FC2ブログ

ユーザータグ : 擬装の記事 (1/6)

珍虫ハリサシガメの観察❲総集編❳

2016年7月、雑木林のふちにある石垣で初めてハリサシガメをみつけ、こんな風変わりな昆虫がいるのかと驚いた。好奇心から調べてみると、局所的に生息するまれな種類らしく、その情報は少ない……。わからないなら自分で確かめてみようと、この場所でハリサシガメの活動を観察し続け、そのつど記事にしてきた。しかし、この場所では2019年に幼虫を2度(おそらく同じ個体)確認したのを最後に、2020年は1度も見ることができていない。そこで、とりあえずこれまでの観察をまとめて総集編を作成してしておくことにした(2016年と2017年にぷちまとめ記事を投稿しているが、今回は現時点での総まとめ)。

ハリサシガメの「ハ」──を背負った成虫

雑木林のふちにある石垣に現われた《「ハ」の字模様》の昆虫──珍虫ハリサシガメの成虫は、アリを狩って体液を吸う捕食性カメムシだった。

「ハリサシガメ」の「ハリ」は背中(小楯板)から突き出したトゲ状突起に由来してのものだろうか?

前胸の両側につきだした前胸背側角も勇ましい。

ハリサシガメは翅多型で、個体によって翅の長さに変異がある。


前胸背後葉の横に並ぶ紋模様にも個体差があって無紋のものもある。
成虫のオスとメスでは腹の形に違いが見られる。


成虫の体長は15mm前後。ハリサシガメ属は世界に100種以上いるらしいが、日本には1種のみが知られているとのこと(@『日本原色カメムシ図鑑 第3巻』/全国農村教育協会)。


土粒をまといアリの死骸などで擬装する幼虫

土粒を全身にまとい、ガラクタで擬装するユニークなハリサシガメ幼虫(画面右を向いており、触角の付け根近くに眼がのぞいている)。初めてこの姿を見た時は、こんなことをするカメムシがいるのかと驚いた。手間をかけて擬装するのにはきっとそれなりの意味があるはずだ。ハリサシガメは成虫も幼虫もアリを狩る。多くの昆虫や小動物が避けたがるアリをあえてエサにしているという生態と無関係ではないだろう。詳しくは後述するが、ハリサシガメ幼虫の擬装は、(まともに闘うには)危険なアリに近づくためのものだと僕は考えている。
理由はともあれ、このユニークな習性のため、ハリサシガメ幼虫は個体ごとにデコレーション素材&レイアウトが異なり、それぞれのオリジナル・ファッション(?)が個性的に見える。








ハリサシガメ幼虫は自分が狩ったアリをデコレーションするが、それ以外の装飾コレクションは、アリの巣から廃棄されたものではないかと想像している。というのも、ハリサシガメ幼虫のデコ素材の中にはアリの繭(抜け殻)と思われる物がしばしば混じっているからだ。


ハリサシガメ幼虫の擬装の意味
僕の見たところ、ハリサシガメ幼虫の擬装は大きく2つに分けられる──《体全体を覆う(土粒の)コーティング》と《背中に盛りつける(異物の)デコレーション》である。デコレーションは更に《自力で狩ったアリの死骸》と《それ以外の拾い物》の2つに分けられる。それぞれの擬装の意味については次のように考えている。
①土粒による全身コーティング……ハリサシガメは幼虫時代からアリをエサにしているが、危険な昆虫であるアリに気づかれること無く近づくための擬装。ニオイで相手を認識するアリの触角タッチをブロックするための体表面隠し(対アリ用嗅覚的隠蔽工作)という意味合いである。また、アリ以外の捕食者にはボディラインの隠蔽擬装(視覚的隠蔽)の効果もありそうだ。
②自力で狩ったアリの死骸デコレーション……同巣のアリをニオイで確認するアリの警戒を解くためのアイテムとして利用。または偵察に来たアリの注意をハリサシガメ幼虫本体からデコったアリにそらす陽動効果もある(デコ素材に気をとられた偵察アリに不意打ちをかけてしとめる)。また、アリを背負っていることで捕食者から敬遠される効果もありそうだ。
③拾い物デコレーション……おそらくアリのゴミ捨場などで調達したもので、アリに「用済みのゴミ」と誤認させて警戒を解除させる擬装。
アリは生き物の死骸などを集める一方、食べ残しや仲間の死骸、ゴミ(繭殻など)を廃棄する。廃棄したガラクタを仲間がまた拾って来るようでは困るわけだから、不要になった廃棄物には何らかのスルー・サインが記されているのではないだろうか? であるなら、ハリサシガメ幼虫がこのスルー・サインのある廃棄物をデコっていれば、廃棄物とみなされスルーされる──そんな《隠れ蓑》的な効果があるように思われる。
ハリサシガメ幼虫のコーティング行動⬇。


土粒コーティングの隠蔽効果。土の上では存在に気づきにくい⬇。

土の上では、まとった土粒が幼虫のボディーラインを隠してしまう⬆。背負っているデコレーションがゴミのかたまりにしか見えず、昆虫食のハンターに対しては視覚的隠蔽効果がありそうだ。しかし擬装の核心はアリに対する《隠れ蓑(かくれみの)効果》だろう。
アリの行列のすぐそばで狩りをするハリサシガメ幼虫にアリは全く気づかない!?





もしアリに気づかれ、集団で反撃されたらハリサシガメ幼虫に勝ち目は無いだろう。アリに気づかれること無く近づき、不意打ちでしとめる。それを悟られること無く実行するのに擬装は大きな役割りをはたしていると思われる。
スルーのケースばかりではなく、アリがデコったアリを調べにくることもあるが、ハリサシガメ幼虫の存在には気がつかない。偵察アリはデコられた仲間に気をとられているところを不意打ちでしとめられてしまった⬇。





ハリサシガメが観察できる石垣ではヒガシニホントカゲもたくさん見られ、このどん欲な昆虫ハンターとハリサシガメ幼虫が接近したり、ときに接触することもあったが、ヒガシニホントカゲはまったく無反応だった。


ヒガシニホントカゲにはハリサシガメ幼虫が「獲物(昆虫)と認識されない(気づかない)」のか「食えないものと認識されている」のか……?
あるいは「アリを<食えない>」と忌避する本能があって、そのアリをまとっていることで、食えないものとして認識され、獲物から除外されているのかもしれない。

