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作品評・感想など(映画・本)〜目次〜

01作品評感想一覧画
★映画や小説・童話ほか本の感想・批評・紹介など
映画『ゼブラーマン』感想
久しぶりに『ジュラシック・パーク』を観て
映画『七人の侍』の巧みさ
映画『生きる』について
橋本忍氏の脚本観
「自然との共生」というウソ(高橋敬一/祥伝社新書)を読んで
ダンゴムシの心?
『ザ・フェレット』&ノーマルフェレットのマーキング
ムダの意義を再発見!?『働かないアリに意義がある』
『ツノゼミ ありえない虫』とツノの謎!?
『花はなに色? 野上豊司児童文学作品集』
作品批評で評価されるもの
総括なき多鑑賞
カマキリは大雪を知っていたのか!?
こども心にひっかかった《ひろすけ童話》の【善意】
STAP細胞捏造事件の禍根
『昆虫はすごい』スゴイのだけど…
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』感想
『タイム・マシン 特別版』感想
G・ジェンマの《空中回転撃ち》@南から来た用心棒
読書感想文の解答マニュアルに疑問
『いたずらカメムシはゆかいな友だち』感想
『赤いカブトムシ』読書感想
七人の侍@黒澤明DVDコレクション
充実していた『カメムシ博士入門』
久しぶりの『文学賞殺人事件 大いなる助走』
映画の誤記情報
『カメラを止めるな!』感想(ネタバレあり)
好蟻性昆虫〜好虫性人間?『アリの巣をめぐる冒険』
なじめなかったファーブル昆虫記
ファーブルと寓話『セミとアリ』
ファーブル昆虫記:ファーブらない昆虫記!?
ファーブル昆虫記の違和感について
『ゼロの焦点』タイトルの意味
《イタチの魔かけ》と《鼬の目陰》※『いたちの手紙』
糞の手紙!?〜イタチの粗相考※『いたちの手紙』と『いたちのてがみ』
『不思議だらけ カブトムシ図鑑』と《角のジレンマ》
ムシヅカサシガメとハリサシガメ ※『虫の虫』DVD付き特装版感想

エッセイ・雑記の目次
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G・ジェンマの《空中回転撃ち》@南から来た用心棒

ジュリアーノ・ジェンマの《空中回転撃ち》@南から来た用心棒

僕が中学生だった頃、マカロニウエスタンにハマっていた。といっても映画館へ脚を運んだことはなく、もっぱらテレビ放送で観ていただけだったのだが……。
それまでの僕が描いていたヒーロー像といえば《颯爽とした正義のヒーロー》だったが、正義のためではなく、金のために闘い、ときに悪党達にボロボロにされながらも立ち上がる《不屈のチョイ悪ヒーロー》が新鮮でカッコ良く映った。高校時代の文化祭では仲間内で作った8mmフィルム映画を上映したことがあったが、マカロニウエスタンに影響を受けた要素がいくつか入っていた。
好きな作品はWOWOWなどで放送されたものをDVDに録画していたが、これらはほとんどが日本語字幕スーパー版。初めて見た時の日本語吹替版──クリント・イーストウッドは山田康雄の声で、ジュリアーノ・ジェンマは野沢那智の声で、また観てみたいという思いはずっとあった。
そして今年4月、書店で『マカロニ・ウエスタン傑作映画DVDコレクション』なるものが創刊されていることを知った。なんと、このシリーズでは山田康雄や野沢那智の声での日本語吹替音声が含まれている。日本語吹替版で観たいと思っていた作品はいくつかあるので、その号は入手しなければと思っている。
先日発売になったシリーズの最新号(第4巻)収録の『南から来た用心棒』も、その1つだった(第4巻には『豹/ジャガー』と2作品が収録されている)。


マカロニ・ウエスタン傑作映画DVDコレクション

僕がマカロニウエスタンにハマるきっかけとなったのが、この『南から来た用心棒』だった。ジュリアーノ・ジェンマの、ガンアクションはもちろんのこと、アクション・シーン全体を通しての身のこなしのカッコよさにシビレた。
初めてこの作品を観たとき、物語とは別に印象に残ったシーンがある。木の枝に腰掛けたジェンマが、そのまま後方に1回転し着地するとこころだ↓。


