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ひとり多い!?座敷童子2題

01座敷童子騙し絵A
02座敷童子騙し絵B

♣ひとり多い!?──騙し絵のような座敷童子
【座敷童子】(ざしきわらし・ざしきぼっこ)といえば、「遊んでいる子どもたちがいつの間にか1人増えていて、誰が増えたのかわからない」という不思議な現象──いってみれば《座敷童子現象》が(僕の場合)まず思い浮かぶ。子どもの頃にそんな話を聞いたことがあり、とても印象に残った。その後も何度か《座敷童子現象》をネタにした話題を聞いたことがあり、筒井康隆の作品にもこの現象を扱った『座敷ぼっこ』というSF短編がある。だから、このミステリアスな《座敷童子現象》が座敷童子の最もユニークな特徴だと僕はずっと思い込んでいた。ところが、そうでもないらしい。民話などを調べてみると『座敷童子』に《座敷童子現象》のエピソードは出てこない。最も特徴的なのは《座敷童子がいる家は栄え、座敷童子の去った家は衰退する》ということらしい。《座敷童子》は知っているが《座敷童子現象》は聞いたことがないという人もいる。
《座敷童子現象》の起源は、どうやら宮沢賢治が1926年に雑誌『月曜』2月号で発表した『ざしき童子(ぼっこ)のはなし』という童話だったらしい……と現在、僕は思っている。その童話の中に10人の子が遊んでいると、いつの間にか11人になっていて、《ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても十一人だけおりました》というエピソードが出てくる。
いずれにしても、「頭数が増えているのにそれが誰なのか特定できない」という《座敷童子現象》は面白い。僕もこの現象をモチーフに童話(病院跡の座敷童子)を書いたことがある。
少し前には、冗談で《座敷童子現象》を成立させるトリック(?)を【境内の座敷童子】で投稿した。ちょっとした着想だったのだが、説明するといささかややこしくなってしまった……。もう少しわかりやすい《座敷童子現象》ネタはないだろうかと考え、昔きいたことがあるパズル(?)で《座敷童子現象》を応用できそうなものを思い立った。
そんな座敷童子噺を2題、続けて記してみることにする。


♣寄宿生にまぎれ込んだ座敷童子
9人と聞いていたのに寄宿舎やってきたは子どもたちは10人だった。
管理人は困った。用意していた空き部屋は個室で9室しかない。
(これは座敷童子が1人まじっているな)──管理人はそう思った。目が合ったA君が、なんとなく怪しい……。
(仮にこの子が座敷童子だとわかったところで、排除はできないだろう……)
《座敷童子がいる家は栄え、座敷童子の去った家は衰退する》と言われている。ここで座敷童子を追い出してしまっては寄宿舎が廃れてしまうのではないかという不安があった。
(ちょっと待てよ……座敷童子まじりの10人なら、もともとは9人。9つの個室におさまるのではないか?)
管理人はそう考えて、とりあえずA君を残し、2人目の子どもから部屋へ案内した。
1号室には2人目の子どもを──、
2号室には3人目の子どもを──、
3号室には4人目の子どもを──、
4号室には5人目の子どもを──、
5号室には6人目の子どもを──、
6号室には7人目の子どもを──、
7号室には8人目の子どもを──、
8号室には9人目の子どもを──、
そして9号室には、残ったA君を案内し、10人全員を入れることができたのだった!
「やっぱり、座敷童子がまぎれこんでいたんだなぁ」
9つの個室に10人の寄宿生を割り振ることができた管理人は興奮ぎみにつぶやいた。



※油断して読むと、騙されてしまうかもしれないが、9つの個室に10人入ることはもちろんできない。「8号室に9人目の子ども」が割当られたとき、《残りは1人》と錯覚してしまいがちだが、この時点で残っているのは「10人目の子ども」と「A君」の2人。A君を「残りの1人」と混同させることで不可思議が成立したかのように思い込ませるトリック。

♣座敷童子の宿!?
古い旅館に3人連れの客が来た。彼らが指定した部屋は「座敷童子がでる」という噂のある通称《座敷童子の間》。3人を部屋に案内した仲居に、彼らは「独自に研究した降霊術ならぬ降座敷童子術を駆使して、きっと座敷童子を呼び出す」と意気込んで話した。3人の宿代は1人1万円──3人で3万円を前払いで収めていた。
仲居は座敷童子の噂は知っていたが、その存在は信じていなかった。でも、おもしろがって宿主に3人の話をした。
すると宿主は、うまくいって《座敷童子がいる家は栄える》といわれる座敷童子を呼び出せたらありがたいことだと喜んで、宿代3万円から5千円を値引きして2万5千円にすることにした。
宿主は仲居に千円札を5枚わたし、3人の客に返すよう命じた。
仲居は《座敷童子の間》に向かいながら、こう考えた「3人で5千円は分けづらい。返すのは1人に千円でいいだろう」──そして3人に千円札を1枚ずつ手渡した。残りの2千円は仲居がネコババした。
《座敷童子の間》を出た仲居はふと考える。
彼らが来たとき支払った金額は3万円──1人あたり1万円だったわけだが、座敷童子割引(?)で1人あたり9千円になった。3人合わせて2万7千円を支払ったことになる。それに仲居がくすねた2千円を足すと……2万9千円だ。はて、差額の千円は、どこに消えたのか!?
仲居はしばらく考えたあと、ポンと手を打った。
「そうか……座敷童子部屋の3人に千円ずつ渡したとき……もう1人座敷童子がいて、ちゃっかり千円受け取っていたのだ」
仲居もそれで座敷童子の存在を信じるようになった。



