FC2ブログ

ユーザータグ : 寄生の記事 (1/5)

なじめなかったファーブル昆虫記

01昆虫記DVD本

ファーブル昆虫記は小学生の頃に読んだ記憶があるのだが、内容はあまり覚えていない。セミはなぜ鳴くのかについて「セミには音が聞こえていない(もしくは恐ろしく耳が遠い)/セミは生きているよろこびのために歌って(鳴いて)いる」とする結論が納得できなかったのを覚えている。
昆虫に対する興味から手に取ってみたファーブル昆虫記だったが、読み始めてみると、どうもなじめず没頭できなかった。その後、ファーブル昆虫記を称賛する虫屋さんが多いらしいことを知ったが、それでもあらためて読んでみようという気にはなかなかなれずにいた。ところが比較的最近、ちょろっと読む機会があった。ハリサシガメについての情報を探していてファーブル昆虫記の中に同属のセアカクロサシガメの項目があることを知ったからだ。図書館で借りてその章を読んでみたのだが(*)……やっぱり小学生時代に読んだ「なじめなさ」をあらためて感じることとなった。

ちなみに、ハリサシガメの幼虫は全身を土粒でおおい、アリの死骸などをデコレーションするというユニークな特徴を持っている。

03針刺亀幼虫01再
04針刺亀幼虫B1再
ファーブル昆虫記に出てくるセアカクロサシガメの幼虫も、同様に全身に埃をまとうという似た特徴を持っているらしい。ファーブルがこのユニークな生態をどう解釈したのか期待して読んだのだが……、

幼虫は体から、一種のねっとりした液体を出す。それはおそらくは、幼虫の食物である脂肪に由来するものだろう。体から分泌しているこの鳥黐(とりもち)によって、幼虫自身が別に何かしなくても、移動するたびに触った埃が体にくっつく。サシガメが服を着るのではなくて、体がかってに汚れるのである。この幼虫は塵の球になる。つまり、歩く汚れそのものになるのだ。それは幼虫がべとべとした汗をかくからなのである。(『完訳 ファーブル昆虫記 第8巻 上』第6章より)

──と記されていた。汗腺などない昆虫が、どうして汗をかくのかよくわからないが、ファーブルは特有の(?)「妙な擬人化」で、あっさりと片付けている。これには少々がっかりした。

僕は虫屋ではないが、子供のころはカブトムシやクワガタを捕ったり飼ったりしていた。僕の昆虫に対する興味というのは、人工物とは全く異なる仕様の存在感……いってみれば人間の言語(フォーマット)とは違う言語で創造された世界を実感できるところにあったような気がする(*)。昆虫を通して、彼らが帰属する自然界に興味を覚えたわけだが、そんな昆虫たちの世界がファーブル昆虫記ではひどく人間的な視点で捉えられている……自然(非人工)の世界を描いているのに、その描写や比喩がすこぶる人間的であったところがなじめなかった原因だったように思う。
虫の営みを擬人化した例えで説明している箇所が多く、その比喩が適切でないと感じる部分も少なくない(セアカクロサシガメの幼虫のベタベタを「汗」だと片付けるところなど)。観察した現象の理解(解釈)がファーブルの人間的な(?)予断に傾いたもので(セミが生きているよろこびのために歌うとか)、共感や同意するのが難しい……こうしたことが小学生の時にファーブル昆虫記を読んで感じた「なじめなさ」だったのだろうと思う。
「人智の関与しない昆虫の世界を見ようとしているのに、どうしてそんな世俗的な例えをあてはめようとするのか」「そういう見方で虫を見るのはヘンではないか?」という違和感──強い言い方をすれば抵抗感のようなものがついてまわり読書意欲を減退させる。著者(ファーブル)の虫を見る眼(捉え方)に疑問が生じてしまうと読み続けるのは、しんどくなる。それが、読み返そうという意欲がわかなかった原因だったように思う。
とはいえ、客観的にみれば、僕がげんなりした部分──ファーブル昆虫記の《人間臭い視点で描かれている点》が、きっと好きな人には魅力となって伝わりファンが多いのだろうという気もする。ファーブル昆虫記の原題は直訳すると「昆虫学的回想録」になるそうだが、回想録として読めば文学的表現(?)も作者の味として感じられるのかもしれない。