ハリサシガメの狩りとレガース
幼虫の重要な擬装アイテム(デコ素材)にもなるアリをハリサシガメは、どのように狩って、幼虫はどうやって背中に盛りつけるのか──。
ハリサシガメはターゲットが間合いに入ると素早くアリに襲いかかり、前脚と中脚の4本の脚を使って押さえ込み、鋭い口吻を突き立てる。するとアリはすぐに動けなくなってしまう。アリを押さえ込むときに使われる前脚と中脚の脛節(けいせつ:ヒトでいえば膝から足首にかけての部分)の内側にはレガース(すね当て)のようなものがついているのに気がついた。これはアリを抑えるさいに接触面積を増やしてグリップ力を高める《獲物の保定器官》──滑り止めのような効果を持っているのではないかと僕は見ている。アリをしとめる口吻の一撃を、素早く適切な部位に打ち込むには、しっかり獲物をおさえておく必要があるはずだ。
ハリサシガメ幼虫のレガース⬇。

羽化殻(終齢幼虫の抜け殻)のレガース⬇。


ハリサシガメ成虫のレガース⬇。


中脚と後脚のクローズアップは別成虫♂の死骸を撮ったもの。
同様の器官はアカシマサシガメでも確認している。
レガース付きの前脚と中脚は、アリを襲撃するときと、口吻を刺し直すときにアリをコントローするのに使われている。
捕えた獲物を石垣の隙間に運んで体液を吸うハリサシガメ成虫⬇。










捕えたアリの体液を吸うハリサシガメ幼虫⬇。




ハリサシガメの狩りとデコレーション
こうして狩ったアリの吸汁後の死骸をハリサシガメ幼虫は背中にデコレーションする。捕食には前脚と中脚(4本)が使われるが、背中に盛り着けるときに使われるのは(僕の観察では)決まって後脚である。
ちなみに昆虫学者で生態学の権威・岩田久二雄氏の著書『昆虫を見つめて五十年(II)』(朝日新聞社/1978年)にはハリサシガメの記載がある(ハリサシガメに出会ったのは1度きりで、初めて見た幼虫に驚き、持ち帰って飼育観察したことが記されている)。これによると、「捕食のさいに使われるのは《二本の前肢》」で、「(死骸を)背中に押し上げるのに使われたのも《前肢》」という観察が記されているが、これは間違いだと思う。
ハリサシガメ幼虫が狩ったアリをデコレーションするようす⬇。




体液を吸い終えたアリは腹の下をくぐって後脚にわたされ、背中に盛りつけられる。背中にデコるときに後脚を使うようすを尻の側(右斜め後方)から撮った画像↓。





背中のデコレーションに新素材(アリの死骸)を押し込んだあとも、後脚を使って荷を整えるような動作を繰り返す。
別の個体の食事〜デコレーション行動⬇。

捕らえたアリの体液を吸い終えると、アリの死骸は股をくぐって後脚に渡され、両後脚で腹端側から背中に押し込まれる↓。

可動範囲が広い後脚(青矢印)でアリをぐいぐい押し込もうとする……。


脱皮でデコ素材だけを引き継ぎ(後述)、まだ土粒コーティングが不完全な状態でアリを捕食していた幼虫⬇。

石垣の上で食事中のハリサシガメ幼虫。前脚と中脚でアリをおさえ口吻を刺して体液を吸っている。おそらく脱皮してあまり経っていない個体なのだろう──まだ新たな土粒コーティングがほどこされていない。背中には脱皮のさいに引き継いだデコレーションを羽織っているものの、側面は隠れておらず、幼虫の腹部(若い幼虫では腹が白い)がむき出しになっている。

体液を吸い終えたアリの死骸は、移行素材と腹部背面の隙間に押し込まれた。

新たに加えられるデコ素材は、後脚を使って腹の背面と既存デコ素材の間に押し込まれる。このくり返しで、脚が届かない高さまでコレクションが積み上げられることになる。

デコ・コレクションは脱皮のさいどうするのか?
ここで、ハリサシガメ幼虫の擬装解除した姿を紹介しておこう。
脱皮前と思われる幼虫の死骸をみつけたので異物を取り除いてみたものが⬇。

岩田久二雄・著『昆虫を見つめて五十年(II)』(朝日新聞社/1978年)には、《デコ素材の付着は「糊着」ではなく「ひっかかっているだけ」》という趣旨のことが記されているが、土粒を含め剥がした素材同士が「糊着」しており、「糊のようなもの(分泌物や排泄物?)で貼り付けられていた」ことがわかった。


腹部背面には極細の毛束が生えている。擬装素材を貼りつけるときに接着面積を広げて安定させるのに役立っているのかもしれない。
アリに対しての《隠れ蓑》ともいえる擬装を解除した素のハリサシガメ幼虫は、こんな姿をしているわけだが……この丸裸な状態でアリを狩るのは危険だろう。
ならば、脱皮をしたばかりの丸裸の幼虫は、狩りができないことになりはしないか?──そんな疑問が浮上した。
脱皮した新幼虫は狩りの前に新たな《隠れ蓑》を調達するのだろうか?
また、幼虫が脱皮や羽化(カメムシの仲間は不完全変態で、蛹を経ずに幼虫から成虫が羽化する)をするさいには、背中に貼り付けたデコ素材がジャマになりはしないだろうか?──という疑問もわいてくる……。
そのあたりの謎を説くカギの1つとなったのが、石垣の上に残されていたハリサシガメの脱皮殻だった。

なんと、背中に盛られていたはずのデコ素材が、ごっそり剥ぎ取られている。おそらく、脱皮した新幼虫が消えたデコ素材を引き継いでいったのだろう。この脱皮殻を見つけたときは、脱皮のさいにジャマになるデコ素材を外してから脱皮が行われ、脱皮を完了した後に新幼虫がこれを再利用するのではないかと考えた。
しかし、その後、脱皮のシーンを観察する機会があって、驚愕の〝技〟を目にすることとなる──。