※客が払った2万7千円に仲居がくすねた2千円を足しても最初に払った3万円にならない……というと不思議に感じるが、これは本来、客が払った2万7千円から仲居がくすねた2千円を「引いて」、宿主の手もとには「2万5千円」が入った──と考えるべきなのだが、「くすねた金を返せば(足せば)もとの金額になる」という錯覚が働くのだろう。仲居がくすねた2千円を宿主に渡せば、「(宿主の手もとに残した)2万5千円+2千円=2万7千円」で客が払った2万7千円が全額、宿主にわたることになるわけだ。


病院跡の座敷童子(童話/400字詰原稿用紙で20枚半ほど)
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境内の座敷童子(頭の体操)

01境内の座敷童子

座敷童子の謎
子どもたちが遊んでいると、いつの間にか1人増えている。しかし、どの子が新たに加わったのか誰にもわからない……。この《謎の「+1」》が座敷童子である。
「顔ぶれは同じなのに人数だけ増えている/あとから加わったのがどの子なのか誰にもわからない」という現象はミステリアスでおもしろい。この《座敷童子現象》を演出するトリックがあるとすれば、どのようなものだろう……。
脳内シミュレーション(頭の体操)で思いついた着想を、簡略化した図を使って「おはなし」仕立てで記してみることにする。


境内の座敷童子
A君の小学校では「神社で遊んでいると座敷童子が現れる」という噂があった。境内にある木を利用して鬼ごっこ(木鬼)をしていると、いつの間にか人数がひとり増えているというのだ。それも奇妙な話だが、さらに不思議なことに、メンバーはみな最初からいた顔ぶれで、だれが後から加わった子なのか誰にもわからないらしい。神社の裏には墓地があって、死んだ子どもの霊が、神社で遊ぶ子どもたちに加わりたくなって現われるのだろうなどと言われていた……。
この噂を確かめるためにA君は学友たちを引き連れて、問題の神社にやってきた。そして一行は木鬼(木にタッチしている間はオニに捕まらない鬼ごっこ)を再現して境内の木に散らばった……。
説明をわかりやすくするために内容を簡略化して──神社の境内には東西南北にそれぞれ図のように1列に木が植えられているとする。
02境内略図&配置
ここで木鬼遊びをしていると《座敷童子が現れる(人数が1人増える)》というのだが、誰も新顔に気づかないというから、《座敷童子が現れた》ことは人数の変化で確認するしか無い。しかし境内の中心には建物があるためその反対側までは目が届かない。そこでA君たちは手分けをして境内の子どもたちの数を確認し合うことにした。4つの班に別れ、東・西・南・北のどの側で遊ぶかを決めて、各自がカバーするエリアを出ずに、そこにいる人数を確認し合うのだ。
子どもたちはカバー・エリア内で移動できるが、その動きも簡略化して──イチョウ(黄)の木にタッチしていた子が1人、時計回りで隣の木に移動したとする。この移動のプロセスを1つずつ順を追って確認していくと……。
03A北側班図解
04B東側班図解
05C南側班図解
06D西側班図解
07座敷童子準備
08座敷童子出現
──いつのまにかひとり増えている!?
これが、《座敷童子現象》を成立させるトリックとして思いついたもの。
バレバレかもしれないが、「ひとり増えたように見える」のは、重複カウントによるもの。正方形の角にあたる木にいる子は重複してカウントされており、このエリアに移動した子がダブってカウントされることで数が増える──というしかけ。4つの班(正方形の辺上)に「それぞれ10人」というと、なんとなく全体で40人いるような錯覚をしがちだが、今回の配置では子どものは全部で31人しかいない。班(辺)内で移動しても班(辺)内のカウントは変わらないが、一番端(角)に移動すると、そこを共有するとなりの班(辺)内のカウントが加算されるというわけだ。

(配置する子どもの代わりに)碁石などを使って披露するなら──碁石の移動を繰り返し、その動きの中で重複ゾーン(角)に碁石を置くことを行えばバレにくいかもしれない。しかし、図解でそれをやると解説が煩雑になってわかりにくくなってしまうので、今回はこんな形で着想をまとめてみたしだい。


座敷童子の怪!?
僕が座敷童子について知ったのはいつ、どのような状況でだったかは覚えていない。ただ、「子どもたちが遊んでいると、いつのまにか1人増えている/それが誰なのかわからない」という現象が不思議で「増えているのに、どうして特定できないのだろう」と子供心に考えをめぐらせた記憶は残っている。
その後、座敷童子について民話などを調べてみたことがあったのだが……座敷童子の言い伝えはあちこちに残っているものの、最大の特徴であるはずの「いつのまにか1人増えている/それが誰なのかわからない」という《座敷童子現象》については、まったく見つけることができなかった。
《座敷童子現象》というユニークな特徴は、本来の伝承にはない「プラス1」の幻だったのか?──特徴自体が《座敷童子現象》のようで、不思議に感じたものである。

しかし、座敷童子といえば、いつの間にか1人増えているという《座敷童子現象》を思い浮かべる人は多いのではないか? この認識は広く浸透しているように思う。それでは、《座敷童子現象》の由来・起源はどこにあるのだろう?
さらに調べてみたところ……どうやら宮沢賢治が1926年に雑誌『月曜』2月号で発表した『ざしき童子(ぼっこ)のはなし』という童話がその起源っぽい。この作品には座敷童子にまつわる4つのエピソードが記されているのだが、その中に次のような話がある。


「大道(だいどう)めぐり、大道めぐり」
 一生けん命(めい)、こう叫(さけ)びながら、ちょうど十人の子供らが、両手をつないでまるくなり、ぐるぐるぐるぐる座敷(ざしき)のなかをまわっていました。
 どの子もみんな、そのうちのお振舞(ふるまい)によばれて来たのです。
 ぐるぐるぐるぐる、まわってあそんでおりました。
 そしたらいつか、十一人になりました。
 ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても十一人だけおりました。
 そのふえた一人がざしきぼっこなのだぞと、大人が出て来て言いました。
 けれどもだれがふえたのか、とにかくみんな、自分だけは、どうしてもざしきぼっこでないと、一生けん命眼(め)を張(は)って、きちんとすわっておりました。
 こんなのがざしきぼっこです。


この作品──宮沢賢治の『ざしき童子のはなし』によって《座敷童子現象》が広く認識されるようになったのではなかろうか?
民話に語り継がれてきた地味なエピソードに比べ、賢治の童話で紹介された《座敷童子現象》は謎めいていて印象深い。もし伝承の中に《座敷童子現象》の要素があったとすれば、民話としてもっと広く伝播していてよかった気がする。ということは、世間に浸透している座敷童子の特徴──《座敷童子現象》は賢治の創作だったのかもしれない。

いずれにしても、「いつのまにか1人増えていて、それが誰なのかわからない」という《座敷童子現象》は不思議で心に残った。どう解釈すればそんな現象が成立しうるのか──そんなアプローチで得た着想から、僕も『病院跡の座敷童子』という作品を書いたことがある(*)。今回の【境内の座敷童子】とはまた別の着想だったが……《座敷童子現象》をどのように成立させるか──というテーマは創作のモチーフとしても魅力的だと考えている。


病院跡の座敷童子
ひとり多い!?座敷童子2題

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病院跡の座敷童子

病院跡の座敷童子(読み切り児童小説)

子ども達が遊んでいると、いつの間にか1人増えている……なのにあとから加わったのがどの子なのか誰にもわからない!?──《謎のプラス1》座敷童子の正体とは!? 四百字詰め原稿用紙で20枚半ほどのファンタジー。

































《いつのまにか1人増えているのに、それが誰なのかわらない》──というミステリアスな座敷童子現象(?)に対する謎解き(解釈)が着想のきっかけとなった作品。朝日小学生新聞に作&絵で短期連載した『病院跡のざしきぼっこ』(1994年12月17日~12月25日・全8回)をまとめて若干手を加えたもの(今回のカットは当時の挿絵ではない)。

新聞や雑誌等で発表することができた作品も、そのとき限りで読み返される機会がないまま埋もれてしまうことは多い。昔は不特定多数の人が目にする《発表の場》はごく限られていたから、それが普通だった。しかし今ではインターネットを利用し《誰でもアクセスできる場》に個人で情報を発信することが容易にできるようになった──ということで、埋もれがちな小品をブログで再公開してみることにした。
小説を投稿しているブログは珍しくはないようだ。ただ、途中から始まっていたり、途中で終わっていたりする記事だと、その前後を探すのがわずらわしい。閲覧者の立場からすると、開いた記事の中で完結した「読み切り作品」であることが好ましいように思う。そんな理由からサラッと読める掌篇やショートショートを掲載してきたが、本作はやや長め(原稿用紙換算で20枚半)……ブログで紹介するにはどうかと迷ったが、試しに載せてみることにした。例によって、文芸作品は「縦書き」の表記がしっくりくるので禁則処理をほどこした縦書きの画像にしてある。


エアポケット幻想 ※着想・パロディなど