり、残念感は否めない……。
そこで、登場する2人の男が想定していたターゲットが同じだったというオチっぽいまとめを盛り込むことで作品の体裁をとりつくろうと工夫してみたもの。
とりあえず着想を固定化(記録)するためにまとめてみたのだが……やはり内容的には不満が残る。ボツにしようかしばらく迷っていたのだが、『禍をまねく招き猫!?』に対して『慈悲深いワラ人形』というタイトルの並びのおもしろさだけで、とりあえず投稿しておくことにした。


禍まねく招き猫!?(ショートショート)


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