石垣の隙間でみつけた脱皮直前の幼虫⬆。画像は90度回転させたもので、実際は鉛直面に頭を下にとまっている(画面左が下側)。これが、この後……⬇。

なんと、脱皮をしながら古い殻のデコ素材をひきつぐという信じられないような芸当を披露した。約30分後⬇。

脱皮する新しい体とデコ素材の間には古い殻があって隔てられていたはずなのに、デコ素材を引き継ばながら古い殻だけを脱いでいくというのは予想もできなかった。まるで、ズボンを脱ぐことなくズボン下だけを脱ぎ捨てるようなもの!?──これには大いに驚かされた。
この個体は無事に抜け殻を離脱したが、ときには引き継いだデコ素材にくっついて脱皮殻を背負ってしまうことも起きるようだ。

新幼虫が引き継いだデコ素材にくっついてきてしまった脱皮殻は、腹端側から巻き上げられるような形で逆立ち姿勢になりがち。
脱皮殻を嫌って分離した幼虫⬇。



脱皮殻を引き剥がすときにも(デコる時同様)後脚が使われる。


ハリサシガメ幼虫がアリとの接触で(ニオイで)バレないように体表面を土粒でおおい隠しているのだとすれば、自身の(ニオイのついた)抜け殻を擬装コレクションから外したがるのは理にかなった行動だといえる。

成虫は擬装しないので羽化殻にはデコ素材が残されている。石垣の上でみつけた羽化殻⬇。


頭部の土粒コーティングが浮き上がっているが《土粒同士がくっついたまま形をを保っている》のがわかる。擬装素材は岩田氏が記したように「ひっかかって、もつれあって巧くとまっている」のではなく、糊のようなもの(分泌物?)で糊着したものであることがわかる。
ところで……ハリサシガメは幼虫・成虫ともにアリをエサとしているわけだが、幼虫時代の秘技(擬装)を成虫になって棄てるのは、なぜだろう?
非力な幼虫時代にはアリのテリトリーで活動するには擬装は必要なアイテムだったのだろう。成虫になれば体格的にも機敏さもアリに対応できるようになること、そして何より成虫には繁殖活動という大きな役目が課せられている──すみやかに相手をみつけ交尾を成功させるための効率性などから擬装解除が成立しているのではないかと僕は想像している。

──というのが、これまでに僕が観察したハリサシガメについての総集編。いろいろ面白いこともわかったが、わからないこともまだまだ多い。
今回使用した画像は過去に投稿した記事に添付したものから抜粋した。少ない画像で的確に伝えたい部分を表現できれば良いのだが、被写体が動いたり隠れたりするので不明瞭な画像での冗漫な画像構成となってしまった感は否めない……。
最後に雑感も交えて総括するつもりでいたが、思いのほか長くなってしまったので割愛。とりあえず、今回はこんなところで──。


★ハリサシガメ記事★〜メニュー〜
珍虫ハリサシガメ
ハーリーをさがせ!ハリサシガメ幼虫
ハリサシガメの抜け殻
ハリサシガメ幼虫の粘着性物質は水溶性!?
ハリサシガメ:幼虫・抜け殻・成虫
ハリサシガメとテングスケバ
ハリサシガメの捕食
ハリサシガメは翅多型/腹の大きなメス
ハリサシガメぷちまとめ
アリをデコったハリサシガメ幼虫
ハリサシガメ幼虫のデココレ素材
ハリサシガメ幼虫の装飾行動 ※ハリサシガメ幼虫はどうしてデコるのか?
ハリサシガメ幼虫の狩り
ハリサシガメの脱皮殻
ハリサシガメ:脱皮後の《荷移し行動》
ハリサシガメ幼虫のデコレーション&コーティング
捕食したアリをデコるハリサシガメ幼虫
ベールを脱いだハリサシガメ
「ハ」は「ハリサシガメ」のハ
ハリサシガメのペア
謎めいたハリサシガメの脱皮
翅多型のハリサシガメ
ハリサシガメのレガース
ハリサシガメの腹
ハリサシガメぷちまとめ2
本とは違う!?ハリサシガメ(岩田久二雄氏の観察と異なる生態)
レガースで獲物を保定するハリサシガメ
ハリサシガメの単眼&脛節など
ハリサシガメ幼虫と脱皮殻
ハリサシガメ脱皮後の再装備は?
ハリサシガメ幼虫のスッピン
ハリサシガメの捕食〜擬装行動
白腹のハリサシガメ幼虫
クロオオアリを狩ったハリサシガメ幼虫
ハリサシガメの羽化殻&脱皮殻
ハリサシガメ:初成虫&若齢幼虫
ハリサシガメとファーブル昆虫記
ハリサシガメ羽化殻のレガース
パリコレならぬハリコレ〜ハリサシガメ幼虫:擬装の意味
ハ裏!?針!貼り?サシガメ
ハリサシガメ:前胸背の模様など
アリを襲うハリサシガメ/アリに襲われるハリサシガメ
翅多型のハリサシガメと前胸背紋
ハリサシガメ@『アリの巣の生きもの図鑑』他
ムシヅカサシガメとハリサシガメ
ハリサシガメ観察雑感
ハリサシガメ記事一覧

昆虫など〜メニュー〜
◎チャンネルF+〜抜粋メニュー〜トップページ
スポンサーサイト



ムシヅカサシガメとハリサシガメ

養老孟司『虫の虫』特装版DVDの謎のカメムシ
01虫の虫DVD特装版
養老孟司・著『虫の虫』DVD付き特装版(廣済堂出版・刊)という本を買った。DVDなしバージョンもあるのだが、映像が見たかったので特装版の方。発行は2015年で、本の存在自体は以前から本屋の棚で見知っていたのだが、最近この本の特装版DVDのダイジェスト版をYouTubeで見つけ、にわかに興味が湧いてきた。というのも、このダイジェスト動画に気になる昆虫が出てきたからだ。