個人的には読みにくいファーブル昆虫記だが、DVDは持っていたりする。『完訳 ファーブル昆虫記』シリーズの翻訳をされたフランス文学者にして虫屋の奥本大三郎氏が案内役をつとめたテレビ番組を収録したものだ。昆虫の映像見たさで入手したものだが、映像は素晴らしかった。ファーブルが進化論に批判的だったことは、このDVDを観て知った。『ファーブル昆虫記 Vol.2 カリバチとヤママユ 本能の命ずるままに』では、ファーブルが進化論に疑問を呈すところがある。強力な毒牙をもつ危険なクモを完成された技術でしとめるカリバチについて、「昆虫記 第2巻12章より」というスーパーとともに、次のようなナレーションが流れる。


はるか大昔に1匹のカリバチがいて偶然に獲物の神経を傷つけた。そしてそれは危険な戦いを回避させてくれ、幼虫のために新鮮な獲物をもたらしてくれた。蜂はこれは素晴らしいと思い、その傾向を子孫に遺伝子によって伝えるようになったと進化論者は言う。ならば、それ以前のカリバチはどうやって生きてきたのであろう。不慣れな暗殺者がいい加減な仕事をすると彼らは最初の世代で滅びてしまうのである。

ファーブルはこのように進化論者を批判しているが、ならばクモ狩りのカリバチはどのように誕生したというのだろう? ある日いきなりクモ狩りの完成した技術をひっさげて出現したというのだろうか?
完璧に見えるその技術がどのように獲得されていったのか──という疑問・発想は無いのだろうか?

ファーブルが示さなかったカリバチのルーツを無知で素人の僕が想像してみると……、
カリバチの祖先は、やはり狩りをしていたが、現在のように特定のターゲットに対する完成度の高い狩り技術を獲得していなかった……そんな時期があったのではないか。スズメバチやアシナガバチも狩りをし、獲物を肉団子にして幼虫に与えるが、ハンティングの対象となる種類は比較的幅広い。同様にカリバチの祖先も狩りの対象を今ほど限定しておらず、捕えやすい相手(獲物)を中心に狩りが行われていたとする。あるいは色々な種類の獲物を狩る中で獲物を麻酔する技術を獲得し高めていったのかもしれない。そして色々な虫を狩る中で、たまたま毒牙を持つ危険なクモに挑んだものがいて、たまたまその蜂が持っていた技術で、狩りが成立することがあったのかもしれない(針を刺す位置が、そのクモの神経節の位置と合致した?)。中にはクモの毒牙に倒されるものもいたろうが、失敗ケースは残らなかった(淘汰された)だけだ。数あるチャレンジの中で成功したケース(カリバチAと、その攻撃パターンが有効に機能したクモA'の組み合わせ)が子孫に受け継がれたと考えることはできないだろうか?
現在のカリバチの仲間は種類によってエサ(宿主)がかなり限定されているようだが、これはそれぞれのカリバチの体格・ハンティング技術に対応する(カリバチの攻撃ポイントと獲物の急所が一致する?)「うってつけの獲物」にしぼった方が狩りの成功率が高められることから限定化に向かったのではないか──僕なら、そう考える。

また、カリバチは獲物を貯蔵する巣の位置をちゃんと覚えていて獲物を運び込む。位置情報なのかあるいはニオイ情報なのか……何を手がかりにしているのかはわからないが、それを「記憶」する能力があるからこそ、ちゃんと巣に戻ることができるのだろう。
カリバチに、そうした優れた「記憶」の能力があるのであれば、幼虫時代に食った獲物のニオイを覚えていて、成虫になって狩りをするときにそのニオイをたよりに獲物を選定するシステムだってあってよさそうな気がする。母蜂の狩猟技術でしとめることができる獲物──それを食べて無事に育つことができた幼虫が成虫(母蜂)になったときに、母蜂と同じ種類の獲物を選択的に狩るのは《成功例を踏襲する》という意味で理にかなっている。

余談だが……宝石蜂セイボウの仲間は、他のカリバチが作った巣(幼虫用の食糧を貯蔵し卵が産みつけられた部屋)にもぐりこんでカッコウのように托卵するという複雑な生活史を持っている。これも《幼虫時代のニオイ記憶が母蜂を誘う》システムで説明できそうな気がする。麻酔の技術を持たないセイボウの祖先は托卵習性を獲得する以前、生きた宿主に直接卵を産みつけていたとする。あるときセイボウが卵を産みつけた獲物を別のカリバチが狩って巣に運び込むというアクシデントが発生……そしてカリバチの巣の中で孵化したセイボウの幼虫はカリバチの子供を殺し(食べ?)カリバチが幼虫のために貯えた獲物を食って育ったとすれば……。カリバチの巣で安全に育つことができたセイボウ幼虫が成虫(母蜂)となったとき、自分が育った獲物&環境のニオイを記憶しており、それをたよりにカリバチの巣を探し当て、侵入して卵を産むようになった──そんなシナリオも成立しそうな気がする。
もちろんこれまで記した想像は根拠の無い素人の脳内シミュレーションにすぎず、実際にどうだったのかはわからない。ただ、昆虫が複雑な習性を進化の中で獲得していくことは充分あり得ることだと思う。少なくともある日突然、完成された技術を持った昆虫がいきなり現れた──という神がかり的な(?)発想よりは、納得しやすいのではないか。

進化論に対してファーブルがどんなふうに考えていたのか知りたくて、DVD『ファーブル昆虫記 Vol.2 カリバチとヤママユ 本能の命ずるままに』に引用されていた「昆虫記 第2巻12章」を読んでみようと図書館へ行って借りてきた。奥本大三郎氏・訳『完訳 ファーブル昆虫記 第2巻 下』の12章は「ベッコウバチ──クモを捕える狩りバチ──」だったが、どうしたことか、ナレーションで紹介されていた上記の文章は、 完訳のはずの第2巻12章に載っていなかった。

調べてみると、『完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 上』にも「第9章 アナバチたちの獲物/進化論に対する批判」という項目があって、これにも興味を覚えたが、運悪くその巻は市内の図書館では貸し出し中。ネットで検索してみると、Wikipediaの【ジャン・アンリ・ファーブル】に「進化論への批判」の項目が出ていた。


ファーブルが行った批判のひとつに狩りバチの例がある。例えば「進化論へのお灸」と題した章がある。ここで彼は進化論を現実から乖離させた概念のお遊びであると非難し、具体的な問題提起として、アナバチの例を挙げている。彼の知る何種かが近縁であることは形態等から明らかであるから、進化論的にはそれらに共通祖先があったことが想定される。しかし現実の種はそれぞれに別な固有の獲物(ある種はコオロギ、別の種はキリギリスモドキ、また別の種はカマキリ類)を狩る。では、それらの祖先はいったい何を狩っていたのか、と問い、もし祖先の中から特定の獲物を狩るものが出たのだとすれば、祖先はそれら全部を獲物の選択肢にしていたことになる、とすれば、多様な獲物を狩れる中から、限られたものしか狩れない者が出てくるのでは、明らかに進化しているものの方が不自由であり、変であると論じる。もし、祖先がある1つの獲物を狩っていたとしても、そこから現在のさまざまな種が出る間には、複数種を狩れる段階があったはずであり、同じ問題を生じる。(※Wikipedia【ジャン・アンリ・ファーブル】より)

先に僕の想像(脳内シミュレーション)を記したが、カリバチの祖先が多様な獲物を狩っていて、その中から、それぞれが得意とする狩猟&麻酔技術と対応種(宿主)をみつけていったのだとすれば、獲物を得意相手に絞った方が、狩り〜子育て(うまく麻酔できた獲物を幼虫が食べて育つ過程まで)の成功率は上がるはずだ。多様な種類をターゲットにすれば、獲物の神経節の位置の違いなどから攻撃ポイントを外したり探すのに手間取って狩りに失敗する確率が高まるだろう。危険な相手であれば返り討ちにあわないとも限らない。

ファーブルが記しているようにカリバチの麻酔技術が高い精度を要するものだとするなら、神経節の位置が違う雑多な獲物にフレキシブルに対応するより、成功実績の高い得意相手にしぼって狩りをした方が成功率は上がるだろう。狩りの対象種が限られてきたのは、進化による《不自由》ではなく《最適化》と見るべきではないか。
また母蜂の技術で狩ることができた獲物で育った子供が、食った虫のニオイを記憶し、母蜂になったときに《成功例》を踏襲すれば、狩りの精度は強化されていくだろう。獲物を絞って《最適化》することは、種の生存率に有利に働くはずだ(もちろん最適化した獲物が衰退すれば一蓮托生のリスクははらんでいる)。

ファーブルはカリバチの「獲物を殺さずに麻酔をする巧みな技術」(幼虫が蛹になるまで獲物を殺さず新鮮さを保つ)や「幼虫が獲物を殺さずに喰い進む順序」(最初は内蔵を包む脂肪層、次に皮膚の内側にある筋肉というふうに生存に重要でない部分から食べていく)などが、みごとに理にかなっていることから、昆虫が生理学を熟知しているかのようだと感嘆しているが、カリバチはそれを理解して行動しているとはとても思えない。たまたま結果として理にかなった行動をとるものが生き残り、そうでないものは残らなかった……ただそれだけのことだったのだろう。現存する現象(生態)は、結果として理にかなっていたから残っているのであり、「うまくできている」のは当然・必然とも言える。

たとえば──、
馬券の換金窓口にやってきた人の所持する馬券が全て当たっていたとする。この人が換金に必要な当たり券だけを持って来たのは理にかなっている。不要となったハズレ券は破棄したのだろう。なのに、彼が持参した券がすべて当っていたことから、「この人は、どうしてレース結果を確実に知り得ることができたのだろう」と考えるのは、おかしなものである。カリバチの巧みな生態を見て「どうしてハチが生理学を熟知しているのだろう」と考えるのは、これと同じ気がする。超能力(予知能力)を持たなくても当たりを引く人はいるし、生理学を知らない虫でも理にかなった行動をとるものはいる。

ファーブルは昆虫を観察して、理解を超えた「うまくできたしくみ」に気づき、その複雑さ・完成度の高さに驚嘆し、これは「進化」で獲得できる領域のものではないと考えたのかもしれない。
確かに昆虫の生態は複雑で、とても偶然&自然選択の結果であるとは思えないほど「うまくできている」と感じることがある。しかし、一見複雑きわまりない生態に見えても、実は1つ1つの進化の行程は意外にシンプルだったりするのかも知れない……というのは、複雑な形をしたドラゴンの折り紙を折って感じたことだ。

04折紙ドラゴン
1枚の正方形の紙から折ったとは、にわかに信じがたい複雑な形をしたドラゴン⬆も、折り方をたどってみれば、1つ1つの行程は意外にシンプルでそう難しいものではなかった。
まるで超自然的な意志でも働いているかのように「うまくできている」昆虫の生態も、自然な進化の積み重ねによって獲得されたものではないか。今は解明できないでいる複雑な生態のルーツにも、きっと合理的なプロセスがあるに違いないと僕は思っている。


ハリサシガメとファーブル昆虫記
昆虫の何に魅かれるのか?
ドラゴンを折って昆虫進化の奇跡を思う
ファーブルと寓話『セミとアリ』
昆虫を見る意義!?〜人はなぜ死を恐れるのか?
ファーブル昆虫記:ファーブらない昆虫記!?
ファーブル昆虫記の違和感について
エッセイ・雑記 〜メニュー〜
作品評・感想など(映画・本)〜目次〜
FC2ブログ版〜抜粋メニュー〜
スポンサーサイト



ホシヒメホウジャクと寄生蠅!?

ハチドリちっくなホウジャク(蜂雀)の仲間



花壇などで花から花へとせわしなく移動し、ホバリングしながら蜜を吸うホウジャク(蜂雀)類をよく目にする。スズメガ科の蛾なのだが、子どもの頃はこれが蛾の仲間だとは思ってもみなかった。高速で羽ばたきながら空中に停止して蜜を吸う姿はテレビで見たハチドリのようだ──ということで、僕の中では「ハチドリ虫」だった。


ホウジャク(蜂雀)類の英名は「humming‐bird moth(ハチドリ蛾)」だそうで、この呼び名にはうなずける。たまに(日本国内で?)ハチドリを目撃した──というブログを目にすることがあるが、おそらくホウジャク類を誤認したものだろう。今回とりあえず撮ってみたのは、ホシホウジャク。オオスカシバよりも一回り小さい。よく見かけるのだが、飛行中は、せわしなく花から花へ移動するので、なかなか接写できない……。

ホシヒメホウジャクと寄生蠅



ホシホウジャクをさらに一回り小さくしたようなホシヒメホウジャクが植込みの葉かげにかくれていた。飛んでいるとハチドリのようだが、とまっていると枯葉のように見える。こういう状態だと接写しやすい。
このホシヒメホウジャクは見つけた時は翅を立ててとまっていた(羽化直後の蛾はよくこんな形をとるのでこの個体も羽化したところだったのかもしれない)。撮り始めるとハエが1匹飛来してホシヒメホウジャクの背中にとまった。


ハエはホシヒメホウジャクを虫とは思わず枯葉のつもりで舞い降りたのだろうか。撮影のジャマだなと思っているうちにハエは飛び去り、撮影続行。と、ほどなくあのハエが舞い戻ってきた。これは枯葉と間違えてとまったのではなく、蛾を狙って飛来した寄生蠅ではなかろうかと気がついた。


ハエはその後も消えたり現われたりを繰り返した。


その間、ホシヒメホウジャクは翅を開いていった。そこで背面ショットを撮影。


──と、そこへまたまたハエが現われた。


ホシヒメホウジャクとのツーショットを撮った後、ハエは飛び去ったので改めて背面ショットを撮影。


ハエはそのまま戻って来なかったので、ホシヒメホウジャクにまとわりついた目的を確認することはできなかった……と、その時は思ったのだが。帰宅後、撮影した画像をパソコンで確認していたところ、ハエが現れてから去る間に、ホシヒメホウジャクの背中に卵らしきものが出現していることに気がついた。


ヤドリバエの産卵 before & after!?


寄生蠅というとイモムシがターゲットにされることが多い印象があったが、蛾の成虫に産卵するものもいる──ということで記録しておくことにした。

枯葉チックなヒメエグリバ

蛾つながりで……前回、記事にしたばかりのヒメエグリバだが、その後また見つけたので、撮ってみた。以下、同一個体。
















仮称トラフヒラタヤドリバエ

和名がついていない仮称トラフヒラタヤドリバエ



先日、雑木林のふちの葉の上にこんな昆虫をみつけた。一瞬《極小の黒いセセリチョウ》をイメージしたが、よく見ると黒いハエの2段重ねだった(2匹の翅が重なって4枚の黒い翅に見えた)。翅の一部が黒いハエ・アブは見たことがあるが、翅全体が漆黒のハエは初めて見た気がする。胸には黄色い帯模様が入っていて、なかなかオシャレだ。これが緑の葉の上で映えて美しいので、カメラを向けた。帰宅後ネットで検索すると、特徴のあるハエだけにすぐに同じ種類と思われる画像が見つかった──「Pentatomophaga latifascia」というヤドリバエの仲間のようだが……どうやら、まだ正式な和名は決まっていないらしい。ネット上では「トラフヒラタヤドリバエ」という仮称で紹介しているところがいくつか見つかった。
以前にも撮影したヤドリバエを調べてみたら和名がついていないことがあった(【白い後翅を持つハエ!?】)が……ハエ方面では和名の整理が遅れているのだろうか?

仮称トラフヒラタヤドリバエの翅はなぜ黒い?

翅の黒さが印象的だった仮称「トラフヒラタヤドリバエ」だが、ネット上の画像を見ると腹にも胸と同じような黄色(橙色?)の模様が入っている。僕が撮った画像ではその特徴が写っていなかったので、「撮り逃した感」が残った。
次にであった時にはそうした特徴がわかる画像を撮らねば……ということで、雑木林のふちで再会をはたした単独の仮称トラフヒラタヤドリバエ↓。


撮影中、ずっと同じ葉にとまっていたのだが、翅の開きぐあいや角度を何度か変えていた。翅を大きく広げると、腹の黄色い模様がよく見える。


この姿勢だと翅の後縁基部が発達した「胸弁」という器官もよく見える。これが、ハチの腰のくびれっぽく見えなくもない?


翅の構え方で印象が変わる気がする。




腹だけ見ると、ちょっとスズメバチっぽい感じがしないでもない。


僕がこの虫を初めて見たときは黒い翅に隠されて、腹の警告模様(?)には気がつかなかった。この模様をよく見ると、黄色い部分は腹の背面中央部で黒くなっている。翅を広げると警告サイン(腹)が露出し目立つが、逆に閉じると黒い翅が腹の黄色い部分をおおい隠し(左右の翅の間からのぞくのは黒い部分になる)目立たなくなってしまう。ハエの翅は透明であることが多いが、このハエの翅が黒いのには意味があって、腹の警告サインを隠す(警告モード/隠蔽モードの切り替え)スイッチ的な働きをしているのではないか……ちょっと、そんなことを思った。


ところで、この仮称トラフヒラタヤドリバエ。ネット上ではクサギカメムシに寄生するというような情報がある。
カメムシが背中にヤドリバエの卵とおぼしきものをつけているのを見ることがあるが……以前撮影したクサギカメムシ↓がつけていた卵も、もしかしたら仮称トラフヒラタヤドリバエのものだったのかもしれない?






蜂擬態!?ムネグロメバエ

ハチに擬態!?ムネグロメバエ



葉の上にこんな虫↑がとまっていた。全体の印象はハチに似ている。しかし前翅の後ろには平均棍(後翅が変化した器官)がある──これは双翅目(カ・ガガンボ・ハエ・アブ・ブユなどを含むグループ)の特徴だ。一見ハチっぽく見える触角は、よく見るとY字型をしている──この特徴からハチモドキハナアブというハチ擬態のアブの仲間ではないかと予想。しかし調べてみるとハチモドキハナアブ(ハナアブ科)の仲間ではヒットしない……。更に調べてムネグロメバエ(メバエ科)という種類に行き着いた。


ふつうハエと言ったらこの姿は思い浮かばないだろう。ハチをイメージさせる容姿と関係があるのかどうか……ムネグロメバエは、なんとハラナガツチバチなどに寄生すると考えられているらしい。
効果のほどはわからないが……見た目の印象からすると、ムネグロメバエもやはりハチ擬態と見てよさそうな気がする。そう考えたくなるポイントの1つがY字型の触角だ。
一般的にハエやアブの触角はハチの触角より短い。腹にハチに似せた(?)黄と黒の警告色模様を持つアブはいるが、触角が短いとアブもしくはハエであることがバレがちだ。そこでハチっぽさをアピールするためには短い触角を長く見せる必要がある──ということなのだろう。ムネグロメバエ(やハチモドキハナアブ)は短い触角を長く見せるために触角の基部を伸ばしている……これは背を高く見せるために踵を上げ底にしたシークレットシューズと同じ!? シークレットシューズならぬシークレット触角と言ってもよいのではあるまいか。《無理して頑張ってる感》が伝わってくるような気がしないでもない!?

美しいヨダンハエトリ♂



《無理して頑張ってる感》がある虫ということで──昆虫ではないが、ハエトリグモの仲間のヨダンハエトリ♂──これは昨年5月、知らずに初めて見た時(*)は「日本にもこんな鮮やかなクモがいたのか!?」と驚いた。


ハエトリグモの仲間なのだから、獲物や天敵に対しては目立たぬ方が都合が良さそうなものを……派手な配色をしている。派手なのはオスだけであることから、この目立つ配色は繁殖活動にからんで獲得されてきた特徴なのだろうということが想像できる。獲物に逃げられやすくなったり天敵に見つかりやすくなったり……そういったリスクを背負ってでもメスにアピールする(モテる)特徴を発達させることの方がオスにとって(子孫を残す上で)重要だったのだろう。これはこれで《無理して頑張ってる感》があるような……。
ヒト目線で見たとき──《無理して頑張ってる感》のある虫はおもしろい。


フユシャクの卵塊

毛のコーティング:卵塊表面の変化

前回の記事(【フユシャクの産卵&コーティング】)で紹介したフユシャク亜科のフユシャク(シロオビフユシャクかクロバネフユシャクあたり?)の卵塊。完成直後はフェルトのようだった卵塊の表面は質感が変わっていく。


産卵しながら行われる1層目のコーティングでは、貼り付けられた毛の向きはバラバラ。この時点では、かなり毛羽立っている状態。産卵を終えた後も卵塊に「毛の上塗り」をくり返すので、完成時には表面はしまってフェルトのような仕上がりになる。


やがて表面の毛は1度溶けて固まったかのように質感が変化する。


前回の記事を投稿した後、mixiの方で知人の虫屋さんから、毛を貼りつけるさいに分泌物も出しているのではないかというコメントをいただいたが、そう考えると繊維状のコーティングが固まって質感が変化するのも納得しやすい。
別個体のフユシャク♀と完成まもないと思われる卵塊↓


完成直後は繊維感があった表面は、その後一体化して硬質の膜のように変化していく。


卵塊だけを見ると、この中に蛾の卵が隠されているとは想像がつかない。卵を覆うコーティングは強固に見え、卵から孵った非力な幼虫が、この膜を突破できるのだろうか?──と心配になってしまう。
そもそも毛の下に卵がどのような形でいくつくらい産みつけられているのかもわからない──産卵時から毛でおおわれているため卵の状態は確認できていなかったわけだが……そうした疑問のいくつかが明らかになった過去の観察例を──、




1月上旬に鉛直の壁面に産みつけられたフユシャクの卵塊↑。膜化した表面には4月下旬に孵化した幼虫が作ったと思われる孔があいていた↓。


産卵1年後にはコーティングされた部分がはげ落ち、壁面に貼り付いた卵の殻(抜け殻)があらわになっていた。やはり毛で固められた部分は膜となり卵をおおっていたということだろう。卵は整然とかためて産みつけられていたことも確認できた。

丁寧なコーティングをするフユシャク♀

このタイプの卵塊をつくるフユシャクは産卵後(1層目のコーティングの後)も毛の上塗りをくり返す。小さな虫ながら、その丁寧さ・勤勉さには感心するばかり。新たな卵塊を見ていると、産卵を始めた翌日には完成していることが多いように思われる。しかし、中には3日間もコーティング(上塗り)行動を続けていたメスがいた。


産卵開始時には、まだ(卵がつまった)腹も大きく、腹端の化粧筆(フェイスブラシ)のような毛束もたっぷり残っている。産み始めの位置を基点に、この画像↑のメスの頭のあたりまで卵塊は拡張されていく↓。








産卵翌日には上塗りする腹端の毛もつきている状態だったが、それでもコーティング行動を続けていたメス。卵塊はすでに完成しているように見えるが、本能の《終了》スイッチが壊れて入らなかったのか? けっきょく丸3日はコーティング行動を続けていたことになる。
こうした念入りにコーティングをするフユシャク♀とは対照的に、コーティングが雑なフユシャクもいる。

列状の卵塊では毛のコーティングが雑!?

フユシャク亜科のフユシャク(冬尺蛾)の中には、列状の卵塊を作るものもいる。やはり腹端の毛で卵をおおうが、前述の丁寧なコーティングをするフユシャクに比べるとかなりザツな感じがする。


擬木に産卵していたフユシャク亜科のフユシャク♀↑(クロテンフユシャクやウスバフユシャクあたり?)。
翌日の卵塊↓。撮影角度を変えて、画面左が産卵開始側⇔画面右が産卵終了側。






産卵を開始した側では毛のコーティングが不充分で卵がのぞいている部分がある。この種類は産卵後の「毛の上塗り」はしないようだ。
露出した卵にひかれてか……小さなハチ(寄生蜂?)が卵塊を物色していたことも……↓。


やはり擬木に産みつけられていた別の列状卵塊↓。




3月半ばに一部の卵が壊れていた↑。殻の損傷は大きめ──孵化した幼虫が食したのか、外部の天敵によるものか?
3月の終わりにはほとんどの卵がカラになっていた↓が、殻の損壊の程度の違いが気になる……。


大半の卵は孵化したようだが、ところどころに孵化していない(孔が開いていない)卵が残っている。中央列の右端から8つ目の卵も未孵化だが、この卵には6日前にダニがついていた。


ダニが寄生したことで孵化できなかったのだろうか?
卵に寄生する蜂やダニがいるとすれば、丁寧なコーティングで仕上げた卵塊は被害を受けにくそうな気がする。だとすれば、労力を要す丁寧な仕事にはそれなりの見返り(生存率を高める)効果があるということになる。
フユシャクが産みつけた卵をわざわざ毛で覆うのには、霜付防止(防寒対策)や乾燥防止対策の意味合いがあるのではないかと想像していたが、卵にまとわりつくハチやダニを見て、(強固なコーティングには)寄生対策の意味もあるのかもしれないと考えるようになった。先の虫屋さんからいただいたコメントには、「冬に樹幹や小枝から採餌する小鳥のガラ類から逃れる効果」の可能性も指摘されていたが、視覚的には卵を隠す隠蔽効果があるので、そうした天敵対策の意味もあるのかもしれない。