この技は僕が小学5年生のときに高鉄棒で修得した得意技の1つだった。おなじみの持ち技を映画の中で主人公が披露したので「えっ!?」と思った。テレビを見ていたら画面にいきなり身近な人の顔が映ってビックリ──といった感じ。
小学生時代、僕の学校では一部の生徒の間でちょっとした鉄棒ブームがあったのだが、誰かがこの技(ジェンマの後方回転降り)を行い「スゴイ!」と注目を集めた。何人かがマネして練習を始めたが、何の支えもなく後方に回転するのはコワイ。技を修得したのは4~5人くらいだったのではないかと思う。当時はこの技の名前も聞いたことがなかったし、どこからこんな技が伝わったのかも知らなかった。それが中学生になって『南から来た用心棒』のテレビ放送を観て、「ああ、これが元だったのか」と合点がいった。それ以降、この技のことを個人的には「ジェンマ降り」と勝手に呼んでいたが、『マカロニ・ウエスタン傑作映画DVDコレクション(4)』の冊子によると、当時の『南から来た用心棒』のパンフレットに《空中回転撃ち》と名付けられ紹介されていたらしい。小学5年生のときに行っていた技の公式名(?)を半世紀近くたってようやく知ったわけである。

ところでこの技は、25年程前に(実現しなかったが)インディーズヒーロー・ムービー=ミラクル☆スター本編で使うことを考えていた。逃げる戦闘員をミラクル☆スターが追撃するシーンで、高所から飛び降りる戦闘員を宙返りで飛び越し、その行く手に着地するという場面の、宙返り後半から着地までのカット。


このシーン↑の後に、こう↓つなげる予定だった。


※【幻のインディーズヒーロー・アクション】より

ミラクル☆スター本編は、撮影中のケガが原因で頓挫し、急きょミラクル☆キッドに企画変更することとなり、《空中回転撃ち》のシーンは撮影が行われなかった。
久しぶりに『南から来た用心棒』を鑑賞し懐かしい技を見て、これに関して思い出したことを記しておくしだい。
ちなみに、僕が宙返りを行ったのは1993年のGWが最後だったはずた。当時協力参加していたインディーズヒーローもののロケの合間に久々に技のチェックをした映像↓。


ミラクル☆スター~実写版~※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション(試作版)
ミラクル☆キッド~実写版~※小学2年のスーパーヒーロー誕生
ミラクル☆シリーズさくっと制作経緯

『タイム・マシン 特別版』感想


 
現行の放送を受信できるテレビを僕は持っていない。テレビ放送が地デジ化へ移行し、アナログ放送が終了したのを機にテレビから離脱している。
あれからどのくらいの時間が経過したのであろうか……。最近のテレビ番組は見ていないのでさっぱりわからない。年末に発表される流行語大賞など、「何それ?」状態で、なんだか浦島太郎にでもなったみたいな気がしないでもない。

今更テレビ復帰したいとは思わないが……昔、テレビで観た映画などで、また観てみたいと思うものはある。その1つが1960年に製作されたアメリカ映画の『The Time Machine』──H・G・ウェルズの古典SF小説を映画化した作品で邦題は『タイム・マシン 80万年後の世界へ』だった。
子どもの頃にテレビで放送された本作を見て、熱中した記憶がある。後に何度か観ているのだが、久しぶりに『タイム・マシン 80万年後の世界へ』を観てみたくなった。検索してみると『タイム・マシン 特別版』というDVD商品が安価で出ていた。ちなみに2002年に『タイムマシン』というタイトルでリメイク映画が製作されているが、こちらはひどい出来だったので、『タイム・マシン 特別版』が1960年版の方であることを確認して購入した。この商品には『タイム・マシン 80万年後の世界へ』本編102分に加え、映像特典で、メイキング・ドキュメンタリーが48分、オリジナル劇場予告編の映像が2分半程収められていた。

『タイム・マシン 80万年後の世界へ』のストーリーをかいつまんで説明すると──、
冒頭、発明家ジョージの招待を受けた友人たちが彼の家に集まる。ところがホストのジョージがいない。客人達は怪訝がりながらも、数日間行方知れずというジョージ抜きで夕食会を始めようとしていた。そこへ突然ボロボロになったジョージが現れる──このただならない導入部でグッと心をつかまれる。
彼はどこから帰還したのか!? 彼の身にいったい何があったのか!?

「タイムマシン」というアイディアもさることながら、この謎めいたドラマチックな導入が良い。ただ単に「タイムマシンを発明して時間旅行に旅立った」という展開では、この面白さはでなかったろう。
疲れ果てたジョージは友人らに、時間軸を自由に移動できる装置──タイムマシンを発明し、時間の旅をしてきたことを話し始め、彼の回想でドラマが展開する。

タイムマシンの試運転で初めてジョージが降り立ったのは17年後の世界だった。そこで彼は成長した友人デビッドの息子に会い、デビッドが戦死したことを聞かされる。その後も人類の戦争の歴史は後を絶たず、ついに核戦争が勃発。それが引き金となり天変地異が起こりタイムマシンは長い間溶岩に閉じ込められてしまう……そして次にジョージがたどり着いた先は80万年後の世界だった。
そこは自然に囲まれた楽園のような世界で、イーロイと呼ばれる未来人がおおらかに暮らしていた。戦争から解放されたユートピアのようにも思われたが……彼らは無関心・無意欲で文明は崩壊していた。人類は長い戦争の末、地下に潜ったモーロックと地上に残ったイーロイの2つの種族に分かれ、イーロイはモーロックの家畜として養われ、食われていたのだ。
溺れかけところをジョージに救われたことからジョージに関心を示すようになったイーロイの娘ウィーナもモーロックに捕われてしまい、ジョージは彼女や捕われたイーロイたちを救出するためにモーロックの巣窟に乗り込む。
モーロックとの壮絶な闘いの後、ウィーナとも生き別れとなりながら、ジョージはタイムマシンで現在の世界に帰還することができた……。

ボロボロになって帰還したジョージから突飛な体験談を聞かされた友人達は、にわかには信じられないといった反応を示す。ジョージはウィーナからもらってポケットに入れておいた花をとりだす──それが未来から持ちかえった唯一の証拠だった。
友人達が帰った後、ジョージは未来再建のため、ウィーナのいる世界へ再び旅立ってしまう。

この作品を初めて見たのは小学生の頃──スリリングな展開に引き込まれ、若き発明家ジョージの活躍を息をのんで見守った。

人類の未来は輝かしいものだ──科学が発達して高度な文明を築いているだろうと漠然と思い描いていたが、『タイム・マシン 80万年後の世界へ』では文明は崩壊し、人類は人食い人種に成り下がっていた──この展開は意外でショッキングだった。「タイムマシン」「未来世界の意外性」というアイディアがこの物語の核になっているが、映画(映像)の魅力として、タイムマシンのデザイン・造型の秀逸さや、「止まったまま、時間の中を移動する」という概念を視覚的に分かりやすく表現した特殊効果の素晴らしさがあったように思う。今でこそタイムマシンはよく使われるSFツールだが、当時はまだ未知の概念だったろう。誰も見たことが無いものを想像力の力で具現化してみせたスタッフの功績は称賛に値する。この作品はアカデミー特殊効果賞を受賞している。

DVD『タイム・マシン 特別版』で久しぶりに『タイム・マシン 80万年後の世界へ』(1960年製作)を堪能することができた。ところで、この商品には映像特典として『Time Machine:The Journy Back』という48分ほどのドキュメンタリーが収録されている。『タイム・マシン 80万年後の世界へ』で若き発明家を演じていたロッド・テイラーが案内役をつとめ、映画製作の裏話などを紹介したものだ。最後には『タイム・マシン 80万年後の世界へ』後日談のショートドラマも含まれている。この『Time Machine:The Journy Back』が製作されたのはなんと1993年──本編『タイム・マシン 80万年後の世界へ』から33年も経ってのことである。本編を観たあと続けて『Time Machine:The Journy Back』を視聴したのだが……「33年後のロッド・テイラー」を見て「時間(の経過)」というものを改めて実感した。
「本編の《80万年後の世界》」はフィクションだが、「ロッド・テイラーの《33年後の姿》」はリアルだ。映画の中では時間を支配する若き発明家だったロッド・テイラーも時間(老化)の支配を免れることはできず……玉手箱をあけてしまった浦島太郎状態!? そしてドキュメンタリーでは、老けたとはいえ元気だったロッド・テイラーも昨年(2015年1月7日)84歳で亡くなっている。
『タイム・マシン 特別版』で、本編と映像特典を続けて見たことで、はからずしも(?)あらためて「時間」について色々感じたのであった……。

●久しぶりに『ジュラシック・パーク』を観て

https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-109.html

●映画『ゼブラーマン』感想
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-108.html

●映画『七人の侍』の巧みさ
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-110.html

●映画『生きる』について
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-111.html

●橋本忍氏の脚本観
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-112.html

●『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』感想
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-525.html

■エッセイ・雑記 ~メニュー~
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-130.html

久しぶりに『ジュラシック・パーク』を観て

~印象的な演出とさりげない演出~
※『ジュラシック・パーク』(1993年 スティーヴン・スピルバーグ:監督)
 ネタバレあり

初めて『ジュラシック・パーク』を観たときの感想

【躍動感あふれる恐竜は大迫力!!】チャンネルF☆通信 第2号(1993.8.20)
 去る8月9日、話題の映画『ジュラシック・パーク』を見た。ここ数年(もしかしたら十年以上?)、映画はビデオ化されたものをレンタルで観るというのか常になっており、商業映画を劇場に足を運んで観るというのは本当に久々であった。
 動く恐竜をデカイ画面で見たい──というのが、その動機だったのだか、期待した恐竜の映像に関しては素晴らしいできであった。最新の映像技術と刷新された学術的見解によって描かれた恐竜の躍動感は、斬新であり、かつリアルであった。
 ストーリーに関しては、さして期待はなかったので、失望は感じなかった。琥珀に閉じ込められた蚊から採集した血液から恐竜のクローンを再生する──というアイディアは面白いが、これは小説のアイディアというよりは、生物学のアイディアだろう。そのヒントとなる研究はすでに行われている。
 ストーリー的には、特に面白味のある作品ではないのだが、演出がうまく、その点でこの作品は成功していると言えるだろう。見どころの恐竜シーンをいかにドラマチックに見せるか──という計算が充分ねられており、ここが、あわただしく怪獣を登場させて興ざめをさそう『ゴジラVSモスラ』のリメイク版とは大いに違うところであった。
 一例をあげればティラノサウルスが出現するシーンでは、嵐の中、テストツアーに参加した主人公らを乗せた車がストップ。ライトも消えて緊張感を高める状況をつくりあげている。闇の中、激しい風雨の音にまじってかすかに聞こえる地響き(足音)。水の入ったコップに広がる小さな波紋が、とてつもなく巨大な生き物が近づいてくることを予感させる……。そして、ツアー中、姿を見せなかったティラノサウルスの餌として用意されたヤギがいつの間にか消えている──こういった観客の緊迫感を心理的にたかめる<溜め>があって、突如、猛り狂うティラノサウルスは登場する。緊張のせきをきって戦慄が疾る展開である。このあとのたたみかけるような展開も見事で、こうした工夫がハイテク映像をより効果的に演出する効果をあげている。
 ともすると金のかけ方の差が迫力の差を生むと思われがちだが、こういった演出・心理効果は金をかけずにできる分野である。ハリウッド映画に比べ、製作費に制約のある邦画が、一番追求しなくてはならないはずの演出面が、全くもってお粗末なことが邦画のレベルの低さの一因でもある。
 人物設定・人間ドラマの要素としては、子ども嫌いの古生物学者が子どもと共に限界状況を切り抜けるうちに、子どもとの関係に心を開く、といった、スタンダードなテーマを盛り込み、また、巨大な恐竜パークの創設者が実は昔、ノミのサーカスを興行していて、インチキ興行で客をもてなしながら、いつか<本物>を見せたいと思い続けてきた──という人物であったという設定なども、人間の心の陰影を感じさせ、人物像に厚みを加えていたように感じた。
 ねがわくは、物語としての要素でもう一工夫あれば……という気もしないではない。
 物語の中では、古代の蚊から採集した恐竜の血からDNA解析をした際、欠けていた情報を両生類のDNAで補った──という設定になっており、両生類のDNAで補ったことにより、恐竜を現在の世界によみがえらせることに成功したという設定になっている。
 再生した恐竜は人為的操作で作られた雌だけがパーク内に放され、恐竜の管理がはかられている──しかし、両生類のDNAを組み込んだために雌だけの恐竜の中に雄が出現し、フィールド内での自然繁殖が確認されるというアイディアが用意されており、つまり両生類のDNAのくだりは、この展開の伏線になっている。
 両生類のDNAを組み込んだことによって、恐竜の雌の中から雄が出現するといった設定には、やや無理を感じるが、必然性を有する意外性の工夫として評価するならば、この設定をもっと有効に使って欲しかった気はする。
 映画の中ではフィールド内での自然繁殖が確認されたことで、自然の営みを人為的に操作・管理しきれるものではない──という提言がなされるにとどまっているが、せっかくそのような設定を設けたのであれば、その設定──フィールド内での自然繁殖が、事件に直接絡む展開を用意すべきだったのではないかと思うのである。
 例えば、巨大な恐竜がフィールドの外へ出ないように張りめぐらされた高電圧フェンスのすきまから、自然孵化した小さな子恐竜は抜け出すことができ、フィールド外で成長。そしてフィールド外の管理施設・職員を襲ったことでパークの管理システムが崩壊してパニックが起こる──というような展開にすれば、設定はより重要性をまし、より活きるはずである。
 そういった難もないわけではないが、全体的な印象は面白い映画であり、また観てみたいと思わせる映画であった。
(以上、個人コピー紙に記した映画感想)

最近、あらためて『ジュラシック・パーク』を観ての感想

躍動感のある恐竜シーンはどれも素晴らしかったが、一番をあげるとすればティラノサウルス出現のシーンだろう。巨大な怪物をいきなり出すのではなく、コップの中の微かな波紋で「見えない恐怖がせまってくる」のを予感させる演出が印象的だ。
コップの中のかすかな変化に注目を集め、観客の感度レベル(?)を高めておいてヤギの消失で不安をあおる。そして盛り上がった緊張を一気に爆発させる展開へとなだれ込む展開がみごとだ。
小さなコップと巨大な恐竜のギャップ、「静」から「動」への変化。この大きな対比がインパクトをより際立たせているわけだ。




印象的なシーンは初めて観たときと同じだが、改めて見直すことで「上手い」と気づいたシーンがある。
テストツアーの車の中で、イアン・マルコム博士がエリー・サトラー博士にカオス理論について説明する場面だ。マルコム博士は車内のコップを手にとり水滴を使ってそれを説明するのだが……実は最初に見た時は「なんでこんな説明の仕方なのか? もう少し的確な例はなかったのだろうか?」とチラっと感じていた。だが、特におかしな展開でもないので、そのままスルー。興味はどんどん先に進んで行くのであまり印象に残らないエピソードだった。

だが、これは先に述べた「最も印象的なシーン(ティラノサウルス登場)」を成立させるための重要な布石だったのだ。「コップの中の微かな波紋」はスピルバーグが使いたかったこだわりのシーンだったに違いない。実際にその効果は抜群だった。

しかしもし、ティラノサウルス登場のシーンでいきなり水の入ったコップが登場していたら、不自然さを感じる観客もいたかもしれない。動く(揺れる)車の中にどうして水入りのコップがあるのか?──唐突に感じ「演出のための小道具として無理矢理作ったな」とバレてしまい「わざとらしさ(=作り手のご都合主義)」がせっかくの緊張感に水をさしてしまう危険がある。

そこで監督(あるいは原作者?)は、「元から車内に水の入ったコップはあった」と観客の記憶に刷り込み無意識的に(?)納得させる方法を考えた。事前にカオス理論の説明で「水の入ったコップ」を登場させておき、車内に水の入ったコップがあることをそれとなく示して観客にインプットさせる狙いである。あとで考えれば、どうして車内に水の入ったコップがあるのか、ちょっとフシギな気もするが、監督は「カオス理論」の説明をするふりをして(観客の注意をカオス理論の説明に向けさせる事で)、コップがそこにあることを意識させずに(疑問を抱かせず)認識させるというテクニックを使っていたわけだ。これはマジックで使われるレッドへリングとかミスディレクションと呼ばれる手法だ。
本来の狙いは「水の入ったコップを提示する」ことにあるのだが、揺れる車内に水入りコップがあることを不自然に思われないよう、観客の注意は別の目的(レッドへリング=猟犬の嗅覚をまぎらわし誤誘導するために使われた薫製鰊)であるところの「カオス理論の説明」に誘導しておく。こうして、まんまと仕込みを済ませてしまったわけである。




観客の意識に残るのは「チラノサウルス登場のシーン」のような見せ場だ。
こうした【印象に残るシーン】を効果的にみせるための演出というのは誰でも考える。しかし、それを自然に見せるために【さりげない(むしろ印象に残さないように仕組まれた)シーン】で不自然に感じさせないための工夫や計算・処理がなされていることも多い。

ともすると【印象に残るシーン】ばかりが評価・評論の対象に成りがちだが、作品のリアリティやクオリティを支えるのはむしろ【さりげないシーン】にある──と僕は考えている。

※文中挿入画像を使用するためWikiモードで作成