1分35秒頃に出てくるアリの死骸を背中に盛った捕食性カメムシが、僕の興味の対象・ハリサシガメの幼虫によく似ている。僕が知っている日本のハリサシガメは地上性で、アリの死骸だけでなくアリの捨てたゴミ(?)と思われるものや土粒を身にまとっている。しかし「ハリサシガメ」で画像検索すると、外国産のサシガメで葉や茎などにとまっている良く似た虫もヒットし、外国には樹上性のハリサシガメ(の仲間?)がいるのかと気になっていた。
それと良く似た虫が「養老先生が行くラオス昆虫採集記」ダイジェスト版にはチラッと映っていたので、がぜん興味を覚えた次第。
また、この「養老先生が行くラオス昆虫採集記」では虫屋さんの生態(?)も見られるようなので、そのことにも興味を持った。僕はテレビを離脱する前、昆虫に関する番組はよく見ていたが、虫にスポットをあてた番組はあったものの、虫屋の活動自体を記録した映像は意外に少なかった気がする。僕は虫屋ではないが、昆虫同様(?)謎めいた虫屋の生態には興味があった。そんなわけで、養老氏らの虫屋っぷりも見たくて『虫の虫』DVD付き特装版を購入した次第。


ラオスのムシヅカサシガメ!?
まず付属のDVD「養老先生が行くラオス昆虫採集記」(74分)から鑑賞。お目当てだったアリをデコったハリサシガメ幼虫風の昆虫は、4:20〜6:35にかけて紹介されていた。同行者の池田晴彦氏は「見たこと無いよ、こんなの」といい、養老氏も「すげ〜ヘンなの」と見つめていた。
04ラオス虫塚刺亀DVD
YouTubeのダイジェスト版では名前が示されていなかったが、DVD本編では「ムシヅカサシガメ(幼虫)」というスーパーが付けられていた。養老氏はナレーションで、名前が無いのでムシヅカサシガメとつけた──というようなことを言っていた。『虫の虫』(書籍)の方でも【ラオスのサシガメ】として「ムシヅカサシガメ(幼虫)」と紹介されている(P.3)。
ちなみに、日本のハリサシガメ幼虫はこんな姿↓。

02ハリサシガメ幼虫F1
03ハリサシガメ幼虫F2
特装版DVDでは見つけたムシヅカサシガメを飼育し羽化させた成虫とその羽化殻の映像も収録されていた。幼虫はハリサシガメより敏捷で、成虫のカラーリングも違うものの、ハリサシガメとよく似た印象を受けた。成虫は黒い体に白い双紋、小楯板の棘状突起と腿節が赤というきれいなサシガメだった。
「ムシヅカサシガメ」という初めて知った名前(仮名?)を足がかりに、何か新しい情報が得られないかと検索してみたのだが……何もヒットせず……。
「ハリサシガメ」でヒットする「ムシヅカサシガメ」と思われる画像をたどって、こんなブログ記事をみつけた↓。

タイで昆虫採集>背中にお荷物を背負ったサシガメ

ラオスの隣国タイで撮影されたサシガメのようだが、養老氏のいう「ムシヅカサシガメ」と同じ種類のように見える。草木上で暮らしているからだろう──地上性のハリサシガメ幼虫のような土粒はつけておらず、そのぶん(?)デコったアリの密度が高く感じられる。
DVD「養老先生が行くラオス昆虫採集記」を見た後に『虫の虫』本編(書籍)を読んだのだが、巻末に、付録DVDと書籍にでてくる昆虫の学名一覧があった。そこでムシヅカサシガメをみると斜体で「Inara alboguttata」とあった。学名で検索すると欧文のサイトがゾロゾロとヒットしたのであった。


「養老先生が行くラオス昆虫採集記」の感想
特装版DVDに話を戻すと……新種のクチブトゾウムシやカミキリを含め、色々珍しい昆虫が紹介されており、幻のチョウと呼ばれるテングアゲハの生態映像も貴重なものらしい。僕にとっては、ラオスの自然もさることながら、養老氏はじめとする虫屋仲間たちの楽しげ&真剣な虫屋っぷりもみどころだった。
夜の灯火採集(ライトトラップ)では、シーツに集まる昆虫よりも、耳につめものをし(虫の潜入を防ぐため?)、吸虫管をくわえて真剣にまなざしでシーツを睨みつける虫屋さんたちの方が見応えがあった。地球の生き物を調査に来た宇宙人がいたら、灯火に集まる虫の標本の隣にその虫に集まっていた虫屋さんたちの標本を並べたくなるに違いない。
DVDの最後には特典映像として、ラオスで採集した昆虫がどのように標本になるのかを紹介した「養老先生流 標本の作り方」(9分弱)が収録されている。標本作りをしない僕には、この行程の映像も興味深かった。昆虫関連の番組の中で虫屋がネットを振る(虫を採る)映像は時々見ることがあったが、標本づくりの映像はほとんど見たことがなかった気がする。


『虫の虫』の感想
本の方は「虫採りエッセイ集」ということになっていて、「虫を見る」と「ラオスで虫採り」の2つの章で構成されている。
前半の「虫を見る」では昆虫について虫屋がどんな見方をしているかについて記されているのだが、これは編集者から提案されたテーマで書かされた(?)ものらしい。じゃっかん抽象的で、DVDを観たあとに読むと、いささか面白味が薄い……。おそらく編集者から出された課題に対し、養老氏が普段感じたり考えたりしている雑多なコトの中から対応する内容を引っ張り出し、その方向で書いていけば何とかなる(まとめられる)と見当をつけて書き始めてみたものの……あまり話が広がらなかった……みたいな感じだったのではないか? 個人的には共感できる部分もあったが、「あたりまえのことを書くのに、いささか手間取った感じ」がしないでもない。虫屋でない僕には感覚的によくわからないところもあった。僕の個人的な好みは別にして……前半のエッセイは著者自身がノッて書いた文章ではなかったろうことが感じられる。
ところがしかし! 後半の「ラオスで虫採り」になると、がぜん文章が活き活きとしてくる。ノッて書いているのが伝わってくる。前半の抽象的なテーマから、体験的・具体的テーマになったこともあって、読者にも分かりやすいし、執筆している側も書きたいことがどんどん湧いてくる状態だったのだろう──その意欲が感じられる。しかし「活き活き」の最大の理由は「虫採り」に付随するエッセイだったからだろう。アシナガバチに刺されてアナフィラキシーを体験したというおそろしい話もあったが、虫屋っぷりが発揮されるエピソードでは何度か笑ってしまった。そんなエピソードをまとめた「実録・虫屋武勇伝」でも書いたら、かなり面白いのではあるまいか。


虫屋・養老孟司
僕が養老孟司という人を知ったのは確かNHKのテレビ番組だった。オーストラリアの昆虫を紹介するシーンで灯火にやってきたニジイロクワガタ(こんな虫がいることもその番組で初めて知った)などについて語っていたのが養老氏で、その姿が印象的だった。このときは昆虫学者だとばかり思っていて、本業が解剖学で脳の権威だと知ったのはしばらく後だった。NHKの『驚異の小宇宙 人体II 脳と心』では解説役で登場していたが、「こっちが本職のはずなのに、以前見た時より、なんだかテンションが低いな……」と感じながら観ていたのを覚えている。最初は体調でも悪いのだろうかなどと訝ったが、毎回なのでそうではないらしい。他にも脳に関する科学番組に解説者として出演しているのを見たことがあったが、やっぱりテンションは低め。これが養老孟司氏の普段のテンションなのだろうと思うようになった。
それが、「養老先生が行くラオス昆虫採集記」ではなんと活き活きしていたことか! 僕が初めて養老氏を見た時の「(昆虫を語る)あのテンション」だった。本業の仕事をしている時より、虫と向かっている時の方がテンションが高い──仕事的には脳の権威なのだろうが、本質的には根っからの虫屋なのであろう。
《水を得た魚》ならぬ《虫を得た養老孟司》──『虫の虫』DVD付き特装版はそれを実感させる映像&エッセイ集だった。


珍虫ハリサシガメの観察❲総集編❳
ハリサシガメ記事一覧


実録マンガ『虫屋な人々』
昆虫など〜メニュー〜
エッセイ・雑記 〜メニュー〜
作品評・感想など(映画・本)〜目次〜
チャンネルF+〜抜粋メニュー〜

ハリサシガメ記事一覧

針刺亀目次頁画A
幼虫時代は土粒をまとい、捕食したアリや虫の残骸などをデコレーションするユニークな捕食性カメムシ・ハリサシガメ。その生態観察の記事一覧。タイトルをクリックすると記事が開きます。

★ハリサシガメ記事★〜メニュー〜
珍虫ハリサシガメ
ハーリーをさがせ!ハリサシガメ幼虫
ハリサシガメの抜け殻
ハリサシガメ幼虫の粘着性物質は水溶性!?
ハリサシガメ:幼虫・抜け殻・成虫
ハリサシガメとテングスケバ
ハリサシガメの捕食
ハリサシガメは翅多型/腹の大きなメス
ハリサシガメぷちまとめ
アリをデコったハリサシガメ幼虫
ハリサシガメ幼虫のデココレ素材
ハリサシガメ幼虫の装飾行動 ※ハリサシガメ幼虫はどうしてデコるのか?
ハリサシガメ幼虫の狩り
ハリサシガメの脱皮殻
ハリサシガメ:脱皮後の《荷移し行動》
ハリサシガメ幼虫のデコレーション&コーティング
捕食したアリをデコるハリサシガメ幼虫
ベールを脱いだハリサシガメ
「ハ」は「ハリサシガメ」のハ
ハリサシガメのペア
謎めいたハリサシガメの脱皮
翅多型のハリサシガメ
ハリサシガメのレガース
ハリサシガメの腹
ハリサシガメぷちまとめ2
本とは違う!?ハリサシガメ(岩田久二雄氏の観察と異なる生態)
レガースで獲物を保定するハリサシガメ
ハリサシガメの単眼&脛節など
ハリサシガメ幼虫と脱皮殻
ハリサシガメ脱皮後の再装備は?
ハリサシガメ幼虫のスッピン
ハリサシガメの捕食〜擬装行動
白腹のハリサシガメ幼虫
クロオオアリを狩ったハリサシガメ幼虫
ハリサシガメの羽化殻&脱皮殻
ハリサシガメ:初成虫&若齢幼虫
ハリサシガメとファーブル昆虫記
ハリサシガメ羽化殻のレガース
パリコレならぬハリコレ〜ハリサシガメ幼虫:擬装の意味
ハ裏!?針!貼り?サシガメ
ハリサシガメ:前胸背の模様など
アリを襲うハリサシガメ/アリに襲われるハリサシガメ
翅多型のハリサシガメと前胸背紋
ハリサシガメ@『アリの巣の生きもの図鑑』他
ムシヅカサシガメとハリサシガメ
ハリサシガメ観察雑感
珍虫ハリサシガメの観察❲総集編❳

チャンネルF+〜抜粋メニュー〜

パリコレならぬハリコレ~ハリサシガメ幼虫:擬装の意味

パリコレならぬハリコレ!?ハリサシガメの宝飾コレクション


土粒で体をおおい隠し、さらに背中に色々なモノをデコレーションする珍虫ハリサシガメの幼虫。個体ごとにデコ素材やそのレイアウトが異なるので、個性あふれる作品(!?)を鑑賞するのもおもしろい。

この幼虫はダンゴムシとメタリックな輝きを放つ宝飾コレクションを身につけていた。

メタルグリーンに輝く宝飾コレクションは昆虫の体の一部のようだ。以前にも同じ宝飾コレクションをデコったハリサシガメ幼虫を見たことがあった……ということで過去の画像の中から、ハリサシガメ幼虫のコレクション──パリコレならぬハリコレをいくつか。

デコレーション素材は、捕食後のアリの死骸からゴミのようなもの、金属光沢を放つきらびやかなコレクションまで色々。先日記事にした羽化殻も銀色の装飾品をつけていた↓。

まるでアクセサリー!? 《オシャレをする昆虫》──なんていうキャッチフレーズは大げさだろうか。

こちらのデコ・コレクション↑はカメムシ系の頭部だろうか? 同個体を反対側から撮ったもの↓。

メタリックな宝飾パーツも目をひくが、「でかい頭部」のコレクションも、怪しげなオーラを放っている!? ハリサシガメ幼虫自身の頭部は土粒に隠され、触角や眼くらいしか見えないので、自然と視線はデコられた巨大頭部に誘導される。

ハチに擬態した昆虫は多いが……強面のアシナガバチ頭部をかかげていると、何か御利益(ごりやく)があるのだろうか? 「虎の威を借る狐」ならぬ「アシナガバチの威を借るハリサシガメ幼虫」みたいなこと──アシナガバチ(の頭)に怖れをなして撤退する天敵がいれば大したものだ。しかし、このハリサシガメ幼虫が、たまたま手に入れた素材を警告効果と結びつけるのは、いささか強引かもしれない。

まだ小さめのハリサシガメ幼虫がデコっているのは大型アリの頭部↑──これもなかなかインパクトがある。ハリサシガメは成虫も幼虫もアリを捕食するが、看板の(?)大型アリは、この小さなハリサシガメ幼虫がしとめたものでないだろう。サイズ的に獲物としては大きすぎるし、触角が脱落した頭部だけ──という損傷ぶりから新鮮な死骸とは思えない。
「でかい頭部」の周囲にあしらわれた小型のアリ──全身そろっているのが、このハリサシガメ幼虫の捕食後(狩って体液を吸った後)の死骸だろう。
ハリサシガメ幼虫は本人(本虫)がしとめたとは思えない大きな昆虫パーツをデコっていることがよくある。

それにしても、ハリサシガメ幼虫はどうしてわざわざこんなものをデコるのだろう?
しとめた獲物をかかげて自分の力を誇示し、見栄を張って自分ではしとめられない大物までもデコっているのだろうか? だとしても何のために?
そもそも、こうしたデコ素材をハリサシガメ幼虫はどこで調達してくるのだろう?
アリのゴミ捨場(?)から、アリが廃棄したものを拾ってくるのではなかろうか──僕はそう考えている。ハリサシガメ幼虫が背負っている昆虫パーツは分解されており中味はきれいに無くなっていたりする──これはアリが解体&利用したあとの残骸だからだろう。
ハリサシガメ幼虫のデコ・コレクションの中にはアリの繭(抜け殻)と思われる物が混じっていることもあって、「アリの廃棄物」であることを示唆しているように思われる。


それでは、なぜアリの廃棄物をデコるのか?

ハリサシガメ幼虫のコレクションのうち、自力で狩ったアリの死骸はのぞいて……「アリの廃棄物」と思われる昆虫の残骸などをデコるのはなぜか?
これは、獲物のアリに警戒されることなく近づくための擬装だと僕は考えている。
ハリサシガメは成虫も幼虫もアリをエサにしている。しかし強靭なアリを相手にまともに闘いを挑むのは危険が大きい。アリたちに気づかれ、集団で反撃されたらひとたまりも無いだろう。非力なハリサシガメ幼虫が狩りを成功させるには奇襲攻撃──アリたちに気づかれずに近づき不意打ちをかけるしかない。そこで、アリが廃棄したゴミをまとい、そのかげに隠れてアリに近づいたり待ち伏せしたりするのではないか……。

アリは一般的に視力はあまり良くないという。接触してニオイで相手を判断しているらしい。ハリサシガメ幼虫が土粒をまとうのは、アリの接触──触角タッチを阻むための擬装コーティングで、アリの廃棄物をまとうのは、不審物を確かめに来たアリに「用済みのゴミ」と誤認させ、警戒を解除するための擬装ではないかと僕は考えている。

昆虫死骸はデコるのに、自分の脱皮殻は外そうとする!?

このように、色々な昆虫の死骸をデコるハリサシガメ幼虫だが、ときには、自分の脱皮殻まで背負っていることがある。

セモンジンガサハムシの幼虫なども自分の脱皮殻を背負っているので、カムフラージュとして自分の抜け殻を背負うことはめずらしいことではないのだろう。だが、ハリサシガメ幼虫の場合、自分の抜け殻を積極的にデコったわけではなく、むしろこれを外そうとする。
というのも、ハリサシガメは脱皮のさいに、古い殻を脱ぎながら古い殻についていたデコ素材を背負って出てくる。──その結果、引き継いだデコ素材に脱皮殻がくっついてきてしまうということが起きるのだ(それが上の画像)。ハリサシガメ幼虫はこれを嫌って懸命に脱皮殻を剥ぎ取ろうとする。


自分の抜け殻をつけていたのでは、アリの触角タッチで獲物や攻撃対象として認識されてしまう危険がある──そう考えると、自分の抜け殻をデコ・コレクションから外そうとするのもうなずける。
抜け殻がアリたちのターゲットになるのか……と思ったこともあるが、実際にカマキリの抜け殻にアリがたかることもある↓。

アカスジキンカメムシも脱皮や羽化のさいに抜け殻落としをするが、これも1つにはアリ対策──カメムシの生活圏もしくは脱皮&羽化圏にアリを呼び込まないための予防措置行動ではないかという気がする。
今年5月の観察では、羽化後のアカスジキンカメムシが羽化殻落としをする前にアリが抜け殻を嗅ぎつけて来たということもあった。

アカスジキンカメムシ新成虫はアリを嫌って羽化殻落としをせずに撤退。残された抜け殻はアリたちによって持ち去られた。

抜け殻はアリを呼ぶ(アリの狩りの対象になる)──ということを考えると、アカスジキンカメムシが抜け殻落としをしたり、ハリサシガメ幼虫が、デコ素材から自分の抜け殻だけを外そうとするのも、もっともなことだと納得できる。

捕食したアリの死骸をデコる意味


アリが廃棄した虫の残骸をデコるのは、アリにゴミと誤認させ警戒を解くため──と僕は解釈しているわけだが、それでは、ハリサシガメ幼虫自身が捕食したアリをデコることには、どんな意味があるのだろう?
ハリサシガメ幼虫は、個体によって同じ種類と思われるアリを集中的にコレクションしているものがいる。これは同じ巣の近くで同一家族のアリを狩り続けているということなのかもしれない。


アリの体表面は炭化水素の薄膜で覆われ、巣ごとに微妙にニオイが異なっているそうだ。このニオイによってアリは仲間(同巣)と敵(他巣)を区別するという。ハリサシガメ幼虫は同じ巣のアリをコレクションすることで、同巣の仲間のふりをしてアリに近づき、狩りを効率的に行うことができるようになる──その結果、同巣のアリのコレクションはさらに増え、同巣のアリに近づきやすくなる──デコ・コレクションのアリが揃いがちになるのには、そういった狩りのスタイルがあるからではないかという気もする。

ハリサシガメ幼虫の擬装行動:3つの意味

ハリサシガメ幼虫の擬装行動には3つの意味があるのではないか……すなわち──、
①土粒による全身コーティング……ニオイで相手を認識するアリの触角タッチをブロックする擬装。
②アリの廃棄物のデコレーション……アリに「用済みのゴミ」と誤認させ、警戒を解除させる擬装。
③自力で狩ったアリの死骸のコレクション……同巣のアリの警戒を解くため。またはアリの注意をハリサシガメ幼虫本体からデコったアリにそらす陽動擬装(不意打ちをかけてしとめやすくなる)。

今は、こんなふうに考えているしだい。


ハリサシガメとファーブル昆虫記

砂まみれのサシガメ幼虫・ファーブル昆虫記にも


とてもユニークな昆虫なのに、その割に情報が少ない気がしてならないハリサシガメ。先日ふとファーブル昆虫記あたりに似た種類がとりあげられていないだろうか?──と思った。ファーブル昆虫記は小学生の頃、子ども向けの本でチラッと読んだ記憶がある。しかし当時はあまり印象に残らなかった。セミのそばで大砲を撃ってもセミは鳴き続けていた──セミには「聞こえていない」というエピソードは覚えていて……というより「そんなことがあるのだろうか? 聞こえないのにどうして鳴くのか?」と疑問に思ったことを覚えている。あとはスカラベの挿絵を覚えている程度で、何を読んだのかもさだかではない……。
虫屋でもある奥本大三郎氏によってファーブル昆虫記の完訳シリーズが出版されたというニュースはうっすら知っていて、大作だったらしい? 全10巻(それぞれ上下巻に分かれているので計20冊)ともなれば、その中にユニークなサシガメに触れた部分があっても良いのではないか?──そう思いついた次第。
「ファーブル昆虫記 サシガメ」で検索してみたところ『完訳 ファーブル昆虫記 第8巻 上』の第6章に「セアカクロサシガメ──肉食のカメムシ」という項目があることがわかった。内容紹介で「サシガメの幼虫は、なぜ砂まみれなのか?博物学の不朽の名著、画期的な個人完訳版」という文章をみつけ、「!」と思った。土粒コーティングするサシハリガメかそれに近い種類のサシガメに言及している──そう確信してさっそく市内の図書館へでかけ、この本を借りてきた。

立派な本を開くと、冒頭のカラー頁の口絵にはセアカクロサシガメ(成虫)の写真が載っていて、これを見た瞬間、逆ハの字模様こそないものの、ハリサシガメによく似た虫だと感じた。同じ口絵ページには「体に砂埃をまとったセアカクロサシガメの幼虫」の写真も掲載されており、その隣には「クロオオアリを捕えたハリサシガメの幼虫(日本産)」の写真まであって「おおっ!?」と思った。
以前読んだ岩田久二雄・著『昆虫を見つめて五十年(II)』の中ではクロオオアリはハリサシガメ若虫の餌には不向き(受け付けなかった)というような事が記されていて(僕は成虫・終齢幼虫ともにクロオオアリを捕食することを確認しているので)「違うな」と感じていた。それが『完訳 ファーブル昆虫記 第8巻 上』ではクロオオアリもハリサシガメ幼虫の捕食対象であることを記す写真が掲載されていて──これで、ちょっとスッキリした。

本文の第6章「セアカクロサシガメ──肉食のカメムシ」で取り上げられていたのが口絵にあったサシガメで、ファーブルはこの虫を精肉店で見つけ、成虫を持ち帰って飼育観察を始める。
セアカクロサシガメは夜行性で、狩りのシーンを見ることはかなわなかったが、餌となる昆虫はあまり選り好みしなかったという。そのあたりは昼行性で餌はもっぱらアリというハリサシガメとは違うところ。しかし後に記されていた幼虫が砂をまとうというユニークな点はハリサシガメと共通している。

日本産のハリサシガメはクビアカサシガメ亜科だが、ファーブルが観察したセアカクロサシガメもクビアカサシガメと同属だという。第6書訳注ページで知ったのだが、日本で見られるクビアカサシガメも幼虫は砂まみれの姿で暮らしているとか。幼虫が土粒をまとうというユニークな生態のサシガメがハリサシガメの他にもいたことを知って、がぜん興味が湧いてきた。

ファーブルは飼育下のセアカクロサシガメ成虫が産んだ卵が孵化するようすをかなり詳しく記しているが……僕にはちょっと理解しづらく、「これ、ホントかな……」と思わないでも無かった。というのも、ファーブルが「爆発」と称した現象を観察したのは1度だけらしい。小さな卵に起こった現象を1度見ただけで正確に把握できるものかどうか……また、その現象が起こる仕組みについての解釈にも疑問がある。本文を引用すると↓。

私はこの現象を二度と観察することができなかったので、これほど微妙な出来事を理解するには不充分である。だから、たぶんこうであろう、と単に思うだけなのだが、私としては次のような説明を試みたい。(P.206)

──として、孵化で起こる「爆発」の仕組みについて推理を記している。

カメムシの仲間の卵には、なんという見事な仕掛け、驚きに満ちた構造があることであろう。辛抱強く鋭い目で観察していれば、どれほど興味深い結果が得られることか!(P.207)

ファーブルはよくできた(?)孵化の仕組みに対して称賛しているが、それは「事実」というより、あくまでも「ファーブルの解釈」という気がする。

僕が興味を持って読んだのは、孵化以降──(ハリサシガメ同様?)砂まみれになる幼虫についての部分だ。もちろんセアカクロサシガメとハリサシガメは別の種類なので、同じように考えることはではないが、共通する特徴として比較しながら読み進んだ。
卵から孵ったセアカクロサシガメの1齢幼虫が、ときに卵の蓋を体につけているのを見てファーブルは次のように述べている。

この壷の蓋は、偶然、幼虫に触れたことで体に貼りついたのである。しかも、かなりしっかりとくっついている。というのは、この円盤を体からはずすには、次の脱皮まで待たなければならないからである。このことからして幼虫は、体から、通りがかりに触れた軽いものをべたべたくっつける粘液をだしていることがわかる。(P.208~P.209)

また、最初の脱皮を終えた2齢幼虫が砂粒をまとうことについては──、

二週間ばかりの間に幼虫たちは大きく肥り、そのうえ元との姿はなくなってしまう。というのは、体じゅう肢の先まで砂がくっついているのである。
 この砂の皮は脱皮した直後からできはじめる。最初、この小さな虫は、体のここかしこにぱらぱらとくっついた土の屑で斑になっている。それが、いまでは体じゅうを覆う土の衣になっているのだ。(P.211)


ファーブルは孵化直後、脱皮直後から、幼虫の体はベタベタしていて、砂粒が「勝手についてくる」ものだと、すんなり解釈している。
しかし──孵化や脱皮のとき、幼虫の体が最初からベタベタしていたら、殻から脱出するさいに不都合なのではないか──僕はそう考えていた。孵化や脱皮は虫たちにとって大変な作業だ。孵化不全や脱皮不全あるいは羽化不全で命を落とす個体もいる。

(※【ヤニサシガメぷち飼育中】より↑)
こうした事故を防ぐために孵化時・脱皮時には体表面は滑りが良くなくてはならない……だから離型剤の働きをする脂の被膜(?)のようなものが体表面と殻の間にできるのではないか……などと僕は想像していた。
滑りが良くなくてはいけないのに、逆に体表面がベタベタしていたのでは都合が悪かろう──だからそんなことはないはずだと僕は考えていた。
体表面がベタベタしていることで知られているヤニサシガメで、脱皮後はベタベタしているのかどうかを確かめるために飼育したことがある。


(※【ヤニサシガメのベタベタは分泌物なのか松ヤニなのか?】より↑)
やはり脱皮後のヤニサシガメ幼虫はベタベタしておらず、スベスベだった。こうしたことから、「脱皮幼虫がベタベタしているわけがない」との考えを強めていたので、ハリサシガメの脱皮で、抜け殻の背負っていた擬装素材を新幼虫が背中にひっつけながら出てきたのを見たときは、大いに驚いた。擬装素材の塊をどこかで引っ掛けて脱皮するのだろうか?──などと考えたこともあったが、よく解らずにいる。
脱皮しながらの擬装素材の引き継ぎは──これがファーブルの言うように、幼虫は最初からベタベタしていたのだとすれば、説明はつく。しかし、それではベタベタした体で孵化や脱皮をしたのか──という疑問が残る。ファーブルはこうした疑問を考えなかったのだろうか?
あるいは新幼虫の体表面と殻の間では滑りがよく、しかし他の物には粘着性のある──そんな分泌物が体を覆っているのだろうか?

幼虫が砂まみれになるユニークな生態についてファーブルは次のように記している。

 この襤褸(ぼろ)衣裳は意図的なもの、つまり奇襲作戦に役に立つものであって、獲物に近づくために自分の姿を覆い隠す手段なのだ──と思ったとしたら、そんな間違った考えは棄てなければならない。セアカクロサシガメは、わざわざ工夫を凝らしてそんな外套をこしらえたのではない。姿を紛らわせようとしてこんなものを担いでいるのではないのだ。それは何の工夫もなくひとりでにできてしまうのである。その仕組みはちょうど、円い楯がわりに背負った卵の蓋が、先ほど私たちにその秘密を明かしてくれたとおりである。
 幼虫は体から、一種のねっとりした液体を出す。それはおそらくは、幼虫の食物である脂肪に由来するものだろう。体から分泌しているこの鳥黐(とりもち)によって、幼虫自身が別に何かしなくても、移動するたびに触った埃が体にくっつく。サシガメが服を着るのではなくて、体がかってに汚れるのである。この幼虫は塵の球になる。つまり、歩く汚れそのものになるのだ。それは幼虫がべとべとした汗をかくからなのである。(P.211~P.212)


ファーブルはセアカクロサシガメ幼虫が砂粒まみれになるのは擬装目的があってのことではなく、幼虫が積極的に砂をまとうわけではないと記している。しかしハリサシガメ幼虫の場合は、積極的に土粒をまとう行動を僕は何度も見ている。


(※【ハリサシガメ幼虫のデコレーション&コーティング】より↑)
ハリサシガメ幼虫の土粒コーティングは獲物であるアリに気づかれることなく近づくための擬装だと僕は考えている。
大胆にもアリの列のそばで狩りをするハリサシガメ幼虫を観察したことがあるが、驚くほとアリたちは無反応だった。




アリたちに気づかれ総攻撃をしかけられたらハリサシガメ幼虫はひとたまりも無いだろう。ハリサシガメがアリを狩るには奇襲攻撃しかない。ハリサシガメのまとう土粒はアリたちをあざむく「天狗の隠れ蓑」の役割りをしているのだろう。僕はそう考えている。

ファーブルが言うようにセアカクロサシガメ幼虫が砂粒まみれになることに意味がないのだとしたら……たまたま幼虫がベタベタするサシガメが誕生し、その中から土粒にまみれることでアリに気づかれにくくなった→アリを狩るハリサシガメが誕生した──というシナリオになるのだろうか?

ファーブルはセアカクロサシガメ幼虫がベタベタするのは、《幼虫の食物である脂肪に由来するものだろう》と言っているが……この根拠も怪しい気がする。
飼育下のセアカクロサシガメの2齢幼虫(孵化した1齢幼虫は何も食べず、2日後に脱皮する)はファーブルが餌として与えた虫をことごとく拒絶したという。ファーブルは成虫が集まっていた精肉店にあったもの──として脂肪を与えてみたところ幼虫たちはこれを好み、順調に育ったという。それでファーブルはセアカクロサシガメ幼虫の餌は脂肪だと考えたようだが……しかし、脂肪などないところでは、2齢幼虫は何を餌にしているのだろう? 脂肪以外の本来の餌が存在するのではないかという気がする(注釈ではイガやカツオブシムシの幼虫の可能性が指摘されている)。であるなら、幼虫が砂まみれになるのは脂肪のせいではないはずだ。
あるいは、セアカクロサシガメ幼虫が身にまとった砂粒の擬装が役に立つような捕食対象や生態があるのではないか……そんな気もしないではない。

ところで……図書館で借りてきたこの本──『完訳ファーブル昆虫記 第8巻 上』(2010年の初版)のカバーには「本体2800円+税」と記されている。ところが、ネット上で価格を確認すると「3,600円(本体)+税」となっていたので、ちょっと驚いた。値上げがあったのだろうか?(8年で800円の値上げ